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八男って、それはないでしょう!  作者:Y.A
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第八十一話 騒がしい夜。

「何か釈然としないな」

「何がだ?」

 ウィルヘルム十四世陛下の急逝から十一日後、予定通りに新皇帝の即位式典が行われていた。
 テレーゼ様は準備で大忙しでまた前日には迎賓館に戻って来なかったが、準備には間に合ったらしい。

 俺達も招待されて、厳かに式典が行われる。
 議員や教会の有力者達も参加し、新皇帝アーカート十七世が即位するのだ。
 三代ぶりに中央の皇家に皇帝位が戻ったそうで、バルデッシュの市民達も大喜びだ。

 式典後にはパレードも行なわれるので、多くの人達が参道に姿を見せている。

 先代陛下の治世が悪かったわけではないが、この辺の地元意識はどこの世界や国にでもあるのであろう。

「いえね。ニュルンベルク公爵がですね……」

 三回目の投票で接戦にまで追い込んだ対抗馬ニュルンベルク公爵、彼の奮戦は安定はしているがどこか閉塞感もある帝国の状態に何か変化が欲しかった事の現れなのかもしれない。

 だからこそ、候補者が二人になった時に予想外の接戦になってしまったのであろう。

「皇帝選挙はこういうルールだからな。次を狙うしかあるまいよ」

 ブランタークさんの言う通りであろう。
 この国の皇帝は引退が可能なので、ギリギリでニュルンベルク公爵は次の皇帝選挙に出られるかもしれない。
 だが、間に合わない可能性もあるので、かなり悔しい思いをしているはずだ。

 なのに彼は、いつものように堂々と迷う事なく新皇帝への協力と忠誠を誓っている。
 内心に一物いちもつを隠してという意見が一部から出そうであったが、俺もどこか釈然としない物を感じていた。

 彼は、皇帝になりたかったはずだ。
 それに、思った以上に支持者も多い。
 下馬評通りに大公爵家の人間が皇帝に選出されて、何も悔しくない素振りをしている事に逆に疑問を感じていたのだ。

「そりゃあ子供じゃないんだから、駄々を捏ねるわけにもいくまい」

「でも、普通の人間なら少しでもそういう態度や表情が滲み出るはず」

「それを隠せる逸材なんだろうな」

 思わず、ブランタークさんに本音を漏らしてしまう。
 この嫌な予感とは、あくまでも俺の勘でしかなく妄想の類かもしれない。
 それでも、少しは悔しさというか、意地の悪さでも見せてくれれば安心できるのにと思ってしまう。

「何にせよ、新しい皇帝は決まった。来年にはまた親善訪問団が組まれるだろう。俺達が呼ばれるかは不明だがな」

 既に魔法の披露は済ませているので、本当ならば呼ぶ必要は無いと思われる。
 それでも、派手にはなるのでまた呼ばれるかもしれないが。

「あと三日間の辛抱だ。即位式典が終われば娯楽関連の店舗の営業も再開する。何か良いお土産でも買って帰ろうぜ」

 式典が終わってからの三日間、特にする事もないのでバルデッシュの観光に出かけたりお土産の購入に時間を費やしていたが、ようやく明日にはヘルムート王国に帰国の途につく。

『ヴェンデリンよ。妾に早う種付けしてくれるかの』

『ヴェンデリン様は、私達への種付けに忙しいのです!』

 テレーゼ様の勧誘は相変わらずであったが、エリーゼ達が上手くかわしていた。
 特に昨晩のエリーゼの怒気に満ちた台詞は、普段の彼女からは想像も出来ない物であった。
 イーナ達も、『エリーゼを本気で怒らせると怖い』と悟ったくらいである。

 帝国最終日の夜は、帰宅前日なので普通に部屋で寝ていたのだが、不意に何か聞きなれない音が耳に入ったようで俺は目を醒ましてしまう。
 時間はまだ夜中で外は真っ暗であったが、窓の外からカチャカチャと何かの金属が擦れるような音が聞こえる。
 ベッドから起き上がって外を見ると、皇宮に沢山の兵士達が駆け込んでいる様子が確認できた。
 それと同時に、この迎賓館も金属鎧を着た騎士や兵士達に囲まれているようだ。

「どういう事だ?」

 まさか、親善訪問団を抹殺して宣戦布告とか?
 いや、それよりももう一つの可能性が予想できる。

「クーデターですね」

「このタイミングでか?」

「はい」

 ドアが開き、中に入って来たエリーゼが俺も予想していた最悪の事態を口にする。
 この国では皇帝が選挙で決められるくらいだから、その結果に不満を抱いた他の候補者が定期的にクーデターを発生させるのであろうか?
 別に好きにして欲しいが、隣国の親善訪問団が訪ねている時には勘弁して欲しいと思ってしまう。

「支度を」

「はいっ!」

 いつ敵兵が雪崩れ込んでくるかもしれない。
 俺は素早く着替えると、全ての荷物を魔法の袋に放り込んでいた。
 エリーゼも、既に冒険者として活動する時の修道着に着替え、得物のメイスを握り締めていた。

