挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
132/205

第百二話 あの亀を撃て!

「こんなに狭い領域に、あんなに強いボスがいるとはな」

「本当、甲羅に籠ると物理・魔法攻撃一切無効とか反則だろう」

 俺が徴募して訓練させていた軍の仕上がりを見るために、そこの領域を解放しようとボスの偵察に赴いたのだが、まさかの強さに領域の外まで逃げ出す羽目になっていた。
 どうにか領域の外に出ると、エルが乱れた呼吸を整えながら文句を言う。

「甲羅に攻撃すればするほど反撃が酷いね。どういう仕組みなのかな?」

「多分、物理攻撃の衝撃も吸収して魔力に変換していると思う」

「なるほど。イーナちゃんは頭いいね」

 前世の日本では、敷いてあるマットを踏むと発電するシステムが開発されていた。
 それと似たような仕組みだと思われる。

 すぐそれに気が付いたイーナは凄いと思う。
 ルイーゼが感心するわけだ。

「あの……、それでしたら、伯父様が試すのは一番良くなかったのでは?」

「元々強烈な打撃を多量の魔力で補強しているのですから、さぞや魔力が溜まったと思いますわ」

 そのせいで、みんなで固まりながら『魔法障壁』を張って逃げる羽目になっていた。
 大量に魔法の槍が降ってくるので、カタリーナはブランタークさんと共に魔力を使い果たしてしまったのだから。

「導師、前はどうやって逃げたの?」

 ヴィルマが、前回はどうやってこの魔法のゲリラ豪雨を逃れたのかと導師に質問する。

「ふむ。前はそれほど攻撃は加えておらぬよ。それでも、魔法の槍が大量に降ってきて難儀したのであるが」

「「「「「だったら、それを先に言え!」」」」」

 相手は導師なのに、全員が容赦なく怒声を浴びせかけていた。
 そのくらい、俺達は酷い目に遭ったのだ。

「それで、どうやって倒すのであるか?」

 勿論導師は軽くスルーして、強引に次の話に持っていくわけだが。
 この人に、反省とか自重という言葉はほぼ無いのだ。

「あれを倒すの? 攻撃が効かないから無理じゃない?」

 ルイーゼの意見に、同時に全員が首を縦に振っていた。
 導師の攻撃が一切通用しないとなると、ルイーゼが前に見せた必殺技を駆使しても亀の甲羅は砕けないであろう。
 むしろ、反撃魔法で俺達が串刺しにされかねない。

「魔法使いを揃えても無駄でしょうね」

 攻撃回数が増える分、その反撃も手酷い物となろう。
 カタリーナの意見は正しい。

「『過治癒』で何とかなりませんか?」

「多分、駄目だと思うぞ」

「どうしてでしょうか? ブランタークさん」

「甲羅に閉じ籠ると、一切の魔法の効果が届いていないみたいだからな。魔力に変換されて甲羅に溜まるだけみたいなんだ。どのみち、敵に塩を送っているに等しい」

 ブランタークさんの分析によれば、甲羅の中は亀本体への危害を全て阻害する仕組みになっているらしい。
 『過治癒』とは、簡単に言えば花に水をあげ過ぎて腐ってしまう現象に似ている。
 治癒魔法を過剰に照射して逆に生体にダメージを与える魔法なのだが、亀がそれに気が付いて甲羅に閉じ籠ってしまえば意味が無い。
 元々、そんなに急激に効果を発する魔法でもないし、ぶっちゃけるとただの治癒魔法のかけ過ぎなので、そう魔力効率が良い魔法でもない。

