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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第九十八話 軍資金を稼ぐ。

 結局、俺達王国軍組とミズホ伯国軍は、帝都周辺から追い出されるようにサーカットの町に移動していた。
 皇帝陛下の下の、そのまた更に下の腰巾着が偉そうに事情を説明しに来たが、来る収穫後のニュルンベルク公爵討伐に備えて統治体制の強化と準備が必要なので、帝都周辺に怪しげな外国人がいては困るのだという。

 俺達はそう言われても我慢できるが、ミズホ上級伯爵にそれを言うとはバカの極みであろう。
 その使者が帰った後、彼は先に真っ二つにしてから御用職人に修復させていた昔の皇帝陛下御愛用の兜を、再びミズホ刀で真っ二つに切り裂いていた。
 相変わらず、惚れ惚れするほどの刀の腕前である。

『その兜。直していたんですね……』

『イーナ殿よ。直さねば、また真っ二つに出来まいて』

『それはそうですね……』

『さすがに、四つに割ると修復が困難なのでな』

『はあ……』

 イーナが再び真っ二つになった兜を見て顔を引き攣らせ、ミズホ上級伯爵の方は満面の笑みで答えていた。
 兜を斬って、ストレスが大分緩和したのであろう。

 しかし、ミズホ上級伯爵家お抱えの職人は優秀だ。
 短い期間で、真っ二つになった兜を完璧に修復したのだから。
 さすがに、皇帝から下賜された物を壊すのは風聞が悪いので直させているのであろう。
 いや、正確には壊れているのを外部の人間に見られると、風聞が悪いというのが正解であろうか?

 それを俺達の前で見せるとは、どうやら仲間扱いしてくれているようだ。

『でも、いくら真っ二つにしても安心だね。優秀な職人さんが直してくれるから』

『確かに継ぎ目がわからないほど完璧に直してありますが、そういう問題ではないでしょうに……』

 ルイーゼからすると、直せるのであればミズホ上級伯爵がストレス発散で兜を真っ二つに切り裂いても問題ないと思っているわけだ。
 カタリーナからすれば、皇帝から下賜された品に何て事をという考えなのであろうが。

『私達には優秀な職人がいないから、その上着を真っ二つに出来ない』

『そうか。それは残念であるな』

 ヴィルマと導師が、とんでもない事を口にしている。

 俺への名誉の下賜品は、少しボロい上着一着である。
 確かに素材は良いのだが、もう古いし、デザインも今風ではない。
 着る事も出来ないので、昔にエーリッヒ兄さんが誕生日にプレゼントしてくれた服の方がよっぽど気が利いているくらいだ。
 俺も燃やしてやりたい心境にはあったが、さすがにそれをすると皇帝に無礼を働いたという攻撃の材料にされかねない。

 半永久的に、魔法の袋の肥やしにする事を決意する。

『ヴィルマさんも、伯父様も。こういう品はちゃんと保存しないといけませんよ』

 昔から、金の無い貴族や王様などが名誉だからと言って愛用の品を渡して褒美を誤魔化すケースがある。
 江戸時代に、商人から借りた金を返せない大名がそれを帳消しにするために、殿様が着ていた服や愛用品を渡すのと同じだ。

『今は価値がありませんが、後世では名誉になるかと』

 貰った方も、まさかくれた相手の前でガッカリするわけにもいかない。
 ここは喜んで貰っておいて、今は損でも何世代か後に屋敷に飾って名誉だと言って自慢したりするのだとエリーゼは説明していた。

『長期的には、少しは取り戻せるのか?』

『あなた。その考え方は商人の物ですが……』

『現実問題として、食料と金の問題がある』

 皇帝は、秋の収穫後にニュルンベルク公爵の討伐軍を起こし、その戦利品で俺達に褒美を支払うという考えを持っている。
 今は出せないので、こんなボロい兜なり上着で誤魔化しているのであろう。

