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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百五十六話 バカとインコ。

 併合したアキツシマ島と南方諸島以南の領域と、今もバウマイスター辺境伯領本領の開発も順調に進めており、それに隣接するブライヒレーダー辺境伯領も好景気に沸いていた。
 西部における魔族との緊張関係と、一向に進まない交易交渉などの問題はあったが、交渉は続いているので軍事的な驚異は逆に低下している。

 魔族の軍人には冷静な者が多く、暴発の危険も少なかった。
 それよりも、魔族側は足手纏いの青年軍属の数を増やしてしまい、魔族の軍人達は彼らの管理で忙しいようだ。

 誰が見ても青年軍属達は足手纏いなのだが、もう用事がないからと放逐もできない。
 彼らを無職に戻してしまうと、失業率が悪化して政府批判が強まるからだそうだ。

 それに交渉はなかなか進まず、人間との緊迫関係がなくなったわけではない。
 だが軍人の増強は事実上不可能であり、なら青年軍属でもいいかと、軍事に詳しくない政治家が数は戦力という考えに至る。
 魔族は全員魔法使いだからあながち間違った考えでもない。
彼らに職があれば雇用統計もよくなるし、給金を出しているのだから彼らがお金を使えば景気もよくなるであろう。
 あんな無人島で、貰った金をどう使うのかという疑問もなくはないが。

 そんな理由で、テラハレス諸島には多くの魔族の若者達がいた。
 させる事というか、任せられる仕事が少ないので、効率は無視して色々な建物などを作り始めた。
 魔族側は、テラハレス諸島を人間と魔族との交流拠点にしたいらしい。
 新聞などで、進歩的と言われている政治評論家やコメンテーターがそうインタビューに答えているとモール達が教えてくれた。

『魔族と人間による友好の懸け橋とか言っているね。度が過ぎた性善説を元にしたお花畑発言は彼らのお仕事だから。魔族も現実を直視するだけでは生きていけないから、ああいう手合いも必要なのかもね』

『それが元で戦争になったら本末転倒だけど、そうなったらそうなったで、彼らは戦争反対を声高に言うお仕事が増えるから』

『拗らせた中途半端なエリ-トはどうしようもないね』
 モール達は相変わらず醒めており、同朋に辛辣だったが、間違った事は言っていない。

 元々テハラレス諸島は、ホールミア辺境伯が領有権を主張している諸島だ。
 勝手に色々と建てられてしまって、気分がいいはずがない。
 領地を魔族に奪われたままなので、寄子や他の貴族達への面子の問題もある。

 ホールミア辺境伯は反発を強めているが、かといって単独での諸島奪還は不可能であった。
 交渉が続いている以上は王国軍も事を荒立てないし、ならば他の貴族も援軍を出す事はないであろう。
 それに、大軍を維持し続けると経費の問題が出てくる。
 それでも軍勢で圧力をかけながら奪われた領地を返せと文句を言い続ける必要はあり、ホールミア辺境伯は資金繰りに四苦八苦していると噂になっていた。

 そんな複雑な情勢ではあるのだが、人間とは慣れる生き物だ。
 次第に西部以外の領域は普段と変わらない生活に戻っていった。
 どうやら戦争にはならないようだとわかると、みんな遠い西部の事など気にしなくなってしまったのだ。

 俺達も南部も開発で忙しいので、西部の事などあまり気にかけなくなっている。
 そんな状態なので、今日の俺は久々にブライヒブルクに顔を出していた。

 開発の手伝いをしてもらっているし、俺が辺境伯に陞爵したのでその説明などもある。
 彼の娘フィリーネは婚約者なので、定期的にその顔を見に行って仲がいい事を周囲にアピールもしないといけない。
 政略結婚であるが、彼女が成人するまで無視するわけにもいかない。
 何とも貴族らしい行動で、自然にそういう風に振る舞う俺も貴族生活に慣れたものだ。

 幸い、彼女は内乱の時に長期間一緒にいたのでエリーゼ達とも仲がよかった。
 俺も好かれていたので、フィリーネは顔を合せると陞爵したお祝いを述べてくれた。

「ヴェンデリン様、辺境伯への陞爵おめでとうございます」

「ありがとう、フィリーネ」

 フィリーネがお祝いを述べてくれたので、俺は笑顔でお礼を述べた。

「何か妙な事になりましたね」

「そうですね」

 この人事の変な部分は、俺もブライヒレーダー辺境伯も爵位は同じなのに、俺が寄子なのは変わらないという部分だ。
 俺達でも少し違和感があるのに、外野が変だと思わないはずがない。

「予想どおりでしたが、王国はこうやって地味に手を打ってきますね」

「やはり、離間の策ですか?」

「そこまで露骨じゃないですけどね。我々が死んでから、王国は国土の管理区分を変えるのかもしれません」

 王国は確定したバウマイスター辺境伯領の南部を探索する予定なので、もし大陸や島があったら入植させるつもりであろう。
 王国自身も力を増しつつ、ブライヒレーダー辺境伯家を中南部担当、バウマイスター辺境伯家を南部担当にして、管理区分を切り離して両者が必要以上に親密になるのを防ぐ。

 俺とブライヒレーダー辺境伯が存命の頃は不可能だが、代を経ると両者に溝ができる可能性が高かった。
 王国は、随分と長い目で貴族の管理を行っているようだ。

「なるべく今のような親密な関係でいきたいですけどね。先の事は誰にもわからないのですが。今は、フィリーネもバウマイスター辺境伯に嫁ぎますからね」

 ただ、彼女は母親の身分が低いので、奥さんとしての序列はさほど高くない。
 それに、貴族の血縁関係は一代か二代でリセットされる。

 百年後、ブライヒレーダー辺境伯家とバウマイスター辺境伯家が紛争をなんて未来もあるかもしれなかったが、今に時点でそれを心配しても意味がない。

「ヴェンデリン様、お茶をお淹れしました」

「ありがとう、フィリーネ」

 フィリーネはブライヒレーダー辺境伯家の娘となり、今はそれなりの教育も受けているそうだ。
 実質花嫁修業であったが、少し前まで平民の娘としても生活し家事なども手伝っており、お茶なども上手く淹れられる。
 早速ひと口飲むが、その腕前はエリーゼと遜色なかった。

