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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第九十三話 なぜ敵の親玉は、決戦前にこちらと話したがるのか? そして、ヴェンデリン最大の危機。

「まさに、決戦の時迫るじゃの」

 テレーゼは、野戦陣地に更に嵩上げ増設された土壁の上から、眼下に見えるニュルンベルク公爵が率いる反乱軍を見下ろしていた。
 逃げ込んできたヘルムート王国軍残党を受け入れて装備の支給と編成が終わったばかりのところで、徐々に反乱軍の軍勢が集結しているのが確認できたのだ。

「何人くらいいるんだ?」

「そうだな。十五万人くらいだな」

 王国軍組を率いるフィリップが、俺の問いに答えていた。
 相続争いではポカをしたが、優秀な戦術指揮官である彼は反乱軍の戦力をほぼ正確に見抜いていた。

「多いな……」

「前線にいる連中は捨て駒だな」

「えっ?」

「損害担当とも言うな。過去の戦争では良くあった事だ。気にするな」

「損害担当って……」

 フィリップの発言に、俺のみならずエルやイーナ達も不快感を隠せないようだ。

「ニュルンベルク公爵は手駒の損傷を抑えたい。と同時に、帝国統治の邪魔になる連中も戦闘で合法的に始末か消耗させたいわけだ」

「確かに、前線の連中は装備品も練度も二線級じゃの。フット子爵がおるな。ニュルンベルク公爵とは犬猿の仲なので始末されたかと思ったら、先鋒で使い潰されるか。世知辛いのぉ」

 そんな事を言いながら、テレーゼは自分の首にかけた遠眼鏡を俺の前にもっていく。
 俺とテレーゼの顔がくっ付いて彼女の良い匂いが鼻をくすぐるが、気にしないようにして敵軍の前衛を観察していた。

「隊列が凸凹ですね。一部精鋭っぽい連中もいますか」

「忠誠心の怪しい貴族や、ニュルンベルク公爵がいらないと判断した連中であろうな。かの御仁は、物事を合理的に進めたいのであろう」

 俺や他の魔法使い達に、多数の兵士も動員して、ソビット大荒地には大規模な野戦陣地が完成していた。
 北上する反乱軍を防ぐために、土や岩を使って大規模な城壁にも匹敵する城壁が大きく長く出来上がっていたのだ。
 城壁の前にも馬避けの柵が幾重にも立ち、堀も沢山掘ってある。

 解放軍は、どう足掻いても反乱軍よりも兵を揃えられない。
 そこで、一旦ソビット大荒地で防衛主体の戦闘を行って敵軍を殺ぐ戦略をテレーゼは選んでいた。

 反乱から既に五か月ほど。
 ソビット大荒地は、解放軍の一大軍事拠点となっている。

 テレーゼは軍事拠点化の指揮、長期戦に備えた後方の統治と貴族達の統制、解放軍の編成と補給体制の維持にと、忙しく働いていた。
 俺も参謀にされたので、なぜかイーナとエリーゼと一緒に書類の処理を手伝っている。

 カタリーナは野戦陣地の工事に、他の魔法使い達へ指導を行っているブランタークさんの補佐。
 ルイーゼとヴィルマは戦闘訓練の手伝い。
 エルは、フィリップの下で軍の指揮を学んでいる。
 あとは、ハルカと共に刀の訓練もしていた。

 そういえば、導師は普段は何をしているのであろうか?
 なぜか野戦陣地の工事や開墾などに汗を流したり、近場で狩猟などをしているようであったが。

 タケオミさんは、俺の傍で控えて護衛役に徹している。
 たまに時間が空くとエルとハルカに憤怒の表情と視線を向けているが、エルとハルカはまるで気にしていない。
 二人だけの世界を作っていた。

『ハルカは、小さい頃はお兄様と私に良く付いてくる子で……』

『その子も、いつかは大人になるよな』

『そんな事は認めないぞぉ---!』

 ブランタークさんがタケオミさんの思い出話に茶々を入れてしまうから、彼は泣きながら走り去ってしまう事もあった。
 いい加減に大人になれよという事なのであろうが、シスコンはそう簡単には治らないであろう。

『俺の護衛……。今は書類の処理だからいいけど……』

 俺は、タケオミさんが走り去った後にも冷静に書類の処理を行っていた。
 隣にイーナもいるし、テレーゼの執務室に刺客が現れるようでは解放軍は終わりであろう。

『伯爵様は、いつの間にかそういう仕事をしているのな』

『何とかこなせますからね。ブランタークさんもいかがです?』

『俺は、魔法使い達への指導で忙しいから』

 ブランタークさんは、帝国でも若い魔法使い達に魔法を教えていた。
 短い期間なので魔力などはそう上がらないが、魔法の精度や魔力使用量の効率化などでブランタークさんの右に出る者はいなかったからだ。

 本当はこういう仕事はブラッドソンさんの仕事なのであろうが、彼は非業の最期を遂げている。
 だからブランタークさんはこの仕事を引き受け、遠く帝国の地でまた彼の弟子が増えたというわけだ。

『伯爵様は、もはやテレーゼ様の腹心だからな』

『今でも、それでいいのかと思いますけど』

 俺は外国の貴族なのに解放軍に組み入れられてしまったが、帝国の名誉伯爵なる爵位を貰ったので問題はないようだ。
 あとは、これが一番大きい。

『バウマイスター名誉伯爵には武勲がある。その地位に取って替わりたいのなら、次の戦いで武勲を挙げるがよい』

 テレーゼはこう言って、他の貴族達からの干渉を排除してくれたようだ。
 しかし、あまり煽るのは止めて欲しい物だ。
 士気の向上には繋がるが、下手をするとニュルンベルク公爵の策に乗せられて敗北の要因にもなりかねない。

『戦争が久しく無かった時代じゃが、貴族にとって武勲ほど評価に値する物などない』

 テレーゼの言う通りで、そのおかげで表面上は俺の力は強まっていた。
 しかし、陛下と連絡が取れないとはいえ、爵位を兼任して大丈夫なのであろうか?
 前例が無いと、官僚系の貴族達が騒ぎそうではある。

『気にしても仕方があるまい。今は勝つしかないのである』

 それでも、傍に導師がいるのがありがたかった。
 彼があとで陛下に説明してくれれば、正しい事情が伝わるであろうからだ。
 勿論、戦力としても大いに期待できるわけだが。

『そうですね。今は勝つしかありません』

『戦の時である。余計な邪念を振り払い、ただ目の前の敵を討つのである』

 導師は眼光鋭く敵反乱軍を見つめ、それはまるで敵全軍を威圧しているかのようであった。
 というようなやり取りなどもあったが、今の俺はテレーゼの隣で迫りくる反乱軍の陣容を見ているわけだ。
 一つの双眼鏡で顔をくっ付けながら。

