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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百四十二話 ゾヌターク共和国。

「まったく、面倒な仕事を……」

「陛下からの命令だから仕方がないわよ」

「そうなんだけどさぁ……」

 イーナ、そうは言うけどさ。
 面倒なものは面倒なのだ。

「男は、一度決めた事にグチグチと文句を言っては駄目よ」

「はい、わかりました」

 まあ、アマーリエ義姉さんがそう言うのであれば……。

「ヴェルは、アマーリエさんの言う事はよく聞くわね……。子供?」

「俺は大人だっての!」





 小型魔導飛行船で西へ一週間。
 俺達は、ようやく魔族の国に到着した。
 次からは『瞬間移動』で来れるが、今のところ再訪したいとは思っていない。
 モール達からの話を聞くと、どうも無味乾燥な国のような気がしたからだ。

 ゾヌターク共和国と呼ばれるその国は、リンガイア大陸の四分の一ほどの広さがある島というか亜大陸にある。
 魔族の人口は百万人ほど、島の四分の一ほどを生活圏としていて、残りの領域は自然と魔物の領域で占められている。

 昔は亜大陸の大半に人が住んでいたそうだが、段々と魔族の人口が減って放棄され、そこが自然に呑まれていった。
 故に、無人地帯には遺跡なども多く、アーネストはその発掘作業をたまにしていたらしい。

 ただ、ここ数十年ほどは国が予算不足を理由に資金を出さなかったので、大規模なものは滅多にできなかったそうだが。
 その不満が、アーネストのリンガイア大陸への密出国に繋がったというわけだ。

「アーネスト、懐かしの故郷だぞ」

「効率のいい社会ではあるが、つまらないのであるな」

 小型魔導飛行船の窓から見える港の風景に、アーネストは特に感動もなく答える。

 確かに、海上船と魔導飛行船の港を兼ねているそこは、無機質なコンクリートとコンテナ、クレーン、プレハブ風の建物のみで構成されていて見ていてすぐに飽きてしまう。
 凄いとは思うのだが……。

 古めかしいが情緒はあるサイリウスとは違って、効率第一で観光地にはなり得そうにない。
 ここを見たいと思う、人間の観光客は少ないだろう。
 王国と帝国の政府関係者達は、視察したくなるであろうが。
 効率を極端まで極めているのは港だけではなく、そこから見える街並みも同じであった。

 同じような箱型の住宅が綺麗に並び、道路も真っ直ぐ整備されてまるで碁盤に並ぶ石のようだ。

「お主、よくついてくる事を許可したのである。祖国では裏切り者扱いされぬのか?」

 俺達に同行している導師が、アーネストに訪ねる。
 実は、アーネストのみならず、モール達も俺達に同行していた。

 彼らは、俺達の世話役兼アドバイザーのような扱いになっている。
 さすがに魔族側もバカではないので彼らの存在に気かつき、かといってアーネストの密出国とモール達の脱走を処罰するのも躊躇われたという事情のようだ。

 アーネストの密出国は、魔族が大陸と交流をしなくなってからは重罪ではなくなった。
 その程度で彼を処罰するのかという程度の認識らしい。
 魔族で国外に出ようと考える者が今までほとんどおらず、アーネストが久々の密出国者だと俺は聞いていた。

 大陸への密入国は、アーカート神聖帝国とヘルムート王国が対応すべき事で、これにゾヌターク共和国が口を出せば内政干渉になってしまう。
 元々、双方共にアーネストを処罰する気がないし、これからも処罰はされないと思う。
 既にバウマイスター伯爵家の庇護下に入っているので、手が出せないという事情も存在したが。

『彼らは、両国友好のために居残っていたのです!』

 さらに外交団にいた民権党関係者が彼ら庇い、防衛隊としても何も言えなくなってしまったらしい。
 民権党には軍隊という存在に忌避感を持つ者も多く、彼らが脱走者だからといってモール達を処罰しようとする防衛隊を牽制したというわけだ。
 防衛隊も、政権の人気取りのため若者を短期雇用しただけの軍属に何も期待していなかった。

 期待していない連中が脱走したところで、わざわざ処罰する手間が惜しいという事になったようだ。
 このところ警備隊は忙しいので、モール達だけに構っていられないのであろう。
 休憩中の遭難、それを俺達が救助した事にしてしまった。

 軍属の仕事に関しては、俺達に雇われたから雇用関係は終了というのが表向きの処置となった。
 正直、民権党とやらの外交団については思うところもあるのだが、今回は彼らに救われた格好になったわけだ。

『ううっ……。君達にバウマイスター伯爵御一行への同行を命令する』

 防衛隊の司令官は、苦虫を噛み潰しながらモール達の脱走を不問にする羽目になった。
 シビリアンコントロールの賜物というか、ただ単純に彼らを処分すると世論が政府を非難すると思ったのであろう。

 何しろ、青年軍属は非正規雇用で使い捨てという非難が新聞に掲載されたようだし。

「モールさん、同じような建物ばかりね」

 イーナは、王国とは違って整然とし過ぎている町の様子に少し違和感を覚えているらしい。

「独自のデザインで住宅を建てるなんて、よほどの金持ちだからね」

 住宅市場は大手数社のほぼ独占状態であり、どの会社もほぼ同じ形の住宅を建設するようになったとモールが説明する。
 現代日本の住宅のように工場である程度材料を加工してから、現地で組み立てるようだ。

 何事も効率優先で、沢山販売して薄利多売で生き残りを図る住宅メーカーという事らしい。
 そのせいで、中小の住宅メーカーや大工はこの数百年で相当数を減らしたそうだ。

「同じ形の住宅を建てた方が安く効率がいいからね。早くて安いし」

 見た目は安普請のような気がしたが、中は広く丈夫で、住みやすいらしい。

「それでも、みんなローンを組んで購入するんだけどね」

 まるで、日本のサラリーマンが家を買うのと同じようだ。
 俺は前世を思い出して、少し物悲しさを感じた。
 当時の俺は、結婚もしてなければ家も購入していないが、会社の飲み会で既婚の先輩や上司がローンの話でよく愚痴っているのを聞いていたから。

「金がある人は豪邸や注文住宅だね。無職でも、政府借り上げの格安集合住宅があるし」

「そういう人達は、あの同じ家が並ぶ町中には住んでいないよ。金持ち向けの住宅地もあるから」

「俺達には縁がないけどね」
 逆に貧乏人は、職とお金がなくて家を買えなくても、人口減少で住む人がいなくなった集合住宅を無料で貸してもらえる。
 基本的な衣食とおこずかい程度の生活保護の支給もあるので、無職でもそこまで深刻というわけでもないらしい。

 その代わり、結婚する人は少ないそうだが。
 飢えとは無縁だが、職と収入がないから結婚できない。
 こういうのを、生かさず殺さずとでもいうのであろうか?

「素晴らしい世界だと思うのですが」

「そうよね」

「張り合いはないかもしれないけど、王国の貧民よりはマシだって」

 エリーゼ、イーナ、ルイーゼの三人は、働かなくても食える魔族の国は素晴らしい社会なのではないかと言う。
 確かに、王国の都市部に必ず存在するスラムの状態は酷い。
 不衛生で栄養状態も悪いので子供がよく死ぬ。
 直接的な飢え死には少ないが、病気になりやすいからだ。

 それに比べれば、魔族の国は確かに素晴らしいのかもしれない。

「でも、生活保護者はなかなか結婚できないしね。子供はお金がかかる」

「成人までの教育費とかね」

「家と魔導四輪よりも贅沢かもね」

 魔族は学生の期間が長いので、長期間お金を出せないと子供を育てられない。
 だから、貧しい人には男女とも独身者が多いのだそうだ。

「一人でちょっと趣味をしながら生活するなら何とかなるからね」

「魔族の未婚率は、もう四割を超えているし」

「離婚も多いよねぇ」

 モール達の話を聞いていると、俺はまるで現代日本に戻ったかのような感覚を覚えていた。

「軍の港に着陸か……」

「ブランタークさん、魔族の国に軍はありませんよ。防衛隊です」

「言葉遊びのような気がするけどな。あれだけの装備を持っていてか?」

 軍艦が王国と帝国では作れない頑丈な金属でできていて、速度も魔導飛行船より速い。
 魔砲も沢山装備されており、戦争になれば両国の空軍は瞬時に壊滅するであろう。
 ブランタークさんからすると、そんな船を装備している魔族の国に軍隊が存在しないという言い分が詭弁に聞こえるわけだ。

「他国という概念がなかったので、治安維持と反動勢力を抑える組織に改変したと思ってください」

「伯爵様は、意外と順応が早いのな」

 順応が早いというか、俺が防衛隊に感じるイメージが自衛隊に近いからあまり違和感を覚えなかっただけだ。

 事前の協議どおりに、俺達を乗せた小型魔導飛行船は防衛隊の基地へと着陸した。

「遠路はるばるご苦労様です、バウマイスター伯爵。私の名はラーゲ二級佐官であります」

 出迎えた警備隊の若い将校は俺達を笑顔で迎えたが、脱走したモール達と、密出国したアーネストには渋い表情を浮かべた。

 色々と言いたいが立場上言うわけにはいかず、かと言ってそれを完全に心の奥に仕舞えるほど割り切れていないのであろう。

「案内役、ご苦労様です……」

「色々と思うところがあるかもしれないのであるが、我が輩を罰する事など不可能であるな。調べてみたら、穴だらけの法で笑うしかないのであるな」

 アーネストは魔族の国をと密出国した癖に、罪悪感の欠片も持ち合わせていなかった。
 実は、時間がある時に法律を調べてみたそうだが、密出国にはまったく罰則がなかったからだ。

