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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百四話 俺達は歴史の目撃者になる……が、基本何もしない。

 討伐軍を率いた皇帝は、俺達の予想通りにニュルンベルク公爵によって殺された。
 その報告をいち早く入手したペーターは、帝都郊外に駐屯していたほぼ全軍と共に帝都への入場を図る。
 皇帝の死で混乱が広がる前に、強引に政権を奪うためであった。

 法的な根拠も無くほぼクーデター状態ではあるが、皇帝の死によって皇帝選挙に出馬した人物は全て死んだことになる。
 内乱で議員の半数が死んだり交替した議会はいまだその動きは鈍く、ここで時間をかけて皇帝を選んでいる間にニュルンベルク公爵の軍勢が帝都に迫るであろう。

 緊急事態という事で、ペーターが事態の収拾に入る。
 早速帝都に入ろうとするが、当然門番によってそれは止められていた。
 現在の帝都には、治安悪化に伴う夜間入場禁止命令が下っていたからだ。

「駄目です! 夜間に人を入れるわけにはいきません!」

「緊急事態なんだけどね」

「殿下、如何に緊急事態とはいえ……」

 門番や彼らを統率する門の守将は、決まりなので入れられないと門の守りを固めていた。
 彼らは軍人であり役人でもあるので、上からの命令には忠実だ。
 いくらペーターの頼みでも、そう簡単に門を開けるはずがない。
 誰しも、その事で自分が上から処分されるのが嫌だからだ。

「強引に突破するのか?」

「そうすると職務に忠実な彼らが困るからね。当然手は打ってあるよ」

 ペーターが自信満々に言うので暫く待っていると、門の奥から守将よりも偉く見える軍人が現れる。

「門を開けて、殿下達を中に入れてくれ」

「バイエルライン様、本当に宜しいのですか?」

「俺が責任を取る。だから早く中に入れてさしあげろ」

「はあ……、了解しました」

 バイエルラインという、いかにも軍人然とした人物の命令で、渋々ながらも守将は門の扉を開けた。
 軍人や役人のもう一つの特質として、上からの命令には逆らわないという法則が発動したのだ。
 『自分が責任を取る』と、バイエルラインなる人物が断言したのも大きい。
 人間誰しも、責任など取りたくないのだから。

「殿下、では参りましょうか」

「僕は先に皇宮に行くから。帝国軍本部の掌握はボンホフ準男爵に任せるよ」

「私にですか?」

 突然の指名に、ギルベルトさんは少し戸惑っている。
 更に言えば、彼は俺が雇っている傭兵扱いであったから命令系統的にもおかしいのだ。

「そこは緊急事態という事で。僕も、ボンホフ準男爵は人材として狙っていたんだよ。ヴェンデリンが先を越して高給で雇ってしまったけど。君、本当に金持ちだよね」

「皇帝から妙な仕事を経費と報酬後払いで強引に任されたからな。楽をして何が悪い」

「数か月前も今も、あまりお金が無い僕達は、彼を引き入れられなかったのさ。だが、今ならボンホフ準男爵を帝国軍最高司令官に任じる事も可能さ」

「私が最高司令官……。殿下、何かの冗談ですか?」

「あれ? 駄目?」

「私はこの数か月、二万を超える軍勢の調練と指揮を一任してくれたバウマイスター伯爵殿に恩義があります。ですが、帝国軍には退役時に義理は果たしております」

 ギルベルトさんからすると、帝国軍とはあまり居心地が良くない場所だったのであろう。
 ペーターからの誘いに、彼は冷たく否定的な口調で答えた。
 要するに拒否したいようだ。

「これからニュルンベルク公爵の軍勢を迎撃するのに、互角の力量を持つ指揮官を任じたいのだけど」

「準男爵の最高司令官など前代未聞ですな」

 ギルベルトさんは、それ以上は何も言わなかった。
 強引に最高司令官とやらになっても、他の家柄自慢の軍人達に反抗されて統一した指揮など困難だと言いたいのを、あえて口を噤んで示したと思われる。

