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幕間八 婚約者選定の舞台裏。

「さて、問題はヴェンデリン君の婚約者ですが……」


 不運にも、王都の教会有力者であるホーエンハイム枢機卿がヴェンデリンと孫娘との婚約を成立させた直後。


 ブライヒレーダー辺境伯は、執務室で手遅れ感で一杯の婚約者選定作業を進めていた。


 何しろ、自分はヴェンデリンの寄り親なのだ。

 彼の婚約者を、自分が決めるのが当然だと考えていた。


 もはや間に合っていないのだが、それでブライヒレーダー辺境伯を責めるのは酷である。

 大陸南部地域と王都との距離は、それほど離れているのだという事なのだから。


「ですが……」


 執務室に、ブライヒレーダー辺境伯の命令で婚約者候補の資料を持って来た家臣の顔は暗い。


 その理由は、親戚筋にも年頃の娘が居ないという問題のせいであった。

 完全な弾不足なのだ。


「みなさん、年頃の娘さんは婚姻済みです」


「えっ、そうでしたっけ?」


 確かに、よくよく思い出すと自分も結婚式に出席しているのだから、彼女達は全員婚姻済みだ。


「元々、年上過ぎるので候補者にはならないかと……」


 貴族同士の婚姻なので、どうしても嫁の方が年上過ぎるのは良くないとされているからだ。

 平民でもそうなのだから、この世界の男尊女卑には根強い物が存在していた。


 たまに爵位が上の大貴族が、売れ残った年増の娘を下級貴族に押し付ける事がある。

 普通の寄り親と寄り子の関係ならそれも致し方なしだが、ヴェンデリンにそれをすると、たちまち中央の法衣貴族達が攻撃してくるであろう。


 『竜殺しの英雄に、子が生めるかどうかもわからない年増を? やれやれ、これだから地方の貴族は売れ残りの娘を抱える事となるのだ』と、批判されるのは目に見えていた。


「では、一個上までは容認として、十三歳から下ですか」


「居る事には居るのですが……」


 分家に数名、幼い娘がいるそうだ。

 だが、一番年上でも四歳。

 一番下は、先月生まれたばかりである。


 婚約でも子供など押し付けたら、中央の強欲法衣貴族達に攻撃材料を作るだけであった。

 『成人時に、相手も成人でないと意味が無い! 子供が作れないではないか!』と、口撃されるのがオチであろう。


 実際には、政治的な事情で年の差のある夫婦は多数存在している。

 要するに、ブライヒレーダー辺境伯にケチを付けるのが目的なので理由は何でも良いのだ。

 

