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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
150/205

ヴァレンタイン記念SS ヴェンデリン、敗北す!

 帝国の内乱が終わり、俺達は普段の生活に戻る。
 冒険者として狩り、アーネストの付き合いで地下遺跡探索、バウマイスター伯爵領内の土木工事、たまに貴族としてのお仕事と次々にこなしていく。

 ローデリヒが上手くスケジュールを組んでくれるので、特に混乱などは発生していない。
 季節は冬、ここは大陸南部なので暖かいが、謝肉祭と新年が過ぎ、月が変わったところでとある客の来訪を受けていた。

 バウマイスター伯爵邸の客間に案内すると、その人物が軽い口調で聞いてくる。

「何か、いい商売のネタはないかなと思うんだ」

 その人物とは、バウマイスター伯爵家の筆頭御用商人であるアルテリオさんであった。
 貴族家における御用商人は、一人だけという家と複数いる家に別れる。

 うちは複数派だが、筆頭で取引量も多いアルテリオさんの名前は王都では有名になった。
 他にも御用商人がいるのは、ある種のやっかみを防ぐためでもある。

 導師の次男であるヘンリックも、順位は低いがバウマイスター伯爵家の御用商人に任命された。
 彼は、内乱中に増やした小型魔導飛行船三隻を使って、バウマイスター伯爵領内中に人と物を縦横無尽に運んで稼いでいるそうだ。

「何か不安定要素でも?」

「不安定じゃないけど、チョコレート事業は少し方針変換だな」

 魔の森で採れるカカオを材料にしたチョコレートが王都で売れているが、バウマイスター伯爵領の開発が進んで冒険者が持ち寄るカカオの量が増えた結果、チョコレートの値下がりが起こっているらしい。

「そんなに採れるものなんですか?」

「木から実を取っても、三日と経たずに元に戻るらしいぜ」

「恐ろしい繁殖力ですね」

「雑草よりも凄いよな」

 カカオなんて、地球では需要の増大で大幅な値上がりが確実視されているというのに。
 それが自然で採り放題なんて凄いと思う。
 採りに行って魔物に殺される人も一定数いるので、それだけが入手困難な理由なのだけど。

「値下げは問題ないんだ。うちからすれば」

 一番最初にチョコレートの製造技術を確立し、高級品は王族、大貴族御用達となっている。
 あとは、富裕な平民層などのターゲットに、量産品を生産して売る時期が来たのだとアルテリオさんが語る。

「値段も大分下がって、下級品なら平民でも月に一度くらいは食べられるようになったわけだ。ただ、それが王都の住民全てに周知されているわけでもない。やはり、高嶺の花だと思っている人も多いわけでな」

「つまり、普及のためには何か宣伝が必要だと?」

「さすがは、バウマイスター伯爵様だな。商売に詳しい」

 俺は貴族なので商売の才能を褒められてもどうかと思うのだが、これでも昔はそういう仕事をしていた自負もある。
 嬉しくないはずはなかった。
 あの社畜としての日々は、決して無駄ではなかったのだ。

「チラシでも撒いて宣伝しますか?」

「それもするけどよ。実は、何かチョコレートを購入する理由、イベントをデッチあげようかと」

「えっ?」

 俺は、アルテリオさんの発言に嫌な予感がした。
 確か、今は新年になってから月が変わったばかりのはず。

「(という事は、バレンタインか?)」

 しかし、なぜこの世界の人間であるアルテリオさんがバレンタインなどと。
 実は、俺に隠しているけど彼も地球からの転生者なのか?

 いや、それなら俺の意見など聞く前にもっと自分で色々とやっているはずだ。

「どうかしたのか? バウマイスター伯爵様」

「少しだけ考え事を……」

 俺は、考え込みすぎていたらしい。
 アルテリオさんに心配されてしまった。

「他のチョコレートを製造する商会とも組んで、『聖ヴァレンティーン祭り』を盛り上げようかと」

「えっ? その人って?」

 確か、俺に日本式クリスマスの普及を決意させた、暗黒の宗教祭り『謝肉祭』の元となった人物のはずだ。

「有名な聖人だな。彼の奥さんも、なかなかに優れた逸話を残した人でな」

「へえ、そうなんですか」

「バウマイスター伯爵様って、教会の名誉司祭だろう? 知らんのか?」

「いいえ、サッパリ」

 寄付して本洗礼を受けたら勝手に命名されただけで、教会の事なんてまったく興味がないのだから。
 教会の長い歴史に比例して、聖人だの、優れた功績を残した偉人だと、評価されている過去の人達は多い。
 人数が多いので、よほど興味がなければ全員覚えるのは大変なはずだ。
 試験にでも出て、ある程度点数を取らなければ留年するのなら、頑張って一時的には覚えるけど。

