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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第八十二話 ミズホ上級伯爵。

 バルデッシュで起こったクーデターから逃れた俺達は、ただひたすらに北に向けて馬車を走らせていた。
 ニュルンベルク公爵軍による追撃は、北方主要街道を走っている時に一回、ミズホ伯国経由の支線に曲がってからさらに一回受けていたが、これはカタリーナが全て『ウィンドカッター』の魔法で派手に切り裂いていた。

 通信妨害のせいで、味方同士でも連絡が十分ではないのか?
 反乱軍は、あまり有能な魔法使いを追撃に参加させていなかった。
 ファイヤーボールなどを飛ばしながら追撃してきたが、全てカタリーナの『魔法障壁』によって防がれ、反撃されて殺されている。

『高位の魔法使いの方々は追撃に現れませんわね』

『中央の把握に忙しいのだと思う』

 カタリーナは、倒した魔法使いの死体から装備品や魔法の袋などを回収しながら俺に話しかけてくる。
 まるで追剥ぎのようだが、これも戦場の習いなのだとブランタークさんは言っていた。

『どんなに偉くて強い奴でも、死ねば首無しで下着だけになって、躯は腐るか獣の餌だ。弱い奴は殺されて全てを奪われる』

『ブランタークさんは、戦場の経験があるのですか?』

『某もブランターク殿も、冒険者として長年活動していたのでな。官憲の目が及ばない場所で、海千山千の冒険者が仕事をするとそういう事もあるのだと、バウマイスター伯爵には理解して貰うしかないのである』

 どうりで、導師もブランタークさんも何の躊躇いもなく人を殺すわけだ。
 経験者なのだから当然であり、俺達もこの丸一日ほどで随分と人殺しが上手くなった物だ。



「テレーゼ殿。『ミズホ伯国』ってどんな国です?」

「我らとは、かなり文化形態が違う国じゃな」

 馬を休ませる時間以外は全て移動に費やしていたが、もう丸一日も走ればミズホ伯国に到着して一息つけるそうだ。
 俺は馬車内の向かい側の席に座るテレーゼに、ミズホ伯国の事を聞いてみる。

「古の、まだアーカート神聖帝国が成立する前には存在していた古き民族の国よ」

 黒髪・黒目の者が多く、独自の文化を持つ独立した国だそうだ。

「フィリップ公爵領の主要民族であるラン族よりも前から、帝国にはその存在が知られておる」

 フィリップ公爵領と接しているアキツ大盆地を生存圏とし、人口は百二十万人ほど。
 盆地なので夏は暑く冬は寒いそうだが、水が豊富なのと寒暖の差の激しさから水田で美味しいお米が主食として栽培され、特産品としても有名らしい。
 バウマイスター伯爵領以下の南方でも米は大量に採れるが、味で言うとミズホ泊国産の方が圧倒的に上という評価だそうだ。
 そういえば、日本の有名な米の産地も寒暖の差が激しい北陸や東北地方が多かった。
 加えて、手先が器用で工芸品や魔道具の製造技術では群を抜く存在だそうだ。

 アーカート神聖帝国の臣民達の中でもかなり豊かな生活を送っていて、領内を訪れる客は丁寧にもてなす。
 大商会や大工房で領外に進出して稼いでいる所も多く、彼らは地球で言うところの華僑のような存在になっていた。

「(日本人みたい……)」

「着る物、書物、食べ物、建造物と。全てが独特で、バルデッシュにも建っておるの」

 最初に到着した時に見えた、瓦屋根や寺院風の建物がミズホ風と呼ばれる建築物なのだそうだ。
 俺から見れば、普通に和風にしか見えなかったが。

「普段は大人しい者が多いの。じゃが、戦になると途端に凶悪になる」

 サムライと呼ばれる騎士達が、刀という片刃の剣を振るって死に物狂いで己の領地を守るらしい。
 というか、どう聞いても昔の日本その物である。

「ラン族の手前にいた連中じゃ。帝国は何度も討伐の兵を出しておる」

 征服は全て失敗し、彼らも甚大な被害を出したが、帝国の方もその度に洒落にならない損害を受けたそうだ。

「当時の帝国は、東西南北全てで領域を拡大しておった。じゃが、ミズホ派遣軍の損害は毎度酷いので、その度に他の方面の進撃も止まっての」

 それでも、フィリップ家がラン族の地を制圧するまで定期的に出兵は行われていたが、そろそろミズホ人によって冥土に旅立った味方兵士が数十万人に達しようかという時、遂に時の皇帝が折れて彼らの自治権を認めていた。

「彼らは、アキツ大盆地から外に領地を求めないからの。上級伯爵などという特殊な爵位を与え、領地は伯国と呼んで他の伯爵領とは違う扱いにした。年に一度の朝貢と、外交権をアーカート神聖帝国に委ねる条件でその存続を認めたのじゃな」

 その外交権も、要はヘルムート王国と勝手に交渉するなという物である。

「帝国は、ミズホ人とヘルムート王国に組まれるのを恐れたのじゃ」

 こうしてミズホ伯国は成立したのだが、一度講和を結べばミズホ人は大人しかった。
 観光客も受け入れるし、高品質な織物、酒、食品、工芸品、魔道具などは高級品として人気が高い。

「我がフィリップ公爵領で最初に漁をしたのもミズホ人じゃ」

 海の無い盆地に住んでいるのになぜか海の魚が大好きで、フィリップ公爵領で漁を行う漁師の半分はミズホ人だそうだ。

「出稼ぎの者が多いのじゃ。食べられる魚の知識や、処理の仕方や保存・輸送方法にと詳しくての。漁獲量制限、漁礁の設置、養殖などの知識も全て彼らからじゃの。あとは、妙な海藻を干したり、カツオとか言う魚で木のように堅い棒を作ったりと。普段は温厚で変わっている連中じゃの」

「(来たぁーーー! 日本的文化来たぁーーー!)」

 王都で人殺しばかりして心が荒みかけた俺に、久々のご褒美である。
 この西洋風ファンタジーな世界に、日本風の文化を持つ国家があった。
 観光に、食事に、文化にと。
 これは滞在して楽しまねばならないであろう。

「フィリップ公爵領とミズホ伯領は隣接しているからの。一泊くらいしても構うまい。いや、何日か滞在する必要があるかの?」

「援軍の要請ですか?」

「そういう事じゃの」

 突然のクーデターで、他の選帝侯や貴族達の生存や去就が不明なので、テレーゼはまず北方の近隣諸侯達を纏めるという仕事から始めないといけない。

「テレーゼ様。そのミズホ伯国は、ニュルンベルク公爵打倒に力を貸してくれるのですか? お話を聞いたところ、ほぼ独立国扱いなような……」

 エリーゼの懸念はわかる。
 ミズホ伯国からすれば、皇帝がニュルンベルク公爵でも今の待遇を保障してくれれば良いのだから。

「ところが、そうでもない」

 ニュルンベルク公爵は、テレーゼですら殺害しようとした。
 皇帝の権力を一本化するために、選帝侯の排除を目論んだわけだ。

「あの男の国是は、強い一つに纏まった帝国なのじゃ。何千年も帝国に屈しないミズホ伯国など邪魔であろう。実際にニュルンベルク公爵領内では、在留ミズホ人の扱いでトラブルになった事がある」

 貿易収支が大幅な赤字なうえに、ニュルンベルク領内で展開しているミズホ資本の商会や工房が国内業者の経営を圧迫しているという理由で多額の関税をかけ、双方で対立が先鋭化しているそうだ。

