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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百十二話 日常への帰還と、親子再会を手助けする。

「久しぶりに、冒険者兼業貴族生活に戻れるな」

「ヴェル、そこは貴族兼冒険者生活としておけ」

 両国による講和条約調印から二週間、王城への報告や多くの貴族達に囲まれた戦勝パーティーなどを終えて、俺達はバウマイスター領に帰還した。
 ミズホ公爵から招待された接待旅行などもあって、ようやくバウマイスター伯爵領に戻ってこれたというわけだ。

「しかし、なぜ王城で戦勝パーティーなんだ? むしろ王国軍は……」

「エル、それを言ってはいけない」

 王国軍の先遣隊が無様に負けた事実は、もう口にしてはいけないのだ。
 そこには、国家としてのプライドもあるのだから。

 俺達が内乱で大活躍し、後に合流したフィリップとクリストフも活躍して王国と王国軍の威厳が保たれた。
 その事実こそが重要なのだから。

「みんな、待っているな」

 屋敷の前まで行くとローデリヒ以下の家臣達が出迎えてくれて、今日からは『魔の森』の探索、領内の土木工事、少しの貴族としての仕事などを順番にこなしていく事となる。

 しかし、この一年と少しでえらくバウマイスター伯爵領も発展したものだ。
 バウルブルクの町も広がっているし、魔の森周辺には冒険者達が集う町とギルド支部が複数完成していて、そこを拠点に多くの冒険者達が集まって狩りや採集で多くの素材を集めている。

 そして、それが外部に販売されてバウマイスター伯爵領が潤うのだ。
 利益はまた開発に投資される。

 大規模な農地と、農民達が住む農村に、道の整備なども急ピッチで進んでいる。

 これら全ての流れを、バウマイスター伯爵家の家宰であるローデリヒが仕切っていた。
 おかしな貴族避けにエーリッヒ兄さんも手助けしていたが、ローデリヒ一人でも実務は何とかなったはずだ。

 つまり……。

「ふと思ったんだけど、別にローデリヒが領主でも構わなくね?」

「ヴェル……、お前がそれは言うなよ……」

 まさか、エルに窘められるとは思わなかった俺であった。




「ヴェル、それはないから」

 ふと、先ほどの話をエーリッヒ兄さんにしてみたのだが、彼の答えはノーであった。
 隣にいるローデリヒも頷いている。

「どうしてですか? エーリッヒ兄さん」

「バウマイスター伯爵領の開発は早いけど、それはヴェルが事前に基礎工事をしていたからだよ」

 それが終わっていたから、ローデリヒが通常の開発を効率よく行えていた。
 俺の留守中にも、計画どおりに開発工事が進められたというわけだ。

「エーリッヒ様の仰る通りです。新規に開発を始めるとなりますと、またお館様には土木工事冒険者して活躍していただかないと。それに、今の拙者はあくまでもお館様から全権を任された家宰として信頼されているわけです。ここで『拙者が新領主なので言う事を聞け!』と言っても無視されるでしょうな」

「そうなんだ」

 また、荒地を均したり、治水工事をしたり、道を作ったり、臨時の野生動物除けを作る工事が始まるのだ。

「前とは違って、素直に了承してくださいますな」

「内乱中に散々やったからだな」

 陣地構築の手伝いに、慰撫工作のために町の開発と、あれだけやればもう慣れたというものだ。

「なるほど、お館様は工兵としても優秀なのですな」

「敵に回すと怖いかもね」

 ローデリヒとエーリッヒ兄さんは、納得したような表情を浮かべる。

「それにだ。ヴェル達の戦果は大まかにはもう伝わっているんだよ。多分、今王国では一番威厳のあるというか恐れられている貴族だと思う」

 隣国の内乱とはいえ、普段のなるべく死者を出さない紛争とは違って本気で殺し合う戦争に参加して大活躍した。
 その事実は、王国の貴族達から畏敬の念で見られる最大の原因となっている。

「貴族は、戦争に勝てると尊敬され恐れられるからね」

「逆に負けると、色々と大変ですけどね」

 負けて評判が落ちたのは、昔に魔の森で諸侯軍を壊滅させた先代ブライヒレーダー辺境伯か。
 でも、当代がブロワ辺境伯との大規模紛争でそれを回復させている。

 元ブロワ兄弟は、その大規模紛争で没落した。
 だが、今回の内乱でフィリップは優秀な指揮官として名をあげている。
 クリストフの軍政能力も評価された。

「無様に惨敗したレーガー侯爵家は、役職を世襲できなくなる可能性があるらしい」

 強硬に出兵論を主張して、王国軍にも多大な犠牲を出している。
 挙句に当主も戦死して家内は混乱の極致にあるそうで、このままだと軍務卿の役職が回ってこなくなる可能性もあるそうだ。

