3
アマロの心の底を見切った男はただ、アマロへの忠誠をみせるふりをして、元凶をたちきることをきめていた。
二日後に現れたシュタルトの船に足場をかけると、采配を振るうリカルドの近くにロァはちかづいていった。
身をかがめ、小声でリカルドに指図を与えるロァの姿を目で追いながら、ロァの選んだ事実を見届けるだけのアマロに徹していた。
『リカルド・・おまえの小娘も・・』
ロァの指示にリカルドは従う以外ない。
「そして・・・おまえの片棒をかつぐおろかな女も・・・」
おろかな女・・それは、ジニーにほかならない。
黙りこくってロァの指示にしたがう以外法がない。
なぜなら・・。
「おまえもその船にのせちまっても、いいところだが・・」
リカルドの技能ゆえに、制裁はくわえないとロァが言う。
なにもかも、アマロがロァにばらしたわけでないらしい事だけが、今のリカルドの唯一の退路を作っていた。
「ロァ・・の望むとおり・・」
負け犬のごとく、尻尾をまたにいれて、リカルドはロァへの忠誠を誓いだてるしかない。
「俺の・・女・・に、二度と色目をつかいやがるな。もし、もう一度、そんなことをやったら、お前の真珠玉が海にもどるだけだ・・」
下半身の局部に埋め込んだ真珠をいちもつをぶったぎって、二度と、女をだけない体にしてやるというのか、
リカルドごと、海のもくずにしてやるというか、はかりかねたが、
ロァのアマロへの執心ぶりが、かほどに深いとしったリカルドは、いっそう、あの時のアマロの服従をこきみよく、おもいだしていた。
おもいだしていたからこそ、ロァへの服従を見せる事が出来たともいえる。
何も知らないロァ。
おまえの女は俺の真珠球でひーひーよがり声をあげてみせてくれたさ。
その事実がリカルドの自尊心と虚栄心に油をそそぎ、ロァへの形ばかりの服従さえ、苦もなく、装わす事が出来た。
あの・・声・・ほっといても、お前の女のほうから、俺のものをくわえ込みにくる。
その自信でロァをたたきつぶすしちゃ、
アマロが俺を求めにこれなくなって、もだえ苦しむだけ。
勝ち誇った余裕のリカルドは、アマロのせつない哀願とすでにリカルドをまちうけるプシイを具有するアマロを思い浮かべ
ロァの恣意をなんなく、飲み込んで見せた。
「ジニーと俺の女も・・」
手下どもに、あっさりと、命令を伝えると
ゆっくりと、もう一度、ロァに頭を下げた。
「ロァの僕足りうるリカルドであることを神に誓って・・」
リカルドのオンリーという安全な場所へ娘をうつし終えたと信じていたジニーは、
手下どものお呼びに、小さくためいきをついて、覚悟をきめた。
『おそらく・・・アマロ・・の進言。
アマロにとって、リカルドとの事実をしった私がここにいるのは、好ましくない・・』
アマロが、あの娘の保全をはかってくれるなら、この結末・・それでも良い。
アマロをしんじきっていたジニーに猜疑のかけらひとつなかった。
かんがえてみれば、たとえジニーがいなくなっても、あの娘の保全がついてくる以上、アマロは、リカルドの要求にこたえなければならなくなる。
そこに着目すれば、この先、甲板に上がったジニーが、あの娘もまた自分と同じようにシュタルトにうりはらわれる運命しか残っていない事に気がついていただろう。
いずれにせよ、もうじき、あの娘と自分の運命が同じものでしかないと、まのあたりに知らされるジニーでしかなかった。
うす暗い場所から、甲板へのドアが開かれると、ジニーの毛細にまばゆい光が痛くさしこんできた。
しばらく、まばゆさになれるまで、みじろぎせず、ジニーは開かれたドアの前につったっていた。
「ジニーさんよお・・名残りおしいことだけど・・」
一度はロァの女として、この船の女たちの羨望をうけたジニーである。
肌をあわせたジニーは男にとっても極上の部類でもある。
だが、それもこれも、アマロにとってかわられた。
女たちの羨望は、少なくとも人買いにうられることなく、多くの男のものをのみこまされることのなく、おもちゃでない場所にたつ女への羨望でしかないが、それも、いびつな嫉妬でしかない。
いびつな嫉妬を浴びることが、極上な立場であるとは、笑止でしかないが、
ロァが夢中になる女という特別なステータスも、ほかの男からも注目であり、
舞台女優のごとき、輝きを目に見せられ
ジニーの虚栄心は優雅に咲き誇っていた事だろう。
それさえ、奪われ、あげく、品物として、
うりさばかれる。
「親方・・は器用な男じゃないから・・」
器用な男なら、アマロもジニーも両手に抱いていただろうにと、男はジニーをわずかばかり、慰める。
「いいんだよ。船の中でだけど・・。
たったひとりの女でいれただけ、あたしは、十分魅力的な女だったと自分をしんじてやれるよ」
ひとときであっても、確かにロァの寵愛を一身にうけた。
「だから、岡におがっても、ひょっとして、酔狂な男がオンリーとして、かいとってくれるかもしれないじゃないか?