 俺は、限りある記憶力で覚える必要などないと思っている。
 人にとって一番大切なのは、今と未来である。
 過去を振り返る必要などない。
 と、高校の頃の日本史の教師が言っていた。

「普通、少しは勉強するんだが……。ええと、奥様?」

 俺の無知ぶりに呆れたアルテリオさんが、エリーゼに話しを振る。

「そのために私がいるのだと思います。ヴァレンティーン枢機卿の奥様は、ご自身も貧しい子供達に手作りのお菓子などを配るなど、夫であるヴァレンティーン枢機卿の活動を手助けしていました」

 二人は、その気になればいくらでも豊かな生活が送れるのに、常に清貧な生活を送り、奉仕活動のためにお互いに贈り物すらしなかったそうだ。

「お二人は、お互いにわかっていたのです。そのような贈り物をしなくても、互いに愛し合っていたのを」

 ところが、例外的に奥さんが一度だけ贈り物をした事があるそうだ。

「先に病気で亡くなったヴァレンティーン枢機卿の棺に、奥様は手作りのクッキーをそっと添えました。夫婦となって、初めての贈り物だったのです」

 過去の聖人の逸話を、うっとりとした表情で話すエリーゼ。
 確かに俺も、『いい話だなぁ』と思う。
 特に、女性なら堪らない種類のお話であろう。

 ここで『子供のために作って余ったクッキーくらい、旦那にやればいいじゃん』とか思ってはいけないのだ。

 周囲に視線を送ると、ハルカ、イーナ、ルイーゼ、ヴィルマ、カタリーナもその逸話に感動しているようだ。

「素晴らしい、愛の物語ですね」

「手作りのクッキーというところがいいわ」

「二人の間には、本物の愛があったんだね」

「感動した」

「私、このお話を知っていますけど、いつ聞いても素晴らしいですわ」

 もし俺が死ぬと、棺の中が手作りクッキーで一杯になるかもしれない。
 そのくらい、みんな感動していた。

「それで、その逸話とチョコレートに何の関係が?」

 ただ一人冷静なエルが、アルテリオさんに質問をする。
 やはり、女性と男性では思考経路に差があるのかもしれない。
 エルは、その逸話に感動したという表情を見せていなかった。

「だからさ、ヴァレンティーン枢機卿の亡くなった日に、チョコレートをだな……」

「チョコレートは関係ないんじゃ?」

「それを言うと、何も始まらないじゃないか」

 商売のためには、時には強引さも必要なのは俺にでもわかる。
 アルテリオさんの提案は、平民は一家でチョコレート菓子やケーキなどを購入してみんなで食べる。
 富裕層や貴族などは、女性が男性にチョコレートを贈れるようにしたらどうかと。

「夫、婚約者、父親、兄弟、世話になっている屋敷の使用人とかにでもいいな。貴族なら、単価を落としてチョコレートを大量に買ってくれるかもしれないし」

 やはり、そのまんまバレンタインであった。
 何となくチョコを贈る相手が義理に傾いているような気もするが、昨今の日本でもバレンタインのチョコを色々な人に贈りましょうという宣伝があったりした。

 世話になった人に贈る『世話チョコ』とか、家族に贈る『ファミチョコ』、友達に贈る『友チョコ』とか。
 明らかに売り上げを増やそうとする製菓メーカーの陰謀なのだが、元々バレンタイン自体が製菓メーカーの陰謀なのだ。
 そして、何が怖いのかと言えば……。

「(チョコの贈り先が、いつ恋人にチェンジするかだ。いや、夫や婚約者も有りとアルテリオさんが言っている以上は、そうなるのに時間はかかるまい……)」

 もしそうなれば、かなりの男性が暗黒のバレンタインを迎える事となる。
 そう、俺の前世において、バレンタインというものが『義理、母ちゃん九十九パーセント』であったかのようにだ。

