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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第百話 ダークホース現る。

「さてと。皇帝陛下は俺達に何の用事かな?」

「ヴェンデリン。間違いなく大した事が無いか、碌でも無い事だと思うよ」

「だろうね」



 季節は秋になり、既に作物の収穫が始まっていた。
 これが終わって税が国や貴族に納められると、いよいよニュルンベルク公爵討伐に向けた動員が行われる。
 帝国軍は、正面戦力だけで三十万人を動員する。
 これに、補給部隊や情報収集のための部隊、占領地の軍政を担当する部隊などもあるので実数はもっと多い。
 財政が苦しかろうと、皇帝が無能だろうと、帝国の官僚システムが優秀である証拠とも言えた。

 だが悲しいかな、戦争は軍人の能力で決まってしまう。
 軍の練度や補給状況は一定に保たれているが、ニュルンベルク公爵には地の利があり、軍はもっと精強で、資金も物資も豊富である。
 指揮官の質は完全に向こうが上であろう。
 中級以下の指揮官も、彼が独自に選抜して鍛えているのだ。
 三倍の数があっても、帝国軍が勝てる未来が俺には思い浮かばなかった。

 そんな中で、俺とアルフォンスは再び皇宮に呼び出されていた。
 そんな暇があったら磁器を作りたかったのに、面倒な事をしてくれる御仁である。

 奏者に案内されて玉座の間に行くと、前と同じく育ちが良さそうな皇帝陛下が待っている。
 周囲にいるコバンザメのような取り巻き連中も前と同じだ。
 もう少し、マシな人材を集められないのであろうか?

 早速に二人で挨拶をすると、皇帝はこう切り出した。

「二人には、帝都周辺に陣を張って現地の治安維持に努めて貰いたい」

「はあ……」

 なぜそんな事を命令するのかが意味不明である。
 サーカットの町に置いたままか、せめて帝都内に入れて予備兵力にでもしてくれと思ってしまう。
 多分、俺達を帝都内に入れたくないのであろうが。

「私は兵力を保持しておりませぬが……」

「テレーゼから数千も借りれば良いであろう」

 テレーゼに大軍を率いさせて帝都に入れると、自分の留守中に何か企むかもしれない。
 だが、それを恐れているように周囲には見られたくない。
 猛将という評価が薄いアルフォンスが帝都周辺で陣を敷けば良いと、腰巾着の誰かが進言したのであろう。
 小賢しいというか、中途半端な命令である。

「早速に兵の準備を始めます」

「任せるぞ」

 わずかな時間で皇宮を辞してあとはサーカットの町に戻るだけだが、時間的に帝都で一泊しないと駄目であろう。
 俺とアルフォンスにエルが指揮する護衛達もやはり男ばかりであったが、十名ほどで帝都内を歩いて宿を探す。

「皇帝陛下は、皇宮に泊まって行けとは言わなかったな」

「ヴェンデリンは、皇宮に泊まって行きたかったのかい?」

「堅苦しいし、明らかに歓迎されないだろうし、食べ物に毒が混じっている可能性も考慮しつつ嫌だ。言ってみただけ」

「私も同意見だな」

 帝都の商業街を歩いてみると、初春の帝都奪還直後からは大分回復したようだ。
 町を歩く人々の表情もほぼ戻っている。
 実際には魔導飛行船が使えず、その分流通量が落ちて以前よりも景気が少し落ち込んでいるそうだが。

 帝国の経済官僚達は、何とか戦費と共に景気対策の資金を捻り出そうとして皇帝の腰巾着共と言い争いをしているらしい。
 皇帝が凡庸でもシステムで何とか帝国が動いている証拠とも言えるが、やはり皇帝が凡庸で力が無いと国に力が無くなる。

 みんな、心中では有能な指導者を欲しているはずだ。

「エル。先に商談を済ませよう」

「帝都で磁器を販売して、皇帝に睨まれないかな?」

「睨まれても何ら問題は無いな」

 皇帝陛下に言われた兵を整えるために、俺は苦労して稼いでいるのだから。
 彼としては俺の資金力を削りたいのであろうが、バカ正直に向こうの言いなりになるつもりもない。

「怖い事を言うな。ヴェルは」

 サーカットの町と帝都との往復で、一週間以上は時間を食ってしまう。
 その間磁器の製造が出来ないために経済的には打撃なので、俺は魔法の袋に大量に製造した磁器を入れて持ってきていた。
 エルは、他の窯元やそれを保護する貴族、更には皇帝に睨まれないか心配しているようだが、こちらには食べさせないといけない者達が大量にいるのだ。

 押し付けておいてそんな文句を付けるのであれば、俺はいくらでも反論してやるつもりだった。

「同品質の物を売って市場を圧迫しているわけでもない。値段も違うから購買層も違うし、他の窯元の磁器なんて商売仇にもならない」

 白い磁器は人気で、商人達はこぞってサーカットの町まで来ている状態である。
 帝都の大商会に持ち込めば高額で購入してくれるはずだ。

「足元見やがったら、サーカットの町に持ち帰って売ればいい」

「何でそんなに喧嘩腰なんだよ」

 俺の言い方に、エルは顔を顰める。

「アルフォンスには悪いけど、帝国の連中の方が俺に喧嘩腰だから」

「言い訳できないねぇ……。皇帝陛下は、君を有力な外様勢力の一つだと認識してしまったからね」

 だからと言って、今までの働きに対する報酬も支払わず、後で払うからと言って更なる負担を押し付ける理由にはならない。
 挙句に人が苦労して金を稼いで帝国人主体の軍隊まで養っているのに、偉そうに呼び寄せてまた外で駐屯していろと命令するのだ。
 これで、好意的になれるはずもなかった。