「逆に、敗残兵を纏めて内乱で活躍した元ブロワ兄弟は王宮でも評判がいいね」

 レーガー侯爵が犯した失態を上手く補ってくれ、帝国軍上層部からも名将だと評価されている。

 法衣貴族ながらも、昇爵と世襲職が与えられる事がほぼ決まっているそうだ。
 えらく王宮からの情報に詳しいと思ったが、そういえばエーリッヒ兄さんはルックナー財務卿の派閥だ。
 そこからの情報なのであろう。

「一戦の結果で、評価が乱高下ですか……」

「貴族は戦争に強くてなんぼという考え方だからさ。そんなわけで、今のバウマイスター伯爵領に表立ってちょっかいを出す貴族はまずいないね。私もとても楽だったよ」

「エーリッヒ様には、色々とお手伝いいただき感謝したしております」

「ローデリヒは優秀な家宰だよね。我が家にも欲しいくらいだけど、うちの家の規模だとそんなに仕事がないからなぁ」

 エーリッヒ兄さんは法衣貴族なので、在地貴族よりは仕事が少ない。 
 というか、職務はその貴族本人が主にそれを行い、家臣達はその補佐という役割分担なので任せるという部分が少ないのだ。

「私ももう少しで王都帰還かな。でも、いくつか厄介なのを背負い込んだよね?」

「エーリッヒ兄さんには隠し事は出来ないなぁ……」

 この内乱で俺が背負ったもの、まずはテレーゼの身柄であろうか?
 ただ、彼女に関してはペーターなどは俺が預かってくれて安心だと思っているし、王国側も何も言わない。
 彼女がメイドを一人しか連れて来ず、フィリップ公爵家とも連絡を取っていないので『もう終わった人』という認識のようだ。

 加えて、やはり彼女が女性なのが大きい。
 『選帝候として手腕を振るった才人だが、所詮は女性』という考えが王宮にはあるそうで、俺が戦利品として貰ってきたくらいの感覚なのだそうだ。

 フェミニストな人が聞いたら、大激怒しそうな意見ではある。
 この世界に、そんな人はほとんどいないけど。

「元公爵閣下の女傑か。確かにそんなオーラは感じるね。なかなかの美人だし」

 エーリッヒ兄さんはこう見えて女性評が厳しい方なので、テレーゼは美人で間違いないと思う。
 俺の評価が甘いという事はないようだ。

「領主館傍の屋敷を購入され、そこで静かにお住まいです。念のために監視兼護衛は付けてありますが、メインは護衛ですね」

 彼女に何かがあるとバウマイスター伯爵家の責任になるので、ローデリヒが気を利かせたようだ。
 やはり、彼が家宰でよかったと思う。

「テレーゼ様はさほど厄介でもありません。むしろ、フィリーネ様です」

「ううっ……」

 彼女も今は屋敷で生活している。
 すぐに、父親であるブライヒレーダー辺境伯に会わせるというわけにはいかないからだ。

 大物貴族の私生児騒ぎなどよくあり、その中には詐欺も多い。
 うちの家臣が証拠の品と共に説明を行い、それを彼が承認したとしてもそう簡単には再会といかない。
 相手は大物貴族なので、日時と場所を決めてフィリーネ側にも準備がある。
 娘なので、それに相応しい服装の準備などもあるのだ。