「非常時なんだけどなぁ……」

「派閥や家柄に非常時はありませんからな」

 ギルベルトさんの嫌味は、実はかなり当を得ている。
 戦時に能力に準じた柔軟な人事制度を行えた国が勝利する事は多いが、平和な時代だとどうしても安定化を求めて波風立てない年功序列で家柄順の人事制度が蔓延る事が多い。
 帝国は暫くは平和だったので、能力はあったが家柄が低いギルベルトさんは帝国軍を辞めて領地を継いだ。

 その風潮が、そんなに簡単に変わるとは思っていないのであろう。

「軍の編成は全て任せるから。それに、家柄自慢で皇帝に付いて行った連中は死ぬか逃げるかしているから指揮に口出しさせない事を約束する」

「ああ。戦死していればそれどころじゃないし、逃げてきても無罪放免でそのままの役職というわけにはいかないか」

 前者なら家の継承などで時間がかかり、後者でも役職の解任や降格が待っているので再編した軍の指揮など出来るはずもないというわけだ。

「兵を出していない非主流派と僕の同志達は、ボンホフ準男爵の指揮権に異議を挟まない。存分に再編した帝国軍を指揮してニュルンベルク公爵を倒して欲しい」

「私も殿下と同じ意見です。一軍の将としては動けるでしょうが、最高司令官は私には無理です。先輩、戻って来てください」

「バイエルライン……」

 どうやら、バイエルラインとギルベルトさんは知り合いであったようだ。
 共に帝国軍所属か所属だったので、特に不自然ではないのだが。

「ダミアンもアルミンもゲオルクも。みんな、先輩の指揮なら喜んで従いますから」

「しかしだな……」

 ギルベルトさんは、俺に視線を向けていた。
 今の雇用主である俺がどう思うのか気になっているのであろう。

「この二万人の軍団を永遠に維持するわけにもいきません。俺は内乱が終われば王国に帰る身ですし。遠慮なく引き受けてください」

 内乱が終結すれば、俺からギルベルトさん以下を雇う名目が消失してしまう。
 今の内に、正式な帝国軍人になって身分を保証して貰う方がいいわけだ。

 それに、帝国の軍高官が俺の息のかかった人物になる。
 ペーターに、借金を踏み倒すなよと牽制にもなるはずだ。

「指揮者の格の件も、きっとペーターが爵位と領地を出して釣り合うようにしてくれますよ。今俺が支払っている給金もくれるでしょうし、褒美も沢山貰えるでしょう。ここは、『ボンホフ伯爵家』の栄光のために誘いを受けてしまいましょう」

「なるほど。『ボンホフ伯爵家』のためですな」

 見た目とは違って察しの良いギルベルトさんは、俺の意図に気が付いたようだ。
 帝国貴族である彼を王国貴族である俺がいつまでも雇うわけにはいかない。
 ペーターの誘いを受けて帝国軍最高司令官となり、爵位、領地、褒美、追加の給金などを条件に受けてしまえば良いと。

「えっ? 今ヴェンデリンが出してる給金も?」

「新しい帝国の支配者が、軍の最高司令官を迎え入れるのにケチケチしない方がいいと思うぞ。これだけ優遇されて迎え入れられたのだと兵士達が知れば、みんな安心して新しい最高司令官を受け入れられるというものだ」

