1
伊吹山には鬼が居る。
人はそれを高麗童子と呼んでいる。
高麗とは外つ国の事である。
うすく青い瞳を持ち、ちじれた髪は僅かに異種の血である茶色を呈していた。
其の容貌を垣間見た人は高麗童子と彼を呼んだ。
これが、大台ケ原から居を移した光来童子であるとは、知る人はいなかった。
「かなえ」
心に刻んだ思いのままを口に乗せると童子は空をあおいだ。
瞳は空の色を移したかと思うほどに青い。
双眸に浮かぶ一抹を孤独と呼ぶ。
葵い瞳が溶けおち、涙の雫も青いのではないかと思えさえする。
だが、童子は空に向かい手を差し延べた。
舞い落ちてくる伊勢の姫君の幻影をしっかりとつかみとるために。
「かなえ・・・」
何度、かなえを連れ去ろうと思った事であろう。
其のたび
(かなえを人として、いかせしめたい)
この楔が足をからめた。
父。如月童子は人と通じて自分をもうけた。
だが、其の裏側が思い当たるようになった。
如月とて人をして鬼の妻にしようとはかんがえだにしなかったはずである。
この地で生きる法が如月にすがるしかない、外つ国の女子を見つけたとき、
「この女をいかせしめるため」
と、己の言い訳がなりたった。
若き頃に外つ国の女子に出会った事も、如月の心に憧憬をつくらせ、
如月の目の前で行き倒れるしかない外つ国の女をすておくことができなかった。
アマロは英吉利のケジントンにくらしていた。
伯爵の爵位の通り、絢爛な生活は裕福としかいえない。
このアマロが、ケジントンからリバプール行きの船にのったのは、
年老いた母の病の報をしったゆえである。
アマロは三日の船旅の後、母にあえるはずであった。
家に残した七つの娘と五つの息子の事がきになったが、長の別れではない。
この後には長の別れになるだろう母に、せめて一目合いたいと、
アマロは単身、故郷に赴く法を船旅にした。
ゆれる船内で母への不安が一層大きく揺らされる。
アマロは船室にこもったまま、母の延命をいのりつづけていた。
だが、運命と云うものは皮肉なものでしかない。
この船はアマロの祈りも虚しく、盗賊船に遭遇する事になる。
母の延命を祈るどころではない、己の命の灯さえかき消される事態がおきた。
身に着けている貴重な品物を奪い取られるぐらい、安いものだと思わす船員の屍を盗賊の後ろにながめながら、アロマもやはり、身に着けていた宝石を自らはずし刃を向ける盗賊にわたした。
そして、女ばかりが残った船。
甲板に引きずり出された女は、一塊になり己の運命をなげいた。
強奪を終え、船の食料さえ、自船に運び込んだ盗賊は女達の前にたった。
ここで殺されるも。この船に捨て置かれるも。結果は同じだ。
互いの肩を抱いた女達はせめての延命を願うしかなかった。
漂流し始めたこの船を捜してくれるものが居るかもしれない。
リバプールに到着しない船をきっと、さがしにくる。
見つけ出されるまで、幾日かかるかわからないが今ここで殺されるよりは生き延びれる可能性がある。
出来るだけ穏やかに。
アロマは盗賊の頭領格と思う男にかたりかけた。
「どうぞ、命だけはおたすけください。このまま、私達を・・・」
何と言えばよいか、判らなかった。
船の中に捨て置いて下さい。こういえばよいのだろうか。
「もし、私達が生延びることがあっても、貴方方の事はいっさい何もはなしません」
男に願いながら同時にアロマは他の女達にも、いっていた。
アロマの言葉にふるえながらも、女達はしゃにむにうなづくだけしかできなかった。
「あのとおりです。いっさい、何も話す事さえ出来ないでしょう。ごしょうですから」
アロマの願いを聞いている男はじっとうでをくんでいた。
その腕を解くと
「たしかに、おまえの言うとおり、俺たちの事は毛から先も喋れやしないだろう」
と、アロマをみすえる。
「だが、御前は違う。恐ろしくて口を訊く事さえ出来ないあいつらとはちがう」
つまり、アロマは喋る。俺たちの事を喋るという。
「いえ。おやくそくします。私もけして・・」
アロマの言葉が男の一喝で途切れた。
「残念なことだが」
男はそういった。
「われわれは盗賊である以上、欲しい物は我が物にする。吾らの搾取を邪魔立てするものには、制裁をあたえ、いらぬものはすておく。要る、要らぬはお前たちが勝手にはならない。われらがきめる」
男の言葉が通るように辺りに響くときりつまった口笛と拍手とほうほうの歓声があがる。
アマロは男の言葉を聴くとわずかな安心を得た。
少なくとも、女達は盗賊の搾取を邪魔立てしたりしない。
この時点で命の保障は得られたと思ったからである。
「親方・・親方・・・」
盗賊の手下はねだる。
ゆっくりと手下を振り向いた男は後姿のままアマロの前でうなづいた。
頷いた男が
「まず。上にたつ者から、欲しい物をとる。この、残りは平等に分配される」
男は、ゆっくりとアマロをふりかえり、屈強な身体を僅かにこごめてみせる。
つまり。
「俺は鼻っ柱の強い女がすきだ。頭のいい女もな。
震えて口もきけない女ばかりが、女と思っていたが、お前はそうじゃないな」
男の選択がきまり、残りの女はねだった手下達の取り分になる。
男の提示した運命がどういう事であるかを知るアマロの瞳は恐怖に見開かれたままになっている。
断れば、それは搾取を邪魔したということになるのだろう。
陵辱か死か。
この二つに一つの選択しかない。
アマロ自身が自分の運命を選択しているこの僅かの間に手下達もまた、己の嗜好に合う女を選択している。
いやおうも無く生きる道を指し示される女達は震えるまま従順な羊のように男の手に引きずられてゆくことを観念していた。
「あ」
僅かな声が漏れたアマロを見た頭領格は静かに口を開いた。
「力の無い者は、いらない。見た目から淫売と判る女も要らない。
女は共有される道具だから、要らぬ病を持ち込まれては困る」
この選択肢からこぼれた老婦人が一人、甲板に取り残された。
男達は気に入った女を腕に抱え込んでいる。
女を抱え込める者はこの盗賊集団の中で上位の者なのだろう。
こんな事が判ったって何の足しにも成りはしない。
アマロは男を見詰め返した。
呪詛を籠め、憎しみを籠め、男をくいいるように見詰めるしかなかった。
「おまえは・・せめて、俺だけの女になれるように努力するしかない」
男はアマロに伸ばした手をひろげてみせた。
「それとも、この場で死ぬぐらいの覚悟でいるか?」
すておきにはせぬ。
搾取を阻んだ女はいかしておけぬ。
男の冷たい宣託を知ったアマロの口を付いた笑い声に自分でおどろいた。