 エリーゼも昔は使えず、俺と結婚して魔力が増えたから使えるようになった魔法だ。
 ただ、使えるようになっても魔法の性質上あまり使い道の無い魔法であった。

「駄目ですか」

「この案は駄目だったが、こういう奇策でいかないと駄目だろうな」

 エルの意見に、全員が首を縦に振る。

「じゃあ。亀の甲羅が欲しいペーター」

「僕?」

「帝都民達の度肝を抜いて、一気に政権を継承するんだろう? 甲羅が欲しい本人が考えないと」

 元々、あの亀の甲羅が欲しいと言い始めたのはペーターだ。
 欲しい本人が、責任をもって討伐案を出すべきであろう。

「ええと。奇策かぁ……。エメラが加わってもあまり変わらないか」

「はい。跳ね返ってくる魔法の槍の量が増えるだけです」

 エメラは冷静な口調で、ペーターの作戦案を否定する。

「困ったなぁ……。ねえ、これまでずっと静かなマルクは?」

 ペーターは無言で傍に控えるマルクに、何か良い作戦は無いかと尋ねる。
 護衛である彼は無言でペーターの隣に控え、共に魔法の槍から逃れてここにいた。 
 『魔法障壁』が無ければ、自慢のオリハルコン剣でペーターに降りかかる魔法の槍を切り払っていたかもしれないが、今回は息も切らせずにペーターと共に逃走していただけだ。

「私が考えますに、甲羅に閉じ籠る前に頭部なりに強烈な一撃を加えて殺すしかないのでは?」

「おおっ! 物凄くいい意見だ!」

 俺達は、どうやって甲羅に閉じ籠った亀を討とうかと考えていた。
 それをマルクは、甲羅に頭を引っ込める前に討てばいいと言ったのだから。
 ある意味、発想の転換とも言えた。

「ああ。でも、どのくらい離れていると亀に気が付かれないものなのかな?」

「あの亀は鈍そうに見えて、案外周囲の敵意に敏感でな。前にかなり遠方から魔法をぶつけてみた時には、素早く頭を引っ込めてしまったのである」

 ルイーゼの疑問に、前にも攻撃を仕掛けた事があるようで導師が答えていた。

「となると、遠距離からの狙撃か……」

 ところが、ここで一つ問題がある。
 何を使って、亀の頭を狙撃するかであった。

「魔法は駄目なの?」

「殿下。私の計算でも、最低でも八百メートルは離れたいところです。その距離で魔法で狙撃というのは難しいですね」

「当然、ボクの投石も」

「私の槍の投擲も」

「私の魔法も駄目ですわ」

「鉄弓でも無理」

 エメラも、ルイーゼも、イーナも、カタリーナも、ヴィルマも。
 揃って不可能だと断言する。

「俺も無理だからな」

「導師は?」

「某の真骨頂は、近接戦闘にあり!」

「つまり無理なんですね」

 ブランタークさんや導師でも無理となると、残るは俺だけになってしまう。

「ヴェンデリンなら余裕じゃないの?」

「そんな遠距離から狙撃するとして、練習もしないで当てる自信が無い」

 そんな遠距離からの魔法など練習した事が無い。
 皇帝の出兵まであまり時間が無い以上、無駄に練習などで時間をかけている場合ではなかった。
 双眼鏡や望遠鏡で標的を見ながら標的を狙撃するとして、狙撃銃と同じく照準の同調作業でどれだけの時間と手間がかかるのかが未知数だ。

「そんなぁ。僕は、あの虹色の亀の甲羅が欲しいんだけど。ちゃんと相場の代金を支払うよ」

「うーーーん。あっ! あの手があったか!」

「頑張れぇーーー。ヴェンデリン」

 一つもしかしたらという案を思い付くと、ペーターがいつもの軽い口調で俺の応援を始める。 

「策は思い付いたが、実行するのはヴィルマに任せるから。駄目元くらいに考えて頑張れ。ヴィルマ」

「ヴェル様。私、頑張る」

 俺が考えた作戦により、陸亀王レインボーアサルトを遠方から狙撃する作戦が始まるのであった。




「作戦は単純だけど、規模は結構な物だね」

「軍の訓練の仕上げが、メインの目標だからな」

 翌日、俺とペーターは樹木や草木が全て切り払われた領域で作戦の開始を待っていた。
 頭を甲羅に引っ込めると一切の攻撃が効かなくなる陸亀王レインボーアサルトに対して行われる作戦は、彼がこちらを認知できないであろう距離から、その頭を狙撃して撃ち抜くというものであった。
 ここは魔物の領域なので、ボスを失った魔物が周囲に逃げ散らないように、既にこの数か月で集めて訓練した帝国軍に、王国軍とミズホ伯国軍も集合して取り囲んでいる。