「ボンホフ準男爵は元から評価の高い将軍だったけど、それを更に補完するのか。上手い手だな。ボンホフ準男爵、受け入れてくれるかな?」

「そこまでしていただけるのなら喜んで。全力をもって戦い、必ずやニュルンベルク公爵の首を」

「帝都軍本部の掌握と、帝都の治安維持に。その内に敗残の討伐軍が逃げてくるけど、その再編なども頼む。これを先に渡しておく。役に立つかは不明だけど」

「ありがたく頂戴します」

 ペーターは、自分の個人紋が入った剣をギルベルトさんに渡す。 
 現状では皇帝の三男に何の権限も無かったが、何も無いよりはマシだと手渡したようだ。

「借金がまた増えたな。細かい事を気にしても仕方が無いから、僕は皇宮に行くか」

 軍勢の大半は、帝国軍本部の掌握や治安維持のために俺達と別れて行動を開始する。

「俺も行くからな」

「適度に頑張れよ」

「妙な励ましだなぁ……」

 エルも軍勢を率いてギルベルトさんに付いて行った。
 ペーター達を護衛する人数は数十名ほどになっていたが、これから向かう皇宮に大軍を引き込むのは御法度のようで、ペーター自身も気にしていないようだ。

「さあてと。あの頭に生クリームとババロアが詰まっている女の顔でも拝みに行くか」

「殿下、その頭悪そうな女って誰です?」 

「僕の義母だよ。兄達を生んだ女だね」

「容赦ないですな」

「どう繕っても、救いようがないクソ女だからね」

 ブランタークさんの問いに、ペーターは誰はばかる事も無く堂々と答える。
 現皇帝の正妻をクソ女扱いとは、周囲に聞かれれば大問題になってしまうのに、よほど嫌いなのであろう。

「あまり良い感情を抱いていないのであろうな」

「導師殿、あまりどころか大嫌いだね。アホで性格が悪いし、家柄の良さを自慢ばかりして五月蝿いから。あの女の話を聞いていると、貴重な時間が無駄になるからね。早めに済ませるとしよう」

 ペーターが先頭となり、数十名の一団は皇宮へと向かう。
 こちらの警備兵達は、意外にも俺達をすんなりと皇宮に入れていた。

「事前の工作が効いていた?」

「はい、ランズベルク伯爵様だと思います」

 俺の疑問にエメラが簡潔に答えてくれる。
 確か、先にペーターが名前を出した協力者であったはずだ。

「どういう人?」

「ええと……、大変に女性が好きな方でして……」

「おおっ! これは殿下ではありませんか! かねてからの手筈通りに皇宮の掌握は行っておきましたぞ。ところで、エメラ殿以外にもこんなにもお美しい女性が沢山。可憐なお嬢様方。私の名は、ハルトムート・カイザー・フォン・ランズベルクと申します」

 ランズベルク伯爵は、二十代前半の貴公子そのものと言っていい人物であった。
 ルイーゼよりも濃い青い髪を無造作に伸ばしているが、手入れはいき届いていて光沢を放っている。
 服装も一見地味に見えたが、かなりお金をかけて良い素材を使い縫製をしているようで、その個性が際立っていた。

 顔も、師匠やエーリッヒ兄さんよりも上かもしれない。
 完全無欠の、ロンゲ系爽やか貴公子と呼ぶのが相応しいであろう。

「先ほど殿下より連絡を受けて、五月蝿いのを部屋に閉じ込めました。香水臭いババアが一名、一際騒いでおりましたが」

「大変だったね」

 女性好きでイケメンのランズベルク伯爵からも、ペーターの義母はボロクソに言われている。
 よほど普段から言動が酷かったのであろう。

「はい、殿下。しかしながら、ここに五人も華麗なお嬢様方がおられる。私にそのお美しい声で、是非ともそのお名前をお聞かせ願いたい」

 歯が浮きそうなお世辞であったが、不思議とランズベルク伯爵が言うと様になってしまう。
 やはり、イケメンは何をしても言ってもイケメンなのだ。
 師匠やエーリッヒ兄さんでわかっていた事なのに。

