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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百五十五話 俺は、カニにはうるさい。

「やあ、久しぶり」

「ペーターが言うほどやつれていないかな?」

「中央で陛下の補佐を行い、フィリップ公爵領でも統治があるからね。激務だからこそ、睡眠と食事はちゃんと摂っているよ。他は何もできないけど。今日はよく来てくれたね」

「ああ、北の魚介を仕入れに来たのさ」

「仕入れに、導師は必要かい?」

「必要なのである! 自分の食べる分は自分で見繕うのである!」

 ペーターとプライベートで遊んでから一週間後、俺たちはたまたま時間があった現フィリップ公爵であるアルフォンスに会いに行った。
 彼は元気そうであるが、休みがないのが大いに不満らしい。

「のう、大変であろう?」

「テレーゼ、君はもの凄く元気そうだね」

「当たり前であろう。面倒な仕事がなく、たまにヴェンデリンに助言するだけなのだから。それでもヴェンデリンは、妾を大切にしてくれるぞ」

「あーーーあ、凄いノロケを聞いたね」

「実際問題、俺は大貴族の経験がないからな。経験者であるテレーゼの助言は貴重だ」

 今回のフィリップ公爵領行きでは、久しぶりにテレーゼもついて来た。
 ただ、あまり顔を見せるのはよくないので、フードを被り、髪型をカチヤがツンテールにしたりして変装している。

「テレーゼ、何か変」

「言うと思ったわ。バレるやもしれぬが、しないよりはマシであろう」

 バレるバレない以前に、テレーゼのツインテール姿は似合わなかった。
 カチヤになぜツインテールなのかと尋ねると、『まさかテレーゼがこの髪型をするはずがない』と、意外性を狙ったわけだ。

 深く被ったフードから出ているツインテールが奇妙だ。

「カチヤ、もう少し違う髪型はなかったのか? 意外性はあるが女である事に自信をなくすほど似合わぬぞ」

「帰れば元の髪型に戻すからいいじゃないか。あたいなんて、物心つく頃からこの髪型だぜ」

「そなたは似合うからいいのじゃ」

 カチヤは、静かにしているとお人形さんのように綺麗だからな。
 ツインテールでもよく似合う。
 この前、カチヤとつき合いのある古参冒険者と少し話をしたんだが、初見の若い冒険者でカチヤに惚れる者は多いそうだ。
 ただ、すぐにあの口調が出るし、彼女に勝てる男性冒険者は少ない。
 男性とはプライドが高い生き物だから、自分よりも力量が高い女性冒険者を恋愛対象とは見ない。 
 近寄るのは寄生、ヒモ目的の男性冒険者のみであり、そういう奴はカチヤが厳しく排除してしまう。
 彼女に男性っ気がなかったのには、そんな理由からであった。

「三つ編みにしても似合いそう」

「旦那、この前エリーゼが面白がって編んでくれたけど、あんな面倒な髪型、維持したくねえよ! 毎日髪を洗う度に編み直さなきゃいけないじゃないか」

 そういえば、カチヤも俺と同じくお洒落に手間をかけたくない人間だった。
 綺麗好きではあるので風呂には毎日入りたがったが、毎朝髪を編むのは嫌なようだ。

「カタリーナとか、よく毎日あんなに髪のセットに時間をかけていられるよな。あたいには無理だ」

 カタリーナに関しては、寝癖が酷くて毎朝髪が爆発しているのと、彼女はあの手間のかかる縦ロールこそが、真の貴族女性に相応しい髪型だと思っているからだ。

「真の貴族ねぇ……王都に行くとああいう髪型の貴族令嬢はそこそこいるよな。帝国だとあまり見なかったけど」

 そういえば、帝国貴族で縦ロールにしている女性は少なかったな。
 内乱中だったからかな?

「ああいう髪型には流行があっての。帝国では、三十年くらい前までは流行しておったぞ」

「貴族の髪型に流行なんてあるんだ」

 決まっている中から適当に選ぶのだと思っていた。
 貴族って、家の決まりとかにうるさそうだし。

「カタリーナを見ればわかるとおり、毎日整えるのが面倒なので、段々とする者がいなくなっての。貴族は目立つのが好きじゃから、面倒でもそういう髪型に拘る者もいるにはいるがの」

 テレ-ゼによると、今は髪型に拘るよりも髪自体の綺麗さを誇るのが帝国貴族女性の流行らしい。

「貴族女性は見栄っ張りじゃからの。髪を洗う洗髪剤に、洗った髪のパサつきを抑える整髪料などに拘るわけじゃ。色々な高級素材を用いている高価な品を買い求める。毎日使う消耗品なので大金を使うわけじゃ」

 そして、その高級素材は魔物の領域でしか採れない品もある。
 強い魔物の血液や油脂、珍しいところでは内臓といった素材もあり、我々冒険者が採取して儲けるわけだ。
 俺の場合、奥さんたちのためお店に直接素材を渡して作ってもらったりしているけど。