「ほぼ全軍ですか?」

「さすがに今の時点では、ほぼ限界であろうな」

 間違いなくエリーゼの機嫌は急降下していると思うが、今は臨戦態勢下にある。
 あとでご機嫌を伺うとして、俺は反乱軍から視線を反らさないでいた。

 決して、エリーゼが怖かったからではない。

「帝都周辺の地固めに、侵入した王国軍の始末で時間があったからの。その間にこの野戦陣地は完成した。ここを抜くには犠牲が必要であろう。自分の手駒の犠牲は避けたいであろうから、前線にいるのは使い潰す事が前提の連中というわけじゃ」

 テレーゼは、前線にいる貴族で顔を確認できた連中を見て確信している。
 フィリップの言う通りに、前線にいる連中は被害担当部隊というわけだ。
 だから装備が悪くても、訓練不足でも問題ないという事になる。

「撃退や殲滅も可能でしょうが……」

「そうさの。我が軍も消耗するの」

 犠牲は出るし、疲労もする。
 弓なども大量に消耗するであろう。
 消耗し尽したところで本命の精鋭によって攻められると、野戦陣地が陥落する危険性もあった。

「酷い策ですけど、大いに有効ですね」

「防ぐ手も無いの」

 いらない貴族や兵士を消耗品としか見ない、恐ろしいまでの合理的思考とも言える。
 その犠牲の中に自分やその関係者がいないから、あまり痛痒に感じていないのかもしれないが。

「迎撃準備!」

 テレーゼの命令が全軍に伝わるのと同時に、反乱軍は……動き出さなかった。
 臨戦態勢にはあるが、そこから三人騎士が白旗をあげながらこちらに近づいてきたからだ。

「フィリップ公爵様はいずこに!」

「ここにおるぞ!」

 白旗を持った騎士達は軍使であった。
 テレーゼを呼び出し、彼女はそれに応えていた。
 相手は反乱軍とはいえ、それが礼儀であったからだ。

「降伏でもせよと?」

「出来ればそれが望ましいと、陛下は仰せです」

「ふんっ! 反乱で国を奪って陛下気取りか。思った以上に器が小さい男でガッカリじゃの。ニュルンベルク公爵殿は」

 テレーゼの嫌味の混じった返答を、騎士達は何も言わずに聞いていた。

「となれば、あとは戦にてケリをつけるまで」

「その方が手っ取り早いであろうな。出来れば犠牲を避けたいところであるが」

「陛下も同様に考えております。ところで、話は変わりますが……」

 軍使は、テレーゼに予想外の提案をしてから自軍の陣地へと戻っていく。

「会食とは、どういうつもりなのかの?」

 軍使がテレーゼに出した条件とは、戦いの前にトップ同士で会食を行うという物であった。
 一体、そんな事をして何になるのであろうか?
 これはこの手の物語などで良くある、実際に話してみたら敵の親玉が自分語りなどをして、『敵にも事情があるし、完全に悪い人なんていないよね』フラグなのであろうか?

 というか、今さらそんな物はいらない。
 俺からすればニュルンベルク公爵など、滅ぶなら勝手に滅んで欲しいと思っているからだ。

「普通に考えれば、謀殺を注意する案件であるな」

 珍しく導師がまともな意見を言っていて、俺を含めて全員が驚きの表情を浮かべていた。

「いや。某でもそのくらいは思い付くぞ」

「でもよ。会場と食事はこちらで準備して良いんだろう?」

 ブランタークさんもテレーゼの傍にいるので、軍使の会食における条件は聞いてる。
 双方共に、参加者はトップを含めた三名まで。
 場所は両軍が睨みっているちょうど中間地点となっていた。

 更に、食事はこちらで準備してもいいという。
 こちらが毒を入れる可能性もあるのに、それでも構わないというのだ。

「己の剛毅さを、反乱軍の兵士達に見せるのか」

「ですが、有効ではありますよ」

 今回の反乱劇では、最悪俺達が魔法で殺害するという手もあったのだ。
 ただ、その方法は実はテレーゼに止められていた。

「貴族とはプライドが高い生き物じゃからの。いくら反乱分子でも、そういう方法で始末すると風聞が悪くなる。今後の統治に影響が出かねない」

「ニュルンベルク公爵はその能力ではフィリツプ公爵に負けていなかったのに、志半ばで倒れてその生涯を終えられた。正当な勝者であるはずのフィリップ公爵のはずが、彼女の政治では帝国は悪くなる一方だ。そこで、英雄ニュルンベルク公爵様の意思を継いだこの私が! となると?」

 次に反乱を起こす奴からすれば、謀殺されたニュルンベルク公爵の存在は利用しやすいというわけだ。

「偶像崇拝の道具にされてしまうと、あとあと厄介じゃの。短期的に見ると犠牲は多いが、完膚無きまでに叩き潰した方が、長期的には次の反乱の芽を摘めて最終的な損害が少ないかもしれぬ」

 納得しない残党や、他の貴族が反乱の旗印に彼を使ってしまう可能性があった。
 ニュルンベルク公爵に組していた連中が他の反体制派と組んで、テレーゼによる統治を邪魔してくる懸念もある。

「誰の目から見ても、ニュルンベルク公爵が戦で敗れて死んだという事実が必要になる。今さら話し合う余地などないが、受けぬと器の小ささを疑われるか。案外、妾達が断ってくるのを期待しているのかもしれぬな」

 敵味方に、テレーゼの臆病ぶりを宣伝するつもりなのかもしれないと。 

「受けるとしよう。さて、野外でのランチかディナーになるのじゃが……」

 テレーゼは、同じく中央に軍を置いているミズホ上級伯爵に使者を送る。

「フィリップ公爵領の郷土料理でも、ニュルンベルク公爵領の郷土料理でも不公平になるからの。ミズホ料理を作って貰う事にする」

 数分後、ミズホ上級伯爵が姿を現し、彼はテレーゼの要請を受け入れていた。

「テレーゼ殿。頼まれれば引き受けるが、ニュルンベルク公爵がミズホ料理など食べるのか?」

 ミズホ上級伯爵は、早速家臣に命じて両軍の睨みあう中間地点に会食用のテントを張り始めていた。
 更に調理用の魔道具なども移動させ、ミズホ家お抱えの料理人が調理を始める。
 どうやら懐石料理のような物を作っているらしいが、ミズホ上級伯爵の心配はあのミズホ人嫌いで有名なニュルンベルク公爵がミズホ料理を食べるのかという事のようだ。

