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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第九十六話 連日の大会戦。

 サーカットの町の拠点化を終えた俺達は、テレーゼから解放軍が落としたアルハンスに呼び出されていた。
 無事に帝都を窺える拠点を得たので、参謀でもある俺に傍にいて欲しいのだそうだ。

 俺達の留守中はブランタークさんと導師が護衛をしていたので寂しくは無いと思うのだが、やはりテレーゼは俺に執着しているのかもしれない。
 大体の工事を終えたサーカットの町を他の帝国貴族とポッペクさん達に任せて、俺達はフィリップとクリストフも連れてアルハンスへと到着した。

 さすがは副都扱いされているだけあって、アルハンスはブライヒブルクよりも規模の大きい都市であった。
 テレーゼは、包囲作戦で補給を絶ってから降伏交渉で落としたと聞いている。

 そのおかげで、アルハンスに目立った損害は見受けられなかった。

「良い場所を落としたようだね」

「まあ成り行きで?」

 俺達を迎えに来たアルフォンスは、サーカットの町と砦を確保した俺達に感謝していた。
 そのままだと大して役にも立たないのだが、町と砦の拡張工事を行ったので反乱軍を圧迫できる条件が揃ったようだ。

「サーカットの町とはね。砦は三十年も前に実質地元の商人達が倉庫にしていたから、報告を受けるまでは誰も気が付かなかったんだよ」

 修復すれば使えるかもしれないが、修復しないと防御が覚束ないので無理に落とす必要を感じていなかった。
 その前に、解放軍の将兵と貴族に気が付いている者がいなかったそうだ。
 テレーゼとアルフォンスからすれば、生まれる前に整理されてしまった砦なので思い出す以前の問題であったそうだ。

「アルハンスとの道を繋げば、戦線で帝都を圧迫可能なので助かったよ。街道もかなり整備してくれたみたいだね」

「戦闘が無くて暇だったからな」

 今回の進軍で、俺はほとんど戦闘をしていない。
 『低周波治療器』魔法で、ポッペクさん達を脅して降伏させたくらいだ。
 というか、ポッペクさん達は最初は間抜けに見えたが、全て計算して俺達に付いている。
 サーカットの町が解放軍側になり、町と砦が強化された。
 その経済圏に自分達の領地も入っているので、そこまで考えて動くとはさすがは元帝国軍のエリート軍人である。
 サーカットの町にいる間は、ほぼ工事しかしないでも仕事が回るわけだ。

 あとは、王国軍組の指揮はフィリップとクリストフに任せているし、その過程でエルの教育も頼んでいる。
 ハルカの補佐を受けながら、エルは忙しいながらも充実した日々を送っていた。

『俺は結構暇なんだけど……』

『ヴェルは工事に行けよ。俺はハルカさんと部隊の指揮の勉強で忙しいから』

『前とさほどやっている事に差が無いな……。エルはまたフラれそうとか? 実はハルカさんに秘密の恋人がいたとかで』

『あるか! 縁起でも無い』

 砦や町の工事内容を考えると、土木冒険者と言われていた頃とさほど違いは無いと思うのだ。
 それにしても、婚約者と毎日仕事も私生活も一緒に仲良くとか、エルの奴も羨ましい日々を送っている物だ。

「大活躍であったな。ヴェンデリンよ」

「大活躍?」

 テレーゼは、アルハンスの町の政庁で大量の書類と格闘していた。
 ここは直轄地で大都市でもあるので、占領して統治するとなると膨大な仕事量になってしまう。
 降伏した捕虜の管理もあるので、大量の書類が発生しているのだ。

「ブランタークさんが、書類の整理?」

「伯爵様達がいないからな……」

 エリーゼとイーナもいなかったので、その一部をテレーゼの護衛をしているブランタークさんもこなす羽目になったようだ。
 彼は教育も受けたインテリなので、こういう仕事も普通にこなせる。
 ブライヒレーダー辺境伯に厚遇されて当たり前の人材なのだ。

「あの。伯父様は?」

「奥方様よ。あの導師が書類の処理なんてすると思うか?」

「ええと……。極たまにはしているかと……」

 ブランタークさんの問いに、エリーゼは自信なさ気に答えていた。

 世間において魔法使いは頭脳労働者と見られるし、その割合が多いとされている。
 だが実際には、イメージ力だけで魔法をこなす人も多いので、意外と無学な人も多いのだ。

 導師は、見た目だけで周囲の貴族達から頭が悪いと思われている。
 実はそんな事は無いのだが、性格的にチマチマとした書類仕事など苦手だし、本人もそういう仕事を任されるのが嫌なので出かけてしまっているようだ。

