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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第八十四話 ついに出陣。

 ミズホ伯国を出た馬車は、無事にフィリップ公爵領内に入る。
 大陸の最北にあるフィリップ公爵領は現在真冬で寒く、広大な畑には雪も積もっていたが、馬車の通行を妨げるほどではないのが救いであろうか。

 順調に、領主館がある中心都市フィーリン近郊まで馬車は進んでいた。

「広い畑ですね」

「北方にあっても、フィリップ公爵領は大農業地帯じゃからの」

 小麦、大麦、ライ麦、ジャガイモが主要栽培作物で、砂糖もテンサイから精製しているそうだ。
 二毛作なのであろう。
 畑には真冬なのにも関わらず、作物が植わっている。

「もっとも、南方のサトウキビに比べると効率が落ちるのでな。大規模な畑で栽培しておる」

 地球ほど品種改良が進んでいないそうで、糖分の含有量が低く、大量に栽培しないと駄目らしい。
 それでも距離の関係で輸入するよりも安いので、テンサイからの製糖はフィリップ公爵領の重要産業になっているそうだ。

「あとは、漁業と牧畜なども盛んじゃ」

「牧畜をしているのですか?」

「土地は大量にあるのじゃが、寒いのでな」

 古からのラン族達による弛まぬ努力によって、フィリップ公爵領にはあまり魔物の領域が存在しない。
 だからこそ可能な芸当とも言える。
 他の土地では、牧畜で得た牛、豚、鳥の肉は高級品であった。
 土地が大量にあるので農業が盛んなのだが、北端には冬になると極寒になる土地があるので、そこで『毛豚』という大型の豚を放牧しているそうだ。

「イノシシが、少し豚に近づいたような家畜じゃの。テンサイの絞りカスも食べさせて育てる」

 大型で寒さに強く、繁殖力も旺盛で、何でも食べるので盛んに放牧されているそうだ。
 フィリップ公爵領では、『毛豚』の肉が庶民にも盛んに食べられているとテレーゼは説明していた。
 ベーコンやソーセージ加工して保存性を高め、これも輸出品になっているそうだ。

「あとは、荷馬車用や軍馬の繁殖も盛んじゃの」

「軍事も経済も精強であると?」

「一応、選帝侯の中では一番力を持っていると言われておる」

 他にも鉱山が多く、工業なども発展しているらしい。
 確かに、次第に見えてくるフィーリンはブライヒブルクにも負けない大都市であった。

「経済規模と兵力でいれば、ニュルンベルク公爵領よりも上であるからの。そこまで差があるわけでもないが」

 帝国に臣従して支配層の混血は進んでいるが、北方の覇者であったラン族の独立心は強い。
 支配者であるはずのフィリップ公爵家の当主に褐色の肌色が求められる事から見ても、帝国北部はかなり特殊な地域のようだ。

「ミズホ伯国もあるからの」

 テレーゼが笑いながら説明している間に馬車はフィーリンの町に入り、領主館へと向かう。
 城塞のような館へと到着すると、中から二十代後半と二十代半ばくらいの若い男性二人が飛び出してくる。

「ご無事でしたか。お館様」

「安堵いたしました」

「悪運の賜物じゃの。それよりも、客人がおるのでな」

 若い男性二人の差配で俺達は部屋を宛がわれて落ち着くが、一緒にいるテレーゼがそっと教えてくれる。

「我が兄君達じゃよ」

「それは複雑ですね」

「そうさな。腹の中では何を考えておるのか?」

 見た感じは能力不足に見えないのに、肌の色が白いという理由で公爵位を継げなかったのだ。
 色々と胸に仕舞っている感情もあるのであろう。

「某が考えたのは、ここに到着した直後にテレーゼ様が兄達の反乱によって捕らわれるか殺される可能性である」

 体を暖めるために貰ったアクアビットのお湯割りをチビチビと飲みながら、導師が物騒な事を言い始める。
 もしそんな事をしようと考えても、すぐに導師によって防がれてしまうのであろうが。

「もしそれを考えても、みんな導師や伯爵様に殺されて終わりだろうな」

 ブランタークさんも、俺と同じ考えであった。
 導師に魔法使いでもないのに少人数で逆らうなど、ただの無謀の極みである。

「いや、ブランタークよ。その前にそれは出来ぬのじゃ」

「肌が白いからですか?」

「そういう事じゃの」

 帝国に支配されてしまったラン族にとって、肌が褐色の当主は絶対に譲れない条件らしい。
 なので、テレーゼの兄達がクーデターを起こそうとしても誰も付いて来ないのだそうだ。

「兄達の子供達は、肌が褐色であるがの。我が甥達を当主に立てても、それが傀儡なのは誰の目から見ても明らかじゃ」

 更に、子供が総大将では勝てる戦争も勝てなくなってしまう。
 余計に誰も付いてこないはずだとテレーゼは説明していた。

「でも、ニュルンベルク公爵が調略を仕掛けてくる可能性はありますよね?」

「それは防げぬが、そこはお互い様であろう?」

 テレーゼはこの部屋に来る前に、兄達にニュンベルク公爵を倒し帝都を奪還するための兵の召集に、北部やその他地域の諸侯への通告を命令している。

 『ニュルンベルク公爵に組して反乱に参加するか、それを打倒せんとする我らフィリップ公爵家に付くか』と。
 かなり過激な檄文を添えさせて送ったらしい。

「『ミズホ伯国はこちらに付いた』という情報と共にの」

 帝国の統一過程で、多くの民族が家臣化してその下に付いている。
 その中で唯一、半独立国の形態を維持しているミズホ伯国は他民族である貴族やその領民達から畏怖の目で見られていた。
 しかも、彼らが防衛以外で軍を出すのは初めてであり、その伝説的な強さと相まって、多くの味方が得られるであろうとテレーゼは考えているようだ。

「他民族を抱える貴族達は、ニュルンベルク公爵の動きに戦々恐々であろうからの。ほとんど参加すると見て良いはずじゃ」

「そんなに異民族がいるのですか?」

 バルデッシュにはどう見てもアラブ系や中華系の建物などもあったが、見てすぐにわかるのは肌が褐色のラン族くらいであった。
 ミズホ人は、ミズホ服を着て髪と瞳が黒いからわかるのであって、外見は西洋人と日本人のハーフみたいなので実は良く見ないとわからない人も多いのだ。