「ヴェンデリンのくれる洗髪剤と整髪料はいい品じゃの。妾の髪も光沢が出てきたわ」

「あたいもそうだな。昔は髪を洗って乾かすくらいだったから余計に」

「カチヤ、そなたはもう少し身形に気を使った方がいいぞ」

「今は気を使っているって」

 そこは、バウマイスター辺境伯の妻だからな。
 屋敷にはメイドいるから、本人は何もしなくても用途ごとに身形を整えてくれる。

「奥さんに魔の森で採れた高級素材を原料にした洗髪剤ねぇ……効き目ありそうだね」

「アルフォンス、妾が分けてやろうか?」

「くれるの? なら欲しい」

「そうか……お前も苦労しているのじゃな」

 テレーゼの奴、妙に優しいと思ったら……。
 そうか、アルフォンスの奴、仕事が忙しいから遂に……。

「あのさ、テレーゼもヴェンデリンも。私の髪が怪しいとか思っていないかな? 抜け毛じゃなくて、白髪がちょっと増えたから今のうちにケアしておこうと思っただけだからね!」

 アルフォンスは、自分はまだ二十代だからまだハゲていないと断言した。

「そうじゃな。アルフォンスは疲れているからの。洗髪剤と整髪料は送るから」

「テレーゼ、言っておくけど私は抜け毛に悩んだりしていないからな!」

「……」

「ヴェンデリン! 私は付け毛とかはしていないからな!」

 まだ若いしそれはないと思うのだが、アルフォンスが殊更強く言うものだから、ちょっと疑わしいと思ってしまったのだ。
 バレにくい、魔道具のカテゴリーに入るカツラや付け毛もあると聞くから念のため『探知』で探ってみたけど、反応はなかったな。
 もし普通のカツラや付け毛だと、俺にもわからなかったが。

「ちょっと白髪が出ただけだから。ところで、今日は北の港が目的地だとか?」

 ここで髪以外の話題に切り替えるべく、アルフォンスは俺たちがここに来た目的を訪ねた。

「おうよ。ヴェンデリンが北の海の幸が欲しいそうじゃ」

「ヴェンデリン、私と再会と海の幸。どちらが重要なのかな?」

「難しい質問だな。アルフォンス」

「そこは嘘でもいいから、私だと言っておいてくれ」

 今日はアルフォンスも久々に暇だそうで、北の港にある漁港まで同行してくれる事になった。
 彼は護衛を連れ、俺と同じく海の幸が欲しい導師、密かに帰郷したテレーゼ、護衛のカチヤ、あとは……。

「北って寒いのね。でも、生まれて初めての外国だから楽しみ」

 今日は予定が空いている人が少なく、その中でこのところフリードリヒ達の世話をするので忙しいアマーリエ義姉さんも連れてきた。
 彼女は内乱に参加していないので、今日が初めての海外旅行である。

 それと、比較的少人数での移動となっていた。

「でも、この毛皮温かいわね。ヴェル君、こんなに高い品をありがとう」

「そんなに高くないですよ」

 魔の森で俺が狩った魔物の毛皮を、キャンディーさんが加工してくれたからだ。
 実質加工賃しかかかっていない。
 それも、二着分素材を渡して一着だけ返す形にしてくれればいいと彼女……みんなキャンディーさんを女性扱いするようになっていた。導師は特にそうだ。……に言ったので、実は無料だったりする。

「でも、シルバーエイプスの毛皮は貴重だって聞くわよ」

「まあいいじゃないですか」

 シルバーエイプスとは、銀色の毛皮を持つゴリラに似た大型の魔物であった。
 これも黒いゴリラのアルビノ種であり、滅多に姿を見せないので貴重なものだ。
 この魔物の毛皮はコートなどの加工に適していると、大昔の書籍『図解魔物・産物大全』には書かれていたので、試しにその加工をキャンディーさんに依頼、試作品をアマーリエ義姉さんにプレゼントしたわけだ。

「フリードリヒ達の面倒を任せていますし、俺からのプレゼントですよ」

 特にアキツシマ島を統一する時は、エリーゼ達もあまり子供達の面倒を見れなかった。
 だから、毛皮のコートはエリーゼ達からのプレゼントでもあったのだ。

「ありがとう」

「そのうち、妾にもプレゼントしてくれよ」

 そんな話をしているうちに、漁港内にある市場に到着した。
 早速見学をすると、中では今朝獲れた魚のセリが行われている。
 独特な符号でセリを行っており、俺達にはいくらでセリ落とされたのかよくわからなかった。

