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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第八十七話 シスコンサムライとの決闘。

「えいっ! とうっ!」

 早朝に身支度を整えてエリーゼ達と共に家を出ると、庭に相当するスペースでエルが熱心に刀を振っていた。
 いつの間にかミズホ服などを手に入れていて、見た目は外国人剣士のようである。

 俺から見ると、刀を振る動作はかなり様になっているように見えた。
 素人の判断だと言われればそれまでだが。

 隣で指導するハルカも、特に何も言わないでその様子を眺めていた。
 しかしさすがは美少女サムライガール、立っているだけで様になっている。
 良くエルが顔をにやけさせないものだ。

「おーーーい。エル」

「ヴェルか。俺の刀筋はどうだ?」

「まあまあ?」

 素人の俺に、正確な論評を求めるのは勘弁して欲しい。
 俺に刀の才能など無いし、剣の方ももうとっくに諦めて鍛錬していないのだから。
 そんな時間があったら、魔法か弓でも訓練した方がよっぽど効率が良いであろう。

「これでも結構良い感じなんだぜ」

「そうなのか?」

 傍にいるハルカに聞くと、彼女はパっと笑みを浮かべながら説明を始める。

「エルさんは、もう抜刀隊に入隊可能なくらいに強くなりましたよ。兄ともかなり互角に近い戦いが出来るようになりましたし」

「それは凄いな」

 ハルカによると、エルは剣よりも刀の方に才能があるらしい。
 今まで知らなかったのは、ヘルムート王国に刀など存在しないからであろう。
 極少数は所持している人がいるそうだが、一部好事家が密かにコレクションしている程度らしい。

 しかし、良くぞ短期間でここまでと思う。
 と思っていたら、エルはハルカから汗を拭く手拭いのような物を渡されてご機嫌そうであった。
 エルも元の顔の造りが良いので、部活の練習後にエースにタオルを渡す美少女マネージャーのような絵面になっている。

 元々刀の才能があり、更にハルカに良い所を見せたいのであろう。
 動機は邪であったが、真面目に鍛錬して実際に強くなっているので問題は無いと思う。

「(リア充がいるな……)刀か。それが最初に購入した奴か?」

「ああ。数打ちの量産品だけどな」

 エルが、自分が振っていた刀を俺に見せてくれる。
 日本刀には全く詳しくないので『分析』魔法で材質を探ると、かなり高純度な鋼が材料であった。

「ミズホ伯国軍の従軍鍛冶師が作ってくれたんだ。材料は、前にヴェルがくれたやつ」

「ああ。俺が準備したやつか」

「忘れるなよ」

 エルが刀を作るというので、地面から適当に砂鉄を集め、余分な成分を抜いて鉄の塊にして渡したのを思い出す。

「バウマイスター伯爵様には、鍛冶の才能もお有りなのですか?」

「いや。魔法で普通に集めただけ」

 自慢ではないが、前世で美術・技術・体育などの実技系教科は全て平均的な評価しか貰えなかった。
 そんな俺に、作刀の才能などあるはずがない。
 ただ魔法を使って、地面から材料を抽出しただけである。
 俺はハルカの問いにそう答えていた。

「廃鉱や鉱毒の池から金属を集めるのは得意だけど、加工は無理だな」

 それが出来ていれば、魔道具職人として活躍できたのに残念であった。
 そう思う理由は、俺が勝手に職人という字面が格好良いと思っているからだ。

「ですが、素晴らしい素材であったと刀鍛冶の方が褒めていましたよ」

 ミズホ刀も、なるべく鉄の純度が高い素材を使って打つと高品質の品になるようだ。
 ところが、鉱山由来の鉄鉱石からこの世界の技術で鉄を作ると、チタンなどの混ぜ物が入って合金のような金属になってしまう。
 それはそれで硬くて武器には向いてるそうだが、ミズホ刀はしなりも重要だそうで、高価な刀はわざわざ川原などから高純度の砂鉄を集めて作るらしい。

 昔の日本でも、そんな事をしていたと聞いた事がある。
 会社の上司に日本刀が趣味の人がいて、忘年会の時にそんな話を聞いたのだ。

「本当ならば、数打ちの刀には使わない高品質の鉄ですからね」

「へえ。そうなんだ」

 いくら技術に優れているミズホ伯国でも、そう簡単に高品質の鉄を刀の材料にはできないようだ。
 鉄から不純物を抜き鋼に加工する工程は、どうしても魔法に頼る事が多くなるからであろう。

