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アマロ・・・白蛇抄15話
作:憂生





静かすぎる凪をぬって、船は入り江の奥にはいったはずだった。
だが、潮流が岩にもまれ、船底から、進路をかたむけさせていく。
「まかしておけ」
ロァは鼻歌まじりだ。
潮を熟知した男はまるで、船底がみえるかのように、たやすく、潮にのる。
逆らわず、流されず、ロァの腕前はどこか、女の扱い方にもにていて、
ロァの言葉通り船はまたたくまに、小島の裏についた。
「じゃあ、いってくる」
と、ロァはアマロにめくばせをしてみせた。
「おとなしくしてろよ」
ロァの言葉に少なからずアマロの癇がたかぶる。
『あなたがいないのに?
おとなしくしてろ?
まるで、私がさわぎまわってるみたいじゃない?
それとも・・私がなにかしでかすとでもいうわけ?』
なにか・・・?
それは、たとえばリカルド?
ロァはなにか・・、気がついている?
「どういう意味?」
すでにこわばった声で、アマロの感情をみとおすと、ロァは自分の失言を取り繕った。
「おまえは・・最近・・ちょいと、おかしい」
そう、あの娘が海にとびこんじまってから。
ジニーがシュタルトの船に乗ってから・・・。
ロァだって、判っている事実だ。
むごい事をしている。
生身の女を手下どものなぐさみものにさせて・・。
あげく、女がはらんでいようが、おかまいなし。女の顛末がかきだししかないと判っていながら、物、金と女を交換する。
自分だって、島に帰れば、3人の子供の父親だ。
むごい仕打ちと引き換えに得たもので、子供たちを育てている。
それが、海賊で、
それを判って、平気で非情になれなきゃ、海賊家業なんか、やってられない。
だからこそ、目の前で自分の惨酷さにうちのめされ、良心の呵責と悔恨に精神をひきつらせてるアマロだと、同情し慰めてやることはできない。
この非情さに時折、胸の芯がいたみはするが、それも、マリーンがなにもかも包んでくれた。
それに比べて、アマロの苦渋はロァの神経をつつく。
つつかれれば、誰でも、己の極悪さと向き合わされる。
普通の岡の人間でもそうだろうに、
ましてや、人殺しの盗賊。
死に病に苦しむものが、苦しみをあらわにすれば、同病の盗賊は己の病状を外からまざまざ、見せ付けられる。
こういう図式がロァをいっそう、陰鬱にさせる。
それが、いっそう、ロァではうめられない穴を作ってしまったアマロを意識させる。
ぽっかり空いた穴は虚無という言葉が適当かもしれない。
虚無は生きている意義をうしなわせる。
生きていたいと思う女も男も
虚無から逃れようとして、刹那の歓喜におぼれたがる。
今のアマロがまさにそうだろう。
生きていくめどうをなくすほど、面倒くさい事はない。
異常なほど自分への関心を引こうとする。
自分の存在意義を見失った女は、他の存在によって、意義をみいだそうとする。
自分という女がどれほど、誰かの関心の的になれるか。
存在価値を確認するために、他人をつかうのはけっこうだが、
確認なんてものは、結局、男と女のその部分でなきゃ、判りあえないものだ。
ましてや、男の玩具ぜんとしてしか、存在が許されないこの船の中で、アマロはただの雌としか扱われない。
誰も・・アマロを救い出す事は出来ず、アマロは自分の運命を呪うしかない。
『馬鹿なことをやっちまいやがって』
正義感の強いあの公爵夫人は、ロァの手中に落ちたとたん、嫉妬の塊になりはてた。昔のアマロなら、はらんだ娘とジニーの命乞いをしただろうに・・・。
それが、いっとう、アマロらしい・・
『待てよ?』
確かにアマロなら、命乞いするだろう。
あの最初の出会いからそうだ。
毅然とした態度で、仲間の女を守ろうとした。
三つ子の魂というように、それが、本来のアマロで、俺はそのアマロにほれた。
『俺への嫉妬?
いやあ・・そんなもんじゃ、わりきれない。違いすぎる・・』
あのアマロが、ジニーと平気でしゃべっていたアマロが・・?
よっぽど懐の太い女が、ジニーを、あのはらみ娘をシュタルトにうりはらわれるように、自分から仕向けてきたんだ。
『リカルドのことを・・言ってたな』
確か・・・