「マグロがあるな」

「貴族の旦那ぁ。マグロはみんなミズホの卸しがセリ落としてしまいましたぜ」

 漁港の石の床には数十匹のクロマグロが置かれていたが、すべてミズホ人がセリ落としてしまったそうだ。
 ミズホ人も、日本人と同じくマグロが大好きというわけだ。

「ミズホ人は魚が好きだよね。私も好きだけどね」

 アルフォンスは、セリ落とされたマグロを未練がましく見つめていた。

「他のものを購入して屋敷で調理すればいい」

「そうだね。他にも色々とあるからね」

 北の海にいる魚介類は、不思議と日本のそれと大差がなかった。
 タイ、ブリ、ヒラメ、シマアジ、ホタテ、カキ……色々とあるので、次々に購入する。

「少し買いすぎじゃないかしら?」

「余っても、魔法の袋に入れておけば大丈夫ですから」

「そうやって無駄に魔法の袋に死蔵するのもどうかと思うわよ」

「気をつけます」

「ヴェンデリンも、アマーリエには弱いのぉ……」

 実は俺にも異母姉がいたが、ほとんど接触がないのでアマーリエ義姉さんの方が本当の姉っぽかった。
 たまに注意されると、心から反省してしまうのだ。

「ヴェンデリンは、年上の女性に弱いみたいだね」

「アルフォンスはどうなんだ?」

「私も乳母だった人に弱くてね。今も、お野菜をちゃんと食べなさいとか、二人きりの時に言われるね。お母さんみたいなものだな」

 男性とは、いくつになっても女性に叱られる生き物というわけだ。

「でも、何か全体的に漁獲量が少ないな」

「そういえばそうじゃの」

 テレーゼも俺の意見に同意した。
 元々フィリップ公爵として漁業の産業化に取り組んでいたので、全体的に漁港に活気がないのに気がついたようだ。

「そうかな?」

「アルフォンス、本当は口を出したくないのじゃが、普段の半分以下程度の漁獲量しかないように見えるぞ。何か問題があるとすれば、すぐに対処せねば漁民達が飢えてしまう」

 忙しいのはわかるがちゃんと領内の事を把握しておけと、テレーゼはアルフォンスに釘を差した。
 フィリップ公爵領の漁業は成長を続け、昔は半分以上がミズホ人であったが、今ではラン族を始めとするフィリップ公爵領の領民達も多く就業するようになった。
 このままでは、彼らは失業してしまうかもしれない。

 食えない領民が増えれば、領地は不安定になってしまう。
 それに気がつかないアルフォンスに、謎のフードを被った女性が忠告をする。
 実はその正体が、前領主であるテレーゼなのは秘密というわけだ。

「アルフォンスも普段なら気がつくのであろうがの」

 ペーターも忙しいが、アルフォンスも忙しい。
 フィリップ公爵領の統治のみならず、ペーターも手助けもしないといけないからだ。
 なかなか領地の視察も行えない状態なのであろう。

「これは忠告痛み入るだね」

「余計な口を出してすまぬの」

「何か言われているうちが華さ」

 アルフォンスは、テレーゼの忠告を素直に受け入れた。
 その度量の広さは、彼が領主に向いている証拠でもあった。
 大半の領主は、前領主の諫言なんて聞いたくもないし、聞く耳を持たない者も多かったからだ。

「どうして漁獲量が減っているんだい?」

 早速アルフォンスは、その辺にいた年配の漁師に漁獲量が減った理由を尋ねた。

「漁獲量確保のための、禁漁、制限期間ではないよね?」

「はい。実は、北方の海域に、奇妙な巨大生物が出たのです」

「巨大生物?」

「はい。物凄く大きなカニなのです!」

 北の海に魔物の領域がないとは思わないが、普段漁をしているエリアに巨大な蟹が出現したという事は、海竜と同じく野生動物という扱いなのであろうか?
 いや、でもカニってエイリアンみたいにも見えるから、魔物のカテゴリーに入るのか。

「そんなに大きな蟹なのか?」

 常識で考えれば、いくら蟹が大きくてもたかが知れている。
 アルフォンスは、そんな漁を躊躇うような大きさの蟹が本当に実在するのか疑問に思っているようだ。

「どのくらいの大きさなんだ?」

「へい、高さは二十メートルを超えているかと。動きは遅いですが、あんな巨大なハサミで船を攻撃されたらひとたまりもありません。実際、漁船が一隻沈められました」

 すぐに他の船の漁師が救助したので犠牲者は出ていないが、おかげで狭い範囲でしか漁ができなくなってしまった。
 このままだと漁師を減らさないといけないと、年配の漁師が語る。

「蟹かぁ」

「美味そうである!」

「確かに……」

 俺と導師は漁師達が可哀想だと思うよりも、巨大な蟹の方に興味津々であった。
 基本的に蟹は高級品なので、何とか倒して試食できないかなと思ったのだ。

「どんな蟹だった?」

「へえ……。全身が短い棘状の突起で覆われておりまして……。足は八本しかありません。色は紫色に近いかな?」

 年配の漁師から蟹の化け物の特徴を聞くが、俺はすぐある種類の蟹に似ていると思ってしまった。

「(タラバガニか?)」

「蟹って、足が十本なかったっけ?」

 北方でも当然カニは生息しており、食用となっている種もある。
 フィリップ公爵家にも献上される事が多く、アルフォンスは蟹の足が十本だという常識を知っていた。

 だが、もしこの巨大な蟹がタラバガニの近種ならば、これはヤドカリの仲間なので正確にはカニではない。
 そんな事はどうでもいいが、もしその巨大蟹がタラバガニならば、これは是非試食しなければいけない。
 試食するには倒すしかなく、可哀想な……気持ちは微塵もないな。
 早く倒して試食しよう。

「その蟹の小さい個体は見た事があるか?」

「いえ、この海域で一番有名な蟹はガザミでしょうか……」

 比較的日本と獲れる魚貝類が被る北方海域であったが、海老、蟹類は実は南方の方が豊富であった。
 特に大きな海老、蟹類は南方の方が沢山生息しており、北方で一番食されている蟹は通称『ガザミ』と呼ばれているワタリカニをもっと小さくしたようなものであった。