 王国や帝国では、末端の兵士が使うような剣は叩き付けるのがメインの頑丈なだけの鍛造品である。
 鍛冶屋が自らハンマーを振るって打つ高性能な剣というのは、下級貴族でも金を貯めて買う物なのだから。

「この刀も凄いけど、もっと腕が上がったらオリハルコンで刀を作りたいな」

「オリハルコンで? 作れるのか?」

 ミズホ刀が日本刀と同じであったら、硬い鉄と柔らかい鉄の組み合わせで出来ている刀をオリハルコンだけで再現可能なのであろうか?
 俺は、少し疑問に感じていた。

「ミズホ伯国の秘伝で、ミスリルとオリハルコンを一定の割合で混ぜた軟秘鋼と、純粋なオリハルコンを特殊加工した硬秘鋼を組み合わせたミズホ刀が最高級と言われています」

 さすがは美少女サムライガール。
 知識があるハルカは、その見た目と相まってミズホ刀の解説役に最適であった。

「そういうのは、秘伝であまり他国の人に言ってはいけないのでは?」

「このくらいの知識なら、帝国の鍛冶屋ならみんな知っていますよ。具体的な混合率や特殊加工の方法は門外不出ですね。私にも皆目見当がつきませんし」

「なるほどねぇ……」

 ミズホ伯国には、とにかく秘伝の技術が多過ぎる。
 魔刀はともかく、あの魔銃には驚かされた。
 ガチガチの国粋主義者であるニュルンベルク公爵からすれば、滅ぼすか支配すべき脅威に見えたのであろう。
 俺の場合は、日本を感じさせる遠方の半独立国なので仲良くしておくに越した事はなかったのだが。

「オリハルコン刀は、魔力を注いだり、職人が定期的に高度な手入れをしなくても魔刀に匹敵する攻撃力を持っているのです。なので、ミズホ人で欲しがる人は多いですね」

 エルが手に入れたオリハルコンの剣は、ヘルタニア渓谷で多くのゴーレムを豆腐のように切り裂いた。
 オリハルコン刀なら、もっと切れ味が良いのだとハルカは言う。

「エル。大小のオリハルコン刀を作って貰え」

「いや、無理だろう」

「そうですね。代金はともかく材料がありません」

 ハルカが言うには、材料のオリハルコンが無いそうだ。
 あればミズホ家や重臣の家で刀にしてしまうそうで、今でも在庫はほとんど無いとハルカは語っていた。
 ミズホ伯国内には現在、新規のオリハルコン鉱山は見付かっていないらしい。

「材料ならある!」

 未開地、ヘルタニア渓谷などの鉱山で採掘されたオリハルコンは全て俺に届いていたし、子供の頃には微量でも反応があれば無駄に魔力を使ってでも集めていたからだ。

 オリハルコンは、とにかく量が採れない。
 有望な大規模鉱床を見つけて、数十年かけて採掘をしてやっと二百キロほど採れた。
 今回の鉱床は大当たりだったな。

 こういう会話が、鉱山関係者の間で交わされるほどなのだから。
 むしろ、古代遺跡などから出土したオリハルコン製品の方が多いほどなのだ。

「二本分の材料を出すから、代わりにエルのオリハルコンの剣をくれ」

「いいのか?」

 材料のみとはいえ、ミズホ刀の大小が二本作れる量と、剣が一本である。
 加工賃を考慮しても、エルは俺の方が損をすると気が付いているようだ。

「俺が刀を持ってもな……」

 剣ならば、最悪兵士の一人くらいは斬れる可能性がある。
 ところが刀など無理に持っても、今の俺では使いこなせない事は確実であった。
 元日本人なので憧れはあったが、使えないのでは意味が無い。
 エルに持たせるのが一番効率が良いわけだ。