「共有させないだけでも、ありがたいとおもえということですか?」
男は冷徹。わらってみせた。
「頭のいい女だけが、生きるか死ぬかを自分で決められるんだ」
アマロは男の後ろにある抜けるような蒼空をみつめた。
この空の下に夫と子供がいる。
たとえ、一生逢う事が出来なくなっても彼らの存在を思う事はできる。
この空の下で彼らを思う自分をなくすまい。
思いは自由だ。
アマロは、うなづいた。
自分の選択で生きる事を選ばすこの男は、そんなに捨てたもんじゃないだろうとアマロは娼婦のようにうなづいた。
船を移るとき老婦人の哀願がきこえた。
「わたしもつれていってくださいよおおおお」
例えこの先に陵辱しかなくても、
何人もの男のなぐさみものにされても、
要らぬ者として置き去りにされるに勝る過酷な仕打ちは無い。
こんな、こんなときだから。
こんなことが、こんなことが。
連れ去られる方が余程、どんなに幸福であるかと老夫人がおしえていた。
悲痛な声がとぎれ、老婆は海賊船に招待される掛け橋が取り外されるのを見詰めるしかなかった。
船が動き始め、ぶんどった獲物を片付けだす下っ端の横を数人の女が、幾人かの男にひきずられ、船倉の奥にきえてゆく。
アマロだけが頭領の側に立ってそれをみおくっていた。
「さて・・・」
男がアマロを見る。目はもう一度上から下までアロマを舐める。
「お前の心がけ次第だが。他にやるにはおしい・・」
アマロの美貌をして、アマロを独占したくなると男はもらした。
だれかれお構いなく伽の相手を勤めるよりは、この男だけの女で居た方が良いだろうと、男はアマロをなだめてみたのか、おどしてみたのか。
「どっちにしろ・・」
答えかけてアマロはやめた。
陵辱にかわりはしない。こういえば、男の癇がたつ。
癪に触ったばかりに男はいうとおり、アマロを群れの中になげこむ。
せめても、たしかにこの頭領格の男の独占下に入った方がアマロの身も安泰である。
アマロが言いかけた言葉を飲み込んだ事で、男はアマロを支配下に置いたと覚った。
「いい心がけだ」
アマロの選択を了承すると
「俺の名はロァだ。ついてこい」
男の名前をしらされた。
ロァに命ぜられるままアマロは彼に従った。
いきておればこそ。
アマロは悲壮な覚悟を決意に替え、生きる事をえらんだ。
ロァの部屋は操舵室のうしろにある。
小部屋の前にたつと、ロァはアマロをふりかえった。
「女のかわりはいくらでもいる」
ロァの言葉の意味を理解するのにさして時間はかからない。
「ジニー」
ロァは部屋の中にいる女の名をよんだ。
ドアを開けたジニーなる女の顔を見詰めるアマロの前でロァはつげた。
「ジニー。下におりろ」
顔を出したジニーのこわばった表情をアマロはみつめつづけた。
ロァにオンリーの女がいるのは当り前のことであろう。
だが、ジニーの立場はアマロの出現で一気にくずれさった。
ロァの言葉に従うしかないジニーはロァの一言で安泰な地位を新しい女に譲らなければ成らなくなった。
ロァが今までの略奪でも、他の女に興を得なかったことに安心していたジニーの慢心がくずれさってゆく。
ロァが下に降りろと命じた事はすなわちジニーを捨て新しい女を替わりに刷るということである。
下に降りればジニーは多くの男たちに身体をなげうつことになる。
が、そうなってもかまわないほどロァの興味が他の女にうつってしまうなら、もうジニーの手当ての法はない。
「飽きられたのだ。で、無ければよほど新しい女に心うばわれたのだ」
一度飽きた女を他の男たちに晒したロァが思いをかえることはない。
雑巾のように他の男の穢れを拭った女になれば、
ロァは尚更ふりむきはしない。
異常なほどに独占欲が強い。
ジニーは今まで見てきた事実でロァを判断すると
いまから、娼婦にもなれない自分をあざわらった。
そうだろう?娼婦なら身体を売った見返りは金で清算される。
女の持ち物だけが慰められる男の欲望を拭い去るぼろ布になる。
今の今までロァの権力と云う傘下で安泰な立場を得た事が見返りだったとするなら今のいままで、ジニーは娼婦だったろう。
だが、これからは、違う。
娼婦にもなれない女がだれかれお構いなく身体をひらいてゆくだけ。
見返りなぞ何ひとつもなく・・・。
ジニーはアマロにとり替わられた「ロァの女」の立場を憎しみを籠めた一言をそえてアマロにゆずった。
[お前さえこなければ・・・]
アマロの横をすり抜けるとき、呟かれた言葉の鋭さはロァの言葉を裏打ちしている。
ロァの好む所である鼻っ柱の強い女であるジニーがロァの一言で敗退を決意していた。
けれど、アマロは虚しいだけである。
『こんなことが、私達の憎しみあいになる?』
もし、普段の生活の中でアマロがうら若き乙女で、ジニーと永年の恋敵で、ロァを奪い合っていたならばあるいはロァの選択に勝ち誇った気分を味わえるかもしれない。
だが、現実は違う。
自分の人生を投げ捨てる。
こんな惨めな境遇にまだ、哀しい争奪がある。
いっそ、ジニーに負けていればよかったと思おうにも、思える領分がない。
我が身の保身が欲しいのはアマロも同じであった。
ロァの横をすり抜けた女に惜別の翳り一つも見せぬまま、ロァは新しい女を部屋の中に迎え入れるに大げさすぎる礼を見せた。
ドアのノブを押さえ大きく開くと、胸元に左手をあて、右手の平で部屋の中へどうぞとアマロをいざなう。
「公爵夫人。どうぞ、中に」
もちろん、今あったばかりのロァがアマロの身分をしるわけはない。
多少なり着衣の品が良く、その好みもアマロの気品につりあうものであった。
アマロの外見上をいうか、あるいは、ロァのアマロへの気に入りようを公爵夫人とたとえてみたか。
ロァの部屋に一歩入れば後ろ手でドアを閉めるロァはアマロを食い入るようにみつめていたが、
「俺の女になっておいてそんはない」
なおも、アマロに向けて、服従すべきを説く。
「まず・・」
ロァは部屋の奥にあるもう一つのドアを指指した。
「バスタブがある」
船の中で何よりも得がたく貴重なものは水である。
ロァとロァの女だけがこの水を使い放題に使える。
身体を洗うためだけに水を貯め、そして、捨て去る。
船上生活においては、尚、この上も無い贅沢である。
そして、ロァはいう。
「汗くさい男にだかれたくなかろう?」
男と女のその時に、いくら目を瞑ってみても、匂いと云うものは現実への意識をとりもどさせてしまうものである。せめても荒くれた男に犯される女にならずにすむ事はもっと、贅沢であろうとわらう。