「ここ千年ほどで混血と混在が進んでの。大半の民族はそこまで外見に差があるわけでもない。言語も、古代魔法文明時代から大陸で統一が進んでおるし」

 一応、帝国がまだ王国を名乗っていた頃から中央に生活している民族をアーカート族と呼んで、これを主要民族としているらしい。
 ニュルンベルク公爵は、彼らを中心に帝国の中央集権を進めようとクーデターを起こしたのだと。

「ところが、このアーカート族の定義も曖昧での」

 ただ中央にいる人達といった感じで、この辺は中国の漢民族に扱いが似ているのかもしれない。
 生物学的に、アーカート族が存在するわけでもないのだ。

「要するに中央集権を進めるけど、見てすぐにわかる邪魔なラン族とミズホ族を先に屈服させるぞと?」

「潰して隷属化に置けば、東西の連中も恐れて言う事を聞くであろうからの」

 ラン族とミズホ族はわかりやすい敵だから潰す。
 強いので、屈服させてしまえば他の他民族も簡単に靡くであろうとニュルンベルク公爵は考えているようだ。

「それで、これからのスケジュールはどうなるのですか?」

「明日にでも先遣隊を出す予定じゃ」

 兵力数では不利になるはずなので迎撃戦を行うが、敵を領内に入れて領地が荒れるのを防ぎたいとテレーゼは語る。

「北方諸侯の離反を防ぐためにも、彼らの所領内での戦闘もご法度じゃの。そこでじゃ……」

 テレーゼは、一枚の地図をテーブルの上に広げる。
 帝国の詳細な地図で、ちょうど中央直轄地と北部領域の中間点に赤い丸が描かれていた。

「『ソビット大荒地』ですか……」

 フィリップ公爵領に続く北方街道沿いでしか見ていないが、『ソビット大荒地』とはその名の通りに広大な荒地である。
 帝国直轄地になっているが、北方領域との境目にあり、水は井戸を掘らないと確保できず、昔の鉱山や鉱床が廃鉱として点在していたりと、開発が後回しにされている場所であった。

「ここに拠点を築いて、ここでニュルンベルク公爵の北上を防ぐ」

「短期決戦ではないのであるか?」

「然り」

 導師の問いに、テレーゼが頷く。

「これは内戦なので、出来れば短期決戦が好ましいがの……」

 南部を完全に掌握し、今は中央部の平定を行っているニュルンベルク公爵よりも、いまだ北方諸侯全てを纏めているわけではないテレーゼの方がどう考えても不利なので、そう簡単には帝都に兵を進められないわけだ。

「ソビット大荒地でニュルンベルク公爵の攻勢を防いで打撃を与えた方が、彼の地盤に皹を入れられるからの」

 忠誠心が強い、クーデターに参加した帝国軍と南部諸侯軍に打撃を与えられるし、そうなればやむを得ずニュルンベルク公爵に従っている諸侯に動揺を与えられる。

「帝都を抑えているのは強みではあるが、逆に弱みでもある」

 特に、あの通信と移動の魔法と魔道具の稼動を阻害する装置が良くなかった。
 交通と流通にダメージを与えるので、むしろ帝都を持っているニュルンベルク公爵の方がダメージを受けるのだから。

「碌な事をしない公爵様だな」

 ブランタークさんはそう言うが、実はこの装置のせいで王国は内乱に関与できない。
 王国北部にもこの装置の効果が及んでいるはずなので、内乱に乗じて兵を出すなど不可能なのだ。

 ギガントの断裂に臨時で渡した橋なりロープウェイで兵を送ったとしても、現地の帝国軍や貴族達は侵略者に徹底的に抵抗するであろう。
 占領が出来たとしても、今度はその土地の統治が必要である。
 暫くは持ち出しが続くが、それを運ぶのに魔導飛行船が使えない。
 補給に重大な欠陥を抱えて勝てるほど戦争は甘くは無いのだから。

「下手に王国が内乱に手を出すと、逆に王国が消耗するでしょうね」

 喜ぶのは、自分だけは戦功を挙げたい軍人や、軍に物資などが売れれば良いと考えている一部商人だけであろう。

「内乱の長期化は帝国を疲弊させるが、現状で短期決戦は不可能なのじゃ。無理をして滅亡する気は妾もないからの。もっとも、底意地の悪い妾なので負けたら諦めて亡命でもするであろうな」

 別に、テレーゼの考えは間違ってはいない。
 潔く滅びるなど、歴史物語の記述では感動するかもしれないが、現実ではただのバカだからだ。
 他国に亡命してでも次の機会を待つ。
 これが普通の権力者と言えるのかもしれない。

「もしそうなると妾は疲れているであろうから、ヴェンデリンの側室にでもなってあとは子供に任せるかの」

 王国が北進する際に、その子か孫か子孫を利用してくれればフィリップ家は再興されるかもしれない。
 あくまでも可能性であるが、その可能性のために貴族は家を繋ぐのである。

「テレーゼ様は相変わらずだねぇ……」

 ルイーゼが呆れているが、今はそんな話よりも重要な事があった。

「それで、俺達の仕事は?」

「無論ソビット大荒地の確保と、持久戦に備えた恒久野戦陣地の構築よな。土木冒険者と呼ばれているヴェンデリンに相応しい任務じゃ」

「そのあだ名、帝国にまで知られているのかよ」

 方針は決まったので、明日には急ぎ出発しなければいけない。
 『飛翔』や『瞬間移動』が使えないので、何をするにも時間がかかるのだから。




「大きな馬ですね」

「北方特産の『ドサンコ馬』と言います。あまりスピードは出ませんけど、パワーと持久力は素晴らしいですし、粗食にも耐えます」

 フィリップ公爵領に到着した翌日の朝、すぐに俺達はソビット大荒地を目指して北方街道を南下していた。
 兵力は、フィリップ公爵家諸侯軍と、帝都の異変を察知して事前に兵力を整えていた貴族数家の諸侯軍で合計五千名ほど。

 軍を動かすのに必要な軍需物資は、全て俺とフィリップ公爵家や他の貴族家がお抱えにしている魔法使い達が魔法の袋で運んでいる。
 馬や馬車も大量に動員して移動速度を早める工夫はしているが、どうしても徒歩の兵が半数以上も出るので彼らは武器だけ持たせて防寒着だけ着せていた。
 重たい防具は、全て馬車か魔法の袋の中である。