「それに、俺の最終防衛ラインはエルだからな」

「確かにそれは俺の仕事だ」

「じゃあ、受け取れ」

 俺はエルにオリハルコンの塊を渡す。
 在庫の半分ほどであったが、これならば必要な数の刀が打てるはずだ。

「多くないか?」

「三本くらいは打てるか? とりあえず、作れるだけ作ってみてくれ」

 俺はエルに、作刀の注文を頼んでいた。

「ヴェルも、鍛冶師の所に来ないか?」

「見学か。いいな」

 俺はエルとハルカの案内で、ミズホ伯国軍本陣に隣接する野戦工房へと移動していた。
 ここでは、従軍鍛冶師や魔道具職人が武器や防具の製造や手入れなどをする。

 数十名の鍛冶師や魔道具職人達が、刀を打ったり、魔銃の手入れを行っていた。

「エルヴィン殿ですか。私の打った刀はいかがですか?」

 エルに声をかけてきたのは、初老でいかにも熟練の刀鍛治といった風貌の人であった。
 作務衣に似た服を着て、流れる汗を手拭いで拭きながらこちらに歩いてくる。

「手に馴染みます」

「それは良かった。ところで、バウマイスター伯爵様ですよね?」

「そうです。実は私の主がお願いがあるそうで……」

「刀の作成依頼ですか? ああ、申し遅れました。私は、ミズホ家のお抱え鍛治師である八十七代目カネサダと申します」

 名前からして、物凄い刀を打ちそうな人である。
 ミズホ伯国にも、代々作刀を家業にしている人がいるようだ。

「ヴェンデリン・フォン・ベンノ・バウマイスターです。実は、オリハルコンで刀を打って欲しくて」

 俺がそう言うと、エルはオリハルコンの塊をカネサダさんに渡す。

「良くぞこれだけの量を。大小が二組に、懐刀が一本ですかね」

 さすがは、名職人というべきであろう。
 オリハルコンの塊を見て、作成可能な刀の数をすぐに言い当ててしまうのだから。

「それで、エルの刀を打ってください」

「承りましょう」

「カネサダさん。宜しいのですか?」

 エルは、カネサダさんに敬意を持っているようだ。
 丁寧な口調で話しかけていた。

「エルヴィンさんは、素晴らしい速度で上達していますからね。すぐに必要になると思います。それに、私としてもオリハルコンを打てるとあらば。こう見えて、私は欲深い鍛冶師なので」

 オリハルコン自体が稀少なので、そう滅多に打てる物でもないらしい。
 鍛冶師からすれば、憧れの素材なのだそうだ。

「自惚れかもしれませんが、私は初代カネサダと互角と言われている鍛治師です。必ずや名刀を打ってご覧にいれましょう」

「それは心強い。では、大サービスです」

 魔法の袋から、もう半分のオリハルコンを取り出す。

「大小五組に、懐刀一本ですね」

「期間は指定しません。納得のいくまで打ってください」

「ありがとうございます」

 あとは、同じく少量だけ材料として使うミスリルと、代金として俺が成分を調整した鉄の塊を要求されたのでそれも幾つか渡しておく。

「バウマイスター伯爵様は、魔法で高品位の鉄を精製できるのですな。この鉄ならみんな喜びます」

「では、頼みます」

 作刀も無事に頼めたので家に三人で戻ると、入り口の前には数名のミズホ人達が待ち構えていた。
 服装からして、かなり高位の重臣達のようだ。

「バウマイスター伯爵様。貴殿が材料持参で作刀を依頼したミズホ刀を売ってください!」

「私にこそ売って欲しい!」

「お金なら出しますから! 三十万リョウでいかがでしょうか?」

「私は四十万リョウで!」

 俺が大量のオリハルコンを野戦工房に持ち込んだ情報を素早く掴んだようで、完成する予定の刀を売って欲しいと物凄い勢いで迫られてしまうのであった。



「へえ。そんな事があったのか」

 その日の夕食の席でその話をすると、ブランタークさんが興味深そうに詳細を聞いてくる。

「ミズホ刀は、剣士の誇りであり魂なのです」

「大切にするのはわかるけど……」

 オリハルコン製の刀を手に入れようと必死な同胞の心情を、ハルカがわかり易いように説明する。
 イーナは、自分の命を救う武器を大切にするのは理解できたが、誇りとか魂とか言われると意味不明らしい。

 一人首を傾げていた。

「エリーゼはわかる?」

 俺が知っているのは、昔の日本で武士が刀を大切にしていたのを知識として知っているくらいだ。
 これはあくまでも知識で、俺自身は刀にそこまでの感情は持てない。
 多少の憧れと、『大切にしないと』と思うくらいだ。

「例えば、修道着や聖書を大切にするというか」

「そうですね。大切にはしますけど、神は『物に固執するなかれ』とも説いていますし……」

 物欲を抑制するための説話なのであろうが、この時点でミズホ伯国とは宗教的に反りが合わない事が理解できてしまう。
 実際には、神官でお金や高価な品が大好きな人は多いのだが。

「ミズホ伯国でも、別に物に固執しているわけじゃない。むしろ、一度打って貰った刀を出来る限り大切にするという意味だと思うんだ」

「そういう考え方なら理解できます」

 宗教とか哲学とかの話は、俺にはサッパリ理解できない。
 俺も適当に言っただけだが、イーナ達はやはり理解できないようで首を傾げていた。
 導師に至っては、食事に集中している有様だ。
 完全に興味が無いのであろう。
 導師が大切にするのは、己の肉体なのであろうから。

