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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百七話 政治闘争で魔法は役に立たない。

 帝都を巡る攻防戦は、帝国宰相に就任したペーターが無事に防衛に成功して勝利を収めた。
 またニュルンベルク公爵に逃げられたではないかと思う人も多いが、彼はこの戦いで精鋭であった別働隊と、それを率いていた側近中の側近であるザウケンを失っていた。

 皇帝を屠るのに効力を発揮した、自爆型ゴーレムとドラゴンゴーレムも全て失っている。

 今、その残骸を帝国とミズホ伯国の魔道具職人が共同で調べている最中であるが、最初の報告でこれは発掘品を利用した物であると判明していた。
 現状では、どこも量産どころか試作すら不可能だという結論に至っていたのだ。

 もし残っているとしても、数はそう多くは無いであろうという結論であった。

『今回の戦略的な勝利は大きい』

 ギルベルトさんは、これで帝国軍が逆に攻勢に出られるようになったと発言していた。
 ニュルンベルク公爵が失った切り札が多いと判断されたからだ。

『戦上手で知られたニュルンベルク公爵軍に一定の犠牲を与え、彼の戦略目標であった帝都の防衛に成功した。これで殿下の優位は完全に決まった』

 現在、再び降伏した陣借り者や貴族の軍勢を帝国軍に編入している最中であるし、ペーターが帝都やその周辺部を抑えているという事実が債権の発行を可能とし、それを引き受ける大商人達の心象も良くしている。
 財政的には苦しい状態が続くが、何とか自転車操業ながらも政権が運営できるようになった点も大きい。

『あとは、防戦に回るであろうニュルンベルク公爵を攻め押していくだけだな』

 ニュルンベルク公爵が帝都侵攻の際に一部占領した帝国中央部南部領域は、これは防衛に不向きと撤退と同時に全て放棄してしまったらしい。 
 現在では、ペーターが派遣した帝国軍と役人達が統治を行っている。

『元々、補給に必要な箇所以外は占領していなかったようだけど』

『ですが、ニュルンベルク公爵領に攻め入るには準備が必要ですぞ』

『全く……。うちのクソ親父は……』

 討伐軍の悪行を皇帝が阻止できなかったせいで、現在の帝国南部北は荒廃が酷いらしい。
 人口も減っているし、再び帝国軍が軍を進めれば彼らはその怒りを間違いなくこちらに向ける。

『補給路の襲撃などをされると骨ですな』

 彼らを味方につけるために、被害の弁済や食料や資金の援助も必要になる。
 これをしないと、間違いなくニュルンベルク公爵によって後方攪乱要員にされてしまうであろう。

『凄い話ですよね。この件は、ニュルンベルク公爵も予想していなかったはずだし』

 まさか、いくら反乱勢力相手でも、皇帝が民衆に手を出す事はしないと思ったのであろう。
 実際にニュルンベルク公爵軍は鉄の規律を維持していて、民衆には出来る限り手を出していない。
 ゼロではないが、それは解放軍も同じ。
 人が多数集まって犯罪がゼロというのも不可能であろう。

『残念ながら、知られたら上手くニュルンベルク公爵に利用されたけどね』

 噂を帝国中に流されてしまい、現在死亡したアーカート十七世は『残虐帝』の名を欲しいままにしている。
 二人の息子達も、その共犯だと民衆から非難轟々であった。

『こういう事は言ってはいけないんだろうけど、死んでくれてよかったよ』

 勿論皇帝は、軍規を正すように命令は出していた。
 だが、それは皇帝に見えない場所で行われ、それに気がつけずに処罰も行われなかった。
 あくまでも愚かなだけで悪逆ではなかったが、そんな事は被害に遭った民衆にはどうでもいい事だ。

『器でない者が皇帝になったのが悲劇だと思うよ。僕は……』

 それでも実の父親と兄達の死なので、ペーターは思うところがあるのかもしれない。
 神妙な表情を浮かべながら独り言のように呟いていた。

『勿論、この件は利用させて貰うけどね』

 討伐軍の愚行と敗戦の責任者である皇帝は死んでいるが、処罰者がゼロというわけにもいかない。
 これから南部に攻め入る時に、犠牲者達の心情を落ち着かせるための生贄の羊が必要となるからだ。

『略奪などに参加していた貴族については、罰金や一部領地の返還に爵位の降格で済ませるとして……』

 全員処刑では混乱が広がってしまうので、被害者への補償や支援を厚くする事で許して貰うしかないとペーターは考えているようだ。
 ただし、処刑や爵位の剥奪も見せしめとして行わなければいけない。

