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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第九十話 貴族は戦争(戦闘)で勝つとデカい顔ができる。

 結局、俺達は無事にソビット大荒地にある野戦陣地へと戻る事に成功していた。
 勝ちに逸る反乱軍からの追撃も予想されたが、賢明にもそれはしなかったようだ。
 もしそれを行っていたら、俺やブランタークさんによる広域上級魔法の餌食にしてやったのだが。

 ターベル山地砦に俺達を閉じ込めようとした反乱軍混成部隊は壊滅状態であろうし、他の軍勢も奪還した町や城塞の守備で忙しかったのかもしれない。
 テレーゼもけん制のための軍勢を残したようで、俺達は馬の上で船を漕ぎながら本陣に戻る事に成功していた。

「損害を考えると思うところも多いが、他よりはマシという他はないな」

 本陣の入口前では、フィリップ公爵家の家臣達やミズホ上級伯爵が出迎えてくれた。
 ミズホ上級伯爵の発言は、隣にいるフィリップ公爵家の家臣達に向けた嫌味であろう。
 彼らからテレーゼの耳に入る事を予想し、わざと言っているのだ。

「……(空気が悪いな……)」

 内心では怒り心頭であろう、ミズホ上級伯爵とフィリップ公爵家の家臣達との間にはピリピリとした空気が広がっている。
 送り出した兵力の二割以上が戦死すれば、それは色々と言いたい事もあるのであろう。

「あのクソガキは生き残ったぞ。厄介な事だ……」

 続けて、ミズホ上級伯爵は爆弾発言を投下する。

 ミズホ上級伯爵が言う『クソガキ』とは、バーデン公爵公子の事である。
 商業都市ハーバットを一度は攻略したものの、すぐに新たな敵勢に包囲され、更に占領したハーバットには碌に食料もなく、だからと言って住民から略奪するわけにもいかずに逃げ出して撤退中に散々に追撃を受けた。
 途中でテレーゼとミズホ上級伯爵が指揮する援軍によって救われたそうだが、全体の三割の戦力を失う大敗北だったそうだ。

「あのクソガキ。負けて戻って来た癖に偉そうに」

 偉そうにしている理由は簡単で、もしここでテレーゼやミズホ上級伯爵に頭を下げるとバーデン公爵家の沽券に関わるからだ。
 例え本人が謝りたくても、家臣達に反対されてしまう。

 なるほど、アホ貴族の兵力を使い潰そうとしているニュルンベルク公爵以下の反乱軍に、水面下で主導権争いが始まったテレーゼ達にと、戦争とはミスが少ない方が勝つという格言は事実なのであろう。
 本人の能力以外の理由で足を引っ張られたり、ミスをして負けてしまう事もあるのだと。

 全く勉強になる物である。
 とでも言わなければ、俺達は何のために山の砦を落としに行ったのだという事になってしまうのだが。

「緊急に会議があるそうだぞ。バウマイスター伯爵」

「俺に参加資格がありますか?」

「そういう形式論など、もう言っていられなくなったのであろうな」

「テレーゼ様の意図が透けて見えますね。わかりやすいほどに」

「まあ。そう言ってやるな。バウマイスター伯爵よ」

 ミズホ上級伯爵と共に会議の会場に指定された総司令部のある建物に向かうと、入り口でテレーゼが待ち構えていた。

「おおっ! 大戦果であるな! ヴェンデリンよ」

 結局、一度落としたターベル山地砦からは撤退したが、少なく見積もっても戦った敵軍の半数近くを討ち取っている。
 戦死を確認した貴族や魔法使いも多く、他の方面に比べれば大戦果である。

「それはどうも……」

 だが、俺は憮然とした表情を崩さなかった。
 元々の作戦が無謀で、もしアルフォンスの援軍が無ければ俺達は全滅か降伏するしか手が無い可能性もあったのだ。
 いくら多数の攻城部隊を撃退できても、包囲されたままで食料が尽きれば万事休すだったであろう。

 賭けに出て単独で敵軍の撃破と逃走を図ったとしても、それが失敗して全滅する可能性もあった。
 俺達だって、下手をすれば犠牲者が出る可能性もあったのだ。

 テレーゼは俺に握手を求めて来たのだが、それをわざと無視してエリーゼとカタリーナの肩を抱いて建物の中に入っていく。

「あなた」

「ちょっと! ヴェンデリンさん!」

 見た目は女好きの駄目貴族にしか見えなかったが、『両手が塞がっていてすいませんね』という挑発でもある。
 エリーゼが気が付いたようで何も言わないが、カタリーナは不謹慎だと思ったらしく声をあげて驚いていた。

「貴様!」

「まずは会議の方が重要だと思うが、何か?」

 テレーゼについていた家臣が俺の無礼を咎めるが、そこは建前で強引に押し切ってしまう。
 向こうだって、俺が外国の貴族なのをいい事に貴様扱いなのでお互い様であろう。
 大戦果とはいうが、一緒に戦って犠牲が多かったミズホ伯国軍の手前もある。
 素直に彼女の握手を受ける気にはならなかった。

 それに、今の状況で特別扱いなど受けても碌な結果にならない。

「テレーゼ様。俺達は本来は傭兵なんですがね」

「王宮筆頭魔導士が他国の作戦会議に出るだけで、本当ならば色々と問題があるのである」

 いくらテレーゼに甘いブランタークさんと導師でも、一言釘を刺すのを忘れなかった。

「まずは会議ですよ。テレーゼ様」

「わかった。始めようではないか」

 会議とは言っても、実態は軍法会議に近い。
 俺が建物に入ると、中にいた貴族達があからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。