「お館様、フィリーネ様の貴族としてのマナーなどはどうなのですか?」

「エリーゼに任せたままだけど大丈夫だと思う」

 内乱で忙しい時には、お金を出して帝国貴族の奥さんに教育を頼んだりもした。
 紹介はあのランズベルク伯爵なので、おかしな事にはなっていないはずだ。

「親娘の再会は宜しいのですが、明らかに押し付けられますね」

「それはあるね。ブライヒレーダー辺境伯殿は大喜びだと思うよ」

 今までいなかった、年頃の娘である。 
 現時点で十歳なので、五年もすれば俺と結婚も可能であろう。

「母親の身分が低いから、序列が低くても何の問題もないからね」

 それが一番大きい。
 だから、ブライヒレーダー辺境伯に話を持ちかけられたら断わる理由を探すのは難しい。

「五年後まで、現実逃避しておきます」

「それがいいね」

「いいんですか?」

 俺は、エーリッヒ兄さんに思わず聞きかえしてしまう。

「大物貴族になると問題が山積みだからね。『はい』、『いいえ』で済む問題は直前まで放置しても構わないさ。五年後には状況が変わっているかもしれないし」

 俺よりも、嫁がせたい人が出るかもしれない。
 貴族の婚約など、実は簡単に取り消されたりするのだから。

「再会の儀式は明日だっけ?」

「儀式ですか……」

「大物貴族ってのは、何でも大仰だからね。儀式と呼んでも差し支えないかも」

 ルックナー財務卿をよく見ている、エーリッヒ兄さんらしい言い方だと思う。
 感動の娘との再会も儀式扱い、大物貴族とは大変だと思った。

「そして、一番の問題は……」

 あの魔族の事である。
 今は、ローデリヒに頼んで屋敷のある部屋に軟禁している。
 いや、その気になればあれだけ強大な魔力の持ち主だ。
 簡単に逃走してしまうであろう。

 何の事はない。
 彼はニュルンベルク公爵領内で発掘した遺跡や発掘品に対するレポートを書いたり、今度はバウマイスター伯爵領で自由に発掘できると喜び、昔の資料を引っ張り出して遺跡などの特定作業を行っていたのだ。

「あの者、国家に属しているとは思えませぬな」

「私もそれは感じた」

「彼を突き動かすのは知識欲なのでしょうね」

 出会ってから一か月以上も経つが、彼が魔族の国と連絡を取っている様子はない。
 それが可能な魔道具も持っていないし、そういう魔法を使っている気配すらなかった。
 ただ机に向かってレポートの記載や資料の解析に勤しんでいるのだ。

 唯一、三食出す食事には五月蝿かったが、ニュルンベルク公爵が好きだったミズホ料理を出すと文句を言わなくなった。
 今、彼の食事を作っているのはハルカである。

「そんな理由で、内乱に手を貸すのはどうかと思うけど……」

「本人は反省していませんよ」

 俺は、先ほど魔族の様子を見に行った時の事をエーリッヒ兄さんに説明する。




『アーネスト・ブリッツ、調子はどうだ?』

『ニュルンベルク公爵領内における、古代魔法文明時代の遺跡の分類。我が輩のレポートは順調に進んでいるのであるな。同時に、バウマイスター伯爵領内にある地下遺跡の特定作業も順調なのであるな』

 厳重に監視された領主館の一室で、魔族は分厚いレポートを執筆していた。

『そうか』

『おや、我が輩を殺人者だと糾弾しないのであるな』

『それを言うと、俺も相当な殺人者だからな』

 俺だけではない。
 導師も、ブランタークさんも、エル達も、あの内乱に参加したみんながそうであろう。

『我が輩は魔力は多いのであるが、その手の訓練は受けていないのであるな。あと、これは言い訳になるかもしれないのであるが、我が輩が発掘した地下遺跡は確かに軍の施設などが多かったのであるが、何も武器ばかり発掘したわけではないのであるな』

 そういえば、トラックや土木機械に似た魔道具なども多かった。
 俺もある程度鹵獲したが、大半は帝国軍の手に入っている。
 今は、戦後復興に使っているはずだ。

『得たナイフで料理をするか、人を刺すか。我が輩が、もう大人のニュルンベルク公爵に説く内容でもないのであるな』

『そういう考え方もあるのか』

 ニュルンベルク公爵は反乱を起こさずに、それらを使って国力を嵩上げすれば良かった。
 三十年もすれば、次の皇帝選挙で圧倒的な勝利を得られたであろう。
 それを出来なかった事が、彼の精神が均衡を欠いていた証明かもしれない。

『もう終わった事だな』

『であるな』

 いつまでも仮定の話をしても仕方がない。
 二人の考えは一致する。

『それで、バウマイスター伯爵領はそんなに遺跡が多いのか?』

『今、そちらからの資料と合わせて解析しているのであるが、比率は他の王国領域と変わらぬのであるな』

 他の王国領域は、既に発掘されてしまった遺跡が多い。
 逆にバウマイスター伯爵領は、元は未開地なので未発見の遺跡が多いというわけだ。

『特に南部には、古代魔法文明時代に高技術を誇ったアキツシマ共和国があったのであるな』

『アキツシマ共和国?』

『今のミズホ伯国……、今はミズホ公爵領であるか。彼らの先祖であるな』

 魔族の話によると、ミズホ人の先祖は魔の森付近で従属国ではあるが自治性の高い国家を運営していた。
 だが、古代魔法文明の崩壊と共に未開地には暫く人が住めなくなり、今の場所まで移住する羽目になったそうだ。