『テレーゼから食料の補給はきているが、これもギリギリの量だし、フィリップ公爵家の財政も相当に厳しいはずだ』

 こういう時に備えて普段から節約に励む貴族だが、数か月も帝国北部の諸侯を率いて内乱を戦ってきたのだ。
 内情は火の車のはずだ。

『秋の収穫まで兵を動かさないのであれば、我がミズホ伯国軍も兵数の削減をしないと財政が厳しいな』

 一万五千人ほどを連れていて、その内千二百四十七人を戦死させたそうだ。
 ニュルンベルク公爵に攻撃手段をかなり防がれたとはいえ、その精強さで犠牲は少ない諸侯に数えられる。
 ミズホ上級伯爵は、何かあった時のためにこのサーカットの町に五千人ほどを残して一時領地に戻ると宣言していた。

『職人達に発破をかけないとな。鹵獲したゴーレムの残骸の解析もある。魔銃も出来る限り改良して数も増やさなければ』

 ミズホ上級伯爵は、ニュルンベルク公爵を討てなかった事が相当に悔しかったようだ。
 秋までに、ミズホ伯国軍の戦力を更に強化すると宣言していた。

『テレーゼ殿も、一度フィリップ公爵領に戻ると聞いている』

 ミズホ上級伯爵からの情報によると、テレーゼと皇帝は対立はしたものの、さすがに内紛ともなればニュルンベルク公爵を利するだけだと互いに妥協点を見い出したそうだ。

『帝都を押さえたとはいえ、皇帝の権威と統治能力は地に落ちているからな』

 今は帝国中央部の統治すら完璧に行えていない。
 そこで、ソビット大荒地以北の統治をテレーゼに一時委託するそうだ。

『一応、領地の加増転封などの布告は出ているそうだ。実際に行うのは、ニュルンベルク公爵討伐後だそうだが……』

 今でも混乱しているのに、領地の変更など行ったらそれを助長するだけなので当然であろう。
 ただし、それは褒美の凍結でもあるので解放軍に参加していた貴族達の不満は溜まっている。

『今でも、持ち出しばかりで借金で首が回らない貴族もいるのに……』

『だから、ソビット大荒地以北はテレーゼ殿に任せるのだ。解放軍に参加していた者も多いからな』

 皇帝が、その不満をテレーゼに向けさせようとしている意図は明白であった。

『それって、東部と西部もですか?』

『当然そうなる。何しろ、選帝侯家が碌に機能しておらぬのでな』

 当主を人質にされていたと思ったら殺されていて、家臣や兵員は俺達や解放軍との戦いで擦り減らされている。
 戦費で財政も悪化し、フィリップ公爵家とバーデン公爵家以外はほぼ死に体の状態らしい。

『バーデン公爵家は公子殿が正式に家督を継いだが、あそこも損害を出しているからの』

 反乱軍との戦闘による兵員の消耗に、彼は帝都にいる父親を非情の決断で切って解放軍に参加した。
 やはり、帝都にいたバーデン公爵家の関係者は全て処刑されていたそうだ。

『それでもマシだと思うが、彼はテレーゼ派と見られて皇帝に嫌われたからな』

 テレーゼと同じく東部の領地に戻って諸侯の取り纏めをするそうだが、南部寄りの東部諸侯の中にはニュルンベルク公爵に付く事を表明している貴族がいる。
 既に、反ニュルンベルク公爵派の貴族との小競り合いが始まっているそうだ。

『大丈夫かな? 新バーデン公爵殿は?』

『前は無理な侵攻作戦のせいで小僧扱いしたが、少し可哀想になってきたな』

 一度失敗してからのバーデン公爵公子は、真面目に堅実に解放軍の一翼を指揮して戦果を挙げている。
 苦労もしているので、もうミズホ上級伯爵もわだかまりを抱いていなかった。

『東部はまだ何とかなるな。問題は西部であろうな』

 西部領域には、選帝侯家が三つも存在している。
 大ダメージを受けた彼らに西部の安定した統治など不可能で、東部と同じく南部寄りの諸侯にはニュルンベルク公爵に味方している者も多い。
 当然小競り合いは始まっていて、現在一番混乱している地域だそうだ。

『その前に、当主争いで揉めに揉めている家もあるからな』

 亡くなった当主が次期後継者を指名しないまま、ニュルンベルク公爵に殺されてしまった公爵家もあるそうだ。 
 複数の候補者が『自分に継がせろ!』皇帝に直訴し、他の貴族達と組んで醜い家督争いを始めてしまった。
 当然、自分の領地も混乱しているのに西部の統括など不可能である。