「テレーゼ様の護衛じゃないの?」

「今の状態ならば、ブランターク様一人でも大丈夫だと思いますが……」

 護衛なのにテレーゼの傍にいない導師に、エルとハルカは不思議そうな表情を浮かべていた。

「某なら、ここにおるぞ!」

「出たぁーーー!」

 エルは、突如現れた導師にビックリしたようだ。

「隣の部屋で待機していたのである。エルヴィン少年よ。いくら何でも、護衛の仕事は全うしておるぞ」

「そうだったのですか。ですが、なぜテレーゼ様の傍にいないのです?」

「決まっておろう。書類仕事が嫌だからに決まっているのである!」

「堂々と言い切った……」

 ハルカは、常に本音で生きる導師の言動に絶句していた。
 ミズホ伯国は日本に似ているので、導師のような人間にカルチャーショックを受けているのであろう。

「何はともあれ、ヴェンデリン達が戻って良かった。まずは、この大量の書類を手分けして片づけるとしようかの」

「俺達もするのかよ!」

 本当に色々と切羽詰まっていたようで、俺達はそれぞれに理解できそうな書類を渡されてチェックを行う事になる。
 勿論、最後の確認とサインはテレーゼの仕事であった。

「アルフォンスさんがいない」

 ヴィルマが、いつの間にかアルフォンスの姿がいない事に気が付く。
 急ぎ執務室前の衛兵に聞くと、所用で町に出かけたそうだ。

「さすがは、俺の心の友。逃げるのが早いぜ……」

 俺は、これまでの戦いの戦功判定を記した書類をチェックしながらアルフォンスの逃げ足の早さを称賛していた。
 これこそ、今の俺に必要なスキルだと思うのだ。

「ふと思うけど、外国人の俺達がこういう書類を見て大丈夫なのだろうか?」

「情報が漏れると考えておるのか?」

 俺の呟きは、テレーゼに聞こえていたようだ。
 逆に俺に聞き返してくる。

「まあそういう事です」

「戦後にこの書類の情報を王国に渡しても、既に鮮度が死んでいるから役に立たぬぞ。さすがに、漏れるとまずい書類は渡しておらぬからの」

 さすがに、そのくらいの事は考えているようだ。

「もっとも、ヴェンデリンが妾の夫として帝国に残るのであれば、最重要機密情報にも触れる機会が多いであろうな」

「テレーゼ様。書類の間違っている箇所はここです」

「テレーゼ様。この書類の予算項目は合算が間違っています。あと、この領収書は怪しいですね。出した人に釘を刺しておくべきです」

 またテレーゼが俺を口説きに入ったので、エリーゼとイーナが不備のある書類を彼女の前に突き付けて遮ってしまう。

「主ら、妙に優秀じゃの」

 エリーゼは完璧超人なので書類仕事も上手だし、イーナもこの手の仕事が得意だとこの内乱で周知されるようになっていた。

「ええと……。七と五を足すからここで一桁繰り上がって……。あれ? 合っているよね? 何か心配になってきたな。もう一度……」

 逆に感覚で生きている部分があるルイーゼは、大量の書類の前で四苦八苦していた。 
 やはり、何事にも相性という物があるようだ。

「カタリーナ。ここ間違ってる」

「おかしいですわね」

 カタリーナは書類仕事もある程度早めにこなせるが、結構ミスが多い。
 逆にヴィルマは、遅いが正確でカタリーナにミスを指摘する事が多かった。
 この二人、性格は正反対かもしれないが、実は相性がいいのかもしれない。

「こういう仕事も必要なんだろうけど……」

「エルさん。頑張りましょう。あとで大福をオヤツに作りますから」

「そうだな。頑張ろう」

 エルは、ハルカと二人で違う世界を作っていた。
 基本的に、ハルカが上手くエルに仕事をするように促している。
 既に尻に敷かれているのだが、エル本人はそう思っていないので問題は無い。

「(これが、上手く旦那を立てつつコントロールする女性か……)」

 などと感心してから一時間ほど、ようやく書類が片付いたので、俺達はオヤツを食べながらテレーゼと話をする事にした。

「あまり上手ではないのですが……」

 オヤツは、ハルカの予告通りに大福であった。 
 作った本人がその出来を謙遜しているが、店で売っているのと差が見つからない。

「甘さが控えめで美味しいよ。ハルカさん」

「そうですか。安心しました」

「ハルカさんは料理もお菓子も上手なんだから、俺は全然心配していないって」

 二人を見ていると、まるで新婚の夫婦が食卓を囲んでいるように見える。
 ふとテレーゼを見ると、とても羨ましそうな顔をしていた。
 俺は見なかった事にする。

「豆大福と塩大福も美味いな」

「甘い物に塩って大丈夫かと思ったけど、甘じょっぱいのが癖になるね」

 ルイーゼも、初めて食べる塩大福が気に入ったようだ。

「ところで、イチゴ大福は?」

「えっ?」

「イチゴと大福ですか?」

 俺の問いに、エルとハルカが絶句していた。
 二人の中では、大福とイチゴの組み合わせはあり得ないのであろう。

「妙な組み合わせね。大丈夫なの?」

 イーナは味を心配しているが、実は俺は知っている。
 イチゴと大福の組み合わせが最高であるという事にだ。
 この世界でイチゴは、栽培に手間がかかる作物なので高級品扱いである。
 日本の物より小粒で酸っぱいのだが、逆に爽やかさを引き立ててくれるはず。

「バウマイスター伯爵様がそう命令なさるのなら……」

 ハルカは、俺の命令通りにイチゴ大福を作り始める。

「味が不安であるな」

 導師が珍しく心配していたが、少々不味い物でも、腐った物を食べても腹を壊しそうに無いので、無用な心配だと俺は思うのだ。

「完成しました」

 大福の材料が残っていて、イチゴも俺が魔法の袋にとっておいてあったのでイチゴ大福は無事に完成していた。

「ヴェンデリンさん。本当に大丈夫なのですか?」

 カタリーナが心配そうに口に運ぶが、甘い物なので拒否をする事はなかった。
 ダイエットは良いのであろうか?
 それだけが心配である。

 他のみんなも一斉に試食を始めるが、最初の不安はすぐに吹き飛んでしまったようだ。
 イチゴ大福の味を絶賛し始めていた。

「あなた。美味しいです」

「あれ? 組み合わせは変なのに美味しいですね」

 料理が得意なエリーゼとハルカは、イチゴ大福の味を絶賛していた。

「でも、良く思い付くよね。ヴェルは」

「本当。不思議」

「ふっ。俺には、食の神が付いているのさ」

 ルイーゼとヴィルマも、感心しながらイチゴ大福を食べていた。
 ただのパクリであったが、それは知られなければパクリではない。
 それとこの世界の人達は、神からの啓示だとか言うとかなりの確率で信じてしまう。
 はぐらかすには、体の良い隠れ蓑なのだ。

