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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第九十七話 帰りたいのに帰れない。

「この手でくるとは予想外だったのである」

「さあてと。身動きが取れなくなってしまったな」

 導師とブランタークさんも困惑気味のようだ。

 六日間にも及ぶニュルンベルク公爵率いる反乱軍本隊との死闘は、結局引き分けに終わった。
 兵数、魔法使いの質と数、魔銃という新兵器、精強なミズホ伯国軍。
 これだけ有利な条件を揃えていたにも関わらず、解放軍は多くの犠牲だけを出してニュルンベルク公爵を討てなかった。
 反乱軍にもかなりの損害は与えているが、致命傷にはほど遠い。

 逆に、練度の低い解放軍は、夜は反乱軍の夜襲に怯えて動けない状態にあった。
 そして反乱軍は、帝都近郊まで下がると呆気ないほど簡単に帝都を放棄している。

 テレーゼ達は唖然としてしまったようだが、それでも帝都を奪還しないわけにはいかない。
 解放軍を再編して帝都に入って行き、外様である俺達とミズホ伯国軍は郊外に止め置かれていた。

 テレーゼ自身がどう考えているのは不明だが、戦争にはつきものの略奪・婦女子への暴行などを防ぐためと、そろそろ内戦勝利後の政治勢力図が気になる貴族達に説得されたのであろう。

「我らが帝都の住民達に注目されると困る貴族が多いのであろう。全く、ミズホ人達は帝都の政治になど興味が無いというのに……」

 俺達の隣に陣を敷くミズホ上級伯爵が、こちらの本陣でエリーゼの淹れたお茶を飲みながら愚痴を溢す。
 別に無理に入れて貰う必要も無いし、他にいくらでも仕事があるのでいらぬ勘繰りだと思っているようだ。

「帝都はお荷物というわけだな。ニュルンベルク公爵は」

 テレーゼ達が帝都に入ってから三日が経つが、いまだに混乱は続いているようだ。
 何でも、選帝侯や大物貴族はかなり殺害されていたが、肝心の皇帝と皇族は全員生きていたらしい。
 クーデターを起こされた間抜けな皇帝なので退位を願いたいところではあるが、本人は『自分は皇帝選挙に勝って正式に即位した皇帝であるし、退位するかどうかは本人が決める』と言っているそうだ。

 困った事に、皇帝の言っている事は法的に間違っているわけでもない。
 むしろ強引に退位させてしまうと、それこそが違法行為になってしまう。
 ニュルンベルク公爵がやった事と大差が無くなってしまうのだ。

 結果、テレーゼは皇帝に手が出せない。

 皇帝自身も、解放軍のトップが女のテレーゼなので自分は退位する必要は無いと思っているようだ。
 勝手に帝都回復を布告してしまい、テレーゼ達との対立が深刻化している。

 ニュルンベルク公爵は、自分に組する人達とその家族は全て自分の領地に連れて行ってしまった。
 残されたのは、ニュルンベルク公爵がいた時には顔色を窺って従っていた連中と、軟禁されていた連中だけである。

 彼らと皇帝には、反乱を起こしたニュルンベルク公爵に対して無力であったという危機感と罪悪感があった。
 同時に、テレーゼ政権下では冷や飯食いになる事も理解している。

 これに、せっかく解放軍に参加したのに、地位や利益の分配で当てが外れたと思っている解放軍貴族からも裏切り者が出て、双方の対立が先鋭化するのに二日とかからなかったわけだ。

 皇帝派は皇宮で、テレーゼ達は帝国軍本部に居を置いて帝国を二分する争いになりそうだと、アルフォンスが深刻な顔で報告に来ていた。

「ニュルンベルク公爵は、今はテレーゼと直接対峙するのを避けたみたいだね」

「死に体の皇帝を利用して、テレーゼとの政治的な対立を画策するか」

「そういう事。あーーーあ。これで今までの苦労が全ておじゃんだ」

 アルフォンスが帝都に戻ってから、いつもの面子で鍋を囲んでいた。
 俺達に、ハルカ、タケオミさん、導師、ブランタークさん、ミズホ上級伯爵、フィリップ、クリストフ。
 そして、シュルツェ伯爵一行もであった。