『皇帝が当てにならないから、テレーゼ殿に後ろ盾を頼む後継者候補もいてな。それを知った皇帝がお冠なのだよ』

 自分に調整能力が不足しているからなのに、テレーゼが差し出口を利いていると激怒しているそうだ。

『頭が痛くなってきた。ニュルンベルク公爵は恐ろしい人だな』

『ああ。目的のために手段を選ばぬ』

 帝都を放棄した時点で、普通ならば不利になるはずなのに逆に有利になっている。
 なぜ選帝侯とは違って皇帝を生かしていたのか、彼の策士ぶりが今になって理解できてしまう。

『バウマイスター伯爵。これはもうひと波乱あるぞ』

『ですね』

 皇帝は、じきにニュルンベルク公爵に叩き潰される。
 帝都、帝国中央部、西部の大半も再び彼の手に落ちるであろう。

『魔法使いの不備を、古代魔法文明時代の遺品で補って強化された軍勢を持ってしてな』

 それは、俺も、テレーゼも ミズホ上級伯爵もわかっている。
 だが、帝都に皇帝がいる以上は対策が取れない。
 それこそ、クーデターでも起こして彼を皇帝の椅子から引きずり降ろすしかないであろう。

 それをすれば、ニュルンベルク公爵と同じく反逆者の汚名を背負う事になるが。

『よって、ワシは領地で準備を整える』

 色々と準備が必要であるし、全軍をここに駐屯させるとサーカットの町への負担が大きいからだ。
 さすがに何も支援が無いのは問題なので、皇帝はサーカットの町から中央に納める税を秋まで免除すると言ってきた。
 その資金を用いて、何とか秋まで凌いで欲しいという意図のようだ。

 ただ、元から五万人しかいない町と砦に二万人の軍が駐屯すれば問題になる。
 うちは減らせないので合計で一万人、半数にしてあとはテレーゼと共同で補給を送るそうだ。

『食料と交易品を持ってくるから、その販売益で一万人を秋まで養って欲しい』

『何とかしますけどね』

『バウマイスター伯爵殿は、我らの文化や気質に理解が深い。家臣や兵達にも人気があるので、安心して任せられる。こうなれば秋以降に暴れてやるわ』

『そうですね。もう少しこちらに行動の自由があれば』

 どうせ命がけなのだから、もう少し自由に動きたい物だ。
 そのためにも、可哀想だが邪魔な皇帝はニュルンベルク公爵に消して貰うとしよう。
 しかし、本当にいるとマイナスになる皇帝が存在するとは。
 せめて、お飾り程度の価値はあって欲しい物だ。




「ふーーーん。ミズホ上級伯爵がここを発つ前にそんな事をね」

 ミズホ上級伯爵達がサーカットの町を発った一週間後、いきなり訪ねてきたアルフォンスは俺の話に納得した表情を浮かべていた。
 彼はテレーゼ達が軍勢と共にフィリップ公爵領に戻るので、途中自分だけが挨拶に来てくれたのだ。

「テレーゼはヴェンデリンに会いたがっていたけど、さすがに今はまずい」

「皇帝が五月蠅いだろうからな」

 テレーゼが自分を追い落とすために、俺と密会している。
 そんな噂が出ないために、彼女は帝都に入ってから俺と一回しか会っていなかった。

「帝都での混乱はまだ続いているからね。何が起こるか想像もつかない。行動は慎重に」

「それで、食糧くらいは送ってくれるのか?」

「量は大分減る」

「ミズホ上級伯爵の分も合わせて、あとは自力だなぁ……」

 現在、一万人の軍勢は手分けして働いている。
 幸いにして、サーカットの町にいる代官以下の役人達は俺に好意的であった。
 短い軍政時代に、開発に魔法で協力をしたからだ。
 中央に税を納めないで、こちらを養う案も理解してくれた。
 帝都から、その件を記した指令書もきたので法的な根拠もある。