 少数のグループずつで領域に侵入し、寄ってきた魔物を狩ってから撤退。
 これを際限なく繰り返して、更に魔物を減らしていく。
 領域への行軍、配置、野戦陣地の設営、作戦通りの行動に戦闘と。
 ギルベルトさん、ポッペクさん、フィリップ、ミズホ伯国軍の指揮官が共同し、行動に齟齬や混乱を起こさないようにする。
 訓練期間の短さが気になったが、今のところは特に問題なく作戦は進んでいる。

 エルとハルカも、千人ほどの軍勢を率いて領域を囲んで魔物を徐々に狩っていた。

「そして、ヴィルマちゃんの狙撃か」

 ボス以外の魔物は軍に任せるとして、本命の陸亀王レインボーアサルトは俺とヴィルマで担当する事になっていた。
 まず狙撃に使用する武器であったが、これは遠距離の目標に対しての貫通力を確保するために、ミズホ伯国軍から新しい試作型の魔銃を借りている。

 ミズホ伯国軍には、前のニュルンベルク公爵軍との戦闘で魔銃を強固な盾で防がれてあまり戦果を挙げられなかったという苦い過去が存在している。
 戦国時代に火縄銃の弾を竹束で防いだのと同じだと思うが、今度こそはとミズホ伯国は魔銃の貫通力を上げる方法を模索していた。

 幾つもの試作品が完成し、その中の幾つかをヴィルマが試験してデータを集めている。
 ミズホ伯国人にも魔銃の名人はいたが、ヴィルマも彼らに劣らないのでデータ収集をよく頼まれていたのだ。

「それで、これが最新式なの?」

「そう。対大型魔物用、及び遠距離狙撃専用魔銃甲七型だ」

 七番目の試作型という事らしい。
 甲九までナンバーが進むと、乙一になるそうだ、
 試作ナンバーまで付くとは、ミズホ職人達はそういう細かいところにも拘るようだ。

「格好良いね。僕も使ってみたい」

 ペーターは、新型魔銃の恰好良さに子供のようにはしゃいでいた。

「でも、銃身が長いね。あと、色々とゴチャゴチャ付いている」

「試作品だからな」

 試作品でも、威力と射程距離は折り紙付きであった。
 実際に試験した俺とヴィルマが言っているのだから間違いない。

 その代わりに、まずは銃身が異常に長かった。
 三メートル近くあるので当然手に持って狙撃するタイプの魔銃ではないく、特殊な三脚に載せて、ヴィルマも伏せて狙撃をしないといけない。

「ここ、魔物の領域だけど大丈夫?」

「そのために、周囲を軍で囲んでいる」

 狙撃地点を計算したところ、そのポイントは領域中心部から八百メートルの地点となった。
 当然魔物は出没するが、元から導師が大分減らしていたし、二千人からなる王国軍が狙撃地点周辺の魔物を全て駆逐して守りを固めている。
 更に、狙撃地点までの障害物も問題となったが、これは昨日の陸王亀レインボーアサルトからの反撃で木々が倒された道を利用して草木を全て刈って視界を確保していた。

