2
アマロがジニーに逢ったその直ぐ後に、ロァは客船を襲撃しもう1週間後にたてつづけに輸送船をふたつおそった。
船に女が乗る事すら稀な時代である。
客船の中から引っ張り出した女の数は指の数に余る。
ロァは女に目もくれず、女の始末をささと手下に指図すると、船の中のキッチンにあゆんでいった。
めぼしいものはとっくに自船に運び込ませているロァが自ら、それもキッチンの中にはいってゆく。
「親方?」
食料だって残らずひっさらった。判っているはずの親方が何を捜しているのか、気になって男はじっとロァをみつめていた。
「ああ」
ロアは小さな箱を棚からさがしあてると、そっと、蓋をひらいた。
篭った空気が箱の中身の香をただよわせはじめると、
男はそれが紅茶である事をしった。
誰がそんなもののむんですかい?なぞと無粋な事はききはしない。
ロァが女のために紅茶を探し回っていたと判ってもおどろきはしない。
あの日、船倉に現われて女の持ち物を捜し始めた時から、親方があの女に狂っちまった事を男はかんじとっていたから。
大事そうに蓋を閉めなおすとロァはテイーカップに手を伸ばした。
白磁の器が清楚で凛としている。
船の揺れを考え、底は大きくつくられ、受け皿も白磁を据えるくぼみをわざと深くえぐらせている。
そのくせ、取っ手は上品な螺旋を描いている。
アマロもきにいるだろうとロアはカップにてをのばした。
「親方。匙も・・濾し器もいるんじゃねえですかい?」
「そうだな」
女に貢ぐ物を物色している男のてれが一瞬うかびあがったが、
開き直ったのか、
アマロの荷物を捜しているロァを既に見られており
周知のことと気がついたか、
「おまえ。どうおもう?」
尋ねられた男は何の事か、見当がつかずだまりこむしかない。
見当ちがいに下手な事を答えたらロァの機嫌を損ねると知っている男は
さりげなく
「親方のぶんはいらないんですか?」
と、当たり障りの無い返事を繕うと、思いのほかロァが快濶にしゃべりはじめた。
「と、いうことはアイツもきにいるということか」
なるほど。どう思うはカップを女がきにいるかどうかということだったのだと、
悟ると男は
「親方がいいとおもったら、いいんですよ」
カップ一つに女の気に入るかどうかと気をもむロァなんぞ初めて見た。
と、笑った。
「どうもな・・」
俺にも解せねえとロァは返したが男は真顔になった。
「男の人生に一人くらいはそんな女がいなきゃあ、つまらんですよ」
ロァは愉快そうに笑った。
「そうか。つまらんか」
男の人生を彩どる女と一緒に紅茶を飲むのもいいかもしれないとロァはもう一つカップとソーサーを掴むとキッチンを出て自船に戻った。
無論男が慌てて濾し器と匙とロァが置いた紅茶の箱を引っ掴むのを目の端でたしかめてのうえだったが。
運び困れる略奪品と引き換えに一体何人の男の命を奪ったのだろう。
アマロは自分の運命を変えたあの日の海賊と今、目の前を荷物を抱えて船倉に運びこむ海賊がどうしても、同じ海賊だと思えない。
どんな猛獣であっても、自分に手を下さない猛獣は猛獣でありえない。
けれど、通り過ぎる海賊から時折、血の臭いがわいてくる。
たっぷり、返り血を浴びたシャツを脱ぎ捨ててきた男は半身裸身のまま、荷物をはこびこむことにいそがしい。
運び困れる略奪品と引き換えに一体何人の男の命を奪ったのだろう。
現実の悲惨さより、アマロはロァの姿を目で追っている。
略奪品が運び込まれてもロァはかえってこない。
向こうの船に立った影がロァかと思えばこちらに渡って来た時には違う人間である。
ロァになにかあったのなら、皆荷物を運び込むどころでないはずだから、無事なのだと思えば、別の不安がよぎる。
荷物を運び込んだ後にアマロも海賊船にわたされた。
つまり、ロァは今、船倉の隅の荷物の陰にまで隠れた女がいないか、船の中を隈なく探し回り、甲板にかき集められ、一塊になって震える女の前にたっているということになる。
人の命よりロァの命が心配で、女達の恐怖より、ロァの興味がその中の誰かに移らないかと不安になる。
いつの間にこんなに冷酷で自分勝手な女になりさがってしまったのだろう。
自分を責めるアマロも長く続かない。
向こうの船に人影が見えれば、アマロはやはりロァかとおもってしまう。
やがて、最後の荷物が運び込まれ、女が4、5人。男たちに押されるように、引きずられるように、こちらにわたってきた。
その男達の中にもロァがいない。
ゆっくり、お気に入りの女を携えて、ロァが渡ってくる。
恐ろしい不安が的中しないことを祈るアマロであるばかりで、こんな女は、死んでも神のみもとにあがれはしないと思う。
それでも、いいと思った時、アマロの瞳は今度こそロァをとらえた。
アマロの不安は的中せず、ロァは手に小さな白い物をもっていた。
マストの下で男達の作業を見守っていたアマロにロァも、きがついた。
じっと待っている事も叶わずアマロはロァにあゆみよってくる。
「やあ」
ロァはすこしてれて、アマロの目の前にカップを差し出そうとしたその瞬間に
アマロの身体がロァの胸板目掛けてすべりこんできた。
「おっ・・ああ」
一瞬、戸惑いを発した声は得心の声にかわりロァはアマロの心をうけとめた。
「心配だったか?」
胸の中で頷くアマロを抱きしめるためにロァはそっと、カップの取っ手に指を入れソーサーを手の平と残りの指にはさみこんだ。
アマロを抱き寄せると途端に口笛と拍手とひやかしの喚声がわきあがった。
「あ・・」
やっと、みんなの注目の的だったと言う事に気が付いたアマロだったが、ロァは
「かまわない」と、いった。
ヒューヒューと云う口笛と親方親方と連呼する声を静めるためロァはアマロを抱き上げ操舵室の後ろの部屋にたった。
アマロがロァに抱かれたままドアを開け二人の姿がそのドアの中に消えるまで喚声と口笛はなりやまなかった。
部屋に入ったロァはそっとアマロをたたせると
「当分。でていかれねえな」
笑いながら、カップをテーブルの上においた。
「おまけに、こいつも器だけじゃ役にたちゃしない」
濾し器も紅茶もあいつがもったままになってしまっている。
「綺麗な白磁器ね」
テーブルの上の品物をアマロが気に入ってくれたようであったが、ロァは軽く「まあ、そうだな」と、うけながしておいて、
「あいつらの期待をうらぎっちゃいけないだろ」
と、アマロにささやいた。
船倉の中に新たに捉えられた女達が、一塊になってふるえている。
すでに男達の欲望を舐めさせられた初めの虜囚を先輩と呼ぶのは滑稽だが、
此処で女が海賊達に何を差し出せばいいか知っている女を先達とよぶしかないかもしれない。
塊り、震える女達にかける言葉なぞあるわけがない。
先達である女たちが黙っていても、男達に生き延びる術が何であるかを、いやおうなくその身体におしえられる。
それを敢えて同じ女の口からいわなければならないとしたら、言うほうも聴かされる方もいっそう惨めな運命に飲み込まれた自分をのろうだけしかなくなる。
やがて、デッキの上に並べた樽にためた雨水で血飛沫を洗い落とした男達が裸同然の姿で船倉に降り立ってくる。
戦闘の興奮が収まりきらない男達は乾いた服に袖を通すのさえもどかしい猛りを沈めるべき女を定め始める。
叫び声が悲しい嗚咽になり、生きていくための犠牲の見返りに女は諦めるしかないことをその身体に貫かれる男の物でしらされる。
新しい女への好奇は、一人の男だけでない。
幾人もの男の物に嬲られる事により、女は直ぐ様に自分の運命を享受させられる。
男達の共有物でしかない運命を頭にまで理解させるに、のしかかる男の数は充分すぎ、運命を嘆くより、陵辱に精神を痛ませるより、ただ、男の物が自身の中に蠢くのを生々しくかんじながら、早くこの時が流れ去るのを祈るだけの女になる。
男達の漁りが滞りなく終えるとジニーは男達の洗礼を受けた女達を仲間とながめるしかなくなっている。
だが、うずくまって泣いている女より、新しい女に飽き足らない男や、順番が来るのを待ちきれなかった男が相変わらず嬲った「あの娘」の側ににじり寄る方が先だった。
口の中のぼろ布はいつもどおり、この娘が必死に叫び続けた証でしかない。
「そんな事で・・あんたの心だけは屈服しやしないっていくら、あいつらに教えたって、どうにもなりゃあしないんだよ」
大人しく男を迎え入れるのは体だけだと割り切ってしまえと、ジニーはいった。
娘は首を振った。
首を振った。
「ふう・・・」
溜息を付くしかないジニーに娘がつぶやいた。
「もう・・だめ、なの」
ジニーには何が駄目なのか、要領をえない。
「私の身体・・・もう・・だめ・・」
呟いた娘は静かな涙をこぼしだした。
前の時と打って変わって、大きな声で嘆こうとしない娘の中に諦念がみえる。
『そ・・そういうことか・・・』
恋人がいた娘である。
その恋人のためにも、恋のためにも娘は抗わざるを得なかった。
だが、その恋人のせいで娘の身体が既に男を知っていても不思議ではない。
男を知っている身体がとうとう、陵辱でしかない男の粗暴に屈するをしらされた。
ぼろ布を詰め込まれた口が娘の意志に反し、甘美を訴え始めた。
おそらく、今までにだって何度か我を忘れさせる感覚が娘をおそったことだろう。
だが、それに屈することなく、ぼろ布の奥で娘は叫びきった。
それでも、男に反応する自分の身体を憎み、
だからこそ、小さな裏切りに思い切り嘆けた。
だが。
今度は違った。
「リカルドだね?」
娘を喘がせてしまった男の名前など娘はしらない。
だけど、リカルドなら、しかたがない。
あの男は女に長けている。
女を上り詰めさす技法を熟知の上彼は局部に真珠玉をうめこんでいる。
女を喘がせる事こそを至上の快感にしている男に嬲られた事が運のつきだったことだろうが、故にそんな異常な男に恣意に飲まれた事を屈したと考える必要はないとおもえた。
が、それも男に長けた女の言い分でしかない。
娘は身じろぎもせず涙をこぼしつづけていた。
一度負けを知った体が精神を支え直す事を出来ない事を知っているジニーはただ、娘の涙の静かさにある、深い悲しみをしった。
身体は娘の中の恋人への想いを放棄した。
砦を失った身体が今度は娘に何を要求してくるか。
娘は涙と共に哀しむ心さえ身体の外に押し出そうとしているようにみえた。
二、三日もしないうちにリカルドが、あの娘を取り巻く輪のなかにいた。
屈服を知った娘であっても、初めからまけきることはできない。
快感に屈せられるまでの間のわずかの抵抗をあい替わらずこころみている。
ぼろ布を詰め込まれた娘をみながらリカルドが鼻先でわらう。
「てこずっているようだな」
と、娘から降りた男を嘲笑する。
自分の持ち物の雄雄しさを誇示する男は、これから優越感をも手に入れる。
娘にまたがったリカルドは、娘の恐怖をよみとる。
「わすれられなくなっているだろうが?」
リカルドに陶酔を覚えさせられた娘が見せる表情こそ鬱屈したリカルドの欲望をそそる。
「こんなものなんか・・いらねえだろ」
娘の口に詰め込まれた物をひっぱりだしてやると、
同時にリカルドは娘の滴りの中に己をもぐりこませてゆく。
再び娘の絶叫が甲高く船倉の中にひびきわたるが、それも束の間。
何かを堪えるために娘の口は引き結ばれる。
リカルドのごつとした丸い刺激が娘のなだらかな部分をゆっくりとなであげているというのに、娘の瞳は中空を舞い、今までどんなに嬲られても屈服を表すまいと閉ざす事のなかった瞳がうつろになると、とじた瞼の中にかくされた。
「たあいないもんだろうが?」
周りの男に声をかけるリカルドは娘の中が狭まってくるのを知る。
娘のその場所が快感のために男を締め上げる反応を見せ始めている事に気がついているリカルドの動きが微妙に変化しだす。
「もう・・・もちゃあしねえぜ」
リカルドがいうまでもなく娘の口が僅かに開き、絶叫や抵抗とは異質な音がもれてくる。
「え?どうだよ」
娘にいったのか。
周りの男に尋ねたのか。
リカルドの動きは休むことなく繰返され、娘の身体が薄赤く上気しだしてゆく。
ますます狭まってゆく女の中に熱いうっ血の塊が沸き始めた時
「いかせてほしいだろ?あじあわせてやるさ」
娘にかける言葉と裏腹にリカルドは娘の身体をはなれようとした。
途端にむしゃぶりついてくる女になってしまった娘こそリカルドの支配欲を贖う。
「おまえが・・ほしがったんだぞ」
誰でもない娘自らがリカルドの肉を望んだ。
男のものにつながれずにおれないお前の中の快感を自覚しろとリカルドは娘を貫く動きを一層激しく大きくした。
娘の声が競りあがってくる頂点を訴えだすのをリカルドは耳でなく娘の中に飲み込まれた物できいていた。
リカルドの物に責め挙げられ鬱血した内部が小刻みに震えだしやがて大きなうねりを起しずきずきと血脈の動きをリカルドに伝えだす。
女の内部が上昇しきった後に起す肉の動きを味わいながら、埋めきがひくまでの長い間リカルドは娘の中をおよぎきった。
放出まで行き着かなかった男は娘の身体を離すとジニーの姿を捜しはじめた。
リカルドがその場を立ち去り、離された娘がぐったりと身体を投げ出すと
周りの男達は床にまで流れ落ちた娘の滴りをみつめていた。
が、
「へっ」