この時にロァのほぞがかたまったのかもしれない。
「アマロ・・」
ロァはもう一度、アマロを見つめなおした。
「なに?」
なにか、男が決心した時は、決まって
腹心でなく、女に打ち明ける。
寝屋の甘言で、一国の傾城を語るは、男の虚栄心かはたまた女へ威勢を誇り、己の権力をひけらかし、女を心身ともに、服従させるためか・・。
世の男の習いと見える女へのさかしい企てが、寝屋ならずのロァの口からついた。
それほどに、ロァの野望の先行きに不安もおおきかったせいかもしれない。
「俺は、島から戻ったら、ジパングに行く」
ジパング?
「金の塊と銀の塊が、山の懐にあふれだしている国だ。ひとやま、掘ったら、俺は・・・」
ロァがなにを考えているか、アマロはたずねようとしなかった。
ロァがたとえばその金銀で、船を買い、兵を雇い、たとえば、スペインと戦争でもおこして、スペイン国王になるといったとしても、アマロには、どちらでも良い事だった。
それよりも、もっと、肝心な言葉をアマロは待っていた。

ロァにすれば、遠い国。
行った事もない海原を渡る。
あるいは、二度と生きてこの島に帰ってこれない航海になるかもしれない。
その航海の道連れにアマロを選ぶか?
選ぶなら、それは、ロァの命と同じ。
同じ重さで運命をともにする相手にアマロを選ぶなら、ロァが心底、アマロを欲していると同義になる。
「おまえに、ジパングをみせてやる」
その一言でロァのこの先、すべてがアマロの物になった。
共に生き、共に死すも覚悟するという男の言葉にアマロは思い切り優しく微笑んで見せた。
「こころおきなく、マリーンをだいてらっしゃい」
ロァの人生を掌握した女は、余裕をかもす。
今までの人生との決別のために、マリーンとの決別のため、ロァは島にあがるにすぎない。
ロァには、ロァの人生があったろう。
今までの人生に惜別の情がわくは、無理なかろう。
「アマロ・・」
すまないと優しい目で、アマロを嘗め尽くすとロァはいまさらながらに、アマロに骨の芯までくだきぬかれた自分を思い知らされた。

その知らされた思いに突き動かされ、まもなしに、ロァは自分の運命を多難にする行動をおこしてしまう。
ロァとアマロの運命はもう、この時すでに、破滅に向かって直線をまっすぐにひき終えたといってよい。


ロァを送り出すとアマロはベッドの上に身体を投げた。
「ジパング・・・?」
男のでかす心の底をよみとることは、アマロには不可能だ。
だが、なによりも、ロァが果てしない航海の道連れにアマロを必要としていることには、確信を得た。
これが、最後の逢瀬になるかもしれないマリーンへの惜別は、アマロにとって、むしろ、心機一転のロァのいっそう深い覚悟に見えた。
『ロァ・・・』
胸の中でロァを呼ぶと、アマロは睡魔の手に自分をゆだねた。

いつごろか・・・。
階段の軋む音でアマロは覚醒を覚えた。
いつのまにか、夜闇。
誰かが、ロァの小部屋に足を忍ばせている。
『ロァ?』
ありえない。
今頃、ロァはマリーンとの最後の晩餐。
最後の饗宴にもつれ込むまで、男はきっと、わき目を振らない。
だとすると・・・。
この軋む音をたてさす主は?
はたして・・・。
「アマロ・・」
扉の向こうで男が甘い紡ぎを求め
アマロの名を呼ぶ。
『リカルド?』
意外?あるいは、想定できたリカルドの訪問にアマロは扉の前に立ち尽くした。
「そこにいるのは、判ってるよ。
かんぬきをはずさないか?
この前より・・たっぷり・・」
誘いの言葉がアマロの心よりむしろ、身体を貫く。
「ロァは今頃、マリーンと褥の中だぜ。
おまえの美貌より、マリーン。
それに引き換え俺はおまえ恋しさに
この夜闇に船をこぎだし、おまえにあいにきたんだぜ」
リカルドの誘いはアマロの窪みの底にある痛みをつつく。
「アマロ・・おまえがいやなら、なにもしない。でも、せめて、顔くらい・・みせてやってくれよ」
せつない恋情をとうとうと訴える男の手管など、今までのアマロならせせら笑えただろう。
だが、ロァの心の底にマリーンが住んでいることを見せ付けられたアマロの心に染み入るに十分な言葉だった。
必死で追いかけてくれる。
誰もその相手を憎くは思いはすまい。
アマロもまた同じ。
「すこしだけよ」
顔をみせるだけ。
そんな約束が言葉だけの体裁に過ぎなくなる事を十分に承知しながら、アマロはリカルドをこばむことができなかった。
許され、部屋に入ってきたリカルドは
またたきも許さぬすばやさでアマロを抱き寄せた。
「愛してる・・」
こんなときの男の常套手段にすぎないのに、アマロの心の飢えがみたされていく錯覚に酔える。
「アマロ・・・」
女に考える隙を与えない事が極上のくどきだとしっている男は抱き寄せたアマロの口を長い間すすった。
アマロのあらがいが帰ってこない事を確かめながら
アマロを抗わせないためにも、
アマロの胸をもみしだき、下半身に手を伸ばし、膨らんだ固体をアマロの下半身に押し付け欲情の虜へと導く。
「アマロ・・」
耳元の声は切なく荒い。
極上の蜜の味をほしがる女をあらわにするアマロはもうすぐ。
リカルドの手がアマロの甘美に届いた。


