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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百六十話 陥穽。

「オットー、航行は順調だな」

「そうだな、カイツェル」

 購入した古い魔導飛行船は、順調にバウマイスター辺境伯領を目指していた。
 操船に多少の不安があったが、これは事前に訓練しておいてよかった。

 我々は政治結社の一員であるが、目下転職活動中……じゃなく、大儀のために動いている最中なので時間は空いている……じゃない! 我々は色々とやる事があって忙しいのだ!
 古い魔導飛行船なら、そこまで操船は難しくない。 
 何しろ、無理に着陸させる必要はないからな。
 むしろ、逃げるために船は浮かせたままの方が好都合だ。

「デキタン、お前は船に残れ」

「わかりました。素早く逃げるためですね」

「そうだ」

 このデキタンという若者は、最近世界征服同盟に入隊した若者だ。
 準隊員扱いだが、ここで上手くやってくれれば正規隊員にすると話はつけてある。
 我らと違って魔力が普通だし、これまで魔法の訓練もしていなかったので、船の舵を任せていた。

「我々がバウマイスター辺境伯を討ち、この船に逃げ込んできたら、すぐに船を発進させるのだ」

「わかりました。ご武運を」

 いい若者だ。
 こういう若者の職がない事が当たり前の我が国こそ、今すぐ改革されるべきなのだ。

「予定どおりか」

「我々は魔力が多いからな」

 多少燃費を無視しても、船の魔晶石に魔力が簡単に補充できる。
 我々はあくまでも優秀な運送会社として、バウマイスター辺境伯を油断させないといけないのだ。

「もうすぐ、指示を受けていたバウマイスター辺境伯領西岸海岸付近に到着します」

「では、戦闘準備開始だ」

 私の命令で、合計十名の魔族の戦士達が臨戦態勢に入る。
 バウマイスター辺境伯がノコノコと顔を出したら……さあ、もうすぐ楽しい時間の始まりだ。






「ライラさん、次は私にも色々と魔道具を融通してほしいですね」

「急ぎ在庫の確認をおこないます。なければ、放棄地に回収にいかないとけないので時間がかかるかと」

「そうですか。それにしても、これほど便利な魔道具がゴミとは……魔族は進んでいますね」



 バウマイスター辺境伯領西方海岸沿い、ここにある町を広げるため、不足している水を補給する海水ろ過装置の到着を、俺達は今や遅しと待っていた。

 今日、子供達は置いて来ている。
 妻達も、それぞれ予定があるのでついてきている者もいない者もいた。
 ブライヒレーダー辺境伯は自分も海水ろ過装置が欲しいそうで、俺達の視察に同行しつつ、到着までライラさんと商談をしていた。

 今ではブライヒレーダー辺境伯家も、魔王様の会社のお得意様であった。
 ブライヒレーダー辺境伯領は農業が盛んなので、特に農業機械などを大量に購入していた。
 魔族には古い魔道具でも、こちらで用いれば作業効率と生産量が圧倒的に上がるからだ。

「魔道具は壊れにくいにも関わらず、毎年新型が出ていますからね。古い魔道具は入手しやすいのです」

 魔族の国の魔道具は、徐々に性能の向上、燃費の改善、小型化が進んでいる。
 いつまでも古い魔道具を使われると魔道具を作る会社が倒産しかねないので、魔族の国では古い魔道具の使用が禁止されている。
 見つかれば罰金だし、廃棄するには高額の処理費用がかかる。

 そこで、人口減で放棄された場所に古い魔道具を捨てる者があとを絶たない。
 魔王様とライラさんはそのゴミを修理して販売し、今の大成功を収めたわけだ。

「毎年新製品が出る度に、同じく使用禁止となる古い魔道具が出ます。これを早めに出張引き取りするのです。捨てると処理費用がかかりますけど、我々が引き取る時は無料です」

 日本でも、業者が軽トラで古い家電の回収をしていたのを思い出す。
 確か、回収した家電を外国に販売して儲けているんだよな。
 魔王様達も、それと同じというわけだ。

「贅沢なお話ですね。我が国も帝国も、今まで魔道具は魔道具ギルドから買うしかなかったですし、品質と価格は向こうの言い値で、いらなきゃ買わなくても構わないって態度があからさまなので、ちょっと評判が悪いんですよ」

 品質の問題が一番だが、独占企業である事に胡坐をかき、大貴族相手でも殿様商売をしてきたツケがきた。
 魔族製の中古魔道具があっという間に普及したのには、そんな理由もあったのだ。
 魔道具ギルドの連中に客商売への心得を説いても無駄というか、彼らは魔道具作りの適性があるため、平民出身者でも貴族に対し偉そうにできる。
 今さら、客に丁寧な接客なんてできないというわけだ。

「俺はそこまで不快な扱いを受けた事はないかな?」

「バウマイスター辺境伯とは、発掘魔道具の売買があったから気を使ったのでしょう。彼らなりに」

 その代わり、今の俺はもの凄く嫌われているみたいだが。
 表立ってそういう態度を見せる魔道具ギルドの連中はいないけど。

「裏ではボロカス言われてそうだなぁ」

「バウマイスター辺境伯は思いっきり嫌われていますよ」

 ブライヒレーダー辺境伯は、魔族から古い魔道具を購入し始めた俺が彼らに恨まれていると教えてくれた。

「別にいいですよ。俺は魔導ギルド所属ですから。第一、俺が輸入している魔道具って、魔道具ギルドで作れないものばかりですよ」

 これでも、魔道具ギルドで製造可能な種類の魔道具は輸入していないし、今も俺は魔道具ギルドのいいお客さんなんだけどな。
 他の貴族や商人にはこの慣習を守っていない者もいたので、その分も逆恨みされたのかもしれない。

「あれだけ色々と見本を購入して、なぜあまり技術力に進歩がないのでしょうかね? 魔道具ギルドは」

「会長の死で混乱しましたし、今のあそこは魔道具の輸入阻止にかなりの労力をかけています。ちゃんとした研究活動ができていないのでは?」

 勿論、政治に無関心で研究を続けている魔道具職人もいるのであろうが、まともな支援がないのかもしれない。
 それに、技術って一朝一夕では進歩しないからな。

「ミズホと帝国の魔道具職人は、ちゃんと危機感を抱いているそうですよ。帝国は、若い皇帝が自ら音頭を取って技術力を上げようとしています。ミズホも同じですね」

 このままでは、内乱でガタ落ちしたはずの帝国の国力が早く回復してしまうかもしれないし、技術力に至っては抜かれる危険も出てきた。
 専制君主制でも指導者がいいと、劇的に国がよくなっていくからな。

「元々、ニュルンベルク公爵が発掘した古代魔法文明時代の魔道具が多かったですからね。解析はしているのでしょう」

 魔族の技術力に追いつくにはとてつもない時間がかかるはずだが、王国の方はすぐに抜き去ってしまうかもしれない。
 王国の魔道具ギルドは、政治闘争なんてやっている場合じゃないんだがな。
 彼らの力の源は技術力であり、資金力はあくまでもオマケでしかない。
 ところが、今はその資金力が最大の戦力という、本末転倒な話になっていた。

