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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百四十話 魔族の言動に既視感を覚えてしまう。

「ああ、嫌だなぁ……」

「しょうがねえだろう。陛下からの命令なんだから」

「絶対に邪魔者扱いされる……」

「それは覚悟するしかない」

 俺は陛下の命令で、昨日始まった魔族と王国との外交交渉に参加させられる事になった。
 場所は、テラハレス群島上空に浮かぶ魔族艦隊の旗艦内である。
 敵地に乗り込むわけだが、交渉団は今のところ何事もなくそこにおり、危険だから嫌というわけではない。
 魔族よりも、交渉している味方の貴族達に嫌がられ、嫌味でも言われるかと思ったからだ。

「昨日から交渉が始まったそうだが、ユーバシャール外務卿が役に立たないんだと」

「ユーバシャール外務卿ですか?」

 陛下から名前くらいは聞いているが、どんな人かは知らなかった。
 俺は王国でも有数の大貴族なのに、他の貴族をあまり知らないのだ。

「いつの間にか交替していたんですよね」

「ああ、閣僚職は数家で持ち回りだからな」

 ただ、一度に全部の閣僚を交代させると王国の政治に混乱が発生する可能性がある。
 そこで、時期をズラして閣僚は交替する。
 今回はたまたま、一か月前に外務卿の交代があったばかりだそうだ。

「知りませんでした」

「閣僚の交代はある程度話題にはなるが、恒例行事だから気にしない人も多いし、何しろ外務卿だからなぁ……」

 外務卿はアーカート神聖帝国との折衝しか仕事がないので、閣僚職の中では一番の冷や飯食いである。
 それでも、前任者は陛下と共に帝国との講和交渉を上手く纏めた。

 手伝った王太子殿下と共に、世間ではほとんど目立たなかったけど……。

「ユーバシャール外務卿って、能力的にどうなんです?」

「悪くはないって話だがな」

 ブランタークさんは、事前にブライヒレーダー辺境伯から情報を集めていたようだ。
 俺からの質問に答えてくれた。

「悪い評判は聞かなかったんだが、少し気が弱いという噂がある」

「それって、駄目じゃないですか?」

 外交交渉をするのに気が弱いのでは、色々と不都合があるような気がする。
 あまり強硬なのもどうかと思うが、押しに弱いのでは、一方的に相手の要求を呑まされるだけであろう。

「他の能力は特に問題ないそうだし……」

「昨日は駄目だったんですよね? だから、俺が陛下に呼ばれて……。何で呼ばれたんだ?」

 俺は、外交交渉なんてした事がないのに。
 せいぜい、前世で顧客と交渉したくらいだ。

「帝国内乱で活躍したし、魔法使いだから魔族への脅しにはなると思われたのでは?」

 だが、魔族は全員が魔法使いである。
 向こうに戦いを挑まれたら、多勢に無勢で倒されてしまうと思う。
 モール達の話を聞くに、魔族が俺の戦歴を把握しているのかという疑問もあった。

「まさか、向こうもいきなり戦闘開始とは言わないだろう。伯爵様、行くぜ」

「はい」

「あなた、行ってらっしゃいませ」

「俺、フリードリヒ達の世話と釣りの日々、結構気に入っていたんだけどなぁ……」

「陛下からのご指名ですから」

 思わず、エリーゼに愚痴を溢してしまう。
 さすがに最前線に赤ん坊を連れていくわけにもいかず、俺、ブランタークさん、エルの三名は、王国軍の魔導飛行船でテラハレス群島へと向かった。

 エリーゼ達は、それぞれに赤ん坊を抱きながら俺を送ってくれた。

「沢山の若くて綺麗な奥さんか……」

「俺の嫉妬の炎が、バウマイスター伯爵を照らす」

「燃やさないのかよ! 俺はこの怒りを観光に向ける!」

 なぜか耳を隠したモール達も見送りに来た。
 空軍に雇われている魔法使いが、初めて見る中級魔法使い三名に首を傾げていた。

「あの三人は、臨時に雇ったんだ」

「ああ、冒険者ですか。バウマイスター伯爵様はお金持ちですね」

 在野の魔法使いだと説明すると、彼らは納得した表情を浮かべた。
 お上に雇われている魔法使いは案外在野の魔法使いを知らなかったりするので、俺の嘘に気がつかなかったようだ。