「エリーゼと申します。バウマイスター伯爵様の妻です」

「イーナです。同じくバウマイスター伯爵様の妻です」

「ルイーゼです。同じく」

「ヴィルマ。私も同じく」

「カタリーナと申しますわ。私もバウマイスター伯爵様の妻ですわ」

 今はこういう時なので、五人の自己紹介はかなり省かれたものになっている。
 ランズベルク伯爵は、エリーゼ達の挨拶が省略された点はどうでもいいようであった。

「おおっ! 自他共に認める帝国一の愛の狩人たる私の目に留まったお美しい五人の女性全てが、バウマイスター伯爵の奥方とは! このランズベルク伯爵。感嘆の極み」

「はあ……」

 まるで芝居のように大胆に驚いてみせるランズベルク伯爵。
 普通の人がやれば失笑されるのがオチであろう。
 だが、不思議と彼がやると絵になってしまうのだ。

「とても残念な気持ちで一杯ですが、今宵は美しい女性に多く出会えて私の目の保養となりました。私は愛の狩人。常に新しい愛を求めて流離う者ですが、他人の大切な方に手を出す無粋は行いません。今宵は挨拶だけでご勘弁を」

 何がご勘弁なのかはわからなかったが、ランズベルク伯爵は片膝をついて五人の手の甲に礼儀に則って軽く口づけをして挨拶をする。
 その様子は非常に優雅で、俺は全く厭らしさを感じなかった。
 エリーゼ達も心から不快ならば挨拶を拒否したであろうが、素直に受けている点からしてランズベルク伯爵に悪い印象を持っていないのであろう。

「ランズベルク伯爵、僕もここにいるんだけど」

「殿下。あいすみませぬ。何しろ、あの方の毒で我が眼が濁ってしまいまして。エメラ殿を含めて、お美しい方々で回復を図っていたのです」

「相変わらずですね。ランズベルク伯爵様は」

「エメラ殿が私の妻になってくれるのであれば、私はいつでも愛の狩人を辞められるのですが」

「信用なりませんね」

「これは手厳しい。ではご案内いたします」

 エメラは、ペーターのみならずランズベルク伯爵にも好かれているようだ。
 その対応は、ペーターと差が無いようであったが。

 ランズベルク伯爵に案内された部屋は、現皇帝の正妻が住んでいる私室であった。

「うわぁ。ドレスとか装飾品が一杯」

 五十畳ほどもある部屋には、多くの高価な服飾品が置かれていた。
 その量の多さに、ルイーゼは感嘆の声をあげる。

「無駄遣いの賜物だね。頭の中が生クリームだから、欲しければすぐに買ってしまうんだよ」

 義理の母親だからというわけではないが、ペーターは皇后をボロクソに貶していた。

「ううっ……、そういう人に聞き覚えが……」

「聞き覚え?」

「ええ、ブライヒレーダー辺境伯様の叔母にあたる方が……」

 頭のネジが緩い浪費家の女性、イーナはブライヒレーダー辺境伯の叔母がそういう人で、甥であるブライヒレーダー辺境伯が困っているのだという話をする。
 彼に未婚の叔母がいるのは知っていたが、そういう人物だとは知らなかった。

「どこにでもある話なのね……」

「王国でも、帝国でも、一定数はいるよね。そういう人は」

 ペーターはイーナに、特に珍しい話でもないと述べる。

「ペーター殿、今宵は何の騒ぎなのです?」

 部屋の主である皇后は、ペーターの姿を見付けると顔に怒気を表しながら彼に詰め寄っていく。

「報告は入らなかったのですか? 義母上」

「あなたのような下賤な男に義母と呼ばれたくありません。陛下がお留守の時にこの騒ぎ。いくらその御子でも許されるものではありませんよ。あとで存分に罰を食らいなさい」

 幸いというか、皇后の方もペーターの事が嫌いなようだ。
 片方だけが好意を寄せる関係というのも可哀想なので、それで良かったと俺は思ってしまうのだ。
 騒ぎを起こした彼をあとで皇帝に処罰して貰えると思って、皇后は嬉しそうに威張っている。