 いくら戦果を挙げようとも、俺達は所詮はよそ者なのだ。
 それでも、今回の敗戦の当事者ではある。

 テレーゼに求められれば、自分の考えを言うつもりではあった。

「では。会議を始めるとするかの」

 まずは、珍しく真面目な表情を崩さないアルフォンスが戦況の推移と、味方の損害、推定ではあるが敵軍の損害などを発表していく。
 バーデン公爵公子達は、碌に敵軍に損害を与えられずに合計で五千三百六十七名の戦死者を出していた。
 ハーバットの攻略戦とその後の撤退戦で三千人以上、他の町や城塞の攻略に向かった貴族達の軍勢からも二千人以上の戦死者が出ている。
 唯一の救いは、テレーゼによる援軍の投入が適切で反乱軍の方が損害が大きい点かもしれない。
 推定で、九千名ほどを討ち取っている。

 ただし、その内の五千名は俺達とミズホ伯国軍の戦果であった。
 俺達やミズホ伯国軍の戦果が報告されると、露骨に嫌な顔をする貴族が三分の一ほどいる。

 彼等からすれば、他国扱いのミズホ伯国が内乱で活躍して、戦後の帝国で重要な地位を占めるのが嫌なのであろう。
 敗戦の責任者であるバーデン公爵公子に至っては、まるで能面のように無表情だ。

 自分が大失敗をしたのは事実だが、それを原因に解放軍の主導権をテレーゼに奪われるのが嫌なのであろう。
 なお解放軍とは、テレーゼ達の軍勢に通称が無いので自然とそう呼ぶようになったらしい。

 敵の反乱軍という呼称は、これは正式に定められて公文書にも記載されているようになっていた。

「(みんな。静かだな……)」

 以上のような経緯があり、会議とは言ってもみんなが口を噤んでいた。
 テレーゼは、バーデン公爵公子の敗戦の責を問うて解放軍の指揮の一本化を図りたいが、あまり責めて裏切られでもしたら困るので切り口をどうしようか迷っている。
 バーデン公爵公子は、自分への責任を少なくしてまだ主導権を握るという希望を捨てたくない。

 貴族達は、それぞれにどちらかに味方したり、どちらに付くか悩んで右往左往している。

 戦争中の会議には初めて出席したが、こうも内部がグダグダだとは思わなかった。
 もしかすると、反乱軍も内情は似たような物なのかもしれない。

 俺は呆れつつ、同じく会議に出席している導師やブランタークさんと静かにマテ茶を飲みながら、エリーゼが以前に焼いて魔法の袋に入れてくれたクッキーを食べていた。
 本陣に戻って来たばかりでお腹が空いていたのと、疲れているので甘い物を欲していたからだ。 

「導師。何も決まりませんね」

「そもそも、傭兵扱いである某達には出席する必要の無い会議であるな」

「導師よ。それを言ったらお終いだろうに」

「しかし、事実であろう? ブランターク殿」

 さすがに酒を飲むわけにはいかないので、ブランタークさんはミズホ伯国で購入した煎餅を齧りながらお茶を飲んでいる。
 甘いクッキーよりも煎餅の方が気に入ったようで、大量に購入していたのを見た事がありまだ在庫があるのであろう。

「(ヴェル。ブランタークさんは年寄りみたいだな)」

「(聞こえているぞ。エルヴィン)」

「すいません!」

 煎餅を食べながら茶を啜るブランタークさんを見てエルが俺に小声で指摘していたが、それを聞かれて懸命に謝っていた。
 とても会議に出ているようには見えない風景だが、テレーゼも含めて誰も何も言わないので逆に不気味だ。

「ヴェル。マンゴーが食べたいわ」

「あいよ」

 俺が魔法の袋から魔の森で採れたマンゴーを取り出してイーナに渡すと、彼女はすぐにナイフで食べやすい大きさに切って皿に盛ってテーブルに置く。

「お腹空いたね」

「会議なら、食事の後にして欲しかったな」

「それだとお腹が一杯になって眠っちゃうかも」

 ルイーゼの言う通りかもしれないが、こんな実りの無い会議に出るよりはマシだ。

 会議の主役であるテレーゼ達は、お互いを見合いながら黙っている。
 傭兵扱いなので俺達の席は端であり、どうせ目立たないだろうと周囲の視線も気にしないでお茶とオヤツを楽しんでいた。
 退却の際にあまり食べ物を口にしていなかったので、とにかくお腹が減っていたのだ。

「本格的にお肉が食べたい」

「そうだな。ヴィルマは大活躍だったからな。早く会議が終わって食事が出来るといいな」

 ヴィルマは、試作品である狙撃用の魔銃で多くの指揮官や兵士を討ち取って大きな戦果を挙げた。
 こんな下らない会議で時間を潰すよりも、早く食事を取らせてあげたいものだ。

「えらい。えらい」

「気持ちいい」

 俺が褒めながらヴィルマの頭を撫でてあげると、彼女は目を細めてウットリとしていた。

「すまん。カタリーナを忘れていた」

 優れた魔法使いである彼女は、ほぼ単独で魔法を駆使して大活躍していた。
 これが王国の内乱ならば、領地の加増と陞爵は確実であったであろう。

「私は別に、頭を撫でて貰う必要は……」

「嫌か?」

「ええと……。ヴェンデリンさんがそうしたいのであれば……」

「したいから頭を差し出しなさい」

「仕方がありませんわね」

 などと言いつつも、実際に頭を撫でてあげるとカタリーナは満更でも無い様子で、目を細めていた。
 彼女は恥ずかしがり屋さんなので、こちらから言ってあげないと駄目なのだ。

 と言うのは冗談で、実際には会議が進まないのでわざとこういう事をして挑発しているだけである。
 『不謹慎な!』とか騒ぐ貴族を期待したのだが、彼らは俺達に一瞬だけ視線を送ってからだんまりだ。