「安心して、バウマイスター伯爵。代わりに釣りに行くから」

「観光ばかりだと暇だし」

「あとは、先生の論文執筆の手伝いとか、資料の整理とか、無職時代よりは充実しているな、俺」

 今まで無職だったからといって、特に無気力でもないようだ。
 観光に出かけ、釣りにも参加するといい、アーネストの仕事の手伝いもしている。
 そういえばこの三人は大卒で、魔族の国ではトップレベルの大学を卒業しているそうだ。
 王国なら滅多にいないインテリなのに、それで職がないというのだから、魔族の国は案外詰んでいるのかもしれない。

「釣果によっては歩合も出るし、頑張るぞ!」

「目指せ! 釣り名人!」

「海域に主はいないのかな?」

「サイラスさんが、ヴェルと同じ事を言っている」

「えっ? 釣りといえば主との遭遇でしょう?」

 イーナが、俺と同じ事を言うサイラスを不思議そうに見る。
 見られたサイラスは『こんなの常識でしょう』という顔をしていた。
 どうやら魔族の国にも、そういう創作物が存在するようだ。

「ヴェルって、何でこんなに魔族と仲良くなるのが早いのかな?」

「バウマイスター伯爵は、俺達と考え方やメンタルが似ているからな」

 ルイーゼの疑問に、サイラスが答えた。
 確かに、魔族の社会は現代日本に似ているので、向こうの気持ちがよくわかるという点は大きいと思う。

「バウマイスター伯爵、そろそろ時間である!」

 今回、導師は留守番である。
 念のためアーネスト達の監視に残すのと、導師まで行くとユーバシャール外務卿達が態度を硬化させるかもしれないという、政治的な配慮のためでもあった。
 いくら仕事ができない閣僚でも、相手は大貴族である。
 下手に怒らせて、事態を混乱させるわけにはいかない。

「では、行ってきます」

 魔導飛行船は予定通りに出発し、特にトラブルもなく数時間でテラハレス群島上空に到着した。

「魔導飛行船の形状が違うか」

「材質も違うみたいですね」

 大陸側の魔導飛行船は、軍用船の装甲以外はほぼ木製で帆船型であったが、魔族側の魔導飛行船は卵のような形をしている。
 外装はすべて金属製で、普段は仕舞われているが魔砲も十数門装備されているようだ。
 俗にいう空中戦艦というやつであった。

「戦ったら、王国空軍では勝てませんね」

「だから、何とか交渉を纏めたいんだろうな。陛下は」

 事前に行く事は連絡していたので、こちらの魔導飛行船は問題なく魔族艦隊旗艦の隣へと誘導された。
 急ぎ旗艦へと移動して船内を歩くが、床も壁も金属製でそう簡単に破壊はできないであろう。
 こちらを案内してくれている魔族の兵士は、とてもよく訓練されているようだ。
 無駄口一つ叩かずに、俺達を誘導する。

「作りが凄いな、ヴェル」

「技術力に差がありすぎるな」

 俺とエルは、近代的な作りの船に感心するばかりだ。
 ブランタークさんが、継ぎ目のない金属製の床、壁、天井に感心していた。

「おおっ! バウマイスター伯爵、よくぞ来てくれた!」

 案内された室内に入ると、飛びつくようにユーバシャール外務卿が近づいてくる。
 三十代半ばで育ちのいい貴公子そのものであったが、気が弱いという噂は本当のようだ。
 他の随員達が見ているのに、俺達を見て情けない声をあげるのだから。

「あの、何があったのですか?」

「あいつら、帝国の人間とは違うぞ!」

「それは、魔族ですからね」

 ユーバシャール外務卿も、帝国との小規模会合や交渉は無難にこなしている。
 だが、魔族となると別の種族だし、彼らが全員魔法使いという事で怯えてしまっているようだ。
 これでは、対等な交渉など期待できない。

「あいつらは、とにかくおかしい!」

「おかしい?」

「わけのわからない事を言うのだ!」

「まあ、お話を聞きましょうか」

 このままだと埒があかないので、まずはユーバシャール外務卿の言い分を聞いてみる事にする。



『ゾヌターク共和国軍外交団団長、レミー・シャハルです』



「バウマイスター伯爵、魔族は女ごときを交渉団の団長にしたのだぞ!」

「(あちゃぁ……)」

 つい直前までオドオドしていた癖に、俺が姿を見せるとユーバシャール外務卿は魔族側の責任者が女である事を問題にし始める。
 王国でも帝国でも、女が政治に参加するなどほぼあり得ない。
 テレーゼなどは滅多にないケースで、それすら王国は認めておらず、女如きを交渉に寄越してとユーバシャール外務卿はキレたようだ。