ロァが繊細にも匂いに拘る。
もっといえば、海賊らしからず香を好んだ。
ロァの中に貴族への憧れがあるせいであり、それが自分の女としてアマロを部屋に招じいれるに「公爵夫人」と呼んだわけもそこにあった。
が、このロァの匂いへのこだわりが、ロァがアマロを気遣った意味とは違うところで、見知らぬ男に犯される女の精神的苦痛をやわらげることになるのである。
「とにかくは、まずその特典にひたってみるがよかろう」
つまり、砕けた言い方をすればロァはアマロに一風呂浴びて来いといってくれているのである。
突然紳士を気取りだした男はじっとアマロが浴室から出てくるのをまっていた。
汗を流し終えたアマロは浴室の端の壁に吊るされたバスローブを眺めていた。
身体を包むに大きすぎるバスローブはロァの物であろう。
その横に、昨日までジニーが使っていたに違いない小ぶりなローブがある。
アマロは迷った末、荒いざらされたロァのバスローブに手を通した。
汗を流したアマロは一端脱いだ自分の服を着なおす気になれなかった。
ロァはこういう女の気持ちを見抜いた上で、バスタブを特典だといいのけていえるのである。
だが、かといって、どうせ、一糸纏わぬ裸身になる男と女の痴情の沙汰がドアの1枚向こうにあると覚悟していても、なに一つ纏わずでてゆくわけにはいかない。
そして、アマロは随分長い間、二つのローブをながめ選択に迷った。
ジニーの使っていたローブを羽織れば、自分がジニーの代わりになるようでいくらか、惨めであった。
事実はその通りでしかない。
いつか、また、ロァは新しい女を得、アマロもまた、ジニーのように下にいけといわれる日がくる。
ロァの云ったとおり、「女」の代わりでしかない。
それでも、ジニーの使っていたローブを使う事は、遠慮会釈無いロァの欲望を拭ったあげく、消耗品として扱われ捨て去られた女に成り下がったジニーにまで、屈服するように思えた。
が、かといって、ロァの物を纏うことは、ロァにジニーの代わりでなく、ロァの女として、認めてほしい。ロァのローブにくるまれるように、ロァ自身にくるまれたい。ロァの「女の代わり」でなく、ロァの「女」になりたいと表明するにひとしいことになる。
汚れた自分の服か、裸か、ジニーのローブか、ロァのローブか。
四者択一の結論は、これから起きる事実がきめさせた。
アマロの気持ちがどうあれ、これから起きる事は、ロァの女こそが、ロァにすべき交渉である。ならば、いくら、こだわってみたところで、形はロァの女になるしかない。
どうせ、生きるなら。どうせ、ロァの女になるなら。
額づいて、いきるまい。ロァこそをアマロの女に屈服させてやる。
ふん、と、アマロは鼻をならした。
「外はおまえの物でも、中身は私、アマロ」
それが証拠にアマロの脱いだ服をロァのローブの合った場所につりさげる。
その横にはロァがきれない小さな女物のローブ。
「ロァ。お前が纏うものなんかないだろ?」
ロァのローブをまとうと、浴室のドアを開け、アマロはロァの前にたった。
大きすぎるローブを纏った女がロァの目に、幼い子供が父親の靴に足を突っ込んだようにかわいく映っているとは、よもや、思ってもいない。
「これは、これは、公爵夫人。私どもがうかつでしたな」
ロァは女の心を見抜くに長けているとみえる。
ジニーが着ていたものになぞ手を通したくないアマロをなだめた。
「近いうちに、公爵夫人のお目触りを」
女としての自尊心をロァに見抜かれたアマロは、ただ、ロァをやりこめるため、ロァの話の腰をおった。
「ロァ」
居高々に呼び捨てにしてみせると、一気にいいつのってみせた。
「私は、公爵夫人ではありませんことよ。伯爵夫人でしたの。もっとも、海賊風情の愛人に身をおとすのですから、どちらでも、よいことですけれど」
棘のある言葉をぶつけられたロァは、怒るかと思った。
だが、
「おまえは、俺を充分にそそる女だ」
男にこびることない、女の自尊心の高さをしてロァはいう。
「俺は鼻っ柱の強い女を、こいつでくみしく男だ。それを今からめにみせてやる」
ロァは着ていた服をぬぎだした。
下着の中でこんもりと存在を主張している物で、アマロを組み敷くと豪語すると
「伯爵夫人に失礼になってはいけまい?」
素裸になった男は浴室のドアをあけた。
「俺のローブをかえすきはないか?」
アマロは黙って首をふった。
「ベッドの中でまっているか?それとも、ドアを開けてそのまま海に走り出すか。今おまえがきめろ」
卑劣。ロァの言葉を聴くアマロの胸に湧いた思いはその一言である。
アマロはロァのバスローブを脱ぎ去り、思い切りロァに投げ付けると同時にベッドの中に潜り込んで裸体を隠した。
「いきてゆくか・・・」
楽しげに男は呟くと、汗を流した後に渡される「女」を思い浮かべほくそえんだ。
アマロはいちまい上手の男に思いのまま操られる自分に悔し泣きをうかべながら、運命の時が僅かに伸ばされた事だけを感謝した。
「ところで・・おまえ。名前は?」
せめて、即物的な物扱いにならぬことだけをよろこぶしかない。
「アマルシァ・・・。アマロで・・いい」
ロァに屈服する以外生きる法がない。
「アマロか・・。大事にしてやるさ」
ロァの呟きがドアに半分隠れ、アマロは裸体の身体を包んだケットを口に押し当てるとロァに聞こえぬように声を殺すと大声でないた。
泣いて、諦める以外ない。
ロァの身体に幾つか残った刀傷は、ロァの運命の強さをものがたっていた。
アマロはその庇護にはいるいしかない。
これだけはわかっていた。
ゆっくりとバスタブに浸かった男がローブを纏い、アマロの側ににじりよった。
「俺は、たかが、海賊風情でしかないが、女まで略奪するのは主義じゃない」
ケットから覗いたアマロの髪にふれると、ロァは海図を開いた机の前に歩み寄ると一本の葉巻に火をつけた。
紫煙があがり、アマロはその葉巻の香に目を閉じる事になる。
夫、ケジントンが愛飲していたと同じ香の葉巻の香に目を閉じればそこにケジントンがいる錯覚にとらわれる。
「ふううん?」
アマロの様子に何おかを悟ったロァはたずねた。
「お前の亭主だった男は・・」
にやりとロァが笑ったことなぞアマロはしらない。
「子供を生ませる交わりしか、みせてくれなかっただろう?」
貞淑な妻につつましい交わりを与え、伯爵の血筋が継承されてゆく。
「それが、どんなにつまらない事でしかなかったか、おまえはしるまいの」
ロァがなにをいいたいのか?