「魔道具ギルドのみならず、王国貴族には帝国を侮る者も多いですからね。将来技術で抜かれるなんて思っていないのでしょう」

 内乱で大きな犠牲が出たからな。
 一方王国経済は順調なので、帝国に対し根拠のない優越感を持っている者が多いのだ。

「舐めてかかると、ペーターにしてやられるのに」

 なるほど、好調な時こそ注意した方がいいというわけだ。

「陛下や殿下は油断していませんけどね。そういう連中に足を引っ張られているのは事実です」

「本当は陛下も、魔族の国の最新魔道具が欲しいんだろうな」

「研究用にほしいでしょうね。使っても便利そうですし」

 国内の産業保護や技術開発の観点でそれはできないが、俺個人としては魔族の魔道具の方が便利そうなんだよな。

「どうせ輸出してくれませんよ。我が国の大規模な魔道具メーカーは、政府に従順ですから」

 ライラさんによると、魔族の国の大企業はいまだ政府間の交渉が終わっていないからと、新型の魔道具を外国に流出させないようにしているそうだ。
 そのため、人間への中古魔道具販売が商機と見た魔族の多くは、古い魔道具を集めて修理し、せっせと人間に販売しているという事情がある。

「大企業で一つくらいは掟破りをするかと思ったのに」

「お上に目をつけられると面倒ですから」

 ライラさんによると、確かに魔族の国の大企業は市場の縮小に悩んでいる。
 だが、その分新規で起業してライバルになりそうな会社が出てこないので、大手の寡占状態が続いているそうだ。

「特に魔道具がそうです。段々と需要が落ちているため、小規模の魔道具工房は大半が潰れるか吸収、合併されましたからね。潰れる心配はないので、政府を敵に回して密輸する大きな会社はありませんね」

 既得権益があるから、無理をしないわけか。
 この辺は、王国の大商人と同じだな。

 とはいえ、これからはどうなるかわからないけど。

「交渉が終われば……」

「いつ終わりますかね?」

「残念ながら、民権党政権は既に死に体です」

 最初の期待にまるで応えられず、既に支持率は危険水域にあるそうだ。
 政権発足直後に人間とのコンタクトがあったので同情すべき点はあるが、三年もかけて交易交渉一つ纏められないのかという世論の方が大きいわけだ。

 この点に関しては、王国も帝国も人の事は言えなかったが。

「ヴェル様、来た」

「……そうなんだ。ヴィルマはよくわかるなぁ」

「目がいいのが自慢」

「自慢していいと思うよ。俺には見えないもの」

 三人で話をしている間に、西の空に魔導飛行船が姿を現した……らしい。
 もっとも、今の時点ではヴィルマにしか見えていなかったが。

「ヴィルマは目がいいね。ボクも見えた」

 続いて、ルイーゼも魔導飛行船の姿を確認する。
 ほぼ間違いなく、その船が注文の海水ろ過装置を積んでいるのであろう。

「凄いですね」

 ライラさんは、二人の目のよさに感心した。

「ライラさん、魔族は目がいいのでは?」

「元はそうなのですが、現代の魔族は生活習慣の変化でそうでもありません。私も、書類仕事が多くて目が悪くなりました」

 魔族も現代日本人みたいだな。
 文明の発展により、目のよさを失うなんて。

「余は見えるな」

 魔王様はまだ子供なので目がいいようだ。
 三番目に、こちらに向かってくる魔導飛行船に気がついた。

「船が到着したら、まずは荷を降ろして、海水ろ過装置の試験をしないと駄目だな」

「我が社のモットーとして、懇切丁寧に掃除と修理はしてあるが、確認はしてもらいたいものだ」

 今まで不都合があった魔道具はほとんどなかったし、クレーム対応もよかったから、魔王様の会社は信用していた。
 それなのに、なぜかルイーゼとヴィルマの表情が徐々に曇っていく。
何かあったのであろうか?

「ヴェル、応戦準備!」

「ヴェル様、油断しないで」

 魔王様と話をしながら船の着陸を待っていたら、突然ルイーゼとヴィルマが戦闘態勢に入った。
 周辺にはエルとハルカが指揮している護衛もいるし、周辺に襲撃者の気配もない。
 というか、クルトの事件以外で俺が襲撃された事はないのだが。

 面倒な貴族が無理やり来た事はあるけど。

「ヴェル様、あの船の中」

「……魔力が高い者が十名、あとは普通だな。魔族だから、こんなものだろう?」

 ただ魔力が高い者達が集まっているだけで襲撃を疑うとなると、ライラさんと魔王様でもそういう対応をしなければいけなくなってしまう。
 あまり疑りすぎてもな。

「ちっちっちっ、ヴェル、魔力の量は関係ないね」

「ルイーゼの言うとおり。魔力に殺気が混じっている」

「そうか?」

 まだ距離があって、俺には気がつけない。
 ルイーゼとヴィルマだけが気がついている?
 ライラさんと魔王様は……当然気がついていないか。

「でも、あの船は魔王様の会社の船で、船員は社員なんじゃ?」

「そういえば……」

「そういえば?」

「最近人手不足でして、他の運送会社に輸送だけ委託しました」

「アウトソーシングというやつだな」

 ああ、前世でもあったな。
 経費節約にはなるんだが、魔族の国は日本に似ている。
 あまりいい風に受け取れないのは、俺の勤めていた商社が購入した荷を運ぶ運送会社の人達が、あまり恵まれない待遇で働いているのを見てしまったからであろうか?

「どういうところに頼んだのです?」

「オットー運輸という、小さな立ちあげたばかりの運送会社です」

「ちょっといいですか?」

 ここで、ブライヒレーダー辺境伯が手をあげた。

「私はこれでも辺境伯なので、交渉の詳細やあなたの国に関する情報に接する機会も多いのです。その中に、要注意人物、つまり王国に対し害を成す可能性がある人物や組織に関する情報もありました。その中に『世界征服同盟』という組織と、そのリーダーを務めるオットーという人物の名がありましたが」

 ブライヒレーダー辺境伯の説明で、段々とライラさんの顔に冷や汗が浮かんでくる。

「……そうなのですか?」

「ライラ、確認しておらぬのか?」

 魔王様が、確認するかのようにライラさんに尋ねた。
 運搬を頼んだ業者の身体検査をちゃんとしたのかと。

「すいません、忘れていました。私のミスです」

 ライラさんは、仕事が忙しくてそういうチェックを忘れていたようだ。
 日本の大手企業でも、意外とよくあるというか、さすがにテロリストに仕事を頼んだ会社はほとんどないと思うが。

「この身に代えましても、私がバウマイスター辺境伯殿をお守ります!」

「余も手伝うぞ」

「いえ、二人はお下がりください! エルとハルカは、エリーゼと魔法を使えない者達と避難だ」

「あなた!」

「ヴェル!」

「お館様!」

 俺の命令に、三人は一斉に反対した。

「一番魔力が少ない奴でも上級の下。一人だけ俺よりも魔力が多い奴がいる。一定量の魔力がない者がいると、逆に俺が苦戦する」

 標的にされたり、人質にされたりと、残留されると逆に足を引っ張られてしまう危険があるからだ。
 それなら、安全な場所に下がってくれた方がありがたい。
 それよりも、あの連中の目的が何かだ。
 ほぼ俺か魔王様が狙いであろうが。

「エリーゼは治療要員として後方に待機! エル! ハルカ! 魔法が使えない者は退避だ!」

「わかった……」

「ですが、勝てるのですか?」

「勿論」

 本当は、やってみないとわからないがな。
 ちょっと魔力量が多い奴が多すぎる。

「なぜ、余とライラも駄目なのだ?」

「それは、実戦経験がないからだね」

「そうね、それに魔王様は未成年だし」

 ルイーゼとイーナが、魔王様の質問に答える。

「余は魔王であり、いつか初陣は巡ってくるものなのだがな」

「それでも駄目です」

 魔法の練習をしていると言っていたが、それはあくまでも魔法単体の練習だ。
 魔法を用いた実戦形式の訓練ではないであろう。
 悪いが、手伝ってもらうわけにはいかない。
 俺達も余裕がないので、二人の面倒を見ている暇がないからだ。