 自分がバカにされていると感じているのであろう。

「(まずいよなぁ……)」

 いきなりそんな事で不快感を示したら、魔族側も気分がよくないであろう。
 魔族側には魔族側のやり方があるからそれにケチをつけてしまうと交渉自体ができないし、魔族側からすれば、王国側こそ女性を抑圧していると感じてしまうからだ。

「あのクソ女! 王国の政治にもっと女性や平民を活用すべきだと文句をつけおって!」

「(どっちもどっちだな……)」

 ところが、魔族側にも問題があるようだ。
 団長のレミーとかいう女性は、民権党の政治家で、党幹事長、母体は女性社会進出平等機構の総裁でもあるそうだ。
 こっちも政治の素人で、進んでいる我ら魔族が、遅れている人間に民主主義や男女平等を教えてやろうという態度を隠しもしなかったらしい。

 おかげで、ユーバシャール外務卿は怒りで交渉を忘れるほどだった。
 ただ、魔族が怖くて彼女達にはそういう態度は見せなかったようで、代わりに今、俺の前で怒っていた。

「交渉に来ているのに、王国の政治体制にケチをつけおって! それに、そもそもの原因が貴族の暴走によるだと!」

 リンガイア拿捕事件の責任は、最初に貴族の副長が魔法使いに発砲を命じた事にある。
 魔族側は詳細な報告書を提出した。
 調査を担当したのは防衛隊の調査なので、一応虚偽を疑いつつひととおり読んでみたが、アラや矛盾点は見つからなかった。

「本当にこちらが先に領海・空侵犯をして魔法まで放ったのなら、それは謝って次に平等な交渉を模索すべきでは?」

「それでは、魔族に舐められるではないか!」

 俺の前だと、ユーバシャール外務卿は強気のままだ。
 下手に謝ると王国が風下に立たなければならないと思っているのか、それともプラッテ伯爵家と繋がりがあるのであろうか?

 どちらにしても、その強気を魔族にぶつければいいのにと思ってしまう。

「あの連中は何様なのだ!」

 魔族側は団長もそうだが、他の団員もどこかおかしいらしい。
 男女比はほぼ半々で、それは団長に意向のようだが、あきらかに物見遊山の素人が混じっていて、なかなか交渉が進まないそうだ。
 魔族側には商売をしている者達もおり、できれば交易がしたいと言ってきた。
 参考までにと、交易量、禁輸品について、関税の額などの話をしていたら、素人だと思っていた連中が余計な口を出してきたそうだ。
 しかも、あまり交易には関係ない話題であった。



『王国や帝国では、児童に対する強制的な労働や虐待などは深刻化していませんか? もしそうなら、それはただちに止めさせるべきです!』

『書物などに差別用語などが使われていませんか? 私は差別用語撲滅運動の……』

『狩猟や、毛皮は残酷です! それらを使った品の販売を禁止する事を要求します! 私は動物愛護協会の理事をしておりまして……』



 本来の交渉そっちのけで、意味のわからない要求ばかりされて交渉団は困惑、どうしていいのかわからず、内心では激怒しつつ、子犬のように怯えていたのが真相のようだ。

 帝国との交渉とはまるで違うので、初日は要求だけ聞いて終わってしまったようだ。

「(駄目だな……)」

 ブランタークさんがボソっと呟くが、確かにこれを陛下が知れば俺を応援に回した気持ちも理解できる。
 つまり、既存の貴族では手に負えないので、貴族としては異質な部分もある俺で様子を見るという事か。

「意味がわからん! 狩猟もしないでどうやって生活するのだ!」

「もしかすると、魔族の国は農業、畜産、漁業などが進歩していて、動物を直接殺すイメージがある狩猟に否定的なのでは?」

 憤慨する外交団の一人に、俺は自分なりの見解で意見を述べる。
 俺だって、狩猟と畜産の差なんて実はよくわからない。

「畜産だって、最後に家畜を締めると思うが……」

「ええと……。彼らはそういう風に考えているかもという予想です」

 ユーバシャール外務卿のツッコミに、俺は反論する術を持たなかった。
 前世でも動物愛護団体が存在していて、毛皮、狩猟、一部漁や、動物の扱いなどで抗議活動を繰り広げていた。
 なかにはチンピラの因縁レベルのものもあり、俺も『なぜこんなことで抗議を?』と思いながらテレビを見ていた事もある。
 あれは、魚の活き造りであったか?
 確か、動物愛護団体が噛みついたんだよな。
 白魚の踊り食いもだったか?