「彼ならば、ミズホ伯国の完全征服を狙うであろうな。そのうえで技術などを手に入れると」

「それって、考え方が甘いような……」

 多分、帝国としても百万の軍勢で攻めればミズホ伯国の完全征服も不可能ではないと気が付いているはず。
 だが、その後に技術や生産力を持つ男手が大量に戦死し、荒れ果てた旧ミズホ伯国の領地の面倒を見ないといけない。
 抵抗が過激なので、無理に征服しても何の意味もない。
 だからこそ、帝国はミズホ伯国の存続を認めているのだろうから。

「ニュルンベルク公爵からすれば、破壊の後の再生をすれば良いと思っているのじゃ。数十年の歳月に多額の予算に手間をかけてミズホ人を屈服させて帝国に組み込めば、長い目で見れば新帝国のプラスになると」

「ガチガチの国粋主義者なんですね」

「自領・自国想いと思われていて、領内外に一定の支持層がおるから厄介なのじゃ」

 国軍にも一定の支持者がいたからこそ、あそこまで鮮やかにクーデターが行われたとも言える。
 加えて、移動と通信系の魔法と魔道具が封じられている。
 帝国政府も貴族達も、未だに混乱からは脱していないはずだ。
 それを思う間もなく、クーデター軍の軍門に降っている可能性も高い。

「これは厄介な……」

「前は、そこまで思い詰めているとは思わなんだがの。やはり、アレの報告を受けて危機感を抱いたのかもしれぬ」

「アレ?」

「ほれ。ヴェンデリンが稼動に協力したアレじゃ」

 俺が偶然討伐したアンデッド古代竜の魔石を利用して再稼動に成功した遺跡の発掘品である巨大魔導飛行船、今は船名を『リンガイア』と名付けられていたが、全長四百メートルの巨大船は無事に就役して、現在は大陸外への探索を行うべく訓練に没頭している最中であった。

「通常の百メートル級の大型魔導飛行船の数でも、差をつけられたからの」

 空軍戦力比が2.2対1にまで広がり、これがニュルンベルク公爵にかなりの危機感を抱かせたらしい。

「それは、つまり俺のせいだと?」

「少なくとも、ニュルンベルク公爵はそう思っておる」

 なるほど、だから彼は俺を鋭い視線で見つめていたわけだ。
 普段の目付きも鋭いので、ただ見ていただけかもしれないが。

「つまり、俺の将来の安寧のためにニュルンベルク公爵を殺せと?」

「出来れば傭兵扱いで参戦して欲しいと思っておる。ニュルンベルク公爵は殺すしかあるまい。彼は危険じゃ」

 動く過激思想な上に、実力行使にまで出たのだ。
 彼の行動で帝国にも大きな損害が出ているし、ニュルンベルク公爵家を潰してその補填に当てなければ、当然周囲から不満は噴出するであろう。
 反乱の首謀者を生かしておく甘い国家など、どこの世界にも存在しないのだから。

「その前に、クーデターに成功したニュルンベルク公爵によって妾達が綺麗サッパリ討伐される可能性もあるがの」

「縁起でもない……」

「戦とは、水物な部分もあるからの」

 中央・東西南部の貴族達の去就が気になるところであるが、ここでも通信の阻害が祟っていて、全く情報が入手できていなかった。

「当てにはできまい。新陛下即位のためにバルデッシュに居た連中は、クーデター軍に捕らえられるか殺されているであろう」

 ニュルンベルク公爵が北方に向けて、討伐軍を送る前に北方諸侯の取り纏めをテレーゼが行う。
 まずは、それを急ぎ行う事が肝要であろう。
 幸いにして、北方諸侯の大半は新皇帝が即位した日か翌日には帝都を発っている者が多かった。
 俺が思っているほど、在地貴族は暇ではないのだそうだ。

「しかし、困ったものじゃの。通信の妨害は」

 俺達が持っている携帯魔導通信機は、大分帝都から離れたがいまだにウンともスンとも言わない。
 妨害可能な魔法が限定されている分、かなり効果範囲が広かった。

 この分だと、ヘルムート王国でも北部は通信機や魔導飛行船の運用が不可能になっているはずだ。

「バウマイスター伯爵領が心配ね」

 イーナの言う通りである。
 もし魔導飛行船が動かせない事態になれば、開発に大きな支障が出るのだから。

「ローデリヒだから、何とかしていると思うしかないな」

 通信が出来ないのが、こんなにもどかしいとは思わなかった。
 無謀なクーデターに見えて、実はニュルンベルク公爵なりに勝ち目があるのかもしれない。

「本当、碌な事をしないな。あの目付きの悪い野郎は」

 しかも、奴はイケメンだ。
 そのせいで女性からも人気が高いそうだが、それだけで奴は信用するに値しない人間だと思ってしまう。
 決して、顔で負けているからムカ付ているわけではないのだ。

「私は、あなたの方が一緒にいて楽しいですし落ち着きますから」

「エリーゼの言う通りよ。私もさすがに、ニュルンベルク公爵が旦那様だとしたら息が詰まると思う」

「イーナちゃんが駄目なら、ボクなんて窒息死しそう」

 エリーゼ、イーナ、ルイーゼは、イケメンではあるが雰囲気が怖いニュルンベルク公爵は苦手だと話し始める。

「私も食事の量とかで注意されそう。あの鋭い目付きは、見下されている感じがして嫌」

「そうですわね。自分が正しいのだから、つべこべ言わずに俺に付いて来いという感じの方に見えますわ」

 生まれ付いての独裁者気質とでも言えばいいのであろうか?
 案外、ヴィルマとカタリーナの意見は、ニュルンベルク公爵の本質を突いているのかもしれない。

「ヴェル様が旦那様の方が断然いい」

「私もですわ」

「みんな。ありがとう!」

 俺は感極まって、五人に次々と抱き付いていた。
 俺にも、ニュルンベルク公爵に勝てる部分があったのだ。

「わけがわからん。ニュルンベルク公爵からすれば、ヴェルこそ嫉妬の対象だろうに……」

「そういう内面系の複雑な話はパス」

 俺は、ボソっと自分の意見を述べたエルを無言で導師の方に追いやっていた。

「エルヴィン少年よ。男とは、筋肉と甲斐性が全てである!」

 導師は、狭い馬車の中で無理矢理筋肉を強調するポーズを取っていた。
 強引な論法だが、なぜか導師が言うと説得力を感じてしまうのだ。

「いや、年を取った男だけが持てる大人の魅力というやつだな」

 続けて、既に魔力が回復したブランタークさんも話に加わってきた。

「正直、どうでもいいです。そう思いませんか? テレーゼ様」

「そなたの主人には色々と問題も多いようじゃが、今はミズホ伯国で一息つこうではないか」

 馬車の中でそんな話をしている内に、馬車はミズホ伯国との領地境に到着していた。
 ミズホ伯国は、アキツ大盆地とそれを囲う山脈によって構成されている。
 山脈はさほど標高がないので馬車も通行可能なように街道が整備されているが、山道の入り口には検問所が設けられていた。
 簡素な砦のような建物の入り口に、警備兵が立っている。
 黒髪・黒目で日本人に似ているが、体の大きさなどはこの世界の人達の平均と大差が無い。