「食べねば、自分から度胸を見せるために会食を提案したのに、実は緊張感に負けて何も食べられなかったと宣伝してやればいい。それに実はあの男、地元の料理が苦手なのじゃ」

「それは初耳ですな」

 ミズホ上級伯爵は、初めて知るニュルンベルク公爵の個人情報に意外だという表情を浮かべていた。
 確かに普段は、地元大好き、地元最優先なイメージを感じさせられるからだ。

「ニュルンベルク公爵領って、どのような料理が食べられているのですか?」

「味が濃いの」

「味が?」

「味が極端なのじゃ。甘いのも辛いのも、とにかく調味料を一杯使ってあれば贅沢だという思想でな。うちも魚料理が普及するまでは、ジャガイモと、ベーコンと、ソーセージと、ザワークラウトだけだと揶揄されておったがの」

「地元料理が嫌いな領主様って……」

 選帝侯やその後継者は、帝都に詰める期間が長い。
 そのせいで、余計に地元の料理が苦手になったのかもしれない。

「本人は薄味の料理が好きなようじゃの。地元で『あまり味の濃い料理は健康を損なう』と薄味を勧めておるが、これは唯一領民達には不評での」

 『味を薄くなど貧乏くさい』、『調味料は沢山使った方がいいのだ』という主に年寄りの意見が根強いらしい。

「そんなニュルンベルク公爵であるから、ミズホ料理とは相性が良いであろうよ」

 それから数時間後、無事にテントの設営と料理の準備が終わっていた。

「お抱え料理人による、最高級のミズホ料理か。惜しいな」

 食べたいとは思うが、互いに随伴は二名のみである。
 外国貴族である俺が選ばれるはずがない。

「味がわからないと思うから、選ばれないで正解だよ」

 ルイーゼの言う通りだ。
 あのニュルンベルク公爵と食事などしても、碌に食べ物の味はわからないであろう。

「この戦争が終わったら、美味しいお店に食べにいけばいい」

「そうだな。一杯食べるか」

「ミズホ伯国には、行きたいお店が一杯ある」

 試作型狙撃銃を抱える姿がすっかり様になっているヴィルマは、ミズホ料理店巡りを楽しみにしているようだ。
 その手には、ミズホ伯国名店ガイドという小冊子も握られていた。

 いつの間に手に入れたのであろうか?

「それで、どなたが随伴に選ばれますの?」

「そうだな……。カタリーナが行くか?」

「その前に、絶対に選ばれませんわ」

 突然の向こう側からの提案だったので、テレーゼはまだ随伴を発表していない。
 だが、外国貴族でもある俺が選ばれるはずがなかった。
 その妻であるカタリーナなど、候補にも入らないであろう。

「いや、カタリーナの華麗な作法でニュルンベルク公爵の度肝を抜くいう手もある」

「ヴェンデリンさん。それ、絶対に褒めていませんよね? そういう席は、ウケを狙ってする物ではないのですが……」

 カタリーナは、前の俺が彼女の作法が仰々しいと言った事を覚えていたようだ。

「候補としては、バーデン公爵公子とあとは誰か伯爵くらい方が妥当なところ?」

 イーナの予想が、ほぼ妥当というところであろうか?
 ところが、エリーゼの意見は違うようであった。

「あなた。お出かけになる支度を」

「俺が?」

「はい。必ず選ばれると思います」

「ニュルンベルク公爵が美女とかなら見るくらいはしてもいいけど、野郎なんて興味無いな」

「お前は、その辺のオッサンか」

 エルに呆れられてしまうが、ニュルンベルク公爵は眼光鋭い美男子なのを一度だけ見ているので、俺にとってはただの敵でしかない。
 挙句に人に迷惑ばかりかけているし、出来ればエリーゼの予想は外れて欲しい物だ。

「バウマイスター伯爵様。フィリップ公爵閣下がお呼びです」

「エリーゼの予想は当たったなぁ……」

 だが、期待に反してエリーゼの予想は当たっていた。
 俺はテレーゼから随伴を命じられ、見たくもないニュルンベルク公爵の顔を拝みに行く羽目になるのであった。
 断るという選択肢が無いのは、いくら嫌な相手でも接待しなければいけなかったサラリーマン時代の癖が残っていたからであろうが。




「久しいの。ニュルンベルク公爵」

「壮健で何よりだ。フィリップ公爵」

「誰かに殺されそうになったが、悪運が強いようでな。こうして今も現世に留まっておるよ」

「それは良かった。貴殿がいないと、世の中は色々と面白みに欠けるであろうからな」

「よう言うわ」

「いやいや、これは本音であるよ」

 両軍が睨みあう中間地点において、ニュルンベルク公爵とテレーゼは挨拶を交わしていた。
 互いに皮肉交じりな言葉の応酬があったが、双方は怒りもしないで笑顔で言葉を続ける。

 俺は、この生まれついて大貴族である二人の応酬を小市民的な視線で観察していた。
 歴史ドラマなどでありそうな光景だと思いながら。

「バーデン公爵公子殿も加わらないので?」

「いや。私はいい……」

 この前の敗戦で、バーデン公爵公子は大人しく解放軍のナンバー2として黙々と仕事をする人に戻っていた。
 また何かやらかせばネタ的には面白いのであろうが、実際に被害を受ける俺達とからすれば堪った物ではない。
 今の大人しさが続いてくれる事を俺は祈る。

 彼自身も、ニュルンベルク公爵と進んで関わるのが嫌なようだ。
 軽く社交辞令に則った挨拶だけをしていた。

「では、食事にでもするか」

 時刻は、準備もあったので夕食になっていた。
 テントの中にはテーブルや椅子がセットされ、生け花や掛け軸なども飾られている。
 畳敷きではないが、これはニュルンベルク公爵に配慮したのであろう。
 それぞれの席には、箸、スプーン、フォークなどが置かれ、全員が席に着くとミズホ人の給仕係が最初の皿を持ってくる。

「最初に、お互いの随伴を紹介しておこうかの」

「そうだな。テレーゼの言う通りだ。おっと失礼……」

「マックス。妾達はこの呼び方の方が良いのかもしれぬな」

「では、そのままにするか。俺の随伴は、従士長のザウケンに参謀兼魔法使いのターラントだ」

 ザウケンは五十歳ほどに見える、右頬に走る傷が特徴の良く鍛えられた体躯をしている男性だ。
 ターラントは、三十歳ほどの特徴が無い男であった。
 中肉中背で、顔にも印象に残る部分が無い。
 どこの町にもいそうな普通の男性である。

「(あれ?)」

 特徴は無いのだが、逆に無さ過ぎて何か底の知れない恐怖を感じてしまう。
 ブランタークさんがいないので懸命に魔力を探るが、推定では前のカタリーナよりも少し多いくらい。
 十分に対処可能だとは思うが、明らかにあの四兄弟よりも実力は上であろう。
 何よりも怖いのは、いくら観察をしてもこの男が読めない点にあった。