その現実を身をもって知らされるのは寸刻のちのことである。
熱る身体が熱の逃げ場所をもとめアマロの息は荒い。
ロァに与えられたことは、アマロの屈服でしかない。
ロァに抗う事が出来ないのは、しかたがないことではある。
だが、アマロの思い立った「ロァを屈服させてやる」ことと逆の事が、アマロの身体におきた。
ロァの恣意でしかない屈辱な痴態であるのに、アマロは、己の身体に意志など通じないことをしらされ、堪えきれず嗚咽をもらした。
世間知らずの伯爵夫人が、知らされた肉体の暴走はかんぷなきほどにアマロの精神をいためつけ、その底にロァに縋る(女)をうみはじめている事さえきがつかせず、ロァの執拗な愛撫にアマロの自我はすでに崩壊していた。
アマロに覚醒がおとずれるまで、ロァに引きずり落された誨淫はアマロを深い眠りをあたえつづけていた。
かすかな葉巻の香がアマロの嗅覚を刺すと、アマロの意識は混濁を整頓しはじめていた。
「ケジントン・・?」
葉巻の香はアマロをケジントンの屋敷で悪夢にうなされたかとおもわせていた。
だが、身体の芯に残る快感の残骸がすぐさま、アマロの勘違いだとおしえはじめてゆく。
「そうだった・・」
アマロは海賊の虜囚になったのだ。
ベッドの中にはアマロ一人がみっとも無く裸体をさらけている。
あたりをみまわしてもアマロの裸体を楽しんだ男の姿はなかった。
たった一人の寄る辺が、ロァでしかないことが、おかしくて、アマロはふんとわらおうとした。
どこに逃げる事さえも出来ない海の上で、尚且つ、海賊の頭領に縋るしかない自分がいっそうみじめである。
そのうえ。
思い出しても羞恥のさたでしかない。
ロァの手管にものの見事に陥落した。
「娼婦以外のなにものでもない」
伯爵夫人だった娼婦と、海賊。
愚劣に似合いすぎる男と女になりさがり、醜い欲望におぼれきった。
「それでも、しんでなるものか」
もっと、惨めに成ってもけして、生きる事は放棄しない。
この意味に置いて、ジニーは朋友ともいえる。
下に降りたジニーは、もっと惨めに成っても生きてゆこうとする人生の先達である。
そのジニーの安泰の位置を奪い去ってまで生きようとしたアマロだ。
「つよくならねばならない」
子供に残せる事は何一つなくなったけれど、敗退に泣く生き方だけはせおうまい。
それだけが(母)の生き様と云うあかしを立てる唯一の法だときめた。
「おや?おきたかね?」
ドアを開けて入ってきたロァはアマロにわらいかける。
女を牛耳った男の余裕がただようと、アマロはさっき伯爵夫人の名にあらぬ自分の変貌ぶりをおもいかえさせられていた。
思い返しても身の毛がよだつはずであるのに、アマロの膚は赤らみ上気のさまをあらわしはじめている。
「ふん?」
女の中におきた変革が何を物語るか、嫌と云うほど、女を女に替えてきたロァには、語るに落ちたアマロの主張である。
「お前の荷物を・・・」
ロァがアマロの前に差し出した鞄は確かにアマロのものである。
「あっているか?」
アマロは不思議な目をしていたに違いない。
(貴方が、わざわざ?)
略奪したもろもろを一塊にした中からアマロのものと思われる鞄を探し、ひとつ、ひとつ、中身をたしかめてみたことだろう。
ロァの意外な心配りに驚きながら頷いたアマロは、ロァの優しさにもうなづくことになっていた。
が、頷いたアマロは、ロァが表面上の優しさだけを与える男でもない事を知らされる。
「着る物が無いと困るだろうと、思って、慌ててさがしてみたが」
ロァの手がアマロの腕をなでた。
腕は無論、ケットの中の裸体もまだ、一瞬の上気が膚をあかくそめたままである。
「着るものより、ほしいものがあるとみえる」
ロァは云うより早く、自分の身体をアマロの横にすべりこませる。
優しさより以上の物が、心を略奪しえる事をアマロに教えるために、ロァの技巧は精緻を増してゆき、ロァは一言アマロに
「俺は、いっそうお前がきにいった」と、ささやくと、それが嘘でないことを見せ付ける遊戯に没頭していった。
「ロァの女」は、いい身分である。
ロァの部屋をぬけでて、甲板の上を歩く事も自由である。
ロァの手下も新しいロァの女に、興味の目を向けこそするが、ちょっとした女房扱いで、丁寧な言葉を吐こうとつとめるところがおかしい。
甲板を歩くと甲板に油をしみこませていた手下が声をかける。
「姐さん。散歩ですか?」
船の上で散歩もなかろうが、アマロは洋上に目をこらしてみた。
「ここは、どのあたりかしら?」
アマロにたずられると男はちょっと口を尖らせるとぐっと唇をすぼませた。
(聞いちゃ、いけなかったのかしら?)
「まあ、なんですよ・・・」
言い渋ったのはアマロが思った通りのせいであるが、
「陸地がみえていたって、とても泳いでいけるわけじゃないんですがね」
男の前置きは、アマロがここに居るしかない事を自覚しているかを探る為らしい。
その通りねとアマロがうなづくと
「もう直ぐスペイン沖です」
(ス、スペイン?)