「(厚化粧ババア)」

「(ぶっ!)」

 ヴィルマが皇后を見てボソっと毒を吐き、俺も思わず吹き出しそうになってしまう。
 昔は綺麗だったのかもしれないが、今の皇后は厚化粧に派手な衣装と装飾で水商売の女みたいであった。
 ランズベルク伯爵が嫌がるはずだ。

「僕も、あなたのような家柄しか取柄がない女を公式の場では義母と呼ばないといけない事に色々と思う所がありましてね。それは後でいいでしょう。皇帝陛下はニュルンベルク公爵に討たれました。兄達も行方不明ですが、ほぼ戦死したと見ていいでしょうね」

「そのような事はあり得ぬ。そう偽って内乱でも起こすつもりであろう。これだから、下賤な生まれの子は困ってしまうの」

 自分の夫と腹を痛めて生んだ子共二人の死が信じられない皇后は、ペーターの発言を不謹慎であるとなじり始める。

「あなたがどう思おうと僕は構いませんが、これは純然たる事実です。というか、僕はこの可能性を何か月も前から言っていましたが」

「そなたの妄言になど付き合いきれぬわ!」

「妄言ですか……。だったら良かったのですがね。バールトンから報告は来ないのですか? 彼は諜報部門のトップなのに何をしているのですかね? ある筋からの情報だと、新しく妾にした娼館の元ナンバーワンの相手が忙しいそうですが。この非常時に、報告にも来ないで腰を振っていますか」

「下賤の身で、我が兄を侮辱するのかえ!」

 典型的なざーますおばさんである皇后は、自分の兄を批判されて般若のように怒った。
 皇家の当主に正妻を押し込んでその縁で重職を得る兄、こういうのを世間では外戚の専横というのかもしれない。

「これ以上、あなたと話し合いをするだけ時間の無駄です。どうせ二~三日もすれば報告は入ってくるでしょうし。皇后様を監視しておいてくれ」

 ペーターは皇后を一瞥してから、連れて来た兵士達に部屋に閉じ込めて軟禁しておくようにと命じた。
 それを見送ると、すぐに玉座の間へと移動する。
 するとそこには、十数名の貴族や軍人が待ち構えていた。

「さてと。『皇帝の羽ペン』は?」

「こちらにございます」

 ペーターの行動に賛同した宮廷貴族の一人が、豪華な装飾のされた羽ペンを差し出す。

「羽ペン?」

「特殊な魔道具でね。これでサインをするとその書類が有効になるのさ」

 偽物の皇帝からの命令を防ぐために、昔に作られた魔道具なのだそうだ。
 皇帝になるとこれを唯一使える存在となり、サインした書類に公的な効果が発生する。
 他のペンでサインした物は、簡単な魔道具ですぐにわかってしまうらしい。

 ちなみに、皇帝の書類とサインを偽造した者は死刑と法で定まっているそうだ。

「凄い魔道具だな」

「そうだね。もう二度と作れないとも言われているね。これは暫く僕が使うとして……。いや結構長く使うのかな?」

「それは宜しいのですが、本来存在する閣僚の方々はいかがしますか?」

「一応、呼び出しておいて。どうせクビにするけど。議会も朝一で徴集する。まずは来れる人だけでいいよ」

 玉座に腰を降ろしたペーターは、次々と集まっていた貴族や軍人達に命令を出していく。
 事前に隠れて詳細な打ち合わせをしていたようで、すぐに皇宮内の喧騒は収まっていた。
 帝国軍本部の掌握にも成功して、これは無血クーデターとでも言えばいいのであろうか?