「(思えば、義理チョコばかりだったな……)」

 明らかに三倍返し……今は五倍や十倍返しもあり得る、ホワイトデー目当ての義理チョコの群れに、唯一気を許せたのが母からの義理チョコくらいであろうか。

 本命は、大学生時代に彼女から貰えた一度だけ。

 就職したら、また社内の女性社員達からの義理チョコが。
 社内で貰えない奴は、よほど嫌われているか、いつ消えてもおかしくないと思われている奴のみという。
 貰えなければ社内に居場所はないが、しかし貰えば三倍以上返しが基本の義理チョコだ。

 一か月後のホワイトデーに俺の財布を薄くするのみで、バレンタインなど俺から言わせれば敵でしかなかった。

 仕事も、チョコの輸入業務で忙しくなるし。
 みんな輸入物のチョコに幻想を抱きすぎだ。
 中にはとんでもなく低品質の物があり、クレーム多発で俺達は商品の回収と販売先に頭を下げるのに奔走する事となる。

 欧米は商業ルールがしっかりしている?
 苦情を言うと、なぜか逆ギレする欧米人の担当者は意外といる。
 もう終業の時刻だからと、途中で電話を切って帰ってしまう奴もいるし。

 うちのせいじゃなくて輸送方法が悪いからとか平気で責任転嫁する中国人よりは少ないけど、無責任な性格に人種は関係ないのかもしれない。 

 とにかく、バレンタインには碌な思い出がなかった。

「(しかし、なぜ急にアルテリオさんがバレンタインに似た企画を?)」

 もしかすると、俺が転生した影響でバタフライ効果のようなものが?
 いや、穿ちすぎか?
 チョコレートを贈るイベントなんて、少し目端の利く商売人ならいつか思いつきそうだし。

「バウマイスター伯爵様、どうかな?」

「ええと……、試してみたらどうですか?」

「うん? 何かピンと来ないのか? でも、いつもバウマイスター伯爵様の意見ばかりに頼っていてもな。駄目元でやってみるよ」

 こうしてアルテリオさんは、王都でバレンタインモドキの行事を取り行う事を決めた。
 俺は反対しなかったが、心の中では違う。

「(チョコなど好きな時に食べればいいんだ! 俺は、このバレンタインを絶対に潰すぞ!)」

 他の何を置いても、これだけは絶対におこなうと心に誓う俺であった。




「新しい行事? それが貴族の仕事なのか? ヴェル」

「いや、違うけどね……」

 早速俺は、バレンタインを潰すための行動に入る。
 とはいえ、エリーゼ達が感動するほどの謂れがある行事を正面切って潰すのもどうかと思う。
 大人気ないと思われそうだし、アルテリオさんもうちの御用商人なのだ。

 そこで、ここは別の行事を流行させて、『聖ヴァレンティーン祭りは定着しませんでした作戦』を実行しようと思う。
 手伝いにはエルを呼ぶが、彼には『聖ヴァレンティーン祭りは定着するか不安なので、他の行事を提案する』と嘘を言って協力させていた。

「うちの特産品なんだから、チョコレートの普及でいいんじゃないの?」

「チョコは美味しいから勝手に広まっていくさ。それよりも……」

 さて、バレンタインを潰すとなると、それを上回る魅力を持つ行事が必要である。
 日本におけてバレンタインが行われる二月と同じ月に行われる行事、それは勿論あの行事であるが、それを何とか普及させてバレンタインを潰そうと決意する。

 少々派手さに欠けるが、そこは上手く盛ってバレンタインに対抗しようと思う。
 どうせ、元の行事なんて知っている奴はいないのだし。

「そのヒントは、ミズホ公爵領に!」

 というわけで、エルと共にミズホ公爵領へと『瞬間移動』で飛ぶ。
 今回は二人だけでの移動だが、それは聖ヴァレンティーン祭りに傾きそうなハルカを同行させるわけにはいかなかったからだ。