見まがう事なく淫婦になったと、娘をあざ笑う声が
娘、いや、淫婦にいどみかかっていった。
よってきたリカルドにジニーを抱いていた男は慌ててその場を譲ろうとする。
「かまわしねえぜ」
ゆっくり、待ってられねえほど飢えてるわけじゃない。
ロァの補佐でもあるリカルドはその地位を考えれば、ロァのように特定の女を囲うこともできる。
だが、リカルドはそれをしない。多くの手下ともども女をなで斬り切りにするばかりである。
はあっという男の声がせつなくもれると、男は自分の体液を手の中に受止めリカルドにジニーの場所を明け渡す事に急ぐ。
「いいっていったろうが・・・」
後始末をはじめようと向こうの隅に行き座りこんだ男からジニーにむきなおると
「と、いいながら・・ジニーさんはそうでもないか?」
いつだったかも、この男にいいほど弄られ、はからずもあくめを覚えさせられたジニーだった事をリカルドは覚えている。
「あの娘にたりなかったって?」
新しい女にはいっさきにてをつける男が新入りをほっておいて、泣き叫んでばかりいるあの娘に突然興味を示したのもふしぎだった。
この間まで、娘に興味を示さなかった男が二度目に船倉に現れたときのその初めからの目的が娘だった事にジニーは少しおどろいていた。
「あんたにしちゃ・・・めずらしいじゃないか」
「俺はどっちかというと、あんたみたいに熟れた女が・・」
此処からリカルドは声をひそめた。
「俺の物にこらえ切れずよがっちまう方がみごたえがあっていい」
「そう」
軽くいなして笑ってみせたが、
リカルドのその言葉にはあの娘の中の女が既に熟れ始めた事をみぬく『女に長けた』男の感の良さを自慢する響きがあった。
「だから・・もっと、くるわせてやるさ」
女という果実の色づきを感知した男が女を熟成させる魔法をかけてやる。
その為にリカルドは立て続けにあの娘に挑んだ。
その結果。
「みてただろう?ありゃあ、思いの他いい女だぜ」
リカルドの性戯に、我を忘れたあの娘の所作はジニーの目にもうつりこんでいた。
「そうね」
返事を返したが心の中に暗澹とした物がながれこんでくる。
確かに男達の遊戯を快感で受止め、孤我を忘却の中に包み込むことをあの娘にのぞんだ。
だから、それで、いいんだと思いながら、何か釈然としない気持ちがジニーに残った。
それが何であるかを考えつめさす事を阻むリカルドの要求がジニーに強いられる。
「あれっきりだったろう?他の男に抱かれるたび俺の物がほしかっただろう?」
やはり、リカルドはジニーの醜態を覚えていた。
「嫌な男だね」
そう、嫌な男だ。
抱いた女がリカルドの物で高みを覚えたら、他の男に嬲らせて置く。
自分の凶器の味を見せ付けるため、わざと、他の男ではえられないとしらせる。
『そうまでして、あんたが恋しくなる女をみたいかい?あんたみたいな男は肉棒一つでしか女を繋げない寂しい男だって事に気がつかない方が幸せかもしれないね』
心と裏腹にジニーはせいぜいリカルドにあえいでみせる。
「ステキよ」
と、甘い吐息をはいてみせて、空っぽの心に似合いの身体だけの慟哭に浸って道化師をあざわらう。
一体どっちが操っているんだろうかと思う。
リカルドは自分の持ち物で女を操っていると思い込んでいるし、
ジニーはその操り師の立つ瀬を作ってやっている。
『哀れなものだよね』
心が介在しない遊戯に溺れる男も、
そんな男を慰めてやる自分も一層憐れにみえた。
船があらたなる獲物、輸送船を襲った後だった。
すっかり様変わりしたあの娘はもう、叫ぶ事もなく
新入りの女達も同様、大人しく男にだかれるようになっていた。
リカルドが船倉にあらわれると、女達を並ばせ始めた。
ジニーを含め18人の女はのろのろと立ち上がる。
ジニーの前にたったリカルドは
「お前はおしい。だが、惜しい女ほど高くうれる」
と、つぶやいてみせた。
それで、ジニーに判った。
リカルドはシュタルトの船に渡す女をえらんでいる。
言い換えればどの女を船に残しておくか、リカルドに権限がある。
わざわざそのリカルドがジニーに呟いてみせたのは、ジニーの口から此処に残りたいと嘆願させたいせいらしい。
だが、ジニーがシュタルトの船に乗ると言う事はアマロによってロァにも伝わっている筈である。
なれば当然リカルドまで伝えてあるはずのことがリカルドの選択に左右されると言う事はどういうことであろうか。
『アマロ・・あんた、あたしを此処にのこしておきたいってことかい?』
わざとロァに伝えずおけば、リカルドはジニーの本心などしらない。
知らないリカルドはジニーの嘆願をみてジニーを飼いならした男としての己の技巧の深さに、とっぷりと満足する。
「お前の言い分は後できいてやる」
やはり、リカルドはジニーに懇願せよと暗示するとジニーの前から次の女の前に立った。
貧相な顔立ちに色めき立つ女の匂いが薄い上に繰り返し漁られた痛みがその顔をもっと、醜悪なものに変え今になっては、目当ての女を待ちきれない男の憂さ晴らしでしか、相手にされなくなった女は時に男達が必要とする部分だけしか要らないとばかりにその顔の上に布切れを掛けられ、まるで黒いベールに包まれた死人を犯すようにあつかわれていた。
「ふん」
リカルドの欲情さえ削いでしまう女の貧相さを汚い物のように見る。
この先の淫売宿でも、まともに客がつかないだろう。
シュタルトに買い叩かれるだけの女だが、ここにおいて貴重な食料や水を分け与えるにはもっと無駄な女である。
順繰りに女を値踏みしていたリカルドは残しておきたい女と高く売れる女との境に立つ女の前でやはりたちどまってしまう。
あの娘の前に立ったときもリカルドは娘に何かつぶやいていた。
娘が瞬間、うつ向いたことからおそらく淫卑なことだったのだろう。
誰と誰をシュタルトに売る女に決定し誰を此処に残す気なのか見えてくるリカルドの歩が最後の女のところに来ると
「よし。もういい」
と、待ち受けた男達に女を解放した。
後でといったリカルドはジニーが思ったとおり、最初にあの娘のところへいった。
あの娘をいたぶりつくしたリカルドがジニーの傍らによってきた。
「かわいそうにね」
皮肉な言葉をなげかけられてリカルドは向こうのあの娘をふりかえった。
「そうでもないだろ?」
リカルドの一鎚があの娘に性の歓喜を与え、後の男は安々とあの娘を抱き果せる。
「お前も、かわいそうになってみるか?」
「そうね。わるくはないわね」
強かなジニーの答えもリカルドの興をそそる。
「ところで・・」
ジニーは尋ねる。
「ロァから何もきかされてなくって?」
ジニーに尋ねられるとリカルドは瞳を斜め下に泳がせた。
その態度がジニーにリカルドの勝手をさとらせた。
「きいているんだね?」
とぼけても仕方がないとリカルドは手をふった。
「そんなことは・・・こいつにきいてくれないか?」
リカルドの行為がジニーを此処に留まらせる事を選ばせると信じている男はやにわにジニーにいどみかかってゆく。
「あんた。どこまでこんな事を信じ込んでるのよ」
一時の快楽で女をいつまでもつなぎとめれるわけがない。
馬鹿だといわれたリカルドはジニーに意外な言葉をかえした。
「おまえにしろ、あの娘にしろ、結局俺をこけにしやがる」
「ちょっと。まって!」
今なんといった?ジニーの事は判る。
だけど、なんで、あの娘がリカルドをこけにするという?
一体なにをいわれたという?
いったい、何を言えばあのひ弱な娘がリカルドを焦燥に落とし込める?
なにをいえば、リカルドをこけにしたと思わす事が出来る?
いたずらを見つけられ困った子供のようにリカルドの顔がゆがんだ。
「あの女・・。俺に抱かれながら、他の男の名をよびやがった」
「え?」
『ああ・・あんたったら・・』
あの娘が呼んだ男の名前は恋人の名前にちがいない。
身体の裏切りを凌ぎ恋人へ想いに昇華させたあの娘を胸の中で、見事だと褒め称えたジニーの顔はさぞかし満面の笑みをたたえていたことだろう。
リカルドにすれば、あの娘を喘がせれば喘がすほど、あの娘に恋人との瀬戸にたたせるだけだときがつく事実でしかなかった。
「それだけじゃない・・・そのあとのことだ」
リカルドの衝撃はまだつづく。
「シュタルトのことをだれにきいたか、しってやがって・・」
ちらりとジニーを覗き込んだがそれは話した奴が誰かを詮索したいんじゃないといっていた。
「ぬけぬけと他の男の名前をよんでみせたくせに・・・・」
そう、ぬけぬけとだ。
あの時確かにあの娘はわざわざ大きく目をあけてリカルドをみつめあげて、「その男」でないことにがっがりした顔をみせたあげく、男の名をよんだ。
リカルドにとって、こんな侮辱はない。
だが、ジニーには、胸がすくようなあの娘の快挙だ。
「ふうん。それで・・・」
笑い出しそうな口元はこらえてもゆるんでゆく。
この笑いをはきだしてやりたい誘惑にかられながら、でも、リカルドの「それだけじゃない」をきいてからのほうがもっといい。
ジニーはリカルドが傷をさらけだすのをまった。
「オンリーにしろ。だとよ」
吐き出した途端、リカルドは再浮上しだしたむしゃくしゃする思いにひっつかまれてしまった。
「おもいだしても、むなくそがわるい」
わらい転げてやるつもりだった、ジニーの顔が少しこわばった。
大体、あの娘はそこまで、計算付くでリカルドをコケに出来る娘ではない。
「へ?純情面さげて、つい、この間までひーひー泣いてた女が一皮めくりゃあ、大した玉じゃねえかよ?」
と、リカルドはいうがそこまで、男を手の平に乗せきれるほど、男にすれた娘じゃない。
だいいち、リカルドに取り入る気だったら、恋人の名前なんか、よびゃあしないだろう。
でも、是も男になれた女にできる荒業でしかないのだろう。
あの娘はリカルドに与えられる快感を受止める身体から、精神をのがそうとしたのだろう。
無意識のまま、娘はリカルドの陵辱を恋人の幻影にすりかえ突破口をきりひらいたのだ。
リカルドに与えられる快感から意識をそらし終わったあの娘は『考え』を実行しだした。是が正しい推測だろう。
あの娘の考えた事は、シュタルトの船に乗らず、此処に残ろうということだろう。
どのみち、どこにいっても、男に身体を開く運命しかないと悟った娘は、この船の中でこれ以上、他の男に身体を投げ打たずに置く方法を考えついた。
誰かのオンリーになる。
だが、その相手をリカルドにするしかなかった。
まず、当座、船の中に残す女を選択できたのは、リカルドだ。
次にこの船の中でロァの重鎮とも言える男はリカルドしかいない。
女には異常な恣意をみせるが、
海賊としての手腕はその鋭利な判断力と共にロァの信頼が厚い。
つまり、オンリーを所持できる男はロァとリカルドだけといいきってもよいかもしれない。
だから、やはり、リカルドを選択するしかない。
と、一目見には思える。
それがジニーである。
あの娘自身が気がついていない、側面がみえた。
だから、ジニーの顔がこわばってくる。
「なんだよ?」
些細な傷心から、ぬけでたリカルドはやっと、ジニーの引き攣った顔にきがついた。
「あんた・・ううん」
言いかけてジニーはくちをつぐんだ。
あの娘がリカルドを選んだのはリカルドの背景のせいだけじゃない。
恋人の名を呼んだと聞かされたとき、
ジニーは胸のすく思いをあじわったけど、これも違う。
あの娘はリカルドに恋人を重ね合わさせられはじめている。
ジニーの考えは事実とはちがうかもしれない。
でも、リカルド以外の男にだかれても、あの娘はきっと、恋人の名前を口にだしたりしない。
胸の中で恋人を呼ぶだけで充分だろう。
ところが、リカルドに抱かれた時胸の中の恋人の存在がきえてゆく。
リカルドのものになってしまう身体が恋人まで遠くに追いやると知ったとき
あの娘は恋人を敢えて、意識しなければならなくなった。
意識の中から遠く去ってゆく存在だからこそ呼び戻さなければならなかった。
あの娘は身体から先に、リカルドに染められ、いつのまにか、リカルドの女になっている。
こう考えられるとジニーは思った。
だから、「いっそ、あの娘をオンリーにすれば?」とリカルドにいいかけた。
だけど。
身体に支配されてゆく女の情のもろさがジニーの胸を暗くする。
できることなら、ロァにもう一度。
ふさぎこんだ、ジニーのもろさをくだこうとするかのような、あの娘の情が
心にいたい。
リカルドに本気に成っているときがついた時のあの娘がこわい。
女を玩具にしかできない男を選んだせいで、胸の中から恋人を失くす。
それも、あわれにその自らの身体にしくまれた甘い罠のせいで。
淫売のほうが、数倍ましだろう。
すくなくとも、心だけは・・・。
そう、心だけは。
身体はどれだけ他の男になめられたって、この想いだけは・・。
ロァの名前をこんな男と摩り替えてよんだりしない。
だけど、こんな男にあんたは・・恋人を重ねられる。
傷つくだけ。
泣きをみるだけ。
こんな男に本気になっちゃあ・・・
「だめ・・」
ジニーの声がリカルドを奮いたたせてゆく。
ふと、ジニーは痛いほどの視線を感じた。
むこうで、あの娘がこっちをみている。
『やっぱり・・本気だっていうの?』
アマロ。あんたのお陰であたしはロァに惚れてよかったといえる。
でも、どう?