 海老類も甘エビ程度の大きさしかなく、ロブスターに似た海老が獲れる南方の方が産地としては有名だ。

「(なぜか北方には大きな蟹がいなかったが、遥か北方に海竜と同じく巨大種で生息していたのか……)ガザミの大きいのはいないよな?」

「ガザミはいないのですが、実はその巨大な蟹の他にも目撃例が……」

「どんな蟹だ?」

「甲羅の高さは十五メートルほど。甲羅は三角形に近く、体色は暗い赤。足がすらっとしています」

 それって、間違いなくズワイガニだよな。

「実は、まだいまして……」

 巨大な蟹は三種類いるというのか。

「これは小型ですね。それでも、甲羅の高さは十メートルくらいありますか……全身がズングリとしておりまして、毛が一杯生えています」

 これは、日本人なら誰でもわかる。
 間違いなくケガニか、それに近い種類であろう。

「三種類もの巨大な蟹かぁ……。今までは、目撃例はなかったのか?」

「大昔から、漁師が北の果てで巨大な蟹を目撃したというお話はありました。特徴も似ています。ですが、普段の漁場では今まで見かけた事がないのです」

 何らかの理由で、もっと北に住んでいた蟹達が南下したというのか。
 異常繁殖、縄張り争いでの敗北、南に餌が沢山あると気がついた?
 どちらにしても、蟹の南下が一時的なものなのか、それともこれからも定位的に続くかで対応が別れるな。

「現地に行ってみようと思う」

「某も同行するのである!」

 一刻でも早く美味しい蟹を……じゃなかった。
 巨大蟹は魔物ではない可能性が高いが、それでも一般人には脅威である。
 ここで俺達魔法使いが、蟹を美味しく調理して……じゃなかった。
 退治して漁場を安全にしないといけない。

 そう、これは日々真面目に生活する漁師達のため、ノブレス・オブリージュの精神に則ってカニを退治するだけの話であった。

「ヴェンデリン、導師、行ってくれるのかい?」

「勿論だとも、アルフォンス! 俺達は友達だろう?」

 なあに、討伐代金なんていらないさ。
 倒した蟹の権利さえ貰えれば。

「腕が鳴るのである!」

「というわけで、誰か船を出してくれないかな? あっ、テレーゼとカチヤとアマーリエ義姉さんは留守番で」

「あたいは、船の上じゃあまり戦力にならないから仕方がないか」

 カチヤも魔力が増えていたが、海底にいる巨大カニに届く攻撃手段を持っていなかった。
 危険なので留守番をしてもらうしかない。

「妾はいた方がいいのでは?」

「テレーゼが活躍するとまずいじゃない」

 変装はしているが、既にテレーゼの正体に気がついた者がいるかもしれない。
 そんな状態で彼女が魔法を使えば、再び領主に返り咲いてほしいと願う者達が出てしまうかもしれない。
 魔法は隠し、あくまでも極秘理に里帰りをしたという体を装った方がいいであろう。

「アマーリエに料理でも習っておこうかの」

「購入したものを調理しておくから、これを戻ってから食べましょう」

「わーーーい」

「ヴェンデリン、お主は子供か……」

 久々の北の海の幸尽くしだ。
 蟹の討伐が上手くいき、俺の想像どおりに蟹が食べられる種類だったら……。
 巨大な蟹をお腹一杯食べ放題。

 海竜の肉なんて目じゃないな。

「みんなで蟹パーティーをしましょう」

「そんな得体の知れない蟹、食べられるのかしら?」

 アマーリエ義姉さんが首を傾げ、テレーゼとカチヤとアルフォンスが見送るなか、俺と導師は地元漁師達が操る船で、荒波と寒風激しい北の海へと出発するのであった。







「貴族の旦那、ここが巨大な蟹の出た場所でさぁ」

 半日ほど漁船で北の海を行くと、ようやく謎の巨大な蟹が出たポイントに到着した。
 そこまでリンガイア大陸から離れておらず、周囲には島もない。
 北方の海はさらに風と波が激しくなり、常に凍死と遭難の危険に曝される。

 それでも、この漁場で採れる魚介類は高く売れるので、みんな危険を冒してこの海に挑むのだ。

「導師、反応はありますか?」

「むむっ! もっと北である!」

 二人で『探知』の魔法で探るが、やはり巨大蟹は魔物ではなく野生動物の一種のようだ。
 同じ大きさの魔物ならもっと大きな反応が出るが、巨大蟹らしき反応は小さい。
 もう少し距離が離れていたら、俺や導師でも探れなかったはずだ。

「もっと北である!」

「へい!」

 導師の命令で、漁師達は船をさらに北に向ける。
 危険な仕事のため荒くれが多い漁師達であるが、残念ながら導師はもっと荒くれだ。
 その統率に、一片の曇りもなかった。

 みんな、最初から導師がリーダーであるかのようにキビキビ働いている。
 俺だととてもこうはいかないはずだ。

「ちょうど、この真下ですね」

「海底にいるのである!」

 この海域は、水深が数百メートルはあるはず。
 その海底に巨大蟹らしき反応が複数あった。
 餌を摂るためなのか、漁師達に縄張りを侵すなと告げるためなのか、巨大蟹は水面まで浮上してきたそうだ。

 その辺が、北海道やロシアで獲れる蟹とは違うのであろう。
 何しろ漁船を攻撃する蟹など、地球上には存在しないのだから。

「浮上してこないかな?」

 俺達がいるので浮上してくるかもと暫く待機したが、巨大蟹らしき反応は海底に鎮座したままだ。
 船が一隻しかないので気がつかないか、浮上しても腹の足しにもならないと思っているのかもしれない。