「ターラントは、バウマイスター伯爵に興味があるそうだ。それで連れて来たのだ」

 ターラントは、無表情なまま俺に一礼していた。
 決して無礼さを感じさせないが、相手に好印象を与える物でもない。

「(何だろう? この嫌な感じは……。そうか! この男には、何も無いんだ!)」

 そこに、かなりの魔力を持つ男性魔法使いがいるのに、なぜか俺に何も印象を与えないのだ。
 俺は、ただそんな彼に不気味さを感じている。

 果たして、テレーゼはターラントについてどのように感じたのであろうか?
 今は聞けないが、俺は物凄く気になっていた。

「お腹が減ったの。始めるとするか」

 テレーゼの合図で、ミズホ服姿の若い男性兵士が給仕役となって食事が運ばれてくる。
 やはり内容は、懐石料理に似た物のようだ。
 テーブルの上には、和紙に似た紙に達筆な字でメニューが書かれていた。

 先付:豆腐、アワビ、フキ、卯の花
 お椀:鯛の湯葉包み、焼き唐墨、舞茸
 差味:黒マグロ、イカ、平目、エビ、赤貝
 八寸:ハマグリ、水菜、アナゴ浸し、タケノコ山椒焼き、イワシ旨煮、子持昆布
 焼物:サワラ西京漬け、ふきのとう
 煮物:小かぶ鮟肝玉子茶巾、白菜、小芋
 酢の物:サヨリ、赤かぶ、木くらげ
 食事:マツタケご飯
 止椀:赤出汁
 香の物:白菜 柴漬け
 デザート:水羊羹、ナシ、お抹茶

「(見事なまでに懐石料理……)」

 商社員時代に一度だけ連れて行って貰った高級懐石料理に、メニューが良く似ている。
 食材の季節感がバラバラであったが、これは魔法の袋に入れておけば新鮮な状態で保てるからであろう。
 その点は日本よりも有利で、順番に出て来る料理も美味しかった。

「バウマイスター伯爵は、箸の使い方が上手いな」

「そうですか?」

 料理に集中して静かにしていようと思ったのに、早速ニュルンベルク公爵が声をかけてくる。
 ミズホ人でもない俺が箸を上手に使うので、それを不審に思ったのかもしれない。

「前世がミズホ人なんですよ。きっと」

 本当は文化・風習がよく似た日本人なのだが、まさか教えてあげるわけにもいかない。
 言ったところで、信じて貰える可能性も少なかったが。

「なるほど。そういう切り返しがあったか」

「たまたま覚えが早かっただけでしょうね」

「バウマイスター伯爵は、魔法と共にミズホ文化の習得も得意というわけか」

「他には取柄はありませんが」

 ニュルンベルク公爵は、なぜか俺に良く話しかけてくる。
 テレーゼと降伏するしないの条件交渉でも始めるのかと思えば、テレーゼはたまに話をしてあとは料理に集中している様だ。
 バーデン公爵公子も食事に集中しているし、向こう側のザウケンは出される料理を持て余していた。

 素材を生かす味付けなので、生粋のニュルンベルク公爵領の人間には薄味に感じてしまうのであろう。
 ターラントは、まるで機械のように黙々と料理を口に入れていた。

「(これは、駆け引きなのかな?)」

「今さら、お互いに降伏などと言っても無駄なのだ。だから、実際に会うと意外と話す事がないな。ミズホ料理は、私にはとても美味しく感じる。ザウケンは、北部と南部の味覚嗜好の差があるので勘弁していただこう」

 思ったよりも、ニュルンベルク公爵は常識人のようであった。
 ミズホ料理が苦手そうな部下のフォローを入れられるくらいなのだから。

「ただ、こういう差の積み重ねが各地方や領地の間での対立を生む。それを正すための決起である」

「自然と時間に任せれば良いのでは?」

「俺はせっかちなのだ。この大陸は一つに纏まった方がいい」

 ニュルンベルク公爵は、堂々と自分がこの大陸を統一するのだと述べていた。
 雄弁に語る様子は、とても様になっている。
 これに魅かれて彼に味方している者も多いのであろう。

 何事でも、見た目がに優れている者は有利なのだ。

「壮大な夢ですね」

「バウマイスター伯爵が俺の腹心となれば、案外簡単に行くかもしれぬぞ」

 予想はしていたが、ニュルンベルク公爵からの引き抜きにテレーゼの顔が一瞬歪むのを俺は見てしまう。

「マックスよ。その発言は重大な違反行為であるぞ」

「すまぬな。テレーゼ。つい欲しくなってな」

 テレーゼがニュルンベルク公爵の発言を窘めると、彼は素直に謝っていた。

「バウマイスター伯爵は、妾が必要な男なのでな」

「臣下ではなくて、男か。だが、上手くいっておらぬようだな」

「バウマイスター伯爵は少し恥ずかしがり屋なのじゃ。すぐに妾の元にくるはず」

「テレーゼがそう言うのであればそうか。昔から、諦めが悪い」

「マックスもであろう」

 反乱を起こしてまで帝国の覇権を目指す男なので、テレーゼの言う通りに諦めは悪いと思われる。

「バウマイスター伯爵は、俺についてどう思う?」

「その軍事的才幹があれば、帝国軍の重鎮として安泰でしたのに」

 このくらいしか思い付かない。
 それと、『あんたのせいでもう大量に犠牲者が出ているが、それについてどう思っているんだ?』という物もあったが、これは胸に仕舞っていた。

「君は若いのに、考え方が守勢の人だな」

「そうですか? 世の中の大半の人達は普通に暮らしたいと思いますけど。野心があるといっても、精々人臣位を極めるとか、商売で成功するとかでしょう?」

「俺は帝国の覇権を、後には大陸の統一を目指したい。このくらい言っておかないと、帝国の覇権を握るのも難しそうなのでな。帝国軍の重鎮として人臣位を極める。君は、天才だからそう考えられるのだ」

「天才? 俺が?」

 ニュルンベルク公爵は、俺を天才だと言い切っていた。
 魔法では頷ける点はあるが、他は普通だと思っているのであまり実感は無い。

「君は魔法の天才だ。だから、私の気持ちなど理解できない。いいかね? 今の状況を変えようとするのに必要な要素とは何か? それは、諦めが悪いという事だ」

「諦めですか?」

「天才は苦労無くその社会で生きていける。だから社会の変革など望まない。俺は諦めが悪い。だから、反乱を起こしてまで帝国の覇権が欲しかった」

 皇帝選挙に勝とうと努力を続けたが、あと一歩で及ばなかった。
 だから、反乱を起こしてまで帝都を占領したのだと。
 ニュルンベルク公爵は、己の考えを語る。

「別に、今までの犠牲者達に謝ろうとは思わない。俺は背水の陣でこの戦いに臨んでいる。勝てば帝国の覇権が手に入り、負ければ愚かな反逆者として無様に死に、後世で愚か者だと批判されるだけだ」