 もし敵軍が前に塞がれば、俺達が魔法で排除する予定になっていた。

「なるべく急いでも二日……。いや三日か?」

 俺達は馬を与えられているが、その馬は普通の馬よりも二周り以上は大きかった。
 ここまで大きいと何か別の動物にも見えるが、この馬は『ドサンコ馬』といって北方固有の馬なのだそうだ。

「馬で移動とは言っても全力では駆け抜けられませんし、それならスピードの遅いこの馬でも問題ありませんから」

 重い荷駄を引いたり、農耕に使う馬らしいが、それでも人が歩くよりは早い。
 物資の輸送を行う馬車を引くために、テレーゼの兄達が事前に準備していたのだ。

「ちゃんと仕事をしているのか。裏切りとか模索すると思ったけど」

「あなた。さすがにそれは言い過ぎかと……」

 テレーゼはあり得ないと言っていたが、俺は彼女の兄二人を疑っていた。
 ニュルンベルク公爵の調略で、『新しいフィリップ公爵は肌が白い方が望ましい。もしそうなれば、新帝国で重用しよう』とか言って裏切りを唆す可能性があったからだ。

「従兄達はそこまでバカではないですよ。もし裏切りに成功しても、次にニュルンベルク公爵に粛清されるのは自分達だと理解していますし」

 馬には俺とエリーゼで乗っていて、併走する通常の馬には一人の褐色の肌色の若者が乗っていた。
 テレーゼの従兄で分家の当主でもあり、この先遣隊の大将であるアルフォンスという名前で、まだ二十歳だそうだ。

「肌の色は重要なのですね」

「ええ。他の人達から見れば下らない事なのかもしれませんがね」

 帝国には屈したが、フィリップ公爵家の当主にはラン族の血が濃い者を。
 これは絶対であり、過去に強引に白い肌の者が当主になった事もあったが、決して上手くいかなかったそうだ。

「それに、従兄達のお子は共に褐色の肌ですしね」

 ニュルンベルク公爵を打倒すれば、状況から見て次の皇帝はテレーゼに回ってくるはず。
 皇位とフィリップ公爵位の兼任は不可能なので、自然と自分の子供に公爵位が回ってくるというわけだ。

「なるほど。なら安心だ」

「でしょう?」

 決して崩れない信念や狂信的な忠誠心よりも、よっぽど信用できるというものだ。

「それにしても意外なのは、バウマイスター伯爵が馬に乗れない事ですかね」

「貧乏騎士の八男に、乗馬訓練の時間なんてありませんよ」

 昔のバウマイスター家には、軍馬が数頭しかいかなった。 
 それも、他の貴族家みたいに専用の軍馬を購入して維持しているわけではない。
 農耕馬の中から程度の良い物を選んで、それに馬具を載せてらしく見せているだけであった。
 外を知らない領民達には、その程度でも綺麗な軍馬に見えてしまうのだ。

 実際にブライヒレーダー辺境伯家が所持している軍馬と比べると、物悲しくなるほどの駄馬に見えてしまう。
 ところがそんな一見駄馬でも、過去の魔の森遠征では役に立ったらしい。
 農耕馬ゆえに粗食に耐え、スピードは遅くても持久力は上回っていたからだ。
 遠征軍に生存者がいたのも、途中でこの馬を潰して食料などにしていたためであるらしい。

 俺の子供時代には、馬不足で八男に乗馬訓練の時間など巡ってこなかった。
 それに、『飛翔』と『瞬間移動』があれば魔法使いに馬など必要もない。

 前世では、学校の遠足で行った遊園地と牧場がくっ付いた施設で乗馬体験をしたくらい。
 良くある、馬に乗って決められたコースを係りの人に引いて貰って一周するアレである。

 その程度の経験で、いきなりこんな大きな馬に乗れるはずがない。
 そんなわけで、今はエリーゼが馬を操っていて、俺は彼女の後ろでしがみ付いているだけだ。

「奥方殿は、馬の扱いが上手ですね」

「この馬は大人しいですから。少し教わっただけの私でも大丈夫です」

 謙遜でそう言っているが、エリーゼは乗馬も上手であった。
 教会の奉仕活動で王都近辺に出かける事もあり、必要なので覚えたそうだ。
 それで覚えられるのだから、やはりエリーゼは完璧超人なのであろう。

「ちょうど良い機会だから、合間にエリーゼに教えて貰いますよ」

「そうですね。上級貴族に乗馬は必須ですから」

 移動魔法や魔導飛行船はそう簡単に使える物でもなく、普段の移動では馬を使うのが一番便利だ。
 ただ、馬は維持と調教で金がかかる。
 特に軍馬になるような馬ではその費用が跳ね上がり、良い馬に乗れるというのは上級貴族の証でもあった。

 あの自他共に認める運動神経がマイナスのブライヒレーダー辺境伯でさえ、ちゃんと訓練をして馬に乗れるのだから。

「男的には、エリーゼに引っ付いて馬に乗っていると素晴らしい」

 言うまでも無く、主にお尻の感触がである。

「気持ちはわかりますが、バウマイスター伯爵が乗馬を覚えて奥方殿を後ろに乗せれば、もっと素晴らしいと思いますよ」

 なるほど、確かにアルフォンスの言う通りである。
 国と民族は違えど、彼は男のロマンを理解する素晴らしい男であった。

「アルフォンス。君は素晴らしい男だな」

「バウマイスター伯爵。いやヴェンデリンよ。君もそれを理解する男であったか」

 俺とアルフォンスは、馬上から熱い握手をする。
 まさに終生の友を得た思いであった。

「あなたは、そういう事も嬉しいのですか? 私達は夫婦なのに……」

 エリーゼが恥ずかしそうに俺に聞いてくる。
 既にお互いの裸を見合っている夫婦なのに、服の上からのお尻や胸の感触の何が嬉しいのかと思っているのであろう。

「エリーゼ。それはそれ。これはこれなのだ」

「はあ……」

 それは、男と女の間にある永遠の壁なのかもしれない。
 エリーゼには理解できなかったようで首を傾げていたが、その様子もかなり可愛かった。

「実は、俺の奥さん達も理解できていないからなぁ」

 アルフォンスはテレーゼの従兄で分家の当主なので、既に奥さんが三人もいるそうだ。
 先遣隊の総大将に任命されるほどなので、大身なのは当然とも言える。

「この前の休日に、俺は夢を叶えた」

「夢とな?」

「そうだ。『夢の三人裸エプロン作戦』をな……」

 大身である分家の奥さんなのに、彼女達に裸エプロンで料理をさせてそれを後ろからニヤニヤと見ていたそうだ。
 恐ろしいまでの俗物ぶりであったが、同時に俺は大切な事を忘れていたのに気が付く。