『その遺跡が、未開地には沢山あるのであるな。調査と発掘が楽しみであるな』

『そうか、まだ外に出るなよ』

 反乱が終わった直後である。
 もう暫くは、この部屋で大人しくしていて欲しいものだ。

『幸いにして、する事も多いので心配無用であるな。考古学者は何も発掘だけしていればいいわけでないのであるな』

 フィールドワークとデスクワーク、共に重要で、数か月くらいなら普通に待てるそうだ。

『ここは食事がいいので快適であるな』

 この魔族も、ニュルンベルク公爵と同じで食事は薄味で脂っこくないものが好みのようだ。
 ハルカが作るミズホ料理を気に入っている。
 互いに利用し合う関係だけであった両者であるが、皮肉な事に食事の好みは合っていた。
 もう少し腹を割って話し合えばよかったのにと、俺は思わないでもない。 

『俺達も、内乱が終わってようやく地元に戻れた。冒険者として魔の森を探索もする。地下遺跡の発掘くらいなら手伝ってやる』

『それは嬉しいのであるな。我が輩、魔力は多いのであるが荒事は苦手なのであるな』

 魔力の多さで普通の敵を相手にしている分には無双できるのであろうが、エリーゼの『過治癒』を食らったように、この魔族には戦闘経験が圧倒的に足りなかった。
 遺跡発掘に、俺達の力を借りるのを恥とは思っていない。
 むしろ嬉しそうで、つまり彼は軍人ではないという事だ。

『この部屋に籠っている間に、我が輩が持参した昔の資料と、バウマイスター伯爵が持ってきてくれた今の資料を擦り合わせて、地下遺跡の位置を特定しておくのであるな』

 最後にそう言うと、魔族はレポートの執筆に没頭してしまう。




「とまあ、こんな感じです」

「学者だねぇ……。王都のアカデミーにも、そんな学者さんは多いよ」

 エーリッヒ兄さんは予算執行の仕事でたまにアカデミーに赴いていて、そこにいる学者先生とは話をした事があるらしい。
 アーネストも、それと同類だと思っているようだ。

「頭は物凄くいいのですが、どこか浮世離れしていますよね」

「ローデリヒの表現が一番適切かな?」

「ところで、一つ気になるのですが」

 ローデリヒが真面目な表情になって、俺に質問をしてくる。

「魔族を匿っている件を、帝国と王国の上層部は知っているのでしょうか?」

「知っているよ。陛下には話してあるし、帝国ももう気がついたと思う」

 王国には報告済みだし、あのペーターに長期間偽装が通じるはずはない。

「よく取り上げられませんな」

「取り上げられないんだろう? ヴェル」

「はい」

 戦闘は苦手とは言っているが、もし強引に拘束して発掘品の情報などを引き出そうとすれば、彼は全力で抵抗するはず。
 エリーゼの『過治癒』は、最初だから通用した手だ。
 あの頭のいい魔族には二度と通用しない。

「物理的に、俺、導師、ブランタークさん、カタリーナ、エリーゼ、ルイーゼか、これに匹敵する戦力をあの魔族を監禁するために割けるのかという問題がある」

「確かに、それは難しいですな」

 そんな戦力を常に貼り付けられるはずがない。
 ならば、彼が逃げないような環境を作り出すべきである。

「なので、バウマイスター伯爵領の地下遺跡というわけだ」

「ほぼ未発掘なので、全て調べるには時間がかかりますか」

「そういう事」

「難儀な方ですな。バウマイスター伯爵家の利益にはなるので、お館様の方針には賛成ですけど」

 いや、俺の方針というか、結果的に腫物扱いで押し付けられたのかもしれない。
 あの魔族が住んでいた国は魔道具技術が発展していて、専門家でもない彼でもかなりの事ができた。
 この情報と合わせて、地下遺跡発掘の成果も王国に疑われないようにどうせ定期的に提供しないと駄目なのだから。

「帝国の方はどうなのです?」

「扱いが難しいだろうね」

 公表すれば、帝国住民の大半はニュルンベルク公爵と同罪だから処刑しろと言うはず。
 もしくは、監禁して賠償代わりに帝国の地下遺跡を発掘させろと。

 だが、そんな事を無理矢理すれば、アーネストが全力で抵抗する可能性が高い。

「今の帝国だと、抵抗するアーネストを討てても損害が大きすぎます」

「そうでなくても、今の帝国は魔法使いが不足しているからね」

 内乱で、俺達がどれだけ帝国の魔法使いを殺したか。
 初級や中級だって、しかるべき場所で活躍すれば普通の人の数百倍から数千倍の活躍をするのだ。
 それがゴッソリといなくなり、今の帝国は魔法使いの数が大幅に不足している。