「あっそうだ。エリーゼにお願いが」

「はい。何でしょうか?」

「食べさせて」

「わかりました。あなた。あーーーんしてください」

「戦で疲れた体にフルーツは最高だな」

「エリーゼも。はい。あーーーんして」

「美味しいですね」

 更に挑発を続けるが、エリーゼは俺の意図に気が付いてくれたようだ。
 マンゴーをカットした物を俺に食べさせてくれる。
 彼女も、今回の戦いでいくら俺達が大戦果をあげたにしても、それが戦況に何ら貢献していない事を承知している。
 俺の抗議を込めた挑発に、彼女も協力してくれていた。

「ボクも、ヴェルに食べさせる。はい。あーーーんして」

「私も。はい。あーーーんして」

 ルイーゼとイーナも参加して、会議が行われている室内は一種異様な雰囲気に包まれていた。
 憮然とした表情で何も語らない貴族達に、発言を切り出す糸口を掴めないテレーゼ、六人でフルーツやお菓子を食べさせ合っている俺達に、マテ茶を飲みながらお菓子やフルーツをドカ食いしている導師に、静かにマテ茶を啜っているブランタークさんと。

 ただ時間だけが経過するが、遂に一人の貴族が堰を切ったかのように俺達を非難し始める。
 ようやく堪忍袋の緒が切れてくれたようだ。

「権威ある会議に、傭兵風情が何をしているか!」

 悪趣味で派手な装飾のついた服を着た中年の太った貴族で、推測では伯爵くらいであろうか?
 貴族を、それも沢山いる他国の貴族をなかなか覚えられないで困ってしまうが、多分覚えなくてもそう問題は無いかもしれない。
 何しろ、俺達は傭兵なのだから。

「何をと聞かれれば、あまり飲み食いも出来ない状態で撤退して来たので、食事の前の軽食ですよ」

「そういう事は会議の後にしろ! 貴様は会議の権威を何と心得る!」

「権威ですか? この一向に誰も喋らない会議にですか?」

 俺の指摘に、全員が顔の表情を渋くしていた。
 敗戦なので戦訓を得たり責任者の処罰や叱責を行う会議は必要だが、誰も処罰されたくないし、バーデン公爵公子は今回の敗戦の責任を取らされて次期皇帝争いのレースから降ろされる事を恐れて何も言わない。
 テレーゼも、下手に処罰するとバーデン公爵公子が離反すると思って発言を躊躇している。

 こんなところであろう。

 だからと言って、何も発言しないでだんまりでは、会議を開いた意義が無いというものだ。

「一部戦術的には勝ったような気もしますが、戦略的には大敗北なのでとっとと反省して次に挑みませんか?」

「損害は、反乱軍の方が多い……」

「ニュルンベルク公爵には、織り込み済みの損害ですよ」

 この二回の戦闘でわかった事だが、ニュルンベルク公爵は一番信頼できる自身の諸侯軍の精鋭、同調する帝国軍や貴族の軍勢をほとんど出していない。
 ターベル山地砦を囲んだ軍勢など、あきらかに当主がバカだが兵力や経済力は侮れない連中を潰そうとした意図がある。
 テレーゼ達が出した援軍が予想以上に成果を挙げているのも、彼らは数は多いが二線級以下の軍勢で弱いからだ。

「弱いですけど、戦えば確実に味方は損害を受ける。それを蓄積させればこちらは消耗した状態で、ニュルンベルク公爵は信頼できる軍勢が無傷のままで決戦になりますね」

 元々、中央と南部を抑えている反乱軍の方が優位なのだ。
 兵員の動員能力では、向こうの方が上であった。

「ニュルンベルク公爵がいまだに出て来ない最大の理由ですね。彼は冷静に自勢力とこちらとの兵力差を計算して兵を出している」

「しかし、我ら高貴な貴族達がこうも簡単にニュルンベルク公爵の意図に乗せられて……」

「乗せられそうな方々を選んでいるのでしょう」

 貴族だからと言って、全員が優秀なわけがない。
 俺も今までに、優秀な貴族とそうでない貴族の両極端を見てきた。
 教育環境は平民よりも良いので、多分知識のある人の割合は多い。
 だが知識だけで、応用力の無い人や、生まれのせいで傲慢で自分勝手な人も多く、彼らは自分達だけ『魔法障壁』で身を守りながら戦闘を行って犠牲を多く出した。
 案外、貴族以外の人と資質はそう変わらないのかもしれない。

「地理的な理由などで、反乱軍に付かないとまずいと思った。付いた以上は、功績をあげて己の領地や権力を増やしたい。結果、数は多いからと戦いに参加して兵力を失っている」

 彼らの敗北で、ニュルンベルク公爵は損をしない。
 敗戦の責任を問えるし、今回は拠点を再奪還しているので罪は問えないが、無駄に兵力を失った。
 今の状況で兵力の大量喪失など、ニュルンベルク公爵の独裁権に手を貸しているような物だ。
 逆らえば潰されるし、実際に当主が戦死している貴族家などには既に手を出しているかもしれない。
 後継者に、自分の意図する人物を就かせてコントロール下に置くのだ。

「ニュルンベルク公爵は一つの美しい帝国を目指しているので、その邪魔になる貴族の排除に躊躇わないでしょう」

 バカな貴族でも自分に従順なら生き残らせるが、少しでも反抗的なら意図的にこちらとの相討ちで始末させる。
 利口な貴族は冷静に彼の覇権に力を貸すか、まだどちらが勝利するかわからないのでほぼ中立状態を保つはずだ。
 ニュルンベルク公爵に逆らわず、好意的中立で様子見であろう。

 ニュルンベルク公爵からすれば、それで十分なのだ。
 もしこちらが負ければ、彼らはバカではないから今度こそ本当にニュルンベルク公爵に付くであろう。
 賭けに出て領地や爵位を上げるも良し、堅実に家と領地を守るのも良し。
 どちらでも、貴族としては正解なのだから。