「しまった! 俺はまだやっていない!」

「五人の奥さんでやれば、もっと絶景なのに勿体無いぞ」

「確かにそうだ! 今度やってみよう」

「是非に勧めるぞ」

 アルフォンスも後押ししてくれたので、俺は絶対にやろうと心に決める。

「それでこそ。我が心の友だ!」

「あなた。裸でエプロンを着けると何か良い事でもあるのですか?」

 良くわからないといった表情で、エリーゼが俺に聞いてくる。
 彼女は教育で基本的な男女の事は知っているが、ブライヒレーダー辺境伯から妙な本を借りて耳年増なイーナに比べるとその手の知識は皆無であった。

「子供が生まれやすくなる」

「知りませんでした。そんな方法で子供が生まれやすくなるとは」

 別に、俺は嘘はついていない。
 真面目なエリーゼは、それならば協力しないとと心に決めたようだ。

「ヴェル。あんたねぇ……」

 その耳年増なイーナは何か言いたそうであったが、今は乗馬を覚えようと懸命でその余裕が無いようだ。 
 何しろうちのパーティーには上級貴族出身者が少ないので、乗馬ができるメンバーが少ない。
 エリーゼに、エドガー軍務卿の援助で乗馬を覚えたヴィルマに、あとは意外なところでカタリーナも馬に乗れる。
 彼女の場合は、貴族は馬に乗れて当たり前だと思って密かに練習をしていたようだが。

 乗馬の練習でもボッチ。
 彼女は、実は俺を上回るボッチの達人なのかもしれない。

「ヴェンデリンさん。、何か失礼な事を考えておりませんか?」

「無いに決まっているじゃないか。ただカタリーナの華麗な乗馬姿に見惚れていただけ」

「最低限の嗜みですし……。恥ずかしいじゃないですか。ヴェンデリンさん」

 どうやら、上手く誤魔化せたようだ。
 カタリーナは、俺の御世辞に顔を赤く染めている。
 実際に、馬に乗っている姿はとても似合っているので問題は無いであろう。

「ヴィルマ。イーナはどう?」

「運動神経が良いから、すぐに覚えると思う」

 間違いなく、俺が一番乗馬を覚えるのに時間がかかるはずだ。
 俺の運動神経は、どう贔屓目に評価しても普通であった。

「おおっ! カタリーナの胸が背中に当たる! ヴェル。交代すると天国だよ」

「ルイーゼさん! 恥ずかしいじゃないですか!」

 ルイーゼに乗馬を教えているカタリーナは、彼女のオヤジ発言に顔を真っ赤にして文句を言っていた。

「ヴェンデリンの奥方にも、男のロマンが理解できる者がいたのか」

「アルフォンスさんは、余計な事を言わないでください!」

 カタリーナは、ルイーゼを同志認定したアルフォンスにも文句を言う。

「全く……。心配になる大将ですわね……」

 カタリーナはそう言うが、俺はアルフォンスの大将の資質に全く疑問を抱いていない。 
 常にバカみたいな事を言っているが、先遣隊は良く纏まっている。

『アルフォンスはの。普段はバカみたいな事ばかり言っておるが、なぜか皆が良く纏まるのじゃ』

 妙なカリスマがあって、部下が喜んで働く。
 実際に、先遣隊はそういう状態になっている。
 だからこそテレーゼも、彼を先遣隊の総大将に任命したのであろう。

「しかし、あそこは見苦しいね……」

 アルフォンスの視線は、一頭のドサンコ馬に乗ったブランタークさんと導師に向いていた。

「確かに……。ムサいな……」

 前でブランタークさんが手綱を握り、その後ろに導師が乗っているのだが、見ていて心に響く何かはない。
 この組み合わせなのは、一応年の功で馬には乗れるが通常の軍馬は厳しいブランタークさんと、体が大き過ぎて普通の馬だと潰れてしまう導師だからだ。

「ドサンコ馬でも、導師だと辛いのかな?」

 実質三人分の重さなので、二人の乗る馬のスピードは少し遅めであった。

「お前ら。言いたい放題だな……」

「ブランターク殿の背中には、アームストロング導師のただ硬い胸板が。私には無理です。あり得ません。交代を強く要求するでしょう」

「噂通りだな。アルフォンス殿よ」

 ただ、アルフォンスの言う事ももっともである。
 導師の百%筋肉の胸板の感触など、特殊な趣味でもないと嬉しくないのだから。

「某とて、我慢しているのである」

「言ってくれるな。導師よ」

 しかも、何気に導師も酷い事を言う。
 自分は馬に乗れなくて、ブランタークさんに運んで貰っているのに。

「でも、導師が馬に乗れないのは意外でした」

 アームストロング家は軍家系なので、乗馬の訓練くらいは普通にすると思っていたからだ。

「アームストロング伯爵家の者は代々体が大きいのでな。馬体の大きな馬を独自に育成・調教してはいるのだが……」

 実家にいた頃は訓練できたが、家を出ると大きな馬を手に入れて維持するのが難しくなった。
 それに、導師は魔法使いである。
 無理に馬に乗る必要もなく、乗れないというよりは久しぶりなので無理をしてないといった方が正解なのかもしれない。

 前世的にいうと、ペーパードライバーの感覚なのであろう。

「この馬ならば、あとで購入しても良さそうであるな」

 導師は、自分が普通に乗れる馬を見付けて嬉しそうであった。

「ドサンコ馬は輸出禁止品目ですけどね」

 荷駄や馬車を引くのにこれほど良い馬は無いので、フィリップ公爵領から外に出すのを禁止されているらしい。
 唯一の例外として、去勢された雄馬は帝国内で使われているそうであったが。

「実際に、私達が乗っているドサンコ馬も去勢された雄馬ですしね」

 アルフォンスの言う通りで、確かに全てのドサンコ馬には去勢された跡があった。
 軍馬として徴用する個体は、戦場での鹵獲を考慮して全て去勢馬にするのが決まりだそうだ。