 良く見ると服装は江戸時代の侍のような格好で、腰には刀を三本差していた。
 左には日本刀に見える長い剣を二本、右には短い脇差のような剣を一本である。

「三本刀か……。『抜刀隊』が警備に加わっておるの」

「『抜刀隊』?」

「帝国では、戦死者量産部隊と揶揄を込めて言われておる」

 通常の兵士は刀を大小二本しか装備していないが、精鋭である抜刀隊には魔道具である『魔刀』を下賜されているので、三本の刀を差しているそうだ。

「『魔刀』は、高度な魔道具での」

 汎用魔道具で、刀に好きな系統の魔力を纏わせて敵を斬り裂くそうだ。

「妾は諸侯軍の合同軍事演習で見た事がある。火の魔力を魔刀に纏わせたサムライが、袈裟斬りで標的の鋼製の鎧を斬り裂くのをな」

「何それ。怖い」

「過去には、千人の抜刀隊に攻撃されて二万人の軍勢が溶けて無くなったとかそういう話も聞く」

 過去のミズホ国討伐で得た、帝国侵攻軍の末路らしい。
 二万人の軍勢は、一万五千人が死傷して残りは敗走。
 『抜刀隊』も半数が死傷したらしいが、どう計算しても損害比がおかしい。
 誇張かと思ったが、損害を被った帝国軍側の戦史資料なので間違いないそうだ。

「アキツ大盆地の外の領地には興味が無いが、侵略者には容赦しないというわけじゃ」

「その魔刀を量産すればいいのに」

「無理じゃの」

 帝国とてバカではないので、剣に同じ細工をした魔剣を装備している部隊が存在している。
 だが彼らでは、魔刀の一撃を受け切れないそうだ。
 何でも、装備品の性能に隔絶した差があるらしい。

「魔刀の一撃は避けるか、ヴェンデリンならば強固な『魔法障壁』が張れるであろう? それしか手が無い」

「鹵獲品は?」

「一ヶ月もしない内に使えなくなる」

 ルイーゼの問いに、テレーゼは苦笑しながら答えていた。

「構造が複雑なうえに、定期的に特別なメンテナンスが必要なようでな」

 火・土・水・風とレバーで切り替えて自由な系統の魔力を纏わせる事が可能で、他にも込める魔力量を調整するレバーも付いている。

 付属している魔晶石に魔力を込めれば暫くは使えるが、一ヶ月もしない内に突然使えなくなって普通の刀に戻ってしまうそうだ。

「刀身自体の手入れもあるらしいからの。帝国の魔道具職人も解析と複製を試みておるが、大した成果もあがっておらぬの」

 その辺の技術は厳重に秘匿されていて、ミズホ人の魔道具製造技術が優れている証拠でもあるようだ。

「そういう部分も、ニュルンベルク公爵は気に入らないらしいがの」

 国内に巣食う獅子身中の虫なので、ミズホ伯国は排除せねばならない。
 そういう考えを持っているらしく、テレーゼは共闘が可能だと思っているようだ。

「そのミズホ上級伯爵様は、バルデッシュにいなかったのですか?」

「ミズホ泊国は実質別国じゃからの。新皇帝が即位して暫く落ち着いてから、お祝いの品を持って謁見するのが決まりじゃ」

 その場で、新皇帝から今のミズホ伯国の地位が再承認される。
 これも、新皇帝が最初に行う仕事なのだそうだ。

「よって、他の貴族のように巻き込まれてはおらぬ」

 クーデターは、新皇帝の即位から三日後に発生している。 
 先に領地に戻っていた貴族は難を逃れていたが、選帝侯で逃げ出せたのは自分だけであろうとテレーゼは語っていた。

「とにかく兵を挙げねばならぬ。妾が死ぬか、ニュルンベルク公爵が死ぬか。これしか、結論は無いのじゃからの」

 俺達を乗せた馬車は、ミズホ伯国の国境沿いにある砦へと無事に入る事に成功したのであった。




「成功ですな」

「多少の失敗はあるがな」

 ちょうど同じ頃、バルデッシュの皇宮にある皇帝の玉座に一人の若者が座っていた。
 彼の名前はマックス・エアハルト・アルミン・フォン・ニュルンベルクといい、このアーカート神聖帝国の選帝侯にして、今はクーデターの首謀者である。

「これも君のおかげだよ」

 クーデターはニュルンベルク公爵家諸侯軍によって決行されたが、当然それだけでは成功の目がない。
 そこで、帝国軍で同じ考えを持つ将校達にも密かに参加を呼びかけ、彼らも拠点の制圧などに協力している。

 あとは、貴族の捕縛や殺害も行っていた。

「小物を殺す必要などない。軟禁しておけ」

「すぐにこちらに付くでしょうからな」

 どうせ当主不在で、その領地は何もできない。
 通信を妨害してるので、頭である当主を失って機能不全に陥っているからだ。

「その代わりに、全ての選帝侯には死んでいただきましたが」

 ただし、この事実は隠している。
 ニュルンベルク公爵は、中央集権で皇帝の力が強いアーカート神聖帝国を望んでいる。
 そこに選帝侯など不要なのだが、今すぐ彼らを討伐できない以上は当主を人質に取っている形にしてその動きを封じていた方が楽である。

「第一段階としての、バルデッシュ周辺領域の平定が最優先だ」

 南部の貴族達は、ほぼニュルンベルク公爵家に靡いている。
 元々寄り親であるし、ニュルンベルク公爵が新皇帝になれば領地や役職等で優遇して貰えると思っているからだ。
 欲のある人間は利用し易いというわけだ。

「捕らえた貴族達の中にも、既にこちらに靡いている者もいる。連中には領地に帰らせて、兵を整えるように命令しておけ」

 南部と中央直轄地を制圧する第一段階が終わったら、次は最初に倒さなければいけない相手がいる。
 ニュルンベルク公爵の視線は、見ている地図の北方に向いていた。

「テレーゼ。上手く逃げられたか」

 唯一選帝侯で逃してしまった、フィリップ公爵その人であった。

「あの女の事だ。北方の諸侯を纏めて逆に攻めてこようぞ」

「ミズホ伯国もですか?」

「あの国は、俺の考えを良く知っている。組まねば、俺が兵を出す事など百も承知だ」

「強敵ですな」

「纏めて潰せば、後々都合が良い」

 ニュルンベルク公爵からすれば、今までの皇帝が甘かったのだ。
 中途半端に兵を出して何度も負けたからといって、あの国の独立を認めているのだから。
 おかげで帝国では、彼らの経済力と技術力によって生粋の臣民達が貧困に喘いでいる。

 ミズホ人等を討ち、その技術や資産を奪って彼らに報いてこそ、真の一つの纏まった帝国が誕生する。
 いや、生まれ変わるのだと。

「しかしながら、今の兵力ですと討伐に不安が……。西部と東部の鎮圧を進めて、その兵力も活用すべきでは?」

「勿論それは試みるが、武力での平定はしない」

 当主を人質に取っている者には、兵を出してフィリップ公爵とミズホ伯国を討つのを助ければ解放すると伝える。
 これで兵を出す貴族だけで十分であると。

「下手に平定を行うと、一番信頼できるニュルンベルク公爵家諸侯軍と国軍に犠牲が出るからな。精鋭が一番数が多い内に、奴等を討つ」

 現状で自分達に挑んで来るであろう人物は、フィリップ公爵一人だけである。
 逆にいえば、彼女さえ討ってしまえば他は後でどうにでもなってしまうのだ。

「無理に平定して大量の兵を抱えても、テレーゼが健在ならば裏切ってしまう可能性もある。なあに、我が軍は精鋭揃いである。確実に討てるはずだ」

「ですが、一つ気になる事が……」

「バウマイスター伯爵か……」

 ニュルンベルク公爵の、バウマイスター伯爵に対する考えは一つである。
 将来、アーカート神聖帝国に対して害を成す存在であろうと。
 現に今も、両国間の空軍戦力比や経済格差をつけた元凶として知られている。
 もしヘルムート王国を裏切って自分のために働くのであれば良し、駄目なら殺せと命じたのだが現場で齟齬が発生していた。