 代官達への給金が出ていれば、彼らも反対する理由は無いというわけだ。

「王国軍組で、書類仕事などが得意なのはクリストフとシュルツェ伯爵に預けて代官達の統治に協力させている」

 俺が土地を切り開いたので、そこに移住をしてくる人が増えたそうだ。
 その分行政の仕事が増えたのに、中央は増員を寄越さず困っていた。
 俺達への嫌がらせか、お役人特有の仕事が遅いせいか、いまだに帝都が混乱しているのでそれが出来ないのか?
 どれもありそうな気がするが、そこでこの手の仕事が得意なクリストフ達に任せる事にしたのだ。

 あとは、兵士達に俺が切り開いた土地に家屋を建てさせている。
 材料は俺が切り出した石材で、戦時以外は砦の守備兵以外はなるべく普通の生活をさせるためだ。
 当然訓練もちゃんとするし、建築した家は俺達がいなくなった後は移住者に提供する。
 自分達以外が住む住居も、出来る限り建設させる予定であった。

「周辺の土地の開墾もさせている」

 いきなり小麦は不可能だが、馬の餌用にバカ大根と、蕎麦、稗、粟などを作らせる。
 秋までに一回は収穫できるであろう。

 他にも、交代で近隣の魔物の領域に狩りにも行かせている。 
 肉を確保して、毛皮や採集物なども販売して利益を得るためだ。
 これの統率は、導師、ブランタークさん、カタリーナ、ヴィルマが担当していた。

 エルとハルカはフィリップの元で指揮官としての訓練を受けている。
 帝都の大使館にいた王国軍人もいるので、彼らも手を貸してくれていた。

『王国軍組が増えた。最低でも千人は任せる。秋までに覚えろ』

 最初の紛争での対応でケチは付いたが、フィリップは優秀な指揮官として俺達からの評価を上げていた。
 エルの教官としては最適でもあったのだ。

「ヴェンデリンは何をしているのかな?」

「廃坑漁りをね」

 この近辺の廃坑に行って、また金属収集に精を出していた。
 許可は、サーカットの町の代官が帝都に書類を送るそうだ。

「あとは、鉱毒の受け入れかな」

 廃坑漁りと、鉱毒から使える金属を抽出する魔法使いは多いので許可は簡単に出るそうだ。
 それほど儲かる物でも無いのが常識なので、テレーゼも簡単に許可を出している。
 俺が担当すれば予想以上の副収入になるのだが、それをわざわざあの皇帝に教えてやる義理もない。

「ヴェンデリン。君は逞しいね」

「そうかな?」

「ああ。あのテレーゼが君を気に入るわけだ」

「テレーゼねぇ……」

 最近は疎遠ではあるが、元気なのであろうか?

「彼女も相当に参っているね」

「そうなのか?」

「わずか十五歳でフィリップ公爵家の独裁権を確立した女傑だけど、私は付き合いが長い従兄だからわかるんだ。彼女は本当はそんな生活を望んでいない。可能ならば、公爵位も次期皇帝候補も投げ出して、ヴェンデリンの奥さんにでもなりたいんだよ」

 だが、他に候補がいないからそれが出来なかった。

「ああ見えて責任感があるからね。嫌なら放棄すればいいのに、フィリップ公爵領の領民達と、今は帝国の臣民達が見捨てられない。以前からヴェンデリンに無理に迫って細君達に派手に妨害されているけど、実はああいうやり取りですらテレーゼは結構楽しんでいてね……」

「そうなのか?」

 かなり手酷く拒否しているように見えるのだが、テレーゼはマゾなのであろうか?

「彼女はフィリップ公爵で、領内で彼女の意向に逆らう人なんていない。それが独裁権のある領主なのだけど、彼女は心の中でそれを疑問に感じている。無理にヴェンデリンに迫って拒否されるのは、彼女が人間としてバランスを取ろうとしているからなんだ」

「それは知らなかった」

「それだけの重責だからね。そして、今回の件で打ちひしがれていると思う」

「皇帝の件か?」

「そうだね。これはヴェンデリンにしか言わないけど、テレーゼは皇帝の器じゃない」

「おい……」

 あまりに不謹慎な発言なので、導師ですら目を見開いて驚いていた。

「彼女はフィリップ公爵までが限界だと思う。北部諸侯を纏めてここまで頑張ってきたけど、自分が女だからと遠慮してニュルンベルク公爵みたいに非情の決断が出来なかった。まずは、バーデン公爵公子の暴走を防げなかったよね?」