「フィリーネはお茶を淹れるのが上手だな」

「ありがとうございます、ヴェンデリン様」

そう言いながら、にこやかに笑うフィリーネのおかげで場が和んだ。
 ただ一つ勘弁してほしいと思ったのは、フィリーネはマナーに従って最初俺にお茶を出したのに、ブライヒレーダー辺境伯があからさまに不満そうな顔をした事だ。
 可愛い一人娘が、父親である自分以外の男に先にお茶を出した件が気に入らないのであろう。
 すぐに彼の表情を見た奥さんがひじ打ちをして、元の表情に戻っている。

「お土産があるから一緒に食べようか?」

「はい」

 屋敷で作らせた魔の森産のフルールを使ったケーキを持参していたので、フィリーネも加わってオヤツの時間となった。

「随分と領地が広がりましたね」

「海の方が多いですけどね」

 一番大きな島はアキツシマ島で、二番目に大きいのが、ルルがいた魔物の領域だらけの島。
 他にも百を超える無人島があったが、数百人も住めば一杯になってしまうような島ばかりだ。
 もっと小さな無人島も入れれば数百は超えると思うが、開発の効率は悪いと思う。
 何しろ、海には大量の海竜がいるのだから。

「退治できませんか?」

「数が多すぎるのですよ」

 現在も手が空いているアキツシマ島の魔法使い達が討伐を行っているが、中級以下の彼らではさほど成果が出ない。
 下手に頑張らせすぎると犠牲者が出てしまう。
 魔法使いは貴重なので死なせるわけにいかず、海竜退治を慎重にすればするほど効率は落ちてしまうのだ。
 開発が最優先のため、暫く海路は使わない方がいいであろう。

「幸い、魔導飛行船も確保できていますから」

 バウマイスター辺境伯領本領各地と、島々を結ぶ定期航路はこれからも増強する予定だ。
 船員の教育には時間がかかるが、これは時間が解決してくれるはず。

「それはよかったですね。うちも好景気で万々歳ですよ。隣の小領主達も最近は大人しいですね」

 ブライヒレーダー辺境伯領の隣には、多くの小領主達の領地が集まったエリアがある。
 当主が代わると自分の力を領民や家臣に見せつけるためであろう、係争事案がある隣の領主と紛争を起こすケースが多かった。
 紛争に至らなくても、寄親であるブライヒレーダー辺境伯に裁定を頼む貴族も多い。
 さらに凄いのが、ブライヒレーダー辺境伯家に紛争を仕掛ける貴族もいるらしい。
 『○○家の新当主たる私は、寄親であるブライヒレーダー辺境伯家にも怖気づく事はないのだ!』と、領民達に強い領主をアピールするわけだ。
 この辺の考え方は、地球のヤクザやマフィアとそう変わらない。

 毎度巻き込まれるブライヒレーダー辺境伯家当主が不幸であった。
 寄親の一番面倒な仕事らしいが、頻度は少し下がったそうだ。

「酷い理由で紛争が起こるのですね」

「我が家は、代々こんな連中の相手をしているのですよ。バウマイスター辺境伯家がブライヒレーダー辺境伯家の寄子を続けるという奇妙な状態をどうして王国すら認めているのかといえば、バウマイスター辺境伯家が独立すると、この連中が新たな活動を始めるわけです」

 『バウマイスター辺境伯家の寄子になるので、ブライヒレーダー辺境伯家が自分達に下した不利な裁定を改善してください』とか言い出しかねない。
 少しでも自分達に有利になるのなら、これまでブライヒレーダー辺境伯家から受けた恩すら仇で返すかもしれないというわけだ。

「地方の小領主なんて、みんなが思っているほど裕福ではありませんしね。収入が入っても、すぐに経費で飛んでいきますし。少しでも利益を得ようと必死なのですよ」

 事情は理解できるが、まだ貴族として経験の浅いバウマイスター辺境伯家が彼らの利害調整なんてできないので、下手をすると南部が混乱してしまうかもしれない。
 そうなれば王国も損をするので、うちがブライヒレーダー辺境伯家の寄子のままでいても何も言わないわけだ。
 あと百年も経てば、話は別なのであろうが。

「今はこれでも落ち着いていますよ。バウマイスター辺境伯領への出稼ぎに、開発に必要な物資の販売で潤っていますからね。猫の額のような土地を争う暇があったら、仕事でもした方が金になりますからね」

 金持ち喧嘩せず。
 金持ちとまではいかないが、好景気なので紛争する暇がないというわけだ。

「開発特需が終われば、元の木阿弥かもしれませんが」

 かもしれないが、そう簡単に開発が終わるはずもない。
 何しろ、俺は今物凄く忙しいのだから。
 俺が忙しいという事は、それに大規模な開発が不随するわけだ。
 ローデリヒに言わせると、俺が一年三百六十五日、二十四時間ずっと働いてもらっても構わない、できればそれが理想だと怖い事を言っていた。
 勿論物理的に不可能なので、ローデリヒが微ブラック程度にスケジュールを組んでいた。
 先に厳しい発言で俺を脅し、次にちょっと忙しい日程を俺に提案する。
 すると不思議な事に、俺は結構楽なスケジュールなのではないかと錯覚してしまうわけだ。
 俺は、ローデリヒによって完全にコントロールされていた。

「魔族についても心配したのですが。あの様子だと数年は動かないですね」

「双方の利害関係の調整はそう簡単に終わらないでしょう」

「魔道具ギルドも、後継者争いで揉めていますからね」

 魔族から魔道具を輸入してしまうと、ヘルムート王国の魔道具職人が失業してしまう。
 帝国の魔道具ギルドとも組み、彼らは魔道具輸入の断固阻止を目論んでいた。
 なまじ金も力もある組織なので、見事に交渉の足を引っ張っているわけだ。