 それはわかるが、少しは反省するフリでも見せればこの若い将校も納得するのにと思ってしまう。
 まあ、アーネストにそういう配慮を求める事が無理なのであろうが。

「密出国は違法ではあるが、罰則はないのであるな。防衛隊のラーゲ二級佐官だったかな? 法の重層構造の構築に手を抜いてはいけないのであるな」

 アーネスト学者らしく密出国の罰則がない点を突き、魔族の将校は余計に顔をひきつらせた。
 でも彼が作った法でもないわけで、責めるのはお門違いであろう。

「防衛隊は軍じゃないから、脱走しても罰則はないという解釈らしいね。政府見解では」

「正確にいうと、正規の防衛隊員でも罰則は禁固一年以下罰金百万エーン以下だね」

「でも、その範囲の中に青年軍属は該当しないしね」

 師匠も師匠なら教え子も教え子であった。
 無駄に頭はいいので、法の不備を突いたツッコミが容赦ない。
 ラーゲ二級佐官はさらに顔をピクピクとさせていた。

「貴殿らは、政治家達の都合で無罪とバウマイスター伯爵一行の案内役という役割を得られたにすぎない。調子に乗らない方がいいと忠告しておくが。第一、貴殿らのその態度は、バウマイスター伯爵のイメージすら悪化させる危険がある」

 政治家はアレだが、防衛隊のエリート将校ともなると有能な人間も多いようだ。
 毅然とした態度でアーネスト達の嫌味に応酬したのだから。

「これは失礼したのであるな。この国では遺跡が発掘できなかった。しがない考古学者の愚痴であるな。忘れてくれると嬉しいのであるな」

「仕事はまっとうしますよ。ただ、一言くらいは愚痴を言いたかったのですよ」

「エリートのあなた達とは違って、俺達は無職だったからね」

「青年軍属の仕事には夢も希望もなかったからね。公の場では弁えますよ」

「わかりました。貴殿らがバウマイスター伯爵一行の滞在中、サポートの任をまっとうできるように祈っています」

 ラーゲ二級佐官とアーネストたちが無事に和解できでよかった。
 揉めると厄介だと思ったのだが、アーネスト達は思った以上に大人だったようだ。

 というか、このレベルの人材が無職なのはえらい損失のような気がするんだが……。
 だが、ローデリヒの例もあるので王国も同じか?

「先生、ヒヤヒヤものだったっす」

 俺達にそのままついてきたルミは、恩師と後輩達の言動にヒヤヒヤさせられたようだ。
 ラーゲ二級佐官を挑発したアーネストに文句を言った。

「オフレコで頼むのであるな」

「記事に書けませんよ! まあ、自分はバウマイスター伯爵さん専属って事で本社から許可ももらっていますし、他に書く記事はいくらでもあるから問題ないっす」

 ルミは、これからも俺達について記事を書く予定だ。
 新人記者にしては異例の扱いだが、目先が利いたルミが最初に俺達に取材を申し込んだのは事実だし、やはり政治面の主流はテラハレス諸島で行われている交渉の行方であった。
 新人記者のルミが担当しても、他の記者から嫉妬される事もないというわけだ。

「手柄争いにうつつを抜かす記者ねぇ……」

「記事を出世の道具にするなんて、新聞記者も腐敗したね」

「新聞社も会社だからね。儲からないと意味がないわけだし」

「自分の後輩達はひねているっすねぇ……」

 マスコミ批判をするモール達に文句を言いつつ、ルミは静かに取材の準備を始めた。 

「それで、俺達って何をするんだ?」

「親善外交だ」

「親善外交ねぇ……」

 俺はエルに、今回の仕事の内容を伝える。
 俺達には何の交渉権限もないが、ゾヌターク共和国政府は拿捕しているリンガイアと、拘束している乗組員達を開放したい。
 ただ、いきなり無条件で開放してはゾヌターク共和国政府が弱腰だと有権者から批判されてしまう。

 そこで、俺達がゾヌターク共和国でフレンドリーに振る舞い、世論が王国に対し好印象を持つように仕向けようというわけだ。

 これは陛下の発案である。
 自分達が政治的に進んでいると思っている魔族からすれば陛下がそんな考え方をするのは驚きなのであろうが、人気商売なのは王様や皇帝も同じだ。

「バウマイスター伯爵さんの記事が物凄く好評なんすよ。」

 エブリディジャーナルの新人記者ルミ・カーチスが書いた、俺達に関する記事であった。

「バウマイスター伯爵さんは、我々魔族が抱く貴族観とは違って庶民的ですし、奥さん達にも優しく、お子さん達の面倒も時間があれば見ていますからね」

 魔族の国の人達は、俺を極めて親しみを持てる若い貴族だと思っているらしい。
 新世代の貴族がこうならば、魔族と人間との融和も近いと。

 物凄く勘違いのような気もするが、陛下は俺達を魔族の国に送れば少しは交渉の役に立つかもと感じたようだ。
 そして融和ムードを作るために、奥さん達と子供達も同伴となった。

「魔族の国だと、政治家の地方行幸は奥さん必須っす。あと、お子さんも連れてだと印象もよくなるっす」

 なぜかこちらに協力的なルミの意見により、エリーゼ達と赤ん坊達も付いてくる事となった。

「俺とエルの子供は一歳にならない内に、もう海外旅行を経験しているんだな」

「でも、危険じゃないのかな?」

 エルは、子供連れでまだ敵地認定のゾヌターク共和国入りなので少し心配のようだ。

「ヴェルの場合は、御家断絶の危機もあるぞ」

 もし魔族が俺達を害しようとしたら、配偶者全員と子供達全員を巻き込んでしまうからだ。

「そのために、某達がいるのである」

「そうそう、時間稼ぎのな」

 俺が『瞬間移動』を使ってエリーゼ達を順番に逃がしていき、その間、導師とブランタークさんが護衛をするというわけだ。

「帝国内乱で魔力が上がったせいか、それとも師匠に言われて精度の訓練を強化したせいか、『瞬間移動』は一度に十五名まで大丈夫になりましたから、二往復で大丈夫ですよ」

 そのために、メイドや家臣達を置いてきたのだから。

「ですから、魔族の国は外交特使を殺害するような野蛮な国ではないっすから」

 ルミは自分の国に対して色々と不満があるようだが、嫌いなわけではない。
 魔族はそんなルール破りはしないと断言した。

「まあ、それならいいけど」

「エルヴィンさん、信用してくださいっすよ」

「最悪、ヴェルが逃げられればいいんだ。ヴェルはまだ若いからな」

 俺がいれば、また子供が生まれるからバウマイスター伯爵家は断絶しない。
 いつもはおちゃらけた部分もあるエルだが、その考え方は意外とドライだったりする。

「足手纏いのメイドはいないからいいか」

「私はいるわよ。まあ、なるようになるんじゃないのかしら。外国旅行って始めて」

「女性は逞しいなぁ……」

ただし、アマーリエ義姉さんはいる。
 魔族の国に不安を感じない彼女に、エルは感心するばかりだ。

「魔族の国って殺風景なのね。でもヴェル君といると、色々なところに行けて面白いわ」

「極めて効率的な社会というわけじゃの。帝国もこれから交渉しなければいけないから、ペーター殿も仕事が増えて大変じゃ」

 テレーゼの言うとおり、帝国はこれから魔族の国と接触しないといけない。
 いまだ国内の立て直しに奔走しているペーターの仕事が増えるわけだ。

「テレーゼなら、どうやって対応した?」

「魔族と接触するなど誰も予想できまいて。様子を見ながら少しずつ交渉していくしかあるまい。そんな起死回生の策などそうはないわ」

「政治って大変なのね」

 アマーリエ義姉さんは、一番仲がいいテレーゼと共に防衛隊の基地を見下ろしながら話を続けた。

「ようこそ、おいでくださいました」

 基地の指令だというお偉いさんに迎えられたが、外交特使扱いの俺達を迎え入れるのに殺風景な基地というのはどういう事なのであろうか?
 実は、ゾヌターク共和国には民間用の空港があると聞いているのに。

「実は、空港の方には……」

 基地の指令が申し訳なさそうな顔をする。
 なぜなら……。



『旧弊なる王政を掲げる王国を打倒し、我ら魔族が優れた民主主義をリンガイア大陸に伝えるのだ!』

『そのためには国軍の復活を! 軍を今の十倍の規模にして、大陸に兵を進めるのだ!』

『ようこそ、バウマイスター伯爵さん。我らが、民主主義の素晴らしさを教えましょう。そして、まずはバウマイスター伯爵領を大陸における民主主義発祥の地へとしましょう』



「と、こんな感じでして、バウマイスター伯爵殿の安全を我らが確保しないと、これはゾヌターク共和国の恥となりますので……」

 大変に申し訳なさそうに説明する基地の指令であった。
 自分達が信奉する民主主義は王政よりも素晴らしいから、それを後進的な人間達に教えてやらないといけない。
 いや、それでは時間がかかる。
 魔族が全大陸を支配し、民主主義を教えてやらなければいけない。
 そんな考えを持つ市民団体や政治団体が、空港に押しかけているそうだ。