すくなくとも、そういう、希望をもてるよ」
哀れな希望だと思う。
できるなら、女として、ごく普通に結婚して、子供をうんで・・・。
なのに、
ありきたりな希望をもつことさえできず、売春宿に売り払われるしかない。
そして、どんなに平凡な幸福をのぞんだとしても、その体がすでに娼婦とかしている以上、ジニーは自分に平凡な家庭の妻におさまる資格がないとはっきり自覚していた。
自覚せざるを得ないジニーが哀れだった。
「そうだな」
ジニーへの同情もさることながら、
ジニーという名前の肉の味をもう、すすることができなくなる一抹の寂しさが男に柔らかな優しさをたたえさせていた。
「さあ、もう、ここで、さよならだな。
ジニーさんのことだから、しゃきしゃき、働いて、いい男をつかまえられるさ」
ドアの前へジニーを促して、シュタルトの船に乗せられる女たちの列をさした。
「あの列のなかにジニーさんがはいってしまうのは、俺としては、本意じゃないから・・」
もう、ここで、おわかれ。
あそこまで、自分で歩いていきな。
と、男はドアの前にじっと、立ち尽くした。
「うん・・じゃあ・・」
光になれた目で女たちの列をみつめたジニーはそのまま、視線を流し、アマロの姿を探した。
船の横へりに渡されたシュタルトへの通路は細い板一枚。
ロープを手すり代わりに左右にひきのばし、男たちは荷物を抱えてわたっていく。
その作業がおわると、次はあの隅っこで固まってる女たちが順繰りにロープをたぐりながら、シュタルトの船に乗り込むしかない。
板場一枚、地獄沙汰というとおり、
船と船のすきまを覗き込めば青黒いさめのひれがいくつもみえている。
足をすくめながら、大きな身震いに打ち勝ちながら、シュタルトの船に乗り込むほうが、生き延びれる道だと教えてくれる。
アマロはリカルドの部屋から、あの娘がつれだされてくるのを目の端で確かめると、ジニーを見つめた。
ジニーがあの娘の運命に気がついたときの驚愕をあまさず、みつめるつもりだった。
ジニーはアマロの仕打ちだときがつくだろう。そして、懇願する。
『お願い・・私はどうなっても良い。あの娘を助けて・・』
それは、つまり、ジニーには、アマロなら、あの娘を助けられると、考えているという事になろう。
そう考えられるのなら、なぜ、リカルドに私を売った?
私では、救い出せない。
そう考えたから、リカルドの企みにのった?