「刀は、己の命を預ける相棒だと言った方がわかりやすいかもな」

「それですよ。エルさん」

 ハルカは、普段は物静かな女性である。
 一流の剣士として隙の無い部分と、大和撫子的な部分を合わせ持っているわけだ。
 ところが、エルが絡むと楽しそうに色々と話をする。

「(エルに脈アリか?)」

 エルの親友としては好ましく、同時にミズホ伯国との縁もつながる。
 何しろあの国には、俺が望む懐かしき日本的な物が多いのだから。




「それでどうなの? ハルカとは?」

「俺の勝利は目前だと思う」

 夕食後、エルを呼んで二人きりになって聞いてみたところ、予想通りにかなり脈はあるようだ。

「ただ、一つ問題があってな……」

 ハルカの兄が、『少なくとも、俺と互角でなければ話にならん!』と騒いでいるらしい。
 俺は、どこの頑固オヤジだよと思ってしまう。

「それは、陪臣家の次期当主としてどうなの?」

 とんでもない陪臣家の次期当主がいた物だが、ハルカの実家は元々小身の陪臣家であり、今優遇されているのは抜刀隊に選抜されるほど刀に優れた兄と妹がいるからである。
 自分の子供が抜刀隊に入れるほどの実力になる保証もなく、元々小さな家だからそこまで妹の嫁ぎ先に拘っていないそうだ。

「ハルカは、結婚相手としては微妙なんだよね」

 家柄が低いから大家の陪臣家には正妻として嫁げないし、受け入れる夫よりも刀に優れている。
 刀の腕前が重視されるミズホ伯国で、夫よりも遥かに刀に勝る妻というのは扱いに困る存在らしい。

「だから、抜刀隊に所属する他の女性もみんな独身だって」

 加えて、兄の存在もある。
 彼は妹を可愛がっていて、『変な所に嫁いで苦労するくらいなら、うちにずっといなさい』と常々口にしているそうだ。
 つまり、彼は俗に言うシスコンであった。
 妹が可愛くて仕方がないので、出来れば嫁にやりたくないのであろう。

「ハルカの兄貴って、俺も何度か顔を合わせたよな?」

「ああ」

 若手でトップクラスの実力を持つとかで、前にミズホ上級伯爵から紹介された事があった。
 とても真面目そうな青年に見えた記憶があるが、まさかシスコンとは人は見かけによらない物である。

「ハルカの兄貴に聞いてみるか……」

「頼むよ。今の俺の実力から換算すると、俺がハルカの兄貴と競えるのは数年後だし」

 エルは、ハルカの兄貴に刀で追い付ける自信はあるらしい。
 実際に才能もあるので、あながち法螺でもないのであろう。

「そこまで待っていたら、ハルカが嫁き遅れてしまうからな」

「ちょっ! お前!」

 もしテレーゼの耳にでも入ったら、エルの舌禍事件になってしまう。
 俺は慌ててエルの口を塞いでいた。

「とにかくだ。ハルカの兄貴本人に聞いてみればいい」

「頼むよ。ヴェル」

 翌朝、俺はエルとハルカを伴ってミズホ伯国軍の陣地へと向かう。
 その中にある抜刀隊の陣屋に向かうと、そこではハルカの兄貴が刀の稽古をしていた。

「これは、バウマイスター伯爵様ではありませんか。ハルカがお世話になっております」

「どうも」

 やはりシスコンには見えない、真面目でさわやかに見えるハルカの兄は、稽古を止めて俺に朗らかな声で挨拶をしていた。

「ハルカは役に立っていますか?」

「良い腕をしていますからね。私の剣の腕では永遠に勝てないでしょう」

 俺がハルカの刀の腕を褒めると、彼は上機嫌であった。
 更に、妹の普段通りの姿を確認して安堵しているようだ。
 やはり彼は、妹スキーのシスコンのようであった。

「実は、少しお話が……」

「駄目ですよ! とにかく駄目です!」

 早速に俺が話を切り出そうとすると、その前にいきなり拒絶されてしまう。
 俺が何を頼もうとしているのかを、半ば本能で察知したようだ。

「兄様? 何が駄目なのですか?」

「ハルカはわからなくても良い!」

「???」

「(えっ?)」

 ここで俺は、ある事実に気が付く。
 どうやらハルカは真面目過ぎるばかりに、そういう方面の知識があまり無いらしい。
 いや、ただ単に気が付いていないのであろうか?
 自分がエルに嫁ぐかもしれないという事実に、いまだ気が付いていないようだ。
 エルに好意的なのは、彼女が単純な剣術バカで、自分が関わっているエルの腕前の上昇速度に喜んでいるだけの可能性があった。