 最後の地下遺跡攻略の時など、十歳以下の子供まで動員してブランタークさんが魔法を教えながら戦力化していたのだから。
 しかも彼らは、帝国復興のために各地で忙しく働く羽目になる。

 アーネストを監視する人手など、そう簡単に集められるはずがない。

「だから、ペーターはあえて知らんぷりをしている可能性があります。むしろ、アーネストの件を問題提起されるのを嫌がるでしょう」

 知られて騒がれれば、対応しないといけないのだから。

「いつもの日々に戻るには時間がかかりそうですな。まずは、一個ずつ解決するとしますか」

「そうだね。私も、まだこの地に残留しろとルックナー財務卿から言われたしね」

「色々とですか。まずは、感動の親娘再会か……」

 最近、全く顔を合せていなかったが、フィリーネをブライヒレーダー辺境伯に会わせないといけない。
 まるでテレビでやっている親子感動再会番組のようだと、俺は思ってしまったのであったが。





「バウマイスター伯爵様、お父様はどんな方なのでしょうか?」

「ええと、文系の人かな?」

「あなた、そういう言い方ですとフィリーネさんにはわかり辛いですよ。お優しい方ですから」

「(優しい人が、こんなに娘を放置するかな?)」

「(エル、俺もそう思ったが、それを大きな声で言うてはならぬ)」

 本日、ようやくフィリーネとブライヒレーダー辺境伯との面会が行われる。
 普通に会えばいいような気もするが、大物貴族ともなると忙しいのでアポを取るだけで色々と面倒だ。

 ブライヒレーダー辺境伯は大物貴族であり、彼らは例外なく忙しいのでスケジュールの調整もあるし、フィリーネ側の準備もある。
 ブライヒブルクにある屋敷まで『瞬間移動』で飛ぶ前に、エリーゼ達が姦しく話をしながらフィリーネを着飾っていた。




『お父様への印象をよくするために、ドレスはあまり派手な色はいけません。かと言って、暗い色でも駄目なので水色とか?』

『エリーゼ、アクセサリーは?』

 イーナはリーダーであるエリーゼに、沢山あるアクセサリーからどれを選べばいいのか聞いていた。
 貴族としての常識に則った、それでいて相手に好印象を与えるコーディネート。
 こういう時に頼りになるのは、やはり経験のあるエリーゼであった。

『素材は銀が主体の物がいいでしょう。派手なのは駄目ですけど、安物はよくありません』

『リボンとかカチューシャは?』

『お父様と同じ銀色の髪を強調するために、あまり髪を隠すのはよくありません』

『でしたら、私が綺麗に梳いておきます』

『お願いしますね、カタリーナさん』

『私、髪が毎朝爆発していますので慣れていますのよ』

 カタリーナは、自分の櫛でフィリーネの髪を梳き始める。
 手つきが慣れているのは、カタリーナの髪が寝ぐせで爆発していて、毎朝それを自分で直しているからだ。

『エリーゼ様、靴は?』

『ヴィルマさん、靴は綺麗に磨いてください』

『わかった。足元の手を抜くと、相手に侮られるから?』

『よくご存知ですね』

 ヴィルマが念入りに靴を布で磨き始める。
 エリーゼは、ヴィルマが意外と博識なので感心していた。
 エドガー軍務卿の義娘なので知らないはずはないのだが、彼女にはそういうイメージが薄かったのだ。

『あとはマナーだけど、これはもう遅いか……。ヴァーゼル子爵夫人の手腕に期待だね』

 内乱の後半、結局戦場には連れて行けないという理由で、フィリーネは帝都在住の貴族家に居候をしていた。
 ペーターが引き込んだ宮廷貴族ランズベルク伯爵の紹介で、教育込みで面倒を見てくれる貴族に預けたのだ。

 ヴァーゼル子爵家は帝国においては平凡な貴族ではあったが、家の歴史が古くて貴族としてのマナーや教養に詳しかった。
 ヴァーゼル子爵夫人は七十歳を超えた温和な老婆で、上手くフィリーネを教育してくれたはず。