「テレーゼとも、現状では友好寄りの別勢力という認識だな」

「やっぱり……」

 皇帝派と対立しているせいか知らないが、最近では食料すら補給して来ない。
 導師と軍主体の合同狩猟、周辺領域やミズホ伯国からの友情価格での輸入で少しずつ備蓄を行っている状態だ。

「テレーゼには文句を言ったんだ。いくら苦しくても、ヴェンデリンへの食料補給は止めるなと」

「なぜ止まったんだ?」

「ヴェンデリンなら何とかしてくれると……」

 アルフォンスは反対したのだが、皮肉な事にフィリップ公爵領で内政を担当している兄二人が賛成に回ってしまったそうだ。

「その分を、北部諸侯への貸与や援助に回した方がいいとね」

 テレーゼからすると、兄達の意見は無視できない。
 下手に敵に回すと、皇帝派からの調略が及ぶと思っているからであろう。

「俺達はあくまでも外様。外国人だな」

 それでも、ここでめげるわけにはいかない。
 ニュルンベルク公爵を討ち、例の装置をバラバラに破壊する必要があるのだから。

「ふぇーーー。凄い屋敷だなぁ」

 話をしている内に、帝都でも有数の大商会本部へと到着していた。
 正面を警備する門番に俺の身分と用向きを伝えると、すぐに応接室に通されて高価なお茶とお菓子が出される。

「さすがだなぁ。帝国有数の大商会ともなると」

「これ、普段エリーゼが淹れてくれるマテ茶よりも美味しいよな」

 アルフォンスとエルは、メイドが淹れてくれたお茶の美味しさに感動していた。
 エリーゼが淹れるお茶よりも美味しいという事は、普段うちが使っている茶葉よりもかなり高価だという事だ。

「さすがは、フィリップ公爵閣下の腹心であらせられるアルフォンス様と、バウマイスター伯爵家一番の重臣の方。お口が肥えていらっしゃいますな」

 そこに商会の当主と思われる恰幅の良い中年男性が姿を現し、アルフォンスとエルの味覚を褒めた。

「そして、現在勢力を急激に拡張中のバウマイスター伯爵様」

「好きでやっているんじゃないよ。マイヤー商会の主ともなれば、皇帝陛下からさぞや無心があっただろう? それと同じさ」

「はい。ニュルンベルク公爵討伐で得られる利益で返済すると、無利子・無期限で結構な額の帝国債を。私どもは、子供達の食事代にさえ事欠きそうですな」

「面白い冗談だな。購入分だけ税金がお安くなっているとかあるんだろう?」

「これはこれは。バウマイスター伯爵様は、お若いのになかなかに博識でいらっしゃる」

 別に博識というわけでもない。 
 前に、そんな条件で債権を販売した事例があったのを聞いた事があるだけだ。

「俺も同じでな。あとで褒美と合わせて補填すると言われて収入が無いから、副業で稼いで多くの人を養っているというわけだ」

「帝国内において、ヘルムート王国貴族であるバウマイスター伯爵様が、新しい磁器で稼いで大兵力を養っていると評判となってございます」

「大兵力? 大兵力というのは、最低でもニュルンベルク公爵くらい揃えてからだと思うけど」

「我が商会でも、万を超える兵力を養うなど難しいですから」

「その気になれば、何十万人も養えそうだけど」

「あくまでも短期間ではですな」

「俺も同じだよ」

 今は磁器が高値で売れるし、養っている兵にも小遣い程度しか出していなかった。
 正式に雇ったボンホフ準男爵以下は高額な給金を出しているが、それは全員ではない。
 もし出していれば、俺はとっくに万歳していたであろう。

「そんな憐れな俺が、天下のマイヤー商会に磁器を売りに来たというわけだ」

「これは大変に助かります。バウマイスター伯爵様がミズホ磁器職人と手掛ける白磁器は大人気でございまして。内戦中ではありますが、世の中にはそういう時でも心の潤いにお金を使う方々がいらっしゃるのです」

「輸送費分と、友情価格でお願いするよ」

「はい。お願いされました」

 それからすぐに、魔法の袋から大量に商品を取り出してマイヤー商会の当主に見せる。

「いいですね。高級品でございますか」

 低価格品の無地の物は止めて、ミズホ職人が豪華で繊細な絵付けをしたり、縁に金箔を施し、高価なケースに入れたティーセットや芸術品としても通用する花瓶などに当主は顔を綻ばせていた。

「帝国政府にはお金がございませんが、ある所にはございまして。そういう方々は、このような商品を待ち望んでいるのです」

 マイヤー商会の当主が提示した金額は、予想以上に高かった。
 念のために少しゴネてみると、それからまた二割上がっている。
 どれほど利益を見込んでるのかは知らないが、その金額で仕入れても売り切る自信があるのであろう。