「とりあえずは話をですね」

「いや! それは駄目です。可愛い妹を外国にやるなんて!」

 兄としては、可愛い妹を外国に嫁にやりたくないのであろう。
 こういう場合、俺がミズホ上級伯爵に頼んでも良いのだが、上から強引に命令を出しても感情の面でシコリが残る。
 彼に納得して貰った方が良いであろう。

「エルの何が悪いのです?」

「才能はあるが、まだ未熟だ」

「とはいえ、あと何年も待たせるので?」

「それは……」

 可愛い妹には傍にいて欲しいが、かと言って自分のせいで結婚を阻害するのも兄としてどうかと思う。
 ハルカの兄は、心の中で葛藤を続けているようだ。

「……。ハルカが海外で暮らす。文化の違いとかもあるし……」

「そこまで心配する事もないと思いますが……」

 言葉にそう違いがあるわけでもないし、食文化も俺のせいで大分ミズホ寄りでもある。
 それに、俺は帝国の内乱終結に協力したお礼に、ミズホ伯国との交易を条件に入れている。
 定期的に買い物に行くし、その時にハルカは良い案内役になってくれるはずだ。
 『瞬間移動』があれば、彼女の里帰りなどすぐに出来るのだから。

「しかし……」

「あなたが、あまり子供のように駄々を捏ねても仕方が無いのでは?」

 俺としては、ハルカ本人が嫌がれば強制はしない。
 他に候補は沢山いるし、エルもそれを望まないからだ。
 だが、兄の反対という理由では引くつもりはなかった。

「ハルカを預ける男は強くないといけないのです」

「ですがね……」

 俺の妹が欲しければ、兄である俺を倒していけ。
 物語としてはともかく、現実には面倒くさいという事実だけが判明していた。
 ハルカの兄貴よりも強い男で、現時点で彼女に惚れていたり、彼女を嫁に迎え入れるメリットがある家が存在しているとは思えない。
 ならば、バウマイスター伯爵家とミズホ伯国との最初の繋がりとしては悪くないと思うのだ。
 もしミズホ上級伯爵に言えば、すぐにオーケーが出るはずである。

「私に勝てる男でないと駄目なのです」

 もう数年もすれば、エルはハルカの兄と最低でも互角に近い腕前になるであろう。
 そういう見立てではあるが、そのまま数年待つのもどうかと思う。
 せめて、将来性を買って欲しいと思うのだ。

「エルなら、数年後にはいけるのでは?」

「今でないと駄目です! とにかく駄目です!」

 ハルカの兄は頑なであった。
 感情面が大きいが、小身の陪臣家なので無理に政略結婚で家を大きくするという発想が無いのかもしれない。
 さて、どうやって本人に納得して貰うべきか。

「エルが刀でなくて剣で戦うとか?」

「いや。今の俺だと剣でも勝てないから」

 俺からするとエルの剣は相当な物に見えるのだが、ハルカの兄はもっと上で、ミズホ伯国にはそのハルカの兄貴すら上回る名人が数十名もいるそうだ。

「(一応、やってみたら? もしかしたらという可能性もあるし)」

「(それで負けると、また話は振り出しだぞ)」

「(そうなんだよなぁ……)」

 勝てなければハルカを嫁に出さないと言っているのだから、どうにかしてハルカの兄を倒す必要があるのだ。

「バウマイスター伯爵様でも宜しいのですが」

「えっ! 俺?」

 ハルカの兄貴の突然の申し出に、俺は困惑してしまう。

「バウマイスター伯爵様は、エルヴィン殿の主君ではありませんか。貴殿が強ければ、私は安心できますので」

 なぜ、俺でも良いのかがまるでわからない。
 別にハルカを嫁にするつもりはないし、俺の剣の腕ではエル以上に脈が無いのだから。

「俺の剣の腕前をご存じで?」

「いや。私はバウマイスター伯爵様の魔法と戦いたいのです。それがあなた様の一番強力な武器でございましょう?」

「魔法ですか?」

 俺は、ハルカの兄が実は物凄い戦闘ジャンキーなのではないかと思ってしまう。
 刀で魔法に対抗する。
 異種格闘戦なのであろうが、まさかこんな勝負を挑んでくるとは思わなかった。