矛盾している。
と、なると・・。
私があの娘をすくいだせると少しでも思っていたのであれば・・・。
認めたくない。
考えたくない事実だけれど、
ジニーの底にロァを奪い取ったアマロへの復習があったということになる。
アマロがジニーの底の嫉妬を嗅ぎ取ったのは、アマロの底にも、同じ色のものがあったせいである。
独特な臭気をかもし出す独占欲が、アマロの自尊心をあおり、
リカルドに自分を叩き売ったジニーの嫉妬の元、つまり、ロァへの愛情がいまだに残っている。
アマロがジニーを一番憎んだのは、その部分だったかもしれない。
「あ?」
小さな驚きの声は悲鳴にもきこえ、
ジニーの瞳は確かにあの娘を見つけていた。
「アマローーー」
甲高い声がジニーの喉からほとばしり、
ジニーはつきつけられた事実を受け止められなかった。
「なぜ?なぜ?なぜ?」
よってきたジニーの恐ろしい形相を真正面から受け止めるとアマロはうっすらと笑って見せた。
「なぜ?・・それは、私がいいたいせりふよ」
「アマロ?」
アマロへ罵声を浴びせかけようとしたジニーだったが、アマロの表情とおなじように、アマロの気持ちを変える事は無理だと悟った。
気にしなくて良いとジニーを一言とてせめもしなかった、アマロは、もうその時にこの結末を、心にひめていたのだ。
喉の奥から上がってくる
「うらぎりもの」の一言をしゃにむに飲み込んで、ジニーは自分をなだめていた。
結局自分で呼び込んだ結末。
うらぎりものは、アマロでなく、このジニー。
うらぎりは、うらぎりしか、返してこない。
アマロが招きよせた結末じゃない。
この愚かなジニーが呼び寄せた結末。
すでに、この悪党どもの虜囚になった時から、いずれ、こうなるのが、定めでしかなかった。
どろ沼でもがけば、もがくほど沼の奥底に飲み込まれていく。
もがきは加速の代名詞にほかならない。
なんとかしようと、運命にさからってみたばかりに、結局、なにもかも、なくす。
運命を享受できない愚かさを、かくも、見事に清算させられるとは、ジニーさんもやきがまわったもんさ。
だけど・・・。
『あんただけは・・・』
小さな命をめぶかせているあの娘だけは・・。
運命だと享受させるに、待ち受ける運命の色はあまりに悲惨である。
今・・だと、子供はこの世に生をみない。
せめて、引き裂かれる運命だとしても、
命をつむいでやらなければ、
あの娘はこの先の人生に絶望と悪夢しかみない。
「アマロ・・お願いだから・・
あの娘を売らないで・・。ずっと、とは言わない。せめて・・」
ジニーはまたも、言葉を飲み込んだ。
はたして、本当にアマロの采配であるか、わからない。
ロァの気まぐれでしかないのかもしれない。
だとしたら、うっかり、あの娘がはらんでいるという事実を口に出せない。
口に出したら、間違いなく・・ロァはあの娘をシュタルトに売り払う。
わずかの時間にジニーは考える。
リカルドは自分の子供だとは、告げてない。いや、はらんでいることさえ告げてない。つげていないからこそ、自分の子供だとかばい立てをして、ジニーとの約束を遂行させようとしない。
なぜ?
なぜ、リカルドはあの娘をかばおうとしない?
それは?
『アマロ?あんた・・わざと?
わざと、リカルドにあえいでみせた?
そうすれば、リカルドは自分があんたをいつでも、てにいれられると慢心して、
あの娘のことなんか、なんの釘にもならなくなる?
アマロ?
あんた・・そこまで、計算しつくした?
計算づくじゃないにしたって、
男を手玉にとる・・体の底から、心の底から、芯から腐ったあばずれでしかないってことかい?』
この世に悪魔がいるなら、それは、あんただよ。
でも、その悪魔にすがるしか、あの娘を助ける事が出来ない。
「アマロ・・私は・・」
何も知らない。何も言わない。
リカルドとのことは、ロァになにもいわない。だから、あの娘を助けてとその言葉もジニーは飲み込むしかなかった。
リカルドと何かあったらしいことをロァに聞きとがめられるようなことをいえば、ますます、アマロはあの娘を売り払う。
おどしじみた言葉を吐けば、アマロの怒気をあおるだけになる。
「アマロ・・・」
あなただって、女だろ?
あなただって・・子供を育む性を具有した女だろう?
あんたの道具は・・男を飲み込むだけの虚ろかい?
命をはぐくむ女の道具じゃないのかい?