「それよりも、これから先の話なんじゃないのか?」

 甘い物にはあまり興味が無いブランタークさんからの指摘で、ようやくテレーゼからこれからの方針を聞く事となる。

「テレーゼ様」

「おう。このお菓子は美味しいの」

 テレーゼ本人はイチゴ大福に集中し過ぎて、ブランタークさんに声をかけられるまで忘れている有様であったが。

「なるべく多数を率いて、帝都方面に進撃じゃの。途中でニュルンベルク公爵が手ぐすね引いて待っておるよ」

 ニュルンベルク公爵は自分が得意な野戦に持ち込んで勝利を得たいようで、アルハンス攻略後に挑戦状を送られたそうだ。

「ニュルンベルク公爵は、籠城戦が苦手なのかな?」

「というよりも、そちらの方が早く片付くからの」

 そろそろ春なので、出来れば一日でも早く内戦を終えて国家の再建を行いたいのであろう。
 理由は違うが、双方共にこれに付いては意見を同じくしているみたいだ。

「そう思うのであれば、最初から反乱など起こさねばよいのである!」

 大福を頬張りながら、導師がニュルンベルク公爵に文句を言う。

「それは今さらとも言うがの。帝都の手前には大規模会戦が可能な平地が数か所ある。そこで、妾達を待つのであろう」

 そのために、今までニュルンベルク公爵は子飼いの戦力をなるべく消耗させずに、解放軍の主戦力であるフィリップ公爵家諸侯軍とミズホ伯国軍に消耗を強いてきたのだから。

「そのせいで、捨て駒にされた貴族には恨まれていますけどね」

 消耗品扱いでダメージを受けたのだから、ニュルンベルク公爵を恨んで当然であろう。
 だが、表だって文句を言えば潰されかねない。
 ニュルンベルク公爵が精鋭を帝都周辺に集めているのは、彼らに対する牽制も含めてなのであろうから。

「妾達も調略を進めておるのでの。ニュルンベルク公爵は裏切りを予想してあてにはせぬはずじゃ」

「まあ。こっちも人の事は言えないけどな」

 ブランタークさんの言う通りに、両勢力が未だに内戦を続けている影響で日和見な貴族がとにかく多い。
 家の存亡に関わるので勝者を見極めたいのであろうが、解放軍に参加している貴族の半数以上があてにならない。
 数は反乱軍よりも増えていたが、戦況によっては戦場で裏切っても不思議ではないのだ。

「一方、ニュルンベルク公爵は精鋭のみで戦いを挑んでくるはずじゃ」

 いくら数に勝っていても、軍の質が低い弱点を突いてくるかもしれない。
 当然対策は取っているが、色々と不安要素の多い戦いになりそうである。

「どちらにしても、解放軍の再編が進めば帝都を目指さねばなるまいて」

 その準備は一週間ほどで終わり、解放軍は拠点と補給路を守る最低限の軍を除いてほぼ全軍で帝都に向かって進撃を開始する。

 総勢十五万人。
 大分増えたが、やはりアルハンス攻略が大きかったようだ。
 それを機に、軍を率いてきた貴族が多かった。

「あまりアテにはならないけどね」

「しっ!」

 俺は慌ててルイーゼの口を塞ぐ。
 特に抵抗も無いまま解放軍は進んでいくが、遂に密偵と先遣した物見の部隊が反乱軍の大軍がシーナ平原に陣取っているという報告をしてくる。
 それを聞いて、テレーゼは顔を顰めさせていた。

「早くにケリをつけないとな」

「なぜです?」

「あのバカ者が! 帝国最大規模の穀倉地帯で戦だと!」

 まだ冬麦が収穫できる状態ではないのに、そこで畑を踏み荒す大規模な会戦を行うのだ。
 土地を所有する農民達から恨まれる事は確実であった。

「反乱軍は、平原の真ん中に陣取っているようです。総勢で九万ほどかと」

「少し少ないの……」

 密偵からの報告に、テレーゼは何かを考え込んでいるようだ。

「精鋭中の精鋭だけとか?」

「かもしれぬが、あの男の事だ。何か良からぬ事を考えておろう」

 もしかすると別働隊がどこかに潜んでいて、こちらに奇襲をかけてくるとかであろうか?
 解放軍の練度を考えると、一撃で戦線崩壊の危険性もある。

「では、様子見ですか? テレーゼ様」

「ブランタークよ。それに何の意味がある? ただ事態を停滞させているだけではないか。奴らを倒すと決めた以上は前に出るしかあるまいて」

 テレーゼの決断により、解放軍は全軍で反乱軍が陣を敷く場所へと向かう。
 進むにつれて、まだ収穫するまで育っていない麦畑を踏み潰していく必要があったので、これはテレーゼの機嫌を再び損ねていた。

「あとで、補償なりしないと駄目じゃの……」

 そして、ようやく両軍は広大な麦畑の中で対峙する。
 反乱軍はほぼ均等に軍勢を三万人ずつに割って、解放軍もほぼ五万人ずつと同じ陣形であった。
 数で言えばこちらが圧倒的に有利なのだか、解放軍には爆弾が存在している。

