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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百十七話 ブリザードのリサ

「ううっ……何か歩きづらいな……」

「そういう経験は、前にボクにもあったな。懐かしいね」

「それほど前じゃないだろう? ルイーゼは、まだ十七歳なんだから」

「そういえばそうだった。内乱がえらく長く感じたんだよね」

「大変だったって噂では聞いてたけど……」

「どっちが大変なのかな? 内乱? それとも?」

「お前なぁ……そういうことを聞くなよ。冒険者のスケベオヤジでもあるまいし……」





 トンネル開通から一か月、いまだ出入り口周辺の工事は進んでいるが、通行量は徐々に上がり続けている。
 開発途上のバウマイスター伯爵領で商売を始める。
 こういう商人が多数、コストが安いトンネル経由で荷を運ぶようになったからだ。

 それに釣られて、出入り口付近の開発も進んでいる。
 休憩所、待機所、荷を預かる倉庫、トンネル利用者向けの宿泊・飲食・娯楽施設など。
 バウマイスター伯爵領側は、パウル兄さんの領地も近いので宿屋などの建設が始まっている。
 ブライヒレーダー辺境伯領側は、協定によりブライヒレーダー辺境伯家がそれらを受け持って建設中だ。

 トンネルの警備には王国軍も加わり、その職を陛下の甥が新規に法衣子爵家を立ち上げて世襲する事となった。
 こうして、談合というか、密約というか、純情な若者なら激高しそうな大人同士の馴れ合いが発生するわけだ。

 カチヤと戦うために武芸大会に出た連中が、その警備隊に優先的に雇用されたなんて事実は公表されなくてもいいし、それで何とか彼らの実家が納得したなんて事は庶民は知らなくていいわけだ。


 そして、俺には奥さんが増えた。
 元々トンネルの出入り口に領地を持っていたオイレンベルク家の長女である。
 彼女は御家のためと暴走し、それを結果的に叩きのめした俺が彼女を娶る事になった。

 そんな理由でと思うが、この世界ではそんな理由でまったく問題はない。
 この世界で感動的な恋愛話というのは珍しく、珍しいからお話になって本が売れるのだ。

 そして、俺と結婚する事になったカチヤがどう思っているのかだが……。

『あたいは、バウマイスター伯爵様に負けたし、あたいを綺麗なんて言ってくれた人はバウマイスター伯爵様だけだし……』

 顔を赤くさせながら、妙にしおらしい態度で答えるカチヤ。
 こういう人を、チョロイと言うのが正解なのであろうか?
 俺にイケメンやリア充のスキルなど存在しないので、なぜ彼女に惚れられているのかよく理解できない。

『ヴェル様が強かったからだと思う』

『狼の群れみたいだな……』

『狼も人間も動物だから』

 ヴィルマの返答になぜか俺は納得してしまう。
 カチヤからすれば、強ければ正義なのであろう。
 その正義である俺に嫁ぐのに、何の疑問も抱いていないと。
 そんなわけで、カチヤは新しく移転したオイレンベルク領から嫁いできた。
 さすがに今回は、オイレンベルク家も貴族の礼儀に則って婚礼の準備をしている。

 勝手がわからないので、移封後に近所になったヘルマン兄さんがアドバイスをしていたが、うちの実家が貴族としての常識を他の貴族に教えるなんて、隔世の感というか何と言えばいいのであろうか?

 他にもこの二つの騎士爵領は、ハチミツ酒、マロイモ焼酎の製造で一致協力していく事になったそうだ。
 ハチミツとマロイモで、日持ちするお菓子を作って売り出す計画もあるらしい。
 こういうコラボは、日本の地方名産品でもあったような気がする。

『親父、こんなに奮発して大丈夫か?』

『このくらいなら、それほど負担でもないな』

 カチヤ達は、昔のバウマイスター騎士爵家なら躊躇するほど豪華な婚礼準備を整えた。
 お金は大丈夫なのかと思ったら、実はオイレンベルク家は意外と貯蓄が多かった。

『現金収入源は、マロイモと少しの商品作物の販売益だけですけどね』

 そのお金を使うのはたまに外に買い物に行くくらいで、更に大きかったのはオイレンベルク家が成立して以来、碌に他の貴族と付き合いをしてこなかった点にある。
 何しろオイレンベルク家は、寄親であるブライヒレーダー辺境伯家とだって碌に付き合いがなかったのだから。

『オイレンベルク卿、この金貨は、帝国との停戦直後に発行された新金貨の前の金貨ですよね?』

『昔から、金庫に入っていましたね』

 歴史は長いが、中央の世情にほとんど関わらないオイレンベルク家は、旧貨幣を新貨幣に交換すらしていなかった。
 年寄りがタンス預金で、聖徳太子の一万円札を持っているのに似ているかもしれない。

『レートは幾つだったかな? それとも、多少希少価値がありますから、このまま持参金にしますか?』

『そうしましょうか』

『オイレンベルク卿、私にも数枚売ってください。色をつけますから』

 王国も帝国も、停戦後に交易で面倒がないように双方が貨幣を新造して金の含有量などを合わせている。
 古い王国金貨の金含有量を知らないブライヒレーダー辺境伯は、古い資料を引っ張り出して両替をしようとしていた。

 オイレンベルク騎士爵領はブライヒレーダー辺境伯家の寄子のままで、バウマイスター伯爵家の準一門扱いにもなっている。
 カタリーナのヴァイゲル家と同じ扱いだ。
 式はバウマイスター伯爵家内だけで行われたが、そこには一部の貴族が招待されている。
 仲人役のブライヒレーダー辺境伯は、気合を入れてその役割をこなしていた。

 そして翌日に、エルとハルカの結婚式も行われた。

『ふっ、ようやく俺も結婚か』

『すまんな。時間をかけてしまって』

 時間がかかったのは、初めてのミズホ人との結婚式なので向こうの風習にもある程度考慮したからだ。
 トンネル開通以降、エルは色々とミズホの風習に振り回されて精神的にグロッキーになっていた。

 まずは、正式な婚約のための結納の式。
 結納金、スルメ、カツオブシ、コンブ、酒などを購入してフジバヤシ家に挨拶に向かった。

『正座に慣れてないから、足が……』

 事前に練習したので結納は滞りなく終了したが、エルは長時間の正座で足が痺れて俺が肩を貸す羽目になった。

『そんなに痺れたの?』

『こらっ! ルイーゼ! 俺の足を触るな!』

 ルイーゼが、エルの痺れた足を触って遊んでいた。

 次に、教会での式と披露宴の前に、ミズホ公爵領で式を行った。
 ハルカは白ムクに似た着物を、エルは紋付袴に似た服を借りて神社と寺が融合したような場所で神に結婚の報告を行う。
 神主と坊さんが融合したような神官が神に結婚を報告し、エルとハルカが三々九度の盃を交わす。
 思いっきり教会の風習とは違っていて、前世で先輩の結婚式に出た時に式が神前だったのを思い出してしまう。

『ヴェンデリンさん、珍しくて参加する方は面白いと思いますが、大分教会とは違いますわね』

『カタリーナ、そこは大人の事情で気にしては駄目だ』

 帝国にはお互いの宗教にケチを付けるのは止めましょうという秘密紳士協定があったが、王国にはなかった。
 そこで、この人物が事前に活躍する事となる。

『久しぶりに、えらく苦労したの』

 ホーエンハイム枢機卿は、この秘密紳士協定を王国でも通用させるために、宗教家として帝国にまで赴いて奔走する羽目になる。
 苦労した分、帝国の宗教関係者とも知己が増えて、余計に次期総司教の椅子が近づいたと言われるようになっていた。

 ミズホ側の式が終わると、バウマイスター伯爵領内の教会で行われる式と、バウマイスター家領主館で行われた披露宴だ。
 ミズホ公爵家側からも多くの参加者が招待され、料理や酒も王国の物と半々に出されて王国側の招待客にも好評であった。

『結婚を祝う気持ちは本物だが、一石二鳥でミズホ産品の紹介もできてよかったよかった』

 ミズホ公爵は上機嫌で酒を飲み、王国の食べ物を口にする。
 式は無事に終わり、エルとハルカは新婚旅行へと旅立った。
 とはいえ、俺が王都に送り出しただけだが。

 俺達がいると夫婦水入らずとならないので、王都に送り出してしまったのだ。
 王都には、夫婦で行けるような観光スポットも多い。
 二人は宿に泊まりながら一週間ほど休む事になった。

 そして、俺もカチヤと初夜を迎える事になった。

「あたい、年上なのに経験がなくてな……」

 実は、カチヤは現在十九歳。
 同じ年くらいだと思っていたのに、何とカタリーナの一個上であった。

「この場合は、あった方が問題じゃないか?」

「そうだけど、あたいにだって年上としてのプライドがあるんだよ」

「それを言うと、テレーゼとか……」

「それを言ってはいけない。ええと、バウマイスター伯爵様って呼ぶのは変だよな?」

「呼び方はご自由に」

「じゃあ、旦那」

 その日からカチヤとは夫婦になった。
 他の奥さん達は前からカチヤと接しているし、彼女のさっぱりとした性格を好んでいる。
 すぐに、バウマイスター伯爵家に馴染んでくれた。

