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それからのアマロは部屋にこもりきり、
甲板を歩く事がなかった。
「リカルド・・が怖いか?」
自分の一言がリカルドを制していると
信じきっている男は臆病な子猫を笑う。
すでに、リカルドに漁られている事実を気取られないように、用心深くアマロは答える。
「そうじゃないの・・。
日差しがきつくて・・」
伯爵夫人だったころには光沢のある白い厚地の布に家紋の刺繍を施した日傘を使っていた。ここでは、そんなものもないし、
船の甲板を日傘をさして、歩くは滑稽だと付け足した。
「ふん・・どうせ、俺はしがない海賊さ」
最初のころは、上品な女だったアマロの変貌ぶりが、うらはらの美学をかもし出していたが、ここしばらくから、だんだんと、ロァの生まれ育ちに染まっていくアマロに見えていた。
『結局、俺が下衆な女にしたてあげちまうわけか・・』
だが、女の変貌ぶりが、鼻につくにも、わけがある。
もう少ししたら、ロァは島にあがるつもりでいた。
隠れ家であり、砦である島には、女房のマリーンと3人の子供が待っていた。
マリーンがロァの巣を守っている。
そこに行けば、くるくると目を輝かし
「父さん」と呼んでくれる子供がいる。
マリーンがどんなにか、ロァを思っているかは、子供たちの表情に現われる。
「父さんが帰ってきたよ」
ロァをみつけ一目散に駆け寄ってくるとき嬉しげな表情で、必ずマリーンを呼ぶ。
その一言でマリーンがどれだけロァをすいているか、わかる。
マリーンは、ロァのよりどころであり、暖かな暖炉のように居心地の良い唯一の女だった。
島によろうと、決めだしたころから、ロァの心にマリーンがよみがえってきていた。
里心というよりも、ロァにとって究極の安息が恋しかった。
そんなさなかにリカルドがどうの、
ジニーがどうのと、アマロがわめきだした
ロァにとって、私生活と切り離しておきたい部分で、いらぬ摩擦が生じだし、
わずらわしさのほうがかすかに軍配を上げ始めていた。
そして・・・。
あげく、売り物を海に逃がしてしまった。
それも、これも、アマロにすれば、
ジニーのせいであろうが、
ロァにとっては、アマロがひきがねのように思えた。
『なにが有ったか知らないが・・・』
娘っこが海にとびこんでから、アマロはただ、ただ、沈み・・口数も少なくなった。
その反面、時もかまわず執拗に伽を求めてくる。
『まったく、俺をなんだとおもってやがる』
交渉の相手だけでしかないかのように、扱いやがる。
『俺をさかりのついた牡犬かなんかと一緒にしてやがる』
マリーン恋しさが手伝って、いっそう、アマロが下衆な娼婦にしか見えなくなってきていた。
だから、
『こいつの方から、リカルド・・を誘ったんじゃないのか?』
あるいは、ありえるかもしれないと、ロァは思った。
島の入り江は奥深く、波間に突き出した岩は荒々しく雄雄しかった。
この岩の間を縫って入り江深くまで、到達できる船はいない。
まず、そのごつごつした岩の大きさと多さを見ただけで、誰もが無難を念じる。
海流が岩間で複雑にうねり、ところどころで、渦潮を作るといった念の入った自然の要塞をすりぬける方法をしっているのは、
当然、島の入り江を重宝に使いこなしている海賊どもに他ならない。
いったん入り江の中に船を進めてしまえば、嘘かと思うほどのべたなぎの海面が広がる。
入り江の中のいっとう、大きく海面に突き出た小島の裏に船を隠すと、そこから、小船を使う。
船が入ってきたのをとうの見つけていた島内のものたちが、海賊どもと大きな荷物を
迎えに来る。
ところが、アマロは思いもよらぬ宣告を受ける。
いや、これは、別にアマロだけではなく、ほかの虜囚の女たちもひきもとらずの、宣告であり、考えてみなくとも当たり前の措置である。
船の中に女を囲っている。
この事実を島の女・・特にわが女房に知らせたい馬鹿はいない。
だが、ロァに島に連れて行かないと知らされたアマロの逆上は例をみないほど、激しかった。
ロァの女であれば、当然、待遇は女房扱い。みんなの前でぬけぬけと夫婦を気取った男がこの期に及んで、船底の娼婦と同じに扱うのが許せない。
つまり、リカルドのくやしまぎれでなく、
ロァに女房がいるのが本当?
じゃあ、私は何?