「その前に、ドサンコ馬は暑い場所では生きていけないのですよ」

 体が大きくて熱が篭もりやすいので、精々で王国北部が生存限界点であろうとアルフォンスが予想していた。

「残念であるな。しかし……」

 導師は一つ気になっている事があるようだ。
 不意に視線を他に向けると、その先には同じドサンコ馬に乗るエルとハルカの姿があった。

「うちも貧乏貴族だったからなぁ……」

「あまり無理に手綱は引かないでくださいね」

「馬に任せる感じで?」

「そうですね」

 俺と同じくエルも貧乏貴族の五男なので、彼にも乗馬の経験がほとんどなかった。
 ハルカも条件は同じなのだが、彼女は抜刀隊に抜擢される腕前なのでそこで訓練を受けている。

 そこでエルは、彼女と一緒の馬に乗って乗馬の訓練を受けていたのだ。

「お上手ですね」

「いや、まだ一抹の不安があるなぁ……」

「そこは慣れですから」

 真面目なハルカはエルに丁寧に乗馬を教えていて、彼も彼女の指導を真面目に受けていた。
 だが、俺は気が付いている。
 導師もブランタークさんもアルフォンスも同様で、それは指導が熱心なあまりに後ろからエルの背中に体を押し付けているハルカに、エルが心の中で歓喜している事をだ。

「(主に胸だな……)」

「(であろうな)」

「(他にあるか)」

「(押し付け設定だね。ハルカ君はポイント高いなぁ……)」

 男の考える事にさほど違いなどなく、俺達は同時に同じような事を小声で呟く。
 そしてそれから二日間、俺達は乗馬の訓練を続けながら無事にソビット大荒地へと到着するのであった。



「やれやれ。向こうも熱心だな……」

 フィリップ公爵家諸侯軍の先遣隊がソビット大荒地に到着してから三日後、俺は南側で土木工事をしながら遠方に見えるニュルンベルク公爵家軍の偵察隊を発見していた。

「バウマイスター伯爵よ。うちの者が仕留めるので安心して工事を続けられるが宜しかろうて」

「それは心配していませんけどね」

 俺はニュルンベルク公爵家軍以下の反乱軍の北上に備えて、ソビット大荒地の南側で馬避けの堀を幾重にも張り巡らせ、野戦陣地の構築にも協力していた。

 帝国の交通と流通を担う北方街道を塞ぐ行動であったが、先に反乱軍側が商人や旅人の北部への移動を禁止していたので問題ない。
 こちらも、北方にいる商人や住民の移動を禁止しているのでお互い様だ。

 内乱で帝国内の流通が南北に分断している状態であったが、別に俺のせいではないので仕方が無い。

 そしてそんな工事の様子を定期的に敵の偵察隊が見にくるのだが、それもすぐに排除されている。
 なぜなら……。

「我がミズホ伯国自慢の抜刀隊がいるからな」

 ソビット大荒地に点在する岩などに潜んでいた、ミズホ伯国の精鋭抜刀隊が数名、偵察隊の騎士や兵士達に斬りかかる。
 彼らは剣やシールドでそれを防ごうとするが、装備している魔刀によって体ごと切り裂かれてしまう。

 あとには、切断された数体の死体だけが残された。
 彼らを斬り殺した抜刀隊の面々は、その死体と馬などを回収して戻ってくる。

「何度目であったかな?」

「五度目にございます。お館様」

「しつこいの。来る度に始末するのを忘れないように」

「畏まりました」

 抜刀隊の面々はミズホ上級伯爵に報告を行うと、馬と死体を置いて再び隠れて敵を待つ。
 気配を消した敵にいきなり魔刀で切りかかられ、鋼の剣やシールド程度では防いでも切り裂かれてしまう。

 この魔刀、燃費や整備性などに欠点があるようであったが、その凄さは過去の歴史から見ても明らかである。
 彼ら自身も厳しい選抜と訓練を乗り越えているエリートであり、俺はなぜミズホ伯国の兵士達が帝国人から恐れられるのかを実感していた。

「しかしながら、戦況はこちらが不利であるかな」

 ソビット大荒地に、反乱軍の北上を防ぐための防衛野戦陣地の構築には成功しつつある。
 これには俺も土木魔法で参加しているので『墨俣の一夜城』には負けるが、この三日間で大まかな部分は仕上げていた。
 防衛戦力も、フィリップ公爵家から追加で援軍が来ていて一万人を超えているし、ミズホ上級伯爵も自ら一万人の軍勢を率いて参加している。
 北部諸侯も一部を除けばこちらに付くと明言していて、既に軍を送り込んでいる貴族もいた。
 東部や西部の諸侯でも、北部に領地がある貴族の大半がこちらの味方だ。

 しかし、次第に状況が知られるにつれて、こちら側の不利が判明している。
 南部と中央部はほぼ反乱軍の手に落ちていて、今では一部の面従腹背の貴族達と、地下に潜ったラン族とミズホ人が少数だけのようだ。

 何しろ、ニュルンベルク公爵はラン族・ミズホ資本の接収や、収容所送りまでしているのだから。
 経済的には褒められた事ではないが、情報の漏洩や例の通信と移動を防ぐ魔道具の破壊を防ぐためであろう。

「まさか、残り全ての選帝侯家が裏切るとはな」

 裏切るというか、当主を人質にされてそうせざるを得ないというか。
 よほど抵抗しなければ殺された貴族は少ないようだが、軟禁状態にある貴族は少なくない。

 なぜわかるのかと言えば……。

「当主を見捨ててこちらには付けないでしょうし」

「であろうな」

 ミズホ上級伯爵に報告を行う、黒装束に身を包んだ男性。
 顔は見えないが、年齢は三十歳くらいだと思う。
 彼こそは、代々『ハンゾウ』の名を受け継ぐミズホ伯国の諜報機関の長であるらしい。

 見た目は、時代劇に良く出てくる忍者その物であるが。

「通信と移動を阻害され、情報の伝達速度が格段に落ちて困っております」

「それは向こうも同じだけど……。面倒な事になったなぁ」

 ニュルンベルク公爵はそれを生かして、当主からの連絡不在で混乱している中央と他の選帝侯家を落としたのだから。
 物理的に全て落ちたわけではないが、動けないで実質的に反乱軍を利している選帝侯家もあった。
 ハンゾウさんからの報告を聞いて、アルフォンスは溜息をついている。