「むしろ、カタリーナよりも早く馴染んでいる」

「ヴィルマさん、私が何か?」

「別に何も」

 ヴィルマの毒舌は、幸いにしてカタリーナには聞こえなかったようだ。
 カタリーナとカチヤ、共に最初は俺達とトラブルがあったが、なぜかカチヤの方がすんなりと輪に入ってきたような気がする。

「でもなぁ。あたいに貴族の奥さんが務まるのかな? 冒険者としてはそれなりに活躍していた自信ってのがあるんだけど……」

 貴族の奥さんともなれば、礼儀作法や夫の手助けなどで腕っ節以外の能力を要求される。
 カチヤは、それが自分に務まるのかと心配になったようだ。

「えっ? 大丈夫でしょう? エリーゼが教えてくれるから」

「カチヤさん、こういう事は順番に焦らずにゆっくりとやれば自然に覚えますから」

「そうなんだ。うちの実家って、そういう事よりも農作業が優先でさ。困っていたところなんだ」

 エリーゼが指導をすると聞くと、カチヤは安心したようだ。
 しかし、さすがは正妻として抜群の安定感を誇るエリーゼだ。
 的確にフォローを入れてくる。

「ただ、冒険者として活動できないのが残念だな」

「えっ? 何を言っているの?」

 どこか情報に齟齬があるのか、本当に知らなかったのか?
 カチヤは、普段の俺達の行動をよく知らないようだ。

「カチヤ、君は即戦力だよ」

 ルイーゼは、その両手を肩の上に置く。

「ルイーゼ、それって?」

「この三日間ほどは、カチヤもヴェルのお相手で大変だったと思うから言わなかったけど、今日は魔の森で狩りと狩猟をする予定だから」

「旦那も?」

「最近ヴェルは工事依頼で忙しいから、置いていくと逆に怒るのよね。エリーゼ、支度は出来た?」

 イーナは当然という顔をしつつ、エリーゼにお弁当などの準備が終わったかを聞いていた。

「今日は、いきなり中心部には行かないわよね?」

「カチヤさんがいますし、カカオの在庫が心許ないとアルテリオさんが言っていましたわよ」

「チョコ、チョコ」

「という訳ですので、本人が嫌がらなければ狩りには普通に行けますけど」

「貴族らしくないあたいが言うのも何だけど、バウマイスター伯爵家って変わってんのな」

 その日は、カチヤも連れて久しぶりにみんなで狩りと採集を行った。
 現在の魔の森は、付近に数十か所も村や町が完成し、冒険者達が目当ての獲物や採集物を求めて生活している。
 長期滞在用の宿や借家が追加で多数完成し、冒険者達はそこで寝泊まりをしながら魔の森に入っていくのだ。

「噂には聞いていたけど、魔の森って魔物が多いな」

「危険だけど、実入りはいいよ」

「実入りをルイーゼが気にする必要あるのか?」

「ボク、バウマイスター伯爵領内の魔闘流道場の総締めだから」

 領内中に道場を建設し、そこに兄や弟などの親族を道場主として配置し、ルイーゼが産んだ子供がバウマイスター伯爵家魔闘流指南役となる。
 現時点でもルイーゼの活躍のおかげで門下生は増えていて、その纏めと管理をおこなうのが彼女の仕事となっている。

「とはいえ、兄と弟に丸投げで何もしてないけどね。資金は出しているんだよ」

「私もルイーゼと同じね。槍術指南役と、槍術はバウマイスター伯爵家中で習っている人が多いから。道場の建設にもお金を出しているし」

 イーナも、バウマイスター伯爵領内に槍術道場を増やすため、自分でお金を出していた。
 警備兵の必須技能なので習っている人が多く、道場の建設は急務であったのだ。

 ローデリヒは槍術の達人であったが、正式に免許皆伝や目録を受けていなかった。
 なので彼も入門していて、それが余計に門下生の増員に拍車をかけているようだ。
 会社と同じで、上司と同じ趣味や習い事をして仲良くなろうとする部下というのは存在する。

「カタリーナは?」

「私は、ヴァイゲル家飛躍のために仕送りをしておりましてよ」

 ヴァイゲル領内の開発を促進するために、カタリーナも定期的に仕送りをしていた。

「ヴィルマは?」

「美味しい物を買う。狩って、採集して食べる」

「ふーーーん」

 ヴィルマは特に難しく考えない。
 自分の子供はバウマイスター伯爵家の分家を創設するのであろうし、普段は美味しい物を沢山食べるだけだ。

「ヴェル様と一緒にいられるし、美味しい物が採れてお金にもなる。不満はない」

「なるほど、あたいも頑張らないとな」

 その日は夕方まで狩りに採集にと頑張ったわけだが、屋敷に帰る準備をしているとなぜかカチヤが首を傾げていた。

「どうしたんだ? カチヤ」

「なあ、旦那。気のせいか、あたいの魔力が増えたような気がするんだ」

「ああ、それね……」

 こんな場所で話すのも何だと思い、俺達は急ぎ屋敷へと戻る。
 更に、ブライヒブルクからブランタークさんを『瞬間移動』で連れてきた。

「カチヤは元から魔力があったものな。そんな予感はしたけどよ」

「ブランターク様、どういう事なんだ?」

「それがな……」

 ブランタークさんはカチヤに、その認識は間違っていないと説明する。
 間違いなく、魔力が増えているのだと。

「この三日ほどで、魔法の威力と保ちが全然違うからな。あたいなんて、今までは『加速』を多く使うと午前中で魔力切れだったから。しかし、何でだ?」

「それは至極簡単は話だ。伯爵様とそういう事をしたからだ」

「そういう事?」

「夫婦になるとするアレだな」

「アレって……」

 妻達の中では年齢が上の方なのに、その手の免疫がないカチヤは顔を真っ赤に染めていた。

「そんな話は、聞いた事がないぞ!」

「聞いた事がなくても、伯爵様にはそういう謎の能力があるんだ。ああ、他に漏らすなよ。大混乱になるから」

「いくらあたいがバカでも、それはわかる」

 間違いなく、魔力を増やしたい女性が殺到する。
 カチヤは、すぐにそれを理解した。
 一応魔法使いだからこそ、すぐにその能力を理解したのだ。

「伯爵様よぉ……」

「いやだって、ブライヒレーダー辺境伯がちゃんと泥を被ってトンネル利権を取っていれば、こういう事にはならなかったのでは?」

 俺に文句を言われても困ってしまう。
 俺は、あのトンネル騒動を解決させた功労者だというのに。

「ううっ……至極まっとうな反論で言い返せねぇ……」

 ブランタークさんは、自分の主人の不手際を俺に指摘され何も言い返せない。
 それに、カチヤと形式上だけの夫婦になるのは失礼であろう。
 別に、彼女は嫌な女ではないのだから。

「もう堂々巡りだな。伯爵様の奥さんが増え、その人の魔力が上がり、それをどう秘密にするかという話になりと……」

「凄いけど、大騒ぎになる能力だから仕方がないですよ」

 自分も魔力が上がって魔法が使えるようになったイーナからすれば、これが世間に漏れた時に起こる騒ぎが容易に想像できるというわけだ。

「今まで魔法が使えないと思われていた人の中から、魔法使いが現れるという事が凄いですからね」

「でも、エリーゼ。アマーリエさんは?」

 カチヤは、アマーリエ義姉さんが魔法使いでない事が不思議なようだ。

「隠れている魔法使いの素質を引き出すだけで、魔法使いの数は増えるけど全員じゃないんだと思う」

「ヴィルマとイーナちゃんは素質があったんだね」

 ヴィルマの推論に、ルイーゼは納得した表情を浮かべる。

「『加速』と『身体強化』の他にも魔法が使えるようになるといいな。そうしたら、カタリーナに魔法を教えてもらおう」

 カチヤは、自分の魔力が増えて嬉しいようだ。
 新しい魔法が使えるかもと期待している。

「私も教えますけど、お師匠様にも基礎を教わった方がいいのでは?」

「それもそうだな。ブランターク様、魔法を教えてくれ」

「それはいいけどよ。なあ、伯爵様?」

 突然、ブランタークさんが険しい表情になる。
 その視線の先を見ると、端のテーブルの上でアマーリエ義姉さんとテレーゼが楽しそうに話をしていた。

「この水晶玉、私の実家にもあったわ」

「帝国でも、貴族の家には必ずあったの。魔法使い発掘のためにの」

 楽しそうに話をする二人のテーブルの上には、俺が子供の頃に魔法使いの素質を探るために使用した水晶玉があり、テレーゼがそれに手をかざしている。

 水晶玉は綺麗な虹色をしていた。

「手をかざすと虹色になるのよね。私も子供の頃にそうなったのを覚えているわ」

「そして、魔法の才能があるとこれが消えるわけじゃ」

 テレーゼが手をかざしている水晶玉から虹色が消え、これは彼女に魔法使いの才能がある事を示す。

「体が熱くなってきたの」

「凄いわね」

「妾も、子供の頃には魔法使いになりたくて堪らなかったからの。水晶玉をかざし、本を読んで遊んだものよ。魔法の鍛錬方法など、そこいらの魔法使いよりもよっぽど本を読んで勉強したわ」