「右軍のバーデン公爵公子達は良いが、問題は左軍を率いるレーメー伯爵かの……」

 解放軍は数は多くなったが、余計に寄り合い所帯になっている。
 前の敗戦で懲り、最初から解放軍に参加している貴族の軍勢を纏めているバーデン公爵公子が指揮する右軍は普通に戦えるはずだ。
 問題は、レーメー伯爵が率いる左軍である。
 レーメー伯爵自身は爵位継承のために領地に戻ったが、元は帝国軍で将軍を務めていた。
 評判も悪くないし、爵位も伯爵なので左軍を任せるに相応しい人物だ。

 ところが、そこに参加している貴族達には色々と問題がある。

「何とも、困った話であるがの」

 新規参加の日和見組が多いので、戦力として大してあてに出来ないのだ。

「かと言って、そういう連中を全軍に分散して配置するとしよう。どうなると思う?」

「そこを突かれると、全軍崩壊の危機ですね」

「そこで、左軍は崩壊する物として作戦を立てておる。中央軍の左軍側にはミズホ伯国軍を配置しているからの」

 中央軍の崩壊は防げるであろうし、レーメー伯爵自身が左軍の状態については良く理解している。
 最悪、当主のおかげで精鋭であるレーメー伯爵家諸侯軍と、一部信頼できる部隊を纏めて中央軍に合流する手はずになっていた。

「半分残れば、少なくとも九万人の反乱軍に負けはせぬからの」

 ニュルンベルク公爵の軍事的才能のせいで、完全に撃破できますとは言えない状態なのが解放軍には辛いところであった。

「こちらも辛いが、向こうも辛いはず。出来る限りの準備は行った。あとは、どちらが神の恩恵を受けられるかじゃの」

 広大な麦畑を踏み潰しながら両軍は対峙を行い、まるで堰を切ったかのように戦闘を開始する。
 特に複雑な作戦などもなく、ただ両軍が戦っているだけだ。
 兵士や騎士達が斬り合い、魔法使いがお互いに魔法を駆使して味方を有利にしようとする。

 『広域魔法障壁』などは使わずに、敵の数を減らす攻撃魔法の連発に傾注しているようだ。
 前線では弓に射られ、剣で斬られ、槍に突かれ、魔法で焼かれて徐々に死傷者が増えていく。
 負傷者は、運が良ければ後方に運ばれる。
 そこで従軍神官から治療を受けるのだ。

 ただ、それで治ったからと言って、必ずしも幸福とはいえない。
 また前線に戻っても、今度は戦死してしまう可能性もあるからだ。

「それにしても、左軍は駄目じゃの」

 戦闘開始から一時間ほど、俺達はフィリップが指揮する王国軍組と共にテレーゼのいる中央の本陣で待機していた。
 椅子に座りながら定期的に戦況報告を受けるテレーゼは、徐々に押されつつある左軍に苦言を呈している。

「レーメー伯爵は良くやっているとは思うが……」

 問題は、前線でぶつかる前衛部隊の質にある。
 レーメー伯爵としては常に精鋭をぶつけたいが、それをすると戦いが長引くにつれて左軍の戦闘継続能力が落ちてしまう。
 仕方なしに交代制で駄目な貴族の諸侯軍もぶつけるのだが、こういう連中は最初からやる気がない。
 自分の軍勢が擦り減ると戦後に領地の働き手が減るので、損害を減らすためにすぐに後退してしまう者が多かった。

 左軍が下がり過ぎると、陣形に不均衡が生じてそこをニュルンベルク公爵に突かれる可能性がある。
 テレーゼは、息を合わせて中央軍と右軍を少しだけ下げる作業に苦労していた。

「テレーゼ様。反乱軍の後背を突くために、別働隊による奇襲をかけては?」

 ずっと待機で暇であったエルが、テレーゼに意見を具申する。

「攻め込んだ王国軍の顛末を見るに、必ず見付けられて各個撃破されるであろうな。ニュルンベルク公爵はそういう才能に長けておる」

「駄目ですか……」

「エルヴィンには済まぬが、あの男相手に短慮は危険じゃ」

「それで、俺達がここにいると?」

 俺達が前線に出て戦えば確実に有利になるのに、なぜか温存されている。
 様子見の他に、テレーゼは何か嫌な予感を感じているらしい。

「テレーゼ様。反乱軍側に動きがあったようです」

 テレーゼの勘は当たり、敵陣に何か動きがあるようだ。
 警戒していると、何か金属の塊のような物がこちらに向かって走ってくるのが見える。
 前線の部隊は、その金属の塊の足が速いので対応できないようだ。
 乗馬している騎士が前に出ると、相手は金属の塊なので弾き飛ばされて落馬してしまう。
 更に良く見ると、その金属の塊は四足で走っていた。

「見覚えがあると思ったら……」

「ゴーレムじゃねえか……」

 前に散々な目に遭ったゴーレムが、大量にこちらに向かって来ていたのだ。
 形状は虎や狼に似ていて、俺とブランタークさんはその姿にデジャブを感じていた。

「面倒なのがきたわね」

 イーナの言う面倒がもっと面倒になったのはその直後だ。
 前線の魔法使いが足止めに『ファイヤーボール』を放ったのだが、それに触れた途端にゴーレムが爆発する。
 大量の金属片が散弾銃のように飛び散り、大量の負傷者を出していた。

「よっぽど運が悪く無いと死にはしないんだな……」

 ただし、怪我人は大量に出ている。
 負傷者は自分で後方に下がるか、仲間に運ばれて治療をするわけだが、その分戦闘力が落ちてしまう。
 部隊の交替をスムーズに行おうにも、既にゴーレムによって陣形に穴が開いているのでそう上手く行くはずもない。
 テレーゼは、悔しそうに一旦後退して部隊を再編するようにと命じていた。

「困ったのぉ……」

 続けて、ニュルンベルク公爵は次の手を打ってくる。
 ゴーレムの襲撃は中央軍と右軍に集中していたのだが、突然解放軍の弱点である左軍にそのほとんどを集中させていた。
 当然、左軍は大パニックに陥った。