「私の子は……。男ばかりじゃないですか!」


「ですね」


 どういうわけか、ブライヒレーダー辺境伯本家は子供が男ばかりになる傾向があった。

 分家などにはたまに生まれるのだが、生まれても結果はご覧の有様であった。


 ブライヒレーダー辺境伯は、己の運の無さにただ絶句してしまう。


「ですから、あれほど妾を増やせと」


「それで、また男の子が生まれたら駄目でしょう」


 男子が居ないと家を継がせられないが、逆に多過ぎてもその処遇に悩む事になる。

 さすがに、辺境伯本家の子供を平民に落すわけにはいかないからだ。


「養子を取りましょう!」


「それも、攻撃材料になります」 


 『血の繋がらぬ養子を宛がって、竜殺しの英雄の縁戚を名乗るか』と、あの強欲な法衣貴族達なら、十分にあり得るとブライヒレーダー辺境伯は考えていた。


「あいつら、自分達は平気で養子を押し付ける癖に、人には平気で文句を付けますからね」


「それが、数少ない武器ですからな」


 法衣貴族は、領地を持たない。

 経済力も、同格の領地持ち貴族よりも遙かに劣る。


 よって、役職と中央の権威と政治的な立ち回りで、ブライヒレーダー辺境伯のような大物在地貴族と渡り合うのが常であった。


「ところで、お館様。アニータ様の件ですが……」


「なぜに、ここでその話を出しますか?」


 アニータとは、先代ブライヒレーダー辺境伯の末の妹にして御年四十歳越えの独身。

 いまだにブライヒレーダー辺境伯邸で、悠々自適の暮らしをしている女性であった。


 平成日本なら、家事手伝いと呼ばれる身分の女性である。


 ブライヒレーダー辺境伯からすると叔母なのであまり強くも言えず、どこかに嫁にやるという話も今では難しく。


 出来れば、話題に出して欲しくない女性でもあった。


 自分が子供の時の事を色々と知られているので、苦手意識すらあったのだ。


「家臣の一部に、バウマイスター男爵と名目だけでも婚姻させてという意見が……」


 その連中は、実家であるバウマイスター騎士爵家を貧乏だとバカにしている連中が多かった。

 あんな成り上がり、売れ残りの大年増で十分だと思っているのだ。


「駄目に決まっているじゃないですか……」


 そんな事をしたら、中央の法衣貴族達が大喜びでこう言うであろう。


『バウマイスター男爵、貴殿は寄り親に喧嘩を売られておりますぞ。ここは、毅然と対応すべきです。寄り親を変えてしまうのです』


 十二歳の寄り子に、四十歳を超える嫁を押し付ける寄り親。

 寄り子・寄り親の関係は、あまりに片方が不誠実であったりすると解消される事もある。

 相性の関係もあるし、下級貴族の管理制度の側面から見てもすぐに代わりの寄り親が見つかれば、中央も何も言わないのが普通であった。


「バウマイスター男爵は、年齢の割に強かですしね。王都には、エーリッヒさんもいますし」


 あまりバカな真似は出来ないという事であった。

 ブライヒレーダー辺境伯からすれば、嫉妬から下らない提案をするバカな家臣より、エーリッヒとヴェンデリンの方を気に入っていたのだから。


「(あの連中は……。何か不祥事でも起こしたら、即座に潰してやるのに!)」


「ところで、婚約者候補はどうします?」


「なるべく近縁から、養子を取るしか無いですかね?」


 その心配も、翌日にブランタークからヴェンデリンの正妻が決まった経緯が伝わると無事に解決していた。

 ブライヒレーダー辺境伯からすれば、散々な結果なわけであったが。


「もういいです。バウマイスター男爵の跡継ぎの婚姻は、私が主導で行いますから」


 枢機卿であるホーエンハイム子爵の孫娘にして、王宮筆頭魔導師であるアームストロング子爵の姪で、陛下の了承済み。

 ケチを付けるだけ無駄なので、ブライヒレーダー辺境伯はすぐに考えを切り替えていた。


 貴族とは、数十年先も考えて動く生き物なのだから。





「しかし、当事者である余が言うのも何であるが。王族や貴族の婚姻とは面倒な物よの」


「某としましては、傍流王族でも良かったと思うのですが。エリーゼのおかげで、良い義甥が出来た事は感謝ですかな」


「あの娘は、綺麗だし心根も良い。あの少しひねた部分のあるバウマイスター男爵に相応しいであろう」


「家族のせいなのか知りませんが、そういう部分は確かにありますな」


 ちょうど同じ頃、王宮の一室。

 国王が本音を口に出せる数少ない私室において、ヘルムート三十七世は、個人的に友人関係にあるアームストロング導師とワインを飲みながら話をしていた。


 室内には、この二人のみ。


 この部屋に入れる人間は、本当に数少なく。

 男性では、二人の王子とアームストロング導師のみであった。


 アームストロング導師は、ヘルムート三十七世と共に子供の頃から教育などを受け、たまに街に脱走して遊びに出かけた仲でもある。

 幼馴染にして、竹馬の友であったのだ。


「バウマイスター男爵の出自は、騎士爵家の八男。王族の娘などもっての他と言う輩が多くての」


「その癖、どうしてもと言うならと言いつつ、アレですか……」


 貴族の結婚には、どうしてもこの問題が付き纏う。

 格が釣り合うかどうかだ。

 だが、常にタイミング良く全員の条件が合うわけではない。 結果、王族や大物貴族に限って、大年増になっても余っている娘?が増えてしまうのだ。


 養う財力があるという条件も、そういう女性を増やす要因となっていた。

 駄目なら、死ぬまで独身でも養えるからこそ、上の家ほどそいういうお嬢さんが増えてしまうのだ。


 家格が下の家に養子に出し、そこから嫁がせるという手もあるのだが、それは向こうが養子として欲しないと難しい。


 結果、王族にも年増扱いされている娘が数名存在していた。


「アンネリーゼ三十五歳、ディアーナ二十九歳、ヘルミーネ二十七歳、ヒルデガルト二十五歳。バウマイスター男爵には財力もある。押し付けてはどうかと言う意見もあっての。さすがに、一喝して抑えたが……」