 テレーゼも子供の頃に魔法使いを夢見て、それが叶わなかった口らしい。
 とても嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「その時は駄目だったのよね?」

「二十歳をすぎて、魔法使いの才能が出るか。これは嬉しい誤算じゃの」

「凄い、こういう風になるのね。私も魔法を使えればよかったのに」

「隠れた魔法の才能? 今のところは、ヴェンデリンでないと引き出せないものなのかもしれぬの」

 年上二人組は、わいわいと楽しそうに話をしている。
 今になって、テレーゼに魔法使いとしての才能が現れた。

 それが何を意味するのか、ブランタークさんは気がついたようだ。

「伯爵様……」

「あはは、俺もブランタークさんと同じ男って事で」

「そこで俺は関係ないだろうがよぉ……」

 何の事はない。
 ただ単純に、俺とテレーゼがそういう関係になってしまっただけだ。

「奥方は怒らないのか?」

 ブランタークさんは、最後の防波堤だと思っていたエリーゼ達を問い詰める。

「今のテレーゼさんなら、特には何も」

 エリーゼからすれば、俺が帝国に居辛くなったテレーゼの身柄を引き受けた時点で覚悟はしていたというわけだ。
 それと、もうフィリップ公爵ではないテレーゼに特に含む点もないそうだ。

「テレーゼさんの助言には助かっていますし」

 エリーゼは法衣貴族の娘なので、バウマイスター伯爵領の統治の補佐で甘い部分が出てしまう。
 実は、それを密かに補っているのがテレーゼであった。
 伊達に、あの大きな領地で独裁権を持っていたわけではないらしい。

 自分が表に出ると面倒になるのであくまでも密かに助言を行い、公式にはバウマイスター伯爵領にお世話になっている隠居様という姿勢を決して崩さなかった。

 その姿勢はローデリヒにも好かれていたし、エリーゼたちも一緒に料理などをする仲になっている。

「結局、トンネルの件はテレーゼの意見が一番正しかったわけだし」

「イーナよ。それは妾が部外者だから言えた事だぞ。為政者とは、考え過ぎて時に妙な回り道ばかり考える事があるからの」

「でもさ。結局、ヴェルがトンネル利権を取って一番穏便に解決したよね?」

「そうさの、ブライヒレーダー辺境伯が取ると『寄親だからといって、お前ばかりずるいぞ!』と非難されかねん。それが嫌だったのであろう」

 テレーゼは、時にそういう嫉妬が貴族家を没落させる要因になるのだとルイーゼに説明した。

「旧オイレンベルク領の大半は譲渡して、トンネル周辺に作る施設の建設と運営は任せた。十分に元は取っている」

「ヴィルマの言うとおりじゃ。上手くいって何よりじゃの。それにの、ブランターク」

「はあ……何でしょうか? テレーゼ様」

 エリーゼ達の支持を得られず、ブランタークさんはゲンナリとした表情を浮かべる。
 まさか、俺とテレーゼの仲が公認だとは思わなかったのであろう。

 いや、俺も勝手にテレーゼとそういう関係にはならない。
 なぜなら、エリーゼ達が怒ると怖いからだ。

「妾は、公式にはヴェンデリンの妻ではない。しかしながら、隠居後にバウマイスター伯爵領で世話になっている時点で貴族達は妾をヴェンデリンの愛人扱いする者も多かろう。扱いとしてはアマーリエと同じじゃの」

 周囲の人は『そういう関係なんだろうな』と思いつつ、それを表立っては大きく言わないというわけだ。

「そういう批評を封じ込められる力があるのじゃから、ヴェンデリンの好きにするがいいわ。妾は生活には困っておらぬし、子供が産まれたら、将来の保証さえしてもらえれば何も言う事はない。幸いにして、今のバウマイスター伯爵家には分家だの家臣家の枠が多く余っておる」

 自分の子供を、バウマイスター伯爵家の後継者にするつもりもない。
 テレーゼ自身がその件で散々に兄達と揉めたので、自分の子をそういう立場にしたくないのであろう。

「妾はこれまで通りじゃの。同じ境遇のアマーリエと仲良くやるから気にするでない」

「ううっ……」

 テレーゼは、自分で俺の奥さんになるつもりがないと宣言する。
 あくまでも、非公式の愛人の立場を貫くわけだ。

 そして、これにブライヒレーダー辺境伯は文句を言えない。
 他の貴族たちも同じで、なぜならこういう立場の女性を抱えている貴族は多く、下手に非難するとブーメランとして自分に戻ってきてしまうからだ。

「というわけで、妾も魔法の鍛錬を頼むぞ」

「俺がやるに決まっています。他に漏れると面倒だし」

「どうせじきに漏れるのじゃ。とはいえ、今は『遅咲きの魔法使いテレーゼ、衝撃のデビュー』のために密かに特訓を受けるとするかの」

 などとのん気な事を言いながら、テレーゼは水晶玉と体に魔力を流す鍛錬を続けている。
 話しながらそれができるという事は、彼女が優れた魔法使いの才能を持つ証明であった。

「お師匠様、私も手伝いますわ。カチヤさんの指導もあるでしょうし」

「そうだな、秘密保持のためなら導師でもいいんだが……」

「導師様は、あまり初心者の指導には向いていないかと……」

 十分に天才のカテゴリーに入るカタリーナをして、導師の指導方法にはついていけないという認識のようだ。

「うん、向いてない。初心者じゃなくても人を選ぶもの!」

 過去に導師の修行を二年半も受けたルイーゼが、カタリーナの意見に賛同する。
 俺もその意見に賛成だ。
 第一、俺とルイーゼ以降、彼の弟子になれた者など一人も存在しないのだから。

『最近の若い魔法使いは、軟弱なのが多くて困るのである!』

 この前、うちに飯を食いに来た時に、導師は少し厳しく教えると逃げ出してしまうと怒っていた。

「その前に、導師は忙しいからな」

「忙しいの? 何で?」

「それはな……」



『本日は、帝国内乱で大活躍されたアームストロング導師様のお話です!』

『……某は……』

 基本的に通常業務が少ない導師は、現在陛下の頼みで王国各地に講演の仕事で出かけていた。



「導師が? あの人、ちゃんと喋れるのかな?」

「大丈夫だろう。よくは知らんけど。にしても、テレーゼ様に魔法を教えるのか……」

 ブランタークさんは、翌日からブライヒレーダー辺境伯の許可を得てカチヤとテレーゼの魔法指導を開始する。
 また彼の弟子が増えたわけだ。

「何でか、俺に指導を頼む人が多いんだよな」

 それは、導師よりも理論的かつ効率的でまともな指導ができるからだ。
 師匠もブランタークさんの薫陶により、俺を上手に指導してくれた。

「まあ、ボチボチとやっていくさ」

 カチヤは、徐々に上がっていく魔力の適切な使用方法と新しい魔法の習得を目指す。
 テレーゼは、基礎訓練と自分の魔法の方向性を探るという課題に取り組んでいた。

 カタリーナが補佐に入り、屋敷の裏庭は真面目な空気に包まれる。

「前のあたいは、魔力が少ないから高名なブランターク様に魔法を教えてもらうまでもなくてな。あくまでも冒険者の枠で、『ブリザードのリサ』に魔法を教わったんだ」

 ブリザードのリサの名は、前に聞いた事がある。
 前にブランタークさんが、高名な冒険者兼魔法使いだと言っていた記憶があった。
 超一流で、高額な依頼料を取る人だと。

「へえ、あいつが人に教える事なんてあるんだな」

「知っているのか? ブランターク様」

「あいつが新人冒険者の頃に、少しだけ教えた事がある」

 さすがはブランタークさん。
 顔の広さは、冒険者の中でも屈指であった。
 そんな高名な人に魔法を教えた経験があるとは。

「姉御が、そんな事を言っていた記憶がないな」

「姉御?」

「それがさ旦那、『師匠』って呼ぶとババ臭いイメージになるから嫌なんだと」

 カチヤには意地でも姉御と呼ばせ、他の呼び方だと怒るのだそうだ。
 姉御もババ臭いような気がするが、本人が気に入っているらしいので構わないのであろう。
 俺は師匠の事は師匠と呼んでいるけど、あの人は年齢よりも若く見えたし、それなのに威厳のようなものも兼ね備えていたような気がする。
 語り死人だったから、年は取らないんだけど。