 その白羽の矢が立ったのは、皇帝の腰巾着として討伐軍に参加していたり、留守番でも権勢を誇っていた大物貴族達であった。

『君達くらいは処罰しないと、被害者達が納得しないから』

『この皇家の恥さらしがぁーーー!』

『採用されたければ銀貨を払えだっけ? そういうお小遣い稼ぎをするから困窮した陣借り者達が略奪に参加するんだよ。お前が責任を全て負って死ね』

 同じ年なのに、こういう部分ではペーターは怖い男であった。
 皇家の生まれで、貧乏貴族の出である俺とは色々と違うのであろう。

『財産は全て没収、家族は追放と死ぬまで教会とどっちがいいかな?』

『地獄に落ちろ!』

『お前がな。他の腰巾連中と地獄で仲良くね』

 皇帝の側近で露骨に足を引っ張った連中には全て罪があるとされて、爵位と財産を没収されて死刑となっていた。

『よくも私の兄を!』

『お義母様、あなたは前皇帝の妻でよかったですね。首を刎ねられないから。教会で余生をどうぞ。陛下の供養も必要でしょう? ああ。何かを企んだら、若死にするのでしょうね』

 ニュルンベルク公爵に勝利して名と力を誇示したペーターは、二度と同じ轍を踏まないように前政権の負の部分を全て排除した。
 可哀想だが、このくらいやらないとまたニュルンベルク公爵に足を引っ張られてしまうからだ。

 そして、これらの処置を再編された帝国軍を背景にわずか二日で終えたペーターは、帝国の摂政として皇帝と同じ政務をこなしていた。
 帝国を纏め、南部に攻め入る準備をしなければいけないからだ。

「ただなぁ……、もうひと波乱あるぞ」

 先の戦闘で壊れた城壁を補修していると、同じ仕事を請け負ったブランタークさんが急に予言めいた事を言う。

「テレーゼ様ですか?」

「ああ、このまま黙ってはいられないだろう」

 解放軍のリーダーである彼女は、次期皇帝の最有力候補であった。
 それが、復活した皇帝に疎まれて領地で様子を見る羽目になり、ようやく皇帝がしくじって死んだかと思えば、ペーターが電光石火で帝国の実権を握ってしまった。

 本人がどう考えているのかは知らなかったが、周囲にいる北部諸侯達が納得するはずがない。
 彼らは、テレーゼが皇帝になった時の利益に釣られて解放軍に参加しているのだから。

「ですが、結局援軍が間に合いませんでしたし……」

「間に合わないはずはないがな」

「そうなのですか?」

「フィリップ公爵自身は間に合わないにしても、ソビット大荒地の陣地にはアルフォンス殿がいたんだ。一~二万人の兵力くらい間に合ったはずだ。それがあれば大分楽だったのだがな。ちゃんと訓練された兵士達だから」

 同じく城壁の補修作業に参加している王国軍組を指揮するフィリップが、テレーゼは意図的に援軍を送らなかったのであろうと予想していた。

「そんな事をして負けたらどうするのです?」

「負けて欲しかったんだろう。負ければ、合法的に殿下が排除されるから」

 戦死すればそれまでだし、北部に逃げてくればまたテレーゼが次期皇帝候補として返り咲きが可能となる。
 敗北の原因はニュルンベルク公爵であり、テレーゼの責任ではないというわけだ。

「テレーゼがそんな策をですか?」

「俺は言ったはずだ。フィリップ公爵殿が援軍を送りたくても、周りが強硬に反対すればそれは不可能だと」

 ブロワ辺境伯家の相続争いとそれに関わる騒動で、全てを失ってしまったフィリップだからこそ気がつける事実なのであろう。

「テレーゼ殿から見れば、バウマイスター伯爵は裏切り者扱いかもしれませんね」

 クリストフの言う通りかもしれないが、そればかりは仕方が無いとしか言いようがない。

「一時の関係や感情に足を引っ張られず、冷静に帝国の内乱終結を早める努力をしたまでと言っておく」

「でしょうけど、向こうはテレーゼ殿から殿下に鞍替えをしたと思うわけでして」

「自分からほとんどの支援を切っておいて、今度は裏切り者扱い?」

 俺はペーターの方が皇帝に相応しいと思ったし、向こうが皇帝との軋轢を恐れてこちらとの関係を閉じてしまったのだから。
 解放軍の関係者でお忍びでも会いに来たのは、アルフォンスだけというのが笑えない。