「あれは、他の人が総大将でも同じ結果なのでは?」

「かもしれないけど、ニュルンベルク公爵が同じ立場なら許すと思うかい?」

「いや……。許さないはずだ……」

 確かに、アルフォンスの言う通りだ。
 あのニュルンベルク公爵が、自身の戦略構想を邪魔する軍事行動など許すはずがない。
 強権を発動してでも、作戦を中止させたはずだ。

「皇帝が引退しなかった件もだ。もしテレーゼが男なら、多分皇帝は諦めていた」

 テレーゼが女だから、皇帝は自分の復権を夢見て引退しなかった。
 そのせいで、今の帝国は混乱しているとも言える。
 元が日本人の俺からすると女性差別的な発想ではあったが、これがこの世界の現実なのだ。

「テレーゼは強引にでも皇帝を押し込めるべきだった。実は、私もバーデン公爵公子……、今は新バーデン公爵か。それを勧めたけど、彼女は法秩序は乱せないと言ってその策を実行しなかった。彼女は甘いんだ。ここ一番の時に。平時の皇帝ならそれでも構わないけど、今は緊急事態だ」

 顔に苦悩を浮かべるアルフォンスの話に、俺は相槌を打つのが精一杯であった。

「そうか……」

「あの……。どうぞ」

「すまない。エリーゼ殿」

 珍しく真面目に語り続けるアルフォンスに、エリーゼが気を利かせて濃い目のマテ茶を出し、彼はそれを一気に飲み干す。

「皇帝は、秋までにニュルンベルク公爵討伐の準備を進める。食料も、収穫があれば不足はしないからね」

「それで、どの程度の兵数で攻めるつもりなのであるか?」

「動員予定は、三十万人」

「多いな……」

 導師は、その動員数の多さに驚いているようだ。

「それほど問題無く集められます。帝国の統治機構は麻痺しているのであって、崩壊したわけではない。遠征軍を食わせられる食料を確保すればいい。褒美は、南部諸侯が消えるので土地があるし、ニュルンベルク公爵が持ち去った金銭と財宝に、ニュルンベルク公爵家が保持している分もある。あの家は金持ちですからね」

「人の財布で戦争とは恐れ入る」

「皇帝としては、そう言うしか無いでしょう。現実問題として皇宮の金庫は空なのですから。それよりも、相手はニュルンベルク公爵です。しかも、領地防衛なので地の利もあります。五倍揃えても負けるでしょうね。ついでに言うと、我々は不参加です」

 俺達とミズホ伯国軍は論外だし、テレーゼとバーデン公爵は留守中の帝国の治安維持のためだそうだ。
 勿論それは表向きの理由で、実際にはこれ以上の戦果を挙げられては困るというわけだ。

「損害が出ないと思えばラッキーだろう?」

「ヴェンデリンの言う通りだな。とにかく、ほぼ百パーセント皇帝は負ける。周囲にはイエスマンの無能しかいないからな。負けてから、我々が再び動くしかない。ただ……」

「また女のテレーゼだと同じ事の繰り返しか」

「こんな事はフィリップ公爵家では言えないが、この国では女帝は数百年早い。せめて平和な時代の継承なら……」

「だが、他に候補者もいないよな。バーデン公爵はどうだ?」

「彼は最初の敗戦で自覚している。自分の皇帝としての才能はテレーゼに劣ると。とてもこの重責を受ける余裕はないそうだ」

 父親の死で受け継いだバーデン公爵家の運営だけで精一杯という認識のようだ。
 となると、今は暫定でもテレーゼをトップに頂いて動くしかないわけだ。

「秋までは兵の訓練と、サーカットの強化に奮戦するしかないな」

「ヴェンデリンが防衛している拠点にいきなり攻め込むほど、ニュルンベルク公爵もバカだとは思わないけどね。とにかく頼むよ」

 アルフォンスは自分が言いたかった事を全部話すと、フィリップ公爵領に向けて出発していた。

「帝国の前途は多難だなぁ」

「俺達の前途もですよ。ブランタークさん」

「まさか、一年以上も帝国に残る羽目になるとは思わなかった」

 みんな、それぞれに自分の仕事に戻っていく。
 俺も、今日は空いている土地を開墾する仕事が忙しい。
 今ならば、秋に収穫可能なように種を植える事が可能だからだ。
 食料は足りているが、この先何があるかわからない。
 困窮作物でも無いよりはマシだと考えて、兵士達に栽培するように命令していた。