アマロは驚きを隠しながら、さらに男にたずねてみた。
「どこにいくきなのかしら?」
男は今度こそ答えを黙った。
「親方にきいたら、どうですか?」
「そ、そうね」
男が答えなかったのはこの先の事を聞かされてない下っ端であるせいであろうが、親方に聞けと返したのは貴方はしらないの?と皮肉られた気分をあじわったせいかもしれない。が、いずれにせよ、貴方もロァの重鎮でないのだから、知りたければ自分からたずねるしかないと、男はいいたかったのだろう。
「あそ、そうね・・。ロァにきくわ」
わざとロァの名前を呼んで見せる、寅の威を借る狐の如き虚勢をはる自分が馬鹿にみえてくると、早く男の側を離れたくなる。
が、
「あの、ジニーにあえるかしら?」
親方が一度捨てた女にいかに冷たいかを知っている男は、新しい女が親方に前の女のことをききがたい雰囲気を持つことも知っている。
が、そんなことよりも、新しい女がジニーに会いたがる素振りが、不思議であった。
「そりゃあ、親方にきくわけにゃあいかないだろうけど、何であんたがジニーになんかにあいたがるんだい?」
「ああ。別にジニーだけじゃないのよ。一緒に船に居た人の事もきにかかる」
男は首を振った。
「今は、逢わない方があんたの為だろうな。
ここに居るって決まった女とは、その内あえるさ」
男の言葉をアマロはききのがしはしない。
「まって。じゃあ、ここに居るって決まらない女はどうなるわけ?」
思いの他きつい声で男がこたえた。
「あんたはここに居ないと決めたら自分をどうするつもりだ?その答えをだしたくなくて、あんたは親方の女になることにしたんだろ?」
アマロは男の言葉の意味合いに注意深く頷いてみせるが精一杯だった。
「ここにいたって、おなじことなんだけどな・・」
アマロが頷くのを見取った男はしゃべりはじめた。
「此処に居れない女はもう直ぐこの船とコンタクトする、シュタルトの船に移るんだ」
「シュタルト?」
「ふん」
男は鼻先でアマロの感の鈍さを笑った。
「俺たちは海賊だぜ。人さまの物を奪って集めてるコレクターじゃないんだ」
男が言いたい事がみえた。
「つまり、奪った物を売りさばく・・?こういう意味かしら?」
さも、たいぎそうに男がうなづいた。
「品物だけじゃない。女もだ。めぼしい女だけを残して、後は何もかもシュタルトにうっぱらっちまうのさ」
アマロはひっと言う声が漏れそうになる口をおさえた。
「シュタルトに売られた女が、どうなるか、わかるだろ?」
口を手で押さえたままアマロは頷いた。
シュタルトは海賊が捕まえ、なぶった女を安い値段で買い上げ、あげくどこかに売りとばす。シュタルトという名前からしてもちろん英吉利人なんかではない。
そうでなくとも、まかり間違っても英吉利の女を英吉利に売り飛ばすようまぬけなまねはしないだろう。と、なると、捕らえられた女は見も知らぬ異国の、おそらく淫売宿にでもたたきうられるのだろう。
だから、ここに居ても同じなのだと男はいったのだ。
「俺たちはシュタルトから、食い物や着る物をかうんだ。そうやって俺たちはいきのびているんだ。海賊家業だって、何も面白半分でやってるわけじゃないんだ。俺たちが生きてゆく方法なんだ」
アマロの侮蔑を回避したいのか男は幾分か流暢にしゃべりはじめていた。
「いいか。あんたも、此処でパンを齧り、一滴の水を飲んだその時から、うっぱらった女と船の中で死んだ船員の犠牲で命を繋いでるんだ」
アマロは大きく目を見開いていたに違いない。
「まあ。びっくりしたんだろうけどな、自分をせめるんじゃないよ。あんたがすることは、精一杯親方にきにいられて、どこにもうりとばされずにすむことさ」
男の妙な苦言にアマロは呟く。
「まだ・・まだ・・淫売宿にうっぱらわれる方がましよ・・。せめて、だれかれお構いなしに犠牲になんかしやしない。そのほうが・・」
アマロの呟きを聞きとがめた男はにやりとわらってみせた。
「だったら、今すぐにでも下におりてみるか?淫売宿に行く練習でもしてみるか?」
男の手がアマロの細い腕首をつかんだ。
蒼白な顔で男の手を振り解くアマロの様子に男が高く笑い始めるのとアマロは自分でも思わぬ言葉を口走っていた
「私にそんなことをして、貴方が果たして無事にいれるとおもってるの?」
アマロのおどしに男は手を離して見せたが
「親方の・・・あはは」
と、男は笑い続けた。
「親方の女で居たいのが・・本音じゃないか・・・」
「ち・・ちがうわ」
「ちがわしない。都合の悪い時だけいやだ、いやだと言って見せるけど・・本心はもう、すっかり親方の女そのものじゃねえかい?」
男の言う通りかも知れない。
唯一の特権であるロァの女であることをかさにきて、男に脅しを掛けれると言う事自体ロァの女である証拠である。
「他の男になぶられたくねえなら、姐さん。馬鹿をいっちゃあいけねんだよ」
それは、ロァの女であっても平気で掠め取ると言う事を含んでいる。
「貴方。いまの言葉をロァにはなしてもよくって?」
今度はあっさりロァの女としてのアマロの怒りがわいた。
男は愉快そうにわらった。
「はなしてみるがいいさ。うっぱらわれた方がいい。そういってみるがいいさ」
ロァにそういえば、ロァはアマロをそうすることを男は知っているというくちぶりだった。
「だけど、あんたが親方のもので居ようとする限り俺たちはあんたを尊重するし、
手を出したりしゃしねえ」
アマロの心の底にある恐れをみぬき、それでも、その恐れはロァの女である限り突き崩されぬ安泰なのだといいきかせてみせた。