「ルイーセとヴィルマと……」

「ヴェル!」

「旦那ぁ!」

 異変に気がついたイーナとカチヤが来たので、これで五名。
 四人は中級レベルだが、二人で一人に当たれば大丈夫なはず。

「ヴェンデリンさん! 何事ですか?」

「なんじゃ? 品物でも奪われたか? 魔王殿よ」

「これは……随分と魔力が尖がっていますね」

 カタリーナ、テレーゼ、リサも駆けつけたので、上級の彼女達は一対一で対応可能か……。

「アグネス達を連れてくればよかったな」

 今日は他の仕事を頼んでいたので、西岸にはいなかったのだ。
 エリーゼは戦闘力が皆無なので戦わせるわけにいかない。

 あとは……。

「ふん! 久々の戦いの気配なのである!」

「おいおい、魔王様。ライラさんよ。これは失態だぞ」

 勘がいいのか、今日はたまたま導師がここに遊びに来る事になっていて、彼は時間どおりに飛んできた。
 ブランタークさんは、今日視察をしているブライヒレーダー辺境伯の護衛として来ている。

「伯爵様、ちいとばかり不利だから逃げないか?」

「逃げたとしても、何も事態は解決しませんよ」

 上級魔法使いが十名だ。
 領内で無差別に暴れられたら、大損害どころではない。
 大災害級の犠牲が出るであろう。

「自分の領地ですからね。俺が先陣に立たないと」

 俺が一般庶民ならすぐ逃げるのだが、こういう時に爵位というものは重いな。
 現代日本人の常識が通用しないのだから。

「王都にいる剣も握れないアホ貴族がうるさいものな。自分は絶対に先陣になんて立たない癖によ」

「ブランターク殿、あんな連中戦場にいるとかえって邪魔である!」

「足を引っ張るか。エル! ハルカ! 応援を呼びに行け!」

「わかった!」

「わかりました!」

 俺の命令で、二人は応援を呼びに行った。
 とはいっても、今からアグネス達が駆けつけるまで時間がかかるか。

「今は時間を稼ぐしかないですか」

「そうだな、辺境伯様。この場合、一秒でも長く稼いだ方が有利だ」

 まだ決定ではないが、襲撃者達も長時間戦えば魔力が枯渇してくる。
 襲撃に失敗と判断して、逃げる可能性もあるか。

「やはり私は残ります。実戦経験はありませんが、実戦に即した訓練はしていましたから。エリーゼ殿、陛下をお願いします」

「わかりました。あなた、みなさん。ご武運を」

 襲撃者を迎え撃つ俺達の周囲に誰もいなくなると、東の上空に小型の魔導飛行船が見えた。
 中古品を修理して使っているようだ。
 こちらが様子を窺っていると、早速宣戦布告の一撃が飛んできた。
 巨大な『火球』が、俺達に向かって放たれたのだ。

「導師、リサ。相手が素人で助かったな」

「そうであるな」

「ええ、実戦経験は皆無でしょうね……」

 経験豊富なブランタークさんと導師とリサは、すぐに『魔法障壁』を張って『火球』を魔導飛行船に向けて跳ね返した。
 勿論この程度で船を落とせるはずがない。
 すぐに向こうも『魔法障壁』を張って『火球』を跳ね返すが、二回も跳ね返された『火球』は威力がなくなって海に落ちてしまった。
 火球が落ちた海面から、『ジュワ』っという音と共に火山の噴火時のように水蒸気が立ち上がる。

「本来、奇襲と挑発は相反する戦術なので、今の『火球』と『魔法障壁』は魔力の無駄遣いでしかありません。相手は素人ですね」

「さすがは、ベテランのリサ。正確な分析だな」

「旦那様……ベテラン扱いは嫌です……」

 既に三十三になったが、三年前とあまり容姿が変わっていないリサは、俺にベテラン扱いされるのを嫌がった。

「ヴェンデリン、リサも微妙な年ごろじゃ。配慮せい」

「テレーゼも結構酷い」

「そうか? ヴィルマ」

「酷い」

 確かに、庇っているように見えてリサを年増扱いしているような……。
 テレーゼは、ヴィルマからも酷いと言われてしまう。

「今は、それどころではないのである!」

 例の魔導飛行船が大分接近すると、上空の船から十名の魔族が『飛翔』でこちらに降りて来た。

「バウマイスター辺境伯だな?」

「だとしたら?」

「我ら、真に国を憂う十名の国士達である! 『世界征服同盟』は、バウマイスター辺境伯! 貴様を殺す!」

 痩せて陰気そうな魔族に、俺は指を差された。
 子供の頃、両親から『人を指差してはいけません!』って言われなかったのであろうか?
 連中は失礼なうえに、俺を殺すのだそうだ。

「変なの」

「何だと! この小娘!」

 そして、その雰囲気を壊すかのように話に割って入るルイーゼ。
 時間稼ぎが目的だが、彼女の言うとおり、こいつらはどこか変だ。
 俺を殺したいのなら、いちいち名乗る必要なんてあるか?
 とっとと魔法を放てばいいような気がしてしまう。

「貴様の死が暗殺以外の理由だと嘘をつかれても困る。悪逆非道な専制君主の手先であるバウマイスター辺境伯家ならやりそうだ!」

「悪逆って……。暗殺を目論むキミ達の方がよっぽど悪逆だと思うな」

「うっ!」

 このリーダーと思しき男性魔族、あまり場慣れしていないようだ。
 ルイーゼにツッコミを入れられると、少し動揺した表情を見せた。

「さっきからうるさいぞ! 小娘!」

 他の男性魔族が、ルイーゼの発言にケチをつけた。
 理論的に言い返せないので、とりあえず怒鳴って相手を委縮させ、自分を有利にしようとしている風にしか見えない。

「ぶぅーーー! 小娘とは失礼な! ボクはこれでも二児の母親なんだぞ!」

 まだどう見ても十五歳未満にしか見えないし、二人子供を産んでも胸は大きくなっていない。
 それでも、ルイーゼが二児の母親なのは事実であった。

「『世界征服同盟』? もうちょっと何とかならなかったの? その組織名」

「だよな。大げさだし、有史以来世界征服に成功した奴なんて聞いた事がないぞ」

 ルイーゼとブランタークさんは容赦なく追及を続け、魔族達はちょっと自信なさげな表情を浮かべた。
 あの栄華を誇った古代魔法文明時代でも、魔族の国は占領していない。
 つまり記録に残っている限りでは、この世界で世界征服をした者は一人もいなかったからだ。
 何とも稀有壮大というか、ホラ吹きの類だと俺も思ってしまう。
 いや、妄想か?