 先日、強権を駆使していた会長が亡くなったのもよくなかった。
 これに次期会長人事の争いも加わり、残念ながら交渉が進む事はないであろう。

 テハラレス諸島に建設された建物の中で、魔族、王国、帝国の代表者達が、何も進まない交渉に辟易しているのが目に浮かぶ。

「どうせ誰を投入しても交渉が進むわけがなく、むしろ魔道具ギルドを敵に回す危険もありますからね。誰も交渉を進めません」

 帝国もそれは同じで、みんな魔道具ギルドから恨まれたくないので、適当に時間を潰しているという状態であった。
 俺もそこに加わろうとは思わない。
 他にやる事がいくらでもあり、現状で何も困っていないからだ。

 アキツシマ島には魔王様から中古魔道具を輸入して開発を進めていたが、あの島は暫く部外者が誰も入れない。
 もし見つかっても、古い魔道具なので発掘品だと言って誤魔化す予定であった。

「バウマイスター辺境伯は、異民族対策で忙しいようですね。ですが、私の可愛い娘であるフィリーネに会いに来ていただかないと」

 そうする事で、周囲にバウマイスター辺境伯家とブライヒレーダー辺境伯家との関係が良好な事を知らせる。
 王国政府による分断策に対抗するわけだ。

「ところで小耳に挟んだのですが、バウマイスター辺境伯は併合したアキツシマ島の有力者の娘を嫁に迎えるそうで?」

「有力者本人です」

「本人なのですか?」

「ええ」

 秋津洲家も細川家も、本家一族の生き残りが涼子と雪だけとなったため、例外的に家督を継いでいる。
 二人は独身なので、バウマイスター辺境伯家がアキツシマ島の支配力を強めるためには、二人がバウマイスター辺境伯家の血を継ぐ子を産み、その子がアキツシマ島の代官、副代官になればいい。
 つまり、俺が二人を娶るわけだ。

「うううっ……。仕方がありません……」

 生まれながらの大貴族であるブライヒレーダー辺境伯は、俺がそうせざるを得ない事を誰よりも理解していた。
 ところが可愛い娘の父親としては、これ以上俺に嫁が増えるとフィリーネが蔑ろにされるのではないかと心配しているわけだ。

「聞けば、元名門有力領主の娘と、他の島の村長も娶るとか?」

「あの二人は……」

 まだ五歳である二人なので、正式にそう決まっているわけではない。
 今は子供なので、保護しているだけであった。
 二人とも年齢以上に大人びており、俺の嫁になる気マンマンで、アグネス達が危機感を募らせていた。

「弟子の三人もそうですよね? あの娘達は、年齢的にそう先の話でもないですよね?」

「はい……」

 アグネスは既に成人しており、ベッティは来年、シンディは再来年成人してしまう。
 三人に関しては、ローデリヒが開発で役に立つので絶対にと釘を差されていた。

 以上のように、俺がブライヒレーダー辺境伯でも心配してしまう状態なのだ。
 別に、俺が望んでこうなったわけではなく、人生何があるかわからないというわけだ。

「ヴェンデリン様は凄いですね」

「凄いのかな?」

「はい、お父様のお本に沢山奥さんがいる貴族様のお話がありました」

「ブライヒレーダー辺境伯……」

 あんた、娘に何を見せているのだ?

「旦那様!」

「いいお話なんですよ」

 ブライヒレーダー辺境伯は俺に続き、奥さんにも怒られていた。
 あらすじだけ聞くと、女の子が読むお話じゃないよな。

「お父様。フィリーネは、例えヴェンデリン様に奥さんが何人いても、仲良くできると思います」

「そうですよね。フィリーネは私の娘なのですから!」

 ここでまた、ブライヒレーダー辺境伯の親バカ発言が飛び出した。
 とはいえ、俺もあまり心配ないと思っている。
 何しろフィリーネは、あの導師と友達になれてしまうほど博愛精神に満ち、肝も据わっているのだから。

「ですので、私も早めにヴェンデリン様のお屋敷に住まわせていただこうかと」

 婚約者として、事前に俺の屋敷に住んでしまう。
 実はこの手法、エリーゼもホーエンハイム枢機卿の指示で行っている。
 イーナとルイーゼもそうで、王都屋敷で二年半以上も一緒に住み、おかげで三人を俺の妻だとすべての貴族が理解した。

 他の虫がつかないようにする、非常に効果的な作戦なのだ。

「いけません!」

「なぜです? 旦那様」

 フィリーネが今から俺の屋敷に住むというと、ブライヒレーダー辺境伯が全力で反対した。
 とてもいい策だと思っていた奥さんも首を傾げている。

「まだ教育が終わってしませんし……」

「それは、向こうのお屋敷でやらせればいいじゃないですか。家庭教師と教育係なら、うちから送り出せばいいのです」

 フィリーネは未成年であり、十歳頃まで平民として暮らしていた。
 そのせいで色々と教育されているのだが、別にブライヒブルクでやらなくても、バウルブルクでやっても結果は同じであろう。
 ブライヒレーダー辺境伯家が、そんな金すらないとはあり得ない。
 フィリーネが俺に嫁ぐという事を世間に知らしめるには、とても効率のいい方法なのだ。
 特に奥さんは賛成のようだ。

「いえ、いえ、いえ! 駄目です! フィリーネは成人するまで私と暮らすのです!」

「旦那様……」

 ブライヒレーダー辺境伯は、ようやく一緒に暮らすようになったフィリーネをまだ手放したくない。
 彼女がいなくなると寂しくなるので、成人後嫁ぐ時にすればいいのだと断固反対し、それに気がついた奥さんが頭を抱えていた。