「バウマイスター辺境伯、どうするのである?」

「こうなれば、餌で誘いましょう」

「餌であるか?」

「ええ、少し勿体ないですけど……」

 以前に害獣として退治したものの、血抜きと解体が面倒なので魔法の袋に入れたままであった巨大な熊を取り出し、長ロープに結んで重し代わりの石とともに海に放り投げる。
 その時に腹を割いておいたので、大量の血が海面に浮かんだ。

「蟹が食べるかは不明ですけど、こうやって血の臭いを出せば効果があるかなと」

「なるほど。バウマイスター辺境伯はよく考えているのである!」

 誰にでも考えつきそうな策だし、導師が考えてくれたら俺は何もしないで済んだんですけど。

「来たのである!」

「効果あるんだな!」

 餌である熊を沈めてから数分後、海底にある複数の反応が水面に向かって動き出した。
 熊の血の匂いに反応して浮上してきたのであろう。
 どうやら巨大蟹は、海竜と同じく肉食であるようだ。

「導師!」

「もうすぐ姿を見せるのである!」

 餌の熊を引き揚げると同時に、水面が大きく盛り上がり、水上に巨大な蟹が姿を現した。

「(タラバガニだぁーーー!)」

 その体色や特徴は地球のタラバガニそのもので、全高は二十五メートル近く、全幅に至っては五十メートル以上あるかもしれない。
 この巨体でどうやって水上に浮いているのか疑問であったが、今はそれよりも奴を調理……じゃなかった、討伐しなければいけない。

「貴族の旦那ぁ! 前に遭遇した個体よりも大きいでさぁ!」

 下手な竜よりもデカイ巨大な蟹、しかも漁師達が最初に遭遇した個体よりも大きい蟹らしい。
 そのあまりの大きさに、荒くれが多い漁師達もみんな振るえ上がっていた。
 彼らは冒険者ではないので、巨大な生物に慣れていないからだ。

「そういう事はよくある。きっと、前の蟹のお父さんなんだ」

 それに、大きいのは好都合だ。
 きっとその甲羅にも、足にも、ハサミにも、大量の身や味噌が詰まっているであろう。

「貴族の旦那、見かけによらず度胸がありやすね……」

「デカイだけだからな」

「ひぃーーーっ! 貴族の旦那ぁ!」

 巨大な蟹がその大きな足で船を攻撃してくるが、事前に張っていた『魔法障壁』で防がれてしまう。
 はやりただの巨大な蟹でしかないようで、ブレスなどを吐く気配もない。
 竜ではなく蟹なので、ブレスは吐かないか。
 海竜と同じく、美味しい食材となってもらおう。

「バウマイスター辺境伯?」

「俺がやります」

「その心は?」

「導師、調理方法や使える部位を研究するため、あの蟹はなるべく無傷で倒さないといけないのです」

 俺は、タラバを含めた蟹の最適な調理方法を知っている。
 浜茹でこそが最高の方法なわけだが、その前に蟹の体を傷つけては駄目なのだ。
 足が折れたら勿体ない。
 甲羅の部分を傷つける?

 アホか! 
 一番美味しい味噌が零れでもしたら、これ以上の損失が人類にあると思うのか?
 よって、奴にはその形を保ったまま死んでもらう。
 そうすれば、巨大蟹以外はみんな幸せになれるというわけだ。

 死んだらすぐに魔法の袋に入れてば劣化を防ぎ、茹でる時にはあとは蟹を投入するだけという状態にしなければいけない。

 茹でるか、焼くか、蒸すか……。
 調理方法に悩んでしまうな。
 蟹が巨大なので、最初は実現可能な方法を優先するしかないか。

「貴族の旦那ぁ……」

「凄い音がしますが……」

 俺が考えを纏めている間も、巨大蟹は『魔法障壁』に足で攻撃を続けていた。
 その度に『魔法障壁』から激しい音が鳴り、経験がない漁師達は不安そうであった。
 完全に攻撃力不足なので何の心配もないのだが、俺としてはあまり足に負担をかけないでほしいと思ってしまう。
 巨大蟹が無理をして、足が折れてしまうと勿体ないからだ。

 それにしても、地球の蟹に比べると随分とアクティブな動きをする蟹である。

「安心しろ。絶対に『魔法障壁』は破られないから」

「そうなのですか?」

「体は大きいが、さほどの攻撃力はない。所詮は大きな動物扱いだな」

「そんなの魔法使いだけですよぉ!」

 それでも、振り回した足が人間に直撃すれば即死なので、『魔法障壁』が使えないと簡単に死んでしまうのには変わりない。
 漁民だけでは、この巨大な蟹の討伐は難しいか。

「導師、この蟹達は北方から来たのでしょうが、これは彼らがこの海域まで生息圏を広げた証拠でしょうか?」

「反応は、この海域に数匹のみである! たまたま南下しただけとも言えるのである! もし巨大蟹の生息圏が広がったとしても、某達にはどうにもできないのである!」

 今日は急遽アルフォンスの許可を得て狩りをしているが、本来ならフィリップ公爵である彼が、諸侯軍なり冒険者なり魔法使いを動員して何とかしなければいけない。
 それに、俺達も今日は戦利品丸取りという条件で今回だけ討伐依頼を受けた。