 俺は最悪殺されている可能性も考慮していたのだが、彼らは魔法使い以外は全員無事であった。
 帝都が解放され俺達が郊外に陣を張っている事を知ると、こちらを頼って移動してきたのだ。

『申し訳ない。軍を率いていて大変なのに……』

『いえ。同じ王国貴族ではありませんか』

 長期間軟禁されていたシュルツェ伯爵達は、疲れ切った表情で俺にお礼を述べた。
 そんなシュルツェ伯爵は、物珍しそうに鍋を食べている。
 そろそろ春になるが、北部にある帝都近郊はまだ朝晩と冷え込む事も多い。
 ミズホ上級伯爵が準備した『フグチリ』は、身に沁み渡る美味さだ。

「あっさりしていて美味しいですね」

「いい出汁が出ているわね」

「高価そうなのもまた」

「一杯食べられる」

「珍しい物が食べられて得をした気分ですわ」

 フグチリは、女性陣には好評であった。

「エルさん。はいどうぞ」

「ありがとう。ハルカさん」

 エルは、ハルカから鍋をよそって貰って嬉しそうな顔をしていた。
 そろそろ何かありそうな気がするなどと考えるのは、俺がひねくれているからなのであろうか?

「ところで、これの内臓などは無いのであるかな?」

「導師。食べると昇天してしまうそうだぞ」

「天にも昇る味なのであるか?」

「いいや。文字通りに昇天するんだよ。毒があるから」

「えーーーっ! 大丈夫なの?」

 導師とブランタークさんの会話を聞いていたルイーゼが、毒と聞いて大声をあげてしまう。

「心配は無用だ。我が家の調理人は、みなフグの調理免許を持っているからの」

「フグを捌くのに免許がいるんだ」

「毒の部分を提供すると死人が出るからな。過去のフィリップ公爵領では、美味しいが死人が出る事が多いので運試しで食べる物とされていた。それを、我がミズホ伯国で完璧な調理体系を確立したわけだ」

 昔から多くの犠牲者を出しながら、食べられる部位の研究や調理技術の研鑽を怠らなかったからこそ、今こうして美味しいフグが食べられるのだとミズホ上級伯爵は説明する。

「(フグなんて一回しか食べた事が無いけど、美味しいなぁ)」

 俺のフグ経験は、会社の接待の席で食べたのみである。
 久々のフグを、俺は堪能していた。

「ミズホ伯国には、全ての分野において独特の文化があるのですね」

 フグチリ、焼きフグ、から揚げ、白子、雑炊と全てを食べたシュルツェ伯爵は初めてのミズホ料理に大満足のようだ。
 食後の饅頭とお茶を楽しみつつ、早速に帝都の様子を話し始める。

「現在の帝都は、一言で言えば混乱しています」

「想像はつきますけどね」

 シュルツェ伯爵の話によると、テレーゼ派と皇帝派がそれぞれに帝都の統治を行おうとして一部で睨み合いも発生しているらしい。

「末端の小貴族から、大物まで。『誰が皇帝についた。誰がテレーゼ殿を裏切った』とか。噂や怪文書レベルなので、真偽のほどは不明ですけどね」

 行政、司法、軍事と全てでテレーゼ派と皇帝派に分かれてしまい、当然統治の効率は落ちて帝都の住民達の反発は大きかった。

「クーデター時には混乱を起こしましたが、その後の帝都統治でニュルンベルク公爵は隙を見せていません」

 自分に従わない貴族には厳しかったし、ラン族やミズホ人を収容所送りにしている。
 だが、普通に生活している住民達はニュルンベルク公爵にあまり不満を覚えていなかったそうだ。