「あの四兄弟は、本当にバウマイスター伯爵を説得したのか?」

「それがわからないのです」

 現実問題として、迎賓館を担当した部隊は全滅であった。
 全ての兵士と騎士達は、首を圧し折られ、体を斬り割かれ、頭が吹き飛び、お腹に穴が開きと、現場は凄惨な状態になっていたと報告されている。

「しかもあの四兄弟は、駅馬車の待機場で殺されていたそうだな」

 四兄弟は屋敷の傍で彼らと戦わずに、バウマイスター伯爵達がテレーゼを連れて逃走したと思われる駅馬車の待機場で殺されている。
 一緒にいた兵士達と共に遺体はほぼ残っておらず、焼け焦げて炭化したローブの切れ端が唯一の証拠となっていた。

「期待の若手魔法使い達ではなかったのか?」

 魔法使いではないニュルンベルク公爵に、その強さを判別する能力は無い。
 報告で聞いている、魔法使いの技の披露会において披露された魔法で判別するしかないのだ。
 あとは、その功績などからであろうか。

 確かに、バウマイスター伯爵には竜殺しの功績がある。
 だがそれは機会の問題で、四兄弟にも竜退治を命じればそれが可能であったはず。
 ニュルンベルク公爵は、そのように考えていた。

「アームストロングの強さは昔からだ。リングスタットも高名な魔法使いであるし、竜殺しのバウマイスター伯爵と『暴風』もいたな。だが、その四人とあの四兄弟にそこまで差があるのか?」

「さすがに、全員が無事とは思えませんが……」

 帝国軍の幹部であるこの初老の男も魔法使いではないが、それに詳しい者からヘルムート王国で有名な魔法使い達の戦闘能力予想は聞いている。

 確かに優れてはいるが、帝国にもそれに負けない優秀な魔法使いが複数存在していて、そう一方的に負けるはずはないと。

「確かに、お前の言う通りだな」

 それに、いくら魔法使いが多いからとはいえ、たかが十人以下のグループにそこまでの力があるわけではない。
 魔法使いの無双は魔法使いで止めればいいし、もしそうなればあとは通常の軍勢の質でケリがつく。

「上級以上の魔力を持つ魔法使いは民間にもそれなりの数おりますし、中級や初級の魔法使いを集めれば数で圧倒可能でしょう」

「ヘルムート王国の『最終兵器』と『竜殺し』は、数の暴力によって沈むか」

 生粋の軍人であるニュルンベルク公爵からすれば、その作戦は十分に常識の範疇にあった。 
 いくら強くても、個が団体に勝てるはずがない。
 ニュルンベルク公爵の頭の中から、バウマイスター伯爵一行への警戒感が薄れていく。

 今一番の脅威は、テレーゼ率いるフィリップ公爵家諸侯軍であった。 

「フィリップ公爵家諸侯軍は精強なれど、うちはそれを上回る。帝国軍の半数もこちらに付いているし、南部諸侯達やこちらに付くと表明している貴族達の軍勢もある」

 やはり、首都を押さえたのが強みになっている。
 東部や西部の大半の諸侯は迷っていたが、一部は積極的に自分への支持を表明してくれたのだから。

「正統に選ばれただけの皇帝になど意味は無い。皇帝とは、揺るがない意志と力によって臣民達を導く存在なのだから」

 自分は強者であり、だからクーデターに成功した。
 これからすぐに新皇帝『聖アーカート一世』を名乗り、自分の在位中にこの大陸を統べるという目標に向かって邁進するのだから。

「今は帝国中央部の平定と、引きこめる貴族達のリストアップが優先だ。それが終われば、いよいよフィリップ公爵とミズホ伯国の討伐である」

 それが成れば、あとは果実が木から落ちるのを待てばいい。
 どうせ、自分とフィリップ公爵以外の選帝侯はもうこの世にはいないのだから。

「テレーゼは女ではあるが侮れない。他のボンクラ選帝侯達とはまるで違うのだ。気を引き締めて兵の準備を行うぞ」

「畏まりました」

 とは言いながらも、ニュルンベルク公爵の頭の中には既に統一された新アーカート神聖帝国の姿が思い浮かんでいた。

「ところで、例の装置ですが……」

「例の装置が何か?」

 せっかくの楽しい想像の時間を邪魔されて内心では頭にきたが、彼は大切な協力者である。
 ニュルンベルク公爵は、笑顔を浮かべながら帝国軍幹部の質問に答えていた。

「アレは、暫く作動させ続ける」

「しかしながら、商人達などから経済行動に支障が大き過ぎると……」

「であろうな」

 だが、ニュルンベルク公爵からすればメリットの方が大きいのだ。
 貴族間の通信手段を奪って孤立させて迷わす事が可能になり、装置を動かしている自分達が優位に立てる。
 こちらは事前に早馬や密偵による偵察や連絡手段を強化しているので、その分有利であった。

 経済活動も、大商人達の首根っこを抑えるのに有効であった。
 それにすぐに気が付くはずだ。
 荷の輸送費などは上がるが、それは大規模商人達を価格競争で優位に立たせる事ができる。
 欲深い彼らは、表面上は文句を言いながら自分に従うであろうと。

「しかしながら、中小の商人達からは苦情が出ましょう」

「帝国は大陸の統一を目指す。そのためには、大資本の商人達の協力が必要だ。中小の商人などは、潰れてもすぐに別の挑戦者が出る。浮かび上がった者だけ優遇すればいい」

「はあ……」

 そして、あの装置を。
 自分の運命を変えた、ニュルンベルク公爵領内にある巨大地下遺跡から発掘された古代魔法文明時代の技術を用いた『魔法阻害装置』を使用し続ける最大の要因は、戦場における魔法使いの力を落とすためであった。

「竜はなぜ強いか知っているか?」

「強力なブレスを吐くからですか?」

「それもあるが、空を飛べるからだ。人間は飛べないから、上からの攻撃に弱い」

 魔導飛行船の数が、軍事力として計算される要因でもあった。
 あと、ニュルンベルク公爵は軍人である。
 二次元よりも、三次元で動く敵の脅威は十分に考慮していた。

「空を飛びながら魔法を放つ。好きな場所に一瞬で移動する。遠くの相手と一瞬で通信してしまう。これらを防いでしまえば、いくら強力な魔法を放つ魔法使いでも、ある程度対処は可能になる。我が陣営にも強力な『魔法障壁』を張れる魔法使いはいるのだからな」

 そのために『魔法妨害装置』の稼働に手間をかけたし、妨害する魔法の種類を限定してまで効果範囲を広げたのだから。

「今頃は、ヘルムート王国北部でも大騒ぎであろうよ。北方で魔導飛行船が動かない以上は、王国の介入など簡単に排除可能だ。多少時間はかかろうが、俺の改革は必ずなる」

 ニュルンベルク公爵は、己の計画に絶対の自信を持つのであった。




「それで状況は?」

「北部の国境寄りの地域で、魔導通信機及び魔導飛行船が使えません」

「何とも不思議な現象よの」

 更に同時刻、ここ王都スタッドブルクの王城では、ヘルムート三十七世が北部から届く報告に首を傾げていた。
 一昨日の晩から、突然通信の魔法や魔道具が使用不可能になり、魔導飛行船も動かなくなった。
 王国で管理している大型船はその時刻に浮いていなかったので無事だったが、貴族などが運用している小型船は墜落している。