「それで、貴殿はどうせよと言うのかね?」

「別に無いというか、意見を言う権利がありませんね」

 俺は傭兵で、この会議で意見を言う資格が無い。
 完璧な建前を述べて、俺を非難した貴族を煙に巻く。
 他の参加者達は、一瞬ガックリとしたような表情をした。

「今、好き勝手に言っていたであろうが」

「これは、売り言葉に買い言葉です」

「プッ!」

 俺の発言に、俺の近くの席に座っていたブランタークさんが懸命に笑いを堪えていた。

「会議には参加しているのだ。意見を言う資格はある!」

 どうやらこの貴族は、俺の意見を皮切りにこの停滞した会議をどうにかしたいようだ。
 部外者に頼るのはどうかと思うが。

「兵力差があるのに攻めるからこうなるのです。後方を遺漏無く抑えながら、準備を終えたニュルンベルク公爵が全軍を挙げて攻めてくるまで待つしかありませんね」

 この野戦陣地で守りながら最終的には勝利して、反乱軍の瓦解や切り崩しを行う。 
 大勝利できれば、元々クーデター政権なので一気に崩れる可能性もあった。

「守るのか」

「数が少ないのに、下手に分散して支配領域を広げようとするから付け込まれるのです」

 軍記物でもあるまいし、派遣した少数の味方が多数の敵を討てるはずがない。
 常識で言えば、戦争は数が少ない方が負ける。
 それを補うための戦術や情報収集であろうが、通信魔法が阻害されている以上は待ち構える反乱軍の方が優位であろう。
 地の利も、攻められた反乱軍の方にあるのだから。

「難しい理屈や兵法などいりません。解放軍が総大将の指揮で一つに纏まり、全軍で攻め寄せるニュルンベルク公爵を討てば宜しい。まずは、負けない事に徹しないと。負けたら御家断絶に一族滅亡ですよ」

「……」

 ニュルンベルク公爵は、解放軍に属した貴族達を許さないはずだ。
 裏切りからの瓦解を狙って一部貴族くらいは許すかもしれないが、少なくとも二つの選帝侯家とミズホ伯国は攻め滅ぼそうと思っているはず。
 俺達は最悪逃げる事も可能だが、彼らは領地を背負って逃げるわけにもいかない。

 厳しい現実に、貴族達は次第に顔を青ざめさせていた。
 もうこれ以上は負けられないのだと。

「そのために、今回のような方針の分裂と総大将が曖昧な状況は良くないですね」

「確かに、バウマイスター伯爵の言う通りだな」

 数が少ない方が主導権争いをして、意味の無い攻勢をかけて兵力を失ったのだ。
 これを改善しないと、解放軍は敗北へと一直線であろう。

「あと今回は敗戦です。総大将には、敗戦の責任がある」

「責任……」

 貴族達は、テレーゼとバーデン公爵公子を交互に見る。 
 どう考えてもテレーゼが総大将なのだが、彼女は女性なのでバーデン公爵公子に期待する貴族も決して少なくない。
 だから、こういう状態になってしまうのだ。

「テレーゼ様。今後このような事が無いようにしていただきたいですな」

「バウマイスター伯爵っ!」

 俺の発言に多くの貴族たちが驚き、中には表情が凍り付いている者もいた。
 傭兵扱いではあるが、過去二回の戦の殊勲者で他国とはいえ大貴族である俺がテレーゼが総大将だと言っている。
 この事実に、バーデン公爵公子を支持している貴族に俺を窘める者さえいた。