「フィリーネがバウルブルクのお屋敷で住むようになれば、他の貴族のちょっかいも防げます!」

 一緒に住んでいしまっているため、ここで婚約破棄になる事は滅多にない。
 二人の関係を世間に知らせるには最適な手なのだ。

「フィリーネ、バウマイスター辺境伯様のお屋敷で住むのは嫌ですか?」

「いいえ、お義母様。エリーゼ様達がいるので寂しくありません」

 あの村から保護してきたフィリーネは、エリーゼ達とも仲良くやっていた。
 一緒にいられるのは楽しいと答える。

「そうですか。あなた、フィリーネがそう言っていますよ」

「フィリーネ、お父さんと暮らすのが嫌ですか?」

「いいえ、お父様と暮らすのは楽しいです。お父様もお義母様も大好きですから」

「フィリーネぇーーー!」

 フィリーネに好きだと言われたブライヒレーダー辺境伯は、何か用事を仰せつかった時のため部屋の隅で待機していたにいるメイド達が引くほど喜び、感極まって泣いていた。

「フィリーネにそう言ってもらえると嬉しいですけど、私達は貴族なのです。時に、エリーゼさんと同じ事をする必要もあるのですよ」

 フィリーネが俺に嫁ぐのは決定事項。
 そういう風に世間に思わせたいわけだ。

「待ってください! 要は、フィリーネは絶対バウマイスター辺境伯家に嫁ぐと周囲が思えばいいのですよね?」

「そうですね」

「ならば簡単です! 今度のバウマイスター辺境伯の昇爵お祝いのパーティー。ここで、バウマイスター辺境伯がフィリーネをエスコートすればいいのです」

 そういえば、そんな行事の準備をローデリヒがしていたような……。
 いざ出席となると面倒そうだなと思ってしまった。

「まあ、その方法ならば……」

「フィリーネは、バウマイスター辺境伯の婚約者としてパーティーでエスコートされるのですよ」

「お父様、ブライヒレーダー辺境伯家の娘として恥ずかしくないよう、今からちゃんとお勉強をします」

「さすがは私の娘です!」

 再び感極まって泣き始めるブライヒレーダー辺境伯。
 俺が思うに、ブライヒレーダー辺境伯が親バカなのもあるが、きっとあの叔母上にフィリーネの爪の垢でも飲ませたいと思っているのかもしれない。

 俺からは、絶対に口には出せない本音であったが。






 開発が進むアキツシマ島であったが、夏休み中の魔王様は遊び、時々仕事の日々を送っていた。

「藤子、九九は覚えたか?」

「何とかな。ろくしち四十三」

「42だぞ、藤子」

「しちは五十六」

「うーーーん、九九はルルの方が覚えも早いな」

 魔王様は、藤子とルルと遊んだり、簡単な計算や漢字などを教えるようになっていた。
 既に夏休みの宿題も終わり、遊んでばかりいるのも何なので、二人に勉強を教えていたのだ。
 モール達は仕入れた魔道具の配置、使い方の指導、簡単な修理、農業指導で忙しく、島中を飛び回っていた。
 元々魔力がある魔族には、飛べる資質がある者も多い。
 今は近代的な生活の影響で、わざわざ『飛翔』を習う者は少ないそうだが、ちょっと訓練すれば簡単に飛べるようになる。

 彼らは結婚する予定なので、今のうちに出張手当で稼いでおきたいと、今までの無職ぶりが嘘のように真面目に働いていた。
 アキツシマ島のあちこちを魔法で飛び回っている。

「バウマイスター辺境伯か。陞爵めでたいではないか」

「大変なだけのような気もする」

「まあ、貴族が大変なのはいつの世も同じだ。余も昔の王であれば忙しかったであろう」

 今の魔王様は小学生なので、夏休みの宿題が終わればそうでもなかった。
 藤子とルルの他にも、領主階級の子供達と遊んだりしている。

 この島の人間は一万年以上も鎖国をしていたようなものなのに、魔王様を始めとする魔族にあまり抵抗を感じていなかった。
 そういえば俺達もそうであったが、雪と唯に聞くと、この島の住民はみんな実力がある魔法使いに敬意を払うものらしい。

『特に、お館様達は井戸を掘りました。敬意を受けて当然です』

 黒硬石の岩盤に、魔法使いの魔力が中級以下となった時点で、この島の住民は自力で井戸を掘れなくなった。
 そこに外部からとはいえ、井戸が掘れる俺達が現れた。
 魔王様は俺以上の魔力を持っているし、モール達は中級レベルだが、多くの魔道具を持参し、積極的に指導を行って住民達の尊敬を受けていた。

 あまり魔族だからとか、そういう事は思っていないらしい。
 この辺の柔軟さは、リンガイア大陸の人間も見習った方がいいと思う。

 魔族の国ではゴミ、ガラクタ扱いの魔道具でも、それ以外の場所では物凄く役に立つ。
 向こうでは毎年のように新製品が出ており、古い魔道具など見向きもされないそうだ。
 ゴミとして捨てるにも処理費用が必要で、中には人気のない山などに勝手に古い魔道具を捨ててしまう者もいるらしい。

 優秀な宰相であるライラさんはこれらの品を安く手に入れ、魔法の袋に入れてこちらに流していた。
 それを使っての開発は順調に進んでおり、島は農地が増え、道も広く整備され、新しい村や町の建設も進んでいる。

 作物の種も、ライラさんが古い品種や園芸用のものを大量に準備してくれた。
 魔族の国では作っても金にならないそうだが、アキツシマ島の従来種よりは圧倒的に収量も味もいい。

 実は、バウマイスター辺境伯でも実験栽培している。
 地下遺跡で見つかった種と合わせて実験農場で栽培をおこなって農家に配る種を生産、他にも品種改良なども進めていた。

 交易の船も最低週に二度は来るようになり、戦がなくなって力があり余っている者達は、導師とブランタークさんに指導されて周辺海域に大量にいる海竜の討伐、ルルがいた島にある魔物の領域で冒険者稼業に精を出すようになった。