「その金額でいい」

「もし同様の商品がございましたら、是非とも我がマイヤー商会にお願いいたします。ところで、今夜はどちらにご宿泊で?」

 魔法の袋から取り出した商品を倉庫に入れ、代金を受け取りマイヤー商会を後にしようとすると、当主から今日の宿泊先を聞かれる。

「まだ決めていないが」

「それでしたら、私が懇意にしている宿を紹介いたしましょう」

 当主は、俺達に今夜泊まる宿を紹介してくれる。
 若い使用人の案内で宿に到着するが、やはりセレブ御用達の高級そうな宿であった。

「案内してくれてありがとう」

 使用人に銀貨をチップとして渡して、俺達は宿にチェックインする。
 豪華な宿は中身も豪華で、風呂に入ってから夕食となるが、食事も高級宿に相応しいご馳走ばかりが並んでいた。
 部屋で食べる方式ではなく、宿の中にあるレストランで食事を取るのだ。

「あの……。私達もこんな豪華な食事を取って宜しいので?」

「どうせ経費で出しているんだから、こういう時は遠慮なく食べてくれ」

 恐縮する護衛達であったが、これは必要経費である。
 こういう時には遠慮をするなと言って俺達も食事を始め、護衛達もそれに続いて食事を始めていた。

「良いワインだ」

「ハルカさんにお土産に出来ないかな?」

 三人でテーブルを囲み、護衛達も周囲のテーブルで食事をしていると、そこに一人の若い騎士と思われる青年が姿を見せる。
 エルと護衛達は剣と刀に手を掛けて警戒を始めるが、その騎士は両手を挙げながら俺に話しかけてきた。

「バウマイスター伯爵様ですね? 私はとある方の随伴でこのレストランで食事をしておりまして。それで、そのお方が是非ご一緒に食事をしたいと」

「その方は、帝国貴族の方ですか?」

「いいえ。皇帝陛下のご三男であるペーター・オスヴァルト・デリウス・フォン・アーカート様です」

「(皇帝陛下の三男ねぇ……)」

 さて、どうしたものかと思ってしまう。
 何しろ、あの皇帝の子供なのだ。
 もしかすると、父親に命じられて俺の失言でも引き出しにきたのかもしれない。

「(アルフォンス。知っているか?)」

 皇帝の三男がどんな人物かは知らないので、その知識がありそうなアルフォンスに聞いてみる。

「(世間の評判は悪いよ)」

「(悪いのか?)」

「(『皇家の恥さらし』と呼ばれている)」

 武芸の稽古や勉学はそれなりにやっているが、時間が空けば自分と同じような境遇の貴族の子弟達と共に徒党を組んで町に出かけ、町の子供達と遊んだり、下町の安いお店で買い食いをしたり、帝都近郊の森に出かけて戦争ゴッコや狩猟して遊び、その成果を焼いてバーベキューをしたりと。

 とても皇族の子供とは思えず、常に皇帝から叱責され、行儀の良い長男・次男からも嫌われて無視されている。
 そんな情報を、アルフォンスは俺に耳打ちした。

「(どうせ皇家を継げないから自由に行動してるのか?)」

「(自由ねぇ……。評判が悪い原因は、高貴な生まれなのに行動が庶民的過ぎるからだけど……。まあ、そういう言い方も出来るかな)」

 アルフォンスも、そこまで皇帝の三男について詳しくもないようだ。
 好意も抱いていないが、悪意も抱いていない。
 そんなところであろう。

「(会ってみようじゃないか)それで、殿下はどこにいらっしゃるのかな?」

「こちらです」

 若い騎士は、レストランの奥にあるVIP用の部屋に俺達を案内しようとする。
 すると、エルが俺の前に立って目配せをして護衛達に合図を送った。
 すぐに俺の周囲を取り囲み、エルは先に部屋に入っていく。

「おい。エル……」

 さすがにそれは失礼だろうとエルに声をかけようとした瞬間、彼は素早く刀を抜いて部屋のドアの奥にいた、二十代前半くらいの別の若い騎士にその切っ先を向けた。

「面白い趣向だな。帝国の殿下様ともなると」

「エル。良くわかったな」

「ハルカさんと抜刀隊の訓練は役に立つな。ドアを開ける前から殺気がビンビン伝わってくる。ヴェルは、気が付かなかったのか?」

「いやあ、剣士の殺気とかはね。一人、結構凄い魔法使いがいるのはわかったけど」

 試しにエルが刀の切っ先を向けている騎士をすり抜けるように氷の矢を部屋の奥に向けて放つと、『魔法障壁』の反応と共に共に氷の矢が弾かれて床に落ちていた。

「安い物語じゃないんだから、こういう試し方は止めてくれないかな?」

 俺達を部屋に案内しようとした騎士に苦情を言うと、彼は申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「主君の命令か? イタズラ好きなのかな?」

「……」

 続けて質問をすると若い騎士は黙り込んでしまうが、すぐに反応があった。
 部屋の奥から一人の若者が姿を見せたのだ。
 素材の良い服は着ているが、ラフな格好をした俺と同年代くらいの少年はまずはエルの声をかける。

「ごめんなさいよ。へえ。うちのゴルツに先制して剣を……。これはミズホ刀か。バウマイスター伯爵はミズホ上級伯爵と仲良しって本当なんだ。クソ親父の情報もたまには当てになるんだね」

