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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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正月記念SS

「新年を祝って乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 その存在意義に疑問を感じた『謝肉祭』から一週間後。
 暦では、新しい年へと移行していた。

 日本でいうなら正月だ。
 お節料理に、お餅に、近年ではカニ、マグロ、高級和牛などのご馳走も食べる。
 アメ横や築地を始めとする場所が多くの人達で賑わい、食品関係の商社マンであった俺も正月に関連する食材の仕入れで忙しかった。

 さて、この世界ではというと、教会の堅苦しい説教やミサなどもなく、子供は寝てしまうが大人は年越しパーティーを行う事が多い。

 除霊の後に手に入れたバウマイスター男爵邸の庭では、多くの料理やお菓子、酒、飲み物が大量に準備され、この日はローデリヒ以下屋敷の使用人達も自由に飲み食いしながら楽しんでいる。

「さすがは、バウマイスター男爵家の新年パーティーというべきかな?」

「本当、凄いご馳走だな」

「それなのに、あまり堅苦しくないのがいい。大物貴族家の新年パーティーには面倒も多いらしいからな」

「ヘルムート、お前は出席した事があるのか?」

「いいや、話に聞いただけだけど。パウル兄貴もだけど、俺がそんな席に呼ばれると思うか?」

「ないと思うが、念のために聞いてみたんだよ」

 招待したエーリッヒ兄さん、パウル兄さん、ヘルムート兄さんは奥さん達と共に料理と酒を楽しんでいた。

「バウマイスター騎士爵領での十二年間を思うに、これからはご馳走を食べてもいいのではないかと」

「あはは、うちの新年の料理は微妙だからね」

 エーリッヒ兄さんが、思い出したように軽く笑う。
 地方の貴族領でも、パーティーはなくても新年にはご馳走くらいは出る。

 バウマイスター家でもそうなのだが、せいぜい狩りで得た肉料理が多めに出るくらいで、王都で普段食べているレベルくらいの料理であった。

「でも、昔は楽しみだったよな。鹿肉のローストがちゃんと一人前出たし」

「そうそう、分家から購入したハチミツでイチジクを煮たデザートが出てな。王都に来るまで、あれ以上のご馳走はないと俺は思っていたな。王都で甘い物を購入したら、使われているハチミツの量がうちらしくて笑えたけど」

 パウル兄さんと、ヘルムート兄さんも昔を思い出しているようだ。
 そういえば一年に一度は、未開地から家に戻ると少しだけ豪勢な食事が出ていたのを俺は思い出す。

「しかし、金がかかってそうだな」

「勿論それなりにかかっていますけど、ちゃんと節約していますよ」

「ああ……、アルテリオ殿がいるのか」

 パウル兄さんの視線が、ローデリヒと談笑しているアルテリオさんへと向かう。

「それもありますけど、これのおかげですよ」

「魔法の袋?」

「はい、安い内に必要な食材を纏めて購入するんです。肉類は狩猟で得ましたし」

 日本でもそうなのだが、王国では庶民でも年末から新年にかけてご馳走を食べる傾向にあり、需要が増すのでその時期になるとほぼ全ての食材の相場が上がる。
 商売人からすると、年末こそが稼ぎ時というわけだ。

 だから、商社マン時代に取引先の社長に言われたことがある。

『正月で使う食材で保存が利くものは、遅くても十二月初旬までには買っておけよ』と。

 それを思い出し、俺は数か月前から新年のパーティーで使う食材の確保に余念がなかった。
 魔法の袋があれば賞味期限も関係ないので、最高の状態で食材が集められたのは幸運であろう。

「魔法の袋か……。汎用は、貴族家でも相当の上位じゃないと持っていないからな」

 魔法使いでなくても使える汎用のものは、作製に手間がかかるので値段が高い。
 まず、男爵以下の貴族はほとんど持っていないそうだ。

 お抱え魔法使いが持つ魔法使い用のものを使わせてもらうケースもあるそうだが、それだと魔法使いの所有なので貴族が持っている事にならない。
 自分の収納物で一杯という魔法使いも多いそうで、預かりを断わられるケースも多いそうだ。