 見通しが良くなる分、やはり遠距離から射撃をするのが良いというわけだ。

「視界、距離、狙撃する武器の性能と、全て良しか」

「あとは、狙撃手も優れている」

 鉄弓でも、魔銃でも、ヴィルマの狙撃の腕は天才的であった。
 ミズホ伯国が試験を頼むほどなのだから、その才能は本物というわけだ。

「というわけだから、頑張ってくれ」

「大丈夫、いける」

「凄いな、ヴィルマちゃんは」

「殿下、私はレディー」

「あはは、ごめんね……」

 ペーターはまたヴィルマをちゃん付けで呼んでいたが、それを彼女にキッパリと否定されてしまう。

「あの、バウマイスター伯爵」

「エメラさん、まだ何か?」

「魔銃というのは、こんなにゴチャゴチャした武器なのですか?」

「これは特別なんだよ」

 エメラは、魔銃の銃床部分に大きな箱が複数付いているのが気になるようだ。
 これも大き過ぎて、特注で作られた台に載せられているほどなのだから。

「銃弾の威力を上げるには、銃身を長くして、銃弾を加速する魔力量を上げればいいのだけど……」

 火薬と同じで、量が多過ぎて銃身の強度が耐えられないと破裂して使用者に害が及ぶ。
 そこで、安全装置を兼ねて狙撃手周辺の銃身部分は堅牢に作られている。
 この狙撃銃が手に持てない理由であった。
 普通の魔銃はこの問題を解決するために、刀は苦手だが力のある若い男性ばかりが配属されている。
 ヴィルマにはパワーがあるので、更に重たい狙撃銃のデータ取りを任されているというわけだ。

「銃身の加熱の問題もある」

 魔力を使って銃弾が恐ろしい速度まで加速するので、銃身が一気に加熱する。
 放置すると銃身の強度が落ちるし、狙撃手が火傷をしてしまう。
 これも、普通の魔銃は消費魔力量と威力を落としているので連続で五発の発射が可能になっているが、試作品にはそういう制限がついていない。
 一発撃っただけで駄目になるをの防ぐために、特殊な冷却装置が必要であった。

「氷魔法を具現化する魔道具を組み込んだ、冷却装置も付いているわけだ」

「あの……。理論上の威力は凄いですけど、魔力の使用量が……」

 帝国で魔銃が普及しない理由である。
 銃身の素材と冶金・加工技術に、魔晶石と冷却装置の小型化。

 これが解決できず、簡単に持ち運べないのでまだ改良の進んでいる魔剣の方がマシだと思われていたのだ。

「さすがの俺でも、一日で四発しか魔力が保ちません」

 魔力を食い過ぎなように思えるが、試作品なので燃費の悪さは勘弁してくれという事らしい。
 その代わりに、威力についてはミズホ職人達が保証してくれている。

「私なら一発が、それも従来の威力を発揮しませんね」

 試作品ならではの魔力燃焼効率の悪さに、エメラは呆れかえっていた。

「それで、ヴェンデリンにコードが付いているんだね」

「俺が魔晶石替わりなの」

 試作用の狙撃魔銃にも魔晶石は付いているが、これだと一発だけ撃って冷却装置が少しだけ機能して終わりだ。
 一発目を失敗した時の保険が欲しいので、俺が魔力を伝達するコードを持って二発目以降の魔力を補填する必要があった。

「というわけで、俺は動けない」

「では、私がお二人の護衛役に入ります」

 エメラが、俺とヴィルマの護衛に入ると宣言する。
 特に俺は魔力の補給役なので、他の魔法が一切使えないからだ。

「ヴェンデリンは、ひも付きで動けないしね」

 コードは、地球の電線に良く似ていると思う。
 今のところ一番魔力を効率よく伝達する金属はミスリルだが、それではコストが嵩んでしまう。
 代わりに銀を使用しているが、それでもコストは恐ろしく跳ね上がる。
 細い大量の銀線を大人の親指ほどの太さに束ね、外部をゴムに似た物質で覆っている。
 このゴムモドキの材料は、北方の森に住む巨大ナメクジの粘液を加工した物だそうだ。