「カチヤ、ブリザードのリサって何歳くらいなんだ?」

「ええと……いくら旦那の願いでも、姉御の年齢は言えないかな」

 微妙なお年頃で、それを指摘するとカチヤでも怯えさせる事が可能なのであろう。
 カチヤは、意地でもブリザードのリサの年齢を言わなかった。

「カチヤ、その人って独身?」

「残念ながら?」

「納得できた。でも、何で疑問形?」

 女の身で、超一流の魔法使いで冒険者でもある。
 更に、カチヤが姉御とまで呼ぶ人なのだから、ルイーゼの予想どおりに独身なのであろう。

 実は、こういう人は冒険者では珍しくない。
 変な男と結婚するくらいなら、一人で稼いで面白おかしく暮らすというやつだ。

「姉御の場合、結婚願望は凄いんだよ。相手がいないだけで……」

「それはわかるわ。あいつ、若い頃からすげえ気が強かったからな……」

 元の性格もあるし、冒険者という仕事の特性上、男になんて舐められて堪るかという人が多いのも特徴だ。
 過去に邂逅があったブランタークさんも、心当たりがあるらしい。

「美人ではあるんだがな……」

「へえ、そうなんですか」

「伯爵様がもらってみるか?」

「いえ、いいです……」

 同じ冒険者兼魔法使いとして活動していたカタリーナに比べると、どこか地雷臭のようなものを感じてしまう。
 カタリーナの場合は、あれで色々と可愛い部分があるのだから。

「でもその人、弟子の結婚式に来なかったんだね」

 そういえば、ルイーゼの言うとおりだ。
 彼女クラスの魔法使いならいくらでも出席可能なのに、式に姿を見せていなかった。

「招待状は送ったんだよ。でも姉御、どうしても外せない仕事があるからって……」

「それは事実なのかしら?」

「「「「「うーーーん」」」」」 

 イーナの疑問に、全員が首を傾げてまう。
 移動時間も合わせて式の招待状は大分前に送るから、そう仕事のスケジュール調整が難しい事もないはずだ。

「姉御は強いから、指名依頼も多いし……」

 カチヤの口調も、大分歯切れが悪い。
 もしかすると、『年下の弟子の結婚式に出たくないという個人的な感情があったのでは?』と思っているのであろう。

「まあ、何だ。今は魔法の練習をしようぜ」

 話の流れが悪くなったので、ブランタークさんが二人の魔法練習を再開しようとする。
 するとそこに、メイドのレーアが何かを持ってやってきた。

 実は現在ドミニクが産休中で、彼女の仕事の大半をレーアが担当しているのだ。
 少し心配になってしまうが、内乱中に厳しくドミニクから教育を受けたようで目立った粗は見つからない。

「お館様、カチヤ様にお手紙です」

「あたいにか?」

「差出人は、リサ・クレメンテ・ウルリーケ・エクスラー様と書かれていますね」

「姉御だ……」

 意外な差出人に驚きつつも、カチヤは手紙の封を切って手紙を読み始める。

「『近日中に、新妻になったカチヤの顔を拝みに行くから。バウマイスター伯爵様って、どのくらい強いのかしらね? 物凄く興味があるわ……』」

「あかん……これは面倒な人だ……」

 自分の弟子がどんな新婚生活を送っているのか。
 加えて、俺がどのくらい強いのかとか、バトルジャンキー的な話になっている。
 少年誌のバトル漫画でもあるまいし、そういう人は基本的に勘弁してほしい。

「カチヤの師匠らしい」

「ヴィルマ、あたいは姉御ほど戦闘的じゃねえよ」

 カチヤは、自分がブリザードのリサと同等の戦闘狂だと思われるのが嫌なようだ。
 必死に否定した。

「そして、自分が未婚なのに弟子の心配。まさに小姑」

「ヴィルマ、お前は本当に容赦ないよな……」

 カチヤが、ヴィルマの毒舌ぶりに呆れていた。

「カチヤさんとテレーゼさんの魔力が増えた件をどう隠しましょうか?」

「いや、あいつは超一流の魔法使いであって隠すのは無理だから」

 カタリーナの意見を、ブランタークさんが否定する。 
 何にせよ、俺達は面倒な客人を迎え入れる未来が確定してしまった。



「でもさ。近々来るって書いてあるけど、正確にいつって書いていないから困るよね」

 手紙がきてから一週間後、今日はみんなで魔の森に狩りに行った。
 大量の成果と共にバウルブルクに入り、今日は屋敷に帰る前に町の中心部にオープンした喫茶店に寄る事にする。
 そのお店はオープンカフェ形式で、王都にある同じようなお店にも負けていないと評判になっていた。

 メニューに限っていうと、魔の森産の果物やカカオを使ったメニューが出るし、輸送費の関係で王都のお店よりも安く提供されている。
 店は、多くの客で賑わっていた。

「バウマイスター伯爵様っ! 生憎と今の時点で貸し切りは……」

「そういう気遣いは無用だから。適当に普通の席に案内してよ」

「畏まりました」

 店主直々に案内されて席に座り、みんなそれぞれに飲み物やデザート類を注文する。
 暫くするとウェイトレスが持ってきたので、全員で食べ始めた。

「美味しいですね、あなた」

「王都のお店のに負けていないよな」

「そこで働いていた方がオーナー兼パティシエなのだそうです」

「へえ、そうなんだ」

 暖簾分けか、独立をしたようだ。
 バウマイスター伯爵領ならば商売になると思われたという事は、この領地は順調に発展しているのであろう。

「魔の森も凄いけど、旦那達も凄いな。というか、よくあれだけ狩れるよな」

 魔の森には、他の魔物の領域に比べると貴重な魔物と産物が豊富に存在している。
 それを獲る過程で、今も時折行方不明者や死傷者を出してるが、一攫千金を夢見て挑戦する冒険者は多かった。
 その中でも、俺達は安定して大量の魔物を狩れるのでカチヤは驚いているようだ。

「あたいは、待ち伏せ・奇襲専門だったからなぁ」

「でも、ソロで稼いでいたんだろう? 凄いと思うけど」

 今のカチヤは援護があるので、高速で魔物の急所を一撃で切り裂く戦法に移行している。
 魔力が増えて更に強くなったので、既に足手まといではなくなっていた。

「あたいに合わせられる旦那達が凄いと思うけど。元からの戦闘力じゃ比べ物にならないよ。姉御よりも上じゃないのかな?」

「へえ、それは凄いんだね」

「えっ?」

 突然別の席から声がしたので振り返ると、いつの間にか隣の席に一人の女性が座っていた。
 年齢は、三十歳前だと思う。
 ボンテージ風の黒いショートドレスと黒いロングブーツ姿で、フトモモが露出している。
 マント風の真っ赤なローブを纏い、ローブの装飾にはラメが大量に使われていた。
 髪色は濃い緑で、髪型は俗にいうワンレングス、前世で母が『バブル崩壊前には、こういう恰好や髪型が流行していたのよ』と言っていた格好そのままのであった。

 死語ではあるが、『ゴージャス系美女』という種類だと思う。
 昔の映像で、○ュリアナとかで踊っていそうな人だ。

「気がつかなかった……」

 狩猟が終わって油断していたのかもしれない。
 ブランタークさんはテレーゼへの指導でいなかったので、もっと気をつけないとなと思ってしまう。

「それを補うためにボクがいるわけだけど、特に害意もないから言いそびれちゃった。ゴメンね」

 ルイーゼは、かなり前から彼女の存在に気がついていたようだ。
 俺に謝ってくる。

「ルイーゼ、何でもっと早く言わなかったの?」

「あのね、イーナちゃん。あの人、声をかける前にお化粧に余念がなかったから……」

 同じ女性として、ルイーゼなりに気をつかったというわけだ。
 あの年齢だと、お化粧にも時間がかかるのであろう。

「余計な事を言うんじゃないよ。このチビ」

 なのに、俺の奥さんであるルイーゼへの暴言。
 俺も含めて、全員が絶句してしまう。

 ただ一人を除いて。

「姉御、いらしていたんですか?」

 予想通りではあったが、どうやらこの人がブリザードのリサであるようだ。
 カチヤが緊張の面持ちと口調で挨拶をした。

「ちょっと仕事が早めに終わってね。魔導飛行船で飛んで来たのさ。ところで、カチヤは何で魔力が増えているんだい?」

「特訓でです」

「特訓ねぇ……」

 リサは、カチヤを獲物を狙う猛禽類のような目でみつめる。
 どうやら俺達は、とんでもない女に目をつけられてしまったようだ。




「お前、前に顔を合せた時よりも化粧が濃いな」

「人の事は言えないだろうが! 白髪が増えたな、ブランターク」

 このままオープンカフェテラスで話を続けるのはどうかと思った俺達は、すぐに彼女を連れて屋敷へと戻った。
 すると、まだ庭ではブランタークさんがテレーゼに魔法を教えていて、会うなり礼儀もへったくれもない言葉の応酬が始まる。