身体を汚すだけだったはずの行為は既に、アマロの精神もけがしていた。
多くの犠牲の上でアマロの女であり続ける事は、アマロの精神をいつ、切れるか判らない綱の上を渡るより疲労させると知った。
そんなアマロだったが、それでも、これ以上他の男に身体を投げ打つことだけは、嫌だと思う自分をみすえさせられると、精神を腐敗させてもいいとさえ思えた。
それに、男の言うとおり、もう、此処で水の一滴を飲みパンを齧ったアマロはもう既に人の命を犠牲にして生き抜いてしまっているのだ。
精神も肉体も穢れきった女になり下がり、それでも、生きていたいと思う、底からの欲求に素直に従うことだけが唯一魂だけは、汚さずにすむと思えた。
アマロは心のそこで神に祈った。
『与えられた生をいかしてみせる。どんなことがあっても、自ら死ぬことだけはしない。是でも生きるか?それが貴方が下さった試練なら、たった、それだけをあかすためにだけでも、いきぬいてみせる』
気丈な意志な裏側でアマロの精神は死に逃げ込むことを何度、宥めた事であろう。
「生きなきゃ・・」
アマロの精神は強くならざるを得なかった。
自分をして、多くの犠牲の上で生きる事を卑下するのでなく、感謝するしかない。
卑屈な精神は論理ににげ、かろうじて、均衡をたもった。
男はアマロの呟きに気がつくと、小さく笑った。
「どいつもこいつも生きてく事に必死なんだ」
男の言葉はアマロの今までの「生きる」がいかに安泰でしかなかったかを
あざわらう。
確かに今ほどアマロは生きる事に必死になっていなかった。
なにおももふりすてて、生きる事にしがみつくしかない不幸と無縁だった女は
ただ、安穏と幸せな生活に浸りこんでいた。
今ほど己の命をいとしむことも知らず、何物にも変えがたい唯一の執着である事も知らなかった。
それを知ったのはジニーも同じだったかもしれない。
命に必死になれるという意味においてアマロもジニーも、幸せな女であったかもしれない。
ジニーにはやはり、会いたいと再び思ったアマロはやっと一つの事実にきがついた。
ロァはジニーの事で「公爵夫人のおめざわりを・・」と言った。
その時のアマロはロァがジニーをどうするつもりかなぞよりも、自尊心が先立った。
だが、結果はロァのその言葉をふさいで、ロァをやり込めようとするアマロの癇高さがロァの恣意をいっそうそそっただけだった。
だが、今、アマロにロァのその言葉が意味が判った。
目の前の男に言われた
―品物だけじゃない。女もだ。めぼしい女だけを残して、後は何もかもシュタルトにうっぱらっちまうのさー
「あ」
気がついた事実にアマロは息を飲み込んだ。
ロァはジニーをシュタルトに売渡すつもりでいる。
さっきまで膚を合わせ、ロァの独占、オンリーだった女に平気で「下へ行け」
と云う男が、シュタルトに売渡す事に何の痛みをかんじよう。
だが、是がロァがジニーに飽きて、顔も見たくないという結果なら、アマロの胸にこんな痛みが走るわけが無い。
ロァが「公爵夫人のおめざわりを・・」と、いったように、アマロのせいなのだ。
だが・・・・。
品物のように売買される惨めさと、このまま下にいて、何人も男の欲望を拭う惨めさとどっちがましだろうか?
どのみち、先の運命はかわりはしない。
どのみち、これ以上惨めになんかなりゃしない。
「でも、ジニーはどうだろう?」
人の命を犠牲にして生きてゆく海賊なんかに抱かれてるより、見知らぬ異国であっても、精一杯、稼いだ金で買われるなら、この方が自分を腐敗させはしない。
いずれアマロもジニーと同じ運命ではある。
ならば、いっそ、アマロもシュタルトに売渡される方をえらぶべきであろう。
だが、こう考えたに関らずアマロはジニーが此処に残る事を選択するかも知れないと思った。
アマロはジニーがここに残ると選択するかもしれない一つのわけにきがついた。
それに気がつくと言う事はアマロもまたジニーと同じように、ロァを愛し始めているということである。
『ジニーはロァの側に居たい。
ただ、それだけのために此処に残ると云うかもしれない』
アマロは自分の心をジニーに照り返して見ているとは気が付かずジニーの気持ちを類推したにすぎないつもりだった。
じっとアマロを見ていた男に
「もう。いいわ」
と、話す事も聴く事もなくなったとつげて、アマロは男の脇をすりぬけた。
アマロが歩み去ってゆくのを見送っていた男はアマロが下に行く扉に向かうのを
みとがめた。
「姐さん。いかねえほうがいいといったろう?」
やけに男は執拗にアマロを制止する。
「なんだっていうの?」
アマロのきつい眼差しは「お前の言う事に何故したがわなければならない?」
と、男をといただしていた。
「ジニーに逢いたいってんだろ?でもな、いいか?今は風がいいんだ」
男の言葉はアマロを説得できない。
「風がいい?それがなんだっていうの?」
男のわけの判らない言葉に反駁をかえしながら、アマロの心の隅では男の言いたい事をつかもうとしていた。
「判らねえか?帆をそのままに船は勝手に進んでいるんだ。仲間は今、手隙なんだ」
「え?」
アマロが男の言う意味をやっと解した。アマロが今ジニーが下で何をしているか判ったと知った男は今度こそずばりときりこんできた。
「え?最中ってやつだ。そんなとこに姐さんがいって、ジニーが喜ぶかよ?いっそう、惨めじゃねえか?それとも、親方に棄てられた女を笑ってやりたくていくってのかい?」
「あ、あなた・・。あなただって、ジニーを・・」
ジニーの惨めさがわかっていながら、ジニーを弄ぶ男のひとりじゃないのか?