「あなたは?」

「ゴルツ。剣を納めて手を離さないと、バウマイスター伯爵一の家臣であるエルヴィン君に額に穴を開けられちゃうよ」

 どうやら、この少年が皇帝の三男のようだ。
 しかし、皇帝の息子とは思えないほど言動が軽い。

「殿下。申し訳ありません」

「僕の方こそ、ゴルツに変な事を試させてすまないね。エルヴィン君。ここは僕に免じて刀を納めてくれないかな? ゴルツは、僕の命令でこういう事をしたんだよ」

「だとよ。ヴェル。どうする?」

「許してやれ」

「へえ。エルヴィン君は本当にバウマイスター伯爵の親友でもあるんだね。冒険者仲間か。いいね。僕も普通の狩猟じゃなくて魔物狩りに行きたいなぁ」

 皇帝の三男は、ゴルツという男とエルの戦闘態勢を解いてから俺の前に歩いてくる。
 そしてその後ろには、二十歳ほどに見えるライトグリーンのショートカットが特徴の若い女性が同伴していた。
 その恰好は、このレストランに相応しいドレスコードを順守した姿であったが、俺にはわかる。
 彼女はカタリーナにも匹敵する魔力を持つ魔法使いだ。

 俺はいつでも『魔法障壁』を張れる準備をする。

「エメラ。警戒されちゃってるよ」

「殿下。バウマイスター伯爵様は、王国の最終兵器アームストロング導師に匹敵する魔法使いと評判です。私の存在に気が付かないはずがありません」

「魔法使いは魔法使いを知るというやつだね」

 皇帝の三男は、エメラという魔法使いの発言に素直に感心していた。

「勝てそう?」

「いいえ。9:1の確率で負けると思います」

「うーーーん。分が悪いね。さすがは、あのバカ四兄弟を瞬殺しただけはあるね」

 俺は一人しか倒していないが、今は無理に訂正する必要も無いであろう。

「本当に勝負したいので?」

「まさか、個人的な興味ってやつ。うちのエメラは凄い魔法使いだと思うんだけどなぁ……」

 俺の問いに、皇帝の三男は無邪気な表情のまま答えていた。

「凄い魔法使いでしょう。良くこの内乱で温存できたな……」

 魔力はカタリーナに匹敵し、勘ではあるが彼女よりも練達の魔法使いに感じる。
 暴風魔法に片寄りがちなカタリーナよりも、魔法使いとしての性質はブランタークさんに近いはずだ。
 正面から戦えば勝てるだろうが、ブランタークさんと同じで正面から戦わないで他の手で来るか、勝てないとわかればとっとと逃げ出しそうなタイプである。

「エメラは綺麗でしょう? でも、駄目だよ。僕の物だから」

「殿下っ!」

「はははっ。冗談じゃなくて本気だけど」

 これだけの魔法使いを臆する事なく自分の物だと言い切る皇帝の三男に、俺達は困惑していた。
 掴み所の無い人物で、どう接していいのかわからなかったからだ。

「(それでも、家臣には恵まれているのか?)」

 皇帝の三男ともなれば、これだけ優秀な魔法使いが傍に仕えるものなのであろうか?

「立ち話も何だし、食事にしようか?」

「ええ。そうですね」

 このままでは埒が明かないのも確かだ。
 俺達は皇帝の三男の案内でVIP室に入る。
 室内には他にも数名の若い騎士達がいたが、彼らは俺の護衛と共に部屋の外のテーブルで食事をするようだ。
 VIP室に他の人が入って来たり、聞き耳を立てられるのを防ぐためなのであろう。

 こちらは俺、アルフォンス、エルの三名で、皇帝の三男はエメラという魔法使いと、先ほどのゴルツという騎士ではなくて、別の若い騎士がその両脇の席に座っていた。

「ヴェル。俺だとあいつに勝てない」

「そうなのか? 確かに凄そうには見えるけど」

「俺達がこの部屋に入るまで、彼は完全に気配を消していた。さっきのゴルツという人には気が付いたけど、彼には気が付かなかった」

「バウマイスター伯爵。僕の剣士も結構凄いでしょう。みんなで自己紹介でもしようか。まずは、マルクからだね」

「マルク・ライヒアルト・フォン・カウフマンです」

 エルが勝てないと断言する凄腕の剣士は、男性にしては珍しく肩まで伸ばした黒髪を後ろで束ねていた。
 鋭い眼光を放つ、三十歳前後に見える歴戦の剣士といった感じだ。

 そして、その腰に差してある剣はオリハルコン製の逸品であった。

「帝国でマルクに勝てる剣士はそうはいないと思うよ。凄いから、僕が秘蔵の剣を貸しているんだ」

 オリハルコン製の剣は、皇帝の三男の持ち物らしい。
 しかし、どうやって入手したのであろうか?

「彼は、帝国軍でも重鎮なのでは?」

「それがねぇ……。彼は庶子だから」

 カウフマン子爵家の庶子で、更にこの家は元々は司法を担当する法衣貴族であった。

「官僚の家に優秀な剣士で庶子。ミスマッチだから彼は不遇でね。僕がスカウトして護衛を任せている。これで僕の安全は保証されたわけだ」

「確かになぁ……」

 エルが俺の横でボソっと呟いていた。
 確かに、彼を抜いて皇帝の三男を暗殺するのは困難であろう。

「魔法使い殿もいますからね」

「そうだよ。彼女は僕の恋人兼お抱え魔法使いのエメラ」

「エメラ・ヨハナ・ゲヌイトです。それと、私は殿下の恋人ではありませんから」

「つれないなぁ。エメラは」

「殿下。私は平民の娘ですから」

「エメラほどの魔法使いなら何の問題も無いって」

「そういう問題では無いのですが……」

 何と言うか、良くわからない関係に見える。
 本当にそういう関係なのか?
 それとも、エメラの方が皇帝の三男を拒否しているのか?
 身分差があるからと、彼女の方が遠慮しているようにも見えるのだ。