「外は敵兵だらけかよ」

「敵というかクーデター軍だね。ボク達の敵になるのかな?」

「捕らえようと言うのなら反撃する」

 続けてイーナ、ルイーゼ、ヴィルマも支度をして入って来るが、さすがは慣れているというか既に完全武装をしていた。

「ヴェンデリンさん。妙に手際が良いと思ったら、帝国軍もグルですわね」

「それで、首謀者は?」

「そんなの決まっているだろうが」

 更に続けて、いつものドレス風装備のカタリーナと、ローブ姿のブランタークさんも入って来る。

「やっぱり、ニュルンベルク公爵ですか?」

「他に動機がある奴がいねえよ」

 軍備増強と将来の南進論を唱える若き野望家ニュルンベルク公爵。
 鷹のように鋭い目をした彼は、俺に視線を送っていた。
 どうやら、彼の南進政策には俺が邪魔らしい。

 普通なら、他国の人間である俺達に兵など差し向ける愚は犯さないであろうからだ。

「捕らえられたら、碌な待遇が期待できないな」

「クーデター政権承認のための人質にされかねないな」

 それはシュルツェ伯爵達も同じなのだが、今は自分達の事が精一杯で他人を心配している余裕が無い。

「荷物を纏めて逃げよう」

「賛成なのである!」

 最後に導師が顔を出していたが、全員で集まるために部屋を出ると廊下には気絶している数名の騎士と兵士達がいた。
 どうやら俺達の身柄を確保しようとして、鉢合わせた導師に殴り倒されたようだ。
 相変わらずの強さであったが、この人数で俺達を抑えるのはさすがに無理があるであろう。

「そういえば、シュルツェ伯爵達は?」

「隣館にも兵が入ったようであるな。シュルツェ伯爵達は文官なので捕らえられたであろう」

 護衛はいるが、一人につき数名では抵抗しても無駄であろう。
 となると、彼らは殺されたか捕らえられた事になる。

「まさか、助けようとは思っていないであろうな?」

「いや、無理でしょう」

 導師の問いを、俺はすぐに否定する。
 迎賓館と皇宮を囲う兵の数を見れば明らかである。
 それに、親善訪問団に加わった時点で、こうなる覚悟はどの貴族でもしないといけない。
 俺が助けなかったのが悪いと言うのは、完全に筋違いな意見なのだ。

「まあ、『瞬間移動』ですぐに逃げられますけどね。っ!」

「どうした? 伯爵様?」

 全員が支度をしたのでその場で『瞬間移動』の魔法を使おうとすると、突然頭に激痛が走る。

「魔法が阻害されている?」

 もう一度『瞬間移動』の魔法を使うが、また頭に激痛が走っていた。
 発動するように念ずると、頭の中にまるで切り裂かれたように痛みが走るのだ。 

「まさか、魔法が使えない?」

「魔法がであるか? 某は使えているが」

 突入して来た兵士達を倒した導師は、普通に拳に魔力を込められたそうだ。

「どういう事だ?」

「バウマイスター伯爵がいたぞ!」

「やっぱり標的になってるな……」

 先に突入した仲間が戻って来ないからであろう。
 続けて数名の騎士と兵士達が、剣を抜いてこちらに迫って来る。  

「正当防衛だからな」

「うぐぅ……」

 俺は『エリアスタン』ではなく、容赦なく『電撃』の魔法を放って彼らの意識を奪う。
 威力の加減をしていないので死んだかもしれないが、そこまで気を使う余裕などなかった。

「あれ? 魔法が使えますね」

「どうやら一部の魔法限定らしいな」

「一部だけ?」

 頭に激痛が走ったようで、ブランタークさんが頭を手で押さえていた。

「試しに、『飛翔』で浮いてみようとしたんだがな……」

 移動系の魔法が全て阻害されてるらしい。
 魔法が発動せずに、頭に激痛が走ったそうだ。  

「うーーーむ。通信系の魔道具も使えぬな」

 緊急事態なので導師が携帯魔導通信機を使って陛下に連絡を取ろうとしていたが、これも全く繋がらないらしい。
 試しに俺も自分の魔導携帯通信機を使ってみるが、全く駄目であった。

「全部の魔法ではなく、限られた種類の魔法を阻害する魔道具か?」

 阻害する魔法の種類が少ない代わりに、ある程度の広範囲で作用しているのではないかとブランタークさんは予想していた。
 物凄いオーパーツなような気がするが、ヘルムート王国にも古代魔法文明時代の遺産が多数眠っているのだ。
 アーカート神聖帝国に、同様の物が無いはずがなかった。

「それって、つまり……」

 アーカート神聖帝国の首都のど真中で、移動・通信系の魔法や魔道具が一切作動していない事になる。
 これでは、乗って来た魔導飛行船も飛行は出来ないと考えた方が良いであろう。

「その前に、既に制圧されているのでは?」

 エリーゼの言う通りであろう。
 ほぼ事実であろうが、精鋭であるニュルンベルク公爵家諸侯軍と、国軍のかなりの勢力が通信を阻害してバルデッシュ中の重要拠点や人物を制圧している。

 既に皇宮にも兵が入っているようで、新皇帝アーカート十七世の所在や生死なども不明であった。

 俺は他所の国の詳しい政治・軍事事情など良く知らないが、良くもこう見事にクーデターなど起こせた物である。
 多分、皇帝選挙に負けた時に備えて密かに準備をしていたのであろう。