 ミズホ公爵領は真冬で寒かったが、予想どおりにお店ではあの食べ物が発売されていた。

「煎った豆?」

「これなら、誰にでも買えるぞ」

「安いからな……」

 王都では、豆腐や湯葉を普及させるまでは家畜の餌での用途が一番多かった食材だ。
 この煎り豆を使う『節分』こそが、バレンタインに対抗可能な行事となるはずである。

 いや、俺がこの行事を育てるのだ。

「バウマイスター伯爵様は、『移節祭』に興味をお持ちなのですか?」

 ミズホ公爵領に到着後、ローデリヒ経由でミズホ公爵から俺の護衛任務を受けたタケオミさんが聞いてくる。
 今日の彼は、ハルカがいない事もあってテンションが低かった。

 ここまでわかりやすいシスコンは、ある意味貴重かもしれない。

「この移節祭を、王国に普及させるのだ」

「王国にですか? でも地味ですよ。移節祭って」

 由来は節分に似ている移節祭は、旧暦の季節の変わり目に炒った豆を撒いて邪を払い、撒いた煎り豆を年齢の数だけ食べると、その年は病気にならないと言われている。

 節分に凄く似ている行事であった。

「御社……もとい、教会でその年の恵方に豆を撒くので、みんな拾いに行きますけどね……」

 家族の誰かが全員分の豆を拾い、それを夜に分けて食べる。
 あとは、柊と魚の頭で作った飾りを家の入り口に飾るだけだとタケオミさんは説明する。

「ねっ? 地味でしょう?」

「確かに地味だ……」

「なあ、ヴェル。煎り豆でチョコレートに勝てるのか?」

 エルから耳に痛い指摘をされてしまう。
 確かに、美味しいチョコレートと、味も素気もない煎り豆では勝負にならない。

 やはり、元は節分でしかないので地味でバレンタインに押し潰されそうだ。
 日本でも、その傾向が強い。
 だが、それでも俺は奮戦しなければいけないのだ。

 この世界の未来の男達を幸福に導くために。
 俺のこの戦いは、決して誰にも理解されないはず。
 それでも、俺は戦う。

 この孤独な戦いを!
 バレンタインに似た行事を潰すために!

「不味くはないけど、美味くはないよな」

 エルは、店頭で購入した煎り豆を食べながらその感想を述べる。
 とりあえず買って味見はするようだ。

「キナコにした方が美味しいと思いますが」

 タケオミさんも、煎り豆がチョコレートに勝てるとは思っていないようだ。

「ミズホ公爵領では、バウマイスター伯爵様との縁で交易が盛んですからね。チョコレートなら、ほらあそこに……」

 本来、和菓子に似たミズホ菓子を売っている店舗に特設コーナーが出来て、そこにはチョコレートが置かれていた。
 値段は高いが珍しいという事で、多くの客で賑わっている。

「私はあまり甘い物は好きではないのですが、新製品の『抹茶チョコレート』は美味しいですね」

「(何だと!)」

 衝撃の事実である。
 日本人に似ているとはいえ、ミズホ人はもう輸入したチョコレートの改造に入ったのだから。

「本当だ……」

 店先の特設コーナーにはチョコレート菓子が置かれ、中には抹茶チョコレートが存在してる。
 試しに購入して食べてみるが、日本で食べた抹茶チョコレートそのものだ。
 物凄く美味しい……。

「他にも……キナコチョコか!」

 侮りがたしミズホ人! 
 何と既にキナコチョコもあり、他にもチョコ饅頭、チョコ大福なども販売されていた。

「見事な改良能力だな」

「ミズホ人は、外から導入した料理や食品の改良が大好きですからね」

 その辺も、日本人と大差ないようであった。

「これがもし輸出されるとなると……」

 物珍しいイコール、貴族なら大枚を叩いても買うという事だ。
 もしアルテリオさんが気がついて、聖ヴァレンティーン祭りで販売をしたりすれば……。

「このままでは勝ち目がなくなるぞ!」

 俺は、危機感を募らせていく。

「いやだから、チョコレートの原料であるカカオはうちの特産だから、売れた方がいいじゃないか」

 エルが正論を言うが、俺はチョコレートの普及に反対しているわけではない。
 この世界の希望のために、バレンタインモドキの普及を阻止するのが目的なのだ。

「こうなってしまった以上は、煎り豆だけではなくて他の食べ物も導入しよう!」

「俺には、ヴェルの考えがサッパリ理解できん」

「出来なくても、宮仕えとはそういうものだ」

 タケオミさんは、エルに諭すように言う。

「だから、こうして俺は動いていますけどね……」

「それでいいのだ、エルヴィンよ」

 なぜか、エルとタケオミさんの意見が一致しているようであったが、ならば好都合と俺達は三人で新しい行事の準備を行う事にするのであった。





「ふっ、俺は竜退治のバウマイスター伯爵だ。俺が勧める行事が、聖ヴァレンティーン祭如きに負けるとは思わない」

「ヴェルのその自信がどこから湧いてくるのか、俺は不思議でならない」

 それから数日、俺はバレンタインをこの世界に普及させないように準備を進めた。
 ローデリヒから言われた土木工事をこなしつつ、煎り豆と共に普及させる食品の準備を進めたのだ。