「時間が勿体ない。帝国では女帝が駄目という法は無いのでしょう? 今は内乱で非常の時なのですから、こういう事もありますよ。そう。反乱だから仕方がないのです」

「反乱だから仕方がない……」

「そういう事です」

 安定していた国や統治機構は前例がない事柄を嫌がる。
 日本だと官僚などがそうだが、非常時だからという理由があれば案外納得する物なのだ。

「バーデン公爵公子殿」

「何でしょうか?」

「今回は、運が悪かったですな」

「いや。私はニュルンベルク公爵に己の欲を読まれた……」

「でしたら、敗戦後のフォローを確実になさる事です」

「フォロー?」

「ええ。今回の敗戦で戦死した貴族家にね」

 当主が戦死したので、速やかに後継者を定めて彼らへのフォローを行う。

「それを怠ると、不安からニュルンベルク公爵の調略にハマる可能性があります」

 後背で反乱でも起こされると、鎮圧に余計な手間がかかるし、補給などを絶たれる可能性がある。

「テレーゼ様は、バーデン公爵公子殿に罰金などは科さないでしょうから、その辺のフォローを確実に行うべきかと」

「バウマイスター伯爵の言う通りだな」

「今回は残念でしたが、テレーゼ様の次の皇帝はバーデン公爵公子のお子かお孫さんの可能性が高いですね」

 慣例で続けてテレーゼの子供に皇位を継がせる事は難しいし、それを強行するとトラブルになる。
 テレーゼ自体も、それは望んでいないであろう。

「しかし、そう上手く行くものか?」

「確率は高いですね。何しろ他五つの選帝侯家は、暫くは皇帝選挙どころじゃないでしょう。選挙に出られるかすら怪しいですね」

 内乱の結果如何では、御家断絶や降爵されて選帝侯家から外される可能性もあった。

「ミズホ伯国はどうする?」

「帝国統治の安定化のために選帝侯になっていただく必要はあるでしょうが、果たしてミズホ家の当主が皇帝選挙に出ますかね?」

「いや。貰える褒美に、ミズホ家存続のための立場は貰うが、皇帝などは御免蒙りたい」

 ミズホ上級伯爵は、きっぱりと皇帝位に興味など無いと宣言する。
 絶対にとは言えないが、暫くはそれが事実であろう。

 皇帝選挙に出ない選帝侯になって議会の議席も得る。
 中途半端な独立国ではなく、帝国の政治に参加する姿勢を見せた方が他の貴族達の警戒感も薄れるというわけだ。

「テレーゼ様。こんな感じで如何でしょうか?」

「バウマイスター伯爵の意見通りでよかろう」

 このくらいの事は、誰にでもわかっているのだ。
 それを、あえて火中の栗を拾うかのように部外者である俺が言う事に意義がある。

 テレーゼの意図はそれで、俺はその通りに動いただけである。
 勿論打ち合わせをしている時間など無いので、全て俺の勝手な考えであったが。

「しかしテレーゼ様。戦後は選帝侯家は幾つか減っているのでは?」

「人質にされているという当主達だが、誰も姿を見てないらしいからの。もし殺されていても妾は驚かぬよ」

「帝国の安定した統治のためには、同じ数くらいは必要ですか?」

「であろうな」

 テレーゼの返答に、貴族達の顔色が変わる。
 特に伯爵や辺境伯などは、これからの活躍如何では自分が選帝侯になれる可能性があると理解したからだ。
 選帝侯家は公爵家なので皇家の親戚筋ではあるが、実は長年の帝国貴族同士の婚姻政策で同じくらい皇帝家の血を引いている貴族家などいくらでもいるのだ。
 それに、反乱軍に参加している以上は状況によっては取り潰しもあり得る。

 後釜に座れる可能性は十分にあるというわけだ。

「(精々、勝手に夢見て頑張ってくれ)」

 あくまでも可能性の問題で、必ず選帝侯になれるとは言ってはいない。
 要はテレーゼの権威が認められて、彼らが来る決戦で戦力になればいいのだから。

「味方兵力の集結と再編成を進め、ニュルンベルク公爵が自ら兵を出すのを待ち受けて撃滅するしかないの」

「しかし、そう都合よく来ますか?」

「必ず来る。ニュルンベルク公爵は己の覇権を確立するために、妾達を撃滅せねばならないからな。帝国が分裂状態では、未来にあるやもしれぬヘルムート王国征服も叶うまいて」

 テレーゼは質問をして来た貴族に自信満々に語り、これでようやく解放軍の指揮の統一と作戦方針が一つに纏まったのであった。




「ヴェル様。お肉が焼けた」

「タレはどの味にする?」

「塩」

「ヴィルマのチョイスは渋いな」

 ようやく会議が終わったので、俺達は陣地内にある自宅の庭でバーベキューをしていた。
 常夏の海ではなくまだ冬の荒野でのバーベキューであったが、別にレジャーというわけでもなく、ただ単に調理時間の短縮とエリーゼへの負担の軽減に、とにかく肉が食べたかったからだ。
 魔法で熟成させた魔物の肉が大量にあるので、それと野菜を切って炭火で焼く。
 金網の上で焼いたお肉にタレを付けて食べると、あの凄惨な戦争も忘れられるという物だ。

「戦の後で肉なのか……」

 とは言いながらも、エルはお腹が減ったようで肉を沢山食べていた。
 死体と肉を関連付けても意味が無いし、あまりに人死にを見過ぎたせいでその辺の感覚も麻痺しているのであろう。
 残酷だが、所詮は顔も知らない他人である。
 気にしていても仕方が無い。

「(そう思わなければやってられない部分もあるな)」

 とにかく、ニュルンベルク公爵が動かしているあの装置の破壊が第一だ。
 あれをどうにかしないと、色々と不利益が大きいのだから。

「あなた。あれで宜しかったのですか?」

「仕方がないでしょう」

 一緒に焼いた肉を食べながら、エリーゼが俺に会議での言動について聞いてくる。
 本来口を出すのは筋違いなのだが、俺達はニュルンベルク公爵に付くわけにはいかない。
 とにかく、テレーゼに勝って貰わないといけないのだから。

「俺は怖くて黙っていたけど、ヴェルは言ってしまったよな」

「いいんだよ。俺達は功労者だから」

 エルからすれば、俺が会議で好き勝手にしていた風にしか見えないのであろう。

 戦術的には多くの敵兵を討っている功労者なので、下手に処罰しようとして逃げられでもしたら目も当てられない。
 テレーゼは俺の目的を知っているはずなのでその可能性は考慮していないが、俺の発言を上手く利用したわけだ。

「それよりも、オリハルコン刀はどうだった?」

「凄い切れ味だな」

 切れ味に関しては、魔刀とほとんど差異が無いようだ。
 ただ、俺が打たせた三組を合わせても全世界に二十組ほどしか存在していない。
 残り二組が完成しても二十二組で、その内十七組はミズホ人が所有している。

 そのくらい貴重で誰もが欲しがる刀であった。

「ハルカとタケオミさんはどう?」

「凄い切れ味ですね」

「借り物なのが惜しいくらいです」

 兄妹共に肉を食べながら、俺にオリハルコン刀の素晴らしさを語っていた。
 専門的な用語が多いのと、二人のミズホ刀好きが凄いのでみんな少し引いてしまっていたが。
 熱心に聞いているのはエルくらいであろう。

「俺の護衛に入っている間は貸与を続けますので」

「ありがとうございます」

「刀に恥じぬ活躍をいたしましょう」

 どうせ、腕前がヘボな俺が使っても意味が無い。
 俺にはエルから交換で貰ったオリハルコン剣があるので、それで十分であろう。

「ところで、うちのお館様がなぜここに?」

「肉が食べたいそうだ」

 ミズホ上級伯爵、ブランタークさん、導師の三人は肉を食べながら酒を大量に飲んでいた。
 みんなこれでも社会的な地位は高いのだが、見た目は酒場でくだを巻いているオヤジ達にしか見えない。 