あの娘は、誰をも愛せない男にほんきになりはじめてる。
あの娘の目の前で女を玩具にする男に、本気になりはじめている。
自分をも玩具にしてしまう。
「リカルド・・ねえ・・もう、駄目・・リカルド」
ジニーはわざとリカルドの名前をよんだ。
「ああ・・」
けして、リカルドの名前なぞ呼ばなかったジニーがリカルドとよんでくれるのは、
あの娘から受けた侮辱を慰めるためだけかもしれないと、思いながら、
リカルドと連呼されれば一層ジニーの喘ぎにこたえてやりたくなる。
「ジニー・・ジニー・・」
やり過ごすはずだった高揚をジニーにぶつけずに置けなくなったのも、
やけに馴れ合い染みて、名前をよびあったせいかもしれない。
ほんの少し愛しさを感じながら、リカルドは此処での鉄則にしたがった。
「ああ・・ジニー」
孕ませてはいけない。
この鉄則のために最後の瞬間までジニーの中に居れない。
辛い決断をジニーの名に変えて、リカルドはひとときをおえた。
ジニーはすぐさま、あの娘をぬすみみた。
娘が何かを決意する眼差しはジニーに一つの直感をくれた。
『今度は、あんた。あたしに負けまいとして、リカルドの名前を呼ぶんだろうね』
男の心を少しでも自分に傾けさせるテクニックを知った女と、
リカルドが堪えきれず女の名前を呼ぶ事もあると知った女が
次にどうでるかで、真意がわかる。
『あんたが、これでも、本気だと言うなら、
やっぱり、あたしはシュタルトのふねにのる』
ジニーに乗り上げたままのリカルドの頭をいとし気になぜてみせたあと、はやくどいてくれと、こんな男の背中をつねりあげたジニーは
『やっぱり、どっちみち、あの娘をみてるのはつらいんだ』
と、おもった。
ロァの側に寄ってきた男におぼえがある。
いつか、甲板を歩いたアマロに声をかけた男にちがいない。
あの時と同じように
男は親方の女にだって遠慮会釈なく好色なまなざしをむける。
男はアマロを舐めるようにみつめると、ロァと話し込み始めるが
時折、ロァの後ろに居るアマロを盗みみる。
アマロは嫌な男だと思った。
ロァも気がついているだろうに、その所作を咎めようとしない。
ロァがその男の存在を重要なものとしているせいか、
自分の女が他の男の目を奪うことにいささかの満足をえるせいか。
そこのところは良く判らないがとにかく、
頭領と対ともいえる横柄な態度がアマロの心に不穏を呼ぶ。
「で、何人残す?」
聴こえてきたロァの言葉にアマロの胸の底がぐっと縮んだ。
『シュタルトに売渡す女達のことだ』
と、わかったからである。
「まあ、めぼしい女が・・・」
言葉を止めるとちらりと、アマロを見る。
「あんたの」
と、顎でアマロをしゃくってみせて、
「あれくらい、だったら、迷わず残せるところだが・・・」
作物の如くに女をたとえていう。
「不作もいいところ・・」
「ふうん」
売るに安く。
数を頼みにいっさいシュタルトに売り払ってしまえば
血を滾らした男達のうさの晴らし場所もなくなる。
ロァが、女を男の道具としか考えないのは、
海賊達のうさをうまく取りまとめる事が出来る唯一の物であるせいだろう。
些細ないざこざも男の欲求不満から、大きな物にかわる。
閉ざされた世界で男同士がうまくやってゆくためには、
つまらないうさを持たせない事だとロァはかんがえている。
「ジニーはいい女だが、あんたが、シュタルトにわたせというなら、
これはしかたがない」
さすがにロァの前の女だけあるさと、口の中に言葉を隠した男が
アマロを見詰める目の中に、
そのジニーを棄てさせたあんたに興味があるという色がみえる。
「ほかには・・・」
「まあ、新しく船を襲うまで辛抱させるかな。それも一手だぜ」
「餓えちまえば誰だって、かまわしねえか」
女ほしさにいっそう、略奪に血気がはやる。
いいことかもしれない。
「だけど、ロァ。そうなると、あんただけ、女をだいてるってのは、厭味な物だぜ」
ロァはふと、アマロを振り返った。
確かに女っ毛をなくし去った船の中、
頭領の身分をいい事に美貌のアマロを独占しているのは
男達のやっかみと羨望がくすぶり、ロァへの不満が増殖しだすだろう。
「なるほど・・」
リカルドという男は時にロァの気がつかない側面を意見する。
これがリカルドを腹心の地位にすえさせている大きな一因である。
「おまえの采配にまかせるとしようじゃないか」
目の前のアマロさえ、いればいいというロァの執心が
さらにリカルドにアマロへの興味をあおらせるとも知らず、
ロァはリカルドに女達の選択をゆだねた。
「例えばジニーを残してもいいということだな?」
昔の女がアマロの前をうろうろしていても構わぬくらい、
ロァは既にアマロの心をつかんでいるかと云う問いを含むと知らず、
ロァはあっさりと答えた。
「俺の事にこだわらないなら、お前のオンリーにしたってかまやしない」
それくらい、ジニーへの執着はないとロァは言いのけた。
「ありがたいことで・・」
何が悲しくて棟梁のお古なぞをよろこんでもらいうけようか。
くれるなら、その女。
俺とその女どっちが大事だ?
こんなリカルドの底の嗜好が既にアマロに向けられていると気がつかぬまま、
ロァはリカルドに選択をゆだねる。
リカルドが部屋を去った後。アマロはロァに詰問する。
「どういうこと?ジニーの意志はどうなるの?私との約束は?」
冷たいロァの一瞥を受ける事になる。
「立場というものがあろう?」
「そんな・・・」
「お前も自分の立場をわすれちゃいやしないか?」
そう。ロァの気持ち一つ。気分一つ。
ロァの内側がいくら本気だと言ってみせても、
ロァについて廻る立場とアマロについて廻る対場を引き並べられれば絶対的にロァが優位なのだ。
「わすれちゃいやしないだろう」
ロァの手が伸びてくる。
ロァに従属される「女」でしかないアマロを思い知らされる時がはじまる。
ジニーの意志一つかなえてやれなくなる自分の弱さをしらされる。
「あああ・・・」
吐息は既に喚声になり、
ロァに従う女を選ぶしかない甘やかな陶酔に酔うしかなくなる。
「俺がいらねえといえるか?」
ううんと首を降るしかなくなるアマロは
自分こそが地上で一番汚辱に満ちた自分と知る。
けれど、このロァとのひと時を
確かにかけがえのないひと時にしたがる自分に逆らうことができない。
『ロァ・・御願い・・私を棄てないで』
屈服を言葉にしたくはない。
だけど、友と思い始めたジニーを平気で見限る自分を許すしかない。
ロァの調伏を受止める事を選んだアマロは淫らでしかない自分におぼれる。
『ロァ・・ロァ・・』
ふと、ケジントンへの思い一つさえなくした女が、
ジニーにすまないと思う方がおかしいと思えた。
「と、いうわけで」
リカルドはあっさりとジニーに要求する。
「お前はここに残れ」
「そう?」
冷たい笑いがおきるのは、アマロへのふがいなさのせいではない。
「何のために、私をのこそうっていうのさ?」
リカルドの性欲を漱ぐため?
ならば、そんなに特別な女なら、オンリーにすりゃあいいじゃないか?
『あんたの魂胆はみえてるよ』
リカルドの計略。
それは、この船の男達の気持ちを自分に惹きつかせるためだけ。
もし、リカルドがジニーをシュタルトに売り払うときめたら、
何人かの男達はジニーを失った怨みをリカルドにむける。
それ程ジニーは今この船の中の男達の渇望を興深くさらえてきた。
自分の保身のためと、仲間からの嘱望を得るためにジニーをシュタルトに売り払うわけにはいかない。
こういうことだろう。
「だけど。あたしもただでは、うんといいたくないね」
「はん?」
交換条件を出せる立場のジニーで、あるはずがない。
けれど、その内容を聞いてみたくてリカルドはジニーに訊ねた。
「あのこを此処に残す事」
思ったとおりリカルドはほくそえんだ。
その笑いでリカルドはあの娘をここに残す女のうちに数えている事が判った。
「おやすいことさ」
たあいなくリカルドが頷くのを待ったジニーはすかさず
「だけじゃ、だめよ」
と、つけくわえた。
「なんだっていう?」
興味本位で聴く気しかないリカルドと判っていながらジニーはつげた。
「あの娘を、かたちだけでもいい。貴方のオンリーにしてほしい」
「か?形だけ?」
飲み込める条件ではない。
形だけにしろ、娘をリカルドのオンリーにすると言う事は、
あの娘が共有物でなくなるという事であり、
早く言えばこの船に残す意味がなくなるという事になる。
あの娘を残す女の数としてかぞえられなくなるのは、さておいて、
いったい、どういう気持ちと考えでジニーがこんな交換条件を出してくるのかがひっかかる。
「お前を俺のオンリーにしてくれと言うなら、判るが、
なんだって、あの娘を?」
「なんでだろうね?」
問われた言葉に自分でも納得させられる答をいおうにも、自分の気持ちが判らない。
しいて、言えばリカルドの存在によって、自分を変化させるしかなくなった娘を、他の男達との共有物にさせておく、リカルドを見たくないと云うところかもしれない。
だが、男の気持ちにこんな甘い夢をのぞんでみても、無駄だと言う事はロァによって、身に沁みている自分が
オンリーさえもとうとしないリカルドに望んでみる事はもっと無駄だとわかっているはずである。
ジニーの不可思議を笑うとリカルドはジニーの思いに反した提言をだした。
「俺があの娘を上に連れて行ったら、お前からロァに此処に残るといいにいくか?」
「私がロァにあえるわけないじゃない?」
「シュタルトの処にいくと頼んだ様に、もういちど、ロァの女に頼めばすむことだろう?」
「え?」
何を考えているか掴む事は出来ないがリカルドは胸の奥深くに不穏な物をだかえている。
是だけは間違いないとジニーは直感していた。
「わかった」
とにかく、あの娘の立場はあの娘がのぞんだとおりのことになる。
シュタルトの元に解放されることはもはや諦めるしかない状況の中、せめてもの、交換条件がなりたつのなら、それで恩の字とかんがえなければなるまい。
「だけど、あんたは、やっぱり、下におりてくるんだよね?」
われながら馬鹿な科白をはいたジニーにリカルドは愉快そうにささやいた。
「ジニーさんよ。心配しなくても、いいぜ」
オンリーをもったって、文字通りオンリーだけのリカルドにはなりはしない。
「あんたは魅力的な女さ」
心配しなくったって、あんたの事も忘れずかまってやるさ。
リカルドの囁きは次の所作を求めだし、ジニーはリカルドをまち焦がれる女でしかないと認めさせられることになる。
「御願い・・あの娘の目の前で・・私を抱かないで・・」
ジニーの願いはききとどけられるはずもない。
「あの娘だけの物になれってかよ?」
口で言ってる事が嘘になるジニーの喘ぎは悲しい。
「お前の体は、むしろ、反対にお前だけのものになれっていってるぜ」
あとは、リカルドの手管をみせつけられ、逃れられない高みにいやおうなしにひきずりこまれてゆく。
ジニーは思考を止め、感情を棄て、その感覚に溺れ、リカルドのくれる陶酔にすがる女になる。
「いい女ってのは・・・こういうのをいうんだ」
男の蠢き一つが世界の全てになる。
この瞬間を味わいつくそうと餓鬼のようになりふりかまわず、女は我をわすれる。
女をわが道具でそんな女にしてみせることこそが、男の極致。
大いなる満足は頂上を舞い、リカルドの拘束はジニーをいつまでもとらえさせることになる。
喘ぎのさ中にリカルドに告げられたことが
ジニーの胸をしめつけている。
リカルドはその時、確かにこういった。
ロァの女を俺の部屋にこっそり、連れて来い。
と・・・。
アマロをどうする気でいるのか、
リカルドが何をたくらんでいるのか、
やっと、ジニーにわかったが、
リカルドはそれも、交換条件だとつけくわえた。
そして、また、
いやなら、俺はあの娘をシュタルトにうりはらうだけだと・・・。
「あんた?なにをかんがえてんだい?