「そして、出来上がったのがこの『恵方巻』!」

「それって、太巻きですよね?」

 ちょっとミズホ公爵に貸してもらったタケオミさんが、大量に準備された恵方巻を見て質問してくる。
 ミズホ公爵領においても、移節祭で食べる恵方巻の風習は存在しなかった。
 日本でも、元々狭い地域でしか行われていなかった風習だ。
 海苔屋が仕掛けた行事とも言われ、この世界になくても不思議ではない。

「太巻きだが、当然中身は改良してある」

 王国の人達の味覚に合わせるべく、卵焼き、デンブ、キュウリなどの他に茹でエビ、スモークサーモン、ツナマヨ、から揚げなどを入れ、なるべく多くの人達の好みに合うように改良した。

「これで、チョコレートに勝てる!」

「そうか? ところで、この恵方巻とやらを食べればいいのか?」

「エルよ、ただ食べるのでは駄目だ。こうして、幸運が訪れる方向を向いてだな……」

 そのままかぶりついて、一人一本を食べる。
 こうする事によって……あれ? どうなるんだっけ?
 そういえば、恵方巻は知っていたんだが、食べるとどうなるのか知らなかった。

「……健康になる」

「何か、急に取ってつけたような返答だな」

 エルが、俺を疑わしい目で見始めた。

「とにかくだ! この風習を広げ、恵方巻を売るんだ! ついでに煎り豆も!」

 ヴァレンティーン枢機卿の命日に、王都では二つのイベントが推奨された。
 一つは、アルテリオさんとチョコレートを販売する商会、店舗などで行われる聖ヴァレンティーン祭。
 もう一つは、俺達が広めるべく努力している移節祭。
 こちらは、豆を撒き、恵方巻を食べる風習だ。

「きっと俺達の勝利となるはずだ! エル! タケオミさん!」

「はいはい。まさか、俺達が直接売り子をするとは……」

「宮仕えの宿命だな……」

 こうして、双方の宣伝合戦が始まったのだが……。



「普通に売れているな」

「売れているからいいじゃないか」

「というかさ、単純に恵方巻が珍しくて美味しいから売れてないか? 移節祭とか関係なくね?」

 エルの鋭い指摘が、俺のピュアな心に突き刺さる。

「客層も偏ってますよね……」

 念のためにアルテリオさん達の偵察を頼んでいたタケオミさんが戻って来て、気がついた事を指摘し始める。

「偏っている?」

「はい、聖ヴァレンティーン祭はほぼ女性客ばかり。こちらは、年配の方々と男性が多いですね」

「そう言われると……」

 こっちは女性客が少ない。
 珍しい食べ物だから家族に買って行こうという老人達に、男性は肉体労働系の人が多いような気がする。

「これ、片手で持ちながら食べられるし、ボリュームあっていいな」

「バウマイスター伯爵様、移節祭は関係ないですね。売れてますけど……」

「働くお父さん達の飯になっているな」

 確かに、売れてはいるが俺が意図した方向ではない。
 恵方巻は、仕事で忙しい男性が片手で食べられてお腹も一杯になると大人気になっていた。 

「幸運の方向を向いて、これを一本食べるのはいいんだけど、女性や子供や老人には辛くないか?」

「そう言われると……」

 お得感を出すために恵方巻を大きくしてしまったのが、女性や子供の支持を得られない原因なのかもしれない。
 切って食べればいいと言われてしまえばそれまでなのだが。

「孫にお土産で買って帰るかの」

「老人の支持はある」

「数人で食べるなら、切ればいいからな」

 売れているのに、なぜか釈然としない。
 それは、俺がただ新しい食べ物を売っているだけで、聖ヴァレンティーン祭打倒に繋がっていないからか?