「ヘルムート王国製の酒は美味いのぉ! 肉と良く合うわ!」

「三十年物のワインの逸品もありますよ」

「ブランターク殿。それも注いでくれ」

「ここは、某秘蔵のブランデーも出そうではないか」

「ふふふっ、見るがいい! ワシも大吟醸『満月の滴』を持って来たぞ」

「おおっ! 凄そうな名前であるな!」

「滅多に手に入らない、ミズホ酒の逸品でな」

「是非に、某にも」

 中年以上の三人が酒を飲む姿は、サラリーマンの宴会その物であった。

「ターベル山地砦の戦闘で大変でしたからね」

「いや。ターベル山地にミズホ上級伯爵は行かなかったじゃないか」

「そういえばそうでした……」

 それでも、別の援軍の指揮を執っていたのでハルカの意見もそう間違いではない。
 ただ何も渡さないと戦友達に失礼になると思って、トヨツグさんには高価なワインやブランデーを。
 兵士達にもワインやラム酒などを渡し、戦死者には少ないが見舞金も渡していた。

 もし彼らがいなければ、俺達は戦死していたかもしれないからだ。

「お館様は、そのお礼にいらしたのですよね?」

「ハルカさん。あそこの酒盛り席は気にしない方がいいよ」

 エルの言うように、酒好き中年の酒盛りなど気にするだけ無駄である。
 ただ中年三人で酒を飲んでいるだけのように見えるが、俺が見舞いを出した件でトヨツグさんはとても感動していたと、ミズホ上級伯爵は話していた。

『バウマイスター伯爵様はお若いのに、素晴らしいお気遣いである。お礼に、私の娘をさしあげましょう』

 と言ったそうだが、さすがにそれはミズホ上級伯爵が全力で断ったそうだ。
 彼は、エルとハルカくらいの繋がりで様子を見たいのが本心であったのだから。

『テレーゼ殿はバウマイスター伯爵に興味があるようだが、その件で五月蠅い貴族も多いからな。私の娘とバウマイスター伯爵の婚姻など言い出したら、ミズホ伯国とヘルムート王国で帝国を挟撃する可能性がとか抜かす奴が現れるであろうな』

 そういう警戒感を抱かせないために、エルとハルカとの婚姻に、交易の促進で様子を見るくらいで十分だとミズホ上級伯爵は考えているようだ。

「しかし、前途多難だな」

 俺は、自分自身のためにニュルンベルク公爵が稼働させている移動・通信魔法の阻害装置を完全破壊しないといけない。
 そのためには、テレーゼに協力して解放軍を勝たせないといけないわけだが、解放軍の内情は酷い物である。
 反乱軍も良い勝負かもしれないが、あまり両者でクダクダと内戦が続くと王国の方でも出兵論が出るかもしれない。

 勝って占領地を得たとしても、その統治に失敗すれば王国も疲弊する。
 嬉しいのは、領地を得た貴族くらいであろうか?
 統治に失敗すれば、あとで泣く羽目になるのだが。

「テレーゼ様には頑張っていただかないと」

 あくまでも自分のためであったが、妙齢の女性が内戦に敗北して戦死する絵面を見たくはないのも本心ではある。

「ヴェンデリン。今日は色々とすまなかったな」

「はっ?」

 テレーゼの事を考えていると、突然彼女の声が聞こえて顔面を柔らかい感触に包まれる。

「テレーゼ様……」

 俺の隣にいるエリーゼの声が冷たいが、その理由が次第に明らかになった。
 薄手のシルクドレスを着たテレーゼが、俺の顔に胸を押し付けて抱き付いていたのだ。

「(アーーー。柔らけぇ……。じゃない!)」

「あなた。そんなに気持ちが良いですか?」

 一瞬その気持ち良さに正気を奪われそうになるが、エリーゼの冷たい声によって目が覚める。

「ええと。それなりにです……」

 エリーゼが少し怖かったが、ここは威厳?を見せて堂々と答えておく。

「テレーゼ様。はしたないと思いますが……」

「ヴェンデリンが妾のために、あそこまで会議で啖呵を切ってくれたのが嬉しくてな」

「別にテレーゼ様のためだけではありませんし、そこまで喧嘩腰ではありませんが……」

 言いたい事を言った記憶はあるが、喧嘩を売るまでには至っていないはずだ。
 それに、あくまでも自分のために言っただけの事であった。

「テレなくても良いのじゃぞ。今はお礼に、存分に妾の胸を堪能するがよい」

 いつもよりもテンションが高いテレーゼは、俺の顔に胸を押し付けたまま、わざとグリグリと動かしていた。
 動く度に彼女の柔らかい胸の感触が顔面を襲い、俺の正気が遠のいて行くような感触に襲われる。

「あの連中は、妾が女なのをいい事に侮ってくれていての。そなたの発言が役に立った」

「俺は帝国貴族ではありませんが……」

「ヘルムート王国では大貴族で、そなたには不敗の武勲がある」

 二度の竜退治、ブロワ辺境伯家との紛争、テレーゼを連れての帝都脱出、最初の野戦陣地攻防戦、最後に今回のターベル山地砦における戦果など。
 どの国においても、武勲のある貴族は尊敬される。
 戦争が久しく無かった時代だからこそ余計にその傾向は強く、バーデン公爵公子が焦ったのも、武勲を手に入れて次期皇帝選挙で有利に立とうとしたせいでもあった。

 皇帝選挙の有権者は貴族が大半なので、武勲は票獲得に大きく貢献してくれるからだ。

「ヴェンデリンがまだ若いのに正々堂々と持論を展開して、妾の総大将としての権威を認めたからの。解放軍の危うさを直言してくれたおかげで連中も肝が冷えたであろう。指揮がしやすくなったお礼じゃ。妾の胸を存分に楽しむがよいぞ。減る物でもなし、遠慮せずに堪能せい。その先も自由に……」