「年の事はお互い様だろうが、俺も五十を超えたんだから。お前もそういえばそろそろ……」

「凍らせるよ!」

 ブランタークさんがブリザードのリサの年齢を言おうとした瞬間、周囲の温度が一気に下がって周囲の植木や芝生に霜が降りた。
 ブリザードの名は伊達ではないようだ。
 瞬時に、これだけの広範囲に冷気を拡散可能なのだから。

「お前なぁ……俺は一応年上で、昔は魔法の指導もしてやったんだぞ。ちっとは年上に敬意を払えや」

 少なくとも、二十以上年上のブランタークさんを呼び捨てタメ口、実力本位の世界とはいえ、ある意味凄い女性である。

「冒険者に礼儀なんていらないのさ。それよりも新しい弟子かい? ブランターク」

 ブリザードのリサの興味は、ブランタークさんから魔法を習っているテレーゼへと向かう。

「まあ、そんなところだ」

「随分と年のいった弟子だね。珍しい」

 魔法使いの素質がある者は、大半が子供の頃に見出される仕組みになっている。
 テレーゼのように二十歳以上になってからというのは、実はかなり珍しいケースであった。
 勿論、一人もいないわけではないのだが。

「家庭の事情での」

「お前……『バウマイスター伯爵の戦利品』か。元フィリップ公爵が、今まで魔法を習えなかった環境? おかしくはないか?」

 しかし、このブリザードのリサは口が悪い。 
 テレーゼに関する世間の噂を、本人の前で平気で口にしてしまうのだから。
 それでも彼女の情報もちゃんと入手している辺り、やはり超一流の冒険者は油断ならないという事か。

「おかしいと言われても、妾はフィリップ公爵として英才教育を受けた身、そういう事もあるのだと理解してもらうしかないの」

 さすがはテレーゼ、上手く秘密をはぐらかそうとする。

「冒険者に事情があるように、貴族にも事情があるというわけじゃの」

「カチヤはどうなんだ? 前に会った時よりも、大分魔力が上がっているんだが」

「うっ!」

 いきなり標的が自分になり、カチヤは顔を青くさせる。

「さあての。それはカチヤ本人にでも聞いてくれ。案外、師匠の教育が悪かったのではないか? ブランタークが指導したら、こういう結果になったのじゃし」

 テレーゼは、上手くはぐらかしながらもブリザードのリサへの口撃も忘れない。
 いくら相手が高名な魔法使いとはいえ、口の利き方に腹を立てたのであろう。
 さすがは、フィリップ公爵をしていた人物だ。

「おい、テレーゼ……」

「何じゃ? カチヤ。妾は、客観的に事実を述べているに過ぎぬぞ」

 それでも、お前の指導は下手だと断言しているのだ。
 ブランタークさんが言うのならともかく、魔法を習いたてのテレーゼに言われればブリザードのリサが激怒して当然だ。

「言ってくれるな……小娘……」

「妾はもう二十一で、世間では年増の入り口なのじゃがな。お主は、一体いくつなのじゃ?」

「貴様ぁーーー!」

 テレーゼは、わざとブリザードのリサを激怒させた。
 彼女が激高すると、周囲に冷気が広がる。
 どういう仕組みなのか? 
 人には寒気しか感じられないが、次第に庭にある草木やテーブル、椅子などが凍り始める。

「ブリザードのリサの二つ名は、伊達ではないの」

「小娘、謝るなら今のうちだぞ」

「なぜ謝る必要などある? 妾は事実を言っただけじゃぞ」

 ブリザードのリサの迫力に、テレーゼはまったく動じていない。
 逆に、向こうの激高ぶりを楽しんでいるかのように見える。

「弟子の様子を見にきて、妾に喧嘩を売ってどうするのじゃ? それに、庭の草木もテーブルも椅子もバウマイスター伯爵家の資産じゃ。感情に任せて凍らせるのはどうかと思うしの。少し頭を冷やせ……もうこれ以上は冷えぬか」

「……」

 ブリザードのリサは、使う魔法とは違って激高しやすい人物のようだ。
 貴族に対してこれだけ傲慢な態度を取れるのは、それだけ彼女が冒険者として高名な証拠かもしれない。

「もう少し落ち着かぬと、いつまで経っても結婚できぬぞ」

「おいっ! テレーゼ!」

 カチヤが止めに入るが遅かった。
 誰もが容易に想像がついたが、間違いなくブリザードのリサに一番言ってはいけない禁句がそれであるはず。
 彼女は、今までの激高した表情から一気に無表情になっていく。

「うわぁ……姉御がこの表情になったら……」

 今までにも経験があるのであろう。
 カチヤはブリザードのリサの顔を見て、この世の終わりだという表情を浮かべる。

「魔法が使えるようになったばかりで、随分と粋がっているようだね。魔法の世界に貴族も平民もない。わかっているのかい? 小娘」

「少しばかり鍛錬の期間が長いからといって、無駄に威張りくさっておるのか。これだから、『大年増』は困るの」

「よくぞ言った、私が叩き潰してやる」

「ベテランは、いつか新人に敗れ去る定めじゃ。安心して破れるがいい」

 なぜかブリザードのリサの弟子訪問が、テレーゼとの決闘へと変化してしまう。
 なぜそうなるのかと、俺も含めてみんな何も言えずにただ二人の口論を注視するのみであった。

「あのぅ……お話のケリがついたのなら、少しばかり助けていただきたいのですが……」

 そして不幸にも、ブリザードのリサの冷気で足元が凍りついてしまったエルが、俺達に助けを求めるという情けない出来事も発生するのであった。




「テレーゼさん、さすがに無謀では?」

「残された時間で、何とか殺されないレベルになれば問題あるまい」

 果たして、水と油だからなのか?
 売り言葉に買い言葉で喧嘩になったブリザードのリサとテレーゼは……もう面倒なのでリサで省略するが、魔法による決闘をする事が決まってしまった。

 さすがにまだテレーゼは素人なので、決闘は一か月後。
 リサはそれまでは魔の森で稼ぐと、本来の目的であるカチヤへの挨拶も碌にしないで魔導飛行船乗り場に向かってしまった。

 いくら何でも、高名な魔法使いにまだ才能は未知数のテレーゼでは勝てまいとエリーゼは心配するのだが、当の本人は涼しい表情のままだ。

「妾の魔力はまだ成長途上にある。ヴェンデリンよ、妾を効率よく成長させい」

 魔力を成長させるイコール、そういう事を頻繁にしろという意味である。

「そういう意図? ずるいなぁ」

「ルイーゼよ、それもないとは言わぬが、妾はとりあえずはあの年増女の疑念を逸らす事に成功したのじゃぞ。少しは感謝せい」

「疑念?」

「忘れたのか? あの年増女、優秀な魔法使いゆえに、カチヤの魔力が増えた点を気にしておったであろうに」

「そういえばそうだったね」

 なぜ結婚したカチヤの魔力が増えたのか?
 少し考えれば、自然と俺の方に疑問の矛先が向く。
 テレーゼは、わざとリサに喧嘩を売って一時的ではあるがそれを防いでくれたわけだ。

「でも、一時的じゃないか」

「どうせ、これからは隠し切れまいて。今は、あの年増をどうするのか考える方が先じゃ。ヴェンデリン、あの年増女も嫁にするか?」

「ごめんなさい。無理すぎます」

 あの格好もどうかと思うが、なぜああも喧嘩腰なのかが理解できない。
 それに、あの人はいくつなのであろうか?