「例の装置のせいで流通に多少影響は出ましたけどね。物価の上昇は強引な方法とはいえ抑えていましたし」

 少し悪化した状態が数か月続いたが、人間とは意外と慣れてしまう物だ。 
 だが、そこに仲間割れをして統治に隙のある皇帝と解放軍が帝都に居座っている。

「フィリップ公爵閣下と共闘していたみなさんには悪いのですが、帝都の住民達に評判が悪いのは解放軍の方です」

「末端にいる諸侯軍兵士達の悪行を抑え切れないのであろう?」

「導師の仰る通りです」

 勝者として帝都の入った解放軍の一部が、帝都内で略奪や婦女子への暴行を行っているらしい。
 テレーゼは厳しく取り締まっているが、皇帝派との対立が原因でそれに割ける労力が減っていた。
 ついでに言えば、そんな悪徳兵士と貴族でも政治的にはテレーゼの味方である。
 裁けば裁くほど、テレーゼの力を落とす結果になっていた。

「皇帝派からの糾弾の原因にもなっています。私達が逃げて来たのも、その被害を恐れての事ですよ」

 テレーゼがすぐに保護してくれたそうだが、同じく内戦中に軟禁されていた大使館に解放軍の一部が侵入しようとして騒ぎとなり、そこの職員達と在留王国人も連れてここに逃げてきたそうだ。

「明らかに略奪目的だったと思います。同じ理由で、収容所に入れられていたミズホ人もすぐに保護を受けましたよね?」

「ああ。すぐに保護したな」

 ミズホ上級伯爵は、シュルツェ伯爵の問いにすぐに答えていた。

「在留ミズホ人には女子供もいるのでな。テレーゼ殿やバーデン公爵公子の息のかかった連中は大丈夫だが……」

 急速に勢力が拡大した解放軍の末端には、碌に顔も知らない信用ならない貴族とその諸侯軍がいる。
 現在帝都で、味方であるはずのテレーゼの足を引っ張っている連中だ。

「他国との戦争ならともかく、同じ帝国人にですか?」

「その認識は甘いですよ。バウマイスター伯爵」

「どういう事ですか? クリストフ殿」

「同じ帝国人でも、ニュルンベルク公爵のミズホ人やラン族への対応を見ればわかるでしょう?」 

 確かに、同じ帝国人なのに扱いが酷いと感じてしまう。

「それに、同じ帝国人と言いますが、大半の田舎領地の領民は買い物で隣の領地に行くだけとかそんな感じなのですよ。領主から『お前は帝国の臣民だ』などと絶対に言われません。『~領の領民だ』と言われてそこで一生を過ごすのです」

 そういえば、うちの実家でも王国の臣民だと自覚している者は少なかった。
 バウマイスター騎士爵領の領民であるという感覚だけだ。

「彼らは、その狭い領地の景気や自分の懐具合だけが気になるわけです。そして、反乱とはいえ戦争になって出兵しました。彼らは、こう考えるわけです……」

「命を張って戦ったのだから、略奪や暴行は褒美であると?」

「そういう事です。彼らからすれば帝都は敵の牙城で、そこで家族のために金銭や物資を奪って何が悪い。女を襲うのは、買って無駄遣いをしたくない。勿論全員ではありませんよ。そういう者達もいるのです」

 さすがは、元大貴族家の跡取りとでも言うべきか?
 クリストフは、末端の兵士達の心情が良くわかっているようだ。

「ですが、普通に軍規違反ですよね?」

「だから、帝都に入るまでは軍規が機能していた」

 その手の犯罪が起こると、テレーゼは厳格に裁いて処分していた。

「帝都に入ったので箍が外れたのだろうな。フィリップ公爵殿の把握可能な範囲を越えてしまったのであろう。皇帝派との対立で罰する能力が落ちたとも言う。下手に処罰して皇帝派に付かれてしまったらと言って弁護する貴族がいたのかもしれない」