 俺達は、ただその様子を眺めているだけだ。
 あとで、歴史の目撃者であったと日記にでも書こうかと思う。

 日記なんて、いつも三日坊主で続いた事は無いけど。

「五人のお美しい奥方を持つ、我が友バウマイスター伯爵よ」

「ええと。ランズベルク伯爵でしたか?」

「親しい人は、私をハルトと呼びます。国は違えど、共に伯爵同士。仲良くいたしましょう」

 みんなが忙しい中で、なぜかランズベルク伯爵だけは暇そうで俺と友好関係を結ぶ事に集中していた。

「あの……、ランズベルク伯爵様はお手伝いをしなくても宜しいのですか?」

「エリーゼ殿、皇宮で生きる愛の狩人たる私に、軍事だの政治だのは不可能なのです」

 ランズベルク伯爵家は、長年皇宮周りの仕事を任されている法衣貴族家らしい。
 軍事、内政、財務などの仕事には一切関わらず、ただ皇宮内やその周辺の様々な仕事に携わる。
 職務上、使用人から貴婦人まで様々な人を相手にするので、コミュニケーション能力に長け、高貴な人を相手にするので文化や芸術などにも詳しい。
 そして、女性受けが良い当主が多いのだそうだ。
 確かに彼は、誰が見ても美男子であった。

「私は、皇宮を縄張りに生きる男なのです」

 ペーターは、いい人材を引き込むなと俺は思う。
 確かに政・軍事上では何の意味も無い人材であったが、あのヒステリー皇后の暴走を上手く抑えた手腕は見事だ。
 多くの女子供に、ただのメイドや使用人などが多数行き交う皇宮内での様子を良く知る彼を引き込むとは、これほど理に適った行動は無い。

 ついでに言えば、例の羽ペンの所在も彼ならばよく知っているというわけだ。
 守っている警備兵や貴族への説得でも、彼は存分に力を発揮したのであろう。

「殿下達は忙しいようだね。ヴェル達は迎賓館の方へどうぞ」

 いつの間にかランズベルク伯爵からヴェルと呼ばれていたが、不思議とそれに違和感を感じなかった。

「いいのかな?」

「構わないさ。明日になればまたヴェル達の力を借りるけど、その時には魔力が満タンで疲れていない方がいい」

 明日には、呼び出された閣僚や議員達との話がある。
 中には、ペーターの行動に異議を唱えて少数ながらも兵を出してくる者がいるかもしれない。
 その対策には、魔法使いが役に立つというわけだ。

「ならば、遠慮なく休ませて貰うよ」

「それがいい。明日は不必要に騒ぐ人が多いだろうからね」

「結局、殿下に利用されてしまったわね」

「そういえば、そうか」

 ペーターは自分達だけで政権を奪取すると言っていたが、結局俺達も帝都に入っている。
 それをイーナから指摘されてようやく気が付いた。

「お美しく賢いイーナ殿、ここはこう考えてはいかがであろうか? 殿下は万全を期するためにヴェル達にもご参加を願った。ヴェル達が参加して上手くいけば、後の褒美や報酬を帝国予算から出すのに大義が立つ。更に言うと、王国政府が帝国中枢にヴェルの影響力を残せば、それはすなわち王国の影響力でもある」

「自ら、王国の影響を受け入れた?」

「殿下がいくら善政を敷いても、帝国の国力は最低数十年王国の後塵を拝す事になる。ならば、王国に帝国の経済支配を夢見させて平和を維持する方が良いのではないかと」

「ランズベルク伯爵、あなたは……」

「イーナ殿、私は皇宮の住民にして、愛の狩人ですよ」

 その気になれば、ランズベルク伯爵は優秀な政治家になれる資質を有している事がわかった。
 ただの皇宮の住民ならば、ペーターに付くという選択肢も不可能であろう。

「それと、殿下に対してはもう一つ」

「政治家は言っている事がよく変わる。それでも、結果が伴えば良い政治家か? ハルト」

「正解だよ、ヴェル」

 ランズベルク伯爵は、俺の発言を肯定した。
 そして翌朝、俺達は起床後に朝食を取ってから再び玉座の間へと向かう。
 するとそこには、既に多くの閣僚や軍人達が集まっていた。