「これから、このオットー・ハインツと同志達が成し遂げるのだ!」

「たった十名で?」

「悪いか!」

 悪いかというよりも、不可能だと思うな。
 単純に人手不足だと思う。

「ライラさん、こいつらって大きな組織なの?」

「えーっと……ああ、辛うじてリストに載っていました。だから見逃したのですね。末端の極小組織です。支援者もほぼ皆無。正真正銘の弱小政治団体です」

 ライラさんは、持っていた資料を確認してからルイーゼに『世界征服同盟』について説明した。

「構成員は?」

「恐らく船に残っている人達を合わせても、二十名には届かないでしょう。いくら古い船でも魔導飛行船を購入できる資金はないと思うので、他のスポンサーがいると予想されます」

 札びらで頬を叩かれ、黒幕の手駒になったわけか。
 弱小政治組織も色々と大変だな。

「もっと他にやる事があると思う。まず働くとか」

「うるさい! これが俺達の仕事だ!」

 ルイーゼと同じく、あまり見た目が変わっていないヴィルマにちゃんと働けと言われ、魔族達はムキになって言い返した。
 大人気ない連中だ。

「今日はいないけど、モール達はちゃんと就職して結婚した。まず地に足をつけた方がいい」

「働きたくても職がないんだよ!」

「お前ら人間にわかって堪るか!」

「こんな腐った国を変えるべく、我々は立ったんだ!」

「なら、魔族の政治家でも暗殺したらどうじゃ? まあ、そんなに変わらないと思うがの」

 既に魔族の国の事情をよくわかっているテレーゼが、半ば嫌味で別の方策を魔族達に指南した。

「うるさい! 女! 女如きが政治を語るな!」 

「お主らの国は、男女同権とやらではないのか?」

「男には男の、女に女の仕事があるのだ!」

「そうだ! 女が政治に口だしするから、国が腐っていくのだ!」

「そういうのは、同朋に言え」

「何だと! お前が聞くから答えたんだろうが!」

 こいつら、完全にこじらせているな。
 暗殺対象であるはずの俺の話しかけに応対してしまい、ルイーゼとヴィルマの挑発に乗っている。
 ニュルンベルク公爵ほどのプロではないか。
 テレーゼ、半分からかっているな。
 それにしても、元フィリップ公爵であるテレーゼに『政治を語るな!』か……。

「ライラさんの会社は人を募集している。応募して入ればいい。その船で運送業をしてもいい」

「その手があったな」

「そうだよなぁ……。さっき計算してみたんだが、自分達でも売れるような品も運搬すればなんとかいけなくないか?」

「無職よりはいいか……」

「こら! そんなチビの口車に乗るんじゃない!」

 暗殺団のリーダーであるオットーが、ヴィルマの発言を聞いて決意を鈍らせた仲間を怒鳴りつける。

「この仕事が成功すれば、もっと金が手に入る! 民権党没落に乗じて政界に討って出るも、商売をして将来の政界進出に備えるのも自由ではないか!」

 こいつら、聞きもしないのに背景をペラペラと喋るな。
 金目当ての犯行なのか。

「はっ! 時間を無駄にしてしまった! バウマイスター辺境伯め! 姑息な時間稼ぎを!」

「いやいやいや! 俺は何もしていないから!」

 ただ勝手に自分でペラペラ喋って、時間を潰しただけじゃないか。

「女どもをけしかけたじゃないか!」

 完全な濡れ衣だし、また無駄な時間を潰しているな。

「こいつら、バカなのである!」

「同意するぜ。今までで見た一番アホな刺客だな」

「うるさい! 脳筋とジジイ!」

 それにしても、オットーとやらは勇気があるな。
 導師に面と向かって脳筋なんて言うのだから。
 ただ彼を知らないだけかもしれないが……。

「どちらにしても、この近辺にバウマイスター辺境伯家の兵は少なく、応援を呼ぶにも時間がかかる! 我ら十名なら、お前を討つなど容易い! 計画どおりだ!」

 確かに、上級魔法使い十名で構成された暗殺団だからな。
 ちゃんとやれば、大きな成果を残せるはずだ。
 あくまでも、ちゃんとやれたらだが。

 それにしても、オットーのドヤ顔は宋義智以上にウザイ。
 ひょっとすると、人から嫌われる才能があるのかも。

「同志諸君! かねてよりの作戦に従い、その任をまっとうする事に期待する! いくぞ!」

「ちっ! バカだが魔力は多いから強いな!」

 オットーは体内に大量の魔力を流し、まるで弾丸のように俺に突進してきた。
 俺はすぐに『魔法障壁』を張るが、その威力を止めきれなかったようだ。
 俺とオットーは、もつれ合うように誰もいない無人の荒野へと飛ばされていく。
 そこはもうすぐ町を建設する予定地で、今のところは何もない場所なので障害物にぶつからないで済んだが、埃まみれになってしまった。

 帰ったら早く風呂に入るとするか。

「「ヴェル!」」

「チビに小娘! 人の心配をしている場合か!」

 距離が離れてしまった俺をイーナとルイーゼが心配し、急ぎ駆けつけようとするが、その前に一人の魔族が立ち塞がった。

「『世界征服同盟』のヨーゼフ・アクスだ。オットーの邪魔はさせん!」

 この時点で、連中の戦術がわかった。
 十名の中で一番多くの魔力を持つオットーが俺と対峙し、それまでの間他のメンバーが応援を防ぐというわけだ。

「オットーの魔力は強大だ! いかにバウマイスター辺境伯とて所詮は人間! オットーに勝てるはずがない!」

「ヴェルよりも魔力が多い人って、魔王様とライラさん以外では初めて見たわ」

「でもイーナちゃん。あまり心配しないでいいよ」

「そうね。あなたを倒してヴェルに加勢するまでの間、ヴェルが生き残れないはずがないもの」

「随分と信用があるようだな……」

「あたりまでしょう。私の愛する夫なのだから」

「おおっ、イーナちゃん。いい事を言う。ヴェルが負けるはずないものね」

「世迷言を。中級が二人で、俺に勝てると思っているのか? 思っているのだろうな。二人とも、覚悟しろ!」

 イーナとルイーゼは、ヨーゼフという魔族と戦闘を開始する。




「あたいはヴィルマとか。あいつも上級レベルの魔力があるな」

「魔力は上級。戦闘力はわからない。エリーゼ様も上級だけど、戦闘力はほとんどないから一方的に不利というわけではないと思う」

「ヨーゼフと戦っている女達と同じか。中級二人で上級の私を倒す。計算しても、魔力の量が足りないぞ」

「いくら魔力が多くても、無駄遣いしては意味がない」

「そうだな。お前ら、素人っぽいし。魔物ですら倒した経験がなさそうだ」

「ふんっ! そのくらいはハンデだ。『世界征服同盟』のリライ・マックローの実力を思い知るがいい!」

「ヴィルマ、こいつらどうして暗殺者なのに、バカ正直に名前を名乗るんだろうな?」

「今。カチヤが答えを言った。バカだから」

「小娘、発言には責任を持ってもらうぞ!」

「小娘と言われるほど若くない」

「あたいは、もっと年上だけどな」

 カチヤとヴィルマは、リライという魔族と対峙した。





「オットーとバウマイスター辺境伯を一対一にできた。策どおりだな」

「そうか? 妾から見ると、随分と穴だらけの策に見えるのじゃが」

「また女か! バウマイスター辺境伯の周囲には女ばかりだな!」

「何じゃ? 羨ましいのか?」

「……」

「沈黙は肯定と見なすぞ。同じ上級同士じゃ。お手柔らかにな」

「ふんっ、この『世界征服同盟』において参謀を務めるカイツェル・バートス。とっとと貴様を倒して、バウマイスター辺境伯を袋叩きにしてやる!」

「また穴だらけの策じゃ。妾もこれまで遊んでいたが、その分時間もあったので、ちゃんと魔法の修練はしていたぞ」

「それはどっちなんだよ!」

「よく遊び、よく学べというわけじゃ。おかしな政治ゴッコにうつつを抜かすお主にはわからないと思うがの」

「ぶっ殺す! 我々の崇高な活動を!」

「自分で崇高とか言っている時点で怪しいわ」

 テレーゼは、カイツェルという魔族を挑発した。
 冷静さを失わせて魔法の精度を落とす。
 陳腐な策だが、こちらは魔力を消費せず、敵は魔力を無駄遣いする可能性があるので魔法使い同士の戦いでは多用されていた。
 紛争でもなければ、そう魔法使い同士の戦いは発生しないのだが。