「俺が磁器を作製しなかったら、財政的に詰んでたのに」

「人って、結局自分の都合を一番優先しますからね。そういう人達に支持されるために無理を通そうとするわけです。私とフィリップ兄さんの末路を見ればわかるでしょう? バウマイスター伯爵や世間から見たら私達はバカでした。ですが、世の中の人達はそう簡単には我を通せませんから」

 実際に失敗しているクリストフの発言なので、みんな真摯に話を聞いていた。

「テレーゼが帝都に来てから判断するしかあるまい」

「導師殿、間違いなく何かありますよ。百万セント賭けてもいいです」

「残念だなクリストフ殿、それでは賭けが成立しないのである」

「帝国の混乱はまだ終わらずですよ」

 そしてその翌日、クリストフの予言通りに物々しい雰囲気を纏ったフィリップ公爵家諸侯軍が主体の北部諸侯連合軍八万人が帝都郊外に陣を張る。
 事前に何の連絡も無かったので、帝都の住民達には不安が広がっていた。

「多いですね」

「内戦終結のために多くの戦力を揃えたのでは?」

 今日も城壁を補修しているとそこにエメラが姿を見せるが、彼女は露骨にテレーゼ達を警戒していた。
 ギルベルトさん以下の帝国軍も同様で、警戒態勢を敷いている。
 なぜなら、北部諸侯軍が今にも戦闘を行いそうなほどピリピリとした空気を纏わせていたからだ。

「まさか、ペーターの政権をひっくり返そうと帝都に攻め込むと?」

「無いとは言えません」

 エメラは、自分が持っている装飾が豪華な杖を握る手に力を込めていた。
 無意識にやっているのであろうが、仮とはいえ帝国の筆頭魔導士に任命されているので、テレーゼ達を仮想敵として認識しているようだ。

「(普段は冷たいように見えて、ペーターへの忠誠心に厚いからなぁ……)とにかく早合点は良くない。ここで争いになったら、またニュルンベルク公爵の思う壺だし」

「それはわかっていますが……」

 八万人という大軍も良くなかったのかもしれない。
 見ようによっては、ペーターに抗議して圧力をかけるためだと思われてしまうからだ。

「あくまでも内乱終結のための戦力だろう?」

「だといいですね。ここのところ、大規模な戦闘が多過ぎて帝国軍の再編は途上のままです。使える戦力は旧解放軍と大差ありませんから」

 旧討伐軍は、戦死傷、捕虜、逃亡などで半数以下にまでなっている。
 俺がギルベルトさんにサーカットの町で編成させた二万人と帝都留守部隊を中核にして、身分は低いが能力のある若手将校や陣借り者達の抜擢で、何とか形を保てている状態だ。

 特に酷いのが、選帝侯家や中央の領主貴族達の諸侯軍である。
 ニュルンベルク公爵と皇帝に翻弄されて兵士を出し、それらをかなり失った。
 領主、後継ぎ、主だった家臣や一族を失って領地の治安維持すら怪しい場所もあり、そういう所にはペーターが代官や警備隊を送り出す羽目になっている。
 末端の縁戚が、爵位と領地を巡って争っているところも多い。

 みんな死んでしまったので、自分にもチャンスが巡ってきたと騒いでいるのだ。

「おかげで、ケリがつくまでは南部に攻め入る事も出来ません」

 エメラのいうケリとは、帝国軍の再編とテレーゼの立ち位置の決定が終わるまでであろう。
 現在の帝国は、帝国摂政であるペーター派、テレーゼ率いる北部諸侯連合、ニュルンベルク公爵とその支持者達という奇妙な構図になっていた。

「本当に面倒だなぁ……」

 かと言って、このまま放置すると大陸全土が戦乱となってしまう。
 帝国が再統一されて王国と均衡してくれなければ、王国貴族達が声高に対帝国戦争を言い出すからだ。

「王国がサクっと大陸を統一してくれればいいけど……」

 そんなに甘い話ではない。
 祖国防衛のために帝国側は苛烈に抵抗するであろうし、占領した土地で反王国活動でもされたらその鎮圧のために余計に金と労力を使うと、何のために帝国に攻め入ったのかがわからなくなってしまうからだ。

 そして何よりも怖いのが……。

「侵略者に対して、三派共同で迎撃でもされたら目を当てられない」

 あり得ないとは、政治の世界では決して言えない。
 最初の先遣隊の潰滅以降、陛下が兵を送っていないのはそれを考えての事なのかもしれなかった。
 内乱で帝国が更に疲弊するのを待っているという可能性もありえるが。