 極寒の地でも凍らない粘液が材料なので、温度による劣化が恐ろしく少ないのだそうだ。

「不思議な素材だね」

 ペーターは、コードを覆うゴムモドキを見て感心していた。
 ちなみに加工方法は秘密で、ミズホ伯国の秘匿技術というやつだそうだ。

 粘液だけ集めて固めようとしても粘液のままらしい。
 他の材料をどのくらい加えて、どのように加工するかは不明であった。

「もう一つ質問をいいかな?」

「何だ?」

「こんな遠距離から、亀の頭を狙うのかい? というか、どうやって?」

「そっちは、俺が装置を提供している」

 とは言っても、俺が開発したわけではない。
 前に、魔の森の地下倉庫から見付けた魔導望遠鏡を提供しただけだ。
 これは、その名の通りに魔力を使って遠方の物を詳細な映像で見る装置である。

 電子顕微鏡や、電子双眼鏡の魔力バージョンであった。

「そのままだと狙撃に使えないから、多少ミズホ職人達に改良して貰ってね」

 狙撃用のスコープにするために少し形状を改良し、照準器リアサイトとの同調作業もある。
 あとは、銃弾の改良もあった。

「これが弾ね」

「大きいね」

 大きさで言うと、三十ミリ機銃砲ほどもある。
 材質は全てタングステンで、俺が魔法である程度の形を作ってからミズホ職人が椎の実型の尖った形状に削って仕上げている。
 銃弾を大きくしたのも、先端を尖らせたのも、全て貫通力を上げるためだ。

「人間でも、動物でも、魔物でも。頭を撃ち抜けば死ぬからな」

「なるほど」

「ペーターは大人しくしていてくれよ」

 大軍で領域を囲んで魔物を少しずつ狩り始めているし、狙撃地点も数千人の軍勢で囲って俺達を護衛している。
 だが、作戦が始まれば何が起こるかわからないのだ。
 自分の身くらいは自分で守って貰うしかない。

「大丈夫。僕もそこそこ戦えるし、マルクがいるから」

「ならいいさ」

 俺が傍にいる魔法使いに声をかけると、彼は上空に『ファイヤーボール』を打ち上げる。
 これが、作戦開始の合図であった。

「ヴィルマ。頑張れよ」

「任せて」

 作戦開始の合図と共に、俺はコードを握っていつでも魔力を流せる体制にした。
 ヴィルマは魔導スコープのスイッチを入れ、早速八百メートル先の陸王亀レインボーアサルトの頭部に狙いをつけ始める。

「全然見えないね」

 八百メートル先の物が裸眼で見えるはずがない。
 全ては、ヴィルマの狙撃と魔導スコープの性能にかかっているわけだ。

「殿下、お静かに」

「そうだね」

 エメラに注意されて、ペーターは静かになっていた。
 ペーターはエメラに惚れているし、彼女の方が二歳ほど年上なのでよく言う事を聞くみたいだ。
 まるで、姉に諭される弟みたいに見えてしまう。

「ヴィルマ、亀は頭を出しているのか?」

「大丈夫、狙える位置にある」

 それから数十秒ほど、伏せて試作型狙撃魔銃を構えるヴィルマは細かく銃身を動かして照準を合わせていた。
 その真剣な表情を見ると、いつも通りに可愛らしいままなのに、まるで某サーティーンに見えてしまうほどだ。

「撃つ」

 ヴィルマはそう短く言った後に、静かに引き金を引いた。
 狙撃銃というよりも対戦車ライフルに近いそれから、爆音と共に銃弾が発射される。
 続けて、異常加熱した銃身を冷やするために冷却装置が働き、銃身が一気に冷やされて周辺に強烈な水蒸気が叩き付けられる。
 一番近くにいるヴィルマにも水蒸気がふりかかるが、それを予想して彼女はミスリルコーティングされたコートを着ていたので問題なかった。
 これは、データ取りに貢献している彼女がミズホ職人達からプレゼントされた物である。