 その成果により彼らは報酬を手に入れ、その金を元に商売をしたり農地を開墾したりしている名族が増えている。
 彼らは領主ではなくなったが、バウマイスター辺境伯家の陪臣となり、親族に商売や開墾をさせて元領主家に相応しい収入を得られるようになった。

 領地が細切れでなくなったので開発も効率よく進み、島は急速に発展している。
 このまま人口が増えれば、将来は周辺にある中小の無人島に移民を行う予定となっていた。
 時が経てば、バウマイスター辺境伯本領への移民もできるであろう。

「ようやくこの地は落ち着きを取り戻しつつあるようだ。バウマイスター辺境伯の功績だな」

「犠牲がほとんど出なかったからでしょう」

 魔王様が俺を褒めてくれたが、上手くいったのは偶然の要素も強いと思う。
 もし統一の過程で多くの犠牲が出ていたら、俺達はこの島の住民達から怖れられていたかもしれない。

「バウマイスター辺境伯よりも、むしろ身内の三人の方が凶悪だったからな」

 魔王様は、織田信長、武田信玄、上杉謙信のDQN三人衆の事を言っているのだと思う。
 彼女達は家督争い、ルール無視の本気の戦、領地の争奪戦で、島の住民達に非難される身となってしまった。

 今はその贖罪として、海竜退治と魔物の領域討伐に専念している。
 血の気が多いみたいなので、あの三人には常に敵がいた方がいいであろう。

「随分とバウマイスター辺境伯に執心なようだがな」

 俺が三人よりも強い魔法使いなので、俺との子が産まれれば強力な魔法使いが誕生し、織田家は島でも有力な陪臣になれると野心を燃やしているそうだ。
 顔やスタイルは悪くないが、如何せんあの性格なので俺は勘弁してほしいと思う。

 それにだ。
 あの三人を嫁にしたら、他の領主達が『じゃあ自分の娘も!』と言い出しかねない。
 涼子、雪、藤子が産んだ子と、有力領主の子弟が縁戚関係となる。

 こうした方がいいと言ったのは、ローデリヒであった。

『お館様の血は貴種。だから最初の婚姻は、少ない家だけの方がかえって好都合なのです』

 バウマイスター辺境伯家と婚姻関係を結べた秋津洲家と細川家は、特別というわけだ。
 藤子はどうなのであろうか?
 あとは、唯さんもか。

 これはあとで考えよう。

「あの三人は、義智あたりがちょうどいい」

 最後まで俺に挑戦してきた宋義智も、今のままでは俺に勝てぬと導師に師事し、海竜の討伐など、実戦も兼ねた修行の日々を送っている。
 お互い暑苦しい同士だし、義智とDQN三人娘が結婚すればいいのだ。

「そうなると、産まれてきた子供もバウマイスター辺境伯に挑んでくるかもしれぬな」

 DQNのエリート家系ってわけか。
 子供にとって家族の影響は大だから、血の気が多い子供が育ってしまうかもしれない。
 だが、大丈夫であろう。

「フリードリヒ達が負けるはずないさ」

 まだ赤ん坊のフリードリヒ達だが、きっと俺をも超える魔法使いになってくれるさ。
 もう少し大きくなったら、基礎的な瞑想から教えてないといけない。
 子供と魔法の修行か。
 とても楽しみだな。

「子供か。余も、いつか婿を迎えて次代の王を産まねばならぬ。まだ大分先だがな」

 あの現代日本風の魔族社会で、魔王の婿になる人っているのであろうか?
 それだけは疑問に思ってしまう。

「ライラさんが男性だったらいいのにね」

「余もそう思うな」

 あれだけ優秀な人なら、魔王様のいい婿になったと思うのに。

「だが、今その手の話はライラにはしないでくれ」

「どうしてですか?」

「モール達の奴がなぁ……結婚は悪くないんだがな……」

 魔王様の農業法人に就職したモール達は、最初綺麗で仕事もできるライラさんに惚れてちょっかいをかけていたらしい。

「ライラは優秀なんだが、ちょっと男女の機微に疎くてな。余を支えるため今まで恋人などもいた事がなく、その手の経験も少ないというか……」

 つまり、美しく、仕事ができる喪女なのですね。
 決して口には出さないけど。

「周囲は、ライラがモール達を冷たくあしらっていると思った。だが、付き合いが長い余から見ると、実は喜んでいたのだ。うん、余にはわかる」

 女性の魔王様は、お子様でも男女の機微に聡いという利点があったのか。
 それが何の役に立つのかと言われると困ってしまうのだが。

「ライラとしては、もっと追ってほしかったのだと思う」

 俺もそうだが、恋愛経験が少ない人がそういう駆け引きをすると、あまりいい結果を得られないケースが多いというか……。

「モール達は脈ナシとみたら、他の若い女性社員を口説き始めてな」

 あいつら、エリーゼ達を素直に可愛いと言って話しかけたり、人間に臆しなかったりと、意外と図太く度胸もあった。
 その辺は、恩師であるアーネストとそっくりであった。

 アーネストも、何だかんだ言いつつもあの三人を気に入っているようだ。
 モール達は休みの日に、この島で学術調査をしているアーネストを無償で手伝ったりするようになっていたのだから。

「というわけでだ。ライラにその手の話はしないでくれ」

「わかりました」

 ライラさんは仕事に生きる女性だと思っていたのだが、恋愛にも興味があったのか。
 あれだけの美人が、今まで一度も男性と付き合った事がないってのは凄いけど。

「ライラは美人なので、男性の方が尻込みする」

「そういうのはあるかもしれないですね」

 とはいえ、前世の会社で美人だった人って大半は彼氏とかいたけどね。
 ライラさんの何が駄目なのか、俺にはわからん。

「そういえば、明々後日にはキャンプに連れて行ってくれるそうだな」

「夏休みの思い出ですよ」

「絵日記には多少の改ざんが必要だがな」

 魔王様達の活動は違法でないが脱法に近いので、魔王様の夏休みの絵日記には農業法人のみんなでキャンプに出かけたと改ざんされる予定であった。
 実際にはアキツシマ島の開発が順調なので、アキツシマ組と魔王様、モール達を誘ってのキャンプとなる。