「バウマイスター伯爵様。肥料が出来ましたよ」

 ミズホ伯国軍の魔法使い達が、大量に肥料を作っていた。
 開墾で発生した草木、糞尿、生ごみ、狩猟で得た動物や魔物の使わない部分。 
 これらを混ぜながら発酵させ、混ぜてからまた発酵という作業を繰り返して数時間で使える肥料を生成するのだ。

「手馴れているな」

「ええ。攻撃魔法の練習ばかりしても生産力は上がりませんからね」

 ミズホ伯国の魔法使いは、食糧の増産と品質向上のためなら魔法の行使を躊躇わないのが伝統だそうだ。
 開墾をしている魔法使いの仕事ぶりも手馴れていた。

「二年あれば、米が作れるんですけどね」

「そうだな」

「米は、お館様が優先的に送ってくれるそうです」

 戦場でも、ミズホ人は米を食べる事に拘っていた。
 パンだと力が出ないと言っていて、俺もそれには納得が出来た。
 今では俺も、ほぼ米を食べる生活になっている。

「食糧は何とかなるとして、問題は金ですかね……」

 一万人に無給というわけにもいかない。
 いや、ミズホ伯国軍人はミズホ伯国が面倒を見るので、実質は五千人か。
 貧しさから犯罪に走られると、サーカットの住民に恨まれてしまうからだ。
 ミズホ伯国軍には給金が出ているが、うちにはミズホ伯国のような供給先は無い。

「捕虜になっていた連中は、ようやく虚脱から脱して真面目に訓練や仕事をしているからなぁ……。小遣い程度でも与えないと」

 シュルツェ伯爵が僅かに生き残っていた密偵に、今までの状況を記した手紙を託して王国へと送り出していた。
 生存者名簿もあるので、王都にいる陛下に届けば対応してくれるであろうが、彼らの給金は王国にいる家族にでも渡すしかない。
 本人が金を使おうと考えても、銀行のATMがあるわけでもないので引き出す事も不可能であった。

「衣食住は出来る限りこちらで負担して、あとは小遣い銭くらい渡して何とかするか……」

 住居は自分達で作っている、衣服は最低限の物を一括購入して支給、食事は三食出す。
 あとは、週に一度二百セントくらいを渡す事にした。
 これは一般の兵士で、他の指揮官や貴族もいるので金額は考慮しないといけない。

 全部手弁当で出している俺も大概だが、幸いにして王国軍組の纏まりは良かった。

『そりゃあ、ヴェルに逆らうと小遣いが出ないからな』

 フィリップ、クリストフ、捕虜になっていた連中はほぼ無一文なので、金をくれる俺に逆らわないで当然だとエルが言っていた。

「何か金を稼ぐ手段は無いかな……」

 ミズホ伯国産の物産販売益の一部、魔物の素材、採集物、町から依頼を受けた建設・整地工事の依頼、道路建設、廃坑からの採集物。
 収入が支出を超えずに、俺の資産が減る一方である。
 何とか金を稼ぐ手段を考えないといけない。