 そして、今魔族にもそういう連中がいる事を俺は知ってしまった。

「(魔法が全然役に立たない。このまま帰ってしまおうか?)」

 なまじ魔族が言っている事がある程度理解できるため、俺は事態の深刻さも理解してしまった。
 世の中、何も知らない方が幸せという事もあるのだ。

「海猪は頭がいいから殺すなとも言われたのだが、家畜は頭が悪いのか? 私にはそう差があるように思えないのだが……」

 ユーバシャール外務卿の素朴な疑問はもっともなのだが、そう思うだけでは外務卿の仕事などできない。
 上手く情報を集め、相手の考え方ややり方を理解し、対策を立てないと交渉すら難しいであろう。

「とにかく、明日の交渉でもっと詳しい話を聞きましょう」

 その後、ユーバシャール外務卿達とできる限り打ち合わせをしてから、翌日の交渉に臨む。

「随分とお若い方ですね」

「若い分、思考が柔軟だと陛下が思われたのかもしれません」

 翌日、魔族側の交渉団団長のレミーとかいう魔族のおばさんは、まだ二十歳前の俺を見て驚いていた。
 さすがに魔族側に未成年者はいない。
 まあ、選挙権がないからな。

「王国でも、その時に合わせた柔軟な人事も可能ですから」

 とにかく、戦争にならないように上手く押していかないと駄目だ。
 魔族が民主主義的な思考を有する以上は、まずは若い俺がこの要職に抜擢された点をアピールすべきであろう。

 外交団の後方にいる防衛隊の隊員達は、俺を見てヒソヒソと話をしている。
 もしかすると、すでに帝国内乱の情報を得ているのかもしれない。

「(公僕は優秀なんだな……。政治家は微妙なようだけど……)」

 他にも、新聞記者らしき数名もいて丁寧にメモを取っているようだ。
 交渉の様子を魔族の読者に伝えるためであろう。

「しかしながら、交渉団に女性がいませんね。これはよくありません」

 レミー団長は、王国側の交渉団に女性がいない点にケチをつけた。
 このおばさんはそういう団体のトップであり、選挙では女性票を集めて当選したのであろう。
 空気が読めないと思われても、俺達にそう問い質さずにはいられないわけだ。
 次の選挙も関係しているのだから。
 政治の素人で、ただ喚いているだけかもしれないが。

「その件に対してお聞きしますけど、ゾヌターク共和国において女性の社会進出が進んだのはいつからですか?」

「およそ千年前です」

 古代魔法文明が崩壊後から数千年前まで王政、そこから限定的な民主主義が続き、千年前くらいから女性も政治に参加するようになった。
 こんな感じだと、レミー団長から説明を受ける。

「王国でも、女性は働いていますよ」

 冒険者もそうだし、ギルドの職員、店員、神官なども女性比率が高い方だ。

「概ね三割以上は女性かと」

「政治家はどうなのです?」

「いなくもないかな?」

 帝国ではテレーゼがいたし、男性が当主でも、本人が能力的に駄目で奥さんが実務をやっているような貴族家もなくはない。
 それほど多くはないけど。

「ゾヌターク共和国の政治家の女性比率はいかほどです?」

「二十一パーセントです……」

「防衛隊の女性隊員比率は?」

「……五パーセントほどです……」

 やはりだ。
 レミー団長は女性社会進出平等機構の総裁なので五割ではないことを言い難そうだが、現実はこんなものである。
 男性と女性では職種に向き不向きもあるし、アーネストやモール達からの情報によると、仕事に熱中する女性の婚姻率と出生率の低下も問題になっているらしい。

 世の中、そう都合のいい社会など存在しないのだ。

「ですが、そちらよりは女性は抑圧されていません!」

「抑圧ですか……」

 その辺の感情が、俺は女ではないのでさっぱりわからないのだ。
 俺でもそうなのだから、ユーバシャール外務卿達からすれば理解の範疇外なのであろう。

 ただ、これだけは言えた。

「我らが住む大陸は、一万年前の古代魔法文明の崩壊でほぼゼロからのスタートでした。政治体制・社会生活の進化・変化には時間がかかり、これを無理に行うと余計な混乱が起こります。今、王国は発展を続けている最中です。これに手を出そうというのであれば内政干渉に当たりますが」