「エメラは、僕と二人きりの時は優しいんだよ」

「殿下」

 皇帝の三男の言葉で、エメラは顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。

「なるほど。殿下は年上好きなのですね」

「アルフォンスは、いきなり喋り出したかと思えば……」

「正解。バウマイスター伯爵も、テレーゼ殿に言い寄られているから仲間だね」

 皇帝の三男はアルフォンスの軽口に怒るでもなく、逆に俺をからかう始末だ。

「あれはですね……」

「皇宮の中でも噂になっていたんだよ。クソ親父は、テレーゼ殿とバウマイスター伯爵が組んで帝位を奪うと怯えていたけど。可哀想にね。凡庸で小心だから玉座の重さに怯える事になる。とっとと手放せば幸せなのに」

「殿下……」

「殿下は止めてよ。せっかくの密室なんだ。僕の事はペーターと呼んでくれていいよ。僕は君をヴェンデリンと呼ぶから。あと敬語も禁止ね」

「はあ。わかりました」

 テレーゼと同じく、ペーターは俺をヴェンデリンと呼ぶようだ。

「敬語は禁止だよ」

「わかった。それで、自分の父親である皇帝陛下をクソ親父呼ばわりで大丈夫か?」

「実際、クソ親父だから仕方がない。ヴェンデリンもそう思うでしょう?」

「反乱が無ければ、普通の皇帝で終われたとは思うよ」

「ヴェンデリンの意見に、僕も賛成だな」

 反乱さえ起らなければ、無難に帝国を統治して七十歳くらいで引退、これで良かったはずだ。

「ニュルンベルク公爵にしてやられたのだから、素直に引退してテレーゼ殿に譲れば良かったのにね。変に欲を持つから晩節を汚す事になる」

「そこまで言うか?」

 ペーターの過激な意見に、さすがのアルフォンスも顔を顰めさせていた。

「だって、もう少しで始まる討伐で失敗するし」

 どうやらペーターは、俺達と同じ見解を持っているようだ。

「後方支援要員も合わせて五十万人は凄いけどね。その大軍を指揮できる人がいないよね」

「皇帝陛下は?」

「馬にも長時間乗れない人に何を期待しているの?」

「そうなのか?」

 馬に乗れなくても優秀な軍人はいるかもしれないが、あの皇帝に限って言えばその可能性がゼロとしか思えない。

「馬に乗ると股ずれが痛いんだって。兄達も従軍するけど、あんなんで大丈夫かな?」

「ペーターの兄二人も出陣するのか?」

「腰巾着共もね。みんな、戦功が欲しいからね。あと分不相応な夢も持っているし」

「夢?」

「皇家だけで皇帝を独占可能にする事」

 皇帝は今回の反乱を糧に、強い中央集権的な帝国を作りたいと周囲に漏らしているそうだ。
 とてもニュルンベルク公爵の考え方に似ていると思うが、今は半数以上の選帝侯家の力が落ちたのでチャンスだと思っているらしい。
 人間とは、案外同じような事を考えるものだ。

「だから、解放軍を目の敵にしているのか」

「テレーゼ殿はライバルだからね」

 そこで、自分達だけでニュルンベルク公爵を討ち、皇家の力の源泉たる直轄地を増やし、自分達に従順な貴族に加増するために大規模な討伐作戦を計画したのだそうだ。

「それで、ペーターはお留守番と」

「クソ親父も、兄達も、僕に期待なんてしていないから。みんなニュルンベルク公爵に幽閉されていたのに、自分達は彼に勝てると思っているようだよ」

「数を揃えるという条件は満たしているから勝てるかも」

「面白い冗談だね。ヴェンデリン。君もそんな事は微塵も思ってもいない癖に」

 実際にニュルンベルク公爵の軍勢と戦ってみたが、その精強さのおかげで遂に一度も崩す事が出来なかった。
 討伐軍はいくら数が多くても、ミズホ伯国軍とフィリップ家諸侯軍がいない状態なのだ。
 寄せ集めで練度も低いし、かなり難しいとしか言いようがない。

「公称五十万とはいえ、実戦部隊は三十万。全員が一斉に戦えるわけもなく三つに分かれるし、行軍が伸び切ったところで地の利があるニュルンベルク公爵に奇襲されないといいね」

「確かに、その可能性はあるんだよなぁ……」

 ペーターは、俺達と同じく討伐作戦の失敗を予感しているようだ。

「それで、ペーターはどうしたいんだ? 敗戦後にニュルンベルク公爵に降伏して生きながらえるとか?」

「無理に決まっているじゃない。ニュルンベルク公爵はなぜ一度は僕達を生かしたと思う? 無様に負けて、帝国臣民や貴族達の心を折るための道具だからさ」

 反乱を起こされて一度は幽閉された相手に情けをかけられ、それなのに皇帝に踏みとどまって討伐で大軍を出して敗北。
 確かに、皇家の権勢は地に落ちるはずであった。

「反ニュルンベルク公爵派を二つに割る効果もあったね。テレーゼ殿が法秩序に拘って、クソ親父を帝位から引き摺り下ろさないから」

「……」

 前に自分が思っていた事を他に人に言われて、アルフォンスは表情を曇らせていた。

「ペーターの見解はわかった。それで、何をしたい?」

「一言で言うと、僕が皇帝になって帝国を統べるからヴェンデリンに協力して欲しいなと」

 エルとアルフォンスの体に緊張が走る。
 今の時点でその発言が皇帝にバレれば、反乱の共犯で共に処罰されかねないからだ。
 ただ、俺は特に警戒もしていなかった。
 ここで皇帝の耳を機能させてしまうくらいの男なら、そもそも帝位への野心など口にしないであろうからだ。