ロァをうらぎるような真似をして、あんただって
ただじゃすまないよ・・」
リカルドはジニーの胸の先をきつく、つまみあげると、
「おまえが、だまっていればすむことだろ?
そして、おまえが、ロァの女の口をふさぐんだよ・・」
胸の先の痛みにこらえきれず、ジニーはリカルドの要求に
頷くしかなかった。
リカルドがジニーを離すと、ジニーの頭の中は
リカルドのいう条件をかなえてまで、
娘をオンリーにさせなければならないのかを、
かんがえていた。
アマロに何もかも、打ち明けてしまえば
アマロは・・あの娘の為にロァをうらぎるだろうか?
他に抜け道があるか・・。
あの娘は、シュタルトに売り払われたほうがよほど、幸せなんじゃないか?
女への興味と執着でめがくらみロァさえうらぎろうという男の
形ばかりのオンリーになったところで・・・。
?
それとも、あの娘をオンリーにしてみせるふりで、
ロァの目をあざむくつもり?
そして、あたしも・・・もうひとつのめくらまし?
リカルドのねらいは、初めからアマロでしかない・・。
でも、手の出しようがなくて、指をくわえてみていただけだったのに・・。
あたしとアマロの友情?・・友情にきがついて・・、
あたしをだしに、
どのみち・・あたしをだしにアマロをてにいれるつもりだった?
ジニーの思考はからからとからまわる。
どうすればいいのか・・。
アマロをうらぎるか、
あの娘をうらぎるか・・・。
結局はどちらかをえらぶしかないということだけはわかった。
暗澹とした想いのままジニーはあの娘に目をむける。
隅っこにうずくまりながら、転寝をしているのは、
今日も幾人もの男の飢えを購った疲れにとらまっているせいだろう。
ぼんやり、娘をみていたジニーにきがついたのか、
娘の近くに寝転がっていた女がおぞおずとにじりよってきたのは、
女がジニーに何か、伝えたいことがあるようにみえた。
はたして・・・。
「ジニー。あんたがあのこのことを気に掛けているのは知ってるよ。
あたしの妹と同じ年だってきいてから、
あたしもきになってみてたし・・・」
そうでなくても、悲痛な声を上げ続けた娘が
憐れに快楽に屈服し・・・、
娘を屈服させた男はジニーを好んで求める。
こんな図柄を目の前で見せつけられれば、誰だって、ジニーに文句の一つもいいたくなるだろう。
あの子の前でヒーヒーよがってみせてやるな・・・と。
だが、女がもたらした報せは、ジニーの予想に反していた。
「なんだって?
もう一度・・いっておくれでないか?」
ジニーはたずねなおさずにおれない。
「だから・・・、多分・・・まちがいないよ。
あの娘は・・身ごもってる。
だから・・・」
皆まで、言われなくてもジニーなら判る。
娘は恋人の子をはらんでいる。
ソレは、間違いない。
なぜなら、この船の男は商品を孕ますどじはふまない。
ふむとしたら、あえて、女をバシタ(女房)にするための
手段だろう。
だが、
あの娘に本気になってる男なぞいなかった。
いや、いたとしても・・・
今、孕んでるらしいとわかるということからして、
おそらく、3〜4ヶ月?
あの娘が船にとらえられてからの月日をかぞえあわせても、
この船の男の情のすえの所産ではない。
「そう・・」
「そうだよ・・だから・・」
だから・・・。
女が口にだしたくないのは、自分の運命も同じだから。
シュタルトの船に移される順番がまわってきている。
なんどか、女が移船をかいくぐったのは
手垢にまみれた愛着品のように、
男達のなじみになることにつとめたからだ。
だが、女の美貌にも、かげりがでてくる。
手放す時期をおくらせれば、
シュタルトにかいたたかれ・・・、
愛嬌と馴れ合いを惜しんだばかりに
ふけこむばかりの女の醜悪さをうとむ顛末を迎える。
もう、潮時。
女も移船を覚悟はしていた。
だが・・・。
あの娘が・・・シュタルトの船に移されると成ると
事情が違う。
身ごもった女と、わかれば
シュタルトは間に合うなら女に特殊な医術を施させる。
つまり・・・。
堕胎。
間に会わなければ
身二つになったら、母親は淫猥宿に・・・、
子供はおのおのの性別それぞれに見合った場所に売り払う。
生き別れか、死に別れかの違いで別離がはめこまれてゆく。
「あの娘は・・・」
今の時期なら、間違いなく堕胎を強いられる。
「だから・・・」
リカルドのオンリーになろうとしたんだ。
そうすれば、少なくとも・・・堕胎だけは、まぬがれる。
船に残れれば、いくら、海賊といえど、
「母」という名の女を殺しはすまいと、ジニーとて思うくらいだ。
次のシュタルトの隣接のときには、
母体になった身体から、小さな命を引きずり出すことは
両方の死を意味する。
仕方なくシュタルトは母子ともどもをひきうける。
やがて、親子離れ離れになる運命でしかなくとも、
今、シュタルトの船に移される死別の運命よりは・・・いい。
リカルドの女に徹するしか子供を救う道がないと悟ったあの娘は
リカルドに従順になろうとした。
身体は現実。
娘の感情を裏切ることはできても、
心は子供の父親である恋人を思う。
現実はリカルドの玩具に徹するしかなく
オンリーにのぼるためには、一番のお気に入りになる以外、法がない。
なにもかも、心の下に伏せて
リカルドのものになろうとする娘の心の底からわきあがってくるのは
恋人への恋しさ。
リカルドのものになろうとすればするほど、
娘の心は遠くへいってしまう自分の心を手繰り寄せる。
それが、
リカルドがいかりまくっていた『男の名前をよびやがって、
そのくせ、俺のオンリーにしてくれだと?』
その真相。
「どんなにか・・・心をねじふせ、
子供の命を護ろうって、必死なんだよ」
女が手の甲で涙を拭うのをみるうちに、
ジニーのほぞがさだまっていた。
「わかったよ・・・なんとか・・」
なんとかしてやるといいかけたジニーの胸に鋭い痛みがはしった。
アマロを贄にするのが、ほかでもない、
このジニーなのかと、悲しい痛みが胸を占領しかけた時
ジニーの記憶の中の娘のうすぐらい悲しみが痛みを麻痺させてゆく。
『私の身体・・・もう・・だめ・・』
と、娘は暗く深く悲しく呟いた。
リカルドの寵愛にこたえてしまうことへの悲しみだけでなく
妊娠を隠しとおせなくなり始めてきた体の変化を嘆いたんだ。
そうきがつくと、いっそう、ジニーは
娘の思いをどうにかしてやりたいとかんがえるしかなくなる。
「わかってるよ・・どうせ・・・あたしは、悪魔・・・
これいじょう、おちることなんかないさ」
アマロをよびつけることは、たやすい。
だけど・・そのあとの顛末をかんがえる。
アマロがリカルドからの陵辱を
ロァにはなせば、
ロァはリカルドをどうするだろう?
頭領の女を寝取るなんて事をしでかせば
ロァの威勢を崩した反逆者以外の何者でもない。
秩序と地位を護るためにロァは
片腕といっていいリカルドだって、
つるしてしまうだろう。
いや、つるすしかなくなる。
船の中の統制はそうしてこそ、築かれる。
リカルドだけ、例外にはできない。
そうなれば、
あの娘はやっぱり、よるべをなくし、
ロァは・・・リカルドに変わり人売りの采配をふるい
あの娘をシュタルトに・・・うる。
売れ筋の若い娘を船にのこしはしない。
それが、ロァの非情なところ。
事実を話し最初からロァの情にすがろうなんて
考えたら、結果、決定的にあの娘はシュタルトに売り払らわれる。
堕胎できるうちに、さっさとシュタルトにうる。
まかりまちがえて、シュタルトの船とコンタクトが遅れれば
はらみ女というやっかいものをかかえこむ。
役にたたないうえ、
母体の健康を維持する労力と神経をつかう。
孕んだまま、死なれでもしたら、一番厄介な損失になる。
だから、
たとえ、アマロを抱き込んで、たのみこんでみても、
無駄。
だから、絶対、ロァには話せない。
「アマロ・・・」
ジニーは呟く。
事実を話せば・・・
アマロはあるいは、リカルドの手におちることを
承諾するだろう。
だけど・・・。
それは、裏を返せば
アマロの裏切りに成る。
何も知らせずにおけば、
何も知らず脅しと策略に載せられたアマロでしかない。
それとも、
何もかも承知してあえて、ロァを裏切る・・・。
「ううん・・」
そんなアマロにさせたくは無い。
愛する人間を裏切る痛み
愛する心を裏切る痛み
それは、ジニーが一番良くわかっている。
アマロには・・・、
ロァを裏切って欲しくない。
自分の代わりというわけじゃないけれど
アマロには・・・。
考えめぐらした末の想いにジニーは笑いだした。
「ロァをうらぎってほしくない?