「ヴェル。頼むよ」

「ううっ……。わかった……」

 親友で家臣でもあるエルの願いだ。
 俺は、ハルカの兄貴との決闘を了承するのであった。



「あまりデカい魔法は使うなよ」

「あとは、殺しては駄目であるな」

「わかっていますよ」

「一応釘を刺しておかないと、伯爵様の魔法はたまに洒落にならんからな」

「左様。災害クラスの威力があるのである」

「二人の中で、俺はどの程度のデストロイヤーだと思われているので?」

「「……」」

「そこは冗談でも普通に答えてくださいよ」

 エルとハルカの婚姻を認めて貰うためにハルカの兄に会いに行ったのに、俺はなぜかミズホ伯国軍の練兵場がある草原で、彼と決闘をする羽目になっていた。
 どこから聞きつけたのか?
 草原には、テレーゼ、アルフォンス、ミズホ上級伯爵他、多くの観客が集まっている。
 ブランタークさんと導師も、いつの間にか俺のセコンド役になっていた。
 野戦陣地や屯田を広げながらの持久戦で、全員娯楽に飢えているようである。
 みんな思い思いに飲み食いしながらの見学で、俺は微妙に殺意が湧いていた。

「油断するなよ」

「それは勿論」

 あまり強力な魔法は使えないし、ハルカの兄は魔刀持ちである。
 まだ実際に斬りかかられた事がないので、どの程度まで『魔法障壁』を打ち破れるか予想が困難であったからだ。

「魔刀の性質を見るに、初級魔法使いでは下手をすると斬られるのである」

「魔法使い殺しですか?」

「戦争でもないと貴重な魔法使いを斬る機会など無いであろうからわからぬが、可能性は高いのである」

 導師の言う通りではあるが、という事はハルカの兄は俺との実戦形式の決闘でそのコツを掴みたいのかもしれない。
 どうやら、俺は実験台でもあるようだ。

「あなた。お怪我に気を付けて」

「エリーゼが治せる範囲の負傷に留めるよ」

 エリーゼは、心配そうに俺に声をかけていた。

「ヴェル。ハルカのお兄さん。エルとは格が違うと思う」

「なるほど。俺には何となく凄そうくらいにしかわからん」

 刀と槍の違いはあるが、イーナはハルカの兄の実力の高さに驚いていた。
 俺には、何となく凄そうくらいにしかわからない。
 魔法使いの力量はほぼ計れるようになったが、刀術に関しては門外漢であったからだ。

「ヴェルも昔は、剣の訓練とかしてたのにね」

「才能が無い以上は仕方がない」

「魔法ならそう負ける事は無いと思うけど、ヴェルは『魔法障壁』の魔力をケチらない方がいいよ」

 ルイーゼも、俺と二十メートルほど離れて対峙するハルカの兄の実力に警戒感を露わにしていた。

「懐に入り込まれると駄目」

「小さな魔法を連発して、とにかく相手に先制させない事ですわね」

 ヴィルマとカタリーナからもアドバイスを受け、俺はハルカの兄と戦う事になる。

「理由がまるで理解できないが……。普通ならエルが戦って奇跡を見せて、ハルカの兄さんが『やるじゃないか』で締めくくる場面だろう」

 それなのになぜか、俺がエルの主君だからという理由で戦わされる羽目になっている。 
 完全に意味不明であった。

「あの人。戦闘ジャンキーか何かか?」

「自分の目標を高く持っている人である事は確かだな。魔法使いともそれなりに戦える力が欲しいのかも」

「俺はその実験台か……」

「すいません。兄様が……」

 思わずエルに愚痴ってしまうが、隣で謝っているハルカを見ると勝負を投げるわけにもいかない。
 俺が勝てば、少なくともハルカとエルの結婚にハルカの兄貴の賛同は得られるのだから。

「まあいいさ。俺が勝てばいいのだから」

 ハルカのために軽口を叩きつつ、内心でも実は勝利は確信している。
 こちらに『魔法障壁』がある以上は、どう考えても向こうの攻撃は通用しないのだから。

「じゃあ。始めますか」

「バウマイスター伯爵様。いざ尋常に勝負」

 俺の周囲からエリーゼ達が離れ、ブランタークさんが合図の火の玉を上空に打ち上げるのと同時に勝負が始まる。
 相手が刀を使う以上は、俺に接近しないと意味が無い。
 俺の方は魔法のアウトレンジでダメージを蓄積させた方が良いわけで、まずは大量の石礫を魔法で発生させると次々と時間差をつけてハルカの兄に向けて放つ。