「俺は目下、皇帝陛下にも野心を疑われている外国の貴族だがね」

「でも、ヴェンデリンは帝国の領地なんていらないよね? 大陸南端の小国にも匹敵する大領の開発が忙しいでしょう?」

 ペーターは、バウマイスター伯爵領の状態を把握しているようだ。
 つまりは、そういう耳を持っているのであろう。

「それで、俺を使い潰して自分は皇帝になって万歳か」

「まさか。僕は君を買っているんだ。プライベートでは友達にもなれると思っている。報酬は確実に支払うさ。現金とか宝物とか鉱物資源とかでもいいかな? ちゃんと計算するし、分割払いを検討してくれると嬉しいな」

「ちゃんと払うなら、一括で取り立てようとは思わないさ」

 勿論、払わなければあとで軍勢を率いてでも徴集しに行くが。
 そう、帝国の領地やテレーゼなどいらないのだ。

 稼いだ資金を全てバウマイスター伯爵領に投入し、時間をかけて大規模に発展させる。
 今頃は陛下も、バカな出兵論者達を抑えるのに忙しいであろうが、王国政府とて占領しても住民が靡かないかもしれない帝国領よりは、自国領土の発展の方が優先課題であろう。

 それに成功して国力で帝国を引き離せば、あとでいくらでも選択肢が出てくるのだから。

「本当に? ありがたいな。交易での優先権とか、関税とかでも優遇しちゃうから。細かい条件は戦後に担当者に任せるとして」

「その条件が無事に履行される事を祈っているよ」

「大丈夫、そのために努力しているから」

 一応釘を刺しておくと、ペーターはアルフォンスに向けて渋い顔を向ける。

「うちのクソ親父も大概だけど、テレーゼ殿にも困るよね。アルフォンスや他の家臣や北部諸侯達には、少しでも先渡しで褒美を渡しているのに」

「なぜそれを……」

 ペーターの指摘は図星だったようだ。
 アルフォンスの顔色が、徐々に青くなっていく。

「アルフォンス、僕が情報源を教えるとでも?」

「いや……」

 フィリップ公爵家の家中と解放軍内の結束を強固にするためであったが、なぜか俺はテレーゼの誘惑しか受け取っていない。
 確かに、ペーターの言う事は正しい。

「アルフォンス様」

「すまない。私にも考慮しないといけない陪臣達がいるんだ」

 エルの追及に、アルフォンスは心から申し訳なさそうに弁解した。
 テレーゼから褒美を貰っていた事実を俺達に隠していたからだ。

「こういう言い方は嫌なんだけど、テレーゼ殿はやっぱり女なのさ」

「殿下。それ以上は……」

 アルフォンスがペーターの発言を止めようとするが、彼はそのまま話を続ける。

「君も十分に理解しているんだろう? 女であるテレーゼ殿は、好きな男であるヴェンデリンに甘えている。だから、名誉伯爵の爵位と解放軍における参謀の地位を与えただけ。ヴェンデリンが決して自分を見捨てないと思っているんでしょう? でも、そういう態度がヴェンデリンの不信感を募らせているんだけどね。この件に関しては、うちのクソ親父を笑えないでしょう?」

「……」

 ペーターの指摘に、アルフォンスは口を閉ざしてしまう。

「ここまで状況が悪化した以上は、僕も苛烈にやらせて貰う。犠牲も出るし、多くの貴族が没落するだろうね。でも、このまま内乱が続けばもっと犠牲が出る。僕が前の皇帝選挙に出ていない? 今は非常時だ。摂政でも、代皇でも呼び方なんてどうでもいい。反ニュルンベルク公爵勢力を結合して、奴の首を討つ。僕よりも年上なのに、甘い幻想に酔っているあのバカを生かしておく理由が無い。優秀な軍人で満足していれば良かったのに不幸な事だね。ニュルンベルク公爵家千四百年の歴史も彼の代で終わりさ」

 自分と同じ年なのに、俺は彼に圧倒されていた。
 この魔法も使えず、軍事や内政の手腕も未知数の少年が、とてつもなく大きな存在に見えたのだ。

「ようやく、帝国を纏められそうな人物が出たな」

「おい。ヴェルっ!」

「このままグダグダやっていても、時間と金と人材の無駄だ。大言壮語で無い事を祈ろうぜ。エル」

「ううっ……。俺は、何でこんな反乱モドキの席に……」

 エルからすれば、この席にいること自体が苦痛なのであろう。
 一人、頭を抱えていた。

「エルヴィンは真面目なんだね。でも、反乱じゃないから大丈夫」

「殿下。それは、どういう事で?」

 今いる皇帝を排除するのに、それは反乱では無いとペーターは言う。
 エルは、その理由が理解できないようだ。

「クソ親父は、戦争なのに馬に長時間乗ると股ずれで痛いから特製の輿を準備しているんだ。兄達も、張り切って出陣するしね。僕はお留守番を命じられたけど」

「それって、もしかして?」

「クソ親父は戦死すると思うよ。皇帝が戦死すると帝位が空くわけで、そう簡単に皇帝選挙など行えないから、権力に空白が出来るよね? そこを僕が埋めるというわけ」

「実の父親を見捨てるのか?」

 エルは、自分の父親が戦死すると断言して表情一つ変えないペーターに驚いていた。

「エルヴィン。僕はこの可能性を、何度も口が酸っぱくなるほどクソ親父にも兄達にも言ったんだよ。でも、受け入れるどころか子供の言う机上の空論だと怒られてね。軍部でも賛同してくれた人が結構いるんだけどね。彼らも進言したら、討伐軍から外されちゃった」