 これが常在化すると、討伐時の賞金に、得た巨大蟹の分け前等、細かくフィリップ公爵家がルールを作らないと誰も討伐依頼を引き受けないであろう。
 命がけで蟹を倒したのに、ルールがなく、もしフィリップ公爵家が立場を利用して利益を総取りにしてしまったら。

 何の保障もないフリーランスの魔法使いや冒険者が、そんな危険を冒すわけがない。
 ルールが決まるまで、巨大蟹が長期間我が物顔でこの海域を暴れまわる危険もあった。

「今日は、この数匹を倒して持ち帰ればいいですね」

「それでいいのである」

「貴族の旦那ぁ……。大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」

 大丈夫。
 巨大蟹は強くないし、俺は急所を知っている。
 蟹は生きたまま茹でると、暴れて足が取れてしまう。
 そうすると胴体の美味しいところが湯に流れてしまうので、調理する直前に必ず締める必要があった。
 蟹の急所は目の間、口の中、ここを鋭い刃物や錐で深く突けばいいのだ。

「動きが遅いので、それほど苦でもありませんよ」

 俺は、全長十メートルほどの鋭い錐状の刃物を魔力で作り、それを一気に巨大な蟹の目の間に突き刺した。
 この俺からの攻撃にあまり素早くない巨大蟹は反応できず、巨大蟹の目の間に魔力の錐が深く突き刺さった。

「どうだ?」

「動かなくなったのである」

 いくら巨大とはいえ、同じ蟹なので急所は同じだったようだ。
 魔力の錐が消えると、巨大蟹はまったく動かなくなってしまった。
 生命反応もなくなり、俺は無事巨大蟹の討伐に成功する。

「海竜よりも弱いな」

「あいつらは、もっとよく動くのである!」

 攻撃力は海竜よりもあるが、攻撃が遅いので対応は難しくない。
 急所もわかりやすいので、研究が進めば魔法使いでなくても倒せるようになるであろう。

「おっと、次が来る前に……」

 絞めてしまった蟹をそのままにしておくと、いくらここが寒い北の海でも品質が落ちてしまう。
 俺は慌てて、巨大蟹を魔法の袋に仕舞った。

「バウマイスター辺境伯、次である!」

「貴族の旦那ぁ! 種類が違うだ!」

「(出たあ! 今度はズワイだぁーーー!)」

 次の巨大蟹は、全高十五メートル、全幅五十メートルほどの巨大なズワイガニであった。
 違うかもしれないが、とてもよく似ている。

「とても美味そうだな」

「貴族の旦那ぁ……。それどころじゃないですよ」

「それが何よりも大切じゃないか」

 クソ不味そうな動物や魔物なら、素材以外は黒焦げでも、素材も大した事がなければ時間節約のため粉々にしても構わないが、相手は蟹様である。
 足が取れてしまうなどもっての他、そのままの姿で慎重に締めなければいけないのだ。

「今度の蟹も凄い力ですけど……」

「大丈夫、前の蟹よりも弱いから」

 タラバに比べると、足の攻撃力が劣る。
 いや待てよ。
 このまま攻撃を続けると、美味しい足が取れてしまうか。

「そうなったら勿体ない」

 またも魔力で錐を作り、目の間に深く突き刺して巨大蟹を殺した。

「あとは、毛が生えている奴がいたら全種類制覇だな」

 毛蟹は味噌が美味しいからな。
 出現したら、タラバ、ズワイよりも慎重に締めないといけない。
 早く持って帰って茹でる方法を考えないと。
 何しろ、みんな大きいからな。
 鍋の特注は難しいか?

「バウマイスター辺境伯、また違う種類である!」

「おおっ!」

 今度の蟹は、全高十メートル、全幅二十メートルほどで小さかった。
 全身に毛が生えており、まさしく毛蟹そのものである。

「これも同じ方法で倒す!」

 今度は『魔法障壁』に攻撃される前に、先制して倒してしまった。

「これで北の三種を制覇ですね」

 まだ百パーセント食べられる保証はなかったが、今は一秒でも早く茹でてみたい気分だ。
 きっと美味しい匂いがするはずなのだから。

「バウマイスター辺境伯、反応はあと四つである!」

「あとは、反応がないですね」

「たまたま南下したのであろうか?」

 その答えは誰にもわからなかったが、俺はその日の内にタラバガニに似た巨大蟹を二匹、ズワイ二ガニに似た巨大蟹を二匹、毛蟹に似た巨大蟹を三匹も確保する事に成功したのであった。







「北方の海にそんな生き物がいたんだ。これから探索なんだけどなぁ……」

 結局、巨大な蟹は七匹の群れを俺が退治したらいなくなってしまった。
 これからまた南下してくる可能性も否定できなかったが、それに対応するのはアルフォンスの仕事である。
 彼は魔法使いの確保に頭を悩ませていたが、暫くは時間があるはずだ。

 北で獲った巨大蟹を調理すべく、俺はバウルブルクにある屋敷に戻っている。
 当事者という事でアルフォンスも招待し、巨大蟹に興味を持ったペーター達もこちらに来て興味深そうに巨大蟹を見ていた。