欲にひきずられる身体をもてあますのは、アマロのせいではない。
ロァの心が今、ここにないせい。
なにもかも、ロァがまいた種。
リカルドの煽情はアマロの自尊心をうがち、寂しさという名のうろを埋め尽くすに十分な真珠の宝物の侵入をまちうけるアマロに成り代わる。
「・・・・」
リカルドがなにをささやいたか、聞き取れなくなる陶酔にながされていく。
アマロという女の極みがここにある。
それをして、極上という以外なく、リカルドも真剣以上に執拗な遊戯におぼれこまされる。

何十分・・いや、何時間。
時とロァを忘れさせるに足る遊戯の快さにおぼれ続け、繰り返す反復に飽きることなく二人、いや、ひとつの塊が快感を追い求め続けていた。

悲劇というショックは安心しきっているときほど深いものだが、今、まさにその時を迎えようとしているとも知らず、
リカルドもアマロもお互いの追求を分かち合い、追求に応え、肉がよせてくる弾みを共有しあう作業に没頭していた。

「あ・・」
アマロの喉から苦しく切ない息が長く漏れたとき、リカルドの何度目かの到達を訴える声が重なった。
ぐっと、リカルドの体がアマロにのしかかったまま、リカルドの声が途切れ、リカルドがひどく重く感じられた。
それは、リカルドの動きがとまったせいばかりだと思った。
「重いわ・・」
アマロに預けた身体をどかせてくれと
懇願した時、アマロはやっと、リカルドの異常に気がついた。
力なくアマロに倒れ掛かってきたリカルドを避けるように支えてみたとき、
リカルドの身体に異様なぬめりがつたっていると感じた。
生暖かく、どろりと・・血なまぐさい・・。
まさに
「血?」
アマロが声にだした懐疑に闇のなかから答える声があった。
「ぼんのくぼに一本・・あっけないものさ」
ロァの声だった。
遊戯に陶酔する二人はロァの侵入にさえ気がつかなかった。
ロァはアマロを兆着するリカルドが一番天国に近づいたときにそのまま、リカルドを天国に送った。
「こいつさ・・」
ランプに火をつけ、明かりに血糊がのった細長いピックをかざして見せた。
ロァはそれで、腹心リカルドの裏切りに裁きをつけただけにすぎない。

『そして・・今度は私の番?』
リカルドの絶命はあきらかで、
死体の重みはいっそう深く、その重みにさえぎられアマロはリカルドをだかえこんだまま、逃げだす事は愚か、動く事さえ不可能だった。
だが、たとえ、自由に動けたとしても
どうせ、船の中。
逃げ出す場所もない。
一瞬のうちにアマロは覚悟を決めるしかない。
せめて、往生際悪いまねだけはすまい。
醜態をみせたら、ジニーのいうとおり。
自尊心だけがアマロを支え、
心の外のロァと心の中のジニーと、内外の両極に対峙しながら、せいぜい、アマロは凛とした態度を見せるしかなかった。
たとえ、それが、滑稽でしかなくとも。
アマロはリカルドの身体の下で素裸で流れ落ちる血に染まりながら、狂気を見せず、ヒステリックに叫びもせず
ロァの裁きを待つしかなかった。














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