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第三十八話 王都留学。

「坊主、お館様からの手紙だ」


「手紙ですか?」


 エリーゼとの初デートを終えてブラント邸に戻ると、ブランタークさんが俺に一通の手紙を渡す。

 手紙の差出人は、正式に俺の寄り親となったブライヒレーダー辺境伯様からであった。


「何々……。ブランタークさん、これは本当なんですか?」


 手紙には、『もう予備校の卒業認定は出すから、このまま王都に留まって冒険者修行を続けるように』と書かれていた。


「本当に決まっている。その手紙は、お館様の直筆じゃないか」


「確かに、そうですね」


 しかし、納得のいかない点はある。

 ようやく入学した予備校に戻れず、いきなり王都で冒険者修行に励めと言われてしまったのだから。


「ブランタークさん。これは、どういう事なんです?」


 エルは、俺よりも早くブランタークさんに質問をしていた。

 なぜなら、これは俺だけの処置ではなく、手紙の続きにはエル達も同じ境遇に置かれると書かれていたからだ。


「大人の事情ってやつだな」


 ブランタークさんが、ブライヒレーダー辺境伯様がこの手紙を送って来た意図を説明する。


 まずは、まだ未成年なのに俺が竜を二匹も俺が倒してしまったせいで、これ以上ブライヒブルクの冒険者予備校にいても何の意味も無いからであった。


「今さら、坊主があの予備校で魔法の講師から何を学ぶんだ?」


「いや、ほら。冒険者として必要な知識とか、魔法以外の技術とかもあるじゃないですか」


「そういう知識なら、王都でも学べるからな。ここには、冒険者専用の専門学校のみならず、様々な学校があって自分の好きに学べるんだからよ」


 元々、予備校にいる魔法使いはそれほどの凄腕ではなかった。

 冒険者稼業などとっくに引退した八十歳過ぎのおじいさんなのだが、現役ならば冒険者稼業に精を出すし、六十歳くらいまでならどこかの貴族家や商家で高待遇を受ける事もできる。


 なので必然、このような老人しか魔法の講師になどなってくれなかったのだ。

 まだ魔法の講師がいるだけマシだというほど、実はどこの予備校や学校でも魔法使い不足は深刻であったのだから。


「エルの坊主も、イーナとルイーゼの嬢ちゃんもな。うちの予備校で残り二年以上も燻るのは無駄だろうから、王都で一流の達人にでも習えという事なのさ」


 元々、エル達も同年代の生徒達を圧倒する力量の持ち主だ。

 同じく武芸の講師にもそこまでの達人がないので、彼らは自分とそう強さが変わらないエル達を持て余しているのが現状であった。


 魔法でなくても、武芸の達人なら冒険者稼業で稼ぐ方を優先する。

 なので、臨時講師以外で予備校の専任講師になる物好きなど、滅多にいなかったのも真実でもあったのだ。


 おかげで、王都出発前のエル達は、普段の座学の講義は普通に受け。

 実技は、俺達のパーティー内で模擬戦をする羽目になっていたのだから。


「エルの坊主は、空いている時間にワーレンが教えてくれるそうだ」


 ワーレンさんは、師匠から魔力の扱い方の基本を習っていた練達の魔法剣の使い手である。

 しかも、その腕前で近衛騎士隊の中隊長にまでなっているので、エルの剣の師匠としては適任であろう。


「イーナの嬢ちゃんにも、近衛騎士団に槍術の達人がいるから紹介してくれるそうだ」


「ねえ、ボクは?」


「ルイーゼの嬢ちゃんにも、良い師匠が付く予定だ」


 中核都市とはいえ南部の辺境にある予備校よりも、王都の方が何を習うにしても有利なのは確かである。

 だが、わざわざ俺達にそこまで恩を売って、ブライヒレーダー辺境伯様から許可を得た人物は何の得になるのであろうか?


 思わず、考え込んでしまう。

 

「今回の件は、陛下が絡んでいるのさ。だから、お館様としては許可をするしかない」


 ブランタークさんの説明によると、将来有望そうな俺達に今の内に恩を売って唾を付けておこうという事らしい。


 貧乏騎士爵家の八男だったので、王宮では全くのノーマークであった俺が、竜を二匹も倒して男爵になってしまった。

 当然、どの貴族も己の派閥に取り込もうと考えるが当然だが、寄り親になる権利には、実家がブライヒレーダー辺境伯様の寄り子であったせいで横槍を入れるわけにはいかなかった。


 次に、不慣れな王都に滞在するのでそこで手を貸せばという思惑も、元々俺がブラント騎士爵家に婿入りするエーリッヒ兄さんの結婚式に出席するために来ていたせいで駄目になっていた。


 下級ながらも代々財務系の役人であったブラント家は、財務卿であるルックナー侯爵や、同じく財務閥のモンジェラ子爵の寄り子であったので、彼らの指示を受けて俺達の世話をしていたようだ。


 エーリッヒ兄さんからは、王都滞在中は宿泊先や食事は面倒を見ると言われていたのだが、これ幸いにとブラント家に金を出して援助をしていたらしい。


 あとエーリッヒ兄さんのみならず、王都で働いている三男パウルと四男のヘルムートの将来の保障で、十分に恩を売ったと思っているのであろう。


 こういう考え方は、さすがは大物法衣貴族とでも言うべきであろうか。


 そして肝心の陛下の出方であったが、これは己の親友にして筆頭王宮魔道師であるアームストロングの姪を俺の婚約者にした。

 しかも同時に、その祖父は王国で影響力の大きい教会の幹部ホーエンハイム枢機卿でもあるので、教会側にも恩を売った事になる。


「竜が倒せる魔法使いは貴重だからな。みんな、縁を結びたいわけだな」


「それで色々と出し抜かれて、ブライヒレーダー辺境伯様に怒られたと」


「人の傷を抉るなよ、坊主。とにかく、十五歳になるまでお前達は王都で勉学と鍛錬に励めや」


 これは、決定事項であるようだ。

 いくら多少人より魔法が得意でも、個人が国や権力に逆らうのは難しい。

 別に理不尽な扱いというわけでもないし、今は成人して正式に冒険者デビューをするまで陛下の好意に甘える事としよう。


 俺は、そのように考えていた。


「王都住まいは良いんですけど、ブライヒブルクの屋敷はどうしましょうか?」


「はあ? たまに魔法で戻れば良いじゃないか。坊主が瞬間移動の魔法まで使いこなせるのは、陛下も承知だよ」


「そういえば、そうだった」


「さすがに、新婚のブラント家に長々滞在するのも拙いからな。適当に家は準備しておく」


 俺は、夏休みにエーリッヒ兄さんの結婚式に参加がてら王都観光を楽しむだけであったはずなのに、なぜか正式に貴族に叙任され、成人までを王都で過ごす事になってしまう。


 俺はただ、自分の運命の大転換に半分驚き、半分流されるばかりであった。

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