「あなた、この蟹はどうやって調理いたしますか?」

「茹でる」

 蟹は茹でるに限る。
 他の無駄な調理など必要ない。

「ですが、こんなに大きな蟹が入る鍋がありません」

「鍋に入る大きさに切ったら?」

「ぬぉぁーーー! そんな事をしたら、美味しい成分が湯に流れ出してしまうーーー!」

「そんなに強く否定すること?」

 俺は、イーナの意見を全力で否定した。
 蟹はそのまま茹でなきゃ意味がないのだ。
 第一、南方の海で獲れる巨大なエビや貝って、いちいちバラして調理なんてしない。
 やはり、美味しい部分が流れてしまうからだ。

「でも、鍋を注文していたら時間がかかるよ。この巨大な蟹が茹でられる特注の鍋なんて、完成に何か月かかるか」

 ルイーゼは、鍋がないから諦めてイーナの言うとおりにすればいいと言った。

「だが、それは認められない! 魔法で茹でてやる!」

 要は、蟹全体を満遍なく熱湯で決められた時間茹でられればいいのだ。

「先生、どんな方法で茹でるのですか?」

 魔法で巨大な蟹を茹でる。
 応用が必要であり、俺の弟子であるアグネスは興味津々のようだ。

「魔法で大量の『蒸気』を作る?」

「シンディ、その蒸気を閉じ込める方法がないと、魔力が大量に必要で、周囲にも迷惑がかかるよ」

 シンディとベッティも、師匠である俺が出した問題を懸命に考えていた。
 魔法の応用性を高めるためには、どんなにくだらない課題でも懸命に考えて思考力を磨く必要があった。
 三人は懸命に自分ならどうするかと考えている。

「一気焼いてしまったらいかがです?」

「あのなぁ、カタリーナ。あの巨体なのだから、表面だけ焼いて中が生のままじゃ意味ないだろうが」

 焼きガニもいいと思うが、まずは茹でを解決してからだな。

「ヴェンデリンさんならどうするのですか?」

「あまり複雑な方法は取らないね」

 巨大な蟹と大量の湯を入れる鍋は、『魔法障壁』の形状を鍋の形にすればいい。
 『魔法障壁』は水を漏らさないようになっている。
 漏れると冷気などが浸透して使用者にダメージがいくので当然だ。

 まずはこれを巨大な鍋の形にし、そこに大量の水を入れて『火炎』魔法で沸騰させる。
 その時に、塩を入れるのを忘れてはいけない。
 蟹は海水と同じくらいの塩水で茹でないと、味がボヤけて不味くなってしまうからだ。

「これでいいですか?」

「さすがは、リサ」

 大量の水を鍋型の『魔法障壁』に塩と共に移し、『火炎』魔法で上手に沸騰させた。

「ここで蟹を入れる」

 巨大な蟹を『念力』で底の部分に入れる。
 最初は、俺が前世で一番好きだったズワイガニにしておいた。

「甲羅は下なのですね」

 そうしないと、味噌が固まる前に湯に流れ出してしまうからだ。
 俺が理由を説明すると、リサは納得した。

「茹でている間に蟹が浮き上がらないように、重しをした方がいい」

「わかりましたわ」

 とはいえ、そんな重しは急に準備できなかったので、カタリーナは蟹が湯から出ないよう『念力』で抑え込んだ。

「先生、これだけの動作を一人で可能ですか?」

「今日は人数がいるから分担しているけど、俺一人でもできるな」

 むしろそれができないと、もしまた蟹を入手した時に茹でられない。
 できなくても、必死に修行して会得するであろう。

「茹でると、鮮やかな赤になるんだね」

「美味しそうな気がする」

 茹であがった蟹が鮮やかに赤く染まり、とてもいい匂いが漂ってくる。
 この匂いは、間違いなく茹でたてのズワイガニの匂いだ。

「茹で終わった蟹はすぐに引き揚げ、湯気が止まるまで置いておく」

 今回は蟹が大きかったので少し長めに茹でたが、細かい茹で時間などはこれからも研究が必要だな。 
 茹であがった蟹の足を一本切り落とし、毒などがないか魔法で探るが、特に問題はないようだ。
 殻がえらく硬いが、茹でると強度が落ちるらしい。
 『ウィンドカッター』で剥くと、中には美味しそうなカニの身がビッシリと詰まっていた。

 前世以来、何年振りのズワイガニであろうか。
 試食をすると、あの懐かしい……懐かしいというほど沢山食べた記憶もないが……身の甘い味が口一杯に広がる。

 美味い。
 蟹はとにかく美味い。
 いちいち口で言い現わさなくても、蟹には食べている人を無言にする美味しさが存在するのだ。

「あなた、どうですか?」

「もの凄く美味い。拘って茹でた甲斐があったね。エリーゼも早く」

 身を切り取ってエリーゼに食べさせると、彼女も無言になった。
 美味しい蟹には、やはり人を無言にする力があるのだ。

「じゃあ、自己責任でどうぞ」

「ここまで見せつけられて、食べないなんてないよ」

「ヴェンデリンが毒味しているからね。エメラ殿、蟹に毒はあったかな?」

「いいえ、ありません」

 エメラが大丈夫だと太鼓判を押すと、みんなが蟹に群がって食べ始めた。

「塩水で茹でただけなのに、物凄く美味いな」

「下手な料理なんて目じゃないね。今度、冒険者ギルド本部に討伐依頼を出そうかな?」

「フィリップ公爵領の支部にも出してみよう」

 ペーターも、アルフォンスも、一心不乱に蟹を食べ続けた。
 彼らに釣られ、エメラやマルク達も蟹を美味しそうに食べている。

「美味しい」

「美味いのである!」

 ヴェルマと導師は自然と競うように蟹を食べ始め、エリーゼ達も、今日はバウルブルクの屋敷にいたルルと藤子も、美味しそうに蟹を食べている。

「ぷはぁ! これは酒とよく合うな」

 ブランタークさんも酒と共に蟹を味わい、とにかく巨体で量が多いのでバウマイスター辺境伯家の家臣、兵士、メイド達も無言で蟹を食べ続ける。
 みんな、茹でたてのズワイカニモドキに大満足であった。