「フィリップ公爵様は、今日の夕方に皇宮を訪ねるとか」

「表敬訪問か?」

「表向きの理由はそんなところですね」

「それで、俺達にも顔を出せと?」

「はい」

「ペーターは意地悪だな」

 俺達は既に自分達が取り込んだと、テレーゼにアピールするつもりなのであろう。

「拒否はしないさ。テレーゼとは久しぶりに会うか」

 工事を区切りの良いところで終えてその日の夕方、主だったみんなで皇宮に行くとそこには既にテレーゼ達も集まっていた。

「久しいな。バウマイスター伯爵」

 テレーゼの方から挨拶をしてくるが、その表情は少し暗いような気がした。
 彼女はアルフォンスの他に、二十代後半くらいの若い男性二人を連れていた。
 ラン族では無いのに高価な服を着ているので、彼らがテレーゼの兄達なのであろう。 

「お久しぶりです。フィリップ公爵閣下」

「先ほどから、ペーター殿にバウマイスター伯爵の話を聞いていたところだ」

 テレーゼの表情の暗さは、前から知り合いで無かったら気がつかなかったかもしれない。
 立場上、ペーター派に寝返ったと噂される俺に不快感や怒気を向けるわけにはいかないからであろう。

 だが、後ろの兄達は俺に対して露骨に嫌悪感の混じった表情を向けてくる。
 この辺の差が、彼女と彼らの立場を決めている要素なのかもしれなかった。

「今は亡き前皇帝陛下の無茶な命令で苦労させてしまったけど、サーカットの町の開発や新しい磁器の販売で兵力を養ってくれた件には心から感謝している。この兵力が無かったら、確実に今頃帝都はニュルンベルク公爵の物になっていたからね。何しろ急な事で、各地からの援軍が間に合わなかったし」

 ペーターはさり気なく、『先の戦闘でテレーゼ達がわざと援軍を遅らせたのでは?』という疑惑を言葉の端に表していた。

「まさか、三倍もの戦力を持つ討伐軍が敗北して陛下が討たれるとは。我らも想像がつきませんでしたので。軍は収穫が終わるまではその大部分の動員を解いていたので、全軍揃うのに時間がかかりまして」

 テレーゼの兄の一人が言い訳めいた事を言ってくるが、それならソビット大荒地に駐屯していた戦力を一万人でも先に回せば良かったのだ。
 それをしない時点で、北部諸侯連がわざと援軍を送らなかった疑惑は本物になっていた。

「終わった事は仕方が無い。それよりも未来の話だ」

 摂政なのに、ペーターは露骨に皇帝の玉座に座ってわざと相手の動揺や不快感を煽っていた。
 これまでの経緯を考えれば、帝都の住民の大半は既にペーターが次期皇帝だと思っているはず。
 内乱終了後に皇帝選挙を行っても結果は同じはずだ。

 それがわかっているからこそ、特にテレーゼの兄達は爆発寸前になっている。
 テレーゼについて来た他の貴族達は、双方の顔を見ながら次第に判断に迷うようになっていた。

 このままテレーゼを支持するか、それともペーターに切り替えるか。
 どこの世界でも、メインプレイヤー以外は勝ち組を見分けようと苦労する羽目になるようだ。

「あと一か月ほどで帝国軍の再編は終わるから、再びニュルンベルク公爵の討伐再開だね」

「ペーター殿、勝算はあるのか? 言っては悪いが、そなたの父は大失敗したのじゃぞ」

 テレーゼは、ペーターの作戦に早速ケチをつけた。
 兄達や北部諸侯の手前、素直に賛同するわけにもいかないのであろう。

「その辺はギルベルトと相談したんだけど、まずはいきなり攻め入らないで圧迫する方向でね」

 いきなり南部領域に入らず、ジワジワと真綿で首を絞めるかのように動く。
 それにより、現在ニュルンベルク公爵に従っている諸侯の裏切りを促す作戦のようだ。

「東・西部領域南部の諸侯をこちらに引き寄せないとね。中央部領域に近い南部諸侯もだね」

 こういう境界線上にいる貴族の生き残りが難しいのは、どこの世界でも同じだ。
 風見鶏のように所属先をフラフラと変えて後世で批判される人も多いが、彼らは生き残るのに必死なのだから当然とも言えた。
 綺麗事では済まない世界なのだから。

「どのみち、腹心と一部精鋭を壊滅させただけだ。いきなり決戦をするなんて、ニュルンベルク公爵の思う壺だと思うけどね」

 ペーターは、ニュルンベルク公爵の軍事的才能を恐れている。
 だからこそ同じ土俵の上で戦わないで、兵力と国力の差で勝とうとしてるのだから。

「ペーター殿の策は理に適っておるな」

 テレーゼは絶対にペーターを宰相殿と呼ばない。
 本人か兄達かは知らないが、北部諸侯全体でそう呼んではいけない空気なのだと思う。
 それでも、無条件にペーターの策を非難しなかった。
 この場合は、ここで批判をすると代わりの策を求められてしまうからだ。