「ブランタークさん」

「俺もいらねえからな、あんなキツイ女。向こうもゴメンだろう?」

「そっちじゃなくて、年齢ですよ」

 さすがにそれは、俺でも理解している。
 ただ彼女の年齢を聞きたかっただけだ。

「確か、三十歳になるかならないかだな。そうだよな? カチヤ」

「ええと、姉御は誕生日が春だから、今はギリギリ二十代だったと思う」

 テレーゼにまで大年増扱いされたリサは、もう数か月で三十歳になってしまう。
 加えて、あの強気というか喧嘩腰な言動、彼女が三十歳までに結婚できる可能性はかなり低い。

「あたいが姉御に教わっていたのは十五歳の頃、姉御も二十五歳くらいだったな」

 その頃から、この世界では色々と言われ始める年齢になったので、カチヤはその事に触れないようにしていたそうだ。

「普段はサバサバしていい人なんだけど……」

 食事中に、同業の男性冒険者が独身なのをからかったら、座っていた椅子とテーブルごと氷漬けにされてしまったのを見てしまったそうだ。

「ブリザードに相応しいというか……」

「姉御もバカじゃないから、表面だけ凍らせるんだけど」

「それにしても迷惑だ!」

 不運にも鎧の足の部分を凍らされてしまったエルが文句を言う。
 もし足の中まで凍らされていたら、それこそ障害事件になってしまう。
 文句を言って当然であろう。

「でもさ、あの人と結婚する男性っているの?」

 ルイーゼの疑問に、全員が黙ってしまった。

 少々派手だが、美人ではある。
 だが、恐ろしく気が強い。
 怒ると、対象を氷漬けにする。

「ないわ。俺はないわ」

「俺もあるわけがない。そんな事は十五年も前にわかっていた」

 エルからすればハルカの対極にいるような人物だし、ブランタークさんにその気があれば、とっくに彼女は既婚のはずだ。

「一か月後に来襲があるのじゃから、それまでに妾は特訓をせねば」

 というわけで、テレーゼの特訓が始まった。
 朝早くからブランタークさんの特訓が始まり、夕方までにかなりの量の魔力を使い果たす。
 そして夜には……。

「妾の相手を毎日する事により、妾の魔力が上がっていく。これはよしとして、独占するとエリーゼ達に悪いからの。ヴェンデリン、気張れよ」

「そんな事だろうとは思った」

 なぜか俺がとても疲れる羽目になっていたが、テレーゼはそのせいもあって次第に魔力が増大していく。
 魔法の習得も、恐ろしく早い。
 正直、羨ましい限りの才能である。

「覚えるのが早いし、才能あるんだな」

 教えているブランタークさんも、テレーゼの成長に驚きを隠せなかった。

「とはいえ、まだリサさんには勝てませんわよ」

 現時点でのテレーゼの魔力量は、中級の上であった。
 杖は俺の予備をプレゼントしたので、それを使っている。

『これは、婚約指輪の代わりかの? まあ公にできぬ関係ゆえに、こういうプレゼントの方がありがたいというわけじゃ』

 俺から杖をもらったテレーゼは嬉しそうだ。
 取得する魔法はブリザードのリサに対抗してか? 
 火系統の魔法をメインに練習していた。

「火魔法にしたのは対抗心からじゃの。時間もないから、他の魔法を練習している暇がないわ」

 ただ魔法を使うのではなく、リサに対抗可能なレベルの精度と威力を持つ魔法を覚えるのに一か月はとても短い。
 色々と覚えるよりも、リサの氷結系魔法に対抗するための火魔法に集中した方がいいという結論のようだ。

「それにじゃ。どうせ負けなのじゃから」

「確かに、勝つには難しいですわね」

 いくら才能があっても、練習期間一か月で二十年以上も魔法の練習をしているリサに勝てるはずがない。
 リサだって、十分に天才に分類される魔法使いなのだから。
 テレーゼは、それを誰よりも理解していた。

「というわけで、適当なところで止めてくれよ」

 どうやらテレーゼは、本当に俺の能力を隠すためにだけ喧嘩を売ったようだ。

「時間は稼げたが、さてどうやってあの女を丸め込もうかの。そちらの方が難題じゃて。そして、ヴェンデリンは頑張ったの。冒険者パーティドラゴンバスターズの戦力半減じゃ」

 テレーゼがそう言いながら笑っているが、テレーゼにばかりかまけているとエリーゼ達に悪いわけで、そちらへの配慮も必要というわけであって……。

「悪阻がこんなに辛いとは……」

「私も駄目。ギブアップ」

「これじゃあ、ボク達は暫くお休みだね」

「私も、テレーゼさんに魔法を教えていると吐き気が……」

 エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、カタリーナの四名が妊娠した。
 慶事なのに、妊娠だとやはりまだピンとこない部分もある。

 俺が男だからであろうか?
 見た目ではまだわからないので、もっとお腹が大きくならないと実感がわかないのかもしれない。

「私は、年齢的な理由でもう少し遅くてもいいと思う」

「あたいは、これでも新婚だから。特訓もあるし」

 妊娠していないヴィルマとカチヤに、エルを合わせてようやく四名。
 これでは、ローデリヒも魔の森探索を認めてくれないであろう。

「私は戦力にはならないわよ。エリーゼさん達のお世話もあるし。ほら、私は二人子供を産んでいる経験者だから」

 いや、さすがに俺もアマーリエ義姉さんを冒険者にしようとは思っていない。
 子供を産んだ経験者なので、エリーゼ達の傍にいて世話などをしてほしいからだ。

「さすがにアマーリエは戦力にはしないであろうよ。それよりも、そなたは妊娠せぬな」

「私は色々とまずいもの」

「貴重な畑じゃ。頑張って産めばよいではないか。エリーゼ達の次に」

「高齢出産にならない?」

「アマーリエ、そういう事をあの年増女の前で言うと殺されるぞ」

 そういえば、アマーリエ義姉さんはリサよりも年下であった。

「あの年増はもうすぐ三十、妾も前は年増の入り口などと揶揄されておったが、アレがおると気が楽になるの」

「小娘! 私はもうここにいるんだよ!」

 実は、今日は決闘当日であった。
 そこで、リサは早めに屋敷に顔を出していたのだが、テレーゼは彼女がいるのをわかって挑発していたのだ。

「畜生! 十代で結婚して妊娠だと! すげえムカつく!」

「姉御、少し落ち着けよ」

「カチヤ! あんたに言われたくないよ!」

「あたいにどうしろってのさ! 姉御は!」

 リサはエリーゼ達の妊娠に、やり場のない怒りを覚えているようだ。
 カチヤが止めに入るが、ここで新婚の彼女が止めに入っても意味がないどころか、余計に火に油を注ぐ結果になる。
 別に俺だって、リサを怒らせるためにエリーゼ達を妊娠させたわけじゃないし。

「予告どおりに、ぶちのめしてやる!」

 結婚できない鬱憤を胸に、リサはテレーゼとの決闘を始める。
 本当は魔法使い同士なので避けるべきなのであろうが、そこは俺、カタリーナ、ブランタークさん、導師の四名が間に入る事になった。

「テレーゼ様、頑張ったんだがな……」

「普通、こんな短期間でここまで強くならないのである」

 毎日魔法の鍛錬を欠かさず、俺との夜の生活も欠かさずに魔力量を増やし、今では上級の下くらいまで魔力量が増えていた。
 魔法に関しても、ただ使えるだけの魔法も入れると恐ろしい進歩を遂げたと思う。

「ただなぁ……」

 それでも、今のカタリーナよりも少し少ない程度の魔力を持つリサに勝てるはずがない。
 その前に、経験の差で圧倒されるであろう。

「また短期間で魔力が増えているな……小娘をぶちのめしてその秘密を探ってやる!」

「ちっ、思い出しやがった」

「ヴェンデリン、そう都合のいい話はないぞ。妾が勝って大人しくさせるのは……」

 テレーゼが口籠ってしまう。
 まあ、ほぼ百パーセント不可能であろう。

「先に撃たせてやる」

 リサも、自分がテレーゼに負けるとは思っていないようだ。
 お手並み拝見とばかりに、先に魔法を撃てとテレーゼを挑発する。

 一見油断しているようにも見えるが、リサほどの達人だと先に撃った対戦相手から瞬時に多くの情報を収集してしまう。
 かえって、先制した方が不利になる場合もあるのだ。

「それは好都合、唯一覚えた大技を見せてやろう」

 テレーゼが杖を構えると上空に巨大な火の玉ができ、それは徐々に大きくなっていく。
 直径二メートルほどになると今度は炎が青白く変化して、今度は温度も上がっていった。

「小娘、思ったよりもやるけど、なんでそこまで魔力を込めるんだよ?」

 この一撃に全てを賭けるとばかりに、テレーゼはほぼ大半の魔力を上空の火の玉に込めている。
 火の玉の大きさも、再び直系十メートルほどにまで成長した。

「小さな魔法をチマチマと撃っても勝てぬからの。食らうがいい!」

 テレーゼは、上空に完成させた巨大な火の玉をリサに向かって振り下ろす。

「ったく! これだから素人は!」

 この火の玉を無効化するには相当な魔力量が必要なはずだが、リサは瞬時にブリザードの魔法を展開してそれを火の玉にぶつけていく。
 両方がぶつかる度に、大量の水蒸気が辺りに広がる。
 決闘の場は住宅街の建設予定地なので草しか生えていなかったが、それらは全て水蒸気に当たって萎れてしまった。