「グダグダだな」

「こういう時には、可哀想だが違反者全員公開で首を刎ねるくらいしないと軍規が機能しなくなる。戦争で兵士のモラルを保持するのは本当に大変なんだ」

 フィリップは、暗にテレーゼの事を批判していた。

「しかし、上手い手ですね」

「そうだな」

 こうなってしまうと、帝都に住む人達の批判は前にクーデターを起こしたニュルンベルク公爵よりも、今帝都の治安を悪化させている皇帝とテレーゼに向かってしまう。
 ニュルンベルク公爵は、自分が撃破すべき敵に仲間割れを起こさせて弱体化させ、時間差をつけて撃破しようとしているのであろう。

「もう一つ、問題があります。現在の帝都にはお金がありません」

 シュルツェ伯爵達は、ニュルンベルク公爵の手の者達が急いで荷を南方に向けて運ぶのを目撃している。
 間違いなく、皇家と帝国政府が有する移動可能な資産を全てニュルンベルク公爵領に持ち去ってしまったのであろう。

「だから、弱い軍勢を解放軍にぶつけて時間を稼いでいたのか……」

 その間に、金、財宝、物資などを全て運び去ってしまった。
 だから帝国は、これまで苦労してきた解放軍の貴族達に褒賞が渡せない。
 無い袖は振れないわけで、これも末端諸侯軍兵士達の略奪を助長しているのであろう。

 命をかけて無報酬では、彼らもやっていられなくて当然だ。

「もっと悪い事があります」

「帝国中央部北部地域と同じだろう。余剰の食料が無いと」

 フィリップの予想通りであった。
 帝国保有の余剰食糧は麦一粒残っていなかった。
 凶作に備えて備蓄していた分まで、全て無くなっていたそうだ。

「住民からは一切徴発していないが、ニュルンベルク公爵は商人達に余剰分を一定価格で放出させたそうだ」

 つまり、暫くは帝都の住民が飢える心配は無い。
 その代わりに、あとひと月もすれば帝都の食料不足は深刻な物となる。
 他の地域から上手く輸送すれば問題ないが、今はそれを行える政治環境に無い。
 皇帝派とテレーゼ派で無用な争いを続けているからだ。

「解放軍は、多少の資金や食料を持っていたよな?」

 原資は、フィリップ公爵家とバーデン公爵家や他の貴族達の持ち寄りである。
 決して余裕は無いが、現在の皇帝と帝都よりは遥かにマシな財政状態であった。

「皇帝派が、それを供出しろと言って大問題になっているんだ」

「えーーーっ!」

 金も食料も後ろ盾も無い皇帝なので、どうにか帝都から立て直したいのであろう。
 その気持ちはわかるが、帝都解放の功労者達に銅貨一枚褒美を渡さず、逆に手弁当で準備してきた金と食料を差し出せと言うのだから恐れ入る。
 テレーゼ達からすれば、『そのくらい自分で何とか出来ないでどうする』という事になるわけだ。

「もしかして、俺達への報酬もゼロ?」

「前にも言った。無い袖は振れないと」

 フィリップの冷たい言葉が、俺の心に突き刺さる。

「これは困った……」

 廃坑漁りで、ある程度の金・銀などはある。
 食料も、今のところは魔法の袋の中に入れてある分で何とかなるはずだ。
 だが、このまま放置しておくと食料不足で詰んでしまう。

「人数的には、前と変わらないんだよなぁ……」

 千五百名ほどいた王国軍組も、これまでの戦闘で二百名ほどを失っている。
 だがここに、シュルツェ伯爵達が入って人数的にさほど変化が無い。
 食料は念には念を入れて在庫量を増やしていたが、それでも千五百名なら二か月ほどで空になってしまう。

「テレーゼに食料の補給を頼まないとな」

「そうですね。人数も増えていますし」

「まあ、前とそんなに変わらないですが……」

「いいえ。約三倍に増えますよ」

「えっ?」

 俺は、シュルツェ伯爵の言葉に耳を疑ってしまう。
 一体どこにそんな謎の王国人の集団がいるというのであろうか?