そんな男にかりそめにでも、ジニーをあざ笑うのかなぞといわれたくない。
アマロの怒りが言葉になりきるより先にアマロの平手打ちが男の頬で高くなった。
たたかれた頬を刷り上げながら男はわらった。
「なるほどな。親方がきにいるわけだ・・。だが」
男の言葉をこれ以上つながせるアマロでなくなっていた。
「いずれ、私もジニーと同じ?」
アマロにさきを言われた男は、こどもじみた、言い争いをさけるためか、静かな口調をくずそうとはしなかった。
「そん時は、俺にやった事を後悔するぜ」
アマロは出来るだけ、いけ高々にいった。
「そうね。あなたみたいに愚劣な男にだかれなきゃならないほどの後悔にまさるものはないわね」
怒るかと思った男は寂しそうにわらった。
「男って生物はどうしようもねえんだ。
ばかみてえに欲望につんのめっちまう。
女だけが惨めなわけじゃねんだ。
だけどな、こんな男の惨めさを黙って許してくれる。
これが、女なんだ。
まあ、姐さんは親方だけのいい女でいれるうちは、こんな事はわからねえさ」
男のいう「後悔」の意味はアマロが考えた事とは程遠い。
優しさと云うものの別の側面をもてなかったアマロに後悔するという意味だと判ると少しだけ男をゆるせた。
「皆が、あなたみたいにジニーを玩具に考えずにいてくれてるというわけ?」
それならば、せめてもジニーもいつか先のアマロも、ほんのすこしだけ、多くの男に嬲られる惨めさをうすめてゆけるかもしれない。
「まあ。姐さんがあいたいっていうなら、もう、とめやしないさ」
「う・・ん」
確かに男の言う通りジニーがその最中なら、今、無理に会わない方がいいと思った。
アマロが部屋に戻るとロァがまっていた。
「いい風だったろう?」
甲板をほっつき歩いたロァの仔猫をなであげるとロァは葉巻にひをつけた。
アマロはロァにひきよせられると、目を閉じた。
「ふううん」
ロァの次の動作でアマロを求めだすと判っているアマロであることを確認させるに充分なアマロであるが、
「おまえは・・」
ロァの心に嫉妬を湧かせるにも充分なアマロでもあった。
「この葉巻の匂いに何をかさねあわせている?」
アマロがロァの葉巻の香でロァと夫ケジントンとを錯覚させる事に努めていた事に
ロァはきがついていた。
「いつまで、自分をごまかすきでいる?」
どんなにアマロを抱いている男がケジントンだと思い込もうとしてみた所で、事実はちがう。
「え?お前は・・・」
お構いなしにロァの砲弾はアマロをうちぬく。
ロァの容赦ない責めにアマロははからずも嗚咽をもらす。
だからこそ、ロァは問う。
「これが、お前の亭主だった男か?」
アマロの声がロァへの屈服をうったえだす。
ロァはいよいよアマロをねじ伏せる蠢きをするどくしておいて、
「お前の亭主だった男がしていることか?」
悲痛にさえ聞こえるアマロの声はやがて女の身体が陶酔という覚醒を極めた事をロァに知らせた。
ここぞとばかりに誰に抱かれているのだと問うロァは、夢中でロァの名を呼び返すアマロに堪能しきるとやっと、アマロを許した。
男と女の閨言はなにも、ベッドの上でだけとは限らない。
深みを共有しあった男と女は特別な馴れ合いをもつ。
ただの海賊と伯爵夫人なら聞き及べない事を口にできるということも、閨言のひとつと類せるだろう。
「ジニーの事なんだけど・・」
昔の色の名を突然、いわれて、ロァは少し驚いた顔をしたが、ふと俯いた顔がやけに嬉しげにも見えた。むしろ、にやつく顔を隠すためにロァはうつむいていた。
「妬いてくれているのかね?」
ロァが嬉しげだったのはそのせいだったのかと思いながら、アマロには嫉妬という感情の存在を考えてみるきにさえなれなかった。
「ジニーとは・・長かったの?」
こんな事を聴いてどうするのだろう?
随分長かったと答えられたら、ジニーの中にロァへの愛情が育っていてもおかしくないと判断できる。が、短かったと答えられたら、ジニーの中に愛情はそだってないといえるだろうか?ましてや、ジニーの感情をロァに聴いても判るはずが無い。
判っていてもロァはきっと、自分の感情しか見やしない。
「そうだな・・」
ロァはアマロを真正面から見詰めた。それはアマロがロァの返答でどんな表情をみせるか、余さず見届けようとしているように思えた。
「三年近い年月は長いというのかね?短いというのかね?」
ロァと云う男が「三年も?」たった一人の女に執心だった?
もっと、うわついて、次々と女を取り換えていたと思っていたアマロは意外なロァの言葉に一点をぼんやりとみていた。
頭の中、胸の中に湧いてくる思いを纏め上げるためにアマロの視点は焦点をうしなっていた。
ロァはじっとアマロをみつめつづけていたが、
アマロの胸の中は大きく波立っていた。
「三年も・・ジニーにあんな風に囁いて、あんな風に夢中で、あんな風にジニーに・・」
アマロが必死で抗っているのは嫉妬と云う感情にたいしてである。
ほんのさっき。ロァに嫉妬なぞするわけが無いと思っていた自分の中に勝手に湧いてくるこの感情が嫉妬であるわけが無い。
だいたい、ジニーとどれだけ共に過ごしたのかを聴くのはジニーがロァに本気であるかどうかの可能性をちょっと、きいてみたかっただけで・・。
ジニーとの間が短いと思い込んでいた所もあったから、それが意外だったし、長かったと答えられたから、そんなに簡単に心変わりをするロァにもびっくりしたんだ。
嫉妬なんかじゃないと必死に否定するアマロの心の中に一つ嫉妬と違う物があった。
それが、アマロの顔を悲しくさせた。
「どうした?・」
ロァに問われるまでアマロは自分にさえ隠していられるとおもっていた。
黙って答えようとしないアマロに替わりロァがアマロの心を引きずり出して見せた。
「3年も共にいても、あっさりジニーを棄ててしまう俺が怖くなったか?」
「怖い?」
問い直したアマロはそうだと思った。
ロァと共にずっといるとは考えていなかったはずであるし、いつか、下に降りろといわれる日が来るとも考えていた。
だが、それは次々女を変える男の飽きっぽさに覚悟を決めていただけで、ロァはアマロが予測していたよりは女にひたむきな部分をもっていた。
「それは・・つまり・・」
ロァのほうから答えをきりだした。
「お前は俺にほれたということだな」
「ま、まさか」
アマロの否定もロァには愉しそうである。
「まあ、どっちでも・・いいが。ようは、ジニーが目障りなんだろう?」
ジニーの事を切り出したアマロの心は嫉妬でしかないと決め付けてロァは
アマロを軽く宥めて見せた。
「俺はお前を見た時、ジニーなんかを相手にしていた自分が冗談じゃないかと思った」
それくらい本気で一目でアマロに夢中になったとロァがいう。
「だから、ジニーのことなぞ、いわれても、俺も思い出さなきゃならないくらい随分遠い昔のことみたいで、俺の頭の中でこれっぽっちも気にならない。だけど、お前が嫌な思いをするなら・・・」
慌ててアマロはロァの言葉を止めた。
「待って。それって、ジニーをどうする気なの?」
ロァは怪訝な顔でアマロの顔を覗きこんだ。
「お前はどうしてほしいというんだ?」
「ジニーに・・。ジニーに決めさせてほしいの。ジニーの意志でどちらを選ぶか、ジニー自身に決めてほしい」
甲板をほっつき歩いた仔猫が何か新しい情報をしいれてきたらしい。
手下に何を尋ねられどう答えたかは判らないが、アマロが何を知ったかロァは探る。
「どちらかと云うのは、何と何なんだろうかね?」
「あ・・」
シュタルトの事を話そうとしたアマロが急にぞっとした思いにつつまれたのはアマロもまた、いつかシュタルトの船に連れてゆかれる事を恐れるせいだ。
「おしゃべりな男にどこまできかされた?」
「シュ・・、シュタルトのことを・・・」
「なるほどな・・」
アマロの身を包むおびえが一層理解できる。
「それで、一層、お前はジニーのように俺に捨てられる事に脅えたというわけか」
違うと言い切れずアマロは唇をかんだ。
「だが。覚えておけ。俺は本気だ」
何に本気だと言うのか。アマロが、ロァの女で居る事が嫌ならサッサとシュタルトにうりつけるくらいのきがあるということか?