「アマロ・・・」
ジニーの懇願をこめたまなざしもむなしく、空をきり、
アマロはロァの指図のまま、あの娘がひきだされてくるのを、待っていた。
かすかな、薄ら笑いをうかべた顔を、わざと、ジニーにむけられると、
さすがにジニーも黙りこくるしかなかった。
『アマロ・・は、私をにくんでいる。
憎しみを植えつけたのはほかでもないこの私。私が・・あの娘のあかんぼうの命をつみとる張本人・・』
ひきだされてきたあの娘の前にジニーはひざまずくしかなかった。
どう詫びても、詫びきれない運命に
守ってやろうとしたこのジニーが突き落とす。
どう、詫びれよう。
頭をたれたジニーにあの娘は小さな声でつぶやいた。
「ジニーさん・・ありがとう・・。
なにもかも、わかっていてよ。
短い間だったけど、ちゃんと・・
お母さんに・・なれたもの。
ジニーさんのおかげよ。感謝してる」
ジニーが見上げた娘の顔にはひどく優しく、暖かな聖母のごとき笑みがあった。
その笑みのうしろから、
アマロの薄ら笑いが見えた。
ジニーにみせつけた薄ら笑いが
運命に拍車をかける鞭でしかないと、
アマロもこの時には、気がついていなかった。
あの娘はしゃんと胸を張ると、ゆっくりとアマロをふりかえった。
「アマロ・・さん。本当の愛は自分の中で
はぐくむものよ」
にこりと笑った顔にけおされ、アマロに次の思考が浮かばなかった。
ジニーの苦しみ、もがく顔を見てやる。
そう決めていたはずのアマロの目の中で
元凶であるはずの娘がにこやかにほほえんでいた。
「自分の中で・・・?」
ようやく口について出た言葉もアマロの自身の思いにかき消された。
相手がいてこそ。
対称があってこそ。
自分ひとりがんばってみたところで・・
飢えた心と体をもてあますだけ。
その飢えがおしてくるむなしさも苦しさもみじめさもあんたに、わかるはずもない。
アマロの反論は自爆を起こす。
『そうよね・・・。あんたは、愛する人を亡くし、一人でいきていくしかない立場だもの・』
それにひきかえ、少なくとも今のアマロには、ロァがいる。
でも、ロァがいるからこそ、言い知れぬ不安と独占欲にかられ、
餓鬼のように無様にものぐるしさに狂う。
「ジニーさん・・ありがとう。
私・・・ようやく、決心がついたわ」
にこやかで、晴れやかな口調があまりにもさわやかすぎて、この場に妙にふつりあいで、一抹の不安を感じジニーはあの娘を疑った。
「あんた?まさか?」
自分の中の愛に徹し殉じていこうとしてるんじゃなかろうね?
その疑問の回答はすぐにやってきた。
自ら、シュタルトの船への足場に向かった娘は半分も歩かないうちに
その身を板のうえからよろめかしていた。
まさに・・・。
殉死。
こういってもいいのだろう。
あっけなく、板場の上から姿を消して
海に踊りこんだ娘の姿をジニーもアマロは見つめ続けていた。
「あ?あ?あ?」
なんで?
なぜ?
わかるけどわかりたくない。
なんで・・なんで・・・
とめられなかった結末をいやがおうもなくうけとめざるをえなかったジニーは
アマロを振り返った。
振り返ったジニーの耳に海に踊りこんだ娘の哀れな結路がきこえてきた。
「ああ。ああああ。食われちまってるよ・・」
足場の下のさめの餌食になってしまったと、手下の誰かがつぶやいている。
ジニーのさす眼光よりも、鋭くアマロの胸に今、はじめて、大きな痛みがつらぬいていた。
「ま・・まさか・・」
アマロだって、こんな結末を予測だにしていなかった。
ちょっと、ジニーを苦しめてやるだけだった。
ジニーが苦しんだように、みえなかったから、私も茶番を止めれなかった。
なにもかも、ジニー。
はじめから、私をこけにして、
リカルドを使って私に復讐した・・。
ジニーのせい。ジニーがすべて、悪いのよ。
みせつけられた己のとがをかぶるまいと、アマロは逃げ道をさがしていたが、
それは、結局「人殺し。血も涙もない悪魔のようなアマロ」をみとめたくない所作に過ぎなかった。
だが、現実は如実にアマロをさらしていく。
「アマロ・地獄におちたって、おまえはぬぐいきれない罪をせおったんだ」
なにも守るものをなくしたジニーは、もう、アマロト同じ空気を吸うことも、同じ船に足をつけているのもいやだった。
「結局・・あたしが・・あの娘を・・死なせてしまったんだ。その罪ほろぼし・・?
その十字架をあたしは一生せおってやるよ。それくらいしか・・あたしがつぐなえるすべがない。でも、アマロ・・おまえ・・今はせいぜいのうのうといきていくがいい。この世の今のしあわせしか、もう、おまえには残ってない。地獄におちる門をくぐることをおびえる、そのくるしみから、開放されることもない。唯一の虚楽であるロァにせいぜいかわいがってもらうことさ。そのロァをどうやってつなぎとめておくか、そればかり考えて・・そして、
もっと、罪をおかすがいい!!」
アマロにたたきつけた言葉の後ろにある憤怒がまだ、ジニーの肩をおおきくゆすっていたけれど
「あんたみたいな、ひとでなしとこれ以上、口もききたくない。見たくもない。
こっちがけがれちまうよ!!」
その言葉を最後にジニーもまた、シュタルトの船に向かった。
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