「それってまさか……」

 皇帝が戦死したとして、その空白を疎まれている皇帝の三男がどうやって埋めるのか?
 ペーターは、既に多くの協力者を得ているのであろう。
 討伐作戦案に反対して外されたような連中が、その主力なのだと思われる。

「もし運良く皇帝が逃げ帰ったら?」

「大丈夫、それはないから」

 つまり、もしそうなっても戦死に見せかけて暗殺する準備もしているのであろう。

「俺が磁器を売りに行ったマイヤー商会もグルか?」

「だから、この宿を勧められたでしょう?」

「そうだな」

 ペーターが俺と会談をするために、マイヤー商会の当主に頼んでこの宿に誘導したというわけだ。

「彼も、クソ親父には辟易させられていたからね。金蔓にだけされるのは堪らないでしょう? 苦労して稼いだお金なのに」

 貴族の中には、商人を金があるだけの卑しい人種だとバカにする人がいる。
 確かに感心できない人も沢山いたが、彼らは実力でそのお金を稼いでいるのだ。
 そのお金を、貴族や皇族の権限で好き勝手に使っても良いという法も無いであろう。

「スポンサーがいるなら事は成就しやすいかな」

「先立つ物が無いと難しいでしょう? ただこれでまた僕の借金が増えたね」

「借金はチマチマした金額だと返済に苦労するだけだけど、逆に多いと案外安心できるぞ」

「ヴェンデリンはわかっているね」

 貸した相手がちゃんと返済するように貸した側も協力を惜しまないし、それだけの大金を借りられるという事は、ペーターがマイヤー商会の当主に評価されているという事でもあった。

「ニュルンベルク公爵は、例の妙な装置のせいで魔導飛行船や通信を阻害して商人に打撃を与えた。クソ親父は金の無心だけしてる。商人から嫌われて権力者の地位を維持するのは難しいね。確かに表面上は逆らわないけど、裏で暗躍されると足を引っ張られる」

 マイヤー商会が力を貸しているという事は、他の商会にも協力者がいるのであろう。

「何とかペーターが事を成就するのを祈っているよ。俺達は帝都の外でお祈りしているから」

「えっ? 手を貸さないのか? なぜ?」

 俺が、ペーターが権力を完全に掌握するまで力を貸さないと言うと、エルは驚きの表情を浮かべながらその理由を聞いてくる。

「俺達外国人勢力が手を貸すと、あとで色々と面倒だから。もう一つ、このくらいは自力でやってくれないと困るから」

「ヴェンデリンは良くわかっているね。色々と助かるよ。討伐軍の惨敗後に事を起こすから、僕が帝都を完全制圧したら帝都に入って来てね」

「わかった」

「じゃあ。それまでは互いに努力しないとね。僕は、もっと有能な賛同者を集める。ヴェンデリンは、軍の徴募と訓練をギリギリまで続ける。磁器の販売で金稼ぎもか」

 それからは、密談ではなくて普通に世間話をしながら運ばれて来る料理を食べたりお酒を飲んだりして時間を過ごす。
 やはり、テレーゼよりもペーターの方が皇帝に向いている。
 彼自身も周囲の悪評を隠れ蓑に密かに同志を集めていて、それにあのバカ皇帝は気が付いてもいない。
 残念ながら、テレーゼとは皇帝の器が違うのであろう。

「しかし、皇帝陛下の三男ともなると違うな。良い家臣が付いてくる」

 貧乏騎士の八男であった俺に付いて来る家臣などいなかった。
 何しろ俺は、実家を出るまでは常にボッチだったのだから。

「ヴェンデリンは逞しいという事でいいじゃない。魔法使いってこういう時に得だよね。僕が一人なら何も出来ない」

「そうですね。殿下には取り立てて得意な事もございませんし」

「聞いたでしょう? ヴェンデリン。エメラって、結構キツイんだよ。みんなの前だと」

「主君なんだから、特技がある部下を使いこなせればいいと思うけどな。エメラさん」

「ヴェンデリンはわかっているね。王や皇帝ってのは、上手く人が使えればいいんだよね。そして、それに見合う報酬を与える」

 あとは、その人が欲しがる物を与えるだ。
 俺の場合には、帝国領地やテレーゼなどはむしろいらない類の物であった。
 それがわかってくれているペーターの存在はありがたい。

「ヴェルもそういうタイプか?」

「いや、俺は放任しているだけ」

 本当の意味で、人に任せて金を出しているだけだ。
 ペーターほどの把握能力があるとも思えない。

「ローデリヒがいないと、駄目だったろうな」

 そういえば、ローデリヒは上手くやっているのであろうか?