「でも、そこまで希少性が上がるものなのですか?」

「ああ、それはうちのような商人が買い占めるからだな」

 パウル兄さんの代わりに、ローデリヒとの会話を終えたアルテリオさんが俺の疑問に答える。

「貴族家の魔法の袋は、せいぜいで一個か二個。容量もそれほど必要なわけでもない。だが、商人からすれば必須アイテムだぜ」

 食品の保存以前に、容量が大きいものを買えば数十トンの荷物でも袋一つで移動可能なのだ。
 大物になろうと考えている商人なら、借金をしてでも必ず買う物だそうだ。

「俺は、現役時代最後の老火竜退治の報奨金と素材代金の分け前があったからな。いきなり大容量の魔法の袋が購入できた。商人で、こんなに有利なスタートができる者は滅多にいないな」

 それでも商人には商才が必要だし、魔法の袋の代金はアルテリオさんが命がけで得たものだ。
 ただの商人志望者には、そんな事は不可能であろう。

「それで、その元相方のブランタークさんは来ないですね」

「あいつは、ブライヒレーダー辺境伯家のパーティーが優先だろう」

 庶民は各家庭だけで、あとは近い親戚も一緒にパーティーを行う事が多い。
 商人も大物になれば取引先を呼んで主催するし、同じような規模の同業者同士で数年おきに交代で行うケースも多い。
 貴族はある程度大身の家だけが主催して、そこに寄子が料理、酒、お祝い金などを持参するケースが多いそうだ。

「王都ブライヒレーダー辺境伯家屋敷でも、それなりの規模で毎年やっているからな。まあ、領地にある屋敷の方が本命だけど」

 どうやら屋敷の中でやっているようで、お隣のブライヒレーダー辺境伯家屋敷からは明かりが見えていた。

「辺境伯家ともなると二か所同時開催ですか、大変ですね。ところで、アルテリオさんは?」

「うちも政商の端っこに引っかかっているから、当然主催しているよ。カミさんと息子が仕切っていて、俺ももう少ししたら戻る」

「うちのような、ささやかなパーティーに長時間顔を出して大丈夫なんですか?」

 バウマイスター男爵家は竜退治などで話題をさらったが、貴族の格からすると法衣男爵でしかない。
 家族と、家臣や使用人とその家族、寄子とその家族くらいしか呼ばないのが普通だ。

 だから、バウマイスター男爵家のパーティーは参加者が三十名を超えていなかった。
 元小市民な俺からすると、それでも大人数だと思うのだが。

「そこに、ジレンマがあるのさ」

「どういう事です?」

「今王都で話題のバウマイスター男爵家のパーティーには出たいが、その規模は慣習に従った規模でしかないだろう?」

 成り上がりの法衣男爵如きが、他の大貴族よりも豪勢なパーティーを行ったら、それだけで非難の対象となってしまう。
 だから、招待客は兄さん達とその奥さん達だけ、商人で唯一招待されたのは付き合いのあるアルテリオさんだけだ。

 なお、料理以外のパーティーの手配をしたのは、自らも商家の出であるローデリヒであった。
 どの程度の規模でパーティーを行うか?
 そのさじ加減を上手く調整してくれたと思う。

「家のパーティーに戻ったら、『どうにかバウマイスター男爵様に自分を紹介してくれないだろうか?』とか言う商人は多いだろうな。ああ、面倒くせえ」

 アルテリオさんは、ワインを一気に飲み干しながら愚痴を溢す。

「生き馬の目を抜く商人の世界ですか?」

「そんなところだな。俺だけ呼ばれてラッキーなんだが、その分面倒も回ってくるのさ」

 そんな話をしている間に、日付が変わって新年を迎える。

「新年あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます、お館様」

 改めて乾杯をしながら挨拶を交わし、パーティーは夜中の二時くらいに解散となった。

「ヴェンデリン様、少し寝ておきましょう」

「明日は挨拶があるんだよね?」

「明日は拙者もお供します」

 幸いして、教会への初詣などはこの世界には存在しない。
 だが、その代わりに新年の挨拶回りがある。
 なぜか日本のようであったが、どこに挨拶に行くかとか、どの順番で挨拶に行くかは慣習で決まってるそうなので、ローデリヒが付いて来てくれるそうだ。

「お館様、奥様方、エルヴィンはお休みくださいませ」

 ローデリヒに促されて就寝し、次の日の午前九時くらいに目を覚ます。
 少し遅い起床であったが、思ったよりも疲れていたのであろう。
 いつもの時間に目を覚まさなかった。

「では、出かけましょうか。お館様」

 朝食はなく、マテ茶のみを飲んでから新年の挨拶に出かける。
 俺、エル、エリーゼ、イーナ、ルイーゼ、ローデリヒの合計六名で、俺以外は全員大きめの籠を持っている。
 籠の中には、紙に包まれた飴やクッキーが入っていた。