「フィリップ殿とクリストフ殿には申し上げ難いのですが……」

「捕虜を取っていたのか!」

 二人が俺達に合流する羽目になった、王国軍先遣隊の潰滅。
 兵員八千人の中から、三千五百名ほどが捕虜になって収容されているそうだ。

「捕虜として認められたようで、郊外の粗末な施設に置かれていると聞きました。食料事情などもあまり良くないそうで……」

 シュルツェ伯爵からすると、同朋なので何とか保護して欲しいという気持ちなのであろう。

「それも含めて、明日テレーゼに直訴しに行きます」

 翌日、俺は導師とエルを護衛に久しぶりに帝都に入る。
 住民に人的被害はほとんど出ていなかったが、食糧備蓄に不安があるのでクーデター前ほどの活気は無い。
 解放軍兵士の悪行に怯えて、家を閉ざしている住民も多かった。
 先に皇宮前に行ってアポイントを取ってみるが、帝都の安定化に忙しいようで会ってはくれないそうだ。

「あからさまに、『他国の人間が何をしに来た?』という感じだな」

「会えば、これまでの報酬の話になるからであろうからな」

「ケチくさいですね」

「ケツの穴の小さい皇帝であるな」

 導師の皇帝批判は容赦ない。
 俺達を雇用しているのはテレーゼなので、そちらで何とかしろという考えが透けて見えるほどだ。
 すぐにテレーゼが本陣を置く帝国軍本部の建物に入ると、こちらはすぐに彼女と会う事が出来た。

「ヴェンデリンよ。今生陛下に褒美を強請りに行ったのか?」

 テレーゼの『今生陛下』という言い方で、彼への思いが良くわかるという物だ。
 褒美の件は、皇帝が生きているために大半の権限が彼に移ってしまっている。
 勿論彼女も出さないと駄目だが、今の財政状況で俺に褒美など出せば財政が破綻する。
 他の貴族達から不公平だという不満が出れば、今度は解放軍勢力が崩壊するであろう。

 だから、今の彼女は俺に褒美を出すとは決して言わなかった。

「ええ。駄目元で」

 俺はテレーゼに、皇宮の入り口で門前払いを食らった事を教える。

「陛下は、妾が勝手にヘルムート王国の魔法使いや軍人を雇用した事をそれはお怒りになっておってな。ヴェンデリンへの報酬など、舌を出すのも嫌であろうな」

「予想通りとはいえ……」

 俺は、一瞬だけ導師に視線を向けるがその表情はかなり渋かったと思う。
 皇帝がニュルンベルク公爵に嵌められて金や食料が無い帝都を押し付けられたのと、働いた俺達へ報酬を出す話はまるで別だからだ。
 しかし、テレーゼもいい根性をしている。
 自分達も苦しいのはわかるが、これまで俺達は散々苦労して来たのだ。
 その報酬を出さないのでは、皇帝の事など言えないのではないかと。

「領地ならば、妾は考慮可能なのじゃが……」

「他国の飛び地などいりませんが……」

 俺には、既にバウマイスター伯爵領がある。
 他の飛び地など、管理する手間が面倒臭かった。

「我らが皇帝陛下は、ヴェンデリンと同じ考えのようじゃな。他国の者や、ましてや仮想敵国であるミズホ伯国に領地などやれぬと仰せだ」

「じゃあ、何をくれるのですか?」

「原資が無いからのぉ……」

 その原資は、全てニュルンベルク公爵が持ち去っている。
 おかげで、反ニュルンベルク公爵派は皇帝派、テレーゼ派、外様派に三つに割れている。
 外様派というのは、数は少ないが両方について行けないと考えている俺達の事だ。