「藤子とルルも来るか。楽しみにしておるぞ」

「俺も楽しみにしていますよ」

 モール達は、前世の日本人にメンタルが似手いて付き合いやすいからな。

「その前に、ひと仕事ありますけどね」

「あの連中のお供か?」

「あーーー、面倒だなぁ……」

「あんなのでも、臣下は臣下だ。飼い慣らすのも大切な仕事だと思うぞ」

「ですよねぇ……」

 同意見だけど、魔王様も何気に酷い事を言うよな。
 俺は小学生なのにしっかりしている魔王様に諭され、ある場所へと魔法で移動するのであった。







「バウマイスター伯爵っ!」

「辺境伯になったぞ」

「ならば辺境伯! このぉーーー! 師匠により更に強者となった俺様の力おーーー!」

 約束の時間に約束の場所に到着すると、突然バカが勝負を挑んできた。
 このところ導師に預けていたため大人しかった、宋義智のバカである。

「我が竜巻を攻撃力に転換! 必殺『トルネードパンチ!』」

 バカは、腕に小さな竜巻を纏わせながら俺に殴りかかってきた。
 いきなり巨大な竜巻を出して周囲に迷惑をかけない点だけは進歩したようだ。

 それでも、いきなり主君に攻撃を仕掛けるのだから相変わらずとも言える。

「足元が留守だ」

「ふげぇ!」

 時間が惜しいので、俺は魔法で手前に落とし穴を掘った。
 何も考えずに突進してきた義智はそれに嵌り、これにて彼の敗北が決定する。

「お前はアホか!」

「どこの世界に、お館様にいきなり勝負を挑む家臣がいるのだ!」

「困った男だ」

 そして、落とし穴に頭から突っ込んだ義智の非常識さを非難する。
 織田信長、武田信玄、上杉謙信のDQN三人組。
 こいつらは、義智よりはマシ……。

「もしお館様に何かがあったら、私と子作りができなくなるではないか!」

「そんなに勝負したかったら、その辺の海竜とでも盛っていなさい! 私は、お館様といい感じになりますので」

「ガサツなのと、チビの貧相な体で、お館様の食指が動くものか。この私こそが」

 訂正する。
 この三人は相変わらずだ。
 導師め! 
 今日は忙しいからという理由で、俺にこんなのを押しつけて。
 いっそ、お休みにしてしまえばよかったのに。

「うわぁ……。最悪」

「エル、何を他人事みたいに言ってくれているのかな? 今日はお前も同行するんだぞ」

「畜生! クジ引きで負けなければ!」

「クジ引きなんてしたのか?」

 なあ、エル。
なぜ俺はクジ引きに誘われないで強制参加なんだよ?

「ヴェルがいないと、こいつらうるさいから。逆にいうと、ヴェルがいれば問題なし」

 俺は鎮静剤か何かか!

「あーーーあ。あたい、普段はそんなにクジ運悪くないんだけどなぁ……」

「たまにはそういう事もある。こういうのは、カタリーナが当たりやすい」

「確かに。あいつ、旦那と同じくらいクジ運ないよな」

 エルと共に同行する予定のカチヤとヴィルマも、あからさまに貧乏クジを引いたという顔をしていた。
 俺も同じ気持ちなのに、俺には同行を避ける選択肢すらなかったのだが。

「しゃあない。あたい達は初めての場所だ。何か新しいものでも見つかればいいな」

「美味しい物があると嬉しい」

 今日は、普段導師が引率している一番の問題児宋義智と、DQN三人組がちゃんと魔物を狩れるか確認をしつつ、ルルを保護してから他人任せだったこの島の魔物の領域の確認を行う予定だ。

 メンバーは、俺、エル、カチヤ、ヴィルマ、宋義智、DQN三人組。
 半分が実力はともかく、人間性、協調性の面で役に立たないどころか最悪足を引っ張るものと思われる。
 導師でなければ、この野獣の群れは統率できないと俺は思うのだ。

 現に、ブランタークさんに同行をお願いしたら今日は腹痛になった。
 誰が見ても仮病である。
 そのくらい、この四人は酷いという事だ。

 早速義智が俺に勝負を挑み、瞬殺されて砂浜に魔法で掘った落とし穴から某八墓村みたいに足を出しており、DQN三人組は俺に迫る手段を考えていた。
 これは酷いとしかいいようがない。

「ヴェル様、今日は適当にお茶を濁す」

「そうだな」

「無理をして奥に行くと死ぬかも」

 魔物の領域なのに仲間割れくらい平気でしそうだからな。
 入り口付近で適当に狩らせておくか。

「じゃあ、出発」

「なあ、旦那」

「何か忘れ物か?」

「あれ、助けないでいいのか?」

「……バウマイスター辺境伯! この永遠のライバル宋義智を助けないと、人生の後半で色々と後悔するぞ!」

 やっぱり、こいつ腹立つ。
 魔物の領域で死んだ事にしても、俺は批判されないかもしれない。

「助けて、お館様」

 と思ったら、急に口調が変わった。
 仕方なしに引き上げてやったが、俺達は魔物の領域に入る前に精神的に疲れてしまうのであった。





「生息する魔物、採集物は本領南端の魔の森とそう差はないか」

「そうみたい」

「となると、距離の関係でアキツシマ島以外の冒険者が集まらないかもな」

 早速魔物の領域に入って魔物や採集物の確認を行うが、気候が似ているせいか本領南端にある魔の森とそう変わらない。
 魔物は手強いが、それは先行している義智とDQN三人組が次々と倒した。