「うーーーん」

 考えながら歩いていると、ミズホ人の職人達が輸送されてきた物品を確認している最中であった。
 よく見ると、伊万里焼に似た磁器のようだ。

「バウマイスター伯爵様。何かご用件でも?」

「ただの散歩さ。ところで、その焼き物は前にミズホ伯国の店で見たような……」

「はい。ミズホ磁器ですね。高級品として輸出もされています。貴族や商人などの富裕層に人気なのですよ」

 現金を稼ぐために、ここまで輸送してきたのだそうだ。

「ただ、この情勢下で買ってくれるお客さんがいるかですね……」

 財政状態が厳しい貴族も多いし、既に持っている貴族も多いので売れない可能性もあると職人達は心配していた。

「デザインが、帝国人に合っていないのでは?」

 伊万里焼に似ているので、和風な皿や壺や徳利などが多い。
 使用するためではなく、観賞用に購入されているようだ。

「ポットとかティーカップを作ればいいのに」

 王国も帝国も、お茶を飲む時には洋風のティーセットを用いる。
 共に磁器ではあるが、質は日本のお店に売っていた量産品に劣っていた。
 磁器は、いかに薄く乳白色に製造するかがポイントである。

 エリーゼがいつも使っているティーセットは嫁入り道具なので高級品だと聞いているが、肉厚で色も少し薄暗い。
 全体的に野暮ったく、材料の白色粘土の質が悪いのかもしれない。
 絵柄を入れる技術も無いようで、だから飾りでも絵が描いてあるミズホ磁器が売れるのであろう。

 ただし、こちらはデザインの関係で実用性が無かったが。

「作る技術はありますけど、あまり売れないんですよね」

 確かに絵は入っているが、元地の色は帝国産と王国産の磁器とあまり変わらない。
 これでは、ティーセットを作っても売れないのであろう。

「ティーカップに絵を付けてみたのですが、あまり売れなかったですね」

「そりゃあ、ミズホ磁器と同じような絵を付けるからだろうに」

 和風や中華風の花や鳥、唐草模様などを付けたティーカップが売れるはずもない。
 一部コレクターの貴族が購入していったのみだそうだ。

「ならば、改良の余地はあるか」

「バウマイスター伯爵様は、焼き物を焼かれた経験が」

「ええと。魔法で作った」

 俺は、未開地時代に作った塩を入れる壺を職人達に見せる。

「ええと……。造形は駄目ですね……」

 素人の作で、塩が漏れずに入れば良かったのだ。
 職人達に壺の造形を否定されても、俺は心の中だけで泣いて誤魔化していた。

「粘土の質も、まあまあですかね」

 色も別に乳白色である理由は無いので、普及品とさほど違うわけでも無かった。

「この壺を売るのですか?」

「芸術品としては微妙ですけど……」

「俺。芸術家の素養ゼロだなぁ……」

 などと、悲しんでいる暇はない。 
 俺は窯が無くても焼き物が作れる。
 造形には問題があるし絵心も無いが、目の前にいる職人達はその道のプロなのだ。
 彼らに粘土を渡して造形と彩色を任せていまえばいい。

「ですが、帝国産と差異が出ませんので値段が……」

「そこで、俺が独自に開発した粘土を使います」

 勿論、俺に磁器製造の技術などあるはずがない。
 ただ、地球で十八世紀にイギリスで発明された技術を用いるだけだ。

 『ボーンチャイナ』という、白色粘土が入手困難なので代用品として牛の骨灰を陶土に混ぜて製作した磁器の事を。
 粘土は従来の物を使い、これに骨灰を混ぜて粘土を作り成形して焼けば乳白色の綺麗な磁器が出来るはずであった。

「早速、実験だな」

 実は、骨灰は導師達が毎日狩ってくる魔物の骨から製造していた。
 肥料に使えるので、肥料作りを担当している魔法使いが魔法で製造していたのだ。

「(確かボーンチャイナは、リン酸三カルシウムが三十パーセント以上含む磁器であったはず。牛の骨は無いから適当だな)」

 配合比率を変えて骨灰入り粘土を沢山製造して板状にし、壺の時のように魔法で焼成反応を再現して磁器を製造する。
 技術が無いので形は歪であったが、従来のミズホ磁器よりも乳白色の磁器の製造に成功していた。

「(これが一番いいな。細かな配合比率は覚えたぞ)」

 続けて、その配合比率で大量の粘土を作り、それを職人達に渡してティーカップ、ソーサー、ティーポット、皿、花瓶などを作らせる。
 さすがはプロの職人、製造経験があった事もあり素晴らしい磁器を作っていた。