あはは・・・、
このあたしが、アマロをリカルドになげおとそうっていうのに?」
問題はアマロの心の介在の仕方だけでしかない。
「アマロは・・・あたしをにくむだろうな・・」
悲しい覚悟を付け直すと
アマロがロァに密告できなくなる、
事実を口の中で唱えなおしていた。
「ロァは自分の女が他の男にだかれたと知ったら、赦さない。
たとえ、どんな理由があろうと・・・
アマロ・・も・・リカルド・・も・・・あたし・・もね・・」
たった一言漏らせば、なにもかも、失墜してゆく。
命という飛空から・・・失速はあっという間の鼓動の停止
全てが無にかえる失墜。
「あるいは・・あたしも、命をかけて・・こんなこと、
やってんだよ」
アマロに憎まれたくない自分の本音に
ジニーはもう一度笑った。
「あたしも・・まだ、かわいいところが、あるじゃない」
笑った顔がひきつり、
喉の奥に湧き上がってくるアマロへの侘び言をこらえるため・・
ジニーは自分に言い聞かせる。
「あんたは・・いいじゃない。
どんなにリカルドによごされようと、
それでも、
それでも、
あんたには、ロァがいるじゃない・・・」
だから・・そのロァを悲しい淵にたたせちゃいけないから、
殺すほど、アマロを憎む悲しみを貫かせちゃいけないから
「いいから・・だまっておいで・・
こんなことは、なんでもないことさ・・。
そうさ・・・なんでもない・・・」
そう念じ続けて、あたしも他の女もいきぬいてきてるんだ。
「あんただって、
できないわけないことだろ?」
膝の中に伏せた顔があがるまで、
ジニーは涙をしぼりつくすんだ。
そして・・顔をあげるのは・・・悪魔のジニー・・・。
「それで・・
あのこが助かるなら・・・それでいい」
錨を下ろした船は凪のままにただよう。
この前から、このあたりから船を動かさないのは
シュタルトの船とコンタクトする場所だからだろう。
シュタルトの船が隣接したら、
男達はおおいそがしになる。
分捕ったお宝をシュタルトの船に移すと
それらは
金にかわり、食物にかわり、衣類にかわる・・。
板一枚をわたして、シュタルトの船と自船を往復する作業は
単調で単純だが、労力と多大な時間を費やし
シュタルトの船が離れる頃には
男達はボロ布のようにくたくたになる。
だから・・
いっそう、今、
男達はしばしの休息をむさぼる。
そんな男達に混ざって
やっぱり、船底の晩餐会にやってきたリカルドに
ジニーは約束の実行をつきつけた。
「なんだよ・・いきなり、ご挨拶じゃないか・・」
リカルドの条件を飲む前に
あの娘の進退をはっきりさせなきゃならない。
「わかった。
おい!そこのおまえら!!」
娘を取り巻いていた男達がリカルドを注視した。
「兄貴?なんすか?」
いいところを邪魔されたくは無いが・・
二番頭といってもいいリカルドを無視することは出来ない。
ましてや、
この場所にロァが下りてくることがないのだから、
この場所では、リカルドが頭領みたいなものである。
「せっかくのところ・・すまないがな・・
その女・・・俺の部屋に連れて行ってくれ」
言われた男達はリカルドの発した言葉の意味を理解するための
沈黙にとらわれていた。
ややすると・・
「と、いう事は?」
この娘がリカルドの専属になる?
いや?
それよりも・・・。
リカルド兄貴がオンリーも持つ?
慌てたのは娘をなぶっていた男だ。
「うぇ?」
奇声を発するとあわてて、娘から身体を離した。
憐れにうろたえた男さながら陽物もうろたえ
すまなげにうなだれた物以上に
男はリカルドの怒りに触れてしまっているに自分におののいていた。
慌てて娘の着衣をととのえ、
「じゃ・・あねさん・・いきましょうか」
と、従順な僕になりさがると、
やがて、娘の姿が船底の扉から外にきえていった。
「ジニーさんよ・・これでいいんだな?
俺は約束は護ったぜ。
あとは・・・おまえさんの番だ」
もう・・うしろには下がれない。
つけられた覚悟にならい
ジニーが手はずを話そうとすると・・。
リカルドはこらえきれないとばかりに
笑い出した。
「俺が・・条件をのまないとおもったのかい?
あの娘が俺の部屋にあがるようになったら・・・
俺の部屋は使えない。
そうすりゃ、ロァの女を呼び出す場所が無くなって、
交換条件はうやむやになるって、ふんだかい?
だけどな、
他に鍵のかかる個室はあるんだよ」
ふ・・・。
そんなことで、うやむやにするような玉じゃないだろう?
狙った獲物を手に入れるまで、蛇のようにしつこい。
そして、どんな汚い手段でも平気。
あんたのずるい性分なんか、よく判ってるよ。
唾をはきかけて、そう、詰ってやりたいジニーだったが
じっと、堪えた。
堪えなけりゃ、オンリーの約束を反古にされる。
その不安が、ジニーを堪えさせた。
とにかく、今、あの娘を護る。それが先だった。
「そう?
それじゃ・・・そこにアマロをつれてゆけばいいってことだね。
で?
肝心の『そこ』って・・・どこなんだい?」
「第3倉庫・・」
お宝目一杯つめこんだ、第3倉庫は確かに鍵がかかる。
だけど・・・。
「鍵はロァのキャビン・・の中。
どうやって・・・」
ふと笑った顔がやけに楽しそうだった。
「ロァは俺に品物の采配をまかしているんだぜ・・」
シュタルトの船とのコンタクトが近い。
リカルドが3番倉庫の宝物を点検しなおしても
ひとつも不思議じゃないってことになる。
操舵室うしろのロァのキャビンをのぞきこむと、
ロァは相変わらず海図を広げている。
「またかい?」
声をかけたリカルドにわずかな一瞥をくれると
「ああ」
と、言葉少なく、腕を組む。
何を考えているのか判らないが海図が途切れてしまうあたりを
デスクの上においているから、
地中海にまわりこむつもりなのかもしれない。
アトランティスの財宝でも探す気か?
けれどリカルドの興味はロァにそってゆこうとしない。
なぜならば、
どこに眠るか判らない財宝よりももっといいものがある。
それが、もうすこしあとにリカルドの手中のものとなる。
今も、ロァはアマロを片時も手離さず、
操舵室キャビンにまで、連れ込んでいる。
ロァの傍らに立つヴィナースに目を奪われながら
リカルドは第3倉庫の鍵に手を伸ばした。
『ご執心なことで・・・』
リカルドに手中の宝玉を奪われることも知らず、
その宝玉がリカルドに染められたことも知らず
ロァだけのものと思い込んで・・この先を過ごす。
『ざまあ見ろ』
この先を見越したリカルドの胸に沸いてくるのは、
優越感であろうが、
それは、ロァに対し卑屈に歪んだ劣等感がうみだしたものに
ほかならない。
リカルドのプライドは敗北感に鬱屈し、
地位も名誉も見た目も統率力も体形も・・・
いっさい関与しない性技においてでしか、
ロァより秀でた自分を確認しうることができなくなっていた。
それは、ひそかな部分であるだけに、
いっそう、隠避にのがれ・・、
そう、まるで、氷山が水面下の大きさを自覚すると同じ。
と、リカルドは思い込んでいた。
それが、もう、少し。
俺の男としての技量がロァより上手だと明かしてくれるのが
アマロ。
その証明におおいなる満足で微笑むのも、あと・・少し。
第3倉庫の鍵を手の中に収めると
リカルドはさりげなくロァに確かめる。
「そのあとは・・・また、マストにのぼるのかい?」
海図を睨んだあとのロァがマストに登るのも、ここ最近の習慣である。
「ああ」
またも、海図を覗き込んだまま短く答えたロァに
バイと手を振り、ちらりとアマロをかすめみると、
リカルドはキャビンを後にした。
かすめみたアマロの横顔がこれからの情事に重なり
リカルドの胸の呼吸までも、大きくなる。
ぐっと、そりかえり甘い鼓動を欲しがるものを
鍵を持たぬ手でズボンの上からさすりあげ、なだめるのさえ
胸が弾む所作である。
『待ってろよ。もうすこししたら、たっぷり・・』
想像以上の期待にリカルドは溜め息を溶け込ませる。
『つくづく・・・いい女・・だよ』
そのいい女がが、もう少しで
俺のこいつで、我を忘れ喘ぐ。
第3倉庫でヴィーナスの来室を待つ間も
アマロへの挑発的な恣意をどう開いてゆくか、
艶やかな手順を練る楽しい時間になる。
チャリと金属音がベルトの金具に鳴った。
鍵を握り締めなおすと
リカルドは船下に急いだ。
わざわざ、第3倉庫にあつらえた鍵により、
ロァの宝玉は掠め取られる。
まさか、その鍵がリカルドの懸想をかなえる『鍵』になるとは、
ロァもおもってもいなかっただろう。
扉をあけると、同じ鍵で内側から鍵をかけることが出来る。
つまり、一度中から鍵をかけたら、
外から、開けることは出来ない。
鍵は長いくせに胴は太い。
だから、鍵穴から、中を覗くことが出来るくらい、
鍵穴も大きい。
鍵穴に鍵をつっこんでおかないと、まずいだろうなと
用心深くリカルドは考える。
倉庫の中は暗く、壁にすえつけられたランプに火をいれる。
なおさら、鍵穴から明かりがもれ、
誰だって中を見たくなるだろうから。
点火の油くさい匂いをきにかけながら
リカルドは明かりに浮かび上がった略奪品を見渡した。
ぐるりと見渡した一点にリカルドの目が留まった。
繊細な彫刻飾りを施した机がある。
上品で柔らかな光沢のある木の机であるが、
側面板から、引き出しまで、薔薇の蔓が絡みつき
小薔薇がところどころ、蕾をたずさえてさいているという意匠である。
「ふ・・これがいい・・」
上品な顔立ちと物腰。
アマロに似合いの処刑台になる。
この机にアマロを突っ伏させて・・・。
リカルドの夢想・・・
いや、これから、実現する物事への想像は夢想とはいうまい。
予想、あるいは計画というべきだろう。
机につっぷさせて・・
アマロのスカートを背中までたくしあげれば
白く柔らかな尻がリカルドの目の前にうかびあがる。
俺はアマロのうしろに立ち・・ゆっくりと、ズボンをおろし
さらけ出した陽物でアマロの尻のわずか下あたりを触れる。
アマロが・・俺の物の侵入を待ち受ける状態になっていれば・・・
ぐいぐいと真珠球が埋め込まれた俺の物がアマロの中をすりあげる。
そうじゃなけりゃ、
アマロは俺を罵倒するだろうな・・。
あの可愛らしい唇からどんな言葉が吐き出されようとも
結局は俺の物に貫かれる結果はかわりはしないが
やはり、騒がれるのは面倒。
さるぐつわでもかませて
机の上に突っ伏させればまるで、馬・・。
馬の尻を叩く鞭に
馬が服従するように
アマロも俺の鞭に服従する・・。
真珠球のごつっとした感触がロァでは得られぬ感覚を与え
アマロは・・恍惚の声をくつわの中でもらす。
アマロの服従が確立したら、アマロの身体をあおむけ
アマロの喜悶の表情を楽しみながら腰をゆすぶりつづけてやるさ。
リカルドの計画のひとつが決まる頃、
ジニーは船蔵にやってきたサンバーンの姿で
ロァがマストに上がったと知る。
交代でマストに登るはずだった、カーリーも休憩をもらえたようで、
マストに上がったついでに
ロァはしばらく見張りをするつもりのようだ。
リカルドに告げられたとおりのロァの行動が約束の合図。
「サンバーン。すまないけどさ、アマロに
ジニーがいますぐ会いたいといってると
つたえにいってくれないかねえ?」
「かまわないけど・・・」
じゃあ、ジニーさんには俺の相手はしてもらえそうもないのかと
サンバーンは不満を隠す気も無い。
「あとで、たっぷり、かわいがってあげるからさ・・
頼むよ」
ジニーにそこまで言わせればサンバーンの機嫌も直る。
「いいさ・・。でも、約束だぜ・・」
サンバーンに優先権をまもってくれなきゃなと
サンバーンはジニーにすりよった。
擦り寄ったサンバーンの股間に手を伸ばし
膨張した部分を撫でさすり、ぎゅっと握ると
「こんなになってるのを、あとまわしにしやしないよ」
あばずれた科白であるのに、ジニーがいうと
ひどく優しく聞こえるのが不思議だと想う。
サンバーンは、せつない渇望を抱いたままだったが
まずは、アマロ姐さんのところにいってやるかと
ほんのすこし、
優しい男をきどれる自分に酔った。
マストまで追っかけていけないと、溜め息をついて
アマロはロァの部屋に戻り
紅茶を立てた。
大事に保管されていた紅茶の高い香りが
部屋の中にみちていく。
ケジントンの休日、昼下がりに立てた紅茶は
庭先のチェアで楽しんだ。
やわらかい風が紅茶の湯気をゆらし・・
子供達がテーブルのスコーンを食べによってくると、
ケジントンはアマロに目配せをする。
ミルクを温めておやりと。
過ぎ去った日々が胸の中に沸いてきたのは
この暖かな日よりのせい。
もう、帰ることのない暮らしへの憧憬はせつない痛みを
連れてくるけれど
もう、元のアマロには戻れない。
アマロの胸に巣食った悪党への恋慕があまりにも、めくるめくから・・。
紅茶のカップを片手にアマロはロァの姿をさがしに、
ドアの外に出た。
どうせ、小1時間はマストにのぼったきり・・。
遠くから焦がれる人を見つめる少女のように
アマロも自分の恋を眺めてみたかった。
なのに、ドアを開けた途端、
サンバーンの声が響いた。
他の人よりよっぽど日焼けしているからサンバーンだと
きいた時から直ぐにその名前を覚えた。
「アマロ姐さん・・・」
サンバーンが首をかしげたのはアマロがテイーカップをもってるせい。
「ああ?これ・・、ゆっくりアホウドリを観察しようと思って・・」
アマロの言うアホウドリがマストの先に止まったロァのことだとすぐわかるから、サンバーンは吹き出した。
「なるほど、マストの先にじっとしてくれてるから、観察しやすい・・。
だけど、チョット、観察日誌はつけられそうにないですよ」
「あら?なぜ?」
アマロはサンバーンのなぞかけにのってみせると、はたして・・・
「ジニーさんが・・」
ジニーがアマロをよびつけられるだけのことはある、
アマロはジニーのことをなぜかしらぬが、とても気に掛けている。
サンバーンが最後まで言わないうちに、やはり、
アマロは不安そうに尋ね返してきた。
「ジニー?なにかあったの?」
「いや・・心配なさらなくても、いいすよ。
何も、無い・・と想います」
妙な返答でサンバーンが言いたいことは、
見た目のジニーには、何ら変化は見当たらないという事だろう。
「じゃあ?」
サンバーンには、せかすアマロが不思議で仕方が無い。
ジニーは、おおらかというか、こだわりの無い人だから、
アマロの事を許したんだろうと、ジニーを知ってるサンバーンだから
わからなくもない。
だけど・・。
アマロ姐さんにすれば、ジニーはロァの元の女。
憎みこそすれ、
仲の良いふりすらしなくてもかまわないわけだろうに、
なんだか、ひどく、ジニーをきにいってるような・・・?