 これを何に使うのかというと……。

「あけましておめでとうございます」

「くーーーださいな。くださいな」

 屋敷を出ると、他の貴族の使用人や家臣の子供達に、商業街や富裕な平民の子供達が屋敷で待ち構えていた。
 彼らはこうやって貴族の屋敷の前で待ち、新年の挨拶に出かける貴族や大商人からお金やお菓子を貰うのだ。

 お年玉のような風習だと思う。
 準備するお金とお菓子の量は、その貴族家の家格や資産状況によって大体決まってるのだと、その慣習を教えてくれたローデリヒが言っていた。
 お金は、お菓子を紙で包む時に銅貨を一枚入れる事になっているそうだ。

 勿論、教えてくれたのはローデリヒである。

「ひい、ふう、みい、よ……。ほれ、受け取れ」

「うちみたいな新興貴族家でも、結構集まってくるものなのね」

「ヴェルは、有名人だからねぇ」

 エル、イーナ、ルイーゼが、集まっていた百名近い子供達にお菓子を配っていく。

「「「「「ありがとう、お貴族様、お兄さん、お姉さん達」」」」」

 お菓子を貰った子供達は、お礼を言ってから駆け足で他の貴族を探しに向かう。

「なるほど、なるべく沢山の貴族や商人に会ってお菓子を貰うのか」

「はい、同じ人から何度も重複してお菓子を貰うのはマナー違反なのです。家に帰ってから、親御さんに見つかると怒られるのですよ」

「だから、包み紙に家名を書いたんだな」

 年末に、お菓子の包みを作る作業を手伝ったエルが納得する。
 同じ家名が書かれた包み紙が二枚以上あれば、重複してお菓子を貰ってきたという事になるからだ。

「年末も、貴族は物入りだな」

「そうですね。役職なしの法衣騎士ですと、それほどお菓子を準備しなくてもいいのですが、見栄で大量に準備する方もいます」

 包み紙に家名が書いてあるので一種の宣伝であると、エリーゼは説明する。

「この貴族家は、こんなに沢山お菓子とお金をばら撒いたと思われるようにです」

 子供が家で包み紙を開けるのを家族が見れば、自然とその貴族の名が宣伝になるというわけだ。

「子供達は一つでも多くお菓子の包みを得ようと、必死に貴族街を駆け回るわけか」

「子供は元気な方がいいという、理由もあるそうですよ」

 お菓子が沢山欲しければ、自分の足で多くの貴族と会って稼ぐ。
 新年の挨拶に出かける時間を推測して、効率よく屋敷の前で待ち構えるなどのコツが必要のようだ。
 各貴族ごとに持っているお菓子の量も決まっているので、なるべく早くに出会ってお菓子を貰う必要がある。

「エリーゼも、子供の頃に貰ったの?」

「いえ、貴族の子供はお菓子を貰いに行きませんので。あくまでも、使用人や家臣の子供だけなのです」

 家臣でも、当主の一族に入っている子供は参加できなかったりと、あくまでも貴族でない子供向けの風習のようだ。
 その辺の身分差は、この世界では大きいようだ。

「その代わりに、新年のお小遣いは渡したものね。ヴェルは」

「年末から新年にかけて、色々と物入りになるって理由がよくわかったよ」

 その代わりかは知らないが、家臣と使用人に一時金を出し、その子供達にも数十セント程度のお小遣いを渡す習慣もあった。
 これこそが、本物のお年玉かもしれない。

「お館様、最初はブライヒレーダー辺境伯家のお屋敷に向かいましょう」

 ローデリヒが最初の挨拶先を教えてくれるが、屋敷がお隣同士だし、寄親なので当然かもしれない。
 警備をしている門番に来訪目的を告げると、すぐにブランタークさんが顔を出した。

「ブランラークさん、新年あけましておめでとうございます」

「よう、あけましておめでとう。お館様は領地の方で忙しいからな。俺が名代で来客への対応をしているんだ」

 お抱え魔法使いであるブランタークさんは、俺への魔法指導もあって王都に滞在している時間が長い。
 なので、ブライヒレーダー辺境伯家王都屋敷において責任者のような立場にされる事が多かった。