「伯爵様。所詮は、他所の国の人間だ」

 ブランタークさんが言うように、所詮は他所の国の人間。
 彼らの無事などよりも、自分達の安全の方が優先なのだ。

「逃げるしかあるまい」

 足が無いのは辛い所であるが、とにかく逃げるしかあるまい。
 このまま捕まると首謀者が俺に警戒感を抱いているので、間違いなく碌でもない目に遭うはずだからだ。

「言いたくは無いけどな。女性がいるからな」

 皇帝になれなかったからと言ってクーデターの首謀者になるニュルンベルク公爵に理性など求めるだけ無駄であろう。
 俺達など、新しい国造りのための生贄くらいにしか思っていない可能性がある。

 ニュルンベルク公爵がもし理性的だったとしても、末端まで彼の考えが伝わっている保障も無いのだ。

「とにかく、この妙な魔法妨害がない場所まで逃げましょう」

 俺は、魔法の袋の中からある物が大量に詰まった袋を取り出す。
 それは未開地で空いている時間に集めた、タングステンなどを使用した銃弾に似せた物であった。
 この世界には、銃が存在しない。
 弓ならば大型のバリスタなども存在していたが、威力を上げる方法はこれを魔道具化する方向に進化していたからだ。

 魔力で大型や特殊な矢を放つ魔道具は軍に配備されているが、銃という考えには至っていない。
 火薬も無かったし、それならば魔力を火薬代わりにした方が良いとい考えなのだと思う。

「(エリーゼ達が捕まれば危ないな。それに、俺はヘルムート王国の人間だ)」

 しょうもない貴族は多かったが、それでも俺の居場所はあそこにあるし家族は守らねばならない。
 そもそも、最初に俺を攻撃して来たのは向こうである。
 その報いは受けて貰わねば、ソロバンが合わないであろう。

「エリーゼの嬢ちゃん達もわかったな? 殺せ」

「エリーゼの治癒は逃走に一番必要な物である。最優先で守り、最悪他の人間が犠牲になるしかないのである」

 ブランタークさんと導師の表情が鋭くなった。
 二人は、現役冒険者時代などに人を殺した経験があるのかもしれなかった。

「エル。大丈夫か?」

「ヴェルこそ大丈夫か?」

「さあな」

 実は、もう既に百人近く殺しているのだが、あの時は死体など見ていないので罪悪感などは感じていなかったのだ。

「イーナは?」

「やるしかないわ! 捕まったらどうなるかわからないし」

「ルイーゼは?」

「魔闘流は、戦場格闘技が元になっているんだよ。躊躇う理由が無い」

「ヴィルマ」

「私がヴェル様の妻になった理由は、こういう時のため。やれる」

「カタリーナは?」

「ここで死んでしまっては、せっかくのヴェイゲル家復興が泡と消えてしまいますわ。やるしかありません」

 みんな、それぞれに覚悟を決めたようだ。
 最後に、エリーゼに聞いてみる。

「今は時間が惜しいです。早く行きましょう」

「わかった」

 俺達は周囲を警戒しながら、迎賓館の裏口からバルデッシュの市街地に逃げ込む事にする。
 下の階に降りると、既に他の廊下は敵兵に占拠されていた。
 数名の使用人やメイドが倒れていて、彼らは抵抗した際に斬り殺されたようだ。

「トーラスめ! 失敗したのか!」

「そりゃあ、するだろう。俺達相手に、あの人数では不足だぜ」

 そう言うや否や、ブランタークさんが小さなウィンドカッターを複数発動させる。
 標的となった兵士達は首を切り裂かれ、血の噴水をあげながら倒れ伏していた。

「酷い有様だな」

 下の階は全滅であった。
 少しだけ部屋を覗いてみるが、魔導ギルド本部などから来ていた魔法使い達が数名死んでいた。
 いくら強力な魔法が使えても、不意を突かれれば意外と呆気なく死んでしまうのだ。

「ニュルンベルク公爵は、本気の○チガイかもな」

 普通ならば、ヘルムート王国の人間は移動を制限するとか軟禁するとかして、手を出さないのが常識であろう。
 なのに彼は、我が国の貴重な魔法使いを複数殺してしまった。

「戦争になったら、強力な駒になるからであろう」

「クーデターに成功しても、いきなり戦争は無理なのに……」

 大方導師の考え通りなのであろうが、こんな○チガイに付き合っている時間が惜しい。
 味方の救出は諦めて、すぐに外に出る事にする。

「バウマイスター伯爵だ!」

「手柄首だ!」

「大人気であるな」

「アームストロング子爵もいる! 殺せ!」

「導師も人気ですね」

「某は、女性と子供に人気がある男なのであるがな!」

 冗談なのか、本気なのか?
 そう言うのと同時に、魔力を纏わせた拳で次々と兵士達を倒していく。
 良く見ると全員の首を一撃で圧し折っていて、彼からおかしな方向に顔を向けて倒れていた。

「ひぃーーー!」

 その強さに恐れを成した兵士が剣をメチャメチャに振り回すが、その剣も導師の拳による一撃で簡単に折られてしまう。
 剣を失った兵士は逃げようとするが、背中を向けた瞬間に頭を掴まれて首を圧し折られてしまう。