 そこで前皇帝のような作戦を言えば、一緒にいる北部諸侯達に不安を与えてしまうであろう。

「フィリップ公爵殿達の兵も合わせて戦えば、何とか軍事の天才ニュルンベルク公爵の首に手が届くでしょう」

「何とかか」

「フィリップ公爵殿も、そんなに甘い相手ではないと理解しているでしょう?」

「それはそうであるな」

 会見は三十分ほどで終わったが、双方の態度はギクシャクしたままであった。
 テレーゼは能面のように無表情なままで時おり影が見え、彼女の兄達はペーターの最後の言葉で顔を真っ赤にさせていた。

『内乱が終われば、次期皇帝たる僕からフィリップ公爵家に多くの恩賞を約束するよ』

『殿下……、その次期皇帝というのは……』

『ここで言い繕っても仕方が無いでしょう。便宜上宰相になっている僕が全軍を率いてニュルンベルク公爵を討って帝位につく。それからすぐに王国との難しい交渉がある。既に戦端も一度開いているしね』

『皇帝は選挙で決めるものですが』

『だから、ニュルンベルク公爵を討った後に皇帝選挙は行うよ。当然、僕も立候補するけど』

『……』

 ペーターの発言に、テレーゼの兄達は何も言い返せないで皇宮を去っていた。
 もしこのままペーターが宰相としてニュルンベルク公爵討伐を主導するのであれば、皇帝選挙など信任投票に近くなってしまうであろう。
 それに気がついたので、何も言えなかったのだと思う。

「問題は、いつどのようにテレーゼ殿の兄達が動くかですね」

 俺達も急ぎ迎賓館へと戻るが、そこでクリストフがテレーゼ達とペーターとの会見の種明かしをしていた。

「あの兄達からすれば、テレーゼ殿が次期皇帝になってくれないと困るのですから」

 そうすればフィリップ公爵位が空き、そこに自分の子供を押し込められる。
 自分では無いが、子供は成人するまではお飾りでしかない。
 その間は、自分が実質的なフィリップ公爵家の支配者というわけだ。

 だが、テレーゼが皇帝になってくれないとその芽が潰えてしまう。
 彼らからすれば、何が何でもテレーゼに皇帝になって貰わなければいけないのだ。

「おわかりでしょう? テレーゼ殿は本心では皇帝位などいらないと思っている。ですが、親族や北部諸侯達の手前それを口に出来ない。貴族が一人で何でも自由に決められたらどんなに楽か。それはそれで、失敗した時に一気に責任が圧し掛かりますけどね。独裁型と協調型。主君のタイプには大まかに分けると二つあって、どちらも結局は一長一短があるわけです」

 やはり、経験者の発言には重みがある。
 それも失敗した経験なので、余計に説得力があった。

「ところで、明日のお昼に珍しい方からお茶のお誘いとかで?」

「珍しいというか、なぜこの人がという感じかな?」

 それは、北部諸侯ではないがテレーゼの支持者であったバーデン公爵公子であった。
 表向きの理由は、久しぶりなので色々と募る話がしたいのと、少し私的な相談があるという事になっている。
 過去の経緯から考えると、そこまで仲がいいわけでもないのだが。

「それで、奥方達を連れて行くのですね」

「出来れば、クリストフ殿も付いて来て欲しいけど」

 貴族的な話になってしまうと思うのでエリーゼ以外はその手の話に弱いし、彼女一人だけだと思わぬ不覚を取る可能性がある。
 そこで、立っている者は親でも使えとの言葉通りに、昔に争っていたクリストフを使うというわけだ。

「エルヴィン君とハルカさんは軍の訓練があるでしょうからね。私なら途中で適当に抜けられるから適任ですか」

 クリストフはすんなりと受け入れ、翌日の午後に帝都バーデン公爵家邸へと向かう。
 ニュルンベルク公爵が帝都にいた頃には色々とあったバーデン公爵家邸も、今では前と同じように正門には門番が立ち、使用人やメイドがいて俺達を客間へと案内してくれた。