「あら。派手なのが来たわね」

「あなたに言われたくありませんわ。それに私は派手なのではなく、無事復興となったヴァイゲル家の当主として相応しい格好しているのです。それであなたは……」

「何よ? 文句でもあるの?」

 ここでも微妙な運の悪さが出るというか、カタリーナが相手をしている魔族はまるでキャンディーさんのように女装していた。
 まったく似合っていないので、まさしく化け物といった感じで、カタリーナは直視する時間を短くしたいようだ。
 化け物から目をそらし、テレーゼに視線を送った。

「カタリーナ、今さら交換するのもアレじゃし、我慢せい」

 カタリーナは対戦相手を交換してほしかったようだが、さすがのテレーゼもオカマ魔族とは戦いたくないようだ。

「……どうして、私がオカマと……リサさん?」

「すいません。私も忙しいので……」

 カタリーナの近くで別の魔族と対峙しているリサも、そのオカマ魔族の相手は嫌なようだ。
 すまなそうに、カタリーナの交換要請を断った。

「失礼ね! 私は女装とお化粧が大好きなだけで、普通に女の子が好きなノーマルよ!」

「魔族には、変わった方がおりますのね……」

 キャンディーさんの例を見るように、別にオカマだからといって教会が全員を処罰するわけではない。
 よくは思われないが……。
 エリーゼのように、個人の自由だと認める聖職者もいた。

 魔族の国でも、最近は性別の変更を認めたり、同姓婚を認めてはどうかという意見も存在するようだから、ちょっと変わっているくらいなら、この手の政治組織に所属しても大丈夫なのであろう。

 その前に、こいつはただの女装好きだし……。

「リーダーは何も言いませんの?」

「別に何も言わないわよ」

 この手の国粋的な政治組織だと何か言われそうな気がするんだが、正規構成員として暗殺に参加しているから大丈夫なのであろう。
 メンバーを選り好みしている余裕がないのかもしれないし、アレでも上級だからな。
 それにしても、『世界征服同盟』という組織がよくわからない。

「私は、ミランダ・レッシーよ」

「女性名なのですか?」

「この格好をしている時だけ、この名前なの。本名を知りたいかしら?」

 女装が趣味の男性が、女装している時だけ女性名を名乗るみたいなものか?

「いいえ。別に」

 カタリーナは即答したが、俺も女装好き魔族の本名なんて知りたくもないな。
 知ったところで、だからどうなるというわけでもないし……。

「急に冷静になったわね! 失礼な小娘だわ!」

 ミランダという名前の女装魔族は、カタリーナと戦闘状態に入った。





「オバサンが僕の相手か……ひっ!」

 リサをオバサン扱いした魔族の周囲に数本氷の柱が立った。

「速やかに倒されなさい! 職なし坊や」

「職なしって言うな! 今はあるんだよ!」

 リサは、見た目が相当チャライ魔族と対峙していた。
 女装魔族よりはマシなのであろうか?
 それにしても、どうしてあんなチャライのが政治組織に? 
 よほど暇だったのであろう。
 それとも、女性にモテるかもって勘違いしたとか?

「ミハエル・レストールのイケてる魔法を食らえ! オバサン!」

「そういう人に限って、魔法は微妙な人が多くて困ります」

「後悔するなよ! オバサン!」

 リサも、ミハエルとの戦闘を開始した。




「俺の相手はチビか!」

「うーーーむ。この年になり、生まれて初めてチビと言われたのである!」

 急ぎ駆けつけた導師は、まるでゴーレムのような大きさの魔族と対峙していた。

「学生時代はボディービルで鳴らしたこのバースト・ハルクが、チビの相手をしてやろう」

 導師をチビ呼ばわりするバーストという魔族は、導師よりも身長が二十センチ近くも高かった。
 筋肉の量も多く、まさしく魔人と呼ぶに相応しい容姿をしている。

「魔法で増幅した怪力で潰してやるよ。チビ」

「口だけは一人前なのである! かかってくるのである!」

「後悔するなよ、チビ」

 導師とバーストという巨漢の魔族が戦いを始めた。





「さて、俺の相手はお前か?」

「そうだ、ジイさん」

「ジイさんは酷いな。俺は生涯現役を目標にしているから、いぶし銀とか、大ベテランっていってほしいぜ」

 ブランタークさんは、若い魔族からジイさん扱いされた事を気にしていないようだ。

「上級の連中じゃあ、ジイさんが一番魔力も少なくて弱そうだ。余裕だな」

「若いねぇ……。確かに魔力の量は重要だが、俺とお前さんの魔力量はそこまで差があるわけじゃないぞ。経験値による補正を考えると、俺が有利かもよ」

「言うね、ジイさん。俺の名は、ウィッツ・ベン。冥途の土産に覚えておけ」

「お前こそ、俺の名前を覚えておけよ。あの世で、ブランターク・リングスタットに破れたと神様に報告するのを忘れるな」

 ブランタークさんは、ウィッツという口の悪い魔族が相手のようだ。




「さて、あなた達が陛下に危害を及ぼすのであれば、私も戦わねばなりません」

「魔王? 今回は標的じゃないから、大人しくしていたら殺さないかもな。手が滑るかもしれないけどよ」

 ライラさんは、少し残忍そうな顔をした魔族と対峙していた。

「そうですか……それも御遠慮願います。バウマイスター辺境伯殿は重要な顧客であり、他の取引先との関係を保ってくれている重要な人物なのです。我々が力を蓄えるにはお金がいる。それをもたらす方を討つと仰るのなら、私も戦わねばなりません」

「魔族の癖に、人間に媚を売りやがって!」

「勘違いしているようですね。私は、あくまでもバウマイスター辺境伯殿と対等に……私ではなく、会長が対等に取引をしております」

「はんっ! よくもそんな詭弁を!」

「少しばかり商売で後れを取って儲からなかったからといって、他社に因縁をつけるとは……あのオットーとかいう方は、よほど無能なのでしょう」

「ぶっ殺す!」

「お名前を聞いておきましょうか?」

「エスト・エリックだ!」

「陛下の補佐役にして宰相のライラです。全力をもってお相手いたしましょう。戦闘には慣れておりませんので、あなたが死んでしまっても不可抗力です。悪しからず」

「それは俺のセリフだ!」

 最後に、ライラさんもエストという魔族と戦いを始めた。
 これで、俺の傍にいた魔力持ち全員が魔族の刺客達と戦闘を開始した事になる。
 そして俺は、オットーとの戦いを始めた。





「『双竜炎舞』!」

「いちいち、技名を言うのかよ……」

 俺とオットーは、上空で『飛翔』しながら戦闘を開始した。
 残念ながら、魔力の量では俺はオットーの半分くらいであろうか?
 それでも、彼の魔力が尽きるまで時間を稼げば生き残れるはずだ。

 帝国内乱の時、師匠は魔力量が圧倒的に多い俺を上手く翻弄した。
 あれを参考に、オットーの魔法をいなしていけばいいのだ。

 早速オットーが二つの頭がついた炎の蛇を魔法で繰り出したが、手にシールド型の『魔法障壁』を作り、それを地面に叩き落とした。
 こうすれば、相反する水系統の魔法で相殺するよりも使用魔力量が少なくて済む。
 このくらいの工夫ができなければ、俺はオットーに殺されてしまう。

「やるな!」

「まあね(ちっ、予想以上に手練れだな……)」

 オットーには実戦経験がなかったが、魔法の訓練は真面目にこなしていたようだ。
 いちいち技名を叫ぶ欠点があったが、魔法の展開とコントロール、魔力使用効率も思った以上に優秀であった。