「ハンゾウさんは、どうやって帝都などの情報を?」

「勿論馬とこの足にて。我ら『クサ』の者は、こういう事態も想定して日頃から備えておりますれば」

 早馬と走りで、敵地からの情報を集めているらしい。
 お互い様だが、こうなると何をするにも時間がかかって困ってしまう。

「バウマイスター伯爵は、『瞬間移動』と『飛翔』が封じられているかの」

 逃げ帰るにも、大陸縦断をしないといけないので困ってしまう。
 できれば、そういう最悪の事態を避けたい気持ちはあるのだが。

「その代わりに、他の魔法で圧倒していますな。わずか三日で、野戦防衛陣地の基礎工事が終わっていますし」

 ハンゾウさんは驚いているようであったが、こちらも陣地の完成が遅れて反乱軍に攻め込まれても困るので必死であった。

 まずは防衛で、反乱軍の勢いと主義・主張に染まっているアレな連中を殺して数を減らすのが目的なので、馬避けの堀りや柵を設置し、長対陣に向けてテントではなく石造りの兵舎、櫓、塀などの設置も進めている。

 その材料は、ソビット大荒地が元々廃鉱山が多い土地なので容易に入手可能であった。
 使えそうな鉱物を回収してから、残った岩などをカットしたり固めて石材にする。
 廃鉱になるレベルなので含有量は微々たる物であったが、これを集めて他の魔法も毎日ギリギリまで使って魔力の量も上げる。

 王国と対を成す帝国には、もっと凄い魔法使いが多数存在するはずなのだ。
 彼らに殺されないためにも、毎日の訓練は大切であろう。

「うぬっ! ルイーゼ嬢も強くなったようであるな」

「三対一でボク達を押している導師の方が凄いんだけど……」

「魔力が増えて増した自信が消えていくわ……」

「導師。強すぎ……」

 魔法使いとして強大な魔力を持ちながらも、俺のように生活に使える魔法が一切使えない導師は、魔力が増したルイーゼ、イーナ、ヴィルマの三人を同時に相手にして実戦形式の稽古を続けていた。

 ルイーゼの拳も、イーナの槍も、ヴィルマの大斧も。
 当たってはいるようだが、全て導師の『魔法障壁』によって弾かれていた。

「あまり攻撃されると、『魔法障壁』が壊れそうである」

「手がジンジンするんだけど……」

「練習用だけど、槍が欠けちゃったわね」

「私の大斧もそう……」

 特殊な事情により俺の妻達はみんな魔力が増えて強くなったのに、導師はまだ大分先の強さを誇っていた。

「『暴風』なんだから、ちゃんと綺麗に石材を切れよ」

「ただ風で吹き飛ばし、切り裂くのは得意なのですが……」

「伯爵様は綺麗にやるぞ」

「先行されている分、ヴェンデリンさんに魔法の精度で勝つのはまだ大分先の予定ですわ」

「勝つ気はあるんだな。というか、こういう魔法を覚えないと導師みたいになってしまうぜ」

「私には、あそこまで極めるなんて不可能ですわ」

 カタリーナも、ブランタークさんの指導で石材の切り出しを手伝っていた。
 彼女は、まだこういう魔法の細かい精度に少し問題があって要訓練なのだ。

「カタリーナ。何気に導師の事を……」

 導師は間違いなく、単体戦闘力では世界最強のはずだ。
 ただし、俺やブランタークさんとは違い、『土木』などの生活系の魔法は出来ない。
 『聖』治癒魔法を習得できた事すら、実はブランタークさんは驚いていたりする。

 カタリーナとしても、導師ほど戦闘特化になるのは不可能だと思っているはずなので、領地開発にも使える魔法の習得を優先しているのであろう。

『バウマイスター伯爵達のおかげで、野戦陣地の構築は順調であるな。となれば、あとは迎撃するのみ』

『反乱軍は来ますかね?』

『絶対に来る。現地では努々準備を怠らぬようにな』

 大量にある政務を片付けてからここに来る予定のテレーゼは、自分達に味方する貴族達の士気をあげたいのであろう。 
 クーデター軍、ニュルンベルク公爵家軍などとバラバラに呼んでいた物に、『反乱軍』と正式に名称を定めていた。

『ニュルンベルク公爵はしてはいけない事をしてしまった。反乱軍で十分であろう?』

 テレーゼは、自分に味方する貴族達に向かって言い放ったそうだ。
 アルフォンスが、昨日俺にそっと教えてくれた。

「反乱軍はまずはひと当てして、この野戦陣地を落とさずとも士気をあげて戦況を優勢にしようとするはず」

 反乱軍の方が戦力は大きいが、如何せん反乱軍なので仕方なく従っている者が多い。
 なのでここで勝利して、そういう連中を一気に反乱軍側に引き寄せたいのだと。
 アルフォンスも、さほど遠くない時期に最初の攻勢があると予想していた。

「逆に負けると、向こうの士気が落ちませんか?」

「負けるとは思っていないのであろうな」

「なるほど」

 ミズホ上級伯爵とも話をしながら、俺は夕方まで野戦陣地の構築に尽力する。
 ほど良く魔力も消費したので、俺は自分の家に戻っていた。
 自分でカットした石材で造った石造りの家は急造にしては良く出来ていて、内部もカタリーナに魔法の練習代わりに仕上げさせたり、室内には持参した魔道具を置いているので快適な生活を送れるようになっていた。

 料理なども、エリーゼ達が交代で作っているので問題ない。

「奥さん。俺の分もお願いします」

 なぜか、この野戦陣地と派遣軍の責任者であるアルフォンスもテーブルに座ってうちの飯を待っていたが。

「我が友よ。なぜうちに?」

「単純に飽きたから」

 フィリップ公爵家の家訓で、戦時にはみんなで同じ食事を取るというルールが存在するらしい。
 俺達は傭兵扱いだし、食材から調味料、料理人まで自前なので問題は無いのだが、アルフォンス達は毎日同じ食事を食べ続けないといけないのだそうだ。

「ライ麦パン、ジャガイモを蒸かした物、ザワークラウト、ベーコンかソーセージが入った野菜のスープ。あとは、非番時にカップ一杯のアクアビット。さすがに三日も続くと飽きる」