「もう少し、妾の事を考えて欲しかったの」

「俺が負ければ、テレーゼが女帝か。帝国の統治は面倒だからな」

「陛下は生きておるのか?」

「生かしてあるが、あの男は凡庸だ。反乱後に復権しても傀儡になるだけだな。テレーゼが何とかするしかない」

 テレーゼとニュルンベルク公爵の視線がぶつかる。
 この二人は、能力だけで選ぶと次の皇帝に相応しいのはお互いだと思っているからだ。

「どちらか勝った方が次の皇帝になる。素晴らしく簡単な事ではないか」

「ふんっ! マックスは勝ちを確信しておろう。でなければ、こんな席など開かない」

「ああ。確信しているよ。テレーゼには、優れた魔法使いが複数付いているな。だが、うちのターラントもそう捨てた物ではないよ」

 この会食に連れてくるだけあって、やはりターラントはニュルンベルク公爵期待の魔法使いのようだ。
 彼は一言も発しないで、丁寧に静かに料理を口に運んでいる。
 『美味しい』も『不味い』もない。 
 ただ黙々と料理を食べているので、俺も暫く彼の存在を忘れていたほどだ。

「(それが逆におかしい……)」

 彼の存在感の無さに、俺は違和感しか感じない。
 ただ目立たないというレベルを逸脱して、何か魔法的な才能が原因でこういう状態なのではないかと思っているのだ。
 しかし、彼が魔法を使っている形跡は無かった。

「ターラントは、少し特殊な魔法使いなのでな。バウマイスター伯爵。君がターラントに敗北する未来を私は確信しているのだよ。死なない内に降伏してくれれば、それ相応の待遇を約束しよう」

 それから十分ほどで、最後の抹茶まで楽しんだニュルンベルク公爵は帰途につく。
 俺達もテントなどの片づけをミズホ上級伯爵に任せて帰途に着くが、馬が使えないので徒歩になっていた。
 テレーゼが俺の横で頻繁に話しかけてくるので、居心地が悪いバーデン公爵公子は先に駆け足で陣地に戻っている。
 過去の経緯もあり、俺とは特に仲も良くないので助けてはくれなかった。

「ヴェンデリンよ。ターラントとかいう魔法使いが気になるのか?」

「明日までに対策を……。いや、あの男が使う魔法がわからない」

「夜戦でなくて良かったか」

 開戦は翌朝早朝だと、ニュルンベルク公爵は宣言していた。
 別に彼が、正々堂々とした戦いを望むフェアな男だからではない。
 帝国でも、組織だって夜襲をかけられる部隊が極端に限られているからだ。
 野戦陣地城壁前に幾重にも張り巡らされている、馬避けの堀や柵を越えて夜襲をかけても無駄に犠牲が増えるだけなので意味が無いと判断したのであろう。
 夜襲可能な部隊は、ニュルンベルク公爵の手駒なのだから。

「臨機応変に対応していくしかあるまいて。それよりも、大切な事があるぞ」

「大切な事ですか?」

 それが何のかわからずに、俺は首を傾げてしまう。

「妾は、知己であるマックスと殺し合いをする不幸な女なのじゃぞ。ここは、男として慰めるのが当り前であろう?」

「そんなに親しかったのですか?」

「ファーストネームで呼び合っていたであろうが。子供の頃は、何度か一緒に遊んだ事もある」

 年齢も近いし幼馴染とでも言いたいのであろうか?
 その割には、最初はそんな素振りは見せなかったのだが。

「ここ数年は、マックスがああいう感じだったのでな。疎遠になって当然であろう?」

「そうなのですか」

 本当なのかどうかわからず、俺は適当に相槌を打って誤魔化す。

「そんなわけで妾は不幸な女なのじゃ。慰めておくれ」

 そう言うや否や、テレーゼは俺と腕を組んで顔を肩に載せてくる。
 それも、野戦陣地の正門前でだ。
 当然、城壁の上の兵士達は驚愕の表情で俺達を見ていた。

「テレーゼ殿……」

「決戦前に、総大将と参謀の仲の良さをアピールじゃ」

 だからと言って、これは無いと思う。
 殺気を感じたのでその方向を見ると、そこには冷たい表情を浮かべたエリーゼが立っていた。

「エリーゼが怒っている」

 滅多な事では怒らないエリーゼであったが、ここ最近は良くテレーゼに対して怒っている。
 今日も無表情なので、愛想笑いを忘れるほど怒っているという事であろう。

 続けてエリーゼは、そっとルイーゼとヴィルマの肩に手を置いた。
 すると二人は、その驚異的な身体能力を生かして高さ五メートル以上はある城壁から飛び降り、そのまま俺の元に駆け付けていた。

「おかえり。ヴェル」

「ヴェル様。料理美味しかった」

 二人は、テレーゼを引き剥がして俺の両脇を固めてしまう。

「ただいま。料理は、今度ミズホ伯国に行った時に似た料理を出すお店を探そうか?」

「そうだね。うわぁ。色々とあるんだねぇ」

「高級そう」

 ルイーゼはヴィルマと一緒に、今日の料理メニューが記載された和紙を見ていた。

「のう。妾をいきなり弾いて何か無いのか?」

「テレーゼ様。はしたないよ」

「別に。私達はヴェル様を迎えに出ただけ」

 テレーゼの抗議に、二人は冷静に言い返す。
 こういう事が良くあるので、既にテレーゼの家臣達も『不敬だ!』などと騒がなくなったのだ。
 彼らは、俺とテレーゼがくっ付く事を望んでいないのだから。