 という事は、俺の苦労が増すというわけだ。

「舞え! 『風のツバメ達』よ!」

 続けて、『ウィンドカッター』を改良した風のツバメの群れが俺を襲う。
 これは回避が難しい。
 『魔法障壁』の魔力を増してすべてを防いだ。

「(と、見せかけて……)」

 もしかしてと、急ぎ『風のツバメ』の複製を作り、オットーに向けて発射する。

「甘い!」

 オットーも『風のツバメ』を『魔法障壁』で防いだ。
 ところが、一個だけ威力を増した一撃がオットーの『魔法障壁』を貫く。

「小賢しいわ!」

 見た目はガリ弁タイプに見えるオットーだが、思ったより運動神経も悪くないようだ。
 俺の攻撃魔法を上手く回避してしまう。
 これは、師匠と戦った時の俺よりも魔法使いとして優れているようだ。

「(これは困ったな……)」

 あわよくば倒してやろうという下心もあったが、それはかえって危険だ。
 生き残る事を優先しよう。
 自分の領地じゃなければ逃げていたのに。
 エルとハルカがアグネス達に連絡を取っているはずだが、果たして間に合うかな?
 全力で飛んできても、かなり時間がかかるはずだ。

「どうした? バウマイスター辺境伯」

「お前を倒す算段をしていたのさ」

「ミエミエの嘘だな。この私の、魔王にも迫る魔力。人間である貴様如きが勝てるはずがない!」

 全員魔力を持って生まれ、高貴な血筋に魔力量が多い者が出やすい魔族。
 今は微妙だが、古の魔族は己の魔力量の多さを誇りに思い、それを誇示する者が多かったそうだ。
 魔法で人間などには負けないという自負が強いというわけだ。
 古いマッチョな魔族にあこがれを持つオットーからすれば、ぱっと出の俺になど負けないと思っているのであろう。

「実は、高貴な血筋の出でしたとか言うのか?」

「落ちぶれた魔王や貴族の血筋だと思われるのは恥でしかない! 何しろ私は血筋ではなく、天により魔族を導く者として選ばれた身なのだからな!」

 あーーーあ。
 今まで色々とありすぎて、オットーは完全にこじらせてしまっているようだ。

「暗殺に手を染める、天に選ばれた者なんていねえよ。せっかく運送業でやれそうなんだから、ちゃんと仕事しろよ」

「我々は天に選ばれた存在なのだ。運送業などという下等な仕事はやらん! 魔族を統べるというもっと相応しい仕事があるからな。その前にお前を殺すという試練も存在するわけだが、これのクリアーは余裕であろう」

 余計な事を嬉しそうにペラペラと喋る奴だ。
 まあ、時間が潰せるのはいいか。

「だといいがな」

「抜かせ! 本当は焦っている癖に!」

「職がないお前ほど焦っていないさ」

 魔族の若者には仕事がなくて困っている者も多いが、オットー達にはまるで同情できない。
 彼らが無職なのには、彼ら自身の性格にも問題があるように思えたからだ。

「ふんっ! そんな挑発に乗るか! これは、私のような選ばれた人間が成り上がる時に、仕方がなく受けた仕事にすぎない。確かに殺しはよくないが、魔族の将来を考えた結果、これは許容できる必要悪というわけだな」

 こいつは、本当に自己愛の傾向が強いな。
 自分は何をしても正しいと思っていやがる。

「お前もそうだが、他の仲間も酷いな。根性叩き直した方がいいぞ」

「ガキの分際で!」

「そのガキから見て、お前達がガキ以下だ」

「死ね!」

 ちょっと煽ったら、オットーは魔法を連発し始めた。
 コントロールと魔法の選択が甘くなったので、回避や『魔法障壁』の小盾を用いて魔力の消費を抑える。
 今のところは上手く行っているが、オットーの魔力の多さは尋常ではない。
 それでも、まだ魔王様の方が魔力量も多いんだよな。

 昔のように戦争で使われないでよかった。

「逃げるな! 『アサルトランナー』!」

 無属性の光の矢が大量に俺を襲う。
 なるべく回避して、間に合わないものだけを『魔法障壁』で弾いていく。
 オットーの方が魔力を圧倒的に消費しているのだが、なかなかその差が縮まらない。
 魔族でも、トップレベルの魔力量を持つ者はやはり尋常ではないな。

「(導師とか、ブランタークさんとか、カタリーナとか。上手く倒して、応援に来ないかな?)」

「妻達の応援に期待か? バウマイスター辺境伯?」

「だったらいいな。だって、お前の仲間だから間抜けそうだし」

 オットーの魔力が抜きに出ているが、他はすべて上級レベルだ。
 何とか倒してこちらに応援に来てくれれば、オットーを魔力切れで撤退に追い込めるはずだ。
 勿論、倒そうとなんて思ってはいない。
 あきらかに勝ち目がないからだ。

「我が同志達を舐めるなよ! 我々は常に戦略的に動いている! 誰も貴様の応援にはこれないさ!」

 意外と知恵がまわるのか?
 あくまでも俺を殺すのはオットーの役割で、他のメンバーは足止めでしかない?

「はははっ! 貴様は妻達の前で死ぬのだ! いくぞ! 必殺の『サーチデストロイ』!」

「やっぱり技名を言わないと駄目なんだな」

 と言いつつ俺は、オットーが繰り出した魔法を瞬時に分析し、『飛翔』を『高速飛翔』に切り替えて回避に専念する。
 『サーチデストロイ』とは、ようは追尾機能がある無属性の魔法の事であった。
 スピードが速いので『飛翔』だと追いつかれてしまうから、『高速飛翔』に切り替えたわけだ。

 だが、このまま『高速飛翔』で逃げると、魔力消費量では俺が不利になってしまう。
 サーチ機能がある魔法なので弾いても戻って来てしまう以上、ここは大量に魔力を消費しても打ち消すのが一番魔力を消費しないはずだ。

 そんな事を考えながら、圧倒的に魔力が多いオットーと戦う。
 帝国内乱で師匠が俺と戦った時、彼も同じような苦労をしていたはずだ。
 魔力量が多い魔法使いと戦うと、一瞬でも気を抜けない。
 精神的な疲労も多かった。

「(師匠は、こんな気持ちで俺と戦っていたのかな?)」

「随分と魔力を消費したな。私はまだ余裕があるぞ」

 『サーチデストロイ』が無属性魔法のため、系統間の相性を用いて魔力を節約できなかった。
 火系統の弱点は水系統のため、火魔法を水魔法で打ち消す時には消費魔力が少なくて済む。
 みたいな真似ができなかったのだ。

 『サーチデストロイ』が強固であったため、この一撃で半分以上の魔力が削られた。

「ふふふっ、万事休すだな。バウマイスター辺境伯よ」

「そうかな?」

「まだ妻達の応援に期待しているのか? そんなものは……うわっ!」

 すべて言い終わる前に、オットーはその場でのけぞった。
 なぜなら、突然自分の体を槍が貫こうとしていたからだ。

「槍? バカな! ヨーゼフは何をしているのだ?」

「おねんねしているけど」

「あちゃあ、上手くかわされてしまったわね」

「バカな! ヨーゼフが、二人とはいえ中級二人に……あれ?」

「ボク、中級なんて一言も言っていないよ。キミ達が勘違いしただけで」

 既にヨーゼフという魔族は倒れており、イーナはオットーに奇襲で槍を投げた。
 生憎とかわされてしまったが、仲間を倒されたオットーはあきらかに動揺している。

「魔族は、他人の魔力量を計るのが下手だね。ボクの魔力隠蔽に気がつかないんだからね」

「魔族は生まれつき大体『探知』できるので、鍛錬をしないから逆に魔力量の隠蔽に引っかかりやすいのです。そういう細工をされるという経験もないので」

 自分も戦っているのだが、対戦相手が仲間の脱落で気が緩んだのか。
 ライラさんが代わりに説明してくれた。

「上級寄りの中級みたいに思わせるのが可能なんだ」

「それは、ルイーゼが魔闘流の達人だからよ」

「騙したな! ヨーゼフ!」

「生きているけどね。暫く動けないよ」

「ええい! お前如きに!」

「ボク、結構頑張ったけどなぁ……」

 仲間の脱落に、オットーはえらく腹を立てていた。






「小娘ども! オットーの右腕であるこの私がお相手をしよう!」

「イーナちゃん」

「何?」

「リーダーの右腕でも左腕でもどうでもいいけど、こういう人に限って、実は全然右腕じゃなかったりするよね?」

 ルイーゼ、あのヨーゼフという魔族、顔がプルプルしているわよ。
 相当怒ったみたいね。
 でも、組織のリーダーって、多くの部下に同じような事を言うのよね。
 『君が俺の右腕だ』とか、『君がナンバー2』だとか複数に。