 今のところ集まった被害報告によると、七隻が墜落して多くの荷物を失い八十九名の死者を出している。
 あの重量の物体が、上空数十メートルから数百メートルで突然制御を失ってそのまま落下するのだ。
 普通の人間が生き残れるはずがない。
 加えて痛かったのは、二名の魔法使いの死亡報告である。
 彼らは『飛翔』の魔法で墜落する船からの脱出を試みたが、それが発動しないで墜落死していた。

「通信系と移動系の魔法が妨害される範囲の特定は終わっています」

「原因はアーカート神聖帝国であろう?」

「その通りにございます」

 帝都バルデッシュを中心に、半径二千キロメートルほどが同様の障害を受けている可能性が高い。
 効果の大半は帝国側であったが、一部王国北部領域にもその影響が及んでいるのだ。

「被害を受けている地域へのフォローは確実に行うように」

「畏まりました」

 不幸にも墜落してしまった魔導飛行船以外には直接的な損害は無いのだが、通信と魔導飛行船による交通と流通が潰されたのが痛い。
 これをこのまま放置すると、効果範囲内で経済の停滞が起こる可能性があった。

「馬車便を増やす必要があるの。あとは、書簡や馬による伝令者の増員か……」

 急に増やせるわけがないので、他の地域の魔導飛行船での輸送を増やして、余った馬車などを北部に割り振るしかない。
 ところがそれをすると、今度は現状でも高稼働率を誇る南部方面への交通と輸送に影響が出かねなかった。

「思うに、間接的な被害の方が多いの」

「アーカート神聖帝国の謀略でしょうか?」

「その可能性は高いが、妙ではあるな」

 国家に真の友人は存在しないが、アーカート神聖帝国も今はヘルムート王国との戦争など望んでいないはず。
 だからこそ、今回の親善訪問団には交易拡大交渉を担当する役人や貴族を送り込んだのだから。

「もっとも、交易担当者の大半は既に帰国しておるがの」

 皇帝が死去して新皇帝を決める選挙が始まるので、一部情報収集を担当する人員と、新皇帝の即位式典に参加する人員数十名を残して帰国させていた。

「残留組とも通信が途絶しました」

「通信が不可能だからの」

 通信が妨害されているエリアからされていないエリアへの通信も、またその逆も不可能になっている。

「大使館との通信も途絶しています」

 そこにも据え置き式の大型魔導通信機に、『通信』の魔法が使える魔法使いを置いていたが、これも連絡が取れていない。

「現地連絡員とも通信は取れぬか?」

「これも駄目なようです」

 お互いに外国人は首都から外に出る事を禁止されているが、非合法なスパイや、彼らに組織された現地人によるスパイ網は当然存在している。
 彼らとの連絡も、当然不可能というわけだ。

「陛下は、導師やバウマイスター伯爵と連絡可能かと思いますが……」

「これであろう」

 ヘルムート三十七世は、バウマイスター伯爵から販売して貰った小型携帯魔導通信機を懐から取り出す。
 高性能で重宝していたのだが、やはり連絡がつかない。
 向こうが通信に出ないのではなくて、明らかに通信自体が妨害されているのだ。

「大丈夫なのでしょうか?」

 王宮筆頭魔導師に、南部の経済発展の要であるバウマイスター伯爵との通信途絶。
 もし彼らに何かあれば、王国南部は混乱状態に陥ってしまう。

「大丈夫であろう。それよりも、王国軍の警戒体制を準戦時レベルに上げておく必要があるの」

 ヘルムート三十七世は、二人の安否をまるで心配していなかった。
 彼らを殺せる者の存在が、どうしても想像できなかったのだ。

「準戦時レベルですか?」

 いつ戦争になっても大丈夫なように準備をする。
 このレベルが発動されるのは、実に二百年ぶりであった。

「状況を見るに、この通信の阻害は人為的な物であろうな」

 高度な魔法使いにでも難しいし、持続時間の問題もある。
 帝国の地下にも古代魔法文明時代の遺産が無いはずもないので、誰かがそういう物を発掘して使用した可能性があった。

「何のためにですか?」

「決まっておろう。反乱のためにとしか思えん」

 新皇帝の即位直後だ。
 誰かがそれを不服に思って兵を挙げた。
 帝国軍との兵力差などを考慮すると、相互の連絡を絶つためと、外部の貴族の情報収集を遮断してその動きを封じる。
 その間に、帝国中枢を占拠しようと目論んでいるのは間違いないはずだ。

「なるほど。今がチャンスなのですね」

「お主は、何を言っておるのだ?」

「帝国の中枢が麻痺しているので、碌な手も打てずに勝利が可能です」

 ヘルムート三十七世は、目の前の貴族に向けて呆れたような表情を向けていた。
 その貴族が、帝国との全面戦争を考えていたからだ。

「なぜ、火中の栗に手を出さねばならぬのだ?」

 呆れつつも、これから帝国の情報が流れればこういう輩は増えると予想していた。
 今から千年前から二百年前の停戦時まで、実はヘルムート王国はアーカート神聖帝国に劣勢であると言われていた。
 成立と統一が早かった帝国は、ギガントの断裂南部、今の王国北方領域を占領支配していたからだ。

 停戦時には帝国はギガントの断裂の北部にまで追いやられていたが、南部占領時代を不名誉な事だと捉えて、今度はギガントの断裂の北部領域を占領しようと言い始める貴族が増える可能性があった。

 感情的には理解できるが、実は過去の帝国によるギガントの断裂南部占領は帝国自身の国力を奪った。
 ギガントの断裂のせいで、ほぼ魔導飛行船による補給しかできないのだ。
 占領した領域には、既に大物貴族の子弟や功績のあった者を貴族として任命していたのでこれを放棄するわけにもいかず、もししていたら議会で皇帝が糾弾される可能性もあった。
 結局、戦争に負けて撤退するまで占領地の維持で無駄に予算と物資と人員を消耗したとも言える。
 もし王国が、ギガントの断裂を越えて帝国南部を占領したとする。
 占領した領域には、大物貴族の子弟や軍で功績があった者を貴族にして任命するであろう。
 そして彼らがピンチになれば、王国軍はその度に援軍として出動するわけだ。

「その予算を考えて言っておるのか? そなたらは、次男以降を在地領主に押し込めると大喜びであろうが、王国の財政が傾く可能性には考慮しないのか?」

「しかしながら、今の空軍の戦力であれば」

「魔導飛行船か? 今そなたが、使えぬと報告してきたでないか」 

 そもそも、今の状況でどうやって兵を送るのかという問題がある。
 ギガントの断裂を越えるのに有効な魔導飛行船は使えない。
 無理矢理橋をかけて進むという手もあるが、もし戦況が不利になって撤退をしようにも困難を極める。
 通信も妨害されているので、碌に指揮すら執れない可能性も高かった。

「補給はどうするのだ?」

「現地調達にて……」

「本当に可能だと思っておるのか?」

 占領して統治しないといけない土地で略奪を行う。
 現地に派遣した軍勢は、帝国の軍勢と地元の抵抗運動によって無意味にすり減らされていくであろう。

「机上の空論であるな」

 ヘルムート三十七世は、この貴族の使えなさに心の中で溜息をついていた。
 やはり、閣僚をしている貴族達よりも相当に劣る。
 それでも、こんなバカでも何とか使うのが王の仕事である。

「準戦備体制は、向こうが何かをして来ないという保障もないからだ」

 通信が阻害されているので、向こうの様子がわからない。
 いきなり通信の阻害が回復して、それと同時に敵の軍勢が攻め入ってくる可能性もゼロではないのだから。

「それとな。今攻めるのは政治的にもまずい」

「そうなのですか?」

 やはり使えないと思いながら、ヘルムート三十七世は目の前の貴族に対して解説を始める。

「これが反乱だったとして、それに便乗したような形で兵を進めたら反乱者を利する可能性がある」

 現在の戦況は不明であったが、今の時点で反乱者が帝国の全てを抑えたとは考え難い。
 暫く帝国内では混乱が続くであろうが、そこに他国であるヘルムート王国が兵を出したらどうなるのか?