 現状で、俺達外様派はテレーゼの下に素直につけるはずがない。
 完全に第三勢力と考えて貰って結構なほどだ。

「砂上の楼閣に居座っている皇帝陛下の、これからの戦略に興味があるのである」

「導師も辛辣じゃの」

 導師の言う通りに、皇帝アーカート十七世の権力基盤は弱い。
 解放軍に参加している貴族達は全員、彼がクーデターを起こされた責任を取って引退すると考えていた。
 それが自由になると、平然と皇帝として振る舞おうとする。

 そのせいで、テレーゼは足を引っ張られている。
 帝都の統治すら分割してしまい、いまだに混乱から脱せないでいた。

「金銭は、ニュルンベルク公爵領を落として取り戻すしかないの。ただ、焦りは禁物じゃ……」

 ニュルンベルク公爵は帝都を放棄する過程で多数の精鋭を失ったが、致命的な人数ではない。
 むしろ、帝都から自分に組みする人達を連れて行っているので、戦力的には増している可能性があった。
 金銭も物資も食料も豊富なので、数年は余裕で戦えるはずだ。

「そこに無策で攻め込めば、南部はニュルンベルク公爵の庭じゃ。いいようにやられるであろうな」

 あの六日間の戦闘で、ニュルンベルク公爵の軍人としての能力は世間に知れ渡った。
 それと、南部にはやはり巨大な地下遺跡などがあるのであろう。
 古代魔法文明時代の遺産を利用して、ミズホ伯国の戦闘力まで封じてしまったのだから。

「爆発するゴーレムか。厄介じゃの……」

 加えて、例の移動と通信魔法を封印する装置は帝都には残っていなかった。
 元から無かったか、南部に持ち去ってしまったのであろう。

「(あの装置が無ければ、とっくに損切りをして王国に戻るのに……)」

 更に、古代魔法文明時代のゴーレム駆使した戦術で将来王国に攻められでもすると、俺の後半生が詰んでしまう可能性がある。
 何しろ、ニュルンベルク公爵は俺を敵対視しているのだから。

「(討たねばならないが……)」

 王国に戻って対策を考えるという手もあったが、やはり現地に残って対策を立てた方が良いであろう。
 フィリップ、クリストフ、シュルツェ伯爵もまだ王国に戻るつもりはないらしい。
 あまりに状況が流動的なので、このまま放置は出来ないそうだ。

 俺は自分本位の考え方だが、三人は王国の臣として隣国の混乱をどうにかしようとしているわけだ。

『通信が阻害されたままです。これでは、現地協力者や密偵を使った情報収集すら難しい』

 シュルツェ伯爵の意見により、総勢五千名弱にまで増えた王国軍組は郊外に陣を張って状況を見守る事になる。
 魔導飛行船も動かないので、彼らを王国に帰すには船か徒歩か馬車しか手段が無いという理由もあるのだが。

「その前に、魔導飛行船は全て魔晶石は抜かれておったの」

「どうせ碌な事に使わないでしょうね」

 動かないから一緒という意見もあったが、ニュルンベルク公爵は帝都のあった魔導飛行船全ての魔晶石まで抜いて持ち去っている。
 あの大きさの魔晶石を兵器に転用でもされたら、今の分裂状態である帝国軍は簡単に負けてしまうかもしれない。
 帝都解放で全体の兵力数は上がった。
 ニュルンベルク公爵に当主が軟禁されていたり、面従腹背であった貴族の兵が合流しているからだ。
 帝国軍も同様で、ニュルンベルク公爵に付いていかなかった連中が再び皇帝陛下に忠誠を誓っている。

「皇帝派は数が増えたが、軍の質は当てにならぬ。うちから裏切った微妙な者達も多いしの。ニュルンベルク公爵に従わなかった者の大半は、ニュルンベルク公爵からいらない奴扱いされた者も多いという事実もある」