「少し痛い目を見ないとわからないようだな!」

「当たらなければ痛くないよ」

「ならば、当たるようにしてやる! 『千手鞭撃せんじゅべんげき』!」

 ヨーゼフという魔族は、随分と変わった魔法を使うわね。
 背中に魔力の塊を集め、そこから鞭状の触手? が多数私達を襲う……趣味悪いわね……。
 ブライヒレーダー辺境伯様が、密かに楽しんでいる本に出てきそう。

「イーナちゃん、千本はないよね?」

「よくて数十本ね」

 千手という技名はかなりの誇張ね。
 それに、少しコントロールが甘いような……。
 同時に襲い掛かってくる鞭は、一度に数本。
 私は普段から愛用しているミスリル製の槍で鞭を斬り払い、ルイーゼも拳に魔力を篭めて鞭を千切り飛ばした。

「思ったよりもやるようだな! だが、お前らの魔力では私に勝てない!」

「そうかしら?」

「槍女! そういつまでも防げると思うなよ!」

「何よ槍女って! 女性に対してデリカシーの欠片もないわね! だから女性にモテないのよ!」

 本当にこの魔族が女性にモテないかは知らないけど。
 こんな活動をしている時点で、女性には縁がなさそうだけどね。

「言ってくれたな! バウマイスター辺境伯を暗殺して名をあげれば、女なんていくらでも寄ってくるわ!」

「どこかズレてるよね。だから、暗殺で無職状態を打破しようなんて無謀な事を考えるんだよ」

 ルイーゼ、あんた容赦ないわね。

「もう堪忍袋の緒が切れた! お前らもバウマイスター辺境伯と一緒に死ね!」

 私達の挑発で我を忘れたヨーゼフという魔族は、一気に魔力を消費して鞭を倍増させた。

「これで避けられまい!」

「そうでもないね、イーナちゃん」

 鞭の数を増やしても、元からコントロールに難があるのよね。
 それに、もう彼は気がつけない。
 ルイーゼが魔力を隠蔽しているのを。

 私とルイーゼの二人で戦いを挑んだから、ヨーゼフという魔族はずっと勘違いしたまま。
 他の仲間も気がついていない。
 ここは素早くこいつを倒して、ヴェルの救援に向かわないと。

「(ルイーゼ)」

「(ボクが一気にあいつの懐に飛び込むよ。イーナちゃんは……)」

「(何とかするわ)ほら、かかってきなさい」

 私はルイーゼを後ろに隠し、槍を振るってヨーゼフという魔族を挑発した。

「チビっ子は、もうヘバったか?」

「イーナちゃん、あいつムカつく」

 二児の母親に対し、チビっ子はないわね。
 確かに、ルイーゼは子持ちには見られないけど。

「お前を先に倒し、次は隠れているチビっ子だ!」

 ヨーゼフという魔族は、倍に増やした鞭で次々と攻撃を仕掛けてくる。
 少し対応が面倒になったけど、やはりコントロールが甘い。
 順番に対処していけば、暫くは保つはず。

 私の後ろで、ルイーゼは一瞬の機会を計っていた。
 ヨーゼフという魔族が、わずかでも隙を見せるタイミングをだ。

「ひゃひゃひゃ! 私の連続攻撃に、人間の! それも女如きが勝てるはずがないのだ!」

「段々と本性が出てきて下品ね。だから、女性にモテないのよ」

「絶対に殺す!」

 やったわ。
 遂に、ヨーゼフという魔族に我を忘れさせる事に成功した。
 攻撃の回数は増えたけど、余計にコントロールが甘くなっている。
 あとは……。

「ルイーゼ、どう?」

「今だよ、イーナちゃん!」

「わかったわ! 『火炎槍』!」

 私は槍に『火炎』を纏わせると、大きく振り回して一度に大量の鞭を斬り落とした。
 同時に、一気に大量の魔力を使って槍に纏った『火炎』でルイーゼの姿も見えなくしてしまう。

「へっ、この程度ならすぐに回復させ……バカな!」

 ここでルイーゼも大量の魔力を用い、一気に身体能力を増大させた。
 『火炎』で目が眩んだヨーゼフという魔族のわずかな隙を突き、あっという間にその懐に潜りこんでしまう。

「チビぃ!」

「こんなにいい女をチビって失礼だな」

「がはぁ!」

 ヨーゼフという魔族は慌てて自分の体を強化したようだけど、ルイーゼの一撃は完全に防げなかった。
 ボキボキという音と共に、そのまま地面に崩れ落ちてしまう。
 でも、これで死なないなんてさすがは魔族ね。
 咄嗟に、魔力で体を強化して致命傷を防いだみたい。
 普通の人間なら確実に死んでいたと思う。

「イーナちゃん、やったよ」

「じゃあ、ヴェルの助っ人に行くわよ」

「他の人は無理かぁ……」

 私とルイーゼが組んで戦う事を決めた時点で、みんなは私達が最初にヴェルの救援に向かうであろうという合意が無意識にできていた。
 ルイーゼの魔力隠蔽が、一番上手くいきそうだったから。

 こうして私達は、オットーという魔族の妨害に入れるようになった。





「本当に、ヴェルよりも魔力が多いわね。あの魔族」

「これは、ヴェルも苦戦して当然か」

「チビぃ! 卑怯だぞ!」

「魔力隠蔽の件? 卑怯なんて、暗殺を目論む人間が言うセリフじゃないよ」

「言わせておけば! このチビ! あがっ!」

 とここで、ルイーゼに話しかけられてわざわざ応対していたオットーの背中に、イーナが魔力を篭めて投げた槍が命中した。
 強固な『魔法障壁』のせいでダメージにはなっていないが、脅かす効果くらいはあったようだ。

「貴様ぁーーー!」

 続けて数本槍が投擲されるも、オットーはすべて『魔法障壁』で防いだ。
 だがその隙に、ルイーゼがオットーの死角に潜り込んで魔力を篭めた一撃を放った。
 これもオットーの『魔法障壁』で防がれるが、徐々に彼の魔力を削っている。

 彼の膨大な魔力量を考えるとわずかな量にしかすぎないが、それでも時間稼ぎには成功していた。

「ちょこまかと三対一でぇーーー! あがっ!」

 さらにイーナが投擲した槍が『魔法障壁』に命中、オットーにダメージはないが、揺さぶられて体のバランスを崩しそうになり、慌てて『飛翔』で体勢を立て直す。
 ところがその直後、今度は俺が放った無属性魔法が命中。
 これもダメージはないが、オットーは滞空していたポイントから数メートルほど落下してしまい、慌てて体勢を立て直した。