 何発か命中すれば戦闘不能になるはずだ。
 さすがに、妹の前で彼を殺すわけにもいかない。
 主君であるミズホ上級伯爵の手前もあるのだし。

「甘いっ!」

 ところが、ハルカの兄は電光石火の動きで刀を抜いて、石礫を次々と切り裂いて落としていく。
 その動きは、まるで某三世に出てくる斬鉄剣の使い手のようであった。

「マジで!」

 石礫を全て切り裂かれてしまった俺は、今度は小さな火の球を連発でハルカの兄にぶつけていく。
 すると今度は、切り札である三本目の魔刀を抜いた。
 ハルカの兄が青白く仄かに光る刀身を振るうと、火の球は次々と『ジュワ』という音を立てながら消えていく。

「水属性か!」

「魔刀は、使用する属性と魔力の量が調節可能ですからな!」

 続けて、小型のウィンドカッターを連続して放つ。
 帝都や逃走途中に多くの兵士を殺傷した物だが、これも黄色く光る刀身によって次々と消滅させられていく。
 土の属性の魔力を刀身に這わせて、ウィンドカッターを消滅させてしまったのだ。

「(ミズホの魔刀って、ヤバくないか?)」

 下手な初級魔法使いくらいだと、達人の魔刀使いなら容易に殺せてしまいそうである。
 これは、ニュルンベルク公爵が警戒するはずだ。

「(これは、接近させるわけにはいかないな)」

 魔刀の欠点は、内蔵する魔晶石の魔力が尽きるとただの刀になってしまう点にある。
 ならば、なるべく消耗させてこちらに近づけさせなければいいのだ。
 火の球などでは切り裂きつつも接近されてしまうので、今度は魔法の袋から昔に師匠から貰った刀身の無い剣を取り出す。
 すぐに炎の刀身を出すと、地面に突き入れてからハルカの兄に向けて地を走る『火の蛇』を連発して発射する。

「ちっ!」

 当然当たるはずはないが、ハルカの兄は回避のために前進を止められてしまう。
 その間に、俺は徐々に後方に下がっていった。

「『氷の蛇』と『地走り』と『カマイタチ』とどれが良い?」

 ハルカの兄の答えなど期待していないので、次々とフェイントをかけながら連発していく。
 とにかくカタリーナとヴィルマの言う通りに、懐に入られないように。
 万が一にも『魔法障壁』の展開が遅れれば、俺の負けは確定なのだから。

「魔刀に不可能はない」

 俺の魔法の回避を続けていたハルカの兄であったが、大きく横に移動してから魔刀を地面に突き刺す。
 一瞬刀身が赤く光ると、まるで火が着いた導火線のように火炎が俺に向かってくる。
 どうやら、俺の魔法を真似したらしい。

「(魔法使いでもないのに、魔刀とは恐ろしい代物だな。だが……)」

 俺はこれを待っていたのだ。
 凄いとは思うが、こういう攻撃は貴重な魔刀に残った魔力を消費させる。
 魔法使いではないハルカの兄が魔刀の魔力を失えば、ただの優れた剣士に戻ってしまうのだから。
 実際に何発かを『氷の蛇』で消してしまうと、彼の魔刀から光が消えていた。

「ふふっ。魔刀の魔力が無くなったからって!」

 突然ハルカの兄は、魔刀の柄を開けて魔力が空になった魔晶石を外し、懐から取り出した予備の魔晶石に入れ替える。
 衝撃の事実であった。
 何と魔刀に内蔵された魔晶石は、魔力が尽きたら電池のように交換可能であったのだ。

「しかしながら、このままでは埒があかぬ。これより、私の渾身の一撃でお相手しよう」

 と言うや否や、ハルカの兄は一直線でこちらに突進してくる。
 俺は慌てて火の球を連発して接近を防ごうとするが、それは魔刀による大振りの一撃で全てかき消されてしまう。

「なっ!」

 魔力の節約を行わずに、俺に一気に接近を試みたのだ。
 元の身体能力の差などもあり、俺の後退は間に合わなかった。
 ハルカの兄が至近に迫ったので今度は直径一メートルほどの火の球で防ぐが、これも水属性を纏わせた魔刀の一撃で真っ二つに切り裂かれてしまう。

「『魔法障壁』!」

 もう俺とハルカの兄との間に距離はほとんどない。
 ここまで接近されると、あとは『魔法障壁』で攻撃を防ぎ続けるしかないのだ。
 故に『魔法障壁』なのだが、なぜか一瞬嫌な予感がした。
 勘の類であったが、こういう物を無視すると大抵酷い目に遭うような気がする。
 そこで、いつもよりも『魔法障壁』を厚くしてみると俺の勘は正しかったようだ。