「しかし……」

「無理強いをするのであれば、これは双方にとって不幸な未来しか生みません。第一、この席は不幸な衝突事件の解決と、両国の通商・友好関係の橋渡しのはずでは?」

 モール達の考え方は間違っていなかった。
 今、魔族の国の政権を握っている民権党は、実は外交など何も知らない。
 自分が政治家になれた母体政治活動にばかり目が行って、肝心の交渉が進まない。
 これでは、何のための政権交代であったかという事になる。

「こういう事は、時間が解決すると思いますが……」

 王国のすべての女性も働き、全ての職種で男女比が半々になり、男性も育児と家事に参加しつつ、統治者は選挙で選ぶか。
 いきなりそんな事になれば、王国は一気に崩壊するはずだ。
 なぜなら、そのための下地がまるで出来ていないのだから。

 まあ、どうせユーバシャール外務卿達が反発して条件など纏まるはずもないが。
 他にも、外交交渉なのに奇妙な事を言う魔族が多い。

「児童への虐待禁止ですが」

「子供は大切に育てられるべきですね」

 とんだ詭弁であったが、現状では王国が豊かになれば徐々にマシになるとしか言いようがない。
 それに、どうせこの偉そうな魔族が王国の王になっても解決など不可能なはずだ。

「(言うだけ番長だな……)」

「差別用語の禁止ですが」

「王国では、極度な王政批判以外は比較的自由に本を出せています」

 あくまでも王国はという条件はつく。
 貴族の領地で領民が領主を批判する本を書いた時、その対応は個々に別れる。
 教会も、独自によからぬ図書の摘発を行う事もあった。

 正直、そう簡単に口約束などできない。

「狩猟はどうなのです?」

「それは、現実的に不可能です」

 魔物の領域のせいで農作物の生産量がなかなか上がらず、畜産を大規模に行う余裕がない。
 肉を食べるためには、狩猟は必須であった。
 毛皮も、王国北部や帝国への重要な輸出品だ。
 綿花、絹の生産量の関係で、毛皮に頼らないと凍え死ぬ人間が増えるであろうと。

「それならば、我が国から食料と衣類を輸入すればいい!」

「交易に関しては、貨幣の交換レート、関税、交易量などで別個交渉が必要ですね」

 その日は、何とか交渉は続けるという結論にまで持っていけた。
 だが、慣れない事をして俺はヘトヘトになってしまう。
 やはり、俺は政治家になど向いていないのだ。

「伯爵様、内弁慶のユーバシャール外務卿より遥かに適性があるな」

「それは褒められたのでしょうか?」

 交渉が終わると、ブランタークさんが感心した口調で話しかけてきた。

「ユーバシャール外務卿も、帝国との交渉ではしくじっていないからな。それよりも有能だって言っているんだ」

 まあ、既視感のせいで魔族がどういう連中か理解できている分だけマシなのであろう。
 言っておくが、俺に外交の才能なんてない。

「それよりも、あの狩猟するなってうるさい連中、すぐに黙ったな」

「ああ、それはな」

 俺は、エルに説明を始める。

「彼らは、魔族の国で狩猟などを禁止する活動をしているだろう? 誰がその活動資金を出しているかわかるか?」

「それを不思議に思ったんだ。抗議活動で金になるのかって」

「なるのさ」

 末端のボランティアでやっている人達は、純粋に動物が可哀想という意図かもしれない。
 ところが、上でやっている連中はそれで金を得ているという現実がある。

「賛同者からの寄付金で組織を運営するのだけど、金を出している中に食料を作っている大商会もあるはずだ」

 まあ、正確には食料を販売している大企業と商社か。

「何でそんな連中が金を出すんだ?」

「簡単さ。農作物や畜産物を王国に売るためだ」

 モール達からの情報によれば、今、魔族の国では食料が余っている。 
 だから、無職の人に無料で配給されていた。
 同じく衣料なども余っていると推論すれば、俺が交渉次第によっては輸入もあり得るといったら一旦矛を収めた事も不思議ではない。

 顧客になるかもしれない人達に、野蛮だと何だのと言うのを避けたのであろう。

「俺達が毛皮で作った服を着ると、その分服が売れないと考えて当然だろう?」

「善意の活動じゃないのかよ……」

 百パーセント利益のためとは言わないが、少なくとも今回の交渉に来ている連中の脳裏には彼らの意向が詰まっているはず。

「いや、彼らは動物が可哀想だから善意で狩猟の禁止を訴えているさ」

 女性社会進出平等機構も同じだ。
 ただ、そこに国やら利権が絡むと奇妙な事になる。
 そういう組織の中に、金儲け目的の連中もいるのであろう。

「海猪も同じさ」

 あれだけの巨体なので、食肉にすれば結構な量になる。
 食料が余っている魔族の国の食品企業からすれば、自分達の利益を奪う捕鯨を悪い行動にした方が都合がいいというわけだ。