「某にも家族があるのでな。許せよ」

 導師に掴まれたままの兵士の死体は、首が折れているのでマリオネットのようにダランとぶら下がっていたが、すぐに廊下の脇に投げ捨てられる。

「急ぐのである」

 それからは、ブランタークさんがウィンドカッターで、導師は魔力を拳に込めて、俺は作ってあったタングステン製の銃弾を魔力で飛ばして兵士達を排除していく。

 椎の実型で、先端をダムダム弾のようにしている銃弾は、兵士達の顔に当たればその顔を砕き、お腹に当たれば内臓をズタズタに切り裂く。
 スプラッターな光景が広がるが、これも生き残るためだと視線を逸らしながら進んでいく。

「意外と数が多いな」

「メインターゲットの皇宮の隣だからでしょう」

 一緒に剣と槍を振るっていたエルとイーナの得物も、既に血の色で染まっている。
 二人は得物の切れ味を戻すために、倒れている兵士が着ている服で素早く拭っていた。

 意外と動揺が無いというか、動揺している暇が無いとも言える。

「粗方始末したな。外に出よう」

 物資や食料を入れるための裏口から裏庭へと出ると、そこには今まで姿を見ていなかった人物がいた。
 テレーゼ様が五名の家臣と共に、逃がさんとする敵の兵士達と小競り合いを続けていたのだ。

 テレーゼ様の方には既に二名の犠牲が出て倒れていて、敵側は四名の兵士が倒れている。
 奮戦してはいるようだが、敵側の兵士が多くて外に出して貰えないようだ。

「助太刀します」

 ブランタークさんのウィンドカッターと俺の『銃弾』魔法で、裏門を中心に集まっていた兵士達は全て倒されていく。
 首を切られ、顔や体に穴を開けられ、生存者は一人もいなくなっていた。

「助太刀すまぬの」

 ナイトガウン姿のテレーゼ様は、血の付いた剣を持ったまま俺達にお礼を言う。

「自ら兵を斬ったので?」

「本来あってはならぬ事じゃが、妾も数に入れないと厳しい状況であったからの。剣は、幼少の頃より最低限の鍛錬を受けておっての」

 血が付いているという事は最低でも一人は斬っているはずで、俺は剣の腕前ではテレーゼ様に勝てないようだ。

「エリーゼ殿も済まぬな」

「いえ。まだ助かるでしょうから」

 エリーゼは、倒れていたテレーゼ様の家臣達に治癒魔法をかけていた。

「助かりました」

「テレーゼ様。申し訳ありません。思わぬ不覚を取りまして」

「良い。妾を守るために盾となったのじゃ。名誉である」

 彼らは無事に起き上がってから、エリーゼにお礼を言う。
 テレーゼ様には不覚を取った件を謝っていたが、それを彼女は名誉だと逆に褒めていた。
 やはり彼女は、貴族として侮れないカリスマと能力を持っているようだ。

「さてと。逃げるとするかの。ヴェンデリンは魔法で逃げぬのか?」

「テレーゼ様。実は……」

 通信や移動系の魔法が封じられていると話すと、彼女は一瞬だけその表情を曇らせる。
 一瞬なのは、今一番偉い自分が不安そうな顔をすれば家臣達に動揺を与えてしまうからであろう。

「妙な物を……。では、味方の応援は当てにできぬな」

 連絡不能で孤立している時に、クーデター軍が奇襲をかけてくる。
 この攻撃のせいで、バルデッシュ内にある重要拠点は全滅であろうとテレーゼ様は予想していた。

「じゃが、数多ある重要拠点に兵を分散した。事前に通信不能なのは知っているし、ニュルンベルク公爵家諸侯軍は精鋭が多い。伝令などで連絡は万全であろうが……」

 バルデッシュ全てを抑えられるはずがない。
 上手く街中に逃げ込んでから、北方のフィリップ公爵領に逃げれば成功の目はあるとテレーゼ様は述べていた。

「では、俺達は南に」

「残念ながら、南はニュルンベルク公爵領じゃぞ。南部の貴族も怪しいのぉ」

 今回のクーデターに参加している可能性があり、徒歩や馬で逃げるのは難しいであろうと説明していた。

「我がフィリップ公爵領ならば、逃げ込めれば安全じゃ。駅馬車でも奪って逃げるかの」

 ここバルデッシュにはフィリップ公爵領へと続く北方街道が整備されていて、更に大型の駅馬車もあるそうで、これを使えば脱出も可能であろうと。

「それしかないか……」

「では、行こうぞ」

 方針が決まったので迎賓館を出ると、テレーゼ様は俺達を下水道へと案内していた。

「町中よりは、下水道の方が安全であろう?」

「良く知っていましたね」

「万が一の事に備えるのも貴族じゃからの」

 先導している家臣に、普段から調べさせていたのであろう。
 やはり、俺よりも遥かに貴族として優秀なのだ。

「もう少しで、駅馬車の停留所に着くぞ」

 臭かったが、さすがにクーデター軍もここに兵士を回す余裕がなかったようだ。
 一人の兵士とも遭遇しないまま地上へと顔を出すが、そこにはやはり敵兵達が待ち構えていた。