「ミズホ新陰流奥義『牙狼突』!」

 ハルカの兄は、斬るのではなくて一点集中による突きの技を繰り出してきた。
 魔刀の先端のみに魔力を込めて一点突破を図る。
 この判断は正しく、彼の一撃は普段よりも厚く張った『魔法障壁』の大部分を貫通してほぼ薄皮一枚という状況であった。
 勘に従っていなければ、俺は急所に刀を突き付けられて負けていたであろう。

 殺し合いではないのでハンデで魔法の威力は落としていたが、それでも敗北してしまうところであった。

「私の負けですね」

 渾身の一撃が届かなかった時点で、ハルカの兄は魔刀を鞘に納めて自身の敗北を認めていた。

「何か嫌な予感がして『魔法障壁』を厚くしていなかったら負けていたな」

「その勘は、バウマイスター伯爵様が自身の研鑽によって得られた物です」

「あなたは強いですね」

「いえいえ。私などまだまだ未熟者です。それはそうとハルカの件ですが、勝負に負けた以上は認めてあげたいと思います。バウマイスター伯爵様の元にいればハルカも安全でしょう。エルヴィンもじきに強くなるでしょうし」

「それは良かった」

 わざわざ決闘までした甲斐があった。 
 これでようやく、ハルカとエルの結婚に障害が無くなったのだから。

「ハルカさん」

「エルさん」

 そして当事者同士であるエルとハルカは、お互いに見つめ合っていた。
 あとは、エルが甲斐性を見せるだけであろう。

「この戦いが終わってからになるけど、ハルカさんはバウマイスター伯爵領に来てくれるかな?」

「はい。喜んで」

 エルのプロポーズに、ハルカは躊躇う事なく了承の返事をする。

「ようやくエルの坊主も結婚か」

「良かったであるな」

「ヴェデリンも、妾にこういうプロポーズでもしてくれぬかの?」

「いや、それは無理でしょう」

「アルフォンスよ。何もこういう時だけ冷静に答える必要はあるまいて」

 一部外野が五月蠅かったが、何にせよ無事に事が収まって良かった。
 周囲の視線は、無事にプロポーズを終えたエルとそれを受けたハルカに向かっていた……。
 はずだったのだが、なぜかここで予想外のアクシデントが発生する。

 続けてハルカが、とんでもない言葉を放ったのだ。

「はい。エルさんの剣術指南役ですね。喜んで!」

「はい?」

 エルはプロポーズをしているつもりだったらしいが、ハルカはエルの剣術指南役としてバウマイスター伯爵領行きを認めて貰ったという認識しか持っていないらしい。
 自分の兄は、ただ妹が国外に行くのを反対しているだけなのだと。
 ハルカの予想外の返答に、エルは目を点にしていた。

「そういえば、誰かハルカにエルへの嫁入りの話をしたのかな?」

 翻って考えてみるに、直接婚姻の話をした事は無かったような気がする。
 少なくとも俺はという条件はつくが。

「それで、お兄さんはどうなのです?」

「すいません……。言葉では、バウマイスター伯爵領行きへの反対をしただけです……」

 剣の才能の問題もあったが、基本シスコンであるハルカの兄は妹が嫁に行くという事実が許せなかったようで、その手の教育を一切行わせないようにしていたらしい。
 美人で剣の才能があって料理や裁縫なども上手で、これが大和撫子かというイメージの女性なのだが、恋愛とか結婚とかそういう知識がほとんど頭の中に入っていないようなのだ。

「妹さん。抜刀隊の同僚とかに口説かれたりとかは?」

「そういう不逞の輩は、私が訓練でわからせてあげました」

 兄妹で共に抜刀隊にいるので、ハルカにおかしな虫が付かないように奮戦していたようだ。
 まさに、シスコンの鏡と呼ぶに相応しい男である。

「ミズホ上級伯爵に許可を取るから、兄として次期当主として妹さんにちゃんと説明するように」

「それは御免蒙ります」

「(さすがはシスコン……)認めない。やれ!」

 俺は勝ったのだ。
 それだけは譲れないと、口調を強めてハルカの兄貴に命令する。

「承りました……」

 俺はハルカの兄の両肩を強く両手で掴み、彼の説得に成功する。
 しかし、他国のとはいえ伯爵からの要請を拒絶するなど、この男は恐ろしいまでのシスコンである。
 見た目は古風な剣士で普段もそういう風に振る舞っているから、この男の心の内に流れるシスコンの本能に気が付いている人は少ないのであろう。

「あとは、ミズホ上級伯爵の許可を得るだけだな」

 ようやくエルとハルカの結婚に障害が無くなり、俺は心から安堵の溜息をつくのであった。
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