「でもさ、売れているんだからよくないか? うちの特産品である米と南方マスの販売促進にもなるし」

 この恵方巻、米は増産中のバウマイスター伯爵領産を、スモークサーモンは同じく養殖事業を始めたバウマイスター伯爵領に生息するナンポウマスのサーモンを使っている。

「ミズホ公爵領としては、海苔とお酢の販売促進になったのでお館様も喜んでいましたが」

「じゃあ、結果的には大成功ですね」

「エルヴィンの言うとおりだな。よかったですね、バウマイスター伯爵様」

 いや、商売的には成功なんだけど、やはり釈然としない。
 ちょっと様子を見に、アルテリオ商会が運営するお菓子屋に自分で偵察に行くと、チョコレートとそれを使ったお菓子が物凄く売れていた。

 しかも、女性比率が多い。
 というか、ほとんど女性だ。

「この一番小さなチョコレートを三十個くださいな」

「ありがとうございます」

「女性から男性にチョコレートを贈る行事ですか。こういうのも面白いですわね」

 貴族のご婦人が、一番安いチョコレートを大量に購入していく。
 多分、家臣や使用人にでも配るのであろう。

「旦那様には、この大きいのを買って帰りましょう」

 まずい、いきなりしょっぱなから、日本のバレンタインに近づきつつある。
 このままだと、あと数年でバレンタインが多くの男性にとっての悲しみの日となってしまう。

「(だが、阻止する手が……)」

 チョコレートが売れれば、自然とバウマイスター伯爵領が潤い、それは開発の促進にも繋がる。
 俺は領主として、この行事を潰すわけにはいかないのだ。

「(何というジレンマ……)」

 その後は戻って、煎り豆と恵方巻の販売に、節分モドキの移節祭のアピールに努めたが、地味で馴染みがないという欠点を払拭できなかったようだ。

 恵方巻は売れたが、煎り豆はあまり売れなかった。

「酒のツマミになるかな?」

 少数の酒飲みが、安いからと購入していっただけであった。
 酒のツマミになる、ピスタチオやカシューナッツの低価格版だと思われたらしい。

「この煎り豆を撒くのですか? バウマイスター伯爵様、食べ物を粗末にするのは感心しませんぞ」

 なぜか煎り豆を購入した老人に説教されてしまった。
 正論なので言い訳できない。

「何だ? 浮かない顔だな、バウマイスター伯爵様」

 恵方巻は完売したので店じまいをしていると、そこにアルテリオさんが顔を出す。

「聖ヴァレンティーン祭は定着しそうだな。チョコレートの増産に勤しまないと。バウマイスター伯爵様も、新しい食べ物が売れてよかったじゃないか。しかし、自ら自領産の食材を売るのに、新しい料理まで紹介するとは……。こういう売り方もあるんだなって、感心したぜ」

 チョコレートの売れ行きがよくてご機嫌だったからかもしれないが、アルテリオさんは何か色々と勘違いしているらしい。
 俺が、バウマイスター伯爵領産の米とスモークサーモンを売るために、あえて恵方巻の紹介と販売を行ったのだと。

 確かに、調理方法を紹介しながら食材を販売する方法は日本ではポピュラーだけど、俺は聖ヴァレンティーン祭を打倒するために、恵方巻の販売を行ったのだ。

 それがわかってもらえないもどかしさを、俺は感じる。

「これとさ、バウマイスター伯爵様がよく食べているオニギリに、ミズホの和菓子、いなり寿司を組み合わせたお店をやろうかなと、今思いついたぜ。さーーーて、職人を貸して貰えないかミズホ公爵様に相談しに行こうっと」

 結局チョコレートも恵方巻も売れ、俺は損どころか大儲けなのに、なぜか敗北感しか感じられない。
 このままだと、聖ヴァレンティーン祭が本当のバレンタインへとなる可能性が高まったからだ。
 なのに、それを止められない領主としてのジレンマ。

 俺は敗北を認めざるを得なかった。

「片づけて帰るか……」

「商売に成功したのに、変な奴だな」

「そうですぞ、バウマイスター伯爵様。我がミズホ公爵領でも、商売などに出資して大損害を蒙る者が多く、『サムライ商売』などと揶揄されるのですから。成功するだけ素晴らしいかと」

「ただいま」

 屋敷に戻った俺は、まだ落ち込んでいた。
 聖ヴァレンティーン祭を潰せず、未来永劫モテない男性から聖ヴァレンティーン祭を考案して広めた戦犯として非難される事が決定したからだ。