 そして……。

「おやおや。バウマイスター伯爵殿ともあろう方が、ドブネズミの真似ですか?」

 そこには、赤いローブ姿の魔法四兄弟の長男アインスが待ち構えていた。

「クーデターに賛同しておったのか」

 テレーゼ様は、苦々しいような表情を浮かべていた。

「ニュルンベルク公爵様は、俺を筆頭魔導師にしてくれるってよ! なら、裏切って当然だろうよ!」

 いきなりアインスの口調が変わる。
 いや、多分こちらの方が素なのであろう。
 子供の頃から皇宮に居た癖に、なかなかに下衆な奴に育っているようだ。

「筆頭魔導師は、ブラットソン殿が相応しいと思うがね」

 魔力は多少アインスの方が上であろうが、知識・経験・人格と、比べるだけ無駄なくらいブラットソンさんの方が上であったからだ。
 俺はわざと挑発するように、アインスに語り掛ける。
 自分よりもブラットソンさんの方が筆頭魔導師に相応しいと言われて、アインスは一瞬だけ顔に怒気を浮かべていた。

「そうだな。ブラットソンの方が相応しいかもな。だが、もう死んだ奴は役職には就けないだろう?」

 アインスはヘラヘラと笑いながら、俺達に前に何かを放り投げる。

「ひっ!」

「まさか……」

 エリーゼ達から短い悲鳴があがる。
 アインスが放り投げた物は、ブラットソンさんの首であった。

「お前が討ったのか?」

「ああ。俺が殺したのさ! 魔法使いが減れば、それだけ俺達の価値も上がるからな! 今の俺様は筆頭魔導師様というわけだ!」

「お前如きに、ブラットソンがだと……」

 ブランタークさんは、今まで見た事が無いほどに顔を真っ青にさせながらアインスに問いかける。

「俺の方が少しだけ魔力が多いけどな。そこまで差があるわけでもない。だからちょっと、策を弄しただけさ」

「そう、四人で報告に行ってな。ニュルンベルク公爵が反乱を起こしましたと」

「驚いている間に、死角からナイフでズブリ」

「魔法を使わなければ、あんなジジイ。僕達の敵じゃないね。ジジイは引退できなきゃ、将来有望な僕達の噛ませ犬で十分さ」

 アインスの後ろから、青、黄、緑のローブを着たツヴァイ、ドライ、フィーアの四人が姿を現す。
 イメージ的には某戦隊ヒーローみたいであったが、その言動は悪役その物でしかない。

 彼らに対しては、ただ嫌悪感しか浮かばなかった。

「テメェら!」

「ジジイ。あんまり怒ると卒中になって倒れるぜ」

「あのジジイは、弱いから殺されたんだよ」

「どうせ、ジジイも後を追うから安心しろよ」

「一緒に地獄で茶でも啜ってろ。ジジイ同士でな」

 激高したブランタークさんをフィーアが小ばかにした口調でからかい、他の三人もそれに同調して下品な笑い声をあげていた。

「ブランタークさん。落ち着いて」

 俺はブランタークさんに静かに声をかける。

「すまない。一瞬我を忘れた」

 声をかけられて我に返ったブランタークさんは、すぐにまた冷静な表情に戻っていた。

「それに、もうすぐ死ぬ奴らの言葉です。精々、遺言だと思って聞いてあげましょう」

「何か言ったかな? バウマイスター伯爵」

「言ったよ。まだ若いのに難聴か? お前達はもうすぐ無様に死ぬんだよ」

 優秀な魔法使いだから、殺すと惜しいという感情すら湧いてこない。
 どうせ他国の魔法使いだし、こいつらは性根が最悪である。
 ここで殺しておかないと、俺の人生にまた邪魔をしてきそうな予感しかしない。 
 その前に、手を抜いて戦闘不能にするのも難しいというか、俺が不覚を取りかねないので殺すしかないのだ。

「面白い冗談だな!」

「テメェの方が死ね!」

「女連れでイチャイチャしやがってよ」

「テメェを殺したら、みんなで死ぬまで犯してやるから安心して死ねや」

「やれやれ。本当にちゃんと皇宮で教育を受けていたのか?」

 怒るのを通り越して、ただ呆れるしかない。
 才能があるせいなのか、よほど甘やかされてきたのであろう。

「まあどうでもいいや。下衆の方が殺しても罪悪感が少ないし」

「はんっ! 俺達四人に勝てると思っているのか!」

 アインスがそう吼えた瞬間、状況が動いた。
 まずは、導師が瞬時に魔法で身体機能を強化してから、青いローブのツヴァイの前に瞬時に移動をしてその首を一撃で圧し折る。
 更にほぼ同時に、ルイーゼも黄色いローブのドライの前に移動して大量の魔力を込めた正拳突きを放つ。
 これにドライは何とか対応して『魔法障壁』で防ぐが、ルイーゼによる一点集中突破による拳の威力によってドライの『魔法障壁』がガラスが割れるようなパリンという音と共に砕け、『魔法障壁』を張るために前に出していた両手の平も砕き、対魔法防御力が高いローブすら打ち破ってその腹に大きな穴を開けていた。

「ひぃ!」

「化け物!」

「ボクはこんなに可愛いのに、化け物はないと思うんだ」

 ドライは、後方に内臓と背骨の破片と血を大量にぶちまけながら即死する。
 ルイーゼの一撃の威力が強過ぎて、彼女はほとんど返り血を浴びていなかったが、ドライの後方にいた兵士達は彼の血と肉片によって血塗れになると同時に恐怖で悲鳴をあげていた。