「某なら、アーカート神聖帝国に亡命します」


「余も、同じ立場ならそうかの」


 王族の娘なので、我が侭で気が強く浪費家な女性が多く。

 アームストロング導師ですら、一人でもゴメンだと思ってしまうほどであった。


「余から見ても、嫌がらせにしか見えないからの」


 王族から、娘が降家してくる。

 普通に考えれば、貴族の名誉にして最高の恩賞とも言える。


 ただ、内情を見ると悪質な嫌がらせにしか見えなかった。


「子が生めるかもわからず、男爵の資産を食い潰すわけだ」


 その前に、圧倒的に元の身分と年齢が上で、完全に夫を尻に敷くであろう。

 いや、竜殺しの英雄なら、反発して喧嘩になる可能性もあった。


「勧めた連中も、それが狙いでしょう」


 僅か十二歳にして、竜を二匹も倒して男爵になった英雄であり。

 その資産も、無視し得ない物となっている。


 相手が強力な力を持つ魔法使いなので、正面切って張り合ったり嫌がらせをしたりはしないが、こういう絡め手で力を削ごうと考える。

 生来の習性とはいえ、『貴族という生き物は……』と考えさせられる事も多かったのだ。


「全く、どいつもこいつも……」


 こうやって、たまに優秀な者が下から出て来ると下らない妨害を仕掛けようとする。

 そのせいで、どれだけ王国の発展を邪魔して来たか。


 『戦場があったら、数減らしでそこに送り出してやるのに』と考えてしまうヘルムート三十七世であった。


「しかし、現在の少年には金が集まり過ぎです」


「心配はなかろう」


 無駄遣いをしている気配も無いし、聞けば教会に大金を寄付もしている。

 一見無駄な出費にも見えるが、教会を蔑ろにすると国王でも足を掬われるケースが多く、これからの事を考えると白金貨十枚は無駄な投資ではない。


 あのホーエンハイム枢機卿ですら、『子供なのに侮れない部分がある』と感心していたくらいなのだから。


 ホーエンハイム枢機卿は、あのエリーゼや自分へのおべっかは芝居でやっている可能性があると報告して来たのだ。


 完全な買い被りで、モテない男の心境を理解していないだけとも言うが。


「心配ない? と言う事は……」


 将来は、領地を与えるつもりなのかとアームストロング導師は考えてしまう。


「そなたの予想通りだ」


 領地を与えて、そこを大々的に開発させる。

 資金は十分にあるのだし。

 という風に、ヘルムート三十七世は考えていた。


「とはいえ、男爵はまだ十二歳。焦っても仕方があるまいて。大人になって経験を積み、それからでも遅くはあるまい。ただ……」


 自分だけでなく、他の大物貴族や閣僚などがどう考えるかだ。

 場合によっては、それが早まる可能性もあるのだから。


 国王でも、大物貴族のコントロールとは難しいものであった。


「ブライヒレーダー辺境伯などは、何か腹に一物あるようですな」

 

 アームストロング導師は、雇われているブランタークだけを見ても、主人であるブライヒレーダー辺境伯も厄介な存在だと思っていた。

 それでも、中央の擦れた法衣貴族連中よりは話がわかるので、まだマシだとは考えていたのだが。


「未開地の扱いであろう?」


 ほとんど誰も到達すら出来ない土地なので、あの大山脈を越えて端にしがみ付く事に成功したバウマイスター家が書類上の主になっているあの土地の事だ。


「しかし、なぜにあの家の所有のままなのです?」


「その気になれば、開発の義務を怠った職務怠慢の罪で取り上げられるからの」


 今でも、百年以上も放置しているのだ。

 騎士爵家に相応しい広さの土地以外、全て取り上げれば済む問題だと中央の役人達は考えていた。


 その内に開発計画が出るかもしれないので、その時までは面倒なので放置。

 そういう事になっていたのだ。


「更に、バウマイスター男爵の存在もおる」


 バウマイスター男爵への、領地分割命令という手も使えるのだ。

 その時には、本家よりも分家の方が圧倒的に領地が広い状態になるはずであった。 

 こうも王国の歴史が長いと、本家と分家の力関係が逆転した貴族家などそう珍しくも無い。


 たまたま、バウマイスター家もそうであったという事だけなのだ。


「良い神輿が出来たと、そう思っておるのであろうな。だが、男爵はまだ子供。竜討伐に動員してしまった余の罪は重いが、今は普通に過ごす時間も必要じゃて」


 それにだ。

 ただ優秀な魔法使いだからと言って、すぐに良い貴族やお抱えになれるというわけでもない。

 

 なぜ、冒険者稼業で社会の荒波に揉まれたブランタークやこの目の前の親友が重用されるのか?

 彼らは、それだけの経験を積んでいるのだと。


「左様ですな。冒険者予備校に在籍している学生なのですから」


「アームストロングよ。なので、あまり振り回さないようにの」


「極力、努力いたします」


 ところが、そんなヘルムート三十七世のお願いすらアームストロング導師には柳に風と言った具合であった。

 それを見て、笑っているヘルムート三十七世も相当な物なのだが。


「アルフレッドに、ブランターク殿に、某と。三人で鍛えた弟子がこれからどう生きて行くか。楽しみでありますな」


 そう言いながら、アームストロング導師はグラスに並々と注がれたワインを一気に飲み干すのであった。

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[一言] バウマイスター男爵の存在もおる →バウマイスター男爵の存在も有る
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