「ヴェル。明日に備えて寝よう」

「さすがに今日は駄目でしょう」

「それはわかっている。ただ一緒に寝るだけ」

 みんなでベッドを繋いで普通に寝る。
 確かに、それはそれで俺は楽しみにしていたのだ。

「妾も混ぜて欲しいの」

「総大将は孤独が定め。独り寝で十分」

「ヴィルマ。そなた毒舌に磨きがかかったの……」

 三人の言い争いを聞きながら開かれた正門を通るのだが、俺の護衛役であるタケオミさんはまた目を潤ませていた。
 またハルカの件であると思われる。

「タケオミさん?」

「ううっ……」

 少し離れた場所では、俺が戻って来るのをハルカと待っていたエルが彼女と楽しそうに話をしていた。

「ミズホの高級料理か。どのくらいするの?」

「そうですね。お館様が行くようなお店ですと、一人前コースで五シュからです」

「美味しいのかな?」

「美味しいと評判ですね」

「なら、今度一緒に行こうか?」

「でも、高いですよ」

「たまにはいいじゃないか。戦争だからあとでご褒美もないと。初デートくらい良い所に行こうよ」

「デート、……初デート……。そうですね。楽しみにしています」

 エルからのデートの誘いに、ハルカは嬉しそうに答えていた。

「ハルカぁーーー!」

 勿論シスコンのタケオミさんは、獣のような絶叫をあげていた。
 当然、周囲にいる兵士達は怖い物でも見たかのように後ずさっている。

「妹が可愛い過ぎるんだね」

「そうなんだが、俺には妹がいないから理解できない……」

 前世では弟しかいなかったし、この世界では俺は末子であった。 
 他に父のご落胤がいる可能性も否定できなかったが、いたからと言って妹という保証もないのだが。

「あなた。おかえりなさい」

「ただいま。エリーゼ」

 その後は、みんなで家に戻って普通に寝て明日に備える事にする。
 疲れを残さないようにして、明日は全力を出さないといけない。
 なぜなら、やはり俺の脳裏にはあの不気味なターラントの姿が浮かんでいたからだ。

 そして翌朝、遂に両軍の間で決戦が始まる。

「お師匠様。結局、あの会食って何だったのでしょうか?」

「俺に聞くなよ……。そもそも参加してないし、伯爵様に聞け」

「ヴェンデリンさんは、『久しく疎遠になっていた幼馴染同士の最後の邂逅』と言っていましたが」

「伯爵様がそう言うのなら、そうなんだろうな。偉い人にも色々あるんだろう」

 ブランタークさんとカタリーナが雑談をする間に、反乱軍が大きく動いていた。
 例の会食の翌朝、前衛部隊が一斉に野戦陣地に向けて突撃を開始したのだ。

「反乱軍前衛は推定で四万人。こちらの迎撃能力を飽和させるつもりだな」

 中央の本陣を正面門の上に移し、テレーゼは優雅に迫りくる反乱軍前衛部隊の突撃を眺めている。
 当然矢や魔法が飛んでくるが、そのためにブランタークさんとカタリーナが待機して『魔法障壁』で防いでいる。
 魔法は、初級レベルの魔法使いが放った物ばかりなので軽く二人に防がれていた。

 テレーゼが指揮する中央軍にはミズホ伯国軍もいるので、彼らは早速魔道具仕様のバリスタや魔大砲をぶっ放している。
 使用限界やコストにまだ問題がある兵器であったが、それでも射程内に入った多くの兵士達を薙ぎ払っていた。

 堀や柵で足を止められた所で、矢や銃弾が飛んでくるのだ。
 兵士達は倒れ、負傷者は後方に、死者はそのまま放置される。

 一番前にいた小部隊がほぼ壊滅するが、すぐに次が投入された。
 犠牲は多いが、次々と堀に板がかけられて、柵は馬によって引き倒される。
 反乱軍前衛部隊は多くの犠牲を出しつつも、次第に城壁へと迫っていた。

「城壁に取り付くまでに、どれだけ殺せるかだな」

 王国軍組を預かるフィリップは、俺とエルに簡単に解説をしながら王国軍組にも弓を使うようにと命令していた。
 相変わらずぞんざいな口調だが、それは過去の経緯を考えると仕方がない部分もある。
 彼は指揮官の任を全うしているし、短期間ながらもエルにちゃんと教育を施していた。

「兵士の無駄遣いのような……」

「別にそうでもないさ」

 フィリップは、ニュルンベルク公爵の戦法に全く疑問を感じていないようだ。

「先に精鋭を出そうが、捨て駒を出そうが、この野戦陣地を落とさないと反乱軍は北に攻め上がれない。なら、捨て駒でこちらを先に消耗させるのが普通だろう?」

 戦力を数値でしか見ていないドライな感覚。
 指揮官には必要なのであろうが、俺にはそこまで割り切れない。

 つまり、俺は軍人に向いていないというわけだ。

「無理に正面から攻めなくても、例えば迂回して奇襲するとか……」

「バウマイスター伯爵。簡単に言ってくれるが、奇襲などそう簡単には出来ないのだぞ」

「そうなの?」

「この野戦陣地よりも北の諸侯は、大半が解放軍に属している。迂回しても、すぐに通報されて逆撃を食らうであろうな。ついでに言うと、フィリップ公爵とミズホ上級伯爵の索敵網に簡単に捕まる」

 戦記物語のように、そう簡単に奇襲で戦況が変わるわけがないようだ。
 それは、奇襲に成功した人が歴史書で評価されるわけだ。

「では、あんたはなぜ負けた?」

「ニュルンベルク公爵が優秀で地の利があったのと、レーガー侯爵が恐ろしいまでに軍人として無能だったからだ。本隊が奇襲で溶けた以上は、犠牲を少なくするために残った兵を纏めて逃げるしかあるまい」

 そんな状況で、フィリップは北上までしてここに逃げ込んできた。
 今も指揮振りは大した物であったし、エドガー軍務卿の人物評価は間違っていなかったというわけだ。

「その軍人としての能力を、先の紛争で使えたら良かったのに」

「全くだ」

「兄さん。それが最初から出来ていたら紛争に負けていませんし、その前に紛争自体が起こっていません」

 王国軍組の後方を支えるクリストフが、ボソっと漏らす。
 この二人は、抱えている外戚や家臣に押し潰されて道を誤ってしまったのであろう。
 もし相続問題で揉めていなければ、最初からあの出兵など無かった。
 カルラを俺に押し付ける算段でもしていた方が、よほど建設的でコストもかからないのだから。

「これで勝てれば爵位くらいは分割して貰えるかもしれません。精々殺しましょう。矢の在庫については暫くは大丈夫です」

 クリストフの言い方は感情ではどうかと思うが、言っている事に間違いは無い。
 俺達は、ただ反乱軍の将兵を殺すしかないのだ。

「バウマイスター伯爵は魔力を温存でいいぞ」

 三時間ほどもすると、城壁に敵部隊が取り付きつつあった。
 捨て駒部隊にしては奮戦していると感じていたが、その理由は簡単である。
 後ろに督戦部隊がいて、大量の矢をいつでも放てるようにしていたからだ。
 ついでに、ニュルンベルク公爵は高位の魔法使いを自分の直衛部隊に集めてもいた。
 逃げたり裏切ったりすると、魔法も飛んでくると脅かされていると思われる。
 あとは、家族なりが人質にでもなっているのであろう。