 昼食後という事もあって軽く食べられるお菓子とマテ茶が出され、それを楽しんでいるとバーデン公爵公子が入ってくる。

「噂は聞いたよ。ほぼ独力で万を超える兵力を養ってペーター殿に献上してしまったと」

「献上は言い過ぎですよ。経費と褒美は全額請求しますから」

「貴殿らしいな」

 それからは、バーデン公爵公子が一方的に色々と話を始める。

「あの殿下が、突然ああいう動きに出るとはね。だが、それがあったからこそ帝都は守れたし、ニュルンベルク公爵は結構な犠牲を出した。世間ではそういう風に見ている」

「北部諸侯の中には、今度はペーターに擦り寄りたい者もいるとか?」

「いるだろうね。みんな、テレーゼ殿に絶対の忠誠心があるわけでもない」

 バーデン公爵公子は、ハッキリと先の会見のせいで北部諸侯の間に亀裂が入り始めたと認めていた。
 彼も東部の諸侯なので、何が何でもテレーゼ支持というわけでもないのであろう。

「バーデン公爵公子殿は、正式バーデン公爵位を襲爵なされないので?」

 ここでクリストフがわざと話を反らしたかのように見えたが、それを聞いたバーデン公爵公子は渋い顔を浮かべていた。

「クリストフ殿、貴殿は結構鋭く突いてきますね」

「どういう事?」

「あなた、正式に襲爵するにしても、それを認めるのは……」

「ああ、そうか」

 エリーゼからの指摘で、この件が次期皇帝を巡る争いに関係しているのだという事に気が付く。

「前の皇帝が生きている時に襲爵しなかったのですか?」

「さすがに、あの陛下に承認して貰うのはなぁ……」

 当時のバーデン公爵公子は、テレーゼ派につく姿勢を隠しもせずに見せていた。
 だから、死んだ皇帝からは嫌われて襲爵の儀式をまだ行っていない。
 討伐軍の準備に統治と双方共に忙しかったので、自然と行わない空気が出来てしまったそうだ。

「だから、今になってそれを行うと?」

「それも有りであろうなと。実際に貴族達の、襲爵、昇爵、降爵、改易と全て帝国宰相の名で行われている」

 本来であれば、皇帝が不在なのでそれは出来ないはず。
 なのに大半の人達は、ペーターが出した許可や命令を元に家を継いだり、新しい貴族になっている。 
 それに異議を唱える人は少なく、いずれは皇帝になる人だからという理由でそれらは公の効果を発揮していた。

 実はみんな、ペーターの権威と権力をほぼ認めているというわけだ。

「あの殿下は、実際に勝ってしまったからな」

 誰もがいまいち勝ち切れなかったニュルンベルク公爵に、ペーターだけが誰もがわかる形で初めて泥をつけた。
 帝都は守られ、今度は逆襲に転じようとしている。
 となれば、テレーゼ派の中にもペーターに寝返る貴族も多かろうと。

「どうせ次は無いバーデン公爵公子殿は、別にどちらが次の皇帝でも構わないと?」

 ここで先手を打って、ペーターに寝返って次期政権下で優遇されるようにする。
 卑怯だという人がいるかもしれないが、そんな事は百も承知であるし、元から貴族とはそういう生き物だといわれればそれまでとも言えた。

「私もいい加減に襲爵しないとまずいだろうからな。バウマイスター伯爵殿、帝都も色々とあって品不足の感も強いが、ようやくいい茶葉を手に入れてね。遠慮くなくどうぞ」

「それはありがたい」

 それからは、一言も政治臭い話は出なかった。
 一時間ほど世間話をして終わりで、この場で初めて彼の奥さんの紹介もされている。

「バーデン公爵閣下の正式な襲爵の儀ですか?」

「そうだ、一日でも早くだ」

「殿下にお知らせしておきます」

 屋敷に戻ると、俺はエメラを呼び出してバーデン公爵公子とした話の内容を彼女に伝えた。
 ここまで教えたのだから、あとはどう判断するかはペーター自身が決める事だ。

「殿下にバーデン公爵の襲爵の儀を仕切らせてって事?」

「マフィアの手打ちのようなものだな」

 ペーターが襲爵の儀を仕切れば、その瞬間からバーデン公爵公とその一派は彼の派閥に鞍替えをするというわけだ。
 テレーゼが知れば、裏切ったと思って激怒するかもしれない。
 例え、それが権力闘争の一環であったとしてもだ。

「こんな事をしている場合じゃないと思うけど……」

 イーナの言う事は正論だと思うが、人間とは貴族とはこういう生き物である。

「皇帝の座は二つ無い」

「ヴィルマはズバっと言うな。でも、テレーゼ様は本当は皇帝にはなりたくないのでは?」

「そうは思っても、今回は兄達までついて来ているからな。油断できないぞ」

 俺の護衛をしているエルとしては、起こるかもしれない新たな騒乱に警戒しているのであろう。
 そして二日後、バーデン公爵公子を正式に公爵に襲爵させる儀式を行うという連絡が入ってきた。
 当然儀式を仕切るのはペーターで、この事の意味に気が付かない貴族はいない。