『フィリーネ、また成長した?』

『はい、ルイーゼ様。少し背が伸びました』

『羨ましいな。あと、ボクの事は様付きで呼んでは駄目だよ。キミは貴族の娘になるんだから』

 ルイーゼも俺の奥さんなので、互いに身分的な優劣はほとんどない。
 だから、さん付けで呼ぶようにと忠告する。

『はい、わかりました』

 そんな感じで、フィリーネは女性陣に着飾られてブライヒレーダー辺境伯家館の客間で父親を待っていた。




「でも、ちょっと不安だよな」

「何がだ?」

「いやさ、フィリーネって母親の身分が低いでしょう?」

 着飾ったフィリーネと共にブライヒレーダー辺境伯の登場を待っていると、不意にエルが自分が感じた懸念を語り始める。

「ブライヒレーダー辺境伯はともかく、奥さん達は大丈夫なのかな?」

「うーーーん、どうかな?」

 エルの懸念は、『お館様が外で作った娘ですって。本当なのかしら?』、『まあ、母親が下賤な平民だと娘も下賤に見えるのね』と嫌味を言って苛めるとか。

 『あなたをブライヒレーダー辺境伯家に迎えるのは、お館様が言うから仕方なくです!』とか言い、『いいですか? あなたはお情けで養われているのですよ!』と、奥さんとその子達にも苛められる。

 こんな未来を予想してしまったようだ。

「(メイドと一緒に屋敷の手伝いとかさせられて、食事も最後に冷たい残り物とか出されてとか……)」

 昔の日本のドラマなら、寒い中手を霜焼けにさせながら拭き掃除を行い、食事は一人で大根葉入りの雑穀飯を食べるとかであろう。

「(うわぁ。ありそうで怖いな)」

 フィリーネがいるので、聞こえないように小声でエルと話を続ける。
 もし彼女がそんな境遇になるのであれば、会わせなければよかったと後悔してしまいそうだ。

「(大貴族だからそんな事はないと思いたいけど、逆に言うと苛めても誰も非難できないだろう?)」

「(それはあるかもなぁ……)」

 俺とエルの頭の中で、次第にブライヒレーダー辺境伯の夫人や子供達に苛められる光景がハッキリと映像化されてしまう。

「(ううっ……、実は会わせない方がフィリーネにとって幸せとか?)」

 俺の心の中に、後悔の念が浮かんでくる。
 もしそうなったらどうしようか?
 ブライヒレーダー辺境伯には恩があるけど、そういうのを見逃すのはどうもな。
 フィリーネとは内乱中に出会って、俺もエリーゼ達も面倒を見ていたのだし。

 うちで面倒を見て、成人したら自由に人生を選ばせるという手もあったのだ。

 そんな事を考えていると、エリーゼが俺の服の袖を引っ張ってくる。

「あの……あなた……」

「どうしたんだ? エリーゼ」

「あの……後ろ……」

「後ろ?」

 エリーゼに言われて後ろを振り返ると、そこには見覚えのある三十くらいに見える綺麗に着飾った女性が立っていた。
 少し年は取っているが、物凄い美人である。

「あら。バウマイスター伯爵様は、うちの旦那様よりもよほど文学的な才能に優れているのですね」

「あはははは……、お久しぶりですね」

 エリーゼが、俺とエルの会話を止めようとするはずだ。
 後ろに、俺達がフィリーネを苛めそうだと言った張本人が立っているのだから。
 滅多に顔を合せないし、昔は身分が上の人だったので、つい口調が昔のままになってしまう。

「そんな物語を、昔に読んだ記憶がありますわね」

「ええ、前にそんな話を本で読みましてね。なあ、エル?」

「はい、俺も珍しく本で読んで」

 俺とエルは、懸命に先ほどの失言を誤魔化そうとする。
 フィリーネを苛める意地悪ババア扱いしたので、何とか取り繕わなくてはいけない。
 わざとらしく笑いながら、先の発言を誤魔化そうと努力する。

「そうですか、昔の物語ですか、この娘がフィリーネね」

「初めまして、フィリーネと申します」

 フィリーネは、ブライヒレーダー辺境伯夫人に礼儀に則った挨拶をした。
 やはり、ちゃんとしたプロに任せて正解だったようだ。

「バウマイスター伯爵様、色々とお手数をおかけしまして」

「いえ、内乱中のためになかなかフィリーネに構ってあげられずに」

 まさか戦場に連れて行くわけにもいかなかったので、他人任せにしてしまった件を謝っておく。

「事情が事情なので仕方がないと思いますよ。しっかりとした方に預けていただいたようで。それにしても……」

 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネの顔をまじまじと見つめる。

「旦那様に目が似ています。髪の色も間違いないですわね」

 続けて、フィリーネの髪を手に取って確認する。

「旦那様には私を含めて六人の妻がいますけど、子供は男の子ばかり。やっぱり、女の子は可愛いわね」

 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネを気に入ったようだ。
 あくまでも、表面上はだが。

「バウマイスター伯爵様、ご安心くださいな。この娘は、あなたの奥さんになるのですから、成人するまで雑事で扱き使ったり、ボロを着せたり、残飯を与えたりはしませんので」