 だが、彼らが声をあげていられる時間は短かった。
 まるでブーメランのように飛んで来た複数のウィンドカッターが、彼らを容赦なく切り割いていたからだ。

「私は淑女ですので、ヴェンデリンさん以外の男性のお相手はゴメンですわ」

 一秒も経たない内に、アインスの手駒は無残にも壊滅していた。
 慌てた彼は唯一生き残っているフィーアに縋るように視線を向けるが、既に彼もこの世にはいなかった。

 緑色のローブを着た彼には既に首が無く、切り口から血が噴水のように吹き上がっていたのだ。
 そして、それを成したのは……。

「ざまあねえな」

 大半の魔力を使い果たしたブランタークさんであった。

「そんな! フィーアも、お前よりも魔力が上で!」

「そうだな。だが、俺はここで魔力を使い果たしても困らないからな。全力で魔法が撃てたわけだ」

 残り少ない予備の魔晶石でわずかな魔力を補充しながら、ブランタークさんはアインスに勝ち誇った表情を浮かべていた。

「ブラットソンを不意打ちした癖に、ゴタゴタと御託が長かったな」

 いくら魔法に優れていても、撃つ前に殺されれば意味が無い。
 導師とルイーゼの魔法使いとしての特性も忘れて偉そうに御託を並べていたアインスには、最初から負ける未来しかなかったのだ。

「さてと、残るはお前だけだな」

「ひぃーーー!」

「仲が良かった兄弟が死んだんだ。お前も地獄に付き合ってやれ」

「ひぃーーー!」

 俺が一歩前に出ると、アインスは恐怖で足が攣ったのか?
 尻餅をついて後退さるようにして逃げようとする。
 だが、すぐに何かに当たって後ろを振り返り、その正体に恐怖で顔を引き攣らせていた。
 それは、自分の殺された兄弟達と兵士達の無残な死体であり、それでも逃げようと後退りを続けると、彼の特別製の真っ赤なローブが血や血のせいで出来た泥によって汚れていく。
 更に、股間の部分に染みが広がっていき、彼は恐怖のあまり失禁してしまったようだ。

「一人でも逃がすと面倒だな。それとアインスよ。お前が死ぬ間際に恐怖で失禁した事実は秘密にしておいてやる。安心して死ね」

「ざけるなぁーーー!」

 勇気を振り絞ってアインスは、頭上に直径一メートルほどの巨大な火の玉を形成する。

「みんな燃えて死ねぇーーー!」

「無駄だ」

 この期に及んで、まだ魔力の配分を検討して魔法を作っている。
 この場面で起死回生を狙うのであれば、ブランタークさんのように魔力というチップを一気に張る必要があるのに。

 俺は、すぐに水の玉を魔法で作ってアインスの火の玉を相殺して消し、瞬時に直径三メートルほどの火の玉を作ってアインスの頭上から落とす。

「俺の火よりも何でぇーーー!」

「俺に聞くな。あの世で神様にでも聞け」

 アインスが最後の抵抗で『魔法障壁』を張るが、更に魔力を込めて力技で破壊。
 守る物が無くなったアインスは火の玉に飲み込まれ、断末魔の悲鳴と共に焼け死んでいく。
 同時に他の死体も焼け崩れていき、火の玉が消えた頃には何も残っていなかった。

「ふう……。では、行きましょうか」

 今日は、散々な一日である。
 大量殺人をしないと生き残れない最悪の日なのだから。
 人を殺した事実を振り返ると精神的にドツボに嵌る可能性があるので、今はとにかく逃げるのを優先する事にしていた。

「みんな。空いている馬車に!」

 すぐ傍に一台、十数名乗りの大型の馬車があるので、それに全員で乗り込む。
 御者席にテレーゼ様の家臣が座り、その隣に前方の敵を排除するために俺が、あとはカタリーナが後方の警戒に当たる事になった。
 走りながら敵を排除するので、ルイーゼや導師よりも向いているからだ。
 ブランタークさんは残りの魔力が少ないので、それを回復させながら予備になっている。

「では、行きましょう」

「その前に……」

 俺は巨大な火の玉を魔法で作り、それを駅馬車の待機場や、馬小屋へと放っていた。
 大小数十台の馬車やそれを引く馬達が焼けていく。
 馬は可哀想な気もするが、追跡の足に使われては逃走に失敗する可能性もあるからだ。

「バウマイスター伯爵! あなたは!」

 ところが、御者の若い家臣はそれが気に入らなかったようだ。
 俺に食ってかかっていた。

「何か不都合でも?」

「馬車も馬も、帝国の大切な資産なのですぞ!」

 馬車も馬もそれほど安い物でもないし、魔導飛行船以外では大切な庶民や商人の足でもある。
 それを全て焼くなど、あなたは所詮は敵国の人間だと。

 他国の貴族相手なので偉そうに人に説教を始めていたが、俺はその胸倉を掴んで静かに問い質す。

「一つ聞いてもいいか? 俺達は脱出に成功したが、フィリップ公爵一行はここで死んだ事にしてもいいのか?」

「どうしてそういう事になるのですか!」

 俺と家臣の雰囲気が変だと気が付いたようで、すぐにテレーゼ様とブランタークさんが馬車の中から顔を出す。

「何事じゃ?」

「テレーゼ様! バウマイスター伯爵は!」

 御者役の家臣は、待機場に置かれた全ての馬車と馬小屋の馬が焼かれている光景を見るようにと、テレーゼ様に促す。

「鉄道馬車は帝国の貴重な資産なのにあまりに酷い! これは、ヘルムート王国の我が国にダメージを与える策略なのでは?」

 俺は、追撃部隊が使うかもしれない足を潰しただけなのだが、彼から言わせると俺はアーカート神聖帝国に害を成す存在のようだ。
 腹が立って来るが、テレーゼ様は何も言わない。
 それよりも、俺の対応を待っているような節がある。