「いい加減にしてください!」

 だが、そんな事を続けていればエリーゼが面白いはずがない。
 彼女は強引に俺とテレーゼとを引き剥がすと、今度は自分がその胸を俺の顔に押し付けていた。

「エリーゼの方が少し弾力があるな」

「ヴェンデリンよ。大きさは妾に匹敵するとはいえ、エリーゼ殿の硬い胸など面白くないであろう?」

「胸がタレているテレーゼ様よりはマシですわ」

「これは異な事を。妾の胸はまだタレてはおらぬぞ。証拠が見たいなら、ヴェンデリンであれば遠慮なく見るがよい」

「その必要はありません!」

 エリーゼとテレーゼの両巨頭というか、両巨乳は激しく火花を散らせながら睨み合いを続ける。

「それで、テレーゼ様は何をしにいらしたので? まさか、私達の旦那様に胸を押し付けるためですか?」

 すかさずイーナが、テレーゼに向けて嫌味交じりの質問をぶつけていた。
 彼女も、テレーゼの行為に激怒しているようだ。

「胸は報酬の前渡しじゃの。今回の件で、ヴェンデリンに報酬がある」

 基本的に、俺達への報酬は出来高払いとなっている。
 活躍すればするほど報酬が加算されるので、既に戦功や陣地構築などで相当な額になっていた。
 戦後に一括して支払う事になっているが、多分額が膨大になるので分割払いになる可能性も秘めている。
 本当は俺に対して借りを作るので良くないのだが、内戦で帝国へのダメージが大きそうなので、利息も付けて分割払いにするというわけだ。

 俺達がいないと苦戦するが、いれば報酬で高く付く。
 支払いを拒否すれば内外に大恥を曝すわけで、テレーゼは金勘定でも相当に苦労しているはずだ。
 俺への胸攻撃には、何とか報酬を減らせないかという意図もあるのかもしれない。

「報酬ですか?」

「先払いが可能な物を渡す。名誉爵位をな」

「名誉爵位? カタリーナのような?」

「似たような物じゃな」

 テレーゼの説明によると、帝国では功績を挙げた者に対して一代限りの名誉爵位を与える事が多いそうだ。

「本当は、そなたに法衣でも正式な爵位を与えたいのじゃがな」

「それは受け取れません」

「であろうな」

 正式な爵位であると、『相続者を誰にするか?』という問題が発生してしまう。
 そこで一代限りの名誉爵位にしてしまえば、俺が死ねば消えるので何の問題もないわけだ。

 いや、本当はあるのだが、今の状況では陛下に確認も取れない。
 名誉爵位を他国の貴族に与えるという点で問題があるような気もするが、この手の褒美を断るのは無礼にあたる。
 現状では、受けざるを得ないのであろう。

「本当は、ブランタークや導師にも渡したいのじゃがな。あまりやるとまた面倒が増える。ヴェンデリンが帝国でも貴族扱いになれば、これからの軍事作戦にも意見が言える」

 先日のような、わけもわからない状態でターベル山地砦攻略などに駆り出されないで済む。
 今になって考えると、傭兵という立場は実に不安定な地位である。
 敵意ある者に使い捨ての道具扱いされる可能性もあって、俺は引き受けざるを得ない。

 色香で攻めてくると思ったら、実に嫌な搦め手で攻めてくるものだ。

「正式な叙勲は明日にするが、名誉伯爵の地位を与える。死ぬまで年金も出るので、受け取って損は無いと思うがの」

「全く……。俺が引き受けざるを得ない状態にしておいて……」

「妾はフィリップ公爵として動かざるを得ないからの。じゃが、ヴェンデリンを一人の男として気に入っておるのも事実じゃ。ゆめゆめ疑うでないぞ」

 テレーゼからのお話は、それで終りであった。
 あとは、そのドレス姿からも想像できるように、俺達が主催しているバーベキューパーティーに参加するつもりのようだ。
 すぐにハルカから、酒の杯と焼いた肉を載せた皿を受け取っていた。

「こういうくだけた食事の席は面白いの」

 テレーゼは、エリーゼの反対側の席に座ってワインを飲んでいる。
 後ろで護衛をしているエッボが、誰にでもわかるくらいしかめっ面をしていた。

 元々こいつは、テレーゼ命で俺が大嫌いなのだ。
 俺のプライベートな宴会にテレーゼの方がその玉体を運び、叙勲の話を自らして、あまつさえ抱き付いて胸を押し付けたりしている。
 もし敵同士であったら、こいつは間違いなく俺の首を狙ってくるであろう。
 だが、もし今の状況でそれを狙ったらテレーゼの不興を買うどころか処罰の対象になる。

 底抜けのバカではないために、エッボはテレーゼの忠実な御付きとして動く事を自分に課していた。
 内心では、腸が煮えくり返っているであろうが。

「(エッボは、空気だと思って無視だな)このような席に出て大丈夫なのですか?」

「アルフォンスに、かなりの仕事を任せているからの」

「それは、ご愁傷様で……」

 通りで、アルフォンスの姿が無いはずだ。
 少し前ならば、喜んでこういう席に参加していたであろうし。

「全く、妾を女帝とやらにしたいのか? それともしたくは無いのか? こういう席で息を抜かねばやってられぬ」

 地位に伴う重責と、女だからと侮る貴族達の制御でテレーゼは疲れているのかもしれない。

「大変なのですね」

「統治を丸投げしてる私には何も言えませんわ」

 エリーゼとカタリーナが同情的な視線を向けるが、それはすぐに終わる事となる。
 テレーゼが、いきなり俺の腕にしがみ付いてその胸を押し付けたからだ。

「本当に妾は大変なのじゃ。これからは、名誉伯爵として妾の傍で支えてくれよ」

「いきなり何をしているのですか!」

「『暴風』か。ヴェンデリンは目出度く帝国貴族も兼ねる事とになったからの。前例が大好きな両国の小役人共が五月蠅かろうが、こういう事は妾とヴェンデリンが仲良く功績を挙げれば自然と静かになるものじゃ。妾達は、仲良くしなければいけないのじゃ」