「このような不法な行いを認めるわけにはいかないのです!」

 昨晩騒いでいた皇后もいて、彼女は玉座に座るペーターに罵声をあげていた。

「この際は非常時ですから。それよりも、バールトン。君は討伐軍が敗戦した報は受けていないのか?」

「ええと……。理由は不明ですが、定時連絡が途絶えておりまして……」

 皇后の兄は、皇帝が他の者は信用できないと諜報関連を取り仕切る地位を与えられていた。
 ところが能力も適性も無いので、いまだに討伐軍壊滅の事実を把握していなかったようだ。
 汗をハンカチで拭きながら、しどろもどろでペーターの問いに答えている。

「だから、こちらの情報では三方から侵攻した軍勢が全部撃破されて敗走中なんだよ! 何で、あんたが把握していないんだ! ザウケン軍務大臣。あなたは当然把握しているよね? 軍にも諜報機関があるんだから」

「陛下と皇子達の消息が不明というところまでは……」

「というわけで、後方支援要員も含めた五十万人中どれだけがニュルンベルク公爵が帝都に攻め寄せてくるまで戻って来るかね?」

 意地悪そうな笑みを浮かべながらこれからの事を話すペーターに、集まった貴族達はほぼ全員顔を青ざめさせていた。

「ちなみに、ニュルンベクルの軍勢はほとんど損害を受けていないから」

 十万人を超える精鋭が帝都に押し寄せる。
 この事実に、もはやペーターの実権掌握などどうでも良くなっているようだ。
 なぜなら、ここでケチを付けて『じゃあ、お前がやれ!』と言われても勝算が全く思い付かないのだから。

「陛下が戦死した情報は掴んでいる。それで、次はどうしますか?」

「そんな事は決まっておる! アレクサンダーかユリアンが!」

「彼らの生存はほぼ絶望かと。その前に、僕と同じく法的な根拠がありませんよ」

「……」

 そう、帝国では皇帝を選挙で決めるために、皇帝が死んでもその子供には何の権限も無いのだ。
 それを得るためには、皇帝選挙に勝たなければいけない。

「彼らが奇跡的に生きていたとして、帝都に戻ってくる前かほぼ同時にニュルンベルク公爵の軍勢が迫ってくると思いますが……」

 誰かが戦力を纏めてニュルンベルク公爵と戦わなければならない。
 ペーターは、集まった全員にその意思を問うていた。
 自信があるのなら、他に立候補者がいるのかと。

「義母上はどうです? 討たれた陛下と御子息達の弔い合戦です。もっとも、敗北すると後を追う事になりますが。いや失礼。アーレ侯爵家の方々が死など恐れないのを忘れておりました。兄君の力を借りて、是非にニュルンベルク公爵をお討ちください」

「私がですか?」

「はい。お兄様の力を借りれば大丈夫ですよ」

「私が!」

 皇后とその兄バールトンは、ペーターからの提案に顔を青くさせていた。
 今までは勝てる戦いだと思って余裕でいられたのに、討伐軍の潰滅で帝都防衛に自信が持てないからだ。
 もし自分がトップにいて敗北すれば、ニュルンベルク公爵は間違いなく自分達を処刑する。
 それがわかるから、自分では受けたくないのであろう。

 特に皇后の方は、さきほどの勇ましい態度から急に弱弱しくなっていた。

「私は、夫の喪に服するために部屋に戻ります」

「私は、諜報の任務を全う出来なかった責任を取って辞職を……」

 二人は、それだけ言い残すと逃げるように玉座の間を出てしまう。

「私も……」

「急に具合が……」

 更に、ここに集まった貴族の大半はクーデター時にはニュルンベルク公爵に、今までは皇帝に媚びてその地位を得た連中ばかりである。
 沈みかけた船からは逃げ出したいようで、ほぼ全ての閣僚が辞意を示して玉座の間から姿を消していた。