「(やってやれるか!)」

 さすがに少しキレてしまう。
 他国の貴族とはいえ、公爵で選帝侯だからと下手に出ていれば、露骨な誘惑をしてエリーゼ達を怒らせるは、今は俺達のおかげで助かっているのに家臣がケチをつけてくる。

 もう遠慮は止める事にする。
 いくら女でも、彼女は他所の国の貴族なのだ。

「では、その可哀想な馬車と馬に殉じて死ね」

 俺は、御者役の家臣を馬車から突き落とす。
 それと同時に、テレーゼに宣言していた。

「降りていただきましょう。テレーゼ殿」

「いきなり無体な話じゃの」

 テレーゼは、特に動揺するでもなく俺を興味深そうに見ていた。

「あなた達が邪魔になりました」

「フィリップ公爵領で匿うつもりじゃがの」

 一見良い考えに見えるが、これには罠もある。
 もしこの窮地を脱すれば、テレーゼはニュルンベルク公爵を討つ兵を挙げるはずで、俺達はその戦力として期待されているはず。
 中央政府に雇われている高位の魔法使い達は、あの四兄弟を見るにクーデター軍に合流している者が多いはずだからだ。

 彼らに対抗するために、俺達をフィリップ公爵領に引き摺り込もうとしているのだ。

「偶然とはいえ、他国の貴族であるあなた達を助けたはずなのですが、それが気に入らない方がいるようで」

 馬車から突き落とした家臣を見ると、彼は俺に反抗的な視線を向け続けている。

「そこまで行かなくても、普通にニュルンベルク公爵領を避けて南下すれば脱出は可能ですから」

 ニュルンベルク公爵はクーデターを成功させるために、何らかの魔道具で移動と通信の魔法を使えなくしている。
 新皇帝が決まった直後なので、バルデッシュに滞在している貴族の当主は多く、これを抑えていれば多くの貴族領はトップの不在に連絡不可能が重なって機能不全に陥っているはず。

 フィリップ公爵は、そこを突いて素早く全土の平定作戦を行なうつもりであろう。
 ならば、俺達だけで南に逃げた方がヘルムート王国に逃げられる確率は上がる。

 平定作戦を考えると、フィリップ公爵もそう俺達にだけ兵は割けないし、多少の兵力であれば力技で排除可能である。
 むしろ、テレーゼ達がいる方が困難が大きいであろう。

「我らは自力で戻りますので悪しからず。フィリップ公爵殿は、自らの実力で領地に戻られるが良かろう。迎賓館の裏門から出られた件と、あの四兄弟の始末については祝儀だと思ってくれればいい」

 俺とテレーゼの間に緊張が走る。
 導師もブランタークさんも、止めには入れないと思っているようだ。
 口を閉じたままであった。

「聞いたか? エッボ」

 テレーゼは、馬車から落とされたままの家臣に声をかける。
 エッボとは、俺をテロリスト扱いした家臣の名前のようだ。

「この緊急事態に、帝国の資産がどうこうとは瑣末な問題じゃ。見よ。我らが無能なせいで、ニュルンベルク公爵とそれに賛同するバカ達がクーデターゴッコで大騒ぎじゃぞ」

 クーデター軍は、兵力を分散して重要拠点の占拠や、貴族達の捕縛か殺害を行なっているようであったが、既に各所から火災の炎が立ち上っているのが確認できる。

「妾達だけでは、裏門の前で殺されていたの。どうやら、ニュルンベルク公爵は新皇帝の権力が大きい国を作りたいようじゃの」

 来る南進に備えて、強大な軍備とそれを皇帝が一手に指揮する国家を造る。
 そのためには皇帝を選挙で選ぶなど無駄であるし、大きな力を持つ選帝侯などは潰して中央の力を増したい。
 だから、テレーゼは命を狙われていたというわけだ。

「ここまで助けて貰った恩人に、お門違いも甚だしい発言じゃぞ」

「テレーゼ様! 他国の貴族に借りなど作ってはいけません!」

 作るというか、それを表明するなという事のようだ。
 その貸し一つが、後でどれだけ利息を付けて圧し掛かってくるのか?
 わからなくはなかったが、彼は今の状況を理解しているのであろうか?