「もう何日かしたら、お館様が別途で新年パーティーを開くから、それに出てほしいそうだ」

「わかりました」

「お館様に、坊主達が来たって伝えておくよ」

 領内の屋敷と、王都屋敷で共にパーティーを開く。
 大物貴族の正月とは忙しいものらしい。
 この世界では、『正月』ではなくて『新年』なんだけど。

「次は、ホーエンハイム家か?」

「はい」

 俺の正妻になるエリーゼの実家なのだ。
 早い順番で訪問して当然であろう。

「大変だよな。訪問の順番を間違えると、ヘソを曲げる貴族もいるからな。まあ、ローデリヒがいるから問題ないんだろうけど」

「いえ、ブランターク様。訪問の順番を何度も確認して胃が痛くなりました」

「それは大変だったな」

 事実上、バウマイスター男爵家の家宰扱いであるローデリヒは、この手の仕事を間違いなくこなさないといけない。
 もし間違えると、自分に咎がいくばかりでなく、バウマイスター男爵家が他の貴族に攻撃される原因を作ってしまうからだ。

「まあ、今のバウマイスター男爵家は、そう多くの貴族家を訪問する必要もありませんので……」

 ブライヒレーダー辺境伯家、ホーエンハイム子爵家、他はエーリッヒ兄さんのブラント家、パウル兄さんの家、ヘルムート兄さんの王都バウマイスター家くらいだ。

 ルックナー財務卿とかの屋敷に行くのは、彼が寄親ではないから駄目らしい。

 あとで、ブライヒレーダー辺境伯が王都屋敷で主催するパーティーで顔を合わせて挨拶をする。
 それが正式な慣習なのだそうだ。

「聞いているだけで面倒な……」

「それが貴族という生き物だからな。俺は訪問客にあとで新年パーティーを開くという話をしないといけないから、今日は坊主には付いていけないぜ」

「わかりました。では、ブライヒレーダー辺境伯に宜しくお伝えください」

「任せてくれ」

 新年の贈り物を渡してからブランタークさんに言付けをし、今度はエリーゼの実家であるホーエンハイム家の屋敷へと向かう。

「くーーーださいな」

「くっださいな」

 途中、多くの子供達からお菓子を求められ、まだ残っているのでエル達が一つずつ配っていく。

「俺の実家も、ヴェルの実家と同じでこんな風習なかったけどな」

「まあ、あれだ。エルの実家も、俺とそこまで差が無いというわけだ」

 バウマイスター家と同じで、貧しくて子供に菓子を配る余裕などないのであろう。

「新年の食事くらいは、ある程度マシなものが出たけど」

「うちも……あんまり覚えてないなぁ……」

 肉料理とか、薄い甘さのデザートが出たような気がするけど、あまり美味しく無かったので俺の記憶にはあまり残っていなかった。

「ヴェンデリン様、到着しました」

 門番に来訪を告げると、屋敷の中からホーエンハイム枢機卿が顔を出す。

「新年あけましておめでとうございます」

「婿殿か、よく来てくれたな。新年あけましておめでとう」

 すぐに屋敷の中に案内され、軽くつまめる軽食に、お菓子とデザートを勧められる。

「(さすがは、教会の有力者。もてなしが洗練されているわ)」

 イーナが、一人感心していた。
 新年の挨拶に出かける人達は、他にも複数の貴族家を訪問しないといけない。
 それなのに、豪勢な食事などを出すとお腹が一杯で食べられないし、何も食べないと失礼にあたるので無理をして食べる事になる。