「テレーゼ様。救援を出されては?」

「それどころではないわ」

 今度は、中央軍と右軍に反乱軍のほぼ全軍が殺到している。
 兵数の不足を、左軍の潰滅に拘らず動きだけを止めて解決してしまったのだ。

「これはまずいな」

 反乱軍八万人以上と、解放軍の中央軍と右軍約十万人が激突する。
 常に先手を打つ反乱軍に、解放軍は押され気味であった。

「なるほど。九万で十五万に勝つ策か。奴は軍事の天才じゃの」

 テレーゼが左軍の方に視線を向けるが、大量に殺到するゴーレムのせいでレーメー伯爵の精鋭以外軍としての体を成していない。
 ゴーレムに魔法をぶつけて破裂させてしまい、負傷者続出で大混乱している軍勢の方が多かったからだ。
 中央軍と右軍ですら、ゴーレムによって作られた混乱と陣形の隙を突かれて、戦況は誰が見ても不利にしか見えなかった。

「どうします?」

 俺がテレーゼに解決策を問うと、彼女は暫く考えた後に次の作戦を説明していた。

「当初の通りに数の有利を生かす。それしかないからの。ブランターク。導師」

「出番ですか?」

「出番であるか?」

「ブランタークは私の身の安全を第一に。ここで妾が負傷したり死ねば負ける」

「ですな」

 ブランタークさんが咄嗟に『魔法障壁』を張る。
 俺も気が付いていたが、味方をかき乱していたゴーレムでまだ爆発していなかった個体が一斉に爆発して破片がここまで飛んできたからだ。
 時限式の爆破装置でも付いてるのであろうか?

 ミズホ伯国には魔銃があるので驚きは無いが、もしかすると遺跡からの発掘物かもしれない。

「本当に嫌らしいゴーレムじゃの。導師は前線で好きにせい」

「任された。久々に暴れるとしよう」

 導師は自分専用のドサンコ馬に跨ると、杖をハンマーに変えてからそのまま前線へと走り出していた。
 慌てたように、護衛の騎士達が馬で導師を追いかけていく。

「さてと。ヴェンデリンは」

「左軍の立て直しと、反乱軍側面からの攻撃でしょうか?」

「よくわかっておるの」

 それが可能ならば、また戦況はひっくり返るはずだ。

「応援に行くぞ!」

 とにかく、大混乱している左軍をどうにかしないといけない。
 俺はフィリップとクリストフにも声をかけて、王国組と共に左軍への応援に向かう。

「新手だぞ!」

 左軍は、わずか数千の反乱軍とゴーレム達によって混乱し、足止めされていた。
 数に差があるために反乱軍は無理に殲滅を行わないで、左軍の混乱を維持・拡大するのに全力を傾ている。
 とても良く訓練されており、俺達の参入にもすぐに気が付いて対応の小部隊を送り込んでいた。

「悪いが、時間が無いのでね」

 いつの間にか魔銃による騎射を覚えたヴィルマが指揮官らしき人物を狙撃し、ルイーゼは敵の馬に飛び移って騎士を叩き落としてから自分の馬に飛んで戻り、イーナも馬上で槍を巧みに操って敵兵を倒していく。
 みんな、この内戦のせいで大分対人戦闘に慣れてしまったようだ。

「邪魔ですわ」

 カタリーナは、俺達を見つけて襲いかかってくるゴーレムを『ウィンドカッター』で破壊し、破片が飛んでくると『魔法障壁』で防いでいく。
 それにしても、ダメージを与えれば爆発し、黙っていても時間がくれば自爆するゴーレムなど迷惑のタネでしかない。

「ヴェンデリンさん。良いアイデアを思い付きましたわ」

 『岩壁』の魔法で囲ってしまうと、その中で勝手に自爆して破片も岩壁に阻まれて飛び散らない事をカタリーナが発見していた。
 味方の他の魔法使いも真似をし始めるが、たまに魔力をケチって『岩壁』を薄くしてしまい、岩壁の破片も飛び散らせて損害を増やしてしまう者もいる。

「魔力をケチらないでください!」

 カタリーナに怒られて、初級・中級レベルの魔法使いは身を震わせていた。
 見た目と普段の行動からは想像がつかないが、カタリーナは俺と導師がいなければ大陸でも五本の指に入る魔法使いなので、みんな畏怖の目で見ているのだ。

「ようやく到着か……」

 左軍は、その中心部でレーメー伯爵が自分の諸侯軍に、信用できる数名の貴族の軍も纏めて防衛戦闘に移行していた。
 その数は一万人ほどで、他の約四万がその周囲で混乱している。
 レーメー伯爵が懸命に混乱の鎮静化に努めるが、ゴーレムと敵軍にかき乱されて上手くいかないようだ。

「バウマイスター伯爵殿か。混乱している部隊の方が多いので苦戦しておるよ」

 それでも中核の部隊を混乱させていないだけ、レーメー伯爵は優れた軍人であると言える。

「とにかく時間が欲しい。反乱軍の部隊に隙が出来れば……」

「やってみましょう」

 俺に考えがあった。
 数の少ない反乱軍は、左軍をかき乱すためのゴーレムを減らさないように定期的に補充している。
 その流れを絶ち、逆に彼らに混乱を与える方法を思い付いたのだ。

「(失敗しても怒らないでねと)」

 かなり大量の魔力を使って、『石つぶて』の魔法を敵左軍上空に展開する。
 たかが『石つぶて』と思うかもしれないが、距離と範囲を考えると相当に魔力を消費してしまうのだ。