「『外敵には対抗しないといけない』と言って、一つに纏まるのを手助けする事になるやもしれぬ」

 ヘルムート王国によって奪われた土地を奪還するためにという大義の元、反乱者に同調する貴族が増える可能性があるのだ。

「もしそうなると、また戦争の時代になる可能性が高いの」

 反乱者は、外敵を利用して国を一つに纏めようとするはず。
 この辺の話は昔から良くあった事だ。

「そして我が国は、わずかに抑えた占領地の保持で国力を奪われていくの」

 当然、南部の開発も停滞するはずだ。

「さて、バルデッシュにいる同胞は無事なのかどうか……」

 使者として滞在している他国の貴族達に手を出すはずがないという考えは、今までの考察が事実だとすれば無意味になる。
 なぜなら……。

「犠牲者があった方が、我が国の出兵論を補強するからの」

 魔導飛行船の墜落による犠牲者もいる。
 帝国への報復を唱える軍人や貴族が増えれば、出兵を抑えられない可能性もあるのだ。

「それを狙っているとすれば、反乱者が居たとしても厄介だの」

 無法をしているように見えて、実はこちらの動きをコントロールしようとしているのだから。

「今は出来る限りの情報収集に、順番に対症療法を行うしかないの」

 少しすれば出兵論を唱える貴族達も増えるであろうが、救いは軍の主流派が出兵を望まないという状況であろうか。
 エドガー軍務卿、アームストロング伯爵共に、南部とヘルタニア渓谷の開発利権の手伝いで忙しい。

 勝てるかどうかもわからない戦争に、そう容易に賛成するとも思えなかった。
 寄り子や親族に言われて出兵論になる可能性もあるが、そういう連中も利権のお零れを保持するのに忙しい。

 人間とは、満ち足りていればそう簡単に戦争などしない生き物であった。

「(バウマイスター伯爵のおかげか……)」

 全て結果論であったが、冷静な支配者であるヘルムート三十七世はこう考える。
 やはり、バウマイスター伯爵は使える男だと。

「(クリムトも一緒におるし、そう簡単にバウマイスター伯爵が死ぬはずもない)」

 むしろ、彼らが帝国内にいる内に反乱を起こしてしまった首謀者に同情する。
 その反乱者は、バウマイスター伯爵に何か特別な感情を持っているのかもしれないが、あの男が青臭い理想論を掲げた反乱に手を貸すなどありえない。

 出来れば係わり合いにならないようにするし、もし危害を加えられそうになったら手厳しく反撃するはずだ。
 それは、経済力などが以前の四分の三にまで落ちたと報告されるブロワ辺境伯家の末路を見れば明らかだ。

「(それでも、ブロワ辺境伯家は自国の貴族だからあの男は配慮している。他国の貴族や人間になど容赦はすまい)」

 追い詰めようとした者は、その度合いに比例して手痛いしっぺ返しを食らうであろう。

「(さて、今後アーカート神聖帝国はどうなるのか……)」

 ほぼそうであろうと自分が予想している反乱が成功するか、それとも失敗するか。
 どちらにしても、アーカート神聖帝国の国力は落ちる。

 ならば、我がヘルムート王国は南部の開発を進めて国力を増せばいい。
 バウマイスター伯爵がいればそれが可能だし、国力比に差が付けばいつかはアーカート神聖帝国の併合も可能であろう。

 別に、ヘルムート王国は戦争を完全否定する平和主義国家ではない。
 現実的に可能ならば、リンガイア大陸統一戦争に躊躇いを見せたりはしないのだ。

「(とにかく、今は正確な情報をどうやって集めるかだな)」

 ヘルムート三十七世はひとしきり考えた後に、為政者の義務として出来る限りの打てる手を打ち始めるのであった。




「ダンゴ! ダンゴ食べたい!」

「伯爵様よ。お前は子供か!」

「ヴェル。後で食べればいいでしょう」

「イーナの言う通りではあるか……。あとでクサダンゴも、ミタラシダンゴも両方食べるんだ。俺……」



 無事にミズホ伯国へと到着した俺達は、国境沿いにある砦で身分を証し、そのまま国内に入る事を許される。
 魔刀を装備したサムライは、バルデッシュの異変を察知して急遽砦に派遣されていたようだ。

『テルアキ・ムラキと申します』

 いかにも侍といった風貌の若い青年は、丁寧な口調で挨拶をしていた。

『やはり、首都の異変に気がついておったか』

『えっ? どうやって?』

『これを使ってです』

 ムラキというサムライが示した場所には、止まり木で休んでいる一羽の鳥の姿があった。
 小型の鷹にも見えるが、大型のツバメにも見える。
 見た目だけで、速く飛びそうに思える鳥ではある。

『ミズホ人は、帝国中に在住しておりますから。彼らの情報伝達網を侮らない事です。通信の魔法と魔道具も駄目みたいですが、ミズホツバメならばバルデッシュの異変も二~三日で届きます』

 速そうな鳥は、ミズホツバメという名前らしい。 
 ミズホ伯国で品種改良が盛んな、伝書鳩代わりに使う鳥なのだそうだ。

『こういう時のために、通信手段は複数確保しています』

 ミズホツバメの品種改良と繁殖とレースがミズホ人の間で趣味として広がっていて、確保も容易なのだそうだ。

『馬車よりは速いよな。やっぱり』

『そういうわけです。フィリップ公爵様におかれましては、やはりお館様との面会をお望みで?』

『然り。出来れば、すぐにでもじゃ』

『お館様もそれを望んでおります。拙者もお供します』

 ローデリヒ以外で初めての一人称が『拙者』な人間の登場であったが、ムラキさんは侍その物なので違和感がない。
 先頭の彼が馬に乗ってミズホ伯国内へと山道を進み、それに馬車がついていく。

 暫くは山道を登っていたが、三十分ほどで山頂に到着していた。
 するとそこには、時代劇などで良く見る峠の茶屋その物が建っていて、店先では和服風の服を着たミズホ人達がダンゴを食べながらお茶を飲んでいたのだ。

 当然、元は日本人である俺は立ち寄りたかった。
 ダンゴを食べながら、お茶を飲み干したかったのだ。

 ところが、誰一人寄り道しないで領主館へと向かうのが当たり前だと思っている。
 これに異論がある俺が騒ぐのは当然とも言えた。

「エッホ。ダンゴをダッシュで買って来い」

 俺は、馬車内にいるエッホをパシリにする案を決行する。
 人の攻撃に散々ケチをつけた嫌な奴なので、パシリにしても何の罪悪感も湧かないからだ。

「私はテレーゼ様の家臣なのでお断りします」

「……」

 正論ではあるが、やっぱり嫌な奴である。
 『了解っす!』とか言いながら走っていけば、少しは可愛気があるのだが。

「その前に、両替をしないと買い物が出来ませんよ」

「独自通貨なのかよ!」

 ミズホ伯国が未だに独立国である証拠でもあった。
 エッホの言う通りなのだが、やはり少しムカついた。

「ただ、帝国に従属する際に通貨改定は行っているのでな。そう面倒でもないぞ」

 テレーゼが、もう一言加える。

 ヘルムート王国とアーカート神聖帝国の間では、あまり貨幣に差などない。
 単位も同じセントで貨幣のデザインは違っていたが、重さや金などの含有量は条約で決められていたからだ。