「防衛隊が一番理性的って……」

 民主主義の建前として、空港に来た俺達に向けて彼らが政治的な主張をするのは自由である。
 だが、だからと言って『お前の国は駄目だから、俺達が解放してやる』とか『民主主義を教えてやる』では融和もクソもない。
 他の貴族なら、もしかするとキレてしまうかもしれない。

「我らとしましては、今回の外交特使、バウマイスター伯爵殿で安心しました。何でも、大変にゾヌターク共和国の事情に理解があるとかで」

「その空港にいる変な連中、排除しないのですか?」

「それがミセスバウマイスター、あの連中には民権党のシンパも多く……」

 民権党の政治家には、いわゆる運動家上がりも多いようだ。
 彼らに文句など言えば、すぐに落選の危機なので言わないどころか、下手をすると積極的に手を貸している危険すらあった。

「バウマイスター伯爵殿の滞在中は、防衛隊が確実にお守りいたしますので安心を」

「あの……大変そうですけど、お体をご自愛ください」

 今の時点で、ゾヌターク共和国で一番信用できるのは防衛隊だという現実に、俺はこの外交特使の仕事が予想以上に大変であると気がつくのであった。





「バウマイスター伯爵さん、あなたをケルトニア市の観光大使に任命します」

「あなた、これはどういう?」

 ようやく魔族の国に到着し、定宿に案内されて荷物を解いた直後、俺達はある年配の魔族からそう告げられていた。
 いかにも小役人風なその魔族は、ゾヌターク共和国辺境にある過疎に悩む地域の市長らしい。
 主な産業は、農業と観光。
 日本の地方都市と同じく若年人口の流出に悩み、何とか人口減少を止めようと努力しているそうだ。

「もし我が国とヘルムート王国とに交易交渉が纏まれば、旅行の自由化もあり得ると。そこで、是非にケルトニア市に観光に来ていただきたく……」

「いやーーー、バウマイスター伯爵さんは有名人っすね」

 いや、それはお前が新聞の記事に書いたからだろうが。
 傍にいる魔族の記者ルミが、知ってか知らずか他人事のように言う。

「ケルトニア市は素晴らしいのですよ。奥さん方」

 そう言って市長は俺達に観光案内パンフレットを渡す。
 魔族の印刷技術は、王国や帝国よりも上であった。

「自然が豊かなのですね……」

 あまりストレートに批判をしないエリーゼらしい逃げ口上であったが、ケルトニア市は自然が豊かな田舎というか、自然しかない田舎だ。
 観光というが、王国人も帝国人も高い旅費を払ってこのケルトニア市に来るとは思えなかった。

「(自然が豊かって、観光資源になるのか?)」

 エルが小声で俺に聞いてくる。
 自然豊かな田舎に住んでいたエルからすると、そんなものをわざわざ金と時間をかけて見に行く奴の気が知れないというところであろう。

「(うーーーん、どうかな?)」

 もし魔族の人間の交流が始まった場合、外国だからと観光に行く人間がいないとは言えなかったからだ。
 まあ、一度見れば十分という結論に至って、結局観光客は来なくなるかもしれないが。

「バウマイスター伯爵さんには、是非一度ケルトニア市に観光に来ていただきたいですな」

「はあ……。時間があればいいのですが……」

 実は、親善大使扱いで宿にも到着したのに、俺達の予定はまだ知らされていなかった。来てもらったが、肝心の政府が俺達をどうするのかで迷っているようにも見える。

「そうですか、残念ですな。滞在中に是非観光をご検討ください」

 そう言うと、市長は俺達にお土産を渡してから部屋を出て行った。
 お土産は、ケルトニア市産の農作物だった。
 種類は一般的な物ばかりであったが、やはり品種改良や栽培技術は魔族の方が上だ。

「いいお野菜ですね」

 エリーゼがそういうのだから間違いない。
 俺もそう感じていた。

「あの方は、何をしにいらしたのでしょうか?」

「宣伝のために観光大使に任命はしたが、報酬は払いたくないので無理も言えない。名貸しの一種であろう」

 俺の代わりに、テレーゼがカタリーナに説明してくれた。

「それって、意味があるのですか?」

「さあての。あの市長とやらが本当に有能であれば、ケルトニア市の過疎問題とやらも今頃は解決しているかもしれぬの」

 テレーゼの発言は辛辣であったが、確かに俺を観光大使にしたくらいでケルトニア市の過疎が解決するとも思えない。
 日本だって、そう簡単に過疎の問題が解決などしていないのだから。

「とりあえず、数少ない仕事をこなす方が先じゃないか? 旦那」

「仕事?」

「リンガイアの船員達の無事を確認する」

「そうだったな」

 カチヤとヴィルマから指摘されたので、俺達は防衛隊の収監施設へと向かう。
 そこには、拿捕されたリンガイアの船員達が拘束されていた。
 警備上の理由で面会に行く人数を制限されたので、俺、エリーゼ、導師、ブランタークさん、リサで収監施設へと向かう。

「どうしてブリザードがいるのかと思えば、いきなり魔法をぶっ放した魔法使いと知己だったよな?」

「はい。昔に少し教えた事があります」

「何か調子狂うよな」

 ブランタークさんの知るリサ像は、派手な衣装とメイクで言葉も荒い姉御タイプであった。
 それが今は、普通に綺麗なお姉さんになってしまっているので、かなり違和感を覚えているらしい。

「それとも、またメイクをしましょうか?」

「いいや、今のままがいい」

 ブランタークさんは、リサの提案に首を振って否定する。
 いくら違和感を覚えても、以前のリサはもっと付き合い難いと感じていたからだ。

「バウマイスター伯爵殿ですね。こちらです」

 防衛隊の隊員に案内されて収監施設に向かうと、無機質なコンクリート製の建物ながら中は綺麗で、リンガイアの船員達が酷い目に遭っている事はないようだ。

「収監者への暴力や虐待は禁じられていますから」

 その辺は、魔族の国は文明国なので信用できた。
 いくつかの檻付きの入り口や通路を抜けると面会室らしき場所へと到着し、そこには四人の男性が待っていた。

 リンガイアの船長と副長、この二人は俺が屍竜を倒した時に顔見知りになっている。
 あとはもう一人の副長、彼は謎の攻撃命令を出した奴だという情報だ。
 あのうるさかった、プラッテ伯爵家の御曹司である。
 残り一人は、いきなり魔法をぶっ放した魔法使いであろう。
 魔力を感じられる。

 だが、魔力量は初級と中級の間くらいで、どの魔族よりも少ない。
 魔法をぶっ放しても、脱走は不可能であろう

「おおっ! バウマイスター伯爵殿ではないか! 見てくれ! プラッテ伯爵家の御曹司である俺に対する魔族の理不尽な対応! すぐに陛下に報告して魔族に抗議するのだ!」

 収監者以外、他に誰も人間がいない外国で久しぶりに同朋に会えて嬉しいのであろうが、いきなりその発言はないと思う。
 室内に警備で立っている隊員達の表情が曇ったのを、彼以外は見逃さなかった。

「それとだ。急ぎ私を解放させるのだ。そうしてくれたら、父からお礼が出るからな」

「(何で、こいつはこんなに偉そうなんだ?)」

 そう言われても、俺も返答に困ってしまう。

「(バカだからじゃないですか?)」

 俺は、小声でこうブランタークさんに答えるので精一杯であった。
 まったく捻りもない解答である。 

「残念ですが、私はあなた方の無事を確認しに来ただけで、解放を交渉する権限がないのです。別途、現在行われている交渉の結果をお待ちください」

「何とかならんのか! 私だけでも!」

「どうしようもない男であるな」

 自分だけ解放しろというプラッテ伯爵家の御曹司の発言に、導師は声を小さくする事もなく彼を公に批判した。

「貴様! たかが従者の癖に……導師殿?」

「某の顔を忘れるとは、国防に携わる資格がないのであるな! それとも、長い収監生活でボケたのであるか?」

 導師からの容赦ない一言に、プラッテ伯爵家の御曹司は塩を振ったナメクジのように縮んでしまう。
 こいつはバカだが、導師を怒らせると怖い事くらいは理解しているようだ。

「まあまあ、導師。交渉が終われば解放はされるはずだ。ところで、アナキンとかいう若造、お前に聞きたい事がある」

 アナキンとは、プラッテ伯爵家の御曹司の命令で魔法をぶっ放した魔法使いの名前であった。

「はい……」

 何を聞かれるのかなど、子供にでもわかる事だ。
 自分が罰せられると思った彼の表情は暗い。

「もう一つ悪いが、聞くのは実は俺じゃないんだ」

 ブランタークさんは、そう言ってリサを彼に紹介する。

「あれ? どこかでお会いしましたか?」

 アナキンは、昔の派手な衣装とメイクのリサしか知らないので、今の彼女を見て誰かわからないようだ。

「わかりませんか?」

「ええと、私の知り合いにこんなに綺麗な方が?」

「おほん。少しの間口調を戻します。アナキンのクソったれ! せっかく人が魔法を教えて一人前にしてやったのに、何調子こいて勝手に魔法ぶっ放しているんだよ! 凍らせるぞ!」