「なぜ、こんな地味な魔法を?」

「ゴーレム対策です」

 数秒後、左軍を担当する敵左軍の中心部に『石つぶて』が降り注ぐ。 
 ゴーレムの破片よりも威力は低かったが、直後に大量の爆発を確認していた。
 こちらに送り込む前のゴーレムに石がぶつかり、そのショックで大爆発を起こしてしまったのだ。
 至近な上に数も多かったようで、反乱軍左軍は大混乱に陥っていた。

「今です!」

 反乱軍は精鋭部隊が多いので、あまり時間をかけられない。 
 レーメー伯爵にフィリップが協力して味方左軍の混乱がある程度鎮静化し、逆に敵左軍に襲いかかっていた。

「数はこちらの方が多い! 押せ!」

 フィリップがなし崩し的に、幾つかの諸侯軍と協力して敵左軍へと攻撃をしかける。
 前線に立った俺とカタリーナは魔法を連発し、エルとハルカは刀で斬りかかり、イーナは槍で、ルイーゼも前に出て敵兵を倒していく。

「ヴィルマ。アレだ」

「わかった」

 ヴィルマも、馬上から狙撃用の魔銃で指揮官や魔法使いを次々と狙撃して始末していた。
 魔法使いの中には『魔法障壁』で防ぐ者もいたが、それは俺の魔力で『ブースト』をかけて強引に突き破って始末している。
 いくら精鋭揃いでも、魔法使いや指揮官が戦闘不能になれば統制が取れなくなる。
 次第に前衛部隊から混乱し始めた敵左軍は、数が多い味方に押されて徐々に後退していった。

「押せ! 押せ!」

 フィリップがいつの間にか前衛部隊の総大将のような扱いで、敵左軍に打撃を与えながら押していた。
 なるほど、素晴らしい指揮官ぶりである。

「なぜ紛争では役に立たなかったのか」

「それを言わないであげてください。せめてもの情けです」

 俺の傍にいるクリストフが、そっと自分の兄にフォローを入れる。

 敵中央軍と敵右軍との戦闘はほぼ互角であったが、ようやく敵左軍を追い込む事に成功していた。
 フィリップがレーメー伯爵と協力して、他の練度と士気の低い味方の尻を叩いて攻撃を続ける。

「ヴィルマ。あいつだ」

 俺達も前線に出て、積極的に指揮官や魔法使いを始末する。
 指揮官の戦死で指揮を引き継ごうとした騎士を見つけ、ヴィルマに狙撃を依頼する。
 ほぼ百発百中の腕前を持つヴィルマの狙撃で次席指揮官も戦死し、なかなか前衛部隊の立て直しを図れない敵左翼は、徐々に纏まりを欠くようになっていた。

「ヴェンデリンさん。油断大敵ですわよ」

「カタリーナが防いでくれると思ったんだ。カタリーナは、優しいから」

「褒めても何も出ませんわよ」

 前線に出た俺を狙って弓と魔法が飛んでくるが、それらは全てカタリーナによって防がれてしまう。
 更に、彼女の反撃を食らって次々と魔法使いや騎士達が殺されていく。
 『暴風』の名に相応しく、全て風によって切り裂かれていた。

「ヴェルもカタリーナも、容赦が無いのね」

「しょうがないさ」

 初級でも魔法使いを一人失えば損害は大きいのに、既にこの内乱で多くの犠牲を出している。
 戦後に影響は大きいはずだが、手加減をして自分達が殺されていれば世話は無い。
 それに、戦場で殺せばそいつは二度と魔法を使えない。
 派手な広域魔法よりも、敵魔法使いの『魔法障壁』を打ち抜く『ブースト』に俺は多大な魔力を割り当てていた。

「私も死にたくないから同じか……」

 イーナが魔力を込めて投擲用の槍を投げると、少数の騎馬隊を率いていた騎士の体に突き刺さる。
 その騎士は、落馬して地面の落ちピクリとも動かなくなった。

「左軍を率いている大将がいるはずだ」

 フィリップが指揮する王国組と、レーメー伯爵が完全に把握している部隊以外は相変わらず烏合の衆であったが、今は敵を押しているので、連携もクソも無かったが一応は攻撃に参加するまでには混乱は鎮静化していた。

「もうひと押しだ!」

 敵左軍は混乱して後退を続けるが、数が少ないのになかなか決定的な崩壊を見せない。
 さすがは、ニュルンベルク公爵が鍛えている軍勢とでもいうべきであろうか?
 それでも、視界に敵左軍を指揮している軍人の姿を確認していた。

「誰なのかはわからないけど……。ヴィルマ」

「了解」

 ヴィルマが馬上で魔銃の照準を合わせると、すぐに引き金を引く。
 それに気が付いた二名の魔法使いが『魔法障壁』を展開するが、さすがに魔法使いの数が払底してきたらしい。
 中級の上レベルが二名だったので、これもヴィルマに狙撃させて一気に『ブースト』で『魔法障壁』を貫通させて倒す。
 この三名の死で、敵左軍はその混乱をまた増加させていた。

「レーメー伯爵にあとは任せる。バウマイスター伯爵。行くぞ」

 敵左軍はまだ完全には崩壊していないが、暫く攻勢には出られないはずだ。
 そこで敵左軍への対処はレーメー伯爵に任せ、フィリップが指揮する一万名ほどで、敵左軍の後退によって横合いを曝した敵中央軍に攻撃を開始した。

「敵中央軍を前後に割ってしまうのか」

 カタリーナと共に先頭を馬で走るフィリップの脇を固めながら、ニュルンベルク公爵自身が指揮している中央軍へと突入を開始する。
 横合いから攻撃されて、敵軍は綺麗に前後に分断されてしまう。
 これにより、敵中央軍の前の部分はテレーゼが指揮する味方中央軍に挟まれる格好になっていた。