「ヴェル、上手くいったわね」

「ヴェル、ナイス判断」

「ルイーゼも。イーナもな。このまま畳みかけるぞ!」

「……わかったわ」

「……わかったよ」

 ルイーゼとイーナとはもう長い付き合いだ。
 俺がちょっと片目を瞑って合図すると、それだけで作戦を理解してくれた。
 いくら三人になっても、俺達がオットーを倒せるはずがない。

 そのくらい、魔力の量に差があるのだ。
 かといって、まだ幼い魔王様をオットーにぶつけるわけにはいかない。

 ライラさんでは、オットーに勝てない。
 多少魔法の訓練をしていたようだが、社長業が忙しすぎるようだ。
 自分よりも魔力量が低い他の魔族に翻弄され、一対一で睨み合いを続けたままだ。

「ライラ、駄目か?」

「申し訳ありません、陛下。この者の方が、戦い慣れているようです。さすがは無職。空いている時間が多く、無意味な戦闘訓練を続けていたようです」

「うるせえ! 俺が無職でお前らが困ったりしたか?」

「今、困っています」

「減らず口ぉーーー!」

 ライラさんに実質無職なのを指摘されたエストは、激高しながら次々と魔法の矢を放った。
 すべてライラさんの『魔法障壁』によって防がれるが、防戦一方となって俺達の救援にはこれなさそうだ。

 こうなれば、時間だけが俺達を有利にする。
 オットーには俺達が勝負を着けようとしているように見せつつ、相手の魔力を少しずつ削って時間を稼ぐしかない。

「こういう時のために、大量に槍を準備しておいてよかったわ。乱れ撃ち!」

 イーナは、魔法の袋から取り出した大量の槍を次々とオットーに向けて投擲した。

「こんなものは避ければ……あがっ!」

「チグハグね……魔法や戦闘技術は学んでいるけど、実戦の勘が皆無に近いなんて……」

 イーナはあまり魔力を使わなくても、オットーの移動する方向を読んで槍を投げて半数以上を命中させていた。
 『魔法障壁』がなければ、いくら魔族でも槍が刺されば死んでしまうから消すわけにいかない。
 槍が命中する度に、少しずつオットーの魔力が消耗していく。

「小娘ぇーーー!」

 イーナからの嫌がらせに近い攻撃に激怒したオットーは、『火球』を彼女に向けて放った。

「残念でした」

 ところが『飛翔』でイーナの前に立ったルイーゼが、小さな『魔法障壁』の盾を作り、オットーの『火球』を弾いてしまった。
 動体視力がいいルイーゼは全身に『魔法障壁』を張らず、片手に出した小さな盾状の『魔法障壁』だけで、イーナに命中するはずだった『火球』を弾いてしまったのだ。

「節約、節約」

「クソぉーーー! ならば避けられない『火球』を食らえ!」

 ルイーゼの戦い方に激怒したオットーは、莫大な量の魔力を消費して巨大な『火球』でイーナを攻撃しようとした。

「おっと、バイバイ」

 だがルイーゼは、オットーが巨大な『火球』を放った直後、イーナを抱えて巨大な『火球』の射程距離から離れてしまう。
 オットーは、またも魔力を無駄にしてしまう。

「しかし……」

 イーナとルイーゼは上手く戦っているが、やはりオットーの魔力量は尋常ではない。
 あれだけ高威力の魔法を連発して、まだ半分も消費していないのだから。

「汚く足掻きやがって。女に助けてもらって格好悪い奴だ。とても貴族とは思えん」

「ふんっ、何とでも言え。その前に、お前に貴族云々言われたくないな」

 俺は、お前に殺されなければ勝ちなのだから。
 それに、言うほど貴族も楽じゃないんだぞ。
 オットーにはわからないだろうがな。

「責任のある立場。私もじきにそうなる。だがそれは生まれからではない! 私が偉大な才能と力を持つからだ!」

「そうかい」

 こいつがペラペラ喋っている政治信条や政策は、今のところは口先だけ。
 自分も、貴族や政治家と同じような立場になってみたい。
 ただそれだけなのであろう。
 でなければ、暗殺など普通は引き受けない。

「女が二人も乱入して面倒だな」

「いいじゃないか。ボクは夫を手助けしているだけだよ」

「決闘じゃないんだから、一対一じゃないと不公平とか言ったら、あなたは本物のバカよ」

「ああ言えばこう言う!」

 二人の発言に激高したオットーは再び巨大な『火球』を作ってぶつけようとしたが、またもイーナを抱えたルイーゼに察知され、『飛翔』で回避されてしまう。
 ルイーゼは、オットーの手の動きを見て『火球』の飛ぶ方向を瞬時に見極め回避してしまう。
 このままだと、オットーがルイーゼに魔法を当てるのは難しいであろう。

「ここで無駄な時間をかけていられない。最後の手段と思ったが、密かに準備しておいてよかった」

 オットーは、懐から虹色の光を放つ宝石が嵌められたペンダントを取り出した。

「経費が嵩むのでできれば使いたくなかったが、仕方がない。バウマイスター辺境伯、お前はこれで終わりだ!」

「オットー、お前は何を?」

 オットーがそのペンダントを掲げてすぐ、突然俺の周囲が真っ暗になってしまった。
 一瞬意識を失ったのかもしれない。
 気がつくと、俺は真っ白な空間を真っ逆さまに落下していた。

「ここはどこだ?」

 そこはただ真っ白な空間で、見渡す限り足で立てる地面が存在していなかった。
 ひたすら落下を続けていた俺は、慌てて『飛翔』でその場に浮かぶ。

「……っ! 魔力が吸われていく……」

 ところが魔法を使うと、通常の何倍も早く魔力が減っていく感覚を覚えた。

「この空間で魔法を使うと、通常の何倍も魔力を消費するのか?」

「正解だ。バウマイスター辺境伯」

 いつの間にか、俺の斜め上には得意げな表情を浮かべるオットーが宙に浮いていた。

「お前たちが古代魔法文明時代とやらの文明の利器を利用するように、我々にもゾヌターク王国時代にのみ存在した古代魔法技術の品が存在する。これもその一つさ。ブラックマーケットで手に入れた」

「それは、貧乏なお前たちには大変な出費だったな」

「この状況でまだ減らず口を叩くか! これは、大昔の修行用の道具だ。魔法の袋と同じく別の空間に魔族と人を送り込める。ここでは常に『飛翔』を使わないと永遠に落下していく。魔力の消費量は通常の五倍以上、計算では俺よりも遥か早くバウマイスター辺境伯の魔力が尽きる。永遠に別空間で落下し続けるがいい!」

 まずい。
 魔法の袋と同じ空間なら、時間の概念が存在しない。
 休んでも魔力が回復せず、その前に時間が経過しないのだ。
 眠くならない。
 お腹が空かない。
 一旦魔力が尽きれば、ただひたすらこの白い空間を落下していく。
 間違いなく気が狂うはずだ。
 魔法の袋に魔晶石があるが、それを使って魔力を回復させたとして、果たしてオットーを倒して例のペンダントを奪えるか?
 さすがに、オットー自身がそれを許さないであろう。

「(とにかく、今は時間を稼ぐ。ライラさんと魔王様に救出手段があるかもしれない)」

 俺はただオットーと睨み合って対峙を続けた。

「時間稼ぎか。悲しいな。魔力が少ない雑魚は。どう努力しても、お前の方が先に魔力が尽きるのだ」

 一か八かで、オットーと短期決戦を行うのは危険だ。
 奴はそれを予想してちゃんと備えをしている。
 今は、ただエリーゼたちやライラさん、魔王様の救援を待つしかない。
 俺はできる限り魔力の節約を始めるのであった。
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