「なんか・・・話したいことがあるようなそぶりでしたよ。
ジニーさん・・勝手に外にでられないから・・
呼んできてくれって俺に・・」
そう・・。この前はロァの許しがあったから、
ジニーは甲板まで上がってこれたけど、普段は船底から出ることさえ儘ならないんだ。
「うん・・わかった」
子供みたいな返事がやけににあっているのは、
この人の中に童心があるせいだろうとサンバーンが思っていると
アマロはロァに向かった。
「ロァーーーー」
アマロの声にロァがマストの下を眺めた。
「ジニーにあってくるわーーー」
ロァの右手が高く掲げられたから、了承って事になる。
ジニーは許可を得なければ、どこに行くことも出来ない。
アマロは心配させないためにロァに自分の居所を知らせる。
雲泥の差をもつふたりの女があって、話すことって何だろうと
サンバーンの好奇心が動きかけるが
野次馬根性・・はみっともないと、考え直し
持ち上がってくる好奇心を押し込めた。
「じゃ、いきますか」
アマロを案内するつもりか、
さきにたって、ジニーを船底から、ドアの前まで
呼び出してくるつもりか、
何れにせよ、同道を決め込んだサンバーンが
はすかいにアマロを盗み見れば見るほど
親方・ロァがジニーより
コッチを選んだのが、なぜか、わかる気がしていた。
手折った華があまりに可憐で清楚でいじらしければ、
誰でも、自分の手元において、
日がな、ながめていたいものだろう。
これから決行する恐ろしい謀がジニーをうつむかせ、
船底の1室の入口ちかくで、ジニーは
やがてやってくるアマロとサンバーンを待った。
『これ以上・・考えてはいけない。
考えれば・・おろかな悪魔が天国へはいあがろうと
たった、ひとつの逃げ道・・。
「死」を選びたくなる。
だけど・・死にたくはない。
アマロの苦しみとあの娘の窮地。
命を抱いた娘を救うほうが今は急ぐ。
悪魔らしくない「お救い」なんか、
考えるから、結局、生贄がいる。
でも、それも、考えてみれば
悪魔らしいかもしれない。
本当は・・アマロを不幸に落とし込むための手段。
ジニーさんの根性は悪魔以下におちて・・。
似合いに似合いすぎて・・
駄目だ・・。かんがえちゃいけない。
はやく・・
サンバーン・・・
早く、アマロをつれてきて・・。
終っちまえば・・・終っちまえば・・・』
リカルドの条件を叶えれば、
それで、なにもかも上手くいくわけじゃない。
だけど、シュタルトの船をやり過ごす方法が
みつけられない。
一縷の希望というに、あまりにも、手酷い裏ぎりを
心に決しながら
それでも、まだ、ジニーはもがく。
もがくジニーの心の声を途切れさせたのは
サンバーンだった。
「ジニーさんよお・・居るかい?」
船底の入り口に顔を出したサンバーンは
部屋の中のうす暗さに目を凝らしながら
ジニーを捜しながら、ジニーを呼んだ。
「サンバーン・・ここにいるよ」
存外サンバーンの近くでジニーの声が聞こえた。
「ああ・・アマロ姐さんを・・つれてきた・・ぜ」
だけど、ジニーは船底の入口から外にでてこようにも、でてこれない。
サンバーンはアマロをふりむいた。
「アマロ姐さん・・」
ジニーの話がここで、すむものなのか?
自分が傍からはなれたほうがいいのか・・。
サンバーンははかりかねたが、
サンバーンが考えるまでも無い。
アマロはジニーの手を引っ張っていた。
アマロにひかれ、部屋の外に出たジニーだけど、
その胸にはいっそう鋭い痛みが走る。
「ジニー?どうしたの?」
アマロの心配する声があまりにも優しすぎた。
「・・あ・・あの・・」
ちらりとサンバーンを見たジニーにアマロは察する。
『シュタルト・・の船・・のこと?』
シュタルトの船に乗る・・乗らない・・
こんなことが勝手に女達の意志で決められる。
たった一つの例外でしかないにしろ、
ロァの手下に漏れ聞こえるのもよくない。
ましてや、もれ聞こえた情報が
うっかり、他の女達の耳に入れば・・。
残る・残れないを選ぶことさえ出来ない女達の耳に入れば・・。
アマロが思い合わせた事に符合するかのように
ジニーから、告げられた。
「アマロ・・2人きりで・・はなせないかねえ?」
「そうね・・」
サンバーンの迷いにも決着が付くと、
サンバーンは2人の傍らを離れるべく部屋の中に入っていった。
サンバーンの配慮に2人は顔をみあわせた。
「やさしい男だよ・・」
ジニーの言葉は
だから、此処に残ったほうがいい・・とも
だけど、シュタルトの船に移るとも・・聞こえ
アマロはジニーを見つめなおした。
「ちょっと・・みせたいものがあるんだ・・
そこで・・話をきいてくれるかい?」
「見せたいもの?」
新参者のアマロにとって、判らないことはまだまだ多い。
ジニーの見せたいものが何であるか、
それがジニーの話にどう関わるのか
皆目見当が付かず
アマロは頷いた。
「そのまま・・向こうの端まであるいていって・・
そこの突き当たりにハシゴがあるから、のぼっておくれ・・」
アマロがいった事のない場所。
あるいはそこはいつか、
ロァがアマロの荷物を探し出した場所なのかもしれない。
その場所さえ・・自分は知らないんだと思いなおしながら
アマロはジニーの言葉にしたがった。
後ろを付いてきたジニーの言うとおりに
梯子を上がりきったアマロの足元からむこうに向かい細長い通路が伸びていた。
一番奥がジニーたちのいる船底の上層にあたるのだろう。
「一番、奥の部屋に甲板から荷物を下ろせる天窓のような扉があるんだよ」
甲板からその部屋に分捕った品物をおろすと、
「どういう風に区分けするのか、わからないけど、
今度は手前の部屋に品物をわけるんだけどね・・」
梯子を昇りきったジニーが今度はアマロの先にたった。
通路には甲板からの明かり取りの窓の隙間からの光がわずかに入り込んでいる。
「あの窓を開け放てばここも十分に明るいんだけどね」
ジニーの居る船底には煙突のような灯り取りの穴があり、
雨の日以外は船の底の女達は差し込む明かりで、
時のうつろいを量った。
量ったところで、どうにもならないけど・・・。
人一人が通れる明り取りの筒ぬけは甲板の上まで伸びていて
それが船の艫の左右に四角い煙突の形につきだしている。
その筒抜けを登って・・・外に出てみたところで
どうせ、海の上・・。
脱出口にもなりえない筒ぬけなのに、筒の上には頑丈な檻が
はめこまれ、その上に雨よけの扉がかぶさる。
雨が落ちてきて、船底の女達がハンドルを廻し
雨よけの扉をしめきると、あたりは一層暗くなり
心底、囚われ人の憂鬱を思い知らされ、
ジニーは雨の日が一番嫌いだった。
「ここ・・・」
ジニーが足を止めた部屋の前。
鍵穴からわずかに灯りがもれている。
アマロはもっと、注意深くあるべきだった。
もっと、疑うべきだった。
「ここ・・?」
ここに見せたいものがある?
「そう・・」
いうが、早くジニーは扉をあけ、先に部屋の中に入り込むと
アマロを引っ張った。
ランプに灯りの入った部屋の中には豪奢な調度品が整然と並んでいた。
だが、アマロはどっしりと並ぶ大理石のテーブルや
ロココ調の家具のかもす重厚な荘厳さよりも、
やっと・・・そう、やっと、
なぜ?この部屋の中に明かりがともっているのか?
が、気になった。
誰かが、先にきて、灯りをともし、この部屋に
ジニーとアマロを招じいれる準備を整えていたという事になる。
ジニーはアマロに見せたいものがあるといっていたが、
それを見せるために誰かがジニーの指図にのった?
だけど・・。
それは、サンバーンでもカーリーでもない。
だいいち、こんな豪奢なものを保管してある場所に
下っ端が自由に出入りできて、なおかつ、
虜囚でしかないジニーの指図に乗ったとなれば、
ロァの怒りにふれるだけ・・。
だけど、
あくまでも、ジニーに何らかの事情があると思いこんでいるアマロは
この部屋にあかりをともした人間がだれかであるかを、詮議するのは、
ジニーの話をきいてからにしようと考えていた。
「ジニー?見せたいものって?それはジニー・・の?」
見せたいものがジニーにどんな混迷をあたえているのか?
見てみれば、すぐに察しのつくものでしかないのかもしれない。
ジニーが具体的なことを、話そうとしないのは
見せたいものを、見たほうが
すべてを語っているということかもしれない。
「ジニー?」
ジニーを振り向いたアマロにジニーは部屋の奥を指さして見せた。
そこに、何があるというんだろう?
居並ぶ、略奪品の隙間をぬって、
おそる、おそる、部屋の奥まで歩をすすめ、
アマロはもう一度、ジニーに確かめようとジニーを振り返った。
恐ろしく引き詰まったジニーの顔がアマロの目の中に飛び込んできた。
ジニーのうしろに、リカルドが扉の鍵をしめる姿が重なり
重たい鍵の音がアマロの耳に届いた時には、
リカルドはアマロの傍らにすべるようにすりよってきていた。
「ジニー?・・どういうこと?」
たずねなくても、ジニーの顔色が全てを教えてくれている。
そして、リカルドも・・・。
リカルドはアマロの細い手首をねじ上げ、
アマロの両手を後ろに廻し、麻ひもで縛り上げた。
リカルドの魂胆は目に明らかだけど・・・。
「ジニー?なんで?なんで?・・」
何故、ジニーがリカルドの手引きをする?
何故?
何故?
何故?
リカルドはポケットの中から、紺色のバンダナを
ひっぱりだしながら、アマロを見据える。
「幼稚な女みたいにさわがないのは、
さすがにアマロ姐さん。
だけど・・これは別の意味で必要なんでね・・」
リカルドの言う別の意味がなにを意味するか、
リカルドの自信は、女に声をもらさずにおかさぬ己だといってみせ、
これから、どんなことがアマロの身に起きるかを宣言していた。
猿轡などという、屈辱を与えることさえ
すでにアマロを屈服させる手段になると熟知している男は
荒々しく、アマロの口元にバンダナをこよりつけると
扉の近くに立ち尽くしたままのジニーにふんと鼻でわらいつけた。
「さて、ジニーさん・・どうするかね?
おまえさんから、ロァを奪った女がどれほどのものか
その目にたっぷり、おがませてやろうか?