「役に立つ人なら、ニュルンベルク公爵も勧誘くらいはしますよね?」

「厚遇も約束するであろうからの。それに皇帝派は妾達と分裂状態なので数が揃わぬ。軍資金も食料も無いのですぐにニュルンベルク公爵領へ攻め入るわけにもいかぬしの」

 現状では、全く身動きが取れない状態のようだ。

「それよりも、解放軍の悪評を聞いていますが」

「略奪に、婦女子への暴行であろう。少し処罰するのに手間がかかっての。これも妾の不徳の致すところであるな」

 軍規に照らし合わせて、数百名を処刑したそうだ。
 ところが、その兵を抱えている貴族とは決定的に揉めてしまったらしい。

「領地に帰れば、良い父で夫なのだそうじゃ。刑の軽減を求めてきたが、それは出来ぬと突っぱねた」

 当然双方にシコリは残り、彼らは皇帝派に付いてしまった。
 味方を増やしたい皇帝派は、彼らを喜んで受け入れたそうだ。

「終わってるな」

「エルヴィンのように考えるのが普通であろうな。じゃが、皇帝陛下は支持基盤が弱いのでな」

 他にも佞臣のような連中が集い、段々と帝都の政治が駄目になっているのをテレーゼは実感しているそうだ。
 皇帝を抑える役目をする議会も、今は議員の死亡と皇帝派とテレーゼ派への分裂で機能していない。

「ニュルンベルク公爵は悪辣ですね」

「ここまで読んでの、帝都放棄であろうからの」

 このまま推移すれば、帝都のどころか帝国の臣民の多数が皇帝に失望してしまう。
 そして、ニュルンベルク公爵に期待してしまう未来すらあり得るのだ。

「それで、テレーゼ殿はどうするのですか?」

「一度領地に戻るであろうな」

 今の皇帝が退位しない以上は、テレーゼには何も出来ない。
 周囲が自分と皇帝との確執を囃し立てるが、それは迷惑なのだという。

「いまだ時の利きたらずじゃの。もう少しで皇帝陛下が褒美を出すそうじゃ。もっとも、金銭は無いので勲章、役職、あとは領地で済ますであろうな。ヴェンデリン達については妾も読めぬ」

 それからすぐに、俺達はテレーゼの元を辞していた。

「テレーゼ様は苦悩しておられるのである」

「現状ではどうにもなりませんしね」

 まさか、皇帝が退位しないという予想はしていなかったのであろう。
 俺が最初に感じたアーカート十七世像は、育ちの良い調整型の無難な皇帝としての資質アリであった。
 平和な世なら、特にトラブルも無く普通に統治をしていたはずだ。

 それが、ニュルンベルク公爵のせいで無理をして壊れつつあるのだから、ある意味あの人も反乱の犠牲者なのであろう。

「ヴェルはそう言うけど、巻き込まれる身としては堪らないぜ」

「エルヴィン少年の言う通りであるな。末端ほど死が現実の物となっていく」

 間違いなく、褒美と言う名の領地変えで皇家の力を増し、秋の収穫後にニュルンベルク公爵領に大軍を派遣して勝利を収めるつもりだと思われる。

「俺が気が付くくらいだから、ニュルンベルク公爵が気が付かないわけがないよな」

「またゴーレム集団であるか……」

 例の装置のせいで飛べない導師は、大量のゴーレムに囲まれて難儀していた。
 壊すと自爆するので自然と『魔法障壁』を使ってしまい、予想以上に魔力を消費して早めに戦闘力を落としてしまったのだそうだ。