「外道の極みであるな!」

「まあ有効な手ではあるな」

 ニュルンベルク公爵としては、前衛部隊が全滅しても予備兵力が少ない解放軍に損害を与えられれば勝ちである。
 ついでに彼らが消えれば、その領地や爵位を自由にできる。
 自分の子飼いに与えれば、ニュルンベルク公爵の支配権が増大するのだから。

 それがわかっている導師とブランタークさんは、いつも通りの口調では会話をしているが内心では面白くないと思っているようだ。
 ブランタークさんの相槌と共に、導師が巨大な岩を督戦部隊に向けて放り投げていた。
 直撃した弓兵達が、まるで虫のように潰されて死んでいく。
 まさかその距離で届くと思っていなかった指揮官が後退しようとするが、次に導師が投げた岩で潰されていた。

「腹立たしいが、全ての督戦隊を始末できないのでな」

 投石で潰した督戦隊は一つだけであったが、反乱軍の肝を冷やさせる事には成功したようだ。
 最前線の部隊も攻撃の勢いが落ちていた。

「あのブランタークさん」

「伯爵様は、まだ魔力を温存だ」

 本陣では、テレーゼが優雅に椅子に座って戦いを督戦して味方の士気を上げている。
 飛んで来る魔法や矢は、全てブランタークさんとカタリーナが『魔法障壁』で防いでいた。
 二人はこの仕事に集中して必ずテレーゼを守る作戦になっており、その代わりにフィリップ公爵家お抱えの魔法使い達は各部隊に配置されて攻撃と防御を魔法で強化していた。

「エリーゼは大丈夫かな?」

「怪我人は、まだそれほど出てないそうだ」

 攻撃手段に乏しいエリーゼは、今回も後方で兵士達の治療に当たっている。
 イーナは投擲用の槍を投げ続けているし、ルイーゼもその辺で大量に集めてきた石や岩をひも状の投石器で投げている。
 戦争において石は意外と有効な兵器だ。

 少しの魔力で威力を強化して、器用に兵士の顔面に当てている。
 顔に直撃すると、額を割られて後方に搬送されたり、最悪死ぬ兵士もいた。

「なかなか攻勢が弱まらないわね」

「本当にしつこいな」

 同じ作業の連続で、二人は気疲れをしているようだ。

「見付けた」

 ヴィルマは、ミズホ上級伯爵から貸与された試作狙撃用魔銃で、指揮官や魔法使いの狙撃を続けている。
 結局この魔銃は、遠距離狙撃に多くの才能と技量を必要とし、使いこなせるのが今のところはヴィルマだけだったので、彼女だけが運用していた。
 次々と狙撃を行い、魔力が不足すると予め準備してあった魔晶石で補充を行う。

 寡黙なヴィルマは、某○ルゴ13並に狙撃を続けている。

「ヴェンデリンさんは温存ですか」

「一人気になる奴がいる」

 昨日の会食で会った、ターラントという魔法使いの事だ。
 あの四兄弟よりも少し魔力が多いくらいだが、なぜか彼から何か不気味な物を感じて俺の勘が警鐘を鳴らすのだ。
 あの後、導師とブランタークさんに相談すると、二人も俺の意見を支持していた。

「そういう勘を侮ってはいけないのである!」

「導師と同意見だな」

 俺が待機なのは、二人の賛成もあっての事だ。
 暫く城壁を登ろうとする反乱軍と、それを阻止する解放軍の間で死闘が続く。
 損害比は守備側である解放軍が圧倒的に有利であったが、次第に槍で突かれ、矢や魔法を受けで犠牲者が増えていく。

「前に出るわ!」

 イーナが前に出て、城壁を登ってくる兵士達を次々と槍で突き落としていた。
 そんな状態が暫く続いた後に、反乱軍の方で何か騒ぎが起こる。

 遂にあの男が、まるで幽霊のように歩きながら俺との距離を縮め始めたのだ。
 この戦場で、ターラントは敵も味方も気にしていない。
 ただゆっくりと、俺達がいる正面門へと歩いていく。

 彼には不気味な点がもう一つあった。
 味方の守備兵が、なぜか接近する彼に向けて矢や魔法を放たないのだ。

「(ターラントを認識している人が少ない?)」

 俺は、彼の不気味さに冷や汗をかく。

「何者?」

「何か変な奴が来た!」

 ヴィルマが狙撃を、ルイーゼも大岩を放り投げるが、それらは全て彼の『魔法障壁』で簡単に防がれてしまう。
 やはり、彼は優秀な魔法使いであった。

「あのターラント殿……」

 味方ですら彼から遠のく中で、遂に正面門前に立って静かに声をあげていた。

「バウマイスター伯爵。あなたを殺してあげよう」

 小さな呟くような声なのに、様々な音で溢れる戦場でも俺の耳にハッキリと届いていた。
 会食では無言だったので初めて聞くターラントの声であったが、やはり何も特徴が感じられない。
 ただ淡々と話すだけなので、俺は余計に不気味さを感じてしまう。

「本当に不気味である」

 あの導師ですら、ターラントに何か言いようのない不気味さを感じているようだ。

「伯爵様。受けるのか?」

「受けますよ。どうせ戦わないといけないのなら、先に済ませましょう」

「そうか。気をつけろよ」

 ブランタークさんは、俺を止めなかった。
 俺とターラントとの戦闘を不可避だと思っているのであろう。

「ならば、某は余計な邪魔を防ぐ事にするか!」

 俺はハシゴで城壁を降り、正面門前に立つターラントと対峙する。
 既に正面門前の反乱軍は、その場から離れていた。
 ターラントが偉い人であるのと、反乱軍でも彼は不気味だと思われているようで誰も近寄らなかったのだ。

「一種、不気味な光景であるな」

 正面門付近だけが、両軍を戦闘を止めて俺達の戦いを見守っていたからだ。
 他は今までと同じように死闘が続いているので、その差がとにかく不気味であった。
 なぜこういう状態になったのかといえば、やはりこのターラントという男から出る不気味さのせいであろう。
 他に説明がつかない。

「某は、一対一の決闘の邪魔を防ぐためにここにいるのである」

 導師は俺と一緒に梯子で降りてきて、後ろで反乱軍側からの妨害に対応してくれていた。

「では、始めるのである!」

 俺が魔法の展開を準備し始めると、突然ターラントが抑揚と特徴の無い声で語り始める。

「私は子供の頃から魔力があったのに、なぜか存在感が薄かった」

 誰に話すでもなく、ただ独語しているだけなのに不気味で、俺はつい攻撃を躊躇ってしまう。
 何か特殊な魔法でも飛び出すのかと、『魔法障壁』の準備を急いでしまったのだ。