「ヴェル君に言われたとおり調理したわよ」

「ありがとうございます。これも美味しいなぁ」

 アマーリエ義姉さんが、パスタを茹でてカニパスタを作ってくれた。
 これには味噌も入っており、カニ味噌の濃厚な味が食欲を回復させる。

 他にも、まだ大量にある蟹の身でグラタン、チャーハン、カニ玉、味噌汁、カニハサミクリームコロッケ、サラダ、天ぷら、シュウマイ、あんかけ豆腐、鍋、ブイヤベース、雑炊、春巻き、スープなど、様々な料理が出てきた。

「これはいい身の質と味の蟹ですね。討伐は大変そうですが……」

 これらの料理でミズホ風のものは、バウルブルクで様々な店を経営しているアキラとデリアが出張して作ってくれたので、とてもいい味だ。
 特に、この味噌汁と、カニの身のあんかけはいいな。
 揚げ豆腐とよく合っている。
 カニの身と、擦り下ろしたヤマイモ、卵白、だし汁を混ぜて蒸した真薯しんじょも素晴らしい。

 やはり、こういう料理をさせるとアキラの圧勝だな。

「北方には、こんなに大きなカニが生息しているのですね。王都にいる父が聞いたら仕入れたがると思います」

「偶然南下したみたいだな。北方は未探索地域だから、いても不思議ではない。南にも海竜みたいな巨大生物がいるのだから」

「そうですね」

 まだ蟹は沢山あるから、時おりアキラにミズホ風の料理をさせるのもいいな。

「ヴェンデリン、ご馳走様。魔法使いで探索隊を組んで蟹を討伐させたいね」

「残念ですが、魔法使いに余裕がありません」

「だよねぇ……」

 ペーターによる巨大蟹探索隊の編成案は、アルフォンスよって否定されてしまった。
 内乱で魔法使いの犠牲が大きく、未成年者への早期教育を行っても大幅な人員不足であったからだ。
 復興と新開発計画もあるので、北方の探索に魔法使いを回す余裕はないのであろう。
 計画自体はあるが、なかなか進んでいないのが実情だ。

「そのうちにまた蟹がきたら、フィリップ公爵家の魔法使いで何とかするよ。ヴェンデリンに効率的な討伐方法を教えてもらったから」

「それがいいな。いいか、急所を一撃しないと勿体ないからな」

「そこは拘るんだね」

 足が取れたり、甲羅の中の味噌が漏れたら勿体ないじゃないか。

「俺も在庫が尽きたら、フィリップ公爵領から輸入しなければいけないから当然だ」

「新しい特産品になるかな?」

「定期的に獲れればな」

 ところが、あの巨大蟹の群れは偶然南下したようで、フィリップ公爵家が巨大蟹の住処まで漁に出かけられるようになるまで、まだ数十年も先の話であった。





「いやあ、あの蟹は美味かったな」

「そうだな、エル」

「お館様、今日はアキラが自作したドラ焼きを持ってきました」

「いいね。お茶と一緒にみんなで食べようか」

 蟹料理を振る舞う会が終わり、色々と忙しいペーターとアルフォンス達は帝国へと戻って行った。
 家族だけで食後の団欒をすごしていると、突然魔導通信機の着信音が鳴る。
 慌てて出ると、通信相手はヴァルド殿下であった。

『ヴェンデリン! なぜ誘ってくれぬのだ?』

「はい?」

『今日、ペーター殿、アルフォンス殿と君が狩った獲物の料理を食べた事は聞いているぞ』

「はあ……」

 さすがは、次の国王陛下。
 だが、ヴァルド殿下にはうるさい家臣が多い。
 得体の知れない巨大な蟹の料理なんて、彼らが認めるわけがないのだ。
 ペーターとアルフォンスには自己責任だと言ってあるし、二人はそれを認めて食事会に参加している。
 お互いに信用もあるし、うちは魔法使いが多いから万が一誰かが毒を入れてもすぐに気がつき、エリーゼがいるから解毒も可能であった。

 巨大な蟹を食べる会で、出席者の中で最上位に近いヴァルド殿下が蟹を食べられなければ場がシラけるので、自然と招待はしない方向になったわけだ。

「殿下をご招待しても、お出しできるものがありません」

『それは……』

「というわけですので、今回は仕方がなかったものと」

『……次は、誘ってくれよ。何しろ私達は、友人同士でこれから親戚同士になるのだからな』

 最後にそういうと、殿下は魔導携帯通信機を切った。

「何かさぁ、面倒な人じゃねえ?」

「そうだな」

 エルの不敬な指摘に、俺も、エリーゼですら首を縦に振るのであった。
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