 それを避けるために、ホーエンハイム家では軽く食べられる物ばかりを準備してくれたようだ。

 確かに、うちの実家ではそういう配慮は難しいかもしれない。
 ただ、ご馳走を出したつもりでも、客には軽食にしか見えないという事があるかもしれないけど。

「(ああ……、その前に客が来ないよな……)」

 山越えで、往復三か月もかかるのに来訪する価値はないのだから。

「どうかしたのか? 婿殿」

「いえ、ところで、義父上と義兄上はいらっしゃらないのですか?」

「新年の奉仕活動に行っておるよ」

 俺達も出会った子供達にお菓子を配っているように、教会もスラムや貧しい家の子供達にお菓子を配るのだそうだ。

「日持ちするクッキーや、寄付で購入した飴を、教会のマークを印刷した紙に包んで配るのじゃよ」

 純粋な奉仕活動でもあるが、裏事情も存在するらしい。

「王都のどこのエリアでも、子供がお菓子をねだるからの。スラムの子供達が、商業街、富裕な平民の住居、貴族街にお菓子をねだりに来ないようにするためでもある」

 治安悪化を恐れての、政治的な意図が働いての奉仕活動のようだ。
 その辺のシビアさは、やはり日本とは違うのであろう。

「まあ、どんな子供でもお菓子を貰えれば笑顔になる。それはいいものだとワシは思うがの」

 ホーエンハイム枢機卿に挨拶と新年の贈り物をしてから、エーリッヒ兄さんのブラント家、ヘルムート兄さんの王都バウマイスター家、パウル兄さんの家の順番に挨拶をする。

「赤ちゃん、可愛いですね」

「本当、抱っこすると温かい」

「うわぁ、本当だね」

 エリーゼ達は、ミリアム義姉さんが産んだばかりの赤ん坊を順番に抱いて楽しそうに話をしている。
 父親であるエーリッヒ兄さん、母親のミリアム義姉さん、産まれたばかりの可愛い赤ん坊と、一目でわかるリア充一家である。

「ヴェルも、もう何年かすれば子供が産まれるさ」

 続いて、ヘルムート兄さんの王都バウマイスター家、パウル兄さんの家に行くと、共に奥さん達は妊娠中であった。
 年越しのパーティーにいたからとっくに知っているが、エリーゼ達は羨ましそうな顔を崩さない。

「赤ちゃん、本当に可愛いですね」

「私も欲しくなったかも」

「ヴェル、その時になったら頑張ってね」

 エリーゼ達の発言に、俺は少し驚いてしまう。
 特に、ルイーゼの発言にはぎょっとしてしまった。

「さてと、これで終わりか?」

 今は少ない訪問先を大体回り、お菓子をねだる子供達に用意していた物は全て配った。
 あとは家に戻るだけと思ったのだが、ローデリヒが待ったをかける。

「あとは、導師様のお屋敷が残っていますが」

「導師の屋敷か」

「ローデリヒさん、ボク達が訪問して大丈夫なの?」

 これまた面倒な事に、導師は軍部の重鎮アームストロング伯爵家から独立してその寄子になっている家だ。
 俺の寄親ではないので、訪問していいのか判断に困ってしまう。

「そのために、エーリッヒ様達よりも訪問の順番を下げております。魔法の修練を受けておられるのですから、訪問しても問題はないかと」

 ホーエンハイム家の直後に訪問をすると、これは親族を蔑ろにしていると問題になるかもしれない。
 だから、兄さん達のあとなら問題はないと。

「面倒な話」

 エルが、心の底から面倒そうな顔をする。

「ご兄弟の訪問順位にしても、単純な年齢差ではありませんから」

 兄弟で、エーリッヒ兄さんのブラント家が一番だったのは、彼の寄親であるルックナー財務卿の家には訪問できないから配慮したという理由らしい。
 次がヘルムート兄さんなのは、王都バウマイスター家の寄親であるエドガー軍務卿に配慮したからで、最後が一番年上のパウル兄さんなのは、彼がまだ法衣騎士爵位を得たばかりだからであった。

「理由と言い訳が混じって決まっているみたい……」

 自分がしなければいけない事ながら、ただ面倒臭さを感じてしまう。
 ローデリヒに丸投げでよかった。
 イーナも、同じように考えているようだ。

「イーナ様、貴族の慣例とはそういうものですから」

「じゃあ、そういうのが嫌いな導師様の屋敷なら寛げるかも」

 ルイーゼがそう言うので、急ぎ彼の屋敷を訪ねてみる。

「おう! 新年あけましておめでとうなのである!」

 これまた訪問を門番に告げると、導師がまるで突進する猪のように駆け寄ってくる。

「中に入るのである!」

 屋敷の中に案内されると、そこにはテーブルに乗った大量の料理と、酒の瓶が置かれていた。

「想像ついたけど……」

「エルヴィン少年! 乾杯なのである!」

 料理は肉料理が、それもガッツリ系のメニューが多い。
 中央のテーブルには、ワイバーンの丸焼きが置かれていた。

 飲み物も、頼めばお茶やジュースも出てくるが、基本的には酒ばかりである。

「どうせ、某の所が最後であろう。夕食も兼ねて、腹が一杯になるまで飲み食いするのである!」

 断れるような雰囲気でもないし、夕食だと思えば豪勢な食事である。
 俺達は、導師の沢山いる子供達や、既に三人もいる孫達にお年玉を渡してからパーティーに参加する。

「ワイバーンの丸焼きですか?」

「うむ、専門の大型オーブンを持っていて焼いてくれるお店があるのである! 材料は某が獲ってきたものである!」

 他の貴族なら材料費でとんでもない事になるが、導師なら調理費だけで高価なワイバーンの丸焼きが食べられるというわけだ。
 他の客達も、滅多に食べられないからと集中して切り分けて貰っていた。