「このまま、テレーゼ達と挟み込んで勝利とか?」

「そんなに甘くない」

 確かに分断しつつはあるが、包囲となると難しい。
 俺達はその場を素早く駆け抜けないと、逆に前後を敵軍に挟まれて壊滅という危険もあったからだ。
 フィリップは、俺の考えを否定していた。

「敵右軍も前後に切り裂きつつ、俺達は右側に抜ける」

 敵中央軍を前後に分断したあと、すぐに敵右軍にも突撃をかけてその軍勢を前後に割ってしまう。
 その際に出来る限りの攻撃を行って損害を増やしていくが、あまり長居も出来ない。
 この状況で反乱軍は瓦解せずに、それぞれが部隊ごとに対応を行っているのが凄かった。

「羨ましいくらいに精鋭だな」

 それでも、フィリップの敵軍横断策によって暫くは味方が有利になった。

「横合いから切り裂いても瓦解しないか……。烏合の衆の解放軍とはえらい違いだな。もう一度行くぞ」

「えっ? もう一度?」

「俺達は左軍の応援に来たんだ。まともな軍勢をレーメー伯爵から預かっているし、もう一度横断すれば元の場所に戻れる」

「正論だけど、物凄い事を考えるなぁ……」

 フィリップは手早く軍勢を纏めると、もう一度敵右軍の横合いから突撃を開始する。

「まともに考えると、敵は俺達が右軍の包囲戦術を行うと思っているはずだ。意表を突くと共に……」

「共に?」

「反乱軍の練度が尋常ではない。左軍が危ないかも」

「なるほど」

 既に建て直して、元々一番弱い味方左軍を圧迫している可能性があるとフィリップは言うのだ。
 俺とカタリーナは中規模の『カッタートルネード』で敵右軍横合いに穴を開けてから、再び突撃を開始する。
 前に塞がる敵だけを俺とカタリーナの魔法、エルとハルカの刀、イーナの槍、ルイーゼの投石や打撃、ヴィルマは久々に馬上で大斧を振るって倒していく。
 反撃も激しくかなり犠牲は出ていたが、それでも横合いを突かれた反乱軍の方が犠牲は大きいはずだ。

「腸を食い破られているのだからな。普通の軍勢なら崩壊しているはずなんだが……」

 自ら剣を振るいながら、フィリップはニュルンベルク公爵が鍛えた軍勢の強さに半ば呆れているようだ。

「バウマイスター伯爵。もっと大きな魔法で一気に敵を吹き飛ばせないのか?」

「無駄だと思うよ」

 フィリップは優秀な指揮官であったが、やはり魔法使いには詳しくないようだ。
 試しに巨大な『ファイアーボール』を作って敵にぶつけようと頭上で準備をしていると、そこに様々な方向から氷の矢が飛んできて打ち消されてしまう。

「ほらね」

 ベテランの魔法使いならば、俺が巨大な魔法を発動させようとするとすぐに気が付く。
 ニュルンベルク公爵の軍勢は連携も優れているようで、自分だけで打ち消せ無くても複数で俺の『ファイヤーボール』を打ち消してしまった。
 これを防ぐには、小規模の魔法を連発して少しずつ数を減らしていくしかないのだ。

「すまない。また押されている」

 もう一度反乱軍を左右に切り裂いてから左軍の位置に戻ると、再び混乱を回復させた反乱軍に押されていた。
 レーメー伯爵が懸命に応戦するが、どういうわけか数の少ない敵に押され続けている。

「先ほど、大将らしき人物を討ったのになぁ……」

「次席指揮官への継承か完璧なのか、もしかすると恰好だけで別に兵士の恰好をして指揮しているのかもしれない」

 それを行われると、こちらとしてはお手上げである。
 魔法使いならば変装してもわかるが、変装した指揮官を見分けるのは難しいであろう。

「全体的に押されてきたな」

 フィリップは、テレーゼとアルフォンスが指揮する中央軍と、バーデン公爵公子は指揮する右軍も押されているのに気が付く。

「損害を抑えるために徐々に引いているから崩壊の心配は無いが……」

 自爆ゴーレムを潰したのに、元の軍勢の練度の差で押されているとは笑えない。
 テレーゼが指揮するラン族と、ミズホ上級伯爵が指揮するミズホ伯国軍は精強さを知られるが、他の諸侯軍との連携の甘さを突かれて後退を余儀なくされているらしい。

「ミズホ伯国軍の魔銃部隊は?」

「あれは接近戦に弱い」

 前線が乱戦状態である以上は、そう簡単に使える物ではない。 

「ついでに言うと、ニュルンベルク公爵はもう対策を立てたそうです」

 腕っ節がイマイチなので俺達の傍を離れないクリストフが、中央軍から来た伝令経由で情報入手していた。
 すぐに金属製の盾を準備して、魔銃を防ぐようになったそうだ。

「抜刀隊は?」

「そちらも苦戦しています」

 敵軍に『魔剣』を装備している部隊がいて、しかも彼らが持つ魔剣の質が以前よりも圧倒的に優れているらしい。

「ニュルンベルク公爵が秘匿していたのでしょうね。以前の帝国軍が装備していた魔剣よりも圧倒的に優れているようです」

 まだ『魔刀』には及ばないそうだが、装備している人数が多くて抜刀隊と膠着状態になってしまった。
 戦死者量産部隊が機能しないのであれば、中央軍が苦戦している理由もよくわかるという物だ。