 俺達もそれぞれに『魔法障壁』を張って、水蒸気を防ぐ。

「旦那、すまねえ」

「いやあ、凄かったね」

 火魔法を懸命に覚えたテレーゼと、氷魔法の達人リサのぶつかり合い。
 威力はとんでもなかったが、既に勝負の決着はついていた。

「魔力切れで降参じゃ」

 火の玉魔法にほぼ全ての魔力を注ぎ込んだテレーゼが、リサに両手をあげて降参したのだ。
 魔力切れで他に切り札もない以上、テレーゼの判断は正しいと言える。

「降参?」

「勝てぬ勝負を続けるつもりはないのでな。では、これにて失礼するぞ。相殺のつもりが、少し寒いの。アマーリエにお茶でも淹れてもらうかの」

 呆気ないほど簡単に降参したテレーゼは、そのまま屋敷に戻ろうとする。

「おい! 待てよ!」

「何か用事か?」

「私が勝ったんだから、素直に魔力が増えた秘密を喋れよ!」

「妙な事を言うの、お主は」

 テレーゼは、『なぜそんな事をお前に教えねばならないのだ』という表情をする。

「私が勝ったじゃないか!」

「お主は勝負は挑んできたが、勝敗の条件など何も言っておらぬだろうが。お互いに、魔法の研鑽に励んだ。有意義であったの」

「ぷぷっ!」

「確かに……くくっ! リサは何も言っていなかったな」

 テレーゼからの指摘に、導師とブランタークさんは懸命に噴き出すのを堪えているようだ。

「私の一か月は何だったんだよ!」

「そんな事は知らぬわ。別に遊んでいたわけでもあるまいて。魔の森で狩りでもしていたのであろう?」

 情報はギルド支部から入っている。
 彼女はブリザードのリサに相応しく、大量の魔物を氷漬けにして倒したそうだ。

「確かに稼げたが、魔力の秘密を教えろ!」

 リサがテレーゼにつっかかろうとすると、導師とブランタークさんが止めに入る。

「リサ、テレーゼ様は帝国から預かった大切な客なんだ。何かあったら、外交問題になるぞ」

「ううっ……」

 リサはバカではないようで、ブランタークさんからの忠告で身を引いてしまう。

「それならば、カチヤ!」

「えっ? あたい?」

「お前も、魔力が増えているじゃないか!」

 妊娠したエリーゼ達も合わせ、テレーゼだけ贔屓するわけにもいかず全員を平等に相手にした結果である。
 カチヤも、中級の上まで魔力量を上げていた。

「教えろ!」

「姉御にも言えないから」

「はあ? 言えないだと!」

「しまった!」

 リサがカチヤに詰め寄ろうとしたので、俺は咄嗟に二人の間に割って入ってしまう。

「カチヤは、この俺バウマイスター伯爵の妻だぞ。さすがに、これ以上は無礼だろう」

「旦那……」

「大丈夫か?」

「うん」

 上手く割って入れたようで、カチヤには被害はなかったようだ。

「くっ! そうきたか! しかし、私は納得しないからね!」

「ならば、俺が代わりに決闘をする。俺が勝てば大人しく弟子の結婚を祝って帰れ。俺が負けたら、秘密を教えてやろう」

「その条件受けた! 私もそれなりに経験を積んだ魔法使いだ。そう簡単に勝てると思わない事だね」

 結局、俺はリサと決闘をする羽目になるのであった。




「伯爵様、勝てないとは思わないが、どうやって戦うんだ?」

「そこは臨機応変にですよ」

 俺とリサとの決闘は、彼女の魔力が回復した翌日に行われた。
 場所は、テレーゼと決闘をした住宅街開発予定地の草原だ。

 決闘で大量に発生した水蒸気で草がすべて枯れていたが、どうせ開発をおこなうので気にする事はない。
 戦いを始める前に、立会人役のブランタークさんがどうやってリサに対抗するのかと聞いてくる。

「相手がブリザードだから、大火力でもぶつけますか?」

「それは止めた方がいいぞ」

「どうしてです?」

「見ている方が、水蒸気で視界が遮られてな」

「そんな理由で?」

「その前に、『魔法障壁』で防がないと水蒸気で火傷するってのもあるし」

「ブランターク殿の言うとおりであるな。某は、視界不良で勝負が見えない方が嫌なのである!」

 導師にも釘を刺されてしまい、他の手でリサに対抗する事になる。
 こうなるのは、俺の魔法教育のためというやつなのであろうか?

「年下に負けるとは思わないけどね」

「具体的に一回り下、年齢が約半分のガキには負けないとか言わないので?」

「バウマイスター伯爵、凍らせるよ!」

 やはり年齢の件は鬼門のようだが、嘘は言っていない。
 今の俺が十七歳で、リサは二十九歳なのだから。

「では、勝負開始だな」

 ブランタークさんが宣言し、導師が合図の火の玉を上空に上げてから決闘開始だ。
 合図をしてから、二人は見学にきているエリーゼ達の近くまで下がった。

 俺達の勝負の巻き添えを食らうと思ったのであろう。

「殺すと問題になるからね。凍らせて身動きを取れなくしてやるよ!」

 先制攻撃はリサの方であった。
 すぐに俺の周囲の温度が下がっていく。
 足元を見ると、枯れ始めた草や地面に霜が降りていた。

 そして、俺のローブにも薄氷が付着し始める。
 このままでは、数秒と経たずに氷で動けなくなってしまうはずだ。

「さすがだな。二つ名持ちは」

 俺はすぐに、火系統の魔法を利用して自分とその周囲の温度を上げてローブについた氷を溶かす。
 肌寒さもすぐに消えた。

「(反撃だ)」

 今度は逆に、リサに対して似たような氷魔法で反撃をする。
 前に師匠が言っていた、相手と同じ魔法で攻撃して動揺を誘う戦法だ。

 徐々にリサとその周囲の温度が下がり彼女の服や装飾品に霜や薄氷が付き始める。

「ブリザードの二つ名を持つ私に氷で攻撃とは、舐めた真似をしてくれるね!」

「勝負は勝てば問題ないだろうが。そういう事に舐めたもクソもないし」

「クソっ! 思ったよりも威力が……」

 テレーゼとの決闘とは違い、俺との決闘はビジュアル的には地味であった。
 見た目には、二人で対峙したまま動かず、お互いに温度を下げて凍らせようとしているだけだからだ。

 相手を氷で動けなくしようとしながら、自分に付いた氷を溶かして落としている。
 魔法が使えない人から見れば、とても地味に見えてしまう。

「魔法が使える人から見れば、とても高度な勝負をしているのですが……」

「エリーゼ、魔法を習いたての妾からすると大変地味に見えるの」

「テレーゼさん、一見お互いにあまり変化はないですけど、この時点で双方はかなり大量の魔力を使っていますから」

 相手を凍らせようと魔力を使い、自分が凍らないように魔力を使う。
 二つの相反する系統の魔法を行使しながらなので、高度な魔法戦なのだとカタリーナはギャラリーに説明をする。

「こういうのを千日手という」

「そこまでは時間は伸びないでしょう。魔力量に限界あるし」

「このままだと、ヴェル様の勝ち」

「ボクもそう思う」

 ヴィルマとルイーゼの予想は正しい。
 このままお互いに地味な魔法の応酬を続ければ、魔力量が少ないリサの方が先にガス欠になる。
 決着も地味だが、双方が大威力の魔法を放ち合うと事故が発生するかもしれないし、周囲への迷惑もある。
 俺は配慮のために、こういう決闘をする必要があるのだ。

「くそっ!」

 そしてこの状況に、リサの方が焦ってきた。
 ここで無理に大きな魔法を放ったところで無駄どころか魔力切れを早めるだけ、このままだと魔力切れで負けるのがわかったからであろう。

「少しばかり大魔法を放てるガキかと思えば……」

 確かに魔法使いとしての経験はリサよりも少ないが、内乱に巻き込まれたり、師匠と戦って死にかけたりと苦労はしているのだ。
 その辺の部分も加味して勝負を受けて欲しかった。

「お得意のブリザード魔法でもどうぞ」

「……」

 あとは、このままの状態を維持するだけだ。
 焦って攻撃魔法など放たなくても、待っているだけで俺の勝ちである。
 どう頑張っても、先に魔力が尽きるのはリサの方なのだから。

「この野郎……ガキの癖に焦って攻撃してこない……」

「内乱の経験が生きているからさ」

 それもあるが、実は中身が既に三十代後半だからでもあった。
 俺はリサよりも老練……だよな?

「でも、それだけでは芸がないか……」

 相手は実力も名声もある魔法使いだ。
 こういう勝ち方だと納得しないかもしれない。

 いや、人の秘密を探らないように圧倒的な実力差を……向こうの敵愾心を折る必要があるかもしれない。
 そうなると、彼女の得意技はその名の通りに氷の魔法。
 実はこれ、水系統と風系統の合成魔法なのだが、彼女が自然現象などを参考によく研究して己の武器にしている。

 こちらを真似すると俺に勝ち目はないのだが、一つだけ彼女に勝てる要素が存在する。

「(それは、絶対零度の概念……)」

 温度を決める原子の振動が最低になり、その動きが止まった温度の事を差す。
 自分で言っていてわけがわからないが、高校生の頃に科学の先生が授業で説明していたような……あれ? 物理の先生だったかな?