「ああーーーっ! 姉御!」

 口調を昔に戻したおかげで、アナキンはようやくリサに気がつくのであった。






「すいません! すいません!」

「さあ、正直にお話なさい」

 頭が上がらない魔法の先生リサの前で、アナキンはコメツキバッタのようにペコペコしながら、事件に様子を証言し始める。
 実は、これも陛下から頼まれていた事だ。

『プラッテ伯爵家のバカ息子は、無事なのを確認だけしてくれればいい。あとは、念のために事件について聞いておいてくれ』

 こう言われたので、まずは時間の核心部分である無許可の魔法発射の犯人から話を聞く事にしたのだ。

「プラッテ副長の命令です。撃たねば、お前を命令違反で処罰すると」

「貴様! 独断専行の責任を俺に押し付けるのか!」

 アナキンの証言に、隣に座っていたプラッテ伯爵家の御曹司が文句を言う。
 どうやらこいつは、何とか責任をアナキンだけに押し付け、自分は逃げきるつもりなのであろう。
 それなら、最初からそんな事をしなければいいのにと思ってしまう。

「あなたは、黙っていてくれませんか?」

「何だと! 俺を誰だと!」

「プラッテ伯爵家公子殿ですよね? 俺は『バウマイスター伯爵』ですけど何か?」

「……」

 嫌なやり方だが、こういうバカな貴族を黙らせるには地位の高さで押しきるしかない。
 彼はまだ跡取りで伯爵本人ではない。
 つまり、俺よりも身分は低いというわけだ。

「それに、防衛隊からの調書はとっくに王国に伝わっています」

 このバカ息子の父親であるプラッテ伯爵とその一味は、このバカ息子が暴走したなど魔族側の言いがかりだと騒いでいるが、大半の貴族はほぼ調書どおりであろうと思い始めている。
 このバカ息子、どうやら普段はそれなりに優秀なのだが、何か突発的な事が起こると妙な行動を取ってしまう事があるようだ。
 挙句に、こういう状態になると隠していた傲慢な部分が極端に出てしまう。

 ある意味、リンガイアに乗ったのが不幸だったのかもしれない。

「バウマイスター伯爵様、ところで交渉っていつ終わるんですか?」

「もうすぐかな?」

 勿論、大嘘である。
 だが、正直に交渉が一向に纏まらないと話しても、彼らを不安にさせるだけであろう。
 というか、魔族の国に来てみて気がついたんだが、いまだリンガイア解放の交渉権限はテラハレス諸島の連中にしかないようだ。

 じゃあ俺が何をしに来たのかというと、俺もわからなくなってきた。
 人間の顔見せだと思うしかない。

「差し入れなどは可能ですか?」

「すいません、万が一にも脱走などに使用されますと……」

 防衛隊の隊員から、とても申し訳なさそうに言われてしまう。 
 本などは火種にされる可能性が、酒なども瓶は凶器になりかねないと、もっともな理由で差し入れは認められなかった。

「俺は王国産のワインが飲みたいのだが」

「「「「「……」」」」」

 ただ一人空気が読めず、プラッテ伯爵家の御曹司だけが我儘を言って導師すら絶句してしまったほどだ。

「ええと、フルガ船長とベギム副長。何か困った事があれば連絡をください」

「ありがとうございます。このように収監はされていますが、特に不便な事もないので早く交渉が終わって解放されるのを祈っています」

「そうですね。食事なども悪くはないのですが、やはり自由には勝てませんか」

 他の船員達もそうだが、さすがは超大型魔導飛行船のクルーに選ばれた逸材。
 弱音などは吐かず、気丈に対応してくれた。

「一日も早く私を解放するのだ。でないと、プラッテ伯爵家を敵に回す事になるぞ」

 ただ一人、やはり空気が読めていない奴がいたが……。

「五月蝿い蠅の羽音がするのである!」

「うっ!」

 あまりに言動が酷いので、プラッテ伯爵家の御曹司は導師の思いっきり手加減したチョップで、意識を刈り取られてしまった。
 導師のあまりの早業に、防衛隊の隊員達はまったく対応できなかったようだ。
 その場に硬直していた。

「こいつは、勝手に転んで気絶したようであるな。ベッドに放り込んできてほしいのである」

「わかりました……」

 防衛隊の隊員達もプラッテ伯爵家の御曹の態度に辟易させられていたようで、特に導師を咎め立てもせず、彼を数名で抱えて独房へと移動した。

「まったく、どうしようもない愚か者であるな」

「導師、プラッテ伯爵家を敵に回さないか?」

「ブランターク殿、某は決闘ならいつでも受けるのである」

 導師が気に入らない貴族に対して、ストレートに気持ちをぶつけても平気な理由。
 それは、文句があるならいつでも決闘を受けると公言していたからであった。

 誰しもこの人と本気で決闘なんて嫌であろうから、導師の表立っての物言いに抗議する者は少ないというわけだ。
 こんな手を使えるのは、導師くらいしかいないと思うが……。

「アホが迷惑をかけてすいません。ああいうのはそれほど多くはないのですよ」

 王国貴族の名誉のために、何となく貴族になったしまった俺が釈明をする。
 随分と遠くに来てしまった気がする。
 前世の事を考えると、俺は魔族の国の方に親和性が高いというのに……。
「どうしてもアホが一定数出てしまうのは、魔族の国も同じだと思うのです」

「そうですな。政治家、大物官僚、大企業の経営者一族。その家のバカ息子が騒ぎや事件を起こす事もありますから」

 その辺の事情に、王政国家も民主主義も差はないからな。
 金や権力の力で、バカな子供の不祥事を隠すわけだ。

「アレは飢え死にさせなければいいので。交渉終了まで生かしておいてください」

「はい、義務的に対処しておきます」

 今王国と交渉している魔族の政治家は微妙らしいけど、現場で仕事をしている魔族にはまともな人が多い。
 バカ御曹司の数百倍好感が持てるな。

 などと考えていたら、もう一人空気が読めずに制裁を受けていたバカがいた。

「しかし姉御、噂には聞きましたよ。結婚したって。姉御、結婚できたんですね」

「……っ……」

「あっ……バカ……」

 アナキンの口を塞ぐのに間に合わなかったため、無言で静かにキレたリサはその二つ名に相応しい魔法を発動。
 凍結ではなく、超硬質の氷の檻を作ってアナキンを閉じ込めてしまう。

「姉御、ここ寒いです」

「丸一日くらい寒くても人間は死にませんよ」

「姉御、ごめんなさぁーーーい! 言い換えます! バウマイスター伯爵様って、姉御を奥さんにするなんて男気がありすぎる!」

「本当にバカなんだな。こいつ……」

 また余計な事を言ってしまったアナキンは寒い氷の檻を二重にされ、二日間も暖房もなしでそこで過ごす羽目になるのであった。




「さて、お仕事終わり」

「深刻だな、旦那」

「ああ、何をやっていいのかわからない」

 収監されているリンガイアの乗組員達との面会を終えて宿泊先のホテルに戻るが、いまだに明日以降の予定が伝わってこない。
 エルは、ホテルの部屋に置いてあったお菓子を食べながら包み紙を見ていて、ハルカもバウマイスター伯爵領に戻ってからそのお菓子を再現できないかと考えているようだ。

 エリーゼ、アマーリエ義姉さん、イーナ、ヴィルマは子供達の面倒を見ている。

 親善大使として赴いたもののまったく先が見えてこず、俺はソファーに深く座り込んで考えているが、カチヤと同じくどうしていいものやらといった感じだ。

「第一、交渉の権限は我らにはないのである!」

 グダグダで何も決まらないどころか、価値観の違いから交渉が決裂するのではと思われている有様で、交渉団でもない俺達がする事なんてない。

 と思っていたら、翌朝から俺達は色々な場所に連れまわされた。

「バウマイスター伯爵さん一行は特別老人ホームを訪れ、入居している老人達と楽しい時間を過ごしたっす」

 宿泊しているホテルで朝食を終えると、魔族の国では普及しているバスタイプの魔導四輪で老人ホームに連れて行かれた。

 これはあれだ。
 日本でも、海外の政治家とかが来日すると予定を組まれるアレだ。
 老人達と親しげに接している画像を撮って放映し、国民達に親近感を抱かせるというやつであろう。
 俺達付きの記者になっているルミ・カーチスが、独り言を言いながら記事にするためにメモを取っていた。

「(本当にそう思うか? ルミ)」

「(いやあ、魔族の国の政治家って、こういう絵を好むんですよ。一般大衆にウケがいいじゃないっすか)」

 と、ルミは言っているのだが、アーネスト達はどこか醒めた表情をしている。
 第一、一般大衆へのウケとか言っている時点で、ルミもどこか醒めていると思う。

「(まだある程度は引っかかる奴もいるのであるが、半数は政治的なパフォーマンスだと見抜いているのであるな)」

 アーネスト達魔族組は、俺の護衛のフリをして老人達との交流を避けていた。

「(モール、手伝えよ)」

「(えーーー、嫌だよ)」

「(しかしだな、見てみるんだ)」

 意味はわからないようだが、みんな老人の話を聞いてあげたり、一緒にボール遊びをしたりして仕事をこなしている。
 特に、老人と一緒にボール遊びをしている導師の絵はシュールであった。
 モール達も俺達と政府に雇われている以上は、老人達の相手をしないと駄目なので、俺は強引に仕事をさせた。