「高位の魔法使いになっても同じです。私に仕官などの声をかける人が少ない。なぜかと悩む日々があったのですが、それがある日に解決しました」

「お前は何を?」

「私の存在の薄さは、ある特殊な魔法の習得条件だったのです。ターラントという男は、ただその魔法を使える体でしかないと」

「特殊な魔法?」

「そうです。私の魔法は、『聖』魔法の一種。『英霊召喚』。過去の英雄に殺されて、その人生を終えなさい。バウマイスター伯爵」

 ターラントが両手を天にかざすと、直後に空から雷が落ちて彼の体を直撃する。
 思わず目を瞑ってしまうが、次に目を開けた時にはそこにターラントの姿は無かった。

 代わりに、とても俺の知り合いによく似ている人物が立っている。
 巨体でその体は筋肉の鎧に覆われ、紫色のローブに両手にはナックルが装着されている。
 そして、パイナップルのヘタのような髪型にガイゼル髭が特徴の、導師にソックリな人物が立ち尽くしていたのだ。

「導師!」

 思わず後ろを確認してしまうが、導師は立ったままなので別人という事だ。

「我が名は、アーハント・ミハイル・フォン・アームストロング」

 声も、とても良く導師に似ている。
 唯一の違いは、杖を持っていないで両手にナックルを装着しているくらいだ。

「ご先祖様であるか!」

「ご先祖様?」

「左様。実は、初代アームストロング伯爵は魔法使いだったのである!」

 初めて聞く衝撃の事実であった。

「貧乏騎士の跡取りがたまたま魔法使いであった。そのおかげで伯爵となったというわけであるな」

「それにしても良く似ているな」

 同じ恰好されてしまったら、全く見分けがつかないほどだ。

「初代は、某以上のパワーファイターであったそうだ」

「相性最悪だぁーーー!」

 それでも何とか倒さないといけない。
 既に戦いは始まっているので、最初は牽制で数発のファイアーボールを放ってみる。
 ところが、初代アームストロング伯爵はそれを『魔法障壁』を纏わせた拳で弾いて一気に距離を縮めてくる。

 あっという間に目の前に立たれて、その強烈な一撃を食らっていた。
 咄嗟に『魔法障壁』の重ねがけと両手を前に出して防ぐが、直後に手の甲に激しい痛みを感じていた。

「導師よりも、攻撃力が高い!」

 初代アームストロング伯爵は、導師よりも更に魔法格闘に特化したタイプのようだ。
 それから次々と魔力を乗せた突きや蹴りを連発で食らうが、その度に体にダメージが蓄積する。
 腹に入れられた一撃で肋骨にヒビが入ったようで、腹部に激痛が走った。

「幸いにして、放出魔法が苦手なようだな」

 最初の攻撃で、手の甲の骨にもヒビが入ったようだ。
 両方を治癒魔法で治しながら、俺はこれからの方策を考える。

「今は時間を稼ぐしかない」

 連続して、初代アームストロング伯爵の攻撃は続く。
 最初は全て食らっていたが、暫くするとその攻撃パターンに慣れてきたようだ。
 こうなると、王都時代に無理をして導師に修行をつけて貰ったのは正解のようだ。

 魔力の節約のために、今まで全身にかけていた『魔法障壁』をシールド状にして腕に集中させ、それを傾斜装甲にように駆使して初代アームストロング伯爵の攻撃をいなしていく。

「激流を制する物は清流」

「意味不明である」

 後方の導師の呟きは無視して、敵の攻撃をいなし続ける。
 また目が慣れてきたので、今度はいなした直後に反撃を試みた。
 パンチをかわして、ガラ空きの腹に魔力を込めた一撃を入れる。

「ぐふっ」

 一点に魔力を集中させた攻撃により、初代アームストロング伯爵は口から血を吐いていた。
 内臓にダメージを与えられたようだ。

 続けて上段から蹴りが飛んでくるが、これもいなしてからもう片方の足に魔力を込めて足払いをかける。
 初代アームストロング伯爵は、バランスを崩して倒れてしまう。

 足に魔力を込めて顔を踏み抜こうとしたが、これはギリギリで回避されてしまった。

「やるな」

「あまり強くないな」

 『英霊召喚』という魔法の特性がよくわからないので断言は出来ないが、この初代アームストロング伯爵は本人よりも弱いような気がする。
 パワーや技などは同じであろうが、それを使いこなす技量が追い付いていないような気がするのだ。

 それとも、体が完全に同期していないのであろうか?

「ご先祖様は、そんなに弱くないのである」

「少し遊び過ぎたか。やはり同じ系統の英雄でなければ力が発揮できない」

 初代アームストロング伯爵の恰好をしたターラントは、素早く治癒魔法で傷を治すと再び両手を天にかざす。
 再び稲妻が落ち、それが消えるとターラントは別の人物に変化していた。

「同じ魔法使いでも、この男の方が戦闘タイプは似ているであろうからな。さてと、始めるとしようか。ヴェル」

「まさか……」

 稲妻が晴れてターラントが新しい姿を見せた時から、俺の時は止まっていた。
 彼が変身を遂げた人物に、激しく心を揺さぶられていたからだ。

 そう、忘れはしない。
 あの十年以上前の子供の頃に、俺に魔法を教えてくれたあの人物。
 俺の師匠であるアルフレッド・レインフォードが以前と同じ姿で立っていたのだから。

「アルフレッド!」

「アル!」

 突然現れた弟子に、ブランタークさんも城壁から身を乗り出して叫んでいた。
 導師も、親友の登場に驚きを隠せないようだ。

 そして俺も、その場にただ立ち尽くしていた。

「いや……。姿格好だけを似せた偽物……」

「違うね。ヴェル。『英霊召喚』とは、存在感が薄く無に近い私ターラントと、過去に死んだ人物との融合魔法だからね。だから私は、ターラントでもありアルフレッドでもある」

 姿・恰好・声の全てが、師匠とまるで同じであった。
 更に続けて、ターラントが俺に新たな衝撃を与える。

「ヴェル。君は、利き手の方に僅かに魔力を多く込める癖があるね。大分改善されたけど、まだまだ努力が必要だね」

「バカな……」

 そのアドバイスは、俺が師匠と二人だけで修業していた時に言われた物であった。
 同じ事はブランタークさんからも言われているが、ここまで師匠と一字一句まで同じ風に言われてしまうと、目の前の人物が本物の師匠であると認めざるを得なかった。

「さて。弟子であるヴェルが師匠である私に勝てるかな? 安心するといいよ。ヴェルが死んでも、私があの世で魔法の稽古をつけてあげるから」

 俺は、否応無しに再会した師匠との戦いに突入してしまうのであった。
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