 とにかくだ。
 リサの周囲だけに限定して、絶対零度にして囲む。
 間違えて彼女を凍らせないように慎重にだ。

 ブリザードのリサクラスの魔法使いを殺してしまうと、あとで王国から何を言われるかわからないからだ。
 損失分を補填するため、無料働きしろとか言われたら堪らない。

「まだ魔力には余裕がある」

「化け物か。このガキは」

「いいえ、色々とあるしがらみや苦労の分だけ、俺は魔力を増やしていく」

 毎日の鍛錬と、様々な面倒事が俺の魔力を増やしていくのだ。

「あまり羨ましくないな……魔力が多いという点だけは羨ましいが」

 俺は、決闘相手であるリサにまで同情されてしまう。
 その間にも、俺の『絶対零度』魔法は徐々にリサの『暖房』魔法を押しやり、彼女の周囲十メートルほどが絶対零度の環境に変化する。

「くっ!」

「少しでも動くと死ぬぞ」

「何いっ!」

 試しに落ちていた木の枝を絶対零度エリアに放り投げると、それは液体窒素に漬けたバナナのようになってしまう。 
 俺が魔法で小石を飛ばしてぶつけると、凍った木の枝は瞬時に粉々に砕けた。

「氷魔法、相性がいいな」

 前世で、学校の成績が3(五段階で)だった理科の知識でも役に立つのだから。
 ついでに、もう一つ魔法を思いついた。

「(名付けて『液体窒素』魔法)」

 空気中にある空気を圧縮して、それを液体窒素にする。
 いや分離が出来ないから『液体空気』か。

 俺が空中で作った『液体空気』が地面に落ち、それを被った岩が凍りつく。
 それにも魔法で小石をぶつけると、枝と同じく粉々に砕けた。

「降参していただけるとありがたいのですが?」

「クソっ! 私はブリザードのリサなのに……」

 リサが両手を挙げたので彼女の周囲に張り巡らせていた絶対零度ゾーンを解除し、俺は決闘での勝ちを決めた。

 だが、ここでとんだミスをしてしまう。
 お互いに頑張ったのでここは握手でもと柄にもない考えでリサの元に向かったのだが、彼女は大きなダメージを受けていた。
 いくら効果を除外されていたとはいえ、周囲を絶対零度の冷気に囲まれていたリサは自分の体を守るために体を魔法で温め続ける必要があった。
 その時には、服や装備品などは後回しとなり、俺が絶対零度を解いてから急に装備品が温めたわけで……。

 急激な寒暖の差に曝された服や装備品は、脆くも崩れ去る事となる。
 ここで、大人気ない態度を見せてもと俺と握手をしようとしたリサは、身につけていた物がすべてボロボロとなって崩れ落ち、その裸体を俺達に曝す事となった。

「キャーーー!」

 慌ててその場にしゃがみ込むリサ、そして想像もつかないほど女らしい悲鳴をあげるリサ。
 更に俺は、彼女の秘密を知ってしまう。

「下……生えていないんだね……」

「わぁーーーん!」

 俺に秘密を見られてしまったリサは、大声で泣き出す。
 せっかくの決闘も、何やら締まらない結末を迎えてしまうのであった。




「今日は、色々と凄いものが見られたのである」

「導師、色々か?」

「左様。まずは、バウマイスター伯爵のブリザードを圧倒する冷気」

 それは、俺の微妙な科学知識のおかげだ。
 絶対零度に、液体空気の製造と。
 いくら極寒の地でもマイナス五十度くらいが限界なので、それを参考にしているリサが俺に勝てないのは当たり前だ。

「次に、まるで女のように悲鳴をあげるブリザードのリサか」

 運よく、リサの裸はギャラリーから距離が相当離れていたのと……。

「ブランタークさん、見ては駄目ですよ」

「伯父様、ご勘弁を」

「エル、見たいだろうけど駄目」

 すぐに、イーナとエリーゼとヴィルマによって目を塞がれたので見えなかったようだ。

「(という事は、あの件は言わない方がいいな……)」

 あの件とは、リサに下の毛がない事だ。

「それにしても、あれから妙にしおらしいな……」

 状況が状況なので、すぐにリサは女性陣によって屋敷に連れて行かれ、お風呂に入らせてから、こちらが用意した服を着て、熱いマテ茶を飲んでいた。
 今までのゴージャスな服が崩れ去ってしまい、特徴的であったイケイケ顔を表現していたメイクも、お風呂上りなのでスッピン状態になっている。

 年齢的に見て大丈夫なのかと思うと、実は彼女、化粧を取るとかなりの童顔だ。
 テレーゼよりも少し上くらいにしか見えない。
 そして、なぜか妙に大人しくしている。

 アマーリエ義姉さんが準備したお茶をチビチビと啜りながら、オドオドとした態度でこちらをたまにチラチラと見ていた。

「俺、そんなに怖がらせ過ぎた?」

「いや、その程度で怖がる奴じゃないと思うけど……」

 俺よりはリサに詳しいブランタークさんも、今の彼女の態度には首を傾げる。

「カチヤはどう思う?」

「いや、あたいもこんな姉御は初めてだな。皆目見当がつかない」

「さあ、クッキーが焼けましたよ」

 大人しいままのリサに、アマーリエ義姉さんが焼いたクッキーを持って来る。

「今日は、チョコチップとドライフルーツ入りよ」

 共に、魔の森産の食材を用いて作ったクッキーで、最近王都のお菓子屋で流行している品であった。

「美味しいです」

 リサは、まるで小リスのようにクッキーを食べている。

「妙に可愛くなったね」

「そうね、化粧で女は化けるというけど……」

 ルイーゼとイーナは、変わりに変わったリサを不思議そうな目で見ていた。
 メイクがバッチリの頃はドギツイ系の美人だったのに、今は可愛い美人という感じであったからだ。
 なぜかまだビクビクしているが、年上なのになぜがみんなの保護欲を誘ってしまう。

「どういう事なのでしょうか?」

 さっぱりわけがわからなかったが、それは上手くアマーリエ義姉さんが聞き出してくれた。
 色々と甲斐甲斐しく世話をしてくれた彼女にだけは、リサが心を開いたのか?
 小さな声で耳打ちして事情を話している。

「なるほど……そうなのですか……わかりました」

 リサから事情を聞いたアマーリエ義姉さんは、俺達にそれを説明し始める。

「リサさんは、ああいう格好をしないと人見知りするそうなのです」

 アマーリエ義姉さんの説明は続く。
 その昔、とある村に女の子が一人生まれたが、その子は極度の人見知りであった。
 特に男性相手では、実の父親と後に生まれた弟以外とは碌に話せなかったらしい。

「せっかく魔法の才能があるとわかっても、人見知りは治らなかったようで」

 リサは、このままだと冒険者になって社会に出ても碌に仕事にならないと悩んだ。
 更に、結婚も不可能なのではないかと。

「そこで、派手なメイクと服装で強気な女性を演じていたそうです」

「随分と堂に入った芝居だな」

 ブランタークさんが、今の今まで気がつかなかったのだ。
 確かに、凄い演技力というか、自己催眠能力だと思う。

「衣装がなくなり、メイクも落としたので通常に戻ったと?」

「そういう事のようね。そうよね? リサさん」

 アマーリエ義姉さんが聞くと、リサは『うんうん』と首を縦に振る。
 その仕草は、かなり可愛かった。

「可愛いね」

「そうよな」

 ルイーゼの感想に、テレーゼも賛同する。

「もうすぐ三十歳とは思えないほど見た目が若いしの。そんなメイクはせぬ方がいいと思うぞ」

「……なるほど。テレーゼ、メイクを取ると男の人と話せないそうよ」

「それで、メイクをすればあの性格か。難儀なものよの……」

 共に偏り過ぎて、どちらもいい結果を生んでいない。
 確かに、難儀といえば難儀である。

「……わかったわ。ヴェル君」

「はい、もしかしてやり過ぎたのかな?」

 続けてリサが、アマーリエ義姉さんに何かを耳打ちする。
 俺は、リサに決闘の件で文句を言われるのかと思った。

「そうじゃなくて、決闘の件は決闘だから仕方がないって。そうよね?」

 アマーリエ義姉さんの問いに、リサは再び首を可愛く降る。
 しかしこの人、なぜ派手な服装と化粧がないと碌に男性と話すら出来ないのであろうか?
 物凄く不思議でならない。

「それよりも、決闘の後で私の裸を見たから責任を取れって」

 続けてリサのささやきを聞いたアマーリエ義姉さんは、とんでもない爆弾を投下する。

「ああ。前にそんな事を言っていた人がいたなぁ……」

「そんな事もありましたわね……」

 俺に風呂場で裸を覗かれた経験があるカタリーナが、思い出したように呟く。
 ブリザードのリサとの決闘に勝ったのはよかったが、俺は新たな難儀を背負い込む事になるのであった。
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