「当たったか?」

 狙撃地点にいる全員の視線が、一斉にヴィルマに向く。
 裸眼や普通の双眼鏡でも確認できないので、彼女に結果を聞くしかないのだ。

「亀、倒れた」

「おおっ!」

 俺は急ぎヴィルマの隣に伏せてから、魔導スコープを覗き込む。 
 すると、陸王亀レインボーアサルトは頭部から血を流して動かなくなっていた。
 暫く観察を続けるが、頭部への一撃が致命傷であったようだ。
 死亡判定をしても、問題ないであろう。

「やったぁーーー!」

 陸亀王レインボーアサルトが死んだ事により、ペーターとエメラも大喜びであった。
 周辺ではまだ魔物の駆逐が続いているが、ボスが死んだために更に組織力は弱体化するであろう。

「あとは、大分減った魔物を壊滅させれば……」

 と思ったところに、とんでもない映像がスコープから入ってくる。
 突然、死んだ陸亀王レインボーアサルト近くの岩場が地響きを立てて崩れ落ち、そこからもう一匹の虹色甲羅を持つ陸亀が出現したからだ。
 しかも二匹目は、一匹目よりも体が一回りほど大きかった。

「大きいな」

「旦那さん?」

 ヴィルマが、俺に顔をくっ付けて魔導スコープを覗き込みながら言う。

「親という事は無いか?」

「お兄さんかお姉さんかもしれない」

「二人とも、そんな事はどうでもいいから!」

 妙にペーターが動揺しているが、もう一度狙撃すれば済む問題だ。
 俺が立ち上がると、素早くヴィルマが銃身に弾を込めてから照準を合わせて発射する。

 今度は魔晶石の魔力が尽きたので、コードを握る俺の魔力が大量に吸われていく。 
 これで、残り三発しか撃てない計算だ。

「どうだ?」

「倒しきれていない」

「本当か?」

 再び伏せて魔導スコープを覗き込むと、そこには頭から血を流しつつも生きている陸亀の姿があった。
 どうやら、一匹目よりも頭が頑丈に出来ているらしい。
 大きい分、頭がい骨が頑丈なのであろう。

「お父さんだから、頭が頑丈なんだ」

「お兄さんだからかもしれない」

「だから、そんな事はどうでもいいって!」

 またペーターが五月蝿いが、いちいち気にする時間は無い。
 しかし、亀が二匹いるとは予想外のアクシデントだ。
 しかも頭が固いようで、一撃では頭を撃ち抜けていない。

「導師、偵察は正確に」

 俺は思わず、この場にはいない導師を愚痴ってしまう。
 更に、俺達にとってあまり好ましくない行動を亀が取り始める。
 相棒を殺され、自分も頭に怪我をさせられたので頭にきたようだ。

 こちらに向かって突進を開始していた。

「亀、意外と歩くのが早い」

「本当だ」

「君達、本当に冷静だね!」

「ペーターよ、こういう時だからこそ逆に冷静に対処しないといけないのだ。おい」

 俺は、近くにいた王国軍人に声をかける。

「はっ!」

「亀は、狙撃をした俺達が狙いのようだ。亀の進路上にいる部隊があれば引き揚げさせるように」

「了解しました」

 怒り狂った亀は、俺とヴィルマの方向に向かって怒涛の進撃を開始していた。
 思った以上に足は早かったが、所詮は亀なのでそれでも限界がある。
 冷静に対処すれば、軍勢に犠牲は出ないであろう。

「ヴェル様、どうするの?」

 何より、ヴィルマが全く動揺していない。
 彼女の素の性格といえばそれまでだが、まだ決定的な危機だとは思っていないのだ。
 俺だって、最悪逃げるくらいなら何とでもなる。
 喚きたてて、恥ずかしい姿を周囲に見せるわけにはいかなかった。