「俺も、海猪が頭がいいというのが理解できない」

「そうだよな。牛や馬だって、飼えば普通に慣れるよな」

 ブランタークさんも、エルも、魔族の言い分が理解できないようだ。
 帝国内乱でペーターから借りた馬を恩賞で貰ったので、今は屋敷で飼育してたまに乗っている。
 賢い馬で、大して乗馬が得意でもない俺に上手く合わせてくれるのだ。

 なお、海猪は獲っているだけなので頭がいいとかわからない。

「なんというか、小難しい連中だな」

「ある程度は話せたから、あとはユーバシャール外務卿に任せて大丈夫でしょう」

 俺が参加した交渉の議事録に、魔族の考え方などの推察を急ぎ纏め、それを陛下とユーバシャール外務卿達に渡す。



『異なる価値観を持つ別種族か……。帝国と手打ちになったと思ったら……』

 陛下は深刻そうな顔をしていたが、今の技術格差などを考えると戦争は悪手だ。
 最悪、帝国にも裏切られて挟み撃ちにされる可能性があった。

『帝国がか? 考えすぎじゃないか?』

『いいえ。そんな事はありません』

 面倒なので、二台の携帯魔導通信機でエドガー軍務卿とも話をする。
 もし王国と魔族が戦争になれば、帝国が裏切る可能性はゼロではなかった。

『魔族は帝国内乱でミズホ公爵領が使用した魔銃、魔砲よりも高性能な装備を大量に保持しています。更に、魔族は全員が中級以上の魔法使いです』

『だが、兵数は少ないんだろう?』

『そうですね。今は少ないですね』

 今の王国軍でも全軍で決死の防戦を行えば、最初はどうにか数で魔族を撃退可能かもしれない。
 だが、それで魔族が本気になってしまえば終わりであろう。

『多分、俺も導師も、ブランタークさんも他の魔法使い達も、みんなこの世にいないでしょうね』

 まだ知らない魔族の高位の魔法使いが本気になれば、俺達は刺し違えないと撃退できないかもしれないのだ。

『魔導飛行船も、多くの精鋭も失うでしょう。本気になった魔族は、軍備を増強して再度攻めて来る可能性があります。幸いにして、魔族の若者は無職が多い』

 褒美で釣って、王国の支配を目指すかもしれない。
 『兵士達の犠牲を忘れるな!』と魔族達を政府が煽る可能性もあるのだ。

『帝国としては、魔族の調略に乗っかる可能性がありますよね?』

 魔族だけで支配せず、帝国を挟んで王国を支配する。
 ペーターとしても、帝国が魔族と戦えば同じ結果になる以上、王国との講和を破棄して共同で攻め込んでくる可能性もあった。
 魔族は数が少ないので、内乱で疲弊した帝国は利用価値があると思うかもしれない。

『ううっ……。帝国の国力が落ちて少し楽になったと思ったら……。通商と波風立てない交流で時間を稼ぐしかないな』

 戦争で勝てない以上は、上手く対等な条件で友好条約を結ぶしかない。
 エドガー軍務卿からすれば、無謀な戦争で国を失うわけにはいかないというわけだ。

『ただ、救いはあります』

『救いとは?』

 まず、王国と魔族の国とに対立が少ない。
 リンガイアの件があるが、魔族側にはまったく負傷者が出ていない。
 今までに交戦した事もないし、むしろ帝国よりも因縁が少ない相手であった。