「明後日に行うか。予想よりも早いな」

 よほど気合を入れて準備を行っているようだ。
 当日には俺達も顔を出し、バーデン公爵公子はようやく正式に公爵になった。

「テレーゼ様や、彼女を支持する貴族達は顔を出しておらぬな」

 選帝侯の正式な襲爵の儀なのに、ここで顔を出さないというのは本来あり得ない。
 つまり、今回の処置をペーターの引き抜き工作の一環だと知って抗議しているのだ。

「導師は、やはりテレーゼの味方をしたいですか?」

「本音では。だが、某達もいい加減王国に戻りたいではないか。帝国の内乱が続けば、いつまでも縛られたままになってしまうのである」

 長引く内乱に、導師もいい加減に疲れているのかもしれない。

「バウマイスター伯爵は、ペーター殿の方が皇帝に相応しいと思っているのであろう?」

「そうですね」

 テレーゼを支持する貴族連中の内情はバラバラだ。
 初女帝で歴史的な快挙だとそれだけを理由に指示している者、女だから自分達が裏で好きに操れるかもと考えている者に、彼女の兄達のように自分の子供をフィリップ公爵にしたいからなどといういい加減なものもあった。

 俺達への褒美に対する姿勢もある。
 ペーターは自分が借金王になったと言いながらも、必ず全額払うと明言した。
 テレーゼも払うとは言っているのだが、どこか帝国の財政規律に気を使い過ぎていて、その結果が例の誘惑に繋がっているという疑念が払拭できない。

「大物とは、大きく借りてそれを返してしまうのですよ」

「返せないで、稀代の詐欺師と言われるかもしれぬが」

「その時はその時でしょう」

 判断材料は勘のみであったが、俺はペーターの方が皇帝に向いていると感じた。
 だから協力もするし、その過程でテレーゼを追い落とす事になっても仕方が無いと思っている。
 ただそれだけなのだ。

「ブランタークさんは不満かもしれませんが……」

「いや。そうでもない。少しヤバい情報が入ってきた」

「ヤバい情報?」

「ああ。テレーゼ様達が、前皇帝の皇后や役職を辞めた大物貴族達と接触しているそうだ」

「よくそんな情報を集められましたね」

「嫌な予感がしたからだ。俺は別にテレーゼ様に皇帝になって貰いたいわけじゃないからな」

 ブランタークさんが入手したとなれば、もうとっくにペーターの耳にも入っているのであろう。
 バーデン公爵とその一派の離脱した穴を、ペーターの義母や前皇帝の死で動揺して役職を放棄した大物貴族達で埋める。
 数を補うには良い手かもしれないが、今の状況だと悪手としか言いようがない。

「テレーゼめ。一体何を考えているんだ。一緒に潰されるぞ」

 そうでなくても、フィリップ公爵家には前にペーターが埋伏の毒を行っている。
 アルフォンスは迷っていたが、もしテレーゼが愚かな事をすれば最悪の状況を防ぐために彼が立つ可能性もあるのだから。

「問題は、既に死に体の義母を焚きつけて何をするかだね」

 襲爵の儀が終わった日の夕方、何食わぬ顔で夕食を食べに来たペーターは笑顔でテレーゼの悪巧みについて語っていた。

「もしかすると、殿下の義母様に後ろ盾になって貰ってテレーゼ様が宰相に就任できるように工作しているとか?」

 エリーゼの予想は、権力闘争ではよくある事例であった。
 テレーゼの宰相就任を支持する代わりに、自分達の地位の復権を約束する。
 前皇帝の死後、帝都にニュルンベルク公爵軍が押し寄せると知ると役職を放棄して逃げた癖に、ペーターがそれを退けると何食わぬ顔で元の役職に戻せと言う大物貴族が多くて彼は辟易していた。
 その地位は、既に爵位や家柄が低くても能力がある者に代わっていたし、彼らは帝都防衛戦で活躍している。
 失敗したならいざ知らず、なぜ功績があった者から地位を取り上げなければいけないのだとペーターは激怒していたのだ。