 さすがは血の気が多い四人である。

「さすがにこの状態で同士討ちはないか」

 カチヤが心配するのもわかるが、よくよく考えてみるとこいつらは野心と欲がある。
 魔物の巣で無駄な争いをして自爆などしないのであろう。

 ちゃんと四人で連携して獲物を獲っている。
 導師の教育が役に立っているようだ。

「ヴェル様、果物一杯」

「ここもか」

 果物もやはり非常に大きかった。
 ヴィルマは喜んで採取し、カチヤは図鑑と見比べている。

「結構魔物が強いから、血の気を抜くのにちょうどいい」

「確かにそうだ」

 アキツシマ島が統一され、治安維持用の警備隊を運用する以外の人員はすべてリストラとなった。
 兵力の九割以上は徴兵された領民だったので、彼らは農作業や開発の手伝い、自ら農地を開拓して大農家を目指す者もいた。
 領主一族やその家臣の親族などは、バウマイスター辺境伯家で陪臣になったり、実家や本家の事業を手伝ったりする者が大半であった。

 残りはそういう仕事が性に合わないという連中で、彼らは冒険者となって魔物の領域で狩りと採集をしている。
 ルルがいた島ではアキツシマ島出身者に優先権を与え、どうせ他のみんなは本領にある魔の森に集中したので問題にならなかった。

 距離が遠いのに得られる物に差がないのだから、来なくて当然であろう。
 それでも、ルル達が住んでいた村の跡地に木造ながらも宿場町ができ、多くの冒険者が利用している。
 彼らは数か月島で稼ぎ、長期休みでアキツシマ島に戻るという生活を送る予定だ。

 色々とやらかしている四人はどうせ島に戻っても歓迎されないので、この島を生活の拠点にしている。

「はははっ! やっぱり俺様最高!」

「ここで凄腕冒険者となって、お館様に夜に呼ばれ」

「あんたみたいなガサツな女、お館様は死んでも嫌でしょう」

「信玄みたいなチビでは、どうにもならん」

「やれやれ、駄目な女同士醜い言い争いが絶えないな」

「「戦狂いには言われたくない!」」

 連携はちゃんとできていたが、四人が急に仲良くなるはずもない。
 それぞれ好き勝手に言い争っている。

「ヴェル様、聞こえないフリ」

「ヴェル、それが一番安全だと思うぜ」

「あたいもそう思う」

 俺達は四人で警戒しつつ、連中はあまり見ない事にし、果物などの採集を行った。

「お館様」

「どうかしたか?」

 数時間後、大分成果があがったところで、織田信長が俺に声をかけてきた。

「実は、ある地点で数名の冒険者が行方不明になっております」

「焦って奥まで行きすぎたのでは?」

「それはありません。入り口付近でも十分成果は出ますから」

 この魔物の領域も、魔の森並の密度と回復力を誇る。
 それに、リストラされた兵士や武将は強かったが、全員が魔法使いではない。
 無理に奥に向かう者はいなかった。
 血の気は多いが、その辺はちゃんと弁えている者が多いのだ。

「その場所に、何かがあると?」

「そう思います」

「竜かな?」

 そこそこ強い冒険者数名が殺されてしまった。 
 多勢に無勢だったとか、思わぬ奇襲を受けたとか、それ以外だとそこに強い魔物がいたとしか思えない。

「様子だけ見に行くか」

「大丈夫か? ヴェル」

「大丈夫だよ」

 俺達も初心者ではなくなっているし、『探知』しながら魔物の強さは測れる。
 もし強そうなら逃げてしまえばいいのだ。

「俺が大丈夫かって言っているのは、あの連中なんだが……」

 エルは、四人が無茶をしないかと心配していたのだ。

「ふふふっ、ここで最良の進言。お館様の気持ちは、この織田信長に向いたな」

「その程度の進言、誰でもできます」

「うるさいな、チビ」

「言いましたね。ガサツ女の癖に」

「相変わらず不毛な言い争いだ。ここでその新しい魔物とやらを討ち、お館様に献上すれば、私が夜に伽に呼ばれるであろう」

「「それはないな」」

「何だとぉ!」

 DQN三人組は、人目も憚らずに不毛な言い争いを続けていた。
 というか、その俺に好かれるという妄想上のシナリオは何とかならないのであろうか?

「エル、貰ってやれば」

「いらないし、向こうが断るだろう。あいつらは、お前の血を引く子供を産んで、あの島での地位向上を狙っているんだから」

 DQN三人組は、そういう知恵は回って困ってしまう。
 いっそ、当主命令で義智にでも押しつけてやろうか。

「毒は毒で制する?」

「ヴィルマ、お前、ぶっちゃけたな」

「最悪、あの四人が無茶をして死んだとしても、私達の責任じゃない」

「お前、本当にたまに凄い事を言うな」

 ヴィルマの毒舌にカチヤは呆れていたが、それが間違っていると思う者は当事者四人意外には存在しなかった。





「うーーーん」

「旦那、どうだ?」

「魔物の反応はちょっと多いけど、そこまで強くないはずだ」

 信長に言われた殉職者多発エリアに向かうが、『探知』で探っても特に強い魔物の反応はなかった。
 他のエリアとそう魔物の強さに差はないはず。
 強いていえば、少し魔物の数が多いくらいか。

「そろそろ、そのエリアに入るぞ」

「ヴェル様、綺麗」

「はい?」

 ヴィルマが指差した魔物を見ると、それはとても大きなインコであった。
 赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青、紫など。
 鮮やかな原色の羽を持ち、あちこちの木に停まっている。

「綺麗な鳥だな。でも、襲ってこないのな」

 エルは、沢山いるインコがまったく襲ってこない事に違和感を覚えていた。
 インコは間違いなく魔物だが、人間を見ても襲ってこない。
 あちこちの木に停まって、たまにその辺の果物を食べている。

「餌が豊富だから、闘争本能が薄いのかもしれない」

「無理に他者を襲う必要がないのか」

 エルは警戒を緩めていなかったが、こちらがいくら身構えてもインコは襲ってこなかった。
 インコは前世、ペットショップで見た事がある。
 種類によっては大きく、長生きもするそうだ。

 このエリアにいるインコは、小さくても全高二~三メートル。 
 大きな個体は全高五メートルほどあるはずだ。
 インコでも魔物なので、異常に大きいのであろう。
 だが、俺達を見ても一匹も襲ってこない。
 それよりも、果物を食べる方が重要なようだ。

「拍子抜けだな。旦那。この鳥、えらく羽が綺麗だけど美味いのかな?」

「さあ? カチヤ、それよりも羽の価値を気にした方がいいかもな」

 この世界では、インコという生物は今まで存在していなかったようだ。
 少なくとも、俺は今まで見た事がない。
 となると、こいつは新発見なのであろうか?