「(わかったよ……)」

「(お前ら、心の底から嫌そうだな……)」

「(だってさ……)」

 人間と同じく、魔族にも年寄りを大切にしましょうという考えが昔からあった。
 だから、年老いた魔族を世話する老人ホームが拡充され続けているのだが、今では老人の増加が激しく、そのせいで若い魔族が割を食っているらしい。

「(消費税は三十パーセントにまで上がったし、老人福祉予算の削減なんて叫んだ時点で選挙に勝てないから絶対に口にしないし。若い奴に金を回さないと少子化は解決しないだろう)」

 選挙で政治家が決まる以上は、得票数を多く持っている老人を優遇する政策になるというわけだ。
 そんな理由もあり、最近では若い世代の投票率がどんどん落ちているそうだ。

「(みんな、白けているんだよね……)」

 それでも仕事は仕事という事もあって、モール達も新聞記事が書けるくらいの事は老人ホームでおこなった。

「これが政治的な活動なのであるか? 意味不明である」

 老人ホームを出た導師は、なぜ自分達がこんな事をと首を傾げていた。

「貴族や大商人でも、孤児院に寄付をしたり、教会の慈善活動に参加するじゃないですか。それと同じだと思いますよ。まあ、そこには老人達の票も付属していますけど……」

「選挙で選ばれる議員も、貴族も、似たような印象を受けるのである」

「利権で釣って票を稼いで、その基盤を子供が受け継ぐケースも多いんだろう? 似た感じだな……」

「導師さん、ブランタークさん、そこで私達、報道が彼らを監視しているっすよ」

 などと言っているが、実はルミもどこか魔族の国の現状に疑問を抱いているのかもしれない。
 何しろ、あのアーネストの弟子だったのだから。

「記者の姉ちゃん、王国だって駄目な貴族は押し込められたりするんだぜ」

「でも、落選して無職になったりはしないじゃないっすか。と……ここで我々が争っても仕方がないっすね。何しろ、次の訪問予定地は保育園っすから。働くお母さんを支援して出生率を上げるために試験的に整備された優良施設って売りっすね」

 俺達は、自分の赤ん坊の世話を他人に任せている状態で、他の子供達の世話をしたり遊んだりする様子を記者達に見せる仕事をこなした。
 どちらかというと平成日本に近い社会のはずなのだが、俺はどうもこの魔族の国が好きになれない。

「第一、俺らの存在意義は何よ?」

 交渉は別口で難航しており、俺達は客寄せパンダと同じ扱いなのだから。

「フリードリヒ達の元に戻るか……」

「そうですね……」

 エリーゼ達も、この魔族の国の奇妙さに疲れてしまったようだ。
 フリードリヒ達を世話しているアマーリエ義姉さんの元に戻る事にする。

「おかえりなさい、みんな元気よ」

 それから一週間ほど、俺達は各地に出かけた。
 色々な場所を訪問し、魔族の国の政治家に会い、他にも晩さん会に出たり、そしてその様子がルミのエブリディジャーナルも含めて多くの新聞に記事となった。

「ヴェル、ボクが映ってるよ」

 ルイーゼは、新聞記事の写真に自分が映っていて嬉しそうだ。
 だが、来訪から十日もすぎると、新聞から俺達に関する記事が消えた。

「まあ、賞味期限が切れたんだね」

「バウマイスター伯爵さん、結構ドライっすね!」

 一万年以上も交流がなかった人間の国から来た貴族様、多くの妻達を従えて各地を訪問して人々に話題を提供したが、もう飽きてしまったという事なのであろう。
 すべての新聞の一面が、『国立動物園で、黒白クマの双子の赤ちゃん産まれる!』になっていた。

「酷いわね。魔族の国の人達ってどうなのかしら?」

「イーナ、俺達はまだマシな方だぞ」

 テハラレス諸島で交渉を続けている交渉団など、政治面の隅に記事が追いやられたままなのだから。
十日間も一面に記事が掲載された俺達の方がマシというわけだ。

「しかも、政治面でもトップ記事じゃないって……」

 老人ホームの不足と、その整備をどうするか?
 食品の産地偽装が増えてきたので法律を改正すべきか?
 生活保護費の削減問題。

 こんな記事ばかりが大きく、魔族の大半は見た事もない外国よりも身近な問題を優先するというわけだ。
 今までに外国を意識した事もないので、危機感なども薄いのであろう。

「魔族の国は、妾達の国よりも恵まれてはおるな。じゃが……」

 無職は多いが、別に飢え死にするわけではない。
 最低限の衣食住が保証されているからだ。
 それなのに、なぜかこの国には閉塞感が存在する事にテレーゼも気がついた。

 俺も、ここは前世の平成日本に近い世界なのにどうも落ち着かない。

「ヴェンデリンよ、親善大使の仕事などもうほとんど終わりであろう? 早めに手を引いた方がいいぞ」

「それができたらいいけど」

 俺もテレーゼの言う通りだとは思っている。
 一向に交渉が進まない中で魔族の国に来てみたが、俺達が何かの役に立っているのか不明だ。
 実務的な会談など一切なく、魔族側の都合で各地に連れまわされて見世物にされただけなのだから。

 だが、俺は陛下の命令でここに来ているのだ。
 両国の交渉が進まない以上、ある程度の目途が立つまでこの地を離れるわけにはいかなかった。

「もう帰りたいな」

「エル、そういうわけにもいかないんだよ」

 平成日本に似た国だからもう少し色々と見て回ろうと思ったのだが、俺もこの世界に大分馴染んだようだ。
 魔族の国に一切未練を感じなかったが、勝手に帰国するわけにはいかないのが現実だ。

 しょうがないので、赤ん坊の世話を優先してホテルで毎日を過ごす羽目になる。

「なあ、普通は政府が色々と予定を組むんじゃないのか?」

 ブランタークさんが、今の俺達と一緒に行動しているルミに質問をするが、彼女の返答は予想外のものであった。

「最初の一週間で、バウマイスター伯爵さん達に利用価値がなくなったと思っているっす」

「何だよ、それ」

「政権交代の弊害っすね」

 今まで散々に批判されながらもどうにか政権を運営していた国権党から、魔族は変化を求めて民権党に投票を行った。
 彼らの大半は政治の素人で、しかも民権党には保守も革新勢力が存在してそれぞれに好き勝手言っている。

 声が大きい奴が目立ち、彼らは支離滅裂気味にマスコミで自分の意見を述べ、政府がそれに釣られて政策方針を決められず、それを誤魔化すために俺達を利用したという事情もあったようだ。

「外交特使を受け入れるという仕事はしたっていうアリバイっすね。交渉がまったく進展していないのを誤魔化すためっす」

「酷い話だな」

「報道関係者には民権党支持者が多いから、彼らを批判しにくいって事情もあるっすね」

「報道なんて仕事をしている人間は、どこか反権力・反国家の性質を持つからな。市民寄りの民権党政権だから支援したいんだろうな」

「おおっ! バウマイスター伯爵さんはよく事情を知っているっすね」

 ルミが俺を褒めたが、これも前世からの知識を持っていたからだ。

「その民権党に為政者としての能力があるのかはわからないけど」

 これまでのグダグダな対応を見るに、あるとは思えない。
 新聞を読むと、民権党はまだ初心者だから暫く見守ってあげないといけないという記者の意見が書かれていた。
 平時ならともかく、これだけ人間の国と魔族の国が揉めている現在、素人だから対応が稚拙でも仕方がない。
 もう少し長い目で見てあげようでは困ってしまうはずだ。

「人の国の政治を批判してもな。俺はヘルムート王国貴族だから内政干渉になるし」

「魔族は内政干渉する気が満々なようだけど」

 ここのところ毎日、俺達が泊まっていたホテルの前に一部市民団体や政治団体が来ていたが、彼らは警備隊の人達に排除された。
 警備隊の人達に言わせると『相手にするだけ時間の無駄』らしい。

 俺には彼らの要求を受け入れる権限もないので、会わなくてよかったのであろう。
 その前に、ヘルムート王国とアーカート神聖帝国は遅れた封建主義国家なので、選挙で政治家を選ぶ民主制に移行すべきだと言われても困ってしまう。

 イーナからすれば、連中の方が内政干渉が激しいとわけだ。

「あの連中は政治家ではないので、相手にするまでもないのである」

「えっ? じゃあ何者なのですか?」

「無職で暇人なのである」

 アーネストの説明によると、魔族の国には無職が多い。
 彼らは生活はできるので、持て余した時間を政治活動に使う者が多いのだそうだ。

「暇潰しですか?」

「そういう者も多いのであるな。人間、お上を批判していると偉くなったような気がして、それだけでストレスが発散するものであるな。時間も十分にあるわけで、上手くやれば民権党の政治家のように選挙に出て議員になれる者もいる。これも仕事であるな」

「仕事なんですか?」

「勿論、純粋に少しでも国民の生活をよくしようと活動している者もいるのである。数は少なく、そういう真面目な人は目立たないのが現実であるな」

 アーネストによる事実かどうかわからない過激な説明に、イーナは度肝を抜かれたようだ。

「とにかく、魔族の国と関わると碌な目に遭いそうにない。交渉は今まで暇だった外務卿達に任せればいいんだ」

 俺達は、陛下の命令で魔族の国に訪問した。
 それだけで十分じゃないか。

「アーネスト、ホテルの飯にも飽きたな」

「そうであるな。バウマイスター伯爵は庶民の食事に興味があるであるな」

「ホテルや訪問先では食えないからな」

 段々と扱いが適当になっていくし仕事もないので、俺達は町に出る事にした。
 護衛を行う防衛隊には悪かったが、これ以上は退屈で死んでしまう。

「先生、こんな時にチェーン店のレストランに伯爵様を案内するんですか?」

「高級なホテルの飯は飽きたのであるな。我が輩、ここのハンバーグセットが好きなのであるな」

 アーネストは、子連れで大所帯の俺達をファミレスに似たレストランへと案内した。
 他国の伯爵様を魔族の国でも庶民的な場所に案内する……と周囲に思わせて、実はアーネストがここのメニューを食べたかったらしい。