「最終兵器と呼ばれた某が面目次第も無いのである」

 大量の自爆型ゴーレムばかり倒して戦闘が終わった導師が、すまなそうな表情を浮かべる。

「それはこちらでも対策を考えるとして、今は褒美がどうなるかですね」

 などと話しながら帝都郊外の陣地に戻ってから一週間後、俺達は突如皇宮に呼ばれた。
 身なりの良いアーカート十七世が座る玉座の前に跪くと、彼は侍従にある物を持って来させていた。

「聞けば、テレーゼが勝手にこの国の名誉伯爵にしたとか? 一代限りなので認めはするが、テレーゼももう少し考えて欲しかったものだな」

「左様にございますな。まあ、所詮は女の浅知恵です」

 アーカート十七世は、いきなりテレーゼの批判を始めた。
 こういう公式の席では『フィリップ公爵』と呼ぶのが普通なのだが、それすら無視してテレーゼと呼び捨てにしている。
 対立しているし、彼女が女なので侮っている部分もあるのであろう。
 隣にいる金キラに着飾った貴族が追従するが、どう見てもただの腰巾着にしか見えない。

「正式な褒美は、反逆者ニュルンベルク公爵を退治して後に支払ってやろう。それまでは、そうだの。サーカットの町にでも駐留して待っていてくれ」

 そう言うと、俺にボロい上着を渡した。
 侍従の一人が恭しくお盆の上に載せて持ってきた物だ。

「七代前の皇帝が愛用していた上着だ。これを賜るとは大変に名誉なので、心して受け取るように」

「ははっ」

 それだけで、俺達の謁見は終了していた。
 他が詰まっているので、とっとと終わらせたみたいだ。

「伯爵様。その上着に何かあるのか?」

 俺が上着の質を確認していると、ブランタークさんはその意図を尋ねてくる。

「ええと。皇帝から下賜された物だから実は高価な魔道具とか?」

「そうでは無いのは、伯爵様ならわかると思うが」

「それはそうなのですが、実は過去に高名な職人が作って希少価値があるとか、材料に高価な材料とか……」

「作りは良いと思いますが、普通の古い上着です」

「やっぱり……」

 自分も服を作るので、エリーゼはその分野には詳しい。
 すぐに、普通のオーダーメイド服だと鑑定する。

「昔から良くあるのである。金が無い王様や皇帝が、自分や先祖の日用品を名誉だといって下賜するのが」

「やっぱりそういう事か」

 導師の発言にガッカリしながら、俺達は野戦陣地に戻ってくる。
 すると、そこでミズホ上級伯爵が薪割りの台の上で何かを真っ二つに斬っていた。

「ミズホ上級伯爵?」

「バウマイスター伯爵は、そのボロい上着か。ワシは粗悪な兜であったぞ」

 俺達の前に、ミズホ上級伯爵も皇帝に呼ばれていたようだ。

「ありがたくも、ミズホ上級伯爵の爵位と、ミズホ伯国の臣従を認めるだそうだ。褒美は、ニュルンベルク公爵討伐後に。今は五代前の皇帝が愛用していた兜を下賜するだとよ!」

 一万五千人からの兵を出してかなりの犠牲も出しているのに、ミズホ上級伯爵への恩賞も俺達と似たような物であった。
 激怒して当然かもしれない。

「あとは、バウマイスター伯爵と共に同じくサーカットの町で待てだそうだ。帝都近郊にワシらが陣を張っていると臣民達が不安になるとな。自分の無能さを棚に上げて良く言うわ!」

「まあまあ。こんな景気の悪い場所はとっとと引き揚げましょう」

「それもそうだな。これ以上、あのバカの顔を拝んでも意味がない」

 俺達王国軍組と、ミズホ伯国軍は帝都近郊から急ぎ指定された駐屯地であるサーカットの町へと向かう。
 ようやく帝都は解放されたのに、それはニュルンベルク公爵の罠で戦況が不利になってしまった。
 テレーゼとも隔意を感じた俺達は、今は臥薪嘗胆の時期であると今は怒りを奥底に仕舞うのであった。
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