 ただ、食えるかどうかはわからない。
 魔の森の魔物で美味しく食べられないものはいないから、多分大丈夫だと思うけど。

「一つ懸念があるな」

「こっちが攻撃すると、向こうが襲ってくるかもしれない」

「だよなぁ」

 もしそうなって、しかもこのエリアにいるインコすべてが襲い掛かってきたとしたら?
 冒険者が死んだのは、こいつらに手を出したからだと考えると不自然じゃないんだよな。

「ここは手を出さず、大人数で狩った方が安全だよな?」

「それがいいな」

「集団で襲われたら堪らないものな。あたいも、引き揚げに賛成」

「無駄な危険は犯さない」

 エル、カチヤ、ヴィルマが俺の意見に賛成し、では引き揚げようかというその時。
 目を離していたのがいけなかったのだが、空気も読まずにバカ四人がやらかしてくれた。

「はははっ! 今まで誰も狩った事がない魔物か。弱いではないか!」

「これをお館様に献上し、夜の伽を……」

「信長、抜け駆けは許さないわ。私も狩ったわよ」

「お前らの小汚い体など、お館様は望んでおらぬ。ここは私が」

 四人は導師によってさらに鍛えられた力を駆使し、それぞれ大きなインコをほぼ無傷で仕留めていた。
 いきなりインコを狩るのは危険だから今日は止そうと決めたのに、こいつらは勝手にインコを狩ってしまったのだ。

「グェーーー!」

「「「グググェーーー!」」」

「「「「「「「「「「ググェーーー!」」」」」」」」」」

 俺にはインコ語はわからないが、仲間を殺されたインコ達は食事や休憩をやめてグエグエ鳴きながら会話らしきものをしている。
 俺には、『仲間を殺したこいつらをどうする?』『殺すに決まっているだろう』と会話しているようにしか思えなかった。

「お前らなぁ! 勝手に狩っているんじゃねえよ!」

 カチヤはこう見えても、俺達よりも冒険者としては先輩だ。
 勝手な行動をした四人に激怒した。

「弱い魔物じゃないか。心配するな。お館様よりも弱い女」

 バカな義智は、カチヤの名前すら憶えていなかった。

「カチヤ殿、何事も先手必勝!」

「なるほど、先に獲物を狩られてしまった嫉妬なのですね。私がお館様に寵愛を受けるであろうから」

「指示がなかったのでな。自主的に動いただけだ。私は戦でもそうだった」

「駄目だこりゃ」

 この四人は、やはり色々と酷い。
 平和なアキツシマ島には、できれば必要ない種類の人間のようだ。

「ヴェル、ヤバイぞ」

「みたいだな」

 段々と、インコ達の鳴き声による会話が大きくなってきた。
 更に、インコ達は徐々に殺気を増していく。
 どうやら、仲間を殺した俺達を許すつもりはないようだ。

「ヴェル様、凄い数」

 今ヴィルマに指摘されて気がついたが、このエリアにはインコしかいないようだ。
 南国特有の巨大な木の枝に大量のインコが停まっており、その数はあちこちから次第に増えていく。
 『探知』ではもう数が多すぎて正確な数がわからない。
 いくら一匹では弱くても、あれだけ集まれば圧倒的な脅威となる。

「おや? これは予想外だぁーーー!」

「予想外じゃねえよ!」

 どこか無責任な義智に、エルが本気でキレた。

「お館様、これは危険です」

「臣下たる私は、お館様の慈悲に縋るべく……」

「こういう事は、戦と同じく水物なので」

 これはまずい事をしたと、それに気がついた三人はすぐに俺に助けを求めてきた。
 本当に、こいつらはいい性格をしている。

「魔物の領域の中だ。あくまでも自己責任で!」

 逃げに徹すれば死にはすまいと、俺は四人に罰を与えるべくその場に放置して逃げた。
 俺はエル達を呼び寄せ、すぐに『瞬間移動』で魔物の領域の外にある宿場町の入り口に逃げている。

「あいつら、人に迷惑かけやがって」

「旦那、あいつら死んだかな?」

「そんなタマか! 殺しても死ぬわけがない!」

「ああいうのはしぶとい」

 俺とヴィルマの予想通り、一時間ほどして四人はインコの羽塗れになって魔物の領域から出てきた。
 留まって戦っていたら死んでいたであろうが、その辺の選択は本能でできるらしい。
 まさに、殺しても死なないのがこの四人というわけだ。

「旦那、インコの死体は?」

「一応あるけどね……」

 一応、インコの死体は持って帰ってきたが、この島の宿場町にも支部を出した冒険者ギルド職員の鑑定により、さほど価値がない事が判明した。
 果物ばかり食べているので肉は癖がなくて美味であったが、羽は衣服や装飾品の材料にしかならない。
 一匹でも攻撃するとそのエリアにいる群れが全力で攻撃してくる事を考えると、まったく割の合わない獲物として無視されるようになってしまうのであった。





「次こそは、バウマイスター辺境伯を打倒するぞ!」

「新しい魔物を探して、お館様に献上するのだ」

「それは私が先です」

「狩りも戦も同じ事。ならば、この戦の申し子である私が!」

 やらかしてくれた四人は再び導師に預けたが、こいつらはいい性格をしているので反省などしない。
 義智は俺の打倒のため、信長達は何か功績を得て俺の寵愛を受けようと狩りに勤しむのであった。

 それでも皮肉な事に、この四人は実力派冒険者パーティとして有名になっていく。
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