「お酒もキツイのが多いな」

 メインが蒸留酒という、とんでもない事になっている。
 ワインもあるが、導師の屋敷では食前酒やジュースの代わり程度の扱いのようだ。

「ブランタークさんが喜びそうなパーティーだな」

 あとで話すと、俺も参加したかったと言うかもしれない。

「でも、私達って未成年よね?」

「イーナ嬢、新年くらいは気にする事は無いのである!」

 確かに未成年の飲酒は駄目なのだが、特に法的な罰則があるわけでもない。
 それに、子供の年齢が二桁になると、内輪の宴会やパーティーでは『今のうちに慣れておけ!』と親が飲ませてしまうケースも多かったりする。

 昔は、日本でもそんな感じだったと父が言っていた。

「エリーゼが怒るかも」

「色々と思うところはあるのですが、新年のお祝いの席ですから」

 イーナが気にしたのは、未成年の飲酒に一番厳しい教会関係者エリーゼの存在であった。
 彼女は真面目なので怒られると思ったようだが、一年に一度くらいなのでと己の心の中にいる神と折り合いをつけたようだ。

「私は、ジュースにしますけど」

 ただし、自分はあくまでも酒を飲まないようだ。

「じゃあ、乾杯をするか」

 俺、エル、イーナ、ルイーゼはワインを、ローデリヒは焼酎に似た蒸留酒の水割りを、そしてエリーゼは柑橘系のジュースの入ったコップを手に取る。

「じゃあ、新年を祝って乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 俺の音頭で乾杯をすると、みんなそれぞれのペースでグラスの中身を飲み始める。

「少し喉が渇きましたね」

 どの訪問先でもあまり飲み食いをしなかったエリーゼは、ジュースを一気に飲み干した。
 とそこに、他の客の相手をしていた導師が戻ってくる。

「エリーゼ、そこにあったグラスを飲み干したのであるか?」

「はい、伯父様。美味しいジュースでしたが……あれ?」

 急にエリーゼの顔が赤くなってくる。

「導師、これはお酒だったのですか?」

「うむ。酒精が九十五パーセントの特上蒸留酒に、ほんの少しジュースを混ぜたものである」

「えっ?」

 ジュースだと思っていたものが、実は物凄く強烈なカクテルであった。
 そして、それを知らずに一気に飲み干してしまったエリーゼ。

 どうやら新年の挨拶は、最後の最後でとんだトラブルに巻き込まれるようであった。




「あはははっ! ヴェンデリン様、このジュースは美味しいれすね!」

「それ、ジュースじゃなくてね……」

「エルさん! お代わり!」

 酔っぱらったエリーゼは、笑い上戸であった。
 理由はわからないがとても楽しいようで、エルにジュースのお代わりを頼んでいる。

「はい、お代わり」

「エルさん……、さっきと味が違いますね。同じものを要求します!」

 先ほどの酒入りのカクテルがいいと、エリーゼがエルに強めに要求した。
 いつもとは違う彼女の言動に、エルは戸惑っている。

「(どうするよ? ヴェル)」

「(酒をなるべく薄くするんだ)」

 俺はエルに、なるべくアルコール度数が低くなるようにカクテルを作れと命令する。
 だが、それに気がついたエリーゼはエルにケチをつけた。

「エルさん! ここは男らしく、わらしの言うとおりにお酒を多目にいれるのれす!」

「それって、男らしくと関係あるのか?」

「お酒の量をケチるとは、男としてみみっちいではないれすか!」

「はいはい、わかりましたよ……」

 お酒を薄くしようとしたエルは、それをエリーゼに見抜かれてしまい、仕方なしにという感じでお酒の量を増やす。
 酔っぱらったエリーゼはかなり強気で、エルはそれに逆らえなかったのだ。