「ヴェンデリンは、魔法が突き抜け過ぎているからそれでいいと思うよ。気前が良くて鷹揚だから家臣達も良く働くと思うし、怒らせれば魔法で吹き飛ばされそうだから悪さもあまりしないと思うし。楽でいいじゃない」

 エルも交えて三人で話をしていると、珍しくアルフォンスが落ち込んでいる。
 どうやら、何か考え事でもしているようだ。

「何を悩んでいるんだ?」

「それは、殿下に聞いてくれ」

 テレーゼの皇帝としての器の限界。
 自分もそうだとは言っていたが、他の人に言われるとというやつだと俺は思っていた。

「あとはね。僕は確実に帝国を統治したい。そのためには補佐する人材が必要なわけで、その候補は当然ミズホ上級伯爵とフィリップ公爵とバーデン公爵だよね」

 他の選帝侯家の落ちぶれぶりは凄いので、ペーターとしてもあまり頼りにはならないと思ってるのであろう。

「(うん? 待てよ。フィリップ公爵?)」

 今まではテレーゼ殿と言っていたのに、なぜか今はフィリップ公爵と言っている。
 細かいが、ペーターのその呼び方が俺は気になっていた。

「もしかして……」

「アルフォンスは気が付いたから悩んでいるんだよ。アルフォンス。君が新しいフィリップ公爵になるんだ」

「やはりそう来たか……」

 テレーゼが一番信用している家臣はと言えば、間違いなくアルフォンスであろう。
 従兄で分家の当主で、武芸以外は何をやらせても卒なくこなすし、人を使うのも上手い。

 『アルフォンスがフィリップ公爵なら、もっと上手く行ったかも』と思う事も少なくなかった。
 帝都奪還の時点で、皇帝が諦めた可能性が高いからだ。

「テレーゼでは駄目ですか?」

「うん。中途半端だから。テレーゼが女である以上は、アルフォンスの倍優れていないと駄目。可哀想だけど、テレーゼが女だから解放軍は損をしている」

 地球でこんな事を言えば大問題になると思うが、この世界では何ら問題ではない。
 それに、今回は戦争で命がかかっている。
 女性の社会進出のために命を落としてもいいと思っている人はほとんどいないであろう。

「うちのクソ親父と同じさ。内乱が無ければ、良い公爵様で一生を終えたと思うよ。実際、前皇帝の助け有りとはいえ、独裁権を獲得して内政能力にも長けている。軍の指揮能力も悪く無い。ニュルンベルク公爵を除けば、選帝侯の中で一番優秀だと思うね」

「その意見の是非はともかくとして、現当主を強制引退に追い込むなんて出来るのか?」

「出来るよ。ねえ、アルフォンス?」

「そうだな」

 アルフォンスは自分のグラスに注がれたワインを飲み干すと、言葉を続けていた。

「『女だから』。ただこの理由だけで、俺が声をあげると可能性はある」

「ヴェンデリンは知らないと思うけど、実はアルフォンスもフィリップ公爵候補になった事があるんだよ。テレーゼ殿の兄二人よりも領内では支持が強かった。アルフォンスは血筋もいいからね」

 アルフォンスが公爵位を継がなかったのは、やはり本家の人間じゃないからという理由にあったそうだ。

「例の甥達はどうする?」

「それは殿下が何とかすると思う」

「そうだね。別家の当主にして、新しい領地貴族家なり法衣貴族家としてご活躍を願うかな」

 ペーターが兄達に、他の領地なり爵位を与えて上手く懐柔するようだ。

「アルフォンス。決断して欲しいな。君もわかっているんだろう? テレーゼ殿が、本当は当主なんてやりたくない。嫌々やっているんだって」

「良く知っていますね」

「見ればわかるよ。だから、君が新しいフィリップ公爵になって僕を支えればいい。テレーゼ殿は年金でも貰って本当に夫を探せばいいじゃない。それが彼女にとって幸せだと思うよ」

「大した情報収集能力だ。殿下は」

 テレーゼが、本当は貴族家の当主などやりたくないと思っている。
 俺達の前で見せた結婚への願望や無茶な要求は、本当は冗談では無くて叶えたくて仕方がない本音なのだと。
 そして、ペーターはそれに気が付いている。

 彼の説得に、アルフォンスは長い間苦悩の表情を浮かべていた。

「それで、どうするのです?」

「いきなり今とは言わないよ。反ニュルンベルク公爵派が全て集結した時だね。僕が直接引導を渡す。それまでに仲間を集めておいてくれ」

「承知しました」

 それから一時間ほど食事会は続き、その日は全員でその宿に泊まる。
 翌朝、サーカットの町に戻ろうと馬を預けていた厩舎に行くと、そこには馬を準備したペーター達が待ち構えていた。
 エメラという魔法使いと、マルクという凄腕の剣士もいた。

「ペーターは何を?」

「視察という名の、色々と渡りを付けるための行脚。そろそろ時間が無いからね」

「この時期にか。皇帝が何と言うか……」

「クソ親父は、僕を無能だと思っているから安心して。ヴェンデリンの所に遊びに行くと言ったら、『精々足を引っ張って欲しい』って顔をしていたから」

 とても笑顔で言うような事でも無いが、この部分がペーターの怖さなのかもしれない。

「じゃあ、時間は有限だから急ごうか」

 こうして帰りの人数が増加し、俺達は所定の目的を終えてサーカットの町に戻るのであった。

「なあ。ヴェル。あの殿下怖くないか?」

「深く付き合わなければいい」

「そうだな。俺は遠慮しておくわ」

 エルは俺にそっと、ペーターという人物が怖いと感想を漏らしていた。
 俺は、やっと内乱終結の糸口が見えたと安堵していたのだが。
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