それとも、ドアの外にでて、ちょいと、見張りをしていただこうか?」
リカルドの言葉をきいているアマロには
ジニーがアマロへの報復のためにリカルドにアマロを投げ渡した、
と、きこえているだろう。
違うと言い訳したい絶叫が喉からこみあげてきそうになるのを
こらえるのが、精一杯のジニーの瞳から
言い訳の代わりの涙が溢れかえっていた。
「ジニーさんも、アマロ姐さんもこのままじゃあ、
俺を悪党とおもうだけだよなあ・・・」
含み隠した笑いを口の中で転がしながらリカルドは
アマロを薔薇の彫り物の机まで、引っ張り歩かせると
机の天板にアマロの身体をつっぷさせた。
アマロのスカートをそろそろとたくしあげ
アマロの白い太腿があらわになると
リカルドはひどくやわらかくアマロの太腿を撫で始めた。
「なあ?ジニー・・・
そこから、みてても、実に綺麗だろ?
女ながらほれぼれするだろう?
ロァが夢中になるはずさ・・・」
この男は・・・ロァを裏切る事さえ怖くない。
今を・・のがしても、
きっと、この男はアマロを手に入れる。
ジニーとアマロの胸によぎった予感はまさに事実。
「俺は・・あんたをあの船で一目見た時から・・
気に入っていたよ。なのに・・・・。
まさか、ロァがジニーをおいだしてまで
アンタをオンリーにすえると、おもってもいなかったよ。
だけどな、ロァの物になったからって、
俺はアンタを諦め切れなかった。
俺はじっとチャンスを待っていた。
ただ、ただ、待っていたんだ」
そのチャンスをジニーが作った?とでもいうつもり?
馬鹿な言い分もいい加減にしてよ。
チャンスというものは、偶然が生み出すきっかけでしかない。
こんな謀のどこが、チャンスだといえよう。
できるものなら、バンダナを噛み切って
いっそ、リカルドの喉笛にくらいついてやりたいアマロなのに、
こよられたバンダナがアマロの口をしめつけ、
アマロは言葉にならない声で「違う」と、うめくしかなかった。
「チャンスっていうのは・・むこうからころがってくるものでな・・。
ジニーさんがよお、
妙な仏心をだしやがって・・」
あるいは、ジニーにとっては、ジニーの釈明につながる事実に
リカルドが触れ始めると
ジニーはリカルドをとどめようとした。
「リカルド・・・余計な事をしゃべるんじゃないよ」
途端にリカルドの声が荒く、ジニーをねめつけた。
「おい、おい・・・・
ジニー・・おまえ、何様のつもりだよ?」
男と女の痴情を戯れあった馴れ合いが
ジニーを高飛車にさせているとしか思えない。
「俺は・・シュタルトの船にあの女を売り払っても構わないんだぜ?」
それを弱みにさせたのは、他ならぬジニーでしかない。
劣勢をこうむらぬためにジニーはあえて、いいかえした。
「どうぞ・・、そうすればいいわ。
でも、そうなれば、あたしは、アンタがしでかしたことをロァに告げるよ。
アンタ・・どうなってもしらないよ・・」
その時、実に楽しげにリカルドがわらいだした。
「俺の目ン玉は節穴だとおもってるのかい?
お前が妙な仏心をだしたのは、
あの女が孕んでるからじゃないか。
あの女を俺のオンリーにさせといて、シュタルトの船をやり過ごす。
こういう手はずだったんだろう?
涙が出るような優しいジニーさんの御心をくんで、
俺は交換条件を出したんだぜ。
俺だって、なにが悲しくて、他の男の子供を孕んでる女を
オンリーにしてやらなきゃならない?
それもこれも、全部お前のためじゃないか?
おまえはそういう状況を俺に隠し、
俺を利用しようとしたじゃないか?
なのに、俺はそのまま、黙っていたよ。
俺は、お前が心配しているとおり・・・
ロァが孕み女はさっさとシュタルトの船に売りつける、
ソレをさせまいとしたおまえの思いを汲んでやったわけだ。
だのに、
お前が、
とうのお前が、あの女をシュタルトの船にのせていいというなら、
俺はかまわないさ。
ただ、あの女・・・
三月?四月?
シュタルトの船にのせたら・・・間違いなく
お前がなんとかしてやろうとした子供の命はきえちまう。
だけど、俺なら・・・。
他の男の子だねだってことには口を拭って
シマに連れ帰って、子供を生み育てさせてやることもできる。
お前は俺が自分の子供だと思いこむ事も計算してたんじゃないか?」
リカルドは何もかも見抜いていた。
孕んでいるからこそ、あの娘を救おうとするジニーだと。
そのニュースをもたらしたのは当の娘だ。
あの娘が堪えようとした悪阻によって、
リカルドはなにもかもを察した。
そして、ジニーの懇願。
策略の歯止めを外す槌をリカルドは見逃さなかった。
それだけにすぎない。
だが、事実という弱みを見せ付けられたジニーに返す言葉はない。
むしろ、
「リカルド・・・そのとおりだよ・・・。
後生だから・・・あの娘をあんたの言ってくれるように、
島に・・」
娘の中に芽吹いた命がはぐくまれ、身ふたつになった後も引き離されることなく暮らしていける。
願ってもない提案は、ただ、ただ、アマロを手に入れたい
リカルドの交換条件。
その交換条件は今、まさに、かなえられようとしている。
ジニーには背中しか見えないアマロは、
今、どんな悲しい顔をしているだろうか?
だけど・・・。
『あんたも・・母親なんだろ?
だったら、だったら、わかるだろう?
芽吹いた命をなくすことに、比べれば
他の男に抱かれるなんて、たやすい事じゃないか・・。
どうせ、一度はロァという、別の男に抱かれた体じゃないか・・。
そして、ロァにあきられれば、いやでも、他の男の物を
のみこんでいかなきゃならないんだ。
運命がちょっと、さきに、約束手形をだした・・
それだけの事・・・』
それだけの事。
今、どんなに、アマロが苦しもうとも
あの娘の悲しい声を聞くよりはまし。
堪えられる。
堪えられる。
アマロのもがき声など・・、
あの娘にくらべれば・・。
船底で、油くさいぼろ布を口の中に押し込まれ、
あの娘は狂ったように叫んだ。
それは、並み居る男たちの暴行で
子供が流れてしまうかもしれない恐怖のせいだったんだ。
すくなくとも、
アマロ・・あんたは、そんな恐怖なんかあじわいはしない。
あの娘は・・よく・・狂いもせず・・
堪えきった。
命を護ろうと堪えきったあの娘だから、
アマロ・・・
あたしは、あんたをふみつけにしてでも
あの娘を護る。
ジニーが一言懇願を伝えた跡、黙りこんだのは、
すなわち、リカルドの協力者になると肯定した意になる。
ならば、と、ズボンのベルト紐をはずしながら、リカルドは
ジニーにたずねた。
「ジニーさん?どうなさる?
お前からロァを奪った女が、他の男のもので、
あえぐのをみておくかね?
およばずながら・・・、このリカルド、
ジニーさんの味もよく判ってる。
ジニーさんの敗因をとくとこの身であじわって、
ジニーさんのおめにかけてさしあげましようか」
妙に慇懃な物言いで、
ゆえに一層不快な皮肉と侮蔑をたっぷり浴びせかけられても
ジニーはその場所を動こうとしなかった。
この場から逃げない。
リカルドにアマロを投げ出して、うしろも見ず逃げる。
それだけはしない。
自分がおとしこんだアマロの苦しみから、
目を耳をそむけない。
それがせめても、ジニーに出来る唯一の謝罪と申し開き。
「なるほど・・・」
動こうとしないジニーの真意など判るわけもなく
リカルドは
ジニーの報復と考えた。
アマロが・・リカルドに喘いだ時・・
ジニーは嘲笑を浴びせかけるのだろう、と。
「この・・淫売・・・色狂い」と・・・・。
ユックリとズボンをおろしおえたリカルドは
アマロのシルクのチュチュをむしりとっていった。
絹よりもやわらかい肌にふれる手が
アマロのひそかな部分に達するとリカルドが小さな歓声をあげた。
「頭じゃ嫌だ、嫌だと言っていてもな、
男を知った女の体はな、女でしかないって・・言ってやがるぜ」
リカルドの歓声に轡の中で舌をひきつらせるしかないアマロだが、
アマロの恥辱はジニーを疎む。
リカルドの話し振りで
ジニーが船底の娘を庇うためには、
アマロをリカルドに渡すことが条件だったとアマロにも理解はできた。
リカルドの冗舌を聞きながら、
その時までは、アマロは違った意味でジニーを責めていた。
『何故、事情を話してくれなかった』
と。
だが、
今、リカルドの手がアマロの腿の深い場所に伸ばされた時、
おぞましさに身がすくんだ。
身がすくんだくせに、男を待ち受けているアマロの反応を
あからさまにあざ笑われて
初めて、ジニーがアマロに最初から何も話さなかったわけが判った。
はじめから、何もかも・・承知の上だったら・・・、
リカルドにあざ笑われたことは、アマロにとっては、
ロァを裏切ることと同じ意味になる。
リカルドに抱かれると覚悟した上で、アマロの体がかくのごとき反応を見せたら
それは、アマロ自ら、リカルドを望む・・ことになる。
それは、間違いなくロァを裏切っている。
だから、
アマロには何も知らせずにおくことで、
ロァをうらぎったわけじゃないアマロにしてやろうという計らいだけが
せめて、
それがジニーのアマロへの友愛なんだと考えようとしているアマロの底から
吹き出してくるジニーへの焦燥は変質してゆく。
リカルドの一投により、
自尊心を砕かれ惨めで、無様なアマロの雌の姿を目撃するために
ジニーがそこに居る。
『殺してやる・・・許さない』
アマロを無様な淫婦におとしこんでゆくのは、リカルドであるはずなのに
人目にさらされたくない秘密を知る人間が
ロァの元の女であるばかりに、
アマロの自尊心は芥の中に沈み、
轡が無ければ、
「でてゆけ」
と、叫びたいくらいだが、
それさえ、リカルドとの情痴に溺れた女の哀願のようで・・・。
知らぬ顔をして、
塵のように、ジニーなど、知らぬ顔をして・・。
間違ってもロァに抱かれる時のような醜態はありえないと
高を括ったアマロだったから、
リカルドのやり口の卑劣さへの憤りよりも
ジニーへの憎しみで狂いそうだった。
このまま、惨めさに狂ってしまいそうなアマロなのに
神の試練?
アマロはさらに鞭打たれる。
リカルドという・・男の鞭で・・・。
リカルドの腕がアマロの腰をつかんだその刹那
アマロのその場所は異様な感触につつまれた。
リカルドが局部に埋め込んだ真珠球がアマロの肉をおしひらいてゆく。
ゆっくりと、リカルドは特殊な形態をアマロになじませる。
こつっとしたふくらみがアマロの肉をすべってゆく。
肉の感触の変化をリカルドは確かめながら
反復をくりかえすと、
やがて、
「ここか・・」
アマロのポイントを悟った。
硬い小粒ははじめアマロに小さな痛みを与えていたはずだった
だが、
リカルドの静かな反復侵入により、
疼痛は可逆的な快楽をうみはじめていた。
アマロの意志に反しアマロの身体が快楽の点を認識すると
リカルドの反復を欲深く追従しはじめた。
「よく・・・しまりやがる・・」
リカルドに感嘆の声を上げさせたアマロの場所は
確かにリカルドの持ち物を小気味よくひきしぼらざるをえない快感に翻弄され
アマロの意識は
交接の極みにおぼれていった。
漏らすはずがないと、たかを括った嗚咽が轡の中に充ち
ジニーの存在をかすかに意識するが
それさえ、朦朧のなかに埋め隠され
アマロは高揚の霧の中、
迷い児のように頂点という出口を求める陰獣に成り下がった。
リカルドがアマロを離したのは、
アマロの醜態により
この関係がこの先も保証されると確信したせいもある。
あくめを味あわされたアマロではないといいつくろえるのは、
ジニーに対してだけでしかない。
外見をいくらとりつくろってみても
口でどんなにごまかし
いいわけをしてみても
リカルド自身の局部に応え見せられたアマロの登頂の印は鮮やかすぎる。
アマロのその場所がぐいぐいとリカルドの肉ははみ、
リズミカルな伸縮が繰り返され
アマロの轡の中は降伏の音色に充ちていた。
だが、
アマロの精神は肉体の暴走をうとむ。
寄せた甲高い波がひき、
己の醜態を自覚する覚醒は哀れである。
アマロの屈辱は肉体を操った男より、
無様な醜態を目撃しつくしたジニーに向けられる。
いびつな感情としかいえないが
いっぽうで、無理もないと思える。
陵辱の恥さらしを高みの見物。
その見物人が
獣の檻にアマロを叩きこんだ張本人なのだから。
はめられた。
落とし込まれた。
自分が無様であればあるほど、
無様を露呈させたジニーが憎くなる。
そんなアマロの葛藤を知ってか知らずか、
リカルドはアマロを宥めはじめた。
「ロァ・・を裏切っちまったって気にする必要はいっさいないぜ。
ロァだって・・裏切り者さ」
いぶかしい顔をしたアマロを斜め上から見つめたまま
優しいリカルドはなぞときをはじめる。
「ロァ・・はしゃべってないだろう?