「随分と綺麗なお店だね」

「メニューが一杯ある」

 魔族の国のファミレスは、前世日本のファミレスによく似ていた。
 多くのメニューがあり、値段も千エーンを超えるものはほとんどない。
 出される料理も、すべて水準以上だ。

 ただし出来合いなので、もの凄く美味しいというわけでもない。
 まあまあでレトルト感あふれる飯が出てくる。
 俺は味見だけして、エルの方にドリアの皿を回した。

「まあまあかな。狩りの途中で出れば、もう少し美味しく感じるかも。ハルカのご飯の方がいいや」

 エルは結婚して、随分と舌のレベルが上がったみたいだ。
隣のハルカも、自分の作る食事の方が美味しいと言われて嬉しそうだ。
「旦那様、デザートの方は結構美味しいですよ」

「本当だ。無理に飯を頼む必要なかったな」

 エルは、ハルカからクレープを食べさせてもらっていた。

「死ね! エルヴィン、死ね!」

「今、嫉妬の炎が俺を焼き尽くす」

「今この瞬間、君は俺の友人じゃなくなった」

 そして、その光景を見たモール達が三人で激怒していた。
 前世の俺もそうだったから気持ちはわかる。
同情すると『お前に同情されたくないわ!』と言われかねないので黙っていたが。

「器が小さい後輩達っすね……」

「結婚しようと、独り身だろうと、それに何の意味があるのである?」

「「「先輩と先生にはわからないですから!」」」

 モール達は、涙目でルミとアーネストに反論していた。

「話を戻すのであるが、魔族の国はこういうお店か、特徴的な個人のお店しか残っていないのであるな。我が輩は気軽に食事が摂れるので結構好きなのであるが」

 人口減で競争が激しいから、薄利多売のチェーン店と、お得意さんに支持された個性的な個人経営の店しか残れないのであろう。

「酒があるのもいいな」

「ブランタークさん、飲み過ぎないでくださいよ」

「ちょっとだけだよ。なあ、導師?」

「お姉さん、ワインをボトルで」

 ちょっとだけのはずが、導師はいきなりワインをボトルで注文した。
 他にも、フライドポテトとか、ほうれん草の炒め物などをツマミとして注文している。

「酒しか楽しみがないのであるな。貧困な人生であるな」

「うるさいのである、魔族。いい年をして酒も飲まないとは貧困な人生である」

 アーネストと導師はちょっと相性が悪い。
 昼間から酒を飲む導師をアーネストが皮肉り、導師もすかさず言い返した。

「まあまあ、喧嘩はしないで。周りに迷惑ですよ」

 なぜか俺が仲裁に入る事になってしまったが、昼間のファミレス似たレストランで、伯爵様一家御一行(赤ん坊九人を含む)、導師とブランタークさんのおっさん二人に、魔族五人で奥の席を独占している状態だ。

 他の客や店員達に注目されて当然であった。

「先生、こういう場合は個室のあるお店にしません?」

「うん? 我が輩、この店のハンバーグセットが食べたかったのであるな」

「そんな特に食べたいと思うほど美味しくないじゃないですか」

「この安っぽい味がいいのであるな」

 モールがアーネストの選択を批判するが、彼が他人の事情なんて斟酌するはずがない。
 自分がこの店の料理を食べたいから、俺達を案内したというわけだ。
 それはいいが、店員の前で美味しくないとか安っぽいとか言うな!

「まあ、不味くはないからいいけど」

「でも、俺はたまにここのドリアを食べたくなる」

 ラムルとサイラスも、もっといいところに行きたかったと少し不満気であったが、行き慣れているお店のようだ。 
 すぐに食べ終えて、今度はドリンクバーで飲み物を注いでいた。
 魔族の国のファミレスにも、ドリンクバーが存在するようだ。

「何杯飲んでも同じ値段なのは凄いな。どういう仕組なんだろう?」

「いくら飲み放題でも、そんな何十杯も飲める人はいないからな。自分で注ぐから、人件費も節約できるわけだし」

「バウマイスター伯爵さん、飲食店の事情にも詳しいっすね」

 ルミが感心しているが、前世でファミレスに食材を卸したりもしていたからだ。

「酒の飲み放題ならよかったのである!」

「それは居酒屋じゃないと無理ですよ」

「バウマイスター伯爵さん、居酒屋に飲み放題の店があるのを知っているんすか?」

「あはは……。新聞に書いてあったんだよ」

「そうなんすか」

 なんだ、居酒屋にも飲み放題があるのか。
 ルミを上手く誤魔化せてよかった。

「飲み放題はないのか。残念」

「この辺にしておくのである!」

 残念とはいうが、ブランタークさんと導師は既に一本ずつワインのボトルを空けていた。
 飲み放題がなくて幸いである。

「バウマイスター伯爵様、お金は大丈夫なの?」

「換金したからな」

 俺は魔族の国の金など持っていないので、ホテルの人間に金塊を渡して換金を頼んだ。
 ホテルの従業員は、町の換金ショップで金塊をエーン通貨に交換してくれた。
 これだけあれば、ファミレスの支払いには困らないはずだ。

「一グラム八千七百エーンって高いのか?」

 俺が日本にいた頃には、金の値段はグラム四千円くらいだった。
 エーンと円の価値が似たようなものすると高いような気もするけど、俺は魔族の国の金保有量なんて知らないからな。

「俺達が軍属になる前よりも、大分値上がりしているな」

「そうだな。前は七千五百エーンくらいだった」

「我が輩がこの国にいた頃には、六千八百エーンくらいであるな」

「先生、金は投機の対象なんですよ」

 サイラスの説明によると、人口が減り、国民の所得が減って経済の成長が期待できないので、株、債権、先物取引などがますます活発になり、金も品薄感から相場の上昇が続いているらしい。

「人間との接触も原因であるな」

「交易が始まるかもしれませんからね」

 そうなると、金や銀で交易の決済を行うかもしれない。
 だから早めに確保しておこうと、企業などが金を買い漁っているのも相場が上昇した原因であろうとアーネストは予想した。

「気が早い事で」

「今の魔族の国は、あの連中が支配しているのであるな」

「政治家は、あの連中に養われているだけにすぎないか」

「だからどちらが政権を取っても、世の中がそう変わらないのであるな」

 どの世界でも、世の中、金を持っている奴が一番偉いというわけだな。
 魔族の国は王族や貴族が没落し、商人、企業、銀行などのオーナーが新しい支配者となったわけだ。
 政治家は彼らの飼い犬にしかすぎない。
 この辺は、前世に通じる部分があるな。

「あなた、そろそろ……」

「そうだな」

 このファミレスモドキの飯は普通だった。
 点数にすると六十五点から七十点くらい。
 味は悪くないし、値段も安いから、店内は平日の昼間にも関わらずそれなりに客が埋まっている。
 女性魔族のグループが食事をしたり、ドリンクとデザートを注文してから世間話に興じているようだ。

 俺達の事は新聞に出ていたし、赤ん坊を九人も連れているから目立つんだよな。
 遠巻きに見ながらヒソヒソと話をしているが、話しかけてこないのは護衛達のせいか。
 彼らの負担にもなるし、早くホテルに戻るとしよう。

「何か、暇だな」

「それは俺も思っていたところだ。アーネストは忙しそうでいいな」

 あまり気晴らしにはならなかったが、ホテルに戻るとする事がなくなってしまった。
 ミルクを飲み、オシメを変えたフリードリヒ達は赤ん坊の最大の仕事である眠る事に集中している。

 エリーゼ達はお茶を飲みながら話をしており、アーネストは魔族組とルミを手伝わせて遺跡資料の整理を始めた。

「みんな、考古学というロマンを忘れてしまったのであるな」

「無職が長いですから」

「俺もそうですね」

「だから先生、考古学は金にならないんですよ」

「生活保護で暮らせるのだから、金にならなくてもどこかを発掘するくらいのやる気が欲しいのであるな。我が輩の生徒なのだから」

「先生、俺達はたまたま考古学科に入れたから入学しただけですよ。就職までのモラトリアムってやつです」

「その期間は長いけどな」

「このまま死ぬまで無職かもね」

 さすがのアーネストも、モール達のマイペースぶりには呆れてしまったようだ。
 珍しく愚痴を溢している。

「本当、しょうがない先輩達っすね」

「ルミも、なぜ考古学を志さないのであるな?」

「先生、これでも新聞社に入社した時に文化部を希望したんすよ。上が詰まっていて政治部に回されたんすけど」

「何という悲劇であるな。確かに魔族は飢えて死ぬ事もない。だが、活力がないのであるな。このままでは、種族の衰退が決定的となるのであるな。バウマイスター伯爵はどう思うのであるな?」