「ミズホ伯国は?」

「あそこは特殊だから」

 ご飯を炊いて、漬け物、梅干、味噌汁に魚や肉も普通に出ている。
 どこから見ても和食だが、魔道具の製造技術が高いミズホ伯国なので食材の輸送には困っていないようだ。

「行けば変わった物が食べられるぞ。美味しいし」

「それも物凄く食べたいけど、俺がミズホ伯国の陣地に行くと表敬訪問扱いになって面倒だから」

 俺達は傭兵扱いなので、逆に応対が簡単で美味しいミズホ料理が簡単に食べられた。
 基本的に和食なので、俺には美味しい食事であったのだ。

「そんなわけで、ここでご馳走になる事になった」

 アルフォンスは何食わぬ顔で導師とブランタークさんの間の席に座り、エリーゼが作ったシチューを食べていた。

「我が友の奥方達は料理が上手だね」

「冒険者もしているから、自炊が出来ないと」

「なるほど。そうやって我が主君を避けていると」

 それが原因なわけがない。
 ただ、他国の公爵様など嫁にしても面倒でしかないからだ。

「アルフォンスが貰ってあげれば?」

 従兄で力量もあるので、十分にその資格はあると思うのだ。

「俺とテレーゼは幼馴染で仲が良い。だが、そういう関係でもないな」

「貴族の結婚だからそれで良いのでは?」

「いやぁ……。この状況だと、戦後の負担も大きいし……」

 アルフォンスは、内戦に勝利したテレーゼが次期皇帝になるはずであり、その時には反乱のせいで宮廷内もグチャグチャなので、自分も皇宮に出仕しないと駄目であろうと予想していた。

「面倒だけど、新しい政権がまた倒れるのも何だし。テレーゼが皇位を継いで彼女の甥が新フィリップ公爵になると、これの後見もあってね。父親達がいるけど、肌の色の関係で俺も手を貸さないとフィリップ公爵領の政治も動かない」

「大変だな。我が友よ」

「こうなれば、メイドのスカートを短くして楽しむしかないかな? ところでエルヴィンを見ないな」

「ああ。エルなら……」

 実は、ハルカから剣術を習っていた。
 剣が好きで金も持っているエルは、せっかくなのでミズホ刀をコレクションとして入手しようとハルカに相談したのだが……。

『刀と剣はまるで違う物ですよ。使わない刀など、可哀想ではありませんか』

 帝国では美術品扱いで集めている人もいるそうなので、別に適当な刀でも紹介して買わせればいいのに、そこで真面目にそう言い放ってしまうのがハルカという少女であった。

 普段も俺達の護衛に徹していて、エリーゼ達がお茶などに誘っても『任務中ですから』と言ってなかなか参加しないほどの真面目人間なのだ。
 それでも、俺が命令だと言って誘うと参加して、幸せそうな顔をして甘い物を食べている。
 やはり女性なので、甘い物が大好きなようだ。

『じゃあ。刀術を覚えるか』

 そういうわけで、エルは時間が空くとミズホ伯国の陣地に行ってそこで刀を習っていた。
 ミズホ上級伯爵に言わせると、筋は良いらしい。

「彼は、ハルカ君が目当てなのかい? それとも?」

「両方でしょう」

 美少女も好きだが、剣や刀も大好きなのだ。
 俺も刀は欲しいと思っているが、自分で使いこなせるようになるとは到底思えなかった。

「それで、脈はあるのかい?」

「あるような。無いような……」

 家柄などで問題になるはずはないが、問題はハルカが真面目過ぎてエルをどう思っているのかがサッパリわからないのだ。
 あともう一つは、ハルカの兄の存在であろう。

「ハルカの兄貴も、抜刀隊にいてね」

 この跡取り兄貴は、ハルカよりも優れた剣士であった。
 しかも、ハルカを異常なまでに可愛がっている。
 主命だから妹が俺達の護衛役になった件に文句は言わないが、この陣地でエルが何かにつけてハルカに話しかけたりしているのが気に入らないらしい。

 おかげでエルは、その兄貴から毎日のように厳しく扱かれていた。

『つまり、あの兄貴に勝てれば問題ないわけだ』

 もっとも、性格的に負けず嫌いの面もあるエルからすれば、その兄貴は打倒すべき中ボス扱いのようだが。

『さすがは、抜刀隊!』 

『この男。思ったよりも強い……』

 剣も刀でも、実戦で人を斬るのには違いない。
 ハルカの兄貴は、自分で思っているよりもエルに対して剣術で優勢でない事実に危機感を募らせていた。

「そんな青春をしているんだ」

「我が友は、随分とドライというか……」

「俺はそういう展開にならないもの。武芸はサッパリだし」

 指揮官としては優れているのだが、アルフォンスの剣の腕前は俺と良い勝負である。 
 好きな女のために、その兄貴と剣を交えるという発想が理解できないのであろう。
 どうにか苦労して勝利したり、負けてもその腕前を認められるのなら物語としては素晴らしいのだが、俺やアルフォンスだと瞬殺されてしまうであろうし。

「エルの坊主の事はともかく、そろそろ来るよな?」

「もう数日であろうよ」

「導師。戦場の勘みたいなものですか?」

「ただ帝都バルデッシュからの距離と、行軍の速度からの計算であるな」

 導師の鋭い予想に、アルフォンスは感心している。
 自分の考えとほぼ同じだったのであろう。
 ブランタークさんも同様で、二人はバルデッシュ脱出の時に兵士達を殺しても全く動じなかった。
 若い頃に、相当な修羅場を切り抜けているはずだ。

 師匠も、過去に人を殺した経験があるのであろうか?

「バウマイスター伯爵殿の活躍に期待しているよ」

「それをわざわざ言いに?」

「そういう事にしないと、ここで飯が食い難いしな」

 結局アルフォンスは三人前ほどの食事を平らげ、俺が魔法の袋に貯蔵していた王国産のワインまで貰って本陣に戻っていく。

「いい根性しているわね。アルフォンス様って」

 アルフォンスの図々しさに、イーナは呆れているようだ。

「ああいう人が大将なら、俺達は傭兵のままで楽できるから」

 どうせ前線で魔法を行使しないといけないのに、軍勢の管理まで任されたら堪らない。
 やった仕事に対して現金や物資などで報酬をいただいて、戦後の帝国に俺、バウマイスター伯爵の影響が少なくなるようにする。

 それが、余計な面倒を防ぐのにベストな方法なのだから。

「ヴェルは、自由にミズホ伯国で買い物が出来れば問題ないんでしょう?」

「そういう事だね」

 あの国には、俺が独学で造った醤油や味噌の上位互換種が販売されている。
 食には拘る俺なので、是非に定期的に入手したかった。

「醤油のために戦争に?」

「さすがに、それだけじゃないよ」

 ルイーゼの質問を、俺は笑って否定していた。
 この内乱はとにかく終わらせるに限る。
 早く終わるかは不明だが、終わらせないと色々と不都合が多過ぎる。
 もし王国が引き摺られて介入などしたら、余計に帝国が荒れてしまうからだ。
 王国とて、費用と手間の割りに得る物は少ないはず。
 国内の開発も遅れてしまうし、喜ぶのは一部の人達だけであろう。