「ミズホ伯国では、一セントが『一モン』。百セントが『一シュ』一万セントが『一リョウ』となっておる」

 貨幣の形も違うそうだ。
 ただ重さや金などの含有量に変化はなく、換金比率に違いはないらしい。

「なら、ダンゴは買えるのでは?」

「大商店ならともかく、茶店くらいだとミズホ貨しか受け取らぬぞ」

「そんなぁーーー!」

「妙な事で我侭を言うの。そういう男は可愛げがあって好きじゃがの。両替所で手数料無しで換えてくれるから安心せい。ヘルムート王国の貨幣でも両替してくれるぞえ」

 現地の貨幣が無いのなら仕方がない。
 馬車が領主館に到着するまで大人しくする事にする。
 山道を下りると人里が見えるが、どう見ても昔の日本の農村である。
 田んぼには、今は冬なので裏作の麦が植わっている。
 家屋は木製と石造りで萱葺きは無かったが、造りが和風なので帝国の外の地域とはまるで違っていた。

 農村から町に入り、更に馬車を進めると、ようやく領主館が見える。

「凄いお城ですね」

 エリーゼが驚いているが、領主館というよりは三重の掘りに囲まれた、巨大な天守閣を備えた星型の要塞であった。
 大阪城と五稜郭を合わせたような物に見える。

「ミズホ城はいつ見ても大きいの」

「難攻不落なのでは?」

「落ちない城や館はないが、落とすとなると犠牲が多そうじゃの」

 篭城側の数倍の兵力で攻めても、この城を落とすのに甚大な被害が出そうではある。

「過去にはかなりの犠牲が出たのでしょうね」

「いや、このミズホ城を攻める事が出来た者はおらぬな」

「えっ?」

「攻め入られると国土が荒れるので、ミズホ軍は常に領地境で迎撃するからの」

 山を越えて少数で大軍を迎撃する。
 犠牲も多いが、大半は帝国軍が大敗して敗走するので、それを追撃しながら周辺領域で略奪に勤しんでいたそうだ。
 犠牲が多いので、損害の補填のためらしい。

「略奪は帝国軍も勝てば行うし、先に攻めた帝国が負けたのが悪い。戦うとほぼ負けで、追撃されて略奪を受ける。帝国軍の物資だけなら文句は無いのであろうが、ミズホ伯国の周辺にいる貴族達は堪ったものではない」

 普段は交易すら行っている温和な相手なので、中央の帝国軍が攻めなければ略奪などされないのだと。
 遠征の度に非難轟々であったらしい。

「一度、強引に周辺諸侯に動員をかけて数箇所から同時に攻め入った事もあったらしいの」

 結果は、ミズホ伯国軍も動員戦力の半数を失う大損害を受けたが、帝国軍はその八倍以上の兵を失ったそうだ。

「領地が隣接する諸侯軍では、全滅した所もあったそうじゃ。フィリップ公爵家も兵を出したが、三分の二が帰って来なかったと当時の領主の日記に記載されておる」

「全滅じゃないか」

「どう糊塗しても、エルヴィンの言うように全滅じゃの」

 フィリップ公爵家諸侯軍が、北方攻め口を単独で担当したが故の悲劇であったらしい。

「なのに、彼らは領地を広げぬ。アキツ大盆地から出て来ないのじゃ。そんなわけで、ミズホ伯国は保護国化の道を辿ったというわけじゃな」

 テレーゼの説明が終わると、馬車はミズホ城の外苑入り口へと到着する。
 先導しているムラキさんのおかげで、ノーチェックで三層の掘りを通り抜けて天守閣のある本丸へと到着する。
 馬車を降りると、裃姿の初老の男性が現れる。
 ムラキさんよりも偉い、上級の陪臣だと思われる。

「イエノリ・キラ・ミズホと申します。お館様の元に案内いたします」

 さすがはテレーゼというべきか。
 そのまま顔パスで、領主に会えるようだ。

「ミズホ? ご一族の方ですか?」

「分家ですが」

 ミズホ伯国の人間には、庶民も全員姓があるのだそうだ。
 そして、イエノリさんのようにキラの後にミズホが付いている人間は分家の人間か、功績が著しいのでミズホ家から名誉姓を与えられた人間らしい。

「(本当、戦国時代とか江戸時代みたい……)」

 功績があったので豊臣の姓を与えられたとか、松平の姓を与えられたとか、そういう話に良く似ているのだ。

「お館様の元に案内いたしましょう」

 イエノリさんの案内で城内に入るのだが、やはり土足厳禁で中は畳敷きであった。
 久しぶりに見る畳からは、懐かしい匂いがする。

「布のブーツ?」

 全員靴やブーツを脱ぐと裸足だったので、イエノリさんが足袋を貸してくれたのだが、初めて履く足袋に全員が違和感を覚えているようだ。

「でも、蒸れるのを防げるな」

「ブランタークさんは、水虫防止に良いのでは?」

「伯爵様よ。俺は水虫じゃないからな」

 ブランタークさんは、殊更自分が水虫でない事を強調していた。

「冒険者や軍人の職業病とも言えるのである。ブーツの中が長時間の移動や行軍で蒸れるからな。これは買って帰るとしよう」

 導師は、自分が水虫である事を否定しなかった。 

「草を編んだ床敷きですか? 変わっていますのね」

 その上を歩きながら、カタリーナは畳を興味深そうに眺めていた。

「引くと開くドアなんだ」

「木枠のある紙を張ったカーテン? 本当に不思議」

「変わった花瓶」

 ルイーゼは襖を、イーナは障子で、ヴィルマは飾られている生け花を見て不思議そうな表情を浮かべていた。
 他にも欄間や、床の間とそこに飾られた掛け軸や焼き物など、今までに見た事が無い物に興味深々なようだ。

「多分、ヘルムート王国人でミズホ伯国に入ったのは、我らが最初であろうな」

 導師の言う通りで、ヘルムート王国の人間はバルデッシュから出る事を禁じられていた。
 中には破っている人間もいるかもしれないが、ミズホ伯国はまた別国扱いなのでそう簡単には入れなかったはずだ。

「うちのお館様の書いた紀行記にも書いてなかったな」

 ブライヒレーダー辺境伯による、ミズホ伯国への記述はほとんどない。
 バルデッシュで見かけた、ミズホ風の建造物などを見た感想が書かれていただけだ。

「こちらでございます」

 天守閣の最上階に謁見の間があり、イエノリさんの案内で室内に入ると、まるで時代劇で見たかのようにミズホ上級伯爵が畳敷きの上座に座っていた。

 年齢は五十歳くらいであろう。
 姿勢良く上座に正座していて、いかにも出来ると言った感じの男性だ。

 後ろの床の間には、高価そうな壷や墨で書かれた山水画に似た掛け軸もかけられていた。
 主君の刀を預かる小姓もいて、まるで時代劇のようである。
 まさに、日本の殿様といった風貌だ。
 パっと見た感じで違うのは、誰もちょん髷を結っていない点であろうか。

「久しいの。フィリップ公爵殿よ」

「一年ぶりであろうかの? 妾がバルデッシュ詰めになった時に会ったキリであろうか」

「そうだったような気がする。帝都詰めの時にクーデターとは不幸だったな。我が伯国には、そんな義務は無いがな」

 皇帝を支えるために、七名の公爵の内最低三名はバルデッシュに詰める義務があり、テレーゼの当番の時に先帝の崩御とクーデターが起こってしまったらしい。
 もっとも、陛下の葬儀があったので選帝侯は全員が帝都に詰めていたのだが。