「ヴェルぅ、やっぱり聞かれてたよ……」

「(エルは黙ってろ!)あはは、俺は夫人がそんな事をするなんて微塵も思っていませんから」

 ここで狼狽えてどうすると、俺はエルに肘打ちをする。
 一度誤魔化すと決めた以上は、最後まで誤魔化し切らないと駄目なのだから。

「そうですわよね。それで、フィリーネが成人したら娶っていただけるので?」

「はい、それは勿論」

 こうなれば、笑って誤魔化すしかない。
 そして、将来フィリーネがうちに嫁に来る件に異議を唱えてはいけないのだ。

「「「「「……」」」」」

 エリーゼ達は墓穴を掘った俺を呆れた表情で見ているが、どうせこうなる事は予想していたんだと開き直る事にする。

「あの……、奥様」

「フィリーネ、私の事はお義母さんと呼んでね」

「はい、お義母様。それでお父様は?」

「今、ちょっと他のお義母様達とお話しているから、もう少し待っていてね」

「はい」

 お話とは言うが、大方の予想はつく。

「(バウマイスター伯爵様が思っていらっしゃる通りに、他の畑に無責任に種を撒いて面倒も見ていない旦那様に少しお灸を据えているだけですから)」

 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、持っていた扇子を俺の耳元で広げて他に聞こえないように小声で話す。

「(外で子供を作るのは構いません。特に待望の女の子ですからね。問題なのは、一切の面倒を見ないで放置していた事実です。まったく、シュルツェ伯爵様達にも漏れたと聞くではないですか。我が家のとんだ恥ですわ。日記や才能のない自作詩集なんて、一セントにもなりませんのに……)」

 シュルツェ伯爵達に漏れた件は、俺達が言うわけないが、あの人は案山子ではなく優秀な文官貴族であり、フィリーネを見ればある程度察してしまうというわけだ。

 ブライヒレーダー辺境伯がボロカス言われているが、確かに彼ほどの貴族が外で子供を作ってその子が十歳になるまで放置していたのだ。
 世間の評判を考えると、家を内を預かる夫人としては溜息ものなのであろう。

「(証拠の詩集を拝見しましたけど、確かにあの酷い詩を書けるのはうちの旦那様だけですわね)」

 それは、俺達でもそう思う。
 間違いなく、俺が書いた方がまだマシなはずだ。
 ブライヒレーダー辺境伯は、書籍評論のサロンではかなりの高評価を受けている。
 他人の作品は客観的に評論できるのに、自作の詩はその辺の五歳児にも劣る。
 というのが、夫人や家臣達からの評価らしい。 
 可哀想なので、本人には直接言わないそうだが。

「(ただ、さすがに今回は酷いので、『今度やったら詩集を出版しますよ!』と釘を刺しておきました)」

 あの詩集を出版する。
 もし俺が作者なら、自殺を一度は考えるはずだ。

「フィリーネ、お父様の詩をどう思うかしら?」

「とても素直に書かれていると思います」

 フィリーネの評価はある意味正しい。
 バカ正直に書かれているのは事実だからだ。
 どこまでもバカ正直に書いているので、詩としての評価は駄目なのであるが。

 もしかすると、数千年後に評価がひっくり返って天才詩人の称号を……などとは思えない。
 自分で言っていて、まずあり得ないと思ってしまう。

「あなたは優しい娘なのね。お母様の教育がよかったのかしら?」

 ブライヒレーダー辺境伯夫人は、フィリーネに隔意を持っていないようだ。
 喜んで受け入れるという態度を崩さない。

「(バウマイスター伯爵様、ご心配なのはわかりますが、フィリーネは女の子ですから……)」

 そうであった。
 彼女の存在は、次のブライヒレーダー辺境伯になるであろう夫人が産んだ長男の地位を侵さない。
 ライバルですらなく、むしろ政略結婚に使えるので大切にする価値がある。
 何とも現実的な理由ではあるが、逆に信用できてしまうのは皮肉かもしれない。