「導師は?」

「これも、苦戦中」

『ふぬぁーーー! またゴーレムであるか!』

 彼と軍勢をぶつければ、軍勢の方が溶けるとニュルンベルク公爵は理解しているのであろう。
 そこで、準備していた大量の自爆タイプゴーレムを導師にぶつけているようだ。
 どおりで、景気の良い戦果が聞かれないわけだ。

「つまり、完全にこちらの戦力に対抗する手段を考えていたわけだな」

「それでどうなる?」

「このまま少し押され気味で夕暮れになると、双方兵を退くわけだ」

 フィリップの予言どおりに、日暮れ時になると両軍は兵を退いていた。
 反乱軍は、帝都方面に向けて徐々に後退を始める。

「誘うのが上手いな」

 左軍は疲労でボロボロの状態なので、フィリップもレーメー伯爵も追撃などは考えていなかった。
 テレーゼもそうであろう。
 ところが、ここに来て混成部隊の弱みが出た。

「追撃して戦果を!」

 一部貴族が誘いに乗って、勝手に軍を率いて追撃を開始してしまっのだ。

「止めさせないと」

「無駄だ」

 ここで、諸侯混成軍の弱みが露呈する事となる。 
 一応テレーゼ、レーメー伯爵、バーデン公爵公子に上位指揮権があるのだが、それに強制力があるわけではないからだ。
 諸侯軍は一種の独立した軍なので、ここで単独で追撃をかけても厳罰にする根拠が無かった。

 実は統一指揮権に関しては、王国でも曖昧な部分がある。
 常識的に従う貴族が大半であったが、別に従わなくても罪というわけでもないのだ。

「さすがに、王国軍や帝国軍は罰せられるけどな」

 フィリップは生暖かい目で追撃に向かう部隊を見送り、大方の予想通りに逆撃を食らい大損害を出して退却してくるのを確認していた。

「敗戦の責任は、自分に帰するのが諸侯軍というわけだ」

 失った兵は、全て領内の領民達である。
 貴重な労働力を失った時点で、既に大きな罰を受けているというわけだ。

「明日からどうなるんだろう?」

「このままだと思うがね」

「そこまでわかるのなら、テレーゼに進言したら?」

「王国貴族の俺が余計な差し出口をすると危ないぞ。バウマイスター伯爵がフィリップ公爵殿のお気に入りというだけで、妙にピリピリしているのもいるからな」

 これまでは全て勝っていたので、解放軍に参加している貴族達の間で内戦後の政治状況を巡って駆け引きが始まってしまったらしい。
 出来ればテレーゼの婿になって女帝夫君になどと、欲の皮を突っ張らせているのが多いのだと。

「勝てるかどうかわからないのに、もうそんな相談かよ」

「アホな奴ほど、頭の中に浮かんだバラ色の未来図に酔うものさ。昔の俺がそうだった」

 過去に失敗しているフィリップが言うと説得力がある。

 その日は呆れて早めに寝てしまったが、それから五日間。
 解放軍は、毎日同じ戦いを繰り返していた。
 数の少ない敵に押され、俺、導師、ミズホ伯国軍への対処も完璧で、夕方まで無駄に戦いを続ける。
 さすがに、徐々に帝都に向かって後退を続ける反乱軍を追撃するバカは一日目でいなくなっていた。

 ところが、ニュルンベルク公爵の軍勢は夜襲を行える精鋭なので、その対処にテレーゼは余計な手間をかける事になった。
 そして夜襲は行われずに、解放軍は無駄に疲労を溜めていた。

「イライラするの」

 都合六日間の戦いで、反乱軍は帝都近郊まで軍を退いていた。
 遺棄された死体から一万三千人もの戦死者を出していると推測されたが、解放軍は二万五千人もの犠牲者を出している。
 なぜこういう結果になるのかと言うと、反乱軍は精鋭で、最初に度肝を抜いたミズホ伯国軍への対処も完璧で、地下遺跡から発掘したと思われるゴーレムなどを有効に使っているからであろう。
 俺の魔法も、何かあった時のために温存という指示のせいであまり貢献しているとは言えなかった。

 何でも俺達でゴリ押しすると、他の貴族達からの不満も出る。
 組織のトップであるテレーゼは、それにも配慮しないといけないわけだ。

「このまま帝都に籠られて、攻略戦になるのかな?」

「それをされると負けるな」

 エルが予想した籠城戦でこられると、野戦でも勝てないのに攻城戦など以ての外という話になる。
 解放軍は徐々に参加貴族も増えて兵力の補填も完璧であったが、いまだに反乱軍の主力を瓦解させていない。
 決して油断できる相手ではなかった。

「明日に備えて寝るか……」

「一週間連続で会戦かぁ」

 エルの嘆きに賛同しながら、明日に備えて寝る事にする。
 ところが朝に起きると、俺が予想もしていなかった事態が訪れる。

「ヴェンデリンよ。反乱軍は昨夜の内に帝都を放棄して南部に撤退したそうじゃ」

「ええと。意味がわかりません」

「そうか? 妾が言ったままであるぞ」

「えっ? 何で?」

「そんな事は、妾が知りたいわ」

 テレーゼから緊急に呼び出して本陣に向かうと、反乱軍が帝都を放棄して撤退したという信じられない報告を受ける羽目になっていた。
 解放軍の最大の攻略目標を、ニュルンベルク公爵が呆気なく放棄してしまったのだ。

「貴族達の中には、無邪気に喜んでいる者も多いがの……」

 こうも簡単に帝都を放棄した以上は、何か策があっての事なのであろう。
 そう考えると、俺とテレーゼは素直に喜べずにいた。
 そしてその懸念は、すぐに現実の物となる。
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