 俺ですか? 
 酔っ払いの怖さは、学生時代にも商社マン時代にも散々体験している。
 勿論逆らうはずなどない。

「ううむ……。昔の悪夢再びである」

「何です? それ?」

 酔っぱらったエリーゼを見ながら呟く導師に、俺は詳しい説明を求める。

「あれは、エリーゼが十歳くらいの頃、某が試しに少しお酒を飲ませてみたのだが……」

 『未成年者のお酒はいけません!』と、今よりも真面目だったのでついジュースに混ぜて飲ませてしまったそうだ。

「それで、どうなったのですか?」

「エリーゼは、酒に酔うと笑い上戸に……」

「あははは! 楽しいパーティーれすね、ヴェンデリン様」

 何がそこまで面白いのかわからないけど、俺の背中をバンバン叩きながら話しかけてくる。
 酔っていて力の加減ができないようで、背中が痛かった。
 痛さの質が、導師に背中をバンバンされた時に似ていた。
 やはり、この二人は血が繋がってるのだと俺は納得する。

「泣き上戸にも……」

「私だって、懸命に治療をしたのですよ。でも、あの子を私は救えなくて……。ヴェンデリン様、聞いていますか?」

「当然じゃないか。人間は神様じゃないんだから、怪我人や病人を全員救うなんて不可能さ」

「そうれすよね? なのに、聖女の治癒も質が落ちたと言う人がいるのれす」

「自分では何もしない癖に無責任だよな」

「ヴェンデリン様なら、わかってくれると思っていました」

 今度は、突然過去の治療失敗例を思い出して泣き始め、それを俺が慰める羽目になった。
 しかし、酔っ払いとは恐ろしい。
 突然、話題がまったく別の方向に飛んでしまうのだから。

「あとは、説教であるか……」

「エルさん、この前ブランターク様に、綺麗なお姉さんがいるお店に連れて行ってほしいと頼んでいましたね!」

 泣き止んだと思ったら、今度はエルの秘密が暴露されてしまう。

「なっ! なぜそれを?」

「エル、あなたは未成年なんだから……」

「そういうのは、成人してから自分の稼ぎで行きなよ……」

 事実だったようでエルは動揺してしまい、イーナとルイーゼにまで冷たい視線で見られてしまう。

「エルさんは、将来バウマイスター家において重要な地位に就くのれすから、そういう不謹慎な発言には気をつけていただきませんと」

「はい……」

 エルは説教魔と化したエリーゼに捕まり、こんこんと説かれて肩を落としている。
 完全なとばっちりで、自分の不運を嘆いているのであろう。

「エリーゼ、もうその辺で……」

「伯父様にも、いい機会なので言っておきます。伯父様は陛下の幼馴染ではありますが、王宮筆頭魔導師としての自覚に欠ける言動が多いと思うのれす!」

「……すまぬのである……」

 エルに助け舟を出そうとした導師であったが、今度は自分がエリーゼに説教を受ける羽目になる。
 その内容にある程度自覚はあったようで、導師は静かにエリーゼの説教を聞いて謝っていた。

「(ヴェルが、エリーゼにお酒なんて飲ませるから!)」

「(わざと飲ませたわけじゃないし、エリーゼの酒癖の悪さなんて知らなかったんだよ!)」

 今度は俺がイーナに怒られてしまうが、出会ってから今まで一度もエリーゼが酒を飲んでいるところを見た事がなかったのだ。
 こうなると知っていれば、俺だってもう少し気をつけている。

「ヴェル、治癒魔法で何とかならないの?」

「ええと……無理」

 人の体から溜まっているアルコールを抜く魔法は、今のところはエリーゼにしか使えない。
 『毒消し』とは似ているが系統が違うようで、俺も習得には苦労している状態だったからだ。

「そして、絡み酒もあるのである」

「イーナさん、いいなぁ」

 導師への説教を終えたエリーゼは、今度はイーナに絡んできた。

「えっ? 私?」

「わらし、背がもう少し欲しいんれす。イーナさん、いいなぁ」

 エリーゼは、イーナに抱き付いてしきりに彼女の頭を撫でている。

「エリーゼも、平均くらいはあるじゃないの」

 この世界の女性の平均身長は百六十センチくらいである。
 エリーゼは、十分に平均の範疇にはいるはずだ。

「れも、背が高い女性って恰好いいじゃないれすか」

「身長と恰好いいって関係あるの?」

「あるんれす!」

 絶対の確信があるようで、エリーゼはイーナの頭に手を置きながら彼女の背の高さを羨ましがっていた。
 イーナは、酒臭いエリーゼに纏わりつかれて迷惑そうだ。

「ルイーゼさん」

「えっ? ボク? ボクは背も低いし、胸も小さいよ」

「足が速くていいなぁ」

 今度は、ルイーゼの足に縋りつく。
 そういえば、前にみんなで基礎訓練をした時、遊びでかけっこをしたのだが、圧倒的一位がルイーゼ、二位がイーナ、三位エル、四位、俺、ドベがエリーゼであった事を思い出した。