「こうなれば、もう一度同じ場所に狙撃するしかないな」

 一度命中して弾がのめり込んでいる場所にもう一度命中させる。
 そうすれば、最初に命中した銃弾が頭の奥にのめり込んで脳に致命的なダメージを与えるはずだ。

「なるほど、いいアイデアだと思う」

「そういうわけなので、俺とヴィルマとエメラ以外は全員退避」

 この中で一番偉い俺が命令すると、軍勢は亀の進路上から離れていく。
 試作狙撃魔銃の傍に残ったのは、俺とヴィルマとペーター達だけであった。

「あれ? ペーターは退かないのか?」

「ヴェンデリン。さすがにこれは物凄く危険だと思う。導師や奥さん達を呼んで逃げないと」

「いや。大丈夫だろう」

「その根拠は?」

「ヴィルマは自信があるみたいだし」

 ヴィルマは普段から冷静で、自分が出来もしない事を出来るなどとは絶対に言わない。
 間違いなく、俺の嫁達の中で一番合理的な思考を持っているはずだ。
 その彼女が大丈夫だと言うのだから、必ずや狙撃を成功させてくれるであろう。

「信じているのか?」

「俺は彼女の夫だからな。それに、ヴィルマなら駄目だと思えば駄目だと言うし、そうしたら次の策を考えればいい」

 そう言っている間に、ヴィルマが二射目を発射した。
 再び爆音と強烈な水蒸気が周囲に叩き付けられ、今度はエメラが『魔法障壁』でそれを防いでくれる。

「どうだ?」

「少し外れた。次で成功させる」

「よーーーし、ヴィルマに任せちゃうぞ」

「任された、ご褒美が欲しい」

「二人だけで町に遊びに行こう」

「やる気出てきた」

 ヴィルマは再び弾を込めると、更に真剣な表情で照準をつけ始める。
 そのあまりの集中ぶりに、既に俺達の声も聞こえていないようだ。

「やはり出ましたか……」

 そして、二匹目の亀接近に備えて軍勢を退避させた影響が出てくる。
 数匹だけであったが、猪型と熊型の魔物がこちらに襲いかかってきたのだ。

「エメラさん、助けはいるかな?」

「いえ、バウマイスター伯爵様は狙撃以外で魔力をお使いにならないように願います」

 エメラが魔物に両手を向けると、突然地面から鋭い岩棘が飛び出して魔物を串刺しにする。
 魔物は岩棘のせいで宙に浮き、それが刺さった場所から大量に血を流して死んでしまう。

 その魔法は、まさに『串刺し』と呼ぶに相応しかった。

「私の二つ名は『串刺し』です。土系統が得意なのです」

 一見地味に見える魔法だが、この程度は彼女からすれば余技のはず。
 続けてまた数匹の魔物がこちらに襲いかかってくるが、かなり前で同じく串刺しにされて倒された。

「エメラ、私にも少し寄越せ」

「失礼しました。マルク殿」

 ここで寡黙な剣士マルクも参戦し、自分に向かってくる魔物を流れるような動作でかわしつつ、すれ違いざまに自慢のオリハルコン剣で切り捨てていた。
 その強さは、まるで時代劇に出てくる剣豪のようだ。

 素人目にも、エルが勝てないと断言した理由がよくわかる。

 そして、その間にヴィルマが第三射目を発射していた。

「今度はどうだ?」

「命中したけど倒れない」

 既に大分接近していたので、自前の双眼鏡で観察する。
 すると、最初に命中した箇所の穴が広がり、額にも大きな亀裂と滴り落ちる大量の血液は確認できたが、まだその生命活動を止めていなかった。

「もう一撃必要か?」

「さすがに、もう一度同じ場所に当てれば死ぬ」

「そうだな。もう一撃だ」

「えっ! まだやるの?」

 ペーターには、作戦続行が無謀に見えるらしい。
 否定的な口調で、俺達に聞いてくる。

「近いから、更に当てやすいじゃないか」

「もうかなり近いけど……その前に同じ場所に三回も?」

「だから大丈夫だって」

 確かに、亀との距離は既に百メートルを切っている。
 亀は最初は銃弾が飛んできた方向に突進していただけだが、俺達を見つけて相棒の仇が取れると喜んでいるようだ。
 更に速度を上げて、こちらに向かってくる。