『確かに、帝国よりは恨みつらみはないよな』

『あとは、魔族の考え方ですね』

 一部過激な者もいるかもしれないが数が少ない。
 大半は、人間よりも生活水準が圧倒的に上で、無理に侵略などする必要はないと思っている。

『そういう考え方ができるとは羨ましい限りだの』

 王国でも過激な好戦派は少ないが、帝国内乱の時には陛下が出兵を抑えるのに苦労した。
 領地が増えるという誘惑に、貴族が耐えられなかったからだ。

『魔族はそうじゃないのか?』

『それがですね……』

 魔族の住む島はゾレント島と命名されているが、広さはリンガイア大陸の四分の一ほどもあって亜大陸に近い広さがあった。

『昔はほぼ全域に魔族が住んでいたようですが……』

 少子高齢化で人口が減り、多くの領域が放棄されてしまった。
 今は、島の四分の三が無人の土地であった。

『他にも開発可能な土地はありますし、魔族がその気になれば魔物なんて簡単に駆除できますよ』

 切り開いても住む魔族がいないので、そのまま多くの自然や魔物の領域が放置されている。
 一部、魔族の学者が研究をしたり、自然保護区に認定されているくらいだそうだ。

『勿体ない話だの』

『かもしれませんが、亜大陸への移住は絶対に提案しないでくださいね』

『なぜだ?』

『好戦派を刺激しますから』

 人間が時間をかけて我ら魔族の土地を奪い、滅ぼそうとしている。
 そう言って魔族を煽り、リンガイア大陸侵攻を口にする者が出るかもしれないからだ。

『開発は、まだ数百年は王国領内を優先するしかあるまい。魔族の国は遠いので、移民を送ってもコントロールが難しいからの』

 陛下は、このリンガイア大陸の開発がまだ全然終わっていないのに、さすがに魔族の国への移民は考えていないようだ。

『状況はほぼわかった。しかし、予想以上にやるの。バウマイスター伯爵』

『まぐれですよ』

 そう、俺に外交官としての能力などない。
 たまたま現代日本と、魔族の国の政治状況がよく似ていただけだ。

 相手をある程度知っているのだから、よほどのバカでなければある程度対応は可能である。

『ですが、俺の仕事はこれで終わりですよ』

『ユーバシャール外務卿か……』

 最初は魔族が理解できずに混乱していたユーバシャール外務卿であったが、今はある程度魔族について理解できたので助けは必要ないと言ってきた。

『外交閥でもないバウマイスター伯爵にお株を奪われっ放しでは、ユーバシャール外務卿も気分を害するか』

『はい』

『余も、ユーバシャール外務卿と連絡を絶やさぬようにする。バウマイスター伯爵も、念のために待機してくれるか?』

『わかりました』

 テラハレス諸島群にいなければいけないが、もう交渉には出なくていいらしい。
 無理に出しゃばってもユーバシャール外務卿達に嫌がられるから、これは渡りに船であろう。

「ただ、エルとブランタークさんとだけで?」

「随分な言い方だな。俺だって、ハルカさんが傍にいた方がいいに決まっている!」

「俺は、美味しい酒と肴があれば。どうせ奥さんと娘は連れて来れないし」

 ただし、俺は連れて来ても問題ない。
 というわけで、早速エリーゼ達を呼び寄せた。

「魔族の軍隊、魔族の外交使節団、ホールミア辺境伯家水軍の偵察艦艇、王国軍外交使節団が集まってピリピリしている現場に赤ん坊連れであるか。バウマイスター伯爵は大胆である!」

 テラハレス諸島群には五十近い島があるが、現在魔族が基地を建設してるのは一番大きな島のみで、他にはいくつかの島に警備兵を置いているだけである。
 俺達は一番外縁部にある小さな島に、帝国内乱の時と同じく石材で家を建て、簡単な港と作って船を置いた。

「ヴェル君も、大物貴族らしくなったのかしら?」

「一応、援護射撃ですよ」

「私にはよくわかないけど、魔族の魔導飛行船って変わっているのね」

 今まで赤ん坊の世話を担当していたアマーリエ義姉さんも、何も言わずについて来た。
 一部護衛の兵士達と家臣はサイリウスに残し、漁を頼んでいる漁民達の管理を任せる事にする。