「平時ならともかく、今は非常時である。いいか? 妾達はバウマイスター伯爵達に縋らねば領地に戻れないのじゃぞ」

「我らがいれば!」

「気合や忠誠心だけで、それが出来るかどうかを判断するでない。今、妾達が一番成さねばならない事は何か? どれほど無様でみっともなくても、生きて領地まで逃げ帰る事である」

「テレーゼ様……」

「わからねば、バルトルトに代われ。時間が惜しい」

「いえ。私が御者を務めます」

 正直代わって欲しいが、今は無事にバルデッシュを脱出する事である。

「家臣が無礼な口を利いてすまぬ。妾達を領地まで連れて行って貰えぬか。お礼はいくらでもしよう」

 頭まで下げられてしまったので、ここで断るのも難しいと思ってしまうのは、やはり俺が甘いからなのであろうか?

「帝国の資産に道を塞がれたら、保全するのが当たり前なので?」

 一応釘を刺しておく。
 敵を排除しているのに、帝国のインフラや資産を破壊するテロリスト扱いでは気分が良くないばかりか、後に因縁でもつけられかねないからだ。

「そんな余裕はないの。それどころか全滅させないと駄目じゃ」

「どうしてですか?」

「逃走ルートが知られると、追っ手が厳しくなるからの」

 北方の大街道は、フィリップ公爵領へと直通するルートだけではないらしい。
 途中で幾つもの支線に分かれていて、他の都市や貴族領を経由してフィリップ公爵領へと続く。 
 中央のルートを使えば一番距離は短いが、当然追手はかかるであろう。
 それならば、どこかの支線に入った方が追手は少なくなる。
 いくらニュルンベルク公爵でも、どの支線経由でフィリップ公爵領に戻るかはそう簡単に予想がつかないからだ。
 支線ならば、自然と追手の数が減るというわけだ。

「だそうだ。エッボ。お前の無駄な話で、前を塞ぐ国家資産が増えていない事を祈れ」

「ぐっ!」

「ムカついて裏切りたくなったらいつでも言えよ。その場で焼き殺してやるから」

「そう虐めてくれるな。エッボは、少し正義感が強い男なのじゃ。しかし、実戦のせいか高ぶっておるの」

「こういうテンションにでも持っていかないと、人なんて殺せないでしょう?」

 前世の俺は、軍人や傭兵ではなかったのだ。
 人を殺すのに普通でいられるわけがない。
 自分でも、相当に荒れて気分が高ぶってるのはわかるが、今はそれを鎮めている余裕がなかった。
 それと、こういう気分にしておけば俺は人を殺せるようだ。

「そうじゃの。では、沈静化と報酬の前払いじゃ。頑張ってくれよ」

 そう言うやいなや、テレーゼは自分の唇を俺の唇に重ねてくる。
 突然のキスに、俺は全く対応できないでいた。
 エッボもブランタークさんも、驚きのあまり何も言えないようだ。

「では、早く行くぞ」

「俺は何も見ていない。俺は何も見ていない……」

 とんでもない物を見たと思ったのであろう。
 小声で繰り返し呟きながら、エッボは馬車を発進させる。
 暫く街道を進むと、やはり検問をしている部隊が存在するようだ。
 俺達の馬車を見付けて、すぐに阻止行動にはいってくる。

「国家の資産だけどどうする?」

「テレーゼ様の命令が全てに優先する!」

 どうやら虐め過ぎたらしい。
 エッボという家臣は馬に鞭を強く入れて馬車のスピードを増し、強硬突破を図るようだ。

「止まれ!」

 完全武装の兵士達が前を塞ぐが、抵抗は排除して逃走ルートを特定される危険を残すわけにはいかない。
 彼らが立っている範囲全てから魔法で『火柱』をあげる。
 人間では生き残れない威力と温度に設定したために、兵士達はすぐに体に火が付いて全員が悲鳴をあげながら地面を転げ回る。
 熱された金属製の鎧を脱ごうと暴れる者達もいたが、すぐに静かになって炭のように真っ黒になって体から火をあげていた。
 彼らは、黒焦げになって全員が焼け死んでいた。

「生き残りはなしだ」

 続けて馬車の通行の邪魔にならないように、炭のようになった兵士達の死体を風の魔法で道の外に吹き飛ばし、馬車はそのままのスピードで進んでいく。

 エッボはまた何か言いたいようであったが、今度は口を閉じて馬車を走らせる事に専念しているようだ。

「文句があるなら、皇帝になれないからと言ってクーデターを起こす狂犬に言え」

 狂犬とは、ニュルンベルク公爵の事である。
 あの男が俺に睨みつけるような視線を向けたので嫌な予感はしていたが、こういう嫌な予感は当たってしまう。
 本当に、嫌になってしまう。

「それで、どのルートで行くんだ?」

「『ミズホ伯国』経由です」

「『ミズホ伯国』?」

「独自の文化を持つ、古の民族が運営する自治領です。過去に何度も帝国の侵攻に対抗して大打撃を与え、敵に回すと厄介な事から領主に上級伯爵の爵位が与えられた経緯があります。外交権のみを帝国に委ねた保護国の扱いですね」

 俺に含む物があるエッボであったが、ミズホ伯国については丁寧に説明をしてくれたようだ。
 仕事だと割り切っているのであろう。

「そこで一旦休憩をしてから、フィリップ公爵領を目指します。あの国は半独立国なので、まだニュルンベルク公爵も手を出さないはずですし」

 バルデッシュを脱出した俺達は、一路馬車で北方のミズホ伯国を目指すのであった。
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