島に帰れば、ロァには、女房子供がいる・・」
喋ることが出来ない轡の中の喉の奥がそれでも絶句だと言う。
「だから、おまえも気にすることはないさ・・」
ロァに女房?
ロァに子供?
それを聞かなかったのはアマロであり、
ロァが話さなかったとは言いがたい。
アマロだって、夫がおり、子供が居る。
それは・・今や、居たという過去形になっているかもしれない。
それでも、
アマロも自分から話はしなかった。
ロァへの感情が特別なものになってから
いっそう、喋る気にならなかった事を考えれば
ロァもまた、アマロ同様、他の人の事はあえて喋りたくなかったのかもしれない。
と、考えてはみるものの
アマロの胸にしこりが膨らみ始め
それはかぼそい声でなにか、つぶやいていたが、
だんだんと声が荒くなり
アマロの耳に大きく聞こえた。
―裏切られた―
そうじゃない。
自分が勝手にロァが独身だと思いこんだだけで、
ましてや、
ロァは海賊。
船の中の虜囚でしかない女が「たった一人の本当の女」になりえると
思うほうがあほう。
女房、子度がいると考え付かなかったほうが抜けている。
まぬけだっただけ。
そういいきかせるのに、アマロの底からつきあげてくるこの痛み
―裏切られた―
これはなに?
今・・リカルドに応えた自分がロァを裏切ったと認めるなら
ロァもまた、アマロを裏切っていると認めざるをえない
リカルドのささやき・・。
「上手に裏切る・・これが長続きの秘訣さ」
それは、ロァが上手に女房をうらぎってきているから、
夫婦が長くつづいているということなのか?
それとも、アマロがロァを上手に裏切って
リカルドとの逢瀬を長くつづけさせろという意味か?
「いずれにせよ・・また・・ちかいうちに」
密会の機会を作るとにやりと笑うとリカルドはうずくまったままのジニーを振り返った。
今度もまた、ジニーをだしにして、アマロを誘い出す。
リカルドの暗黙の要請にジニーはうなづくしか出来ない。
それで、あの娘が助けられるんだ。
リカルドにすれば、密会への当然の援護でしかない。
ジニーにとっても、それが、あの娘を救い出せる確約でしかない。
だから、うなづくしかない。
だが、それは、目の前で契約を交わされるアマロに、いっそう、深い憎悪を植えつけさせる役にたつばかりだった。
「あまり・・遅くなると・・」
やっと、ジニーがアマロを開放させる糸口をきりだした。
「そうだな・・」
ロァも大事な子猫をさがしはじめるかもしれない。
そうでなくとも、この俺さまをさがす頃。
この先の航路をきめていくに、
このリカルドの海図の知識はロァの宝物に等しい。
シュタルトとの取引をおえたら、どこにいくのか・・。
ロァめ・・・なにをたくらむやら・・。
海賊暮らしでも、十分、ほしいものは手に入れられる。
なのに・・、ロァは・・・。
有り余る財宝と美貌の女と親方という地位。
島に帰れば、マリーンと子供。
なにひとつ、不足ないはずのロァがときおりみせる、不足気な顔。
そんなときは部屋に引きこもりしまう。
ふいに部屋をたずねれば、
決まって、海図を引っ張り出しているロァを見つける。
「リカルド・・」
瞑想から現実に引き戻すジニーの声で
リカルドはやっと、アマロを離した。
もちろん、その耳元に「俺の女」になったアマロを引き込んでおく事を忘れはしない。
「また・・こいつで、かわいがってやるさ」
アマロの手を己の股間のものにふれさせる。
とっくにはりつめた存在感がアマロの体にさきの高揚をよみがえらせると信じた男は
アマロの顔に浮かんだ苦渋さえ、
リカルドの手管に抗えなくなった女の悶えに見えた。
第3倉庫の扉をあけた、ジニーはアマロをみつめた。
さっき見せた狂態がうそであるかのように、冷めた美しい横顔がジニーの前をとおりすぎていき、ジニーはアマロの後を追った。
さも仲良く歓談でもしていたかのように、とりつくろうにも、アマロがうけた衝撃がいかほどのものか、ジニーの身に痛い。
「アマ・・ロ・・・」
いいわけにしかならない。
あの娘のために、仕方がなかった。
口の先にのせたい言葉を幾度も飲み込んでみたものの、ほかにかける言葉がみつからず、ジニーは立ち止まった。
「アマロ・・ごめん・・許して・・」
裏切り者が何をいまさら、詫びる言葉などあろうものか。
それでも・・・。
弱弱しいジニーの声が、アマロを立ち止まらせた。
ゆっくり、ふりむこうとする、アマロの肩が悲しみと怒りにふるえていないことを、ぼんやりとみつめながら、ジニーはアマロがなにか答えてくれる事を待った。
「ジニー・・かまわなくてよ。
あの娘のためだったんでしょ?」
意外なほどにやさしい口調がジニーの胸をしめつけ、ジニーは謝罪の言葉を捜し続けた。
深い後悔とうらはらに、まだ、リカルドとの関係をてびきしなければならない現実がジニーの胸から謝罪の言葉を拾わさせなかった。
「気にしなくてよくってよ。
また・・リカルドとの約束をはたさなきゃ、あの娘が困るんでしょ?
それに・・リカルドもそう悪くなかったし・・」
アマロの精一杯の傷隠しでしかない。
はすっぱな女のふりをしてみせることで、
リカルドの手管にあえいだ自分を正当化したかったのかもしれない。
いいわけをしたくにも、なにもかも、みつめたジニーでしかない。
ジニーをなじれば、ジニーとて口にこそすまいが、アマロの醜態をつく思いにかられよう。
アマロは自分でからめたわなに自分がはまり、自分で自分をせめているにすぎないが、なによりも、ジニーにといつめられたら、ぐうの音さえでない自分の弱みを握られたに等しい。
『いやだったって?アマロ?まさか、嘘でしょ?リカルドのものでずいぶん、恍惚としていたようですけど?』
こうでも、いわれたら、アマロの進退はない。
ロァにそれを話されでもしたら・・。
もう・・終わり。
ジニーは腐肉さえあさるハイエナのように、アマロの腐敗をたねにリカルドとの情交を押し付けてくる。
弱い体制をもてば、ジニーの思いのまま。
ついさっきまで、
自分をおびやかす存在が新しい女だけだと思い込んでいたアマロにだったが、今、まさに、ジニーはなによりも脅威になった。
邪魔で一番憎い相手になってしまった事をさとらせまいとアマロはせいぜい、優しくジニーに言葉をかけた。
その優しさが異様であると同じほど
アマロの胸中に異様な復讐の炎がもえあがっていたことに、ジニーはもとより、とうのアマロさえ気がついていなかった。
ジニーを船底への扉の前まで先導すると、
アマロはマストの先のあほう鳥をさがした。
ロァの姿はもうそこにはなく、ロァの部屋をめざし、アマロはゆっくり、歩み続けた。
時間を見計らって第3倉庫をぬけだしたリカルドがアマロの目の端にはいってきていた。
「ジニーと、楽しく話せたかね?」
なにごともなければ、いつものリカルドが吐くせりふにすぎない。
「もちろんよ。この船のなかには、あなたほど、つまらない相手などいないのよ。
ほかの誰と話しても、最高に楽しいにきまっていてよ」
精一杯の虚勢にしか、きこえないと誇示するために、リカルドは小さな声でさきのアマロの特別な声音をまねてみせた。
「話よりも、良いものが俺にはあると、お前が教えてくれたばかりなのに・・つれない返事じゃないか?」
笑い出しそうなリカルドの頬へぴしゃりと平手をはなつと、
「笑っていられるのも、今のうちよ」
と、リカルドへ宣戦布告を渡した。
「それは・・・つまり、ロァに俺との事を話そうという腹づもりだという意味かい?つまり、あんたが、船底にたどりつくか、シュタルトの所へいくかってことになる。それでも良いってか?」
「そうかもね。でも、ロァは私を船底に押し込んだら、あなたも海の底よ」
途端にリカルドがしれじれと笑い出した。
「あんたは、俺をみくびってる。
俺がロァにとって、どれだけ、必要な人間か。あんたと一緒にされちゃあ、たまんない。いいか?ロァにとって、女のかわりなど、いくらでもいるが、俺のかわりはいない」
「ほざいてればい・・」
たからかなリカルドの笑い声がアマロの語尾を消し去った。
「わざわざ、それを確かめて、船底におちたければ、それもいい。大手を振って、おまえをだきにいけるだけさ」
リカルドの減らず口にすぎないと思いながら、アマロの胸にかすかな不安がよぎっていた。
リカルドの高笑いがいっそう、アマロの憎悪に火をくべさせていた。
ロァの部屋に入るアマロの胸の芯にひとつの塊が現れ、それが、はっきりと色をなしていた。
『ジニーが一番もがく方法。
このアマロをおとしめてまで、守った者をぶち壊してやる以外ない。そして、リカルドを海の底に・・落とす方法・・』
戸口を空けロァをみつけたアマロの口から、考えてもいなかったはずの復習の筋書きが流暢に流れ始めていた。
「ロァ・・・。ジニーから聞いたの」
ロァはまた不思議な顔をしていた。
昔の女を憎みもせず、親しく話すアマロの感性が不可思議に思えた。
「なんだ・・?」
ジニーの性分は熟知している。
少なくともげびた嫉妬やねたみをアマロになげつける女じゃない。
だが・・。
アマロがジニーから聞いたことをロァ二わざわざつげる?
ほど、問題があると?
「リカルドのオンリーになった娘ははらんでたの。ジニーはその娘を助けたくてリカルドのオンリーにしたてあげるように、リカルドに頼んだのよ。
それだけなら、私もなにもいいはしないけど・・・」
と、もったいぶってみせておいて、
「リカルドがそんな娘をひきうけるかわりに、条件をだしたのよ。それが・・」
そう、ここで、くちごもる。
案の定ロァが乗ってくる。
「どうした?」
「それが・・」
「なんだ?いつものおまえらしくない」
アマロのきっぱりした性分をこよなく受け止めた男ならではのせりふがアマロの胸を甘くくすぐる。
「それが・・あの・・リカルドの条件は私・・を・って、ジニーが教えてくれたの。まさかと思ってたのに、さっき、リカルドがそばに来て・・言い寄ってきたから・・思い切りひっぱたいてやった」
一気にいいつのると、ロァの顔色を伺うアマロに成る。
「ふ〜ん。リカルドらしい・・と、言えばそれまでだが・・それよりも・・」
ロァの腹が決まったとアマロは読んだ。
統制を乱す元である、はらみ女さえ除外すれば、統制は元にもどせるし、
アマロをつけまわすリカルドの要因もひとつ、消せる。
「結局、ジニーになきつかれたってことか?」
「え?」
船底の女同士。
はらみ女を救い出したいジニーがリカルドの条件を飲む。
そういうことかとさっしをつけたロァからの質問を予測していなかったアマロが答えにひるんだ。
「リカルドじゃなけりゃ、さめのえじきにしてやるところなんだが・・・。
問題はジニーと女だな・・」
『え?』
リカルドの予告どおり、ロァはこれくらいで、リカルドに制裁を加える気にはなれなかったようである。
『すべて・・を・・はなしても、同じ?
それどころか、リカルドの言うとおり、こっちが、船底?』
じとりと、背中に汗が伝う。
自分からぼろをださぬうちに、アマロはもうひとつの制裁の行方をロァに確かめてみたかった。
「ジニーをどうする気?
はらんだ娘は?」
「お前こそ、俺にどうしてほしいと、思っている?」
それもロァらしい。
わざわざ、そんな話をもちだしてきた、アマロに底があることを
とうのロァはちゃんとわかっている。
「おまえがのぞむとおり・・」
ロァはそうしてやると、いうが、
アマロは自分の口から、答えを吐き出す惨酷な女をロァに見せたくはなかった。
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