「羨ましい限りじゃ。妾などは命からがら逃げ出して、このように無様を曝しておるぞ」

「逃げ出せただけで合格であろう。おっと、お隣の客人達を紹介して欲しいものだな」

「妾の恩人達じゃ」

 テレーゼによって俺達がミズホ上級伯爵に紹介され、続けてミズホ上級伯爵も自己紹介をする。

「ミズホ上級伯爵トヨムネ・ミズホである。ヘルムート王国の最終兵器殿に竜殺し殿であるか。なるほど、フィリップ公爵は運が良いようだな」

「でなければ、脱出は困難であったの。それでじゃ」

「兵なら出すぞ」

「早い回答じゃの」

 今まで一度も外征の経験が無いミズホ伯国軍による初の出兵となる。
 考慮する時間を想定していたテレーゼは、ミズホ上級伯爵の素早い決断に驚いていた。

「あのニュルンベルク公爵は、我が国が憎いらしいからの」

 強固な一つの帝国とは相反するミズホ伯国であり、愛国者でもある彼に言わせると、今まで散々に帝国軍に損害を与えたミズホ伯国は滅ぼすのが当たり前という考えらしい。

「いくら犠牲を出しても、ここで潰しておけば帝国の未来に繋がると考えているのであろうな」

 元々ニュルンベルク公爵領では、ミズホ人とミズホ資本は彼の愛国政策によってかなり被害を受けている。
 平時でも対立しているのに、戦時ならば余計にそうであろうと。

「ニュルンベルク公爵領内にあるミズホ伯国の資産は全て没収。ミズホ人もほとんど捕らえられて、女子供でも収容所送りだそうだ」

「徹底しておるの」

「ツバメ便による最新の報告だ。帝都でも同じ事が起こっている」

 他にも、フィリップ公爵領の主要民族であるラン族の資本と人間も同じ被害を受けていて、外の少数民族なども同じ扱いだそうだ。

「狂ってますね」

「あの男には正義なのだよ。バウマイスター伯爵」

 しかしまあ、帝国も良くこんな危険な男を公爵として飼っていたと思う。 
 何とか廃嫡は出来なかったのであろうか?

「あの男は、フィリップ公爵領もうちも蹂躙する予定だ。各個撃破されるくらいなら、最初から手を組んだ方がマシだ」

「であろうな。しかし、あの男は本当にわかっておるのかの?」

「何がですか?」

「強い一つの帝国とは片腹痛い」

 帝都バルデッシュ周辺にいる人達を便宜的にアーカート人と呼んでいるが、細かく言えば多数の民族の集合体であった。
 言葉と宗教が同じなのであまり差が無いのと、帝国が統一感を見せるために勝手にアーカート人と呼んでいるだけなのだ。

「だからだよ。黒い髪のミズホ人と、肌の色が違うラン族が狙われた」

 徹底的に滅ぼして、そこから取り上げた利益を自称アーカート人達に配分する。
 そうすれば、日和見な連中の忠誠も期待できるはずだと。

「(生粋の国粋主義者というか……)」

 どう考えても、友達付き合いは遠慮願いたい人であった。

「兵の準備を進めておく」

「妾も、フィリップ公爵領と北方諸侯に動員をかけよう」

 同時に、東部や西部の諸侯にも声をかけておくともミズホ上級伯爵に説明していた。

「駄目元でも、少数の参加は見込めるからの」

 みんながみんな、過激なニュルンベルク公爵に賛同するはずなどないのだから。

「互いに軍を整えて殺し合い、生き残った方が勝利か。わかりやすくはある。それで、導師殿とバウマイスター伯爵殿はどうするのかな?」

 ミズホ上級伯爵の前なので、テレーゼは珍しく俺をバウマイスター伯爵と呼んでいた。 

「そうですね。乗りかかった船ですし、傭兵扱いにしてください」

 このままヘルムート王国への帰国を目論むのも良いのだが、陸路でも海路でも困難が予想されるし、一つ困った物もある。
 ニュルンベルク公爵がバルデッシュで稼働中の、通信と移動魔法を阻害する魔道具の存在である。
 どうやらかなり広範囲にまで威力があるようで、現在ヘルムート王国にも被害が出ているはずだ。

 ここで強引に戻ってみたら、領地まで通信と移動魔法が使えない有様なら意味が無い。
 未開地で魔導飛行船が動かないと、開発に大きな支障があるからだ。

 となれば、これは木っ端微塵に破壊しなければならない。
 テレーゼ達がニュルンベルク公爵に勝利したとしても、これがアーカート神聖帝国側に残っては意味が無いのだ。

「(あなた。やはり、あの魔道具の破壊を目指すのですか?)」

「(エリーゼには隠し事は出来ないな)報酬は、お持ち帰りが出来る物を出来高払いで」

 エリーゼと小声で打ち合わせをしてから、俺達は傭兵としての参加を表明する。
 例の魔道具の破壊については何も言わない事にする。
 下手に言うと確保しようと目論むかもしれないので、あくまでも軍事作戦に便乗して破壊する事にしたのだ。

「(それでいい)」

「(某も賛成である)」

 ブランタークさんと導師も同じ意見のようだ。
 この二人が気が付かないはずもない。
 あんなにヤバい魔道具を仮想敵国に委ねる事の危険性を、誰よりも理解しているはずだから。

「有力な戦力の参加であるか。助かったな。フィリップ公爵よ」

「しかし、報酬の条件が適当よな。もっと具体的に何かないのかえ?」

「それは実際に働いての事でしょう? その働きを見て、テレーゼ殿が適切な報酬を与える。次期皇帝候補には必要な能力です」

 俺達も、自ら戦いに赴く以上は負けるつもりなどない。
 当然勝利を狙うが、それで得た戦功にテレーゼがどれだけの報酬を出すのか?
 これは、自国の貴族達のみならずヘルムート王国にも伝わるのだ。
 ケチって少なければ隣国には笑われ、自国の貴族達も新皇帝に失望する。

 ある種の意地の悪い宿題でもあった。

「次期皇帝のぅ……。覚悟はしておるよ」

 当時首都にいた他の選帝侯と、即位したばかりのアーカート十七世の生存は不明である。
 生きて軟禁されている可能性もあったが、ここは殺されたと思って動かなければいけないであろう。

「災難な理由で初の女帝とは、テレーゼ殿も不幸だな。バウマイスター伯爵達の参戦もあるのなら、少し条件はマシであるか。早速兵を集めよう。兵を出す理由もあるからな。あの男、軍人でも無い同胞に手を出しおって」

 南部と首都で行われているミズホ資本からの資産の没収と、ミズホ人の収容所送りを言っているのであろう。

「では、妾達はここで」

「気持ちはわかるが、どうせ軍を集めるには時間がかかる。フィリップ公爵も一晩くらいは泊まってゆっくりしていけ。北方の山道を抜ければ、すぐにフィリップ公爵領に到着するのだから」

「そうですね。ここでテレーゼ殿に倒れられても困りますし」

「ほれ。バウマイスター伯爵殿もこう言っておるぞ」

「わかった。遠慮なく休ませて貰おう」

 もっともそれっぽい理由を語ったが、俺の目的はただ一つ。
 ミズホ伯国の観光がしたいからである。
 特に、食の面では見逃せない物が沢山あるはず。

「実は一つ、約束して欲しい報酬があるのですが……」

 フィリップ公爵とミズホ上級伯爵はすぐに俺の条件を受けいれたので、何の憂いもなくミズホ伯国観光を楽しむ事にするのであった。
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