「ヴィルマ、俺の魔力はあと一回分だけだ。一応、魔晶石分もあるけど」

「そうなると、今度は狙撃自体が出来なくなる」

 亀とほぼゼロ距離になるので、『魔法障壁』を張って撤収するしかなくなるであろう。

「君達は、本当に冷静だね」

「俺はペーターよりも臆病者だと思う。ただ死なない確証があるからここに残っているだけだぞ」

 ギリギリまで射撃を続けて自分に魔力が無くなっても、予備の魔晶石で『魔法障壁』を張りながら逃げればいいので問題ないだけなのだ。
 エメラもいるので、まず死ぬ事は無いはず。 

「ヴィルマが大丈夫だと確信しているから安全だしな」

「ヴェンデリン。君はもしかしたら、僕よりも皇帝の資質があるのでは?」

「はあ? 何でこんな事で? 皇帝ってのは、もっと責任感がある人がなるものだ」

「かもしれないけどね……」

 二人で話をしている間に、亀は俺達から五十メートルほどにまで迫っていた。
 亀は大きいので、まるで小山が迫っているかのように見える。

「まだ撃たないのかい?」

 ペーターは不安そうであったが、ヴィルマは確実に当てるために慎重に照準を合わせているだけだと思う。
 これが常人ならば、迫りくる亀に恐怖して早めに引き金を引いて失敗してしまうはずだ。

「撃つ」

 結局ヴィルマは、三十メートルほどの位置で引き金を引いた。
 爆音と大量の水蒸気と共に俺の魔力の大半を持っていく。

 少し眩暈がしたが、それと同時に前方から今までに聞いた事がないほどの断末魔の声が響く。 
 視線を向けると、頭部をかち割られて血塗れの亀の頭が目前にまで迫っていた。

 ヴィルマは、俺達に害が無いギリギリの距離で射撃をしてくれたようだ。

「頭部の着弾痕は二か所か。その内の一つは、二射目で外してしまった物だな」

 穴の奥に目視可能な銃弾の尻が見える。
 やはり、一匹目に比べて頭蓋骨が丈夫に出来ていたようだ。
 そして、本命の着弾痕からは蜘蛛の巣状に亀裂が広がっている。

 同じ場所に着弾のエネルギーが三回も集中したので、脳と頭蓋骨の外側にもダメージがあったのであろう。
 大量に出血して、地面に血溜まりが出来ていた。

「しかし、二匹いるのは反則だよなぁ」

 文句を言おうにも、導師はブランタークさんや妻達と分散して魔物狩りをしてるのでまだ戻って来ていなかった。

「まさか、もういないよな?」

「大丈夫みたい」

 立ち上がったヴィルマが狙撃銃から外した魔導スコープで中心部を確認するが、他の陸亀の姿は無いようだ。

「あとは、残り少ない魔物を駆逐して、二匹の陸亀の解体もあるか」

 後始末は面倒そうだが、二匹いた陸亀王レインボーアサルトの討伐と領域の解放は成った。
 また始まる戦争に向けて、良い成果になったと思う。

「ところで、この二匹は兄弟なのかな? 親子なのかな?」

「夫婦かもしれない。だから怒った」

「なるほど、妻なり夫を殺されて激怒したのか。でも、友情に厚い親友同士かもしれないぞ。夫婦ではなくて、恋人同士という線もある」

「仲の良いご近所さん同士かもしれない」

「なるほど、お隣だからおすそ分けとかしていて仲が良かったと」

 俺とヴィルマは、二匹の陸亀の関係を考察し続ける。

「君達はある意味大物だね」

「そうか?」

「私達のパーティーでは普通にある事」

「そうなんだ……」

 俺とヴィルマが大物を倒した余韻に浸っていると、ペーターが何か不思議な物でも見るかのように俺達を見ている。

「皇帝になる男がこのくらいの事で動揺するなよ」

 この程度で動揺されてはこの先大変なので、ペーターにちゃんと注意しておくのを忘れないようにするのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