 数名の漁師達も付いてきて、今は島の海岸に魔法の袋から出した船の整備と出航準備を行っていた。

「ヴェル、これはバカンスなのか?」

「そんなところ」

 どのみち、陛下からの命令でテラハレス諸島群にはいないといけないし、ただいるだけでは退屈である。
 そこで、エリーゼ達と共に無人島でバカンスを楽しむ事にしたのだ。

「魔族の軍隊がいるんだけどな……」

「大丈夫さ」

 いきなり、こちらの拉致や殺害を目論んだりはしないであろう。
 もしそんな事をする連中なら、とっくにユーバシャール外務卿達はこの世にいない。

「彼らは、自分達が進歩的で文明的である事に誇りを持っている。いきなり俺達に何かする可能性は低いさ」

「でも、ゼロじゃないぜ」

「この交渉が決裂すれば、最悪戦争になる。魔族の軍隊が相手だと、どこにいても結果は同じだからな。ならば、少しでも援護射撃をしないと」

「援護ですか? ですが、ユーバシャール外務卿が嫌がりませんか?」

 フリードリヒを抱いたエリーゼが、俺が考えている事を聞いてくる。

「ユーバシャール外務卿とは別に行う」

「援護がバカンスなの?」

「結果的に、そうなる可能性が高いというわけだ」

「わからないわ」

 俺の発言に、イーナは首を傾げた。
 確かに、俺の考えている援護は大陸に住まう人達には理解できないと思う。

「とにかく、バカンスを始めよう」

 というわけで、数時間で住む場所もできたのでフリードリヒを抱いて海岸を散歩する。

「フリードリヒ、綺麗な海だろう?」

「あーーー」

「開発が入っていないからな。自然のままなんだぞ」

「あぅーーー」

「そうだな」

「あのよ、ヴェル。やっぱり会話になっているようでなっていないから」

「大丈夫、フリードリヒはもうわかっているから」

「親バカかよ!」

「悪いか!」

 この子は、俺の跡を継いで面倒な貴族や王国政府と渡り合ってくれるはず。
 母親はエリーゼだし、魔力も伸びるだろうし、優れた二代目になってくれるはずだ。

「そして、俺は安心して引退するわけだ。あとは自由に気ままに生きるぞ」

「お前、生まれたばかりの赤ん坊にそういうプレッシャーを与えるなよ……」

 賢いフリードリヒが早めに家督を継ぎ、俺は安心して早めの隠居生活を送るプランにエルが文句を言う。

「とにかくだ。今は、元気に育ってくれればいいのさ!」

「お前、誤魔化しただろう?」

 エルのツッコミは無視して順番にアンナ、エルザ、エトヴィン、フローラ、イレーネ、ヒルデ、ラウラと生まれた順に抱いていく。
 何度見ても赤ん坊は純真で可愛いものだ。

 既に薄汚れてしまった俺とは比べ物にならない。

 夕方になり、エリーゼ達は子供達に母乳を与えてから野外でバーベキューを行う。
 貯蔵していた肉、野菜などに、連れてきた漁師達が獲っていた魚貝類も焼かれ、久々に休日をエンジョイしていた。

「ここ最近は、文句を言いつつ楽しんでいたようにも見えるのであるな」

「そういうアーネストはどうなんだ?」

「我が輩は、趣味と仕事が一致しているのであるな」

 家は三つ作り、一つは俺達、もう一つは漁師達、あとの一つはアーネストとモール達、導師とブランタークさんが使用していた。
 モール達はもう十分に観光もしたしと言い、アーネストは論文の執筆はどこでもできるからと付いて来たのだ。

「しかし、なかなか纏まらない交渉であるな」

「先生、民権党の新人議員ですから」

「政治家としては微妙?」

「いきなり交渉決裂で、『戦争だ!』とか言わないだけマシですって」

 どういうわけか、モール達にもレミー団長達の評価は低かった。
 日本にも、こんな政治家はいた記憶があるが。

「それでさ。この遊びが交渉の援護になるの? ボクとしては、ヴェルがエルザ達の相手をしてくれて嬉しいけど」

「ふっ、戦争はよくないです。赤ん坊は国を救うのです」

「子供がいないと、あとで王国が大変なのはわかるけど……」

 ルイーゼは俺の考えが理解できないで悩んでいたが、突然戦闘態勢になってある方角に殺気を向ける。

「いやーーー。人間の魔法使いもやるっすね。さすがに、実戦経験者は違うっす」

「誰かな? 子供達がいる以上は、ボク容赦しないよ?」

「いえいえ。自分に戦闘の意志はないっすよ。これでも、奥深い魔物の領域にも取材に行く事もあるっすから、ある程度は鍛えているっす」

「取材?」

「はいっ! 肝心の交渉の方がグダグダで、編集長から何か面白い記事を送れってうるさいから、ここは変わった事を始めたバウマイスター伯爵さんの取材をしようかなと思ったっす」

 ようやく、俺が期待していた人というか魔族が姿を見せた。
 その魔族は二十代前半ほど、ダークブラウンの髪を三つ編みにして後ろで束ね、目には丸眼鏡、ツナギに似た服を着て、首には魔道具のカメラを下げていた。

「どうも、エブリディジャーナルの新人記者ルミ・カーチスっす。取材の許可をいただきたいっすが……」

 俺の予想どおりに魔族のマスコミが姿を見せ、俺の魔法を使わない援護作戦が始まるのであった。
 素人の俺でも、知っていたマスコミ対策くらいはできるであろうから。
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