「ですが、あまりお安くお仕事を受けるのは……」

 エリーゼは心配しているが、実はもうかなり報酬を得ている。
 食事が終わったので食器が片付けられたテーブルの上に、俺は金と銀のインゴットを魔法の袋から出して積んでいく。

「結構な量があるな。しかしどうやって?」

「廃鉱から拝借してきました」

「テレーゼ様の許可は?」

「当然貰っていますよ」

 ブランタークさんと導師に、俺は底意地の悪そうな笑顔を浮かべながら答える。
 このソビット大荒地に点在する廃鉱には、当然最後に帝国で『抽出』と『採集』の魔法が使える魔法使いによって最後のひと絞りが行われる。
 なので地表や地下数十メートルには、全く使えそうな金属類は残っていない。

 だが、その下はどうであろうか?
 しかも、このソビット大荒地には死火山なども存在している。
 金は地下のマントルから噴き出してくるので、実際に火山国である日本は黄金の国であった。

 俺はその大量の魔力を使って、地下数百メートルまで『抽出』の範囲を広げたのだ。
 大量の魔力を使うが魔力量を増やす訓練には最適なので、家に戻る前に必ず実行していた。

「これで、テレーゼに報酬を踏み倒されても損はしない」

「さすがに踏み倒さないだろう」

「義父が言ってた。死んだ英雄は良い英雄だって」

 あの見た目に反して、エドガー軍務卿は意外と歴史書などを読んでいるらしい。
 義娘であるヴィルマに知的な話をしているのだから。

「あの装置さえぶち壊せば、最悪『瞬間移動』で逃げるから大丈夫」

「わかった。ヴェル様から離れないようにする」

 ヴィルマがそっと俺の膝の上に座る。

「ヴィルマさんの言う事も、あながち間違いではありませんわよ」 

「そうだな。結局、同胞殺しになるわけだし」

 カタリーナの指摘に、ブランタークさんも賛成していた。
 俺達が活躍して功績をあげると、それを恨む帝国人も増えるという寸法だ。

「エッボさんでしたっけ? ああいう方は一定数いますわよ」

 帝都から逃走する際に、敵に足を与えないように他の馬車を破壊したら五月蝿かったのを思い出す。

「反乱終了後に、報酬をあげたくないから軍令に反したと言って処刑というケースもあり得ます」

 反乱で多くの犠牲が出て不満がある帝国人に対して、外国人の傭兵で多くの同胞を殺した俺達をスケープゴートにする。
 絶対に無いとは言えないかもしれない。

「テレーゼに限ってそういう事はないと思うけどね。あったら……」

「あったらどうしますか? あなた」

「相応の仕返しをするけどね」

 少し恐ろしい話になってしまったが、そろそろ寝る時間なので寝室へと移動する。
 野戦陣地内に自力で石材を積んで造った家は、丁寧に隙間を塞いだので外の寒い外気が入って来ないで温かい。
 だが、そんなに沢山部屋を造るわけにもいかなかったので、基本的に寝室は二つであった。

「男性部屋と女性部屋ねぇ……」

「貴族として、バウマイスター伯爵には子作りが必須ではあるが……」

 今は戦時なので、避けた方が無難であろう。
 俺も、導師やブランタークさんに聞かれながらする趣味はない。

「ただいま」

「エル。また訓練か?」

「それもあるけど、刀の注文をね」

 エルとハルカは、交代で夜間警備でこの家の警備を他の兵士達と行っている。
 今日はハルカの番なので、エルは自分が使う刀の注文に行ったそうだ。

「それで、砂鉄を欲しがったのか」

 ミズホ伯国軍の中には、従軍している刀鍛治が十数名存在している。
 彼らは新しく戦闘に使うミズホ刀を打ち、手入れなども丁寧に行う。
 特に魔刀は特殊なメンテナンスが面倒なので、専用の魔道具職人と共に毎日忙しいそうだ。

「物凄く質の良いやつは、ミズホ伯国内で買わないと駄目だけどな」

 戦場で使う分には、ここで打って貰える物で十分だそうだ。

「魔刀は手に入らないのか?」

「あれは、メンテが面倒なの。値段を聞いたら腰が抜けそうだったし」

 鹵獲しても、特殊なメンテナンスをしないと良くて数週間しか使えないそうだ。
 そして、そのメンテナンス技術は門外不出らしい。
 値段も、魔道具なので恐ろしい価格なのだそうだ。

「エルの坊主がハルカを嫁に貰えば手に入るのか?」

「いやあ。無理じゃないですかね?」

 エルの言う通りに、そう簡単に入手はできないであろう。
 ミズホ伯国軍の質の優位を支えている技術なのだから。

「ハルカを嫁には貰うつもりなのか」

「ハルカさんには、結婚を約束した男性とかはいないってさ」

 過去の教訓から、今度はそういう話をちゃんとしているらしい。

「刀術も覚えて、ハルカさんの兄貴をぶちのめせば……」

 そんなに簡単に行くのかは不明であったが、エルは俺よりも才能はあるはずなので大丈夫であろう。

「ははははっ! 俺の恋は今度こそ成就するのだ!」

「そういう事を言われると、逆に嫌な予感がするのである」

「そんな事はあり得ませんよ」

 その後は四人はベッドで就寝をするのだが、ここで一つ問題が発生していた。

「グゴォーーー! ふぬっ! その首を圧し折ってくれようぞ!」

「ギリギリギリリリ!」

「やっぱり五月蝿いな……」

「ああ」

 せっかく新婚なので男心としては妻達と一緒に寝たかったのだが、女性部屋にはハルカのベッドもあるのでそれもできず、しかも導師は鼾と物騒な寝言が、ブランタークさんは歯軋りが五月蝿かった。
 一緒に寝るようになってからこの三日間ずっとそうで、慣れない場所だから初日くらいはと思う俺達の淡い希望を打ち砕いていたのだ。

「結婚した奥さんは、良く一緒に寝られるよな」

「本当、寝不足になりそうだな」

 俺とエルは、かけ布団を被って何とか寝ようと懸命に努力を始めるのであった。
 すぐに諦めて、『睡眠』の魔法をかける羽目になっていたが。 
+注意+
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