つい、この前までシュタルトに売り払われるか、船底に落とされる運命がいつかくると、おそれおののいていたアマロだったのに、今はもはや、ロァの身も心も独占しているかのように慢心していた。
それは、あるいは、リカルドのせいかもしれない。
ばれりゃ、自分の進退にかかわるとわかっていながらそれでも、アマロを掠め取らずに置けなかったリカルドだったからこそ、
裏を返せば、アマロにそれだけの魅力があり、そして、交渉のあとにおいても、
まだ、アマロを求めるつもりのリカルドがいた。
これが、アマロをうぬぼれさせた。
わめき散らすアマロを黙らせる方法を、ロァは熟知している。
腕をつかみ、引き寄せ、きつい抱擁でまず、アマロは黙る。
あとは、なしくずし。
男と女の遊戯が暗黙の了解を生み出す。
ロァの勝手を許すに等しいとわかっていながら、やはり、アマロは伸ばされた手を拒む事が出来ず、結局、男と女の奈落に落ち込んだ。
極上の歓喜に惑わされ、
ロァの甘いささやきに愛されている事実を
確認するしかない。
「島に女をつれてあがるわけにゃ、いかないんだ。それは、たとえ、お前だって、無理なんだ」
ロァは注意深く、アマロがロァにとって、特別な女であることを強調する。
さりげない言い方でなければ、とってつけた、言い訳だと、また、アマロが逆上する。
「ほかの男たちには、家族がいるんだ。
妙にかんぐられて、せっかくの休暇を
夫婦喧嘩でおわらせたくないだろ?」
さも、俺には女房はいないというロァの口ぶりがアマロの癪に障った。
「マリーンとは、喧嘩はしたくないと?
そういうこと?」
切り口上のアマロをみつめていたロァの表情が見る間に変わった。
「そういうことか・・・。
マリーンの名前をしゃべくれる奴が誰か
見当がついてるよ。
おまえは、いらぬ墓穴を掘ったようだな」
自分の偽りをごまかすために、ロァはアマロの虚をつきはじめていた。
ロァがわざわざ、隠し立ている事実を
横からすっぱ抜けるのは、島に上がる男たちしかいない。
仮にジニーから、聞いたとアマロがいいぬけたとしても、そのジニーにマリーンの名前まで知らせることができるのも、やはり、男たちの誰かでしかない。
いずれにせよ、ロァの女にいらぬ告げ口をするような男は、ろくな考えを持っていないことは確かだ。
ろくな考え。
わざわざ、ロァの女に女房の存在を教えなければ成らない裏側の心理。
ふたつにひとつ。
その女のロァへの執心をたちきって、自分へ関心を向けさせたい。
ロァへのやっかみ。気に入った女を独占し、親方としての地位に君臨するロァへのねたみ。
それが、ふたつにひとつでなく、
ふたつにふたつならば、
間違いなくちんけな行為でしかない告げ口も平気でこなす。
それほどに、僻みとやっかみがある男。
いいかえれば、それなりの実力や統率力をもっていながら、十分に認められていない人間。
ロァでなくとも、それが、リカルドであるのは、すぐにわかる。
幼い頃から、海賊の頭領として頭角をあらわしたロァとリカルドである。
マリーンのこともある。
このときもリカルドの横恋慕があった。
マリーンはぴしゃりとリカルドをはねつけ、ロァへの一途な恋を実らせた。
あっけないほど、あっさりと、マリーンから引き下がったリカルドの潔さにロァは一目置いたのも事実である。
だが、これも、今考えあわせてみると、
マリーンこそが、リカルドが一番ほしかった相手だったように見える。
一番すかれたい相手だからこそ、リカルドは卑怯な真似や、潔くない、未練たらたらの男を見せない事に勤めたに過ぎない。
リカルドに残ったものは、
リカルドのほしいもの、なにもかもを、
手中におさめる目の上のたんこぶでしかないロァの存在だった。
そんなリカルドの鬱屈した不満が、アマロに向けられたとき、
リカルドはマリーンに対して見せたような誠意も自尊心をもって、アマロに対峙するとは思えなかった。
そうでなくとも、アマロのように、煽情的な女がこっそり目配せでもしたら、
リカルドは自分を制し律する義理をロァに持ちえていなかった。
だから、リカルドがなにかしかけたか、
アマロがなにかしかけたか
そんな詮議はどうでも良い事で、
ロァにとって、今、アマロもリカルドも信じられない存在になったことだけは確かな事だった。
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