 俺も、貴族の世界にどっぷりと浸かってしまったようだ。

「旦那様をこれ以上待たせると可哀想ですか」

 ブライヒレーダー辺境伯は、フィリーネと顔を合わせるのにお預けを食らっているらしい。
 多分、それも罰の一つなのであろうが。
 夫人の合図で、室内にブライヒレーダー辺境伯が入ってくる。

「私の娘ぇーーー!」

 普段の冷静さはなく、ブライヒレーダー辺境伯は駆け足でフィリーネの元に駆け寄る。
 どうやら、よっぽど早く顔を見たかったようだ。

「旦那様、バウマイスター伯爵様が内乱中にも拘らず連れ帰ってきてくれてよかったですね」

「バウマイスター伯爵、本当にありがとう」

 ブライヒレーダー辺境伯は、涙を流しながら俺にお礼を言う。
 しかしながら、普段からは想像もつかないほど必死に見える。

「フィリーネ、私はあなたの父親です」

「お父様、初めまして。フィリーネと申します」

「素晴らしい挨拶です!」

 彼女の挨拶に、ブライヒレーダー辺境伯は勝手に一人で盛り上がっていた。
 親バカを誘発したのであろう。

 ただ普通に挨拶しただけなのに、俺も子供ができるとこうなるのであろうか?

「フィリーネ、今まで一度も会ってあげられず申し訳ありませんでした。お母さんは……亡くなったのですね……」

「はい。でも、私にはお父様がいますから」

「ええ。安心してください。もう二度とフィリーネに不自由させませんから」

 よほど娘が可愛いようだ。
 ブライヒレーダー辺境伯がとにかく必死過ぎる。

 あまりに必死すぎて、エリーゼですら少し引いているように見えた。

「旦那様、この娘は成人してもお隣のバウマイスター伯爵様のところに嫁ぐのですから」

 夫人は安心であると言いたかったみたいだが、なぜかブライヒレーダー辺境伯はこの世の終わりのような表情を浮かべる。

「えっ?」

「『えっ?』と言われましても……」

「フィリーネはまだ十歳なのですから、そんな話はまだいいではないですか」

「まだ十歳って……。うちのジーグルトもその年齢の時には、既に婚約者が決まっていたではないですか」

 ジーグルトとは、ブライヒレーダー辺境伯の嫡男である。
 まだ十二歳だと聞いているが、ブライヒレーダー辺境伯家ほどの大物貴族の嫡男なら、幼い頃に婚約者が決まっている事も珍しくない。

「ジーグルトは男ではないですか……。フィリーネは娘ですから……」

「一緒ではないですか! 顔を合わせた途端に過剰な庇護欲を出して! そうなるくらいなら、最初からちゃんと責任を取ってですね!」

「すいません!」

 ブライヒレーダー辺境伯の態度に夫人がキレ、あまりに怖かったので俺達は早々に撤退した。
 フィリーネも、他の夫人達に連れられて部屋を出ている。
 教育上、よくないと思われたのであろう。

「おっかねえなぁ……。大物貴族の夫人ともなると……。俺、戻ったら優しいハルカさんで癒されるんだ……」

 ブライヒレーダー辺境伯に怒鳴る夫人を見て、エルは一人現実逃避をしていた。
 俺もエリーゼ達で癒されよう。

「イーナさん。ルイーゼさん。ブライヒレーダー辺境伯夫人はあんなに怖い人だったのですか?」

「普段は温和な人だよ」

「あれは、ブライヒレーダー辺境伯様が悪いのよ」

 確かに、『自分の夫に隠し子がいて、もう十歳になりました』と聞いて冷静でいられる人は少ないと思う。

「それは言えてますわね」

 イーナとルイーゼの意見に、カタリーナは納得する。

「怒ると怖い部分は、エリーゼさんに似ていますか?」

「えっ? 私って、そんなに怖いですか?」

 どうなのだろう?
 俺は、あまり怒らせた事がないし。

「それよりも、フィリーネの嫁ぎ先がヴェル様に決まってしまった」

「あっ!」

 ヴィルマに指摘されて、今思い出した。
 夫人の俺の元に嫁がせるという提案を、一切否定しないまま部屋を出てしまったのをだ。

「五年後には、状況が変わっているかもしれないし……」

「ヴェル様、それはほぼない」

「ですよねぇ」

 それでも、今は現実逃避する事にする。
 貴族である俺には、他にも問題が沢山あったからだ。
 今は、親子の感動の再会を助けられた。
 それでいいじゃないかと思いながら、屋敷へと戻るのであった。
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