 それも、ただ爵位が高いだけの卑怯で無能な者達にだ。
 更に腹が立つ事に、彼らは教会に押し込めたはずのペーターの義母を神輿にして派閥を形成しつつあるらしい。

「僕の帝国宰相への就任は議会が認めたものなのだけどね。その前に、あのクソ女にそんな権限はない!」

「それはさ。ペーターも結構緊急避難的な方法で政権を握ったから自分達も有りだと思っているとか?」

「だとしたら、僕はテレーぜ殿を過大評価し過ぎたのかね?」

「ええと……。それは……」

 これこそが、フィリップとクリストフが言うところの『自分一人ではどうにもならない』という奴なのかもしれない。

「テレーゼ殿の兄二人、クソババア、使い物にならないバカ法衣貴族達。このくらいで済ませるか……。あとは、クソババアの監視を怠った教会の連中にも責任を取らせないとな」

 ペーターはそこまで呟くと、あとはエリーゼが作った料理を美味しそうに食べてから皇宮へと戻っていく。

「ヴェル、殿下って結構物騒な事を言っていたような……」

「イーナ、俺達はバーデン公爵の件でもうペーターに十分に協力したんだ。もうあとは静観するだけだな」

 もはやテレーゼは、自分でこの次期皇帝レースから降りれなくなっている。
 いくら嫌だと言っても、周りがそれを許さない状態なのだ。
 そして、その止まらないジェットコースターの動力源には、帝都防衛で戦うのを嫌がった貴族達も入っている。

 味方にするだけ損な連中であったが、彼女の兄達が数は力だと信じて引き入れたのであろう。
 勿論その行為は、ペーターの怒りを買っただけなのだが。

「お茶を一杯」

 その日の夜中、アルフォンスが突然迎賓館を訪ねて来た。
 お茶を所望するのでエリーゼが淹れると、それを飲みながら俺に言う。

「ヴェンデリン、恨むよ」

「俺のせいか?」

「バーデン公爵の裏切りで、テレーゼの兄達は壊れたようなものだ。今も殿下から政権奪取をする密談なんてしているし、そこに喪に服しているはずの前皇后もいる。こうなれば、事は秘密裏に……。行くわけないか。とにかく、兵を挙げられたら手遅れだ。私も動かないといけない」

「そうか。すまんな」

 俺は、魔法の袋から一本の高級ワインを取り出してアルフォンスに渡す。

「なるべく穏便に処理しないと、またニュルンベルク公爵に付け込まれるかもしれないからなぁ……」

 お茶を飲み干したアルフォンスは、ワインの瓶を抱えながら迎賓館をあとにする。

「とりあえず、もう寝ようか?」

「そうだな。もう俺達に出来る事は無い」

「ところで、バウマイスター伯爵」

「何ですか?」

「アルフォンス殿に渡した高級ワイン。某の分は無いであるか?」

「ありますけど……」

 なぜか導師にも高級ワインを進呈する羽目になってしまったが、翌朝目を覚ましてから食堂で朝食を食べていると、外が大分騒がしい。
 窓の外から見ると、帝都各地に帝国軍が分散して配備されているようだ。

「何があったのかな?」

 などと思っていると、そこにエメラが顔を出す。
 そして、とんでもない事を報告し始めた。

「フィリップ公爵は健康上の都合を理由に引退。後継はアルフォンス様になります。あとは、テレーゼ様のお兄様お二人と前皇后様が病死なされたそうです」

「ペーターは決断が早いな」

 テレーゼを神輿にした北部諸侯達と、前皇后を神輿にした役職を失った中央の貴族達。
 彼らが組んでクーデターを起こす前に、ペーターが先に手を打ったのであろう。

「テレーゼは、公爵からの引退か」

「功績があるお方なので、殿下から名誉伯爵位が贈られます」

 さすがにテレーゼを殺すと世論に影響が出そうなので、彼女は爵位の剥奪だけに留めたようだ。
 その代わりに、バカな義母と裏の主犯であるテレーゼの兄達には容赦しなかったようだが。

 そんなに都合よく三人同時に病死するわけがないので、まあそういう事であろう。

「他の貴族連中は?」

「みなさん。引退の後に、後継者は爵位を一つ落としての相続となります」

 それ以上の血の粛清も周囲に与える動揺が大きいので、爵位の降格と引退だけで済ませたらしい。
 神輿にするテレーゼと前皇后が消えたので、既に役職も無い彼らは何も出来ないというわけだ。

「これで、帝国軍は一本化できました」

「そうか」

 エメラの冷静な声による報告を聞きながら、俺はテレーゼの事を考えていた。 
 果たして、彼女はこの結果をどう思っているのであろうかと。

 何にしても、これでようやくニュルンベルク公爵領に攻め入る体制ができた事だけは確かであった。
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