「ヴェンデリン、酷いものだろう?」

「それは、王国も同じ状態になってみないとわからないな」

 平時では優秀でも、こういう非常時には駄目になってしまう人も多いのだから。

「バカが自発的に辞表を出したのは好都合。あの連中は、僕の目が黒い内は二度と役職にはありつけないから。爵位が低くても、優秀な人材に役職手当を出して任せれば問題ない。では、次は議会だな」

 急ぎ議会場へと向かうと、そこには半分以下の議員しか集まっていなかった。

「議員諸君! まずは現状を説明しよう」

 ペーターが議員達にこれまでの経緯を説明すると、ほぼ全員が黙り込んでしまう。
 正直なところ、どうしていいのかわからないのであろう。
 皇帝選挙を行おうにも、立候補者が集まる前にニュルンベルク公爵の軍勢が殺到するからだ。

「そこで、このペーター・オスヴァルト・デリウス・フォン・アーカートが摂政の地位に就いて迎撃を行おうと思うがいかに?」

 ペーターからの問いかけに、議員達は黙ったままであった。
 法律でこういう事態を想定していなかったので、どう判断して良いのかわからないのであろう。

「私はそれで構いません。今は一秒でも早く迎撃態勢を整えるべきです」

 ここで、貴族議員でもあるマイヤー商会の当主が賛同の意見を述べる。

「そうだな。今は形式論を言っている場合じゃない」

「時間が惜しいな。少しでも帝都の防衛体制を整えないと」

 更に数名の賛同者が現れ、他に意見も無かった議員達の決議でペーターは無事に摂政に就任していた。
 彼が事実上のトップとなって、帝都に迫るであろうニュルンベルク公爵を迎え撃つ事にしたのだ。

「ここまでは良しとしてだ」

 摂政に就任したペーターは、忙しく働いていた。
 帝国軍の指揮をギルベルトさんに一任し、他に任命された実力重視の閣僚達も忙しく働いている。
 北部を含めて現状の報告と援軍の要請も送っていて、早期にこの事態を予想していたミズホ伯国はすぐに二万人の軍勢を送るそうだ。

「ミズホ伯国軍は間に合うね」

 俺達がサーカットの町を出た時には既に先遣隊を出す予定になっていたので、これは間に合って当然かもしれない。

「北部諸侯はどうかな?」

「アルフォンスなら何とかするでしょう」

 テレーゼは間違いなく間に合わない。
 ソビット大荒地の野戦陣地から兵を出しても、ギリギリという線であろう。

「助っ人はともかく、帝国軍はどうなんだ?」

 王国軍組は別として、俺が集めた二万人と帝都留守部隊の二万人しかいない。
 侵攻作戦に反対した幹部や将校は討伐軍から外されていたので人材は揃っている。
 だが、残留部隊の練度はお世辞にも優れているとは言えない。

「後方支援組や、中には優秀で上手く逃げだしている連中がいるかもしれない。それを再編できれば……」

 他にも、討伐軍が大量に持って行ってしまった食料を集めたり、帝都南部から守備兵を帝都に引き揚げさせる作業でペーターは忙しそうである。

「南部の守りを薄くするのか?」

「集まっても勝てる保証が無いのに、兵力を分散する意味が無い」

「でも、大丈夫か?」

 討伐軍は、南部で略奪や婦女子への暴行を行っている。
 それに恨みを感じたニュルンベルク公爵軍が同様の事をする可能性があった。

「それは、クソ親父が無能だったからだよ。ニュルンベルク公爵に徐々に噂を流され、揚句に首を獲られて帝国中の笑い者だろうね。彼が同じ愚を犯すとは思えないけど」

 帝都に迫るまでに同じ事をすれば、逆にペーターから噂を流されてニュルンベルク公爵の評判が地に落ちるというわけだ。

「そんなわけで、帝都で迎撃を行うのだけど。ヴェンデリンに頼みがあるんだ」

「わかった」

 ペーターによる無血クーデターによって、帝国の新体制は定まった。
 だが、これからの戦況がどうなるのかはまだ誰にもわからない。
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