「俺に聞かれても……」

 というか、そこで俺に振るか?
 気持ちはわからないでもないが、アーネストが活力があると褒めている大陸の人間達も相応に大変なんだが。
 貧困でスラムの住民になる者も多いし、子供は沢山産まれるけど、下の子供ほど雑に扱われる。
 結婚できない人が多いとはいえ、無職でも最低限の生活が保障されるっていいと思うけど。

 人間、そう何でも手に入るわけじゃない。
 人口が増えていく活力のある社会はその陰で不幸になる人が多いかもしれないし、今の魔族のように飢え死にの心配がなくなれば種族の活力が失われる。

 これは、生物の性かもしれないな。

「というわけで、魔族にあれやこれや言ってもな。内政干渉だと受け取られかねないし」

 俺は、バウマイスター伯爵だ。
 発言には気をつけないと。

「我が輩とて、ゾヌターク共和国をどうこうするつもりはないのであるな。別の国なりコミュニティーがあれば、我が輩はそこで存分に生活ができるのであるな」

「お前、無茶を言うな……」

 魔族は長年ゾヌターク共和国という国家でひとつに纏まっているのに、そこに別の国家を起こすとは。
 あきらかに反逆だと思われて討伐の対象になりかねない。

「その後ろにヘルムート王国なりアーカート神聖帝国がいると思われたら、人間と魔族の全面戦争になりかねん。バウマイスター伯爵領で大人しく遺跡の調査をしていろ」

 アーネストの奴、ニュルンベルク公爵に協力していた時もそうだが、たまに危険な思想が表に出るな。
 政治家でもないのだから、妙な事は考えないでほしい。 

「土地ならば、いくらでもあるのであるな。ゾヌターク共和国では完全に自然と化した放棄地域の再開発もおこなわず、地下遺跡の発掘予算も出さない。だから我が輩は、密出国したのであるな」

「わからんでもないが、それはアーネストの欲望が入っていないか?」

「人も魔族も、欲望があるからこそ進化するのである」

 アーネストは、今の魔族にはそれがないという。
 確かに、ゾヌターク共和国の連中は淡白な奴が多い。
 俺のイメージにある欲望に塗れた魔族って、まだ一人も出会っていないな。

「現実問題として、こちらに戦争でも仕掛けられたら困るからな。俺は、あれでいいよ」

 せっかく俺が、懸命にバウマイスター伯爵領の開発を進めているのだ。
 それを荒らされたり、奪われでもしたら困ってしまう。
 奥さんと子供達のためにも、俺は保守的に動かないといけないのだ。

「陛下からの命令だから行ってみたが、無駄な時間だったな」

 何ら実りもなく、ただ開発が遅れただけであった。
 バウマイスター伯爵領に戻ると、きっとローデリヒが手ぐすね引いて俺のスケジュールを組んでいるであろう。
 それも、かなりの密度のものをだ。

「まあいい、早速領地に戻って開発を……」

 もうこの国で俺にできる事はない。
 みんなつまらなそうだし、早くバウマイスター伯爵領に戻る算段をしないとな、と考えていると、あくまでも俺達が魔族の国に滞在するまでという条件で雇っていたモール達が必死の表情で懇願してきた。

「アーネスト先生の助手扱いでいいから雇ってくれ!」

「無職も長いと暇なんだよ」

「無職でも平気と言われれば平気だけど、たまに親の視線が痛いんだ」

「そうなのか……」

 せっかく大学まで出て無職だからな。
 若者の失業が多いとはいえ、ルミのようにちゃんと就職している者もいるから、肩身が狭いというわけか。

「人間の国だと仕事はあるんだろう?」

「あるけど……」

 この三人は魔法使いなので、能力だけでいえば引く手数多であろう。
 ただし、人間が魔族を雇うのかという疑問は残るが。

「バウマイスター伯爵はアーネスト先生も雇っている。という事は俺達も大丈夫なはずだ」

「何も知らない貴族の領地で働くのは不安だが、バウマイスター伯爵領なら大丈夫そう」

「というわけで、雇って!」

 いきなり無茶を言ってくれる。
 というか、警備隊の目と耳がある場所で軽々しく雇ってくれとか言うな。
 アーネストの存在だけでも王宮に気を使っているのに、三人も魔族を雇ったら最悪謀反でも企んでいるのではないかと思われかねない。
 人間の国に長期滞在という扱いなのであろうか?

「能力は十分だと思うけど、魔族が人間の国で働くには前提条件があるな」

「それは?」

「ゾヌターク共和国とヘルムート王国の交渉が纏まる事。出入国に関わる協定も結ばれるだろうし、労働条件などの規定、他国で働くわけだから税金に関する決まりも必要だな」

「先生はどうなんだ?」

「アーネストは例外だからな。例外を増やすと面倒だ」

「「「そんなぁ……」」」

 そう簡単に無職から脱せられない事を知り、モール達はガックリと肩を落とした。
 俺から見ても、両国の交渉は上手く行っているようには見えないからな。
 原因は魔族側の方が多いと思う。
 王政を排して民主主義制に移行しろとか、無茶な要求を出すから反発して当然だ。
 それに、ヘルムート王国でいきなり民主主義制を実行しても社会が混乱するだけだ。
 その辺が、民権党のお花畑には理解できない……わざと混乱させて支配下におこうと考えているかもしれないけど。

「民主主義は俺達を救わないな!」

「職も与えてくれない!」

「結婚したい!」

 叫ぶ、無職の魔族男性三人。
 こいつら、別に怠け者でもバカでもない。
 ちょっと運が悪いだけでこの有様だからな。
 政府に色々と言いたい事もあるのであろう。

「若者の半分が無職って凄いわね。でも、ゾヌターク共和国があるこの島って、無人の領域の方が多いのよね?」

「放棄した地域が多いからね」

 モールは、元々考古学を学んでいたので歴史にもある程度詳しい。
 豊かになった魔族には少子高齢化が進行し、人口が減って徐々に可住領域を減らして行った歴史をイーナに説明する。

「勿体ないから、そっちに移住したら?」

「でも、それだと社会保障とかがなぁ……」

 ゾヌターク共和国が管理していない誰もいない土地で暮らすと、自由ではあるが、最低限の生活が保障されなくなる。
 魔族は魔力持ちだから大丈夫だと思うけど、文明的な生活が送れる保障もないから嫌というわけか。

「今のゾヌターク共和国での生活が嫌だから離れたいのに、そのゾヌターク共和国の社会保障とやらに縋るのは変じゃない?」

「それは……」

 イーナの正論に、モールは口を閉ざしてしまった。
 確かに、ゾヌターク共和国の影響下から脱して自由に暮らしたい人が、そのゾヌターク共和国の社会保障に縋るのは変だよな。
 自由には、飢え死にする自由と病死する自由もあるのだから。

「私は、この国は恵まれていると思うわ」

 ヘルムート王国に生活保護なんて存在しないからな。
 年金や健康保険もそうだ。
 最後のセーフティーネットが教会な時点で、ヘルムート王国の社会保障レベルはお察しなのだから。

「どちらかを選ぶしかないと思うけど」

「無職でも生活保護で暮らしには困らないか、自由に働けるが社会保障は一切ない暮らしか……」

 俺がモール達の立場でも迷うな。
 俺の場合は、スタート地点がバウマイスター騎士爵領だったから懸命に足掻いただけだ。
 もし魔族としてこの国に転生していたら、まだ学生で気楽に暮らしていたかもしれない。

「バウマイスター伯爵殿」

 ちょっと考え込んでいたら、俺達の部屋の前で警備をしていた若い男性の魔族が声をかけてくる。

「何かありましたか?」

「実は、客人が見えられております」

「客ですか? どんな方でしょうか?」

 王族貴族批判命の変な運動家とかだと嫌だからな。
 その手の連中は警備隊の人達が排除しているらしいが、完全という保障もないのだから。

「それが、旧ゾヌターク王国の魔王陛下と、その宰相を名乗っております。同じノブレス・オブリージュを信念とする者同士、交流を深めたいと……」

「あのぉ……魔族の王って、まだいたんですか?」

 俺はてっきり、革命で首チョンパにされてしまったものだと思っていた。
 主なイメージは、フランスの革命である。
 ゾヌターク共和国の連中を見ていると、王様の存在なんて許せないという風に見えてしまうのだ。

「一応いるというのは知っています……。お会いした事はありません」

 警備隊の若い魔族は、王様が存在する事実は知っているらしい。
 だが、実際に会った事がないので本物かどうか確信を持てないという表情をしていた。

「そんな者達を通して危険はないのか?」

 本物の王様かどうか怪しい連中を警備担当者が通そうとした事実に、ブランタークさん過剰に反応した。
 もし俺や子供達に何かあると大変だからだ。

「危険はないのです」

「そうなのか?」

「はい。王様と言いましても、今は何の権限もありませんし……」

 若い魔族の説明によると、ゾヌターク共和国の前身であるゾヌターク王国は無血革命で国家としての生を終えた。
 王族や貴族は殺されなかったが、大半の資産を共和国政府に没収されて庶民に転落。
 勝手に王様や貴族を名乗るのは民主主義の精神のおかげで自由であったが、庶民並の力しかない者が王族や貴族を名乗っても滑稽でしかない。