「そして、これを魔法で焼成すると」

 数分で、日本で見た乳白色の透明感のある磁器が完成していた。

「おおっ! 白い!」

「これなら売れますよ!」

 従来の帝国製の磁器や、ミズホ磁器よりも乳白色で透明感のある磁器。
 『なんちゃってボーンチャイナ』は、無事に完成していた。
 まだ改良点はあるが、その辺はプロである職人達に任せてしまえばいい。

 俺が粘土と骨灰を魔法で配合し、職人達が成形と絵を付ける。
 数日は、朝に粘土を作って職人に渡し、昼は町周辺の開墾や工事に没頭し、夜に余った魔力で磁器を焼成する日々が続く。

「ティーカップに梅の絵か……。悪く無いけど、帝国風の草木とかも描けないかな」

 やはり、洋風なティーカップに伊万里焼や有田焼のような絵柄は奇妙である。
 この大陸で普通に繁茂している草花などを描いた方が良いであろう。

「やっぱり、そちらの方がいいですかね?」

「お客さんは帝国の人だから。珍しいからミズホ風の絵の品も少し混ぜよう。あとは、帝国風の絵柄にして欲しいけど、大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。輸出品研究のために勉強していますから」

 一週間ほど職人達と奮闘した結果、かなりの数の無地の白磁に、ミズホ磁器の絵師が奮闘して作絵された磁器も完成していた。

「伯爵様も変わった事をするよな」

「見てくださいよ。この乳白色の磁器を」

「確かに、王宮にある物よりも白い……」

「こんなに複雑で色取り取りの絵が付いているなんて凄いですね」

 実際にエリーゼが、ティーポットでマテ茶をティーカップに注いでみんなに配っていた。
 綺麗な乳白色のティーカップにマテ茶の黄緑色が良く映え、ブランタークさんとエリーゼは磁器の白さに驚いていた。
 粘土の成分調整にも慣れて、他の帝国産と王国産のように厚ぼったいマグカップのようなティーカップとも違うので、これは売れるはずであった。

「窯無しで磁器を作れるのか。前に壺とか作っていたからな」

「この白は、魔物の骨ですか」

 ボーンチャイナの原料である牛の骨が無いので半分賭けであったが、実に上手くいった。
 もしかすると、魔物の骨が幸いしたのかもしれない。
 日本で見た磁器よりも、白さが上のような気がするのだ。

「魔物の骨には少量の魔力が残留している。だから薬剤や魔道具の材料としても使われるんだな。ここではそんなに需要が無いから肥料にしていたけど」

 少量の需要分だけ販売して、あとは肥料にしていた。
 それを、普通の動物の骨は今まで通りに肥料にして、魔物の骨は磁器の材料にするわけだ。

「これをミズホ磁器の職人と協力として、秋までに大量に売り捌いて軍資金を稼ぐ作戦です」

 骨灰と粘土の調合比率に、焼成の条件はミズホ側にも秘匿する。
 だが、向こうにもプロはいるので、研究すれば同じ物が作れるようになるはずだ。
 それでも、秋までに作れるだけ作って売り捌けば、一番最初に真っ白な磁器を作った者として多額の利益が得られるはず。

「他にここまで白い磁器が作れる者が出る前に、高額で売り捌いて金を儲けるのか」

「これ以上、手持ちの資金を減らすのはまずいですからね。まだ何があるのかわかりませんし」

 俺がこんな事をしているのは、バカな皇帝が一時報酬すら寄越さないからである。
 あの装置を破壊するまで帰るわけにもいかないし、報酬が当てにならない以上は自分で稼ぐしかなかった。

「伯爵様の言う通りか。よし、魔物の骨だな」

「食用に大量に狩っておるが、こんな使い方があるとは知らなんだ」

 導師は、軍の訓練や町の工事などが出来ないので毎日魔物の領域に籠って狩りを続けていた。
 その成果たるや、その領域の魔物が絶滅するかのような勢いである。

 食肉の確保に貢献しているので、俺達からすれば大歓迎なのだが。

「ミズホ上級伯爵に頼んで、もっと職人を借りようかな」

 秋までの限定で、大量に製造して高値で売り捌く。
 こうして、俺は新しい商売を考え付き、軍資金を稼ぐべく奮闘を開始するのであった。
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