 俺は頑張った……いや結果が全てなのだ。
 言い訳は止めよう。

「バウマイスター伯爵様、ハルカは元気なのでしょうか?」

 ここ数日手伝ってもらったので、俺はタケオミさんを屋敷に招待していた。
 彼も久々に妹の顔が見れると嬉しそうだ。

「元気ですよ」

 エルとの結婚式の日取りも決まり、今はその準備とエリーゼ達と一緒にいて料理などをする事が多かった。
 公式には、バウマイスター伯爵夫人方の侍女兼護衛という立場でもある。

「兄様ですか? お久しぶりです」

「ハルカ、元気にしていたか? エルヴィンが浮気していないか?  苛められていないか?」

「いいえ、まったく」

 エリーゼ達の傍にいるのに異邦人だからとハルカを苛めなどしたら、そいつはバウマイスター伯爵領にいられなくなってしまう。
 エルですか?
 ものの見事に尻に敷かれて、財布と胃袋も握られていますが、本人は何の不満も感じていません。

「そうか、元気ならいいんだ」

「兄様は、お館様とご一緒に太巻きを販売していたとか? 王国で売れるものなのですか?」

「王国の人達の舌に合うように改良はしてあったし、珍しいから完売したよ」

「そうですか、それはよかったですね。ああ、そうだ」

 ハルカは思い出したかのように、手に持っていたリボン付きの箱をタケオミさんに、続いてエルにも差し出す。

「アルテルオさんが、聖ヴァレンティーン祭なるものを始めたので、私も試しに購入してみたんです」

「「やったぁーーー! 聖ヴァレンティーン祭最高!」」

 ハルカからチョコレートを渡され、二人はなぜそこまでというほど大声を出して喜んでいた。

「聖ヴァレンティーン祭は必要な祭りですな」

「恵方巻は、普通に売ればいいじゃん」

 二人は、チョコレート一つで速攻で俺を裏切った。
 いや、その言い方は間違いか。
 聖ヴァレンティーン祭を潰すという野心は、俺しか知らないものなのだから。

「(これで俺は一人か……だが! バレンタインを潰すという野望は決して!)」

 そう、これは未来の男達に捧ぐ俺の戦いなのだ! 
 例え一人でも……という風に思っていると……。

「あなた、おかえりなさいませ」

 エリーゼ達が揃って俺を出迎える。

「アルテリオさんが始めた聖ヴァレンティーン祭に合わせて、今日はチョコレートを準備してありますよ」

「ホットチョコ、チョコアイス、チョコレートケーキ、チョコチップクッキー、他にも色々作ったわよ、ヴェル」

「食後にみんなで食べようよ、ヴェル」

「エリーゼ様の音頭で、みんなで作った」

「なかなかの自信作ですわよ」

 何と、エリーゼ達は俺のためにチョコレートを準備してくれたらしい。

「あなた、チョコレートはお嫌いでしたっけ?」

「いいや、大好きだよ。前から食べていたじゃないか」

「そうでしたわね。夕食の後に一緒に食べましょう」

「そうだね」

 俺は、即座に考えを変えた。
 聖ヴァレンティーン祭でチョコが貰えない?
 それは、甘えです。
 それに、一年、二年のスパンでチョコレートが貰えないからって騒ぎ過ぎ。
 人間、生きていればいつかいい事もあるって!

「(聖ヴァレンティーン祭大好き!)」

 その後、聖ヴァレンティーン祭は俺が死ぬまでに、日本のバレンタインとほぼ同じような形に落ち着き、恵方巻は他の海苔巻やいなり寿司と共に王国に定着。
 アルテリオさんが展開したお店も大繁盛する事となる。

 そして誰であろう、一番得をしたかもしれない人物は……。




「父上、バウマイスター伯爵様が宣伝をした恵方巻は売れました。オニギリや他の巻物なども王国で売れるでしょう」

「そうか。我がフジバヤシ家は、末端ながら上士となったのはいいが、お金がなくて困っていたところ。副業を何にしようか迷っていたが、分家を名目上のトップにして海苔の卸しと販売にするか」

「甘くないミズホ茶や、製菓材料としての抹茶にも需要が見込めます。乾物も扱ってはいかがでしょうか?」

「そうするか」

 ミズホ公爵領においても、下っ端上士程度だと色々と物入りなので生活もなかなかに大変だ。
 フジバヤシ家は、タケオミの進言で始めた、海苔、お茶、乾物の卸しと販売で後に大きな財を築く事となる。
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