 徐々に王族や貴族を名乗る者は減っていき、遂にはほとんどいなくなってしまったという事情を魔族の若者は説明してくれた。

「力をなくしたとはいえ、王族と貴族の接近は危険じゃない? 痛くもない腹を探られるのは嫌だぞ」

 俺が王族をけしかけ、ゾヌターク共和国を混乱に陥れようとしていると思われるのも嫌だ。
 なので、無理に会う必要もないと思うのだ。

「本当に何の力もありませんので、それに……」

「もうよい。ここからは余が話をしよう」

 魔族の若者を押しのけ、その魔族の王……魔王か……でも、RPGのように敵というわけでもなく、ただ単に魔族の王様の略称でしかない……が姿を見せた。
 見せたはずだが、誰もいないな……。

「バウマイスター伯爵殿、下だ」

「下?」

 少し視線を落とすと、そこには王様の格好をした魔族の少女がいた。
 女性だから女王なのか。
 背が百二十センチほどしかなく、とても小さい。
 年齢は七~八歳か?
 魔族の成長速度を知らないので、実はもっと年齢は上かもしれないけど、下手をすると幼女に見えるな。
 将来は美人になるかもしれないけど、今は一言でいうと可愛い女王様といった感じだ。

「ちっさ……」

「こらっ! 小さい言うな!」

 どうやら、小さいと言われるのが嫌いらしい。
 すぐさま俺に抗議してくる。

「陛下、ここは穏便に……。魔王たる陛下が、この程度の事で激怒してはいけません。王の器は体の大きさとは比例しません。内に持つ度量の大きさと比例するのです」

「なるほど、危うく激怒するところであった。このバウマイスター伯爵殿が、余の器を見定めようと、わざと徴発している可能性もあるのだな?」

「ご賢察です。陛下」

 可愛い女王様の同行者は、身長百六十五センチほど。
 黒いショートカットに、隙なくきめたスーツ姿の、キャリアウーマンといった感じのとても綺麗な女性だ。
 彼女が宰相……こちらも実権はないから、宰相の血筋というわけだな。
 女王陛下は子供なので、現実的な話はこちらの宰相に話を聞かないといけないわけだ。

「伯爵様」

「バウマイスター伯爵」

「凄い魔力ですね……」

 さすがは、魔王と宰相、アーネストも相当だが、それ以上の魔力量だ。
 特に女王陛下は、とてつもない魔力を秘めている。
 彼女の先祖が、魔王として戦争で活躍したという事実は納得できるな。

「魔力など、いくらあってもゾヌターク共和国ではさして役に立たぬぞ」

「そうなのか?」

「魔族はみんな、一定以上の魔力を持ってもっておりますので」

 魔王の代わりに宰相さんが説明してくれた。

「ゾヌターク共和国では、魔道具が発達しております。改良が進んで段々と使用する魔力が減っている関係で、多くの魔力を持っていても無意味だと思われているのです」

 消費魔力の減少……、技術が進んで省エネ家電みたいになっているのか……。

 魔族はみんな魔力を持っているから、魔道具を開発する頭脳と技術、あとはこの高度な社会を運営するスキルがないと上にあがれないわけか。
 昔の魔力がある魔王や貴族が戦場で活躍し、多くの魔族を従えるというパターンが通用しなくなったわけだな。

「それで、本日はどのようなご用件で?」

「先ほど言ったとおりだ。ノブレス・オブリージュを信念とする者同士、共に交流を深めようぞ」

「つまり、この国には王族や貴族を名乗っている者はほとんどおりません。同類と交流したいわけです」

「ぶっちゃけたなぁ……」

 特に害もなさそうなので、俺は魔王と宰相さんを部屋に招き入れた。

「改めて紹介しよう。余の名は、エリザベート・ホワイル・ゾヌターク九百九十九世である。この者は余によく尽してくれる宰相だ」

「ライラ・ミール・ライラと申します」

 魔王が胸を張りながら自己紹介をするが、悲しいかな。
 胸がないので胸を張っている意味があまりなかった。
 もう少し成長しないと、胸を張る意味はないであろう。

「むむっ……バウマイスター伯爵の妻達はみんな胸があっていいな……」

 魔王はエリーゼを最初に……ルイーゼは無視して妻達の胸を見て羨ましそうな表情を浮かべた。

「ああ、やっぱり……」

 出産しても胸が大きくならないルイーゼは、魔王に無視されて一人落ち込んでいた。

「陛下はまだ十歳です。あと十年もすれば成長いたします」

「そうだな、そうすれば余もスタイル抜群の国民に愛される魔王になれるな」

 随分と俗ズレした王様というか……。
 王の器量と胸の大きさって関係あるのであろうか?

「魔族は女性でも王になれるのか?」

「そなたは?」

「陛下、彼女の佇まいからしてただ者ではありません」

 宰相さんは、テレーゼの雰囲気だけで彼女の正体をほぼ見抜いた。

「妾は元公爵にして、運命が変わっておれば女性皇帝になっていたかもしれぬ身じゃ。だが、今はただの女にすぎぬ」

 テレーゼは、元の自分と同じ立場にある魔王に興味を持ったようだ。
 彼女に声をかけた。 

「なるほど、理解できました。ゾヌターク王国時代は男性しか魔王になれませんでしたが、これも時代の流れです」

「余は、国民に愛される魔王様を目指しておる。それに、今の世は女性政治家というだけで票を得て政治家になっている者もおるからな。女性の魔王ならば、国民に人気が出るかもしれぬ」

 何と言っていいのか……。
 やっぱり俗っぽい理由だな。

「人気取りのために戦略というわけじゃな」

「今の余達が置かれた状況はあまりよくないからな。手段は選んでおれぬ。もう一つ、直系の王家の生き残りは余だけになってしまったのだ」

 没落した王家は、普通の勤め人をしながら日々の生活を送っていた。
 ところが、エリザベートの母親が彼女を産んだ直後に病死し、父親も三年ほど前に事故で亡くなってしまったそうだ。
 そこで、同じく宰相家の一人娘であるライラが、保護者としてエリザベートを引き取ったらしい。

「世知辛い」

「他に思いつかないわね……」

 ヴィルマとアマーリエ義姉さんと同じく、俺もそれし思い浮かばなかった。

「余は子供一人なので、今は生活保護も出ており、生活は何とかなっておる」

「私も、常にお世話させていただいております」

 この国は社会保障が充実しているから、魔王様が一人でも生活には困らないというわけか。
 宰相も、時間があれば彼女の面倒を見ているようだ。

 だが、仕事をしながらだと大変だよな。

「時間の都合をつけるため、普段はいくつかのアルバイトを掛け持ちしております」

 生活保護の魔王と、フリーターの宰相か。
 ある意味、斬新的な組み合わせである。

「無職なのか」

「俺達と同じだね」

 モール達がエリザベートに親近感を持ったようだが、彼女の方は彼らにつれなかった。

「余は両親を亡くし子供だから生活保護、普段は学校に通っている身だ。そなたらは両親も健在でいい大学も出ておる。それなのに無職とは嘆かわしい」

「あがっ! 世間からの悪意と同じ物言いだ!」

「小さいくせに、凄い毒舌だぁ!」

「まな板の癖に……」

「ちっさい言うな! 余はすぐに背が伸びる予定だ! 胸もすぐにエリーゼのようにバインナインになる予定だぞ!」

 無職の若者達が自分の方がマシだと罵り合う国。
 確かに、あまり将来には期待が持てないかも。
 でも、エリザベートがエリーゼのように成長するものなのかね?

「陛下、落ち着いてください」

「ライラの言うとおりであった。今日はとても大切な話があったのだ」

「その前に、お茶とお菓子をどうぞ」

 客を招き入れて、お茶ひとつ出さないというのも失礼な話だと、エリーゼとリサがお茶を準備していた。
 今日のお茶請けは、この国のお菓子屋で購入したシュークリームだ。
 一個五百エーンもするが、クリームが上品な甘さでシューにたっぷり詰まっている。
 客層もお金持ちばかりで、俗にいうセレブ御用達のお店のようだ。

「おおっ! 『デモワール・シュー』の高級シュークリームではないか! 久しぶりだな」

 エリザベートは、大喜びでシュークリームを食べ始める。

「陛下、お口の端にクリームか」

「うむ、大義である」

 エリザベートは、ライラから口の端についたクリームを拭いてもらいながらシュークリームを心から堪能していた。
 お菓子に大喜びするところを見ていると、この魔王様も年相応の子供なんだよな。
 ライラさんも、宰相というよりも魔王様のお母さん……は失礼か、お姉さんみたいだなと思う。

「生活保護の身ではこれは購入できぬからな。世間では生活保護者が高価な品を買ったり博打に興じたりすると、新聞で批判されてしまうのだ。重箱の隅を突くような話しであろう?」

 何だろう?
 この国って、本当に日本によく似ているよな……。

「いやあ、耳が痛い話っすね」

 魔王様に批判されたレミは、困ったような表情を浮かべながら頭をかいた。

「おっと、大切な話があったのだ。うむ。やはり、デモワール・シューの高級シュークリームは美味であるな」

「お土産でいかがですか?」

「おおっ、催促したようですまぬな」

 極論すれば、一個五百円の高級シュークリームで篭絡される魔王様か。
 この国の王族や貴族は大変なんだな。

 シュークリームを食べ、お茶を飲み干したエリザベートは、緊迫した面持ちとなって話を続ける。

「このままいけば、魔族におけるノブレス・オブリージュ滅んでしまう。よって余は決意した。余は実力を伴った魔王になるぞ!」

 どうやら、再び俺達に厄介の種が舞い込んだようであった。
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