 エリーゼの運動神経は人並みで、体力や持久力は平均よりも少し上で、駆け足は少し遅い。
 見た目少しおっとりしているので、見たままという感じであった。
 完璧超人と言われているエリーゼの唯一の欠点かもしれず、彼女はそれを気にしていたというわけだ。

「わらし、足が遅いんれす。いいなぁ……」

「エリーゼ、ボクの足をスリスリしないで!」

 更に酒が回ったエリーゼは、ルイーゼの素足を曝して頬をスリスリさせていた。

「少し危ない世界に行ってしまうから!」

 ルイーゼは、エリーゼのスリスリ攻撃に身を悶えさせていた。

「うーーーむ、普段は聖女と呼ばれ、それに相応しい言動をしている時の反動であるか……」

「導師、冷静に分析するのはいいんですけど、パーティーの席に酒しか置かないのは問題だと思わないのですか?」

「それを言うのであれば、飲む前に確認をしなかったバウマイスター男爵にも責任があるのである」

「うっ!」

 朝から相当酒を飲んでいるはずなのに、導師は普段のままであった。
 俺からの言いがかりに近い苦情を、軽くスルーするのだから。

「ええと、次は……」

 ルイーゼの素足を堪能したエリーゼは、今度はエルに視線を向ける。

「まずいぞ!」

 エルが危機感を募らせる。
 イーナとルイーゼはまだ女同士だからよかったが、酔っぱらっているとはいえエリーゼがエルに抱きついたりすると、エルの方が色々とまずい立場に追い込まれてしまうからだ。

「はあ……新しい大人の世界だね」

「ルイーゼも、わけのわからない事を言ってないでエリーゼを止めなさい!」

 素足をスリスリされて煌々とした表情を浮かべていたルイーゼに、イーナが一緒にエリーゼを押さえるようにと命令する。
 だが、その心配は無用であったようだ。

「エリーゼ! 背も高く、鍛えられた肉体を持ち、剣の腕もなかなかなものになったこの俺に……」

「いえ、エルさんは特に羨ましいとは……」

 エリーゼは、エルに一言だけそう言うとそのまま寝てしまった。
 周囲に微妙な空気が広がる。
 何しろ、エルは自分で自分のいいところを先に口をにして予防線を張ったのに、肝心のエリーゼには全て無視されてしまったからだ。

「スキャンダルを防げてよかったな、エル」

「エリーゼは、エルが男性だからそういう比べ方はしなかったのよ」

「でも、ちょっと恥ずかしい。自分で鍛えられた肉体とか……」

「この終わり方は、俺的には最悪の結末だ!」

 間違いなく、酔っぱらったエリーゼの被害を一番受けたエルの叫び声が、新年のアームストロング子爵家中に木魂するのであった。




「エリーゼ様?」

「すまん、ドミニク。手違いというか、間違いで酒を飲ませてしまってな」

 エリーゼが眠ってしまったので、俺達は早めに導師の屋敷を辞して自宅に戻った。
 出迎えた彼女の幼馴染にしてメイドのドミニクに、エリーゼが寝ている理由を説明する。

「そうですか……エリーゼ様がお酒を……」

 過去に何かあったのであろう。
 ドミニクの表情がかなり曇っている。
 詳しく聞くと悪い気がしたので、みんな自重して彼女への質問は止めた。

「普段は決して口にされないのですが、一旦口に入れてしまうと、お代わりを要求するようになってしまうのです」

 確かに、シラフの時には決してお酒には手を出さなかった。
 間違って口にしてからは、お酒の薄さをエルに説教するほどであったが。

「となると、エリーゼ様には今後一切一滴もお酒を飲ませない方が……」

「そういう事になりますね」

 ローデリヒとドミニクのみならず、俺達も絶対にエリーゼにはお酒を飲ませまいと強く心に誓うのであった。

 そして……。

「あれ? 私、伯父様の屋敷で乾杯してからの記憶が……」

「「「「「……」」」」」

 エリーゼは酔っぱらっていた時の記憶が一切残っておらず、彼女に絶対にお酒は飲ませまいと一層心に誓うのであった。
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