「周囲の目を考えてください!」

「この席でか?」

 この席は俺の家の中での食事扱いなので、爵位や社会的な地位などは基本的に無視である。
 現に、ミズホ上級伯爵とブランタークさんと導師は仲良く酒を大量に飲んで騒いでいた。

「良い酒ばかりで最高だな」

「五臓六腑に沁み渡るのである!」

「二人とも強いな。よし! ここで飲み負けてはミズホ上級伯爵の名が泣くというもの!」

 もしかすると関わりたくないので、余計に無礼講で騒いでいるのかもしれないが。

「エルヴィン。お前も飲め!」

「大人になるとある程度は飲めないと面倒であるぞ。さあ、この杯を三数える間に飲み干すのだ」

「酒精が高い焼酎を持参した。カボス果汁で割ってやるから飲み干すのだ。バウマイスター伯爵一の家臣よ」

「いきなりこんなに飲めませんよ……」

 三人に捕まったエルが、酒を大量に勧められて顔が真っ赤であった。
 まるで会社の新人歓迎会で上司に捕まった新人君のようである。

「あそこは、例外です」

 エリーゼは周囲に救いを求めるエルから視線を外した。
 彼女は、実は良い性格をしているのかもしれない。

「公的な場でするとお堅いのが五月蠅いからの。だからこうして、こういう席でスキンシップを図っておる。何ぞ、文句があるか?」

「それは……」

 テレーゼの問いに、最初カタリーナは言葉を濁らせてしまう。
 だが何かを思い付いたようで、すぐに反撃に出ていた。

「ありますわ! 人の夫を妻である私の前で誘惑とは! 身分の差を考慮してもそれは不逞! 許し難き暴挙です!」

「おおっ! 正論じゃの」

 カタリーナの強い批判に、テレーゼは怒るでもなく賛同していた。

「でしたら!」

「気にするでない。ヴェンデリンの周囲に何人女がいても妾は全然気にしないぞ。こういう男は元々女達が取り合う物だからの。それに正式に妻なり愛人になれば、不逞でも何でもないわ」

「なっ……」

 テレーゼが堂々と言い放った発言に、カタリーナは毒気でも抜かれたかのような表情になる。

「全く。もし妾が男ならば誰も騒がない癖にの」

 確かに、テレーゼの言う通りではある。
 男の選帝侯が、気に入った女性貴族をどうにか妻にしたいと願う。
 それならば貴族達は、『○○公爵に気に入られるとは、そのご令嬢は光栄ではないか』で済んでしまうのも事実であった。

「ニュルンベルク公爵は、ガチガチの保守派で懐古主義者でもある。あの男が皇帝になると、女当主などは余計に息苦しくなるであろうな。それだけで討伐に値するし、とっとと終わらせたい物よ」

 テレーゼは、若い身で苦労を背負い込んでいる。
 それがわかると、エリーゼ達は何も言えなくなってしまったようだ。

「(でも、女狐でもある)」

 人の同情を誘っておいて、テレーゼはそれから二時間ほど俺と腕を組みながら酒や食事を楽しんでいた。

「テレーゼ様」

 テレーゼの意図に気が付いたイーナが俺と引き剥がそうとすると、今度は別の大変さをアピールする発言が飛び出す。

「明日の叙勲の義では、反対する輩を防がなければのぉ」

「……」

 例の装置破壊のために帝都に行かなければならないと考える俺の心情を知っているために、イーナも歯ぎしりをしながら彼女の行動を止められないでいた。

「イーナちゃん。意外と粘るね」

「ここは、ヴェル様を信じる事も必要」

 ルイーゼとヴィルマは完全に諦め顔だ。
 俺が懸命にかわそうとする様子を見て、テレーゼは台風のような物だと思っているのかもしれない。

「多少のスキンシップは我慢するよ。ボクは大人の女だから」

「でも、既成事実の獲得などを目指したら強制排除」

 だが、もし強引に実力行使を行おうとすれば強制排除すると宣言もしていた。
 いくらテレーゼが多少剣を使えるとはいえ、ルイーゼとヴィルマの戦闘力に勝てるはずがない。

「ヴェンデリンの妻は、小さい順に怖いのかもしれぬの……」

 テレーゼは、二人の発言に少し引いていた。

「今日は楽しかったの。また遊びに来るからの」

 無事かどうかは微妙だが、乱入者もあったバーベキューパーティーは無事に終了した。
 今日は色々とあったが、とにかく疲れたので今日は早く寝たい心境である。

「あなた。テレーゼ様は油断なりません。これからは、お一人でお寝にならないように」

 寝室に入るとエリーゼがネグリジェ姿で待ち受けていて、今日からはまた妻達と順番に一緒に寝る事になってしまう。

「時が時なので、普通の添い寝でも構いません。ヴェンデリン様がお一人だと、夜這いをしかけてきそうな方がいますから」

 テレーゼ以外に該当者はいなかったが、確かにその可能性は高い。
 陣地内の警備の最高責任者なので、どうとでもなってしまうからだ。

「じゃあ一緒に寝ようか。今日はさすがに眠いから寝るだけだけど」

「私も今日はそれでいいです。ですが、一つお願いがあります」

「お願い?」

「はい。前にイーナさんから聞いた事があります。こういう時には、女性は男性から腕枕をして貰って寝ると……。駄目ですか?」

 恥ずかしそうに上目づかいで聞いてくるエリーゼは、テレーゼとは別のタイプで可愛かった。

「駄目じゃないさ。じゃあ、明日に備えて早めに寝ようか」

「はい」

 俺がエリーゼに腕枕をしてあげると、彼女は安心したようにすぐに寝入ってしまう。
 直接戦闘に参加していないが、負傷者が出ない戦闘などないので、治療担当のエリーゼは忙しかったはず。

「おやすみ。エリーゼ」

 魔法の連続行使で疲れた俺も目を瞑ると、すぐに夢の世界へと旅立つのであった。
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