本気でジニーを見限ったといいたいのか?
あるいは・・・。
「お前は信じないかもしれないが、俺はお前を本気で思っている」
まともな出会いでもない、おまけに出会って、一月もたっていやしない。
まして、海賊なんかの言う事。ロァに言い返す言葉にアマロは思い切り皮肉を込めた。
「素敵な言葉を上手に使えるのね」
ケジントンでさえこんな歯の浮く科白はいいはしなかった。
アマロはふとケジントンとの始まりを追憶していた。
だが、ロァは聡い。
「また、お前の亭主だった男と俺を較べているか?」
鼻先で笑い出したロァの声が高らかに勝ち誇りだした。
「お前はかわいそうな女だったな」
ケジントンへの嫉妬が、ロァに負け惜しみを言わせてるに過ぎない。
身体と云うつながりでロァがいくらケジントンを凌ごうとも、身体は心を凌げない。
ロァはアマロがケジントンから与えられた閨事の不味さをせせら笑うことでアマロの心を得られぬ負けを認めまいとしている。
と、思おうとしたアマロにロァの次の言葉は不可解な引っ掛かりを残した。
「お前の亭主はお前をこれっぽっちも理解していないし、伯爵夫人という飾りでしかお前をみていなかったな」
ロァは小指の先を親指ではじいてみせた。
「ま、待って。どういう事?私の事をどういおうが、どうせ、そうよ。
どうせ、あなたの安物の娼婦なんだから・・・」
惨めさが喉に絡む。
詰りそうな言葉を喉から突き上げたアマロの声は絶叫に近かった。
「ケジントンとの事は私だけの事よ。あなたにケジントンの何が判るっていうの?あなたが本気だと言うなら、私が愛している男にも敬意を払うべきじゃなくって?
あなたの本気こそ、これっぽっち。
上手な言葉はあなたに似合いの薄っぺらなお飾り」
ロァが口惜しそうにアマロをにらみつけて、何を言うだろう?
アマロもさっきのロァのように小指を立てて、親指でこれっぽっちとはじいてみせようと構えた手がとまった。
ロアはちっともくやしがらないどころか、心底おかしいのを堪えかねている。
ロァはもれてくる苦笑をかみ殺していたが、アマロが言葉を失ってロァを見ている事に気がついた。
途端にぽんぽんと手を叩く。
「お見事。さては親愛なる伯爵公の御名前も拝聴仕り、海賊ロァ風情にはいよいよ勿体無きこと。身が縮む思いは正に恐縮の一言でございますが」
一息飲むと
「ところでいよいよ伯爵公の夫人への寵愛の薄さに軽薄の徒ロァもご同情を禁じえないのは事実でございます」
かっと、アマロは目を見開いた。
「なんですって?」
「きこえなかったか?」
「もう一度いってごらんなさい」
金切り声のアマロに構わずロァはくりかえした。
「ケジントンはお前を愛しちゃいやしない」
今度はアマロの手が鳴った。
ロァはアマロに打たれた頬が小気味良く高い音を鳴らすのを聴きながらアマロの手首をつかんだ。
「それが証拠にお前がこんなにも強情で癇高い女だという事をケジントンは知るまい。伯爵夫人と云う器に納まったお前しか知るまい?本当のお前の何もかもを知らず上辺だけ飾った女へよせる愛情を本物だと思っているお前がいっそう憐れだ」
アマロには言い返す言葉が思いつけない。
「そして、お前は、俺がお前を思う心の深さを知った時から、ケジントンの愛情がいかに薄っぺらな事か気がついている」
ケジントンのことは、あるいはロァの言う通りかもしれない。
だけど、
「あなたの心のどこが深いと云うの?笑わせないでほしいわ」
ロァは是も聞流すとすぐさまアマロを説き伏せ始める。
「おまえは平気で俺に逆らう。俺も女なんかにはたかれたのは生まれて初めてだが。
お前が俺に平気で逆らえるのは、お前の性分もあるだろうが、お前は身の安泰をしっているからできることだろう?」
ロァの言おうとしている事に感づきながらアマロは平然を装った。
「わかっているだろう?お前は賢い女だ。わからぬわけがない」
アマロはいっそう黙りこくるしかなかった。
「俺にいわせたいか?俺の口からきかされたいか?」
アマロの無言は肯定になった。
「ちっ」
舌打ちを返すとロァはアマロに背を向けた。
「いいか。お前は俺がお前に本気だと言う事をみぬいていやがるんだ。だから、俺がお前に叩かれたって俺はお前を海にほうりこむことすらできないんだ。そして、お前はそんな風にお前のその性分ごと俺に思われている事こそが本物だときがついているんだ。だから、ケジントンを・・・」
ケジントンに見せる事の無かったアマロの中の癇高い女をケジントンはしるはずもない。いまやつつましく礼節を持ちしとやかでたおやかだけだったアマロだけがアマロのすべてでない。是はアマロに隠されていた一面でしかない。どこをどうとっても女性らしくないアマロの欠所とも言うべき性格は、ロァに引き出されたものかもしれないがロァは是を価値とする。伯爵夫人だけのアマロを受け止める事しか出来なかったケジントンに比べ、ロァはアマロの全てを見知った上で本気だという。
「わかった」
アマロの声はこれ以上ロァにケジントンへの追慕を壊されたくないといっていた。
「判ったから・・・もう・・いわないで・・」
優しかった夫が、過去のアマロのものでしかなくなっている。
おそらく、今一度ケジントンの元にもどりえても、もう、アマロの心をときめかせる人でなくなっていることをしらされる。
だから、だから、この胸の中に残るケジントンへの愛まですてさせてほしくない。今まで生きてきたひとつの証であったケジントンへの愛は胸の奥底にひっそり大切に沈ませていたかった。
ケジントンへの執着はあっけなくピリオドを打たれる。
それはあたかもロァがジニーを捨て去った心に似ていて、やっと、ジニーをふりかえることができたアマロは一番最初の御願いをロァにもうしでた。
「ジニーにあわせてほしい」
ロァは背を廻しアマロの表情をうかがいみた。
「俺は、本当にジニーのことなぞ・・」
アマロはストップといった。
「あなたのことじゃないのよ。ロァ。是はケジントンの私への気持ちがどうであるかを気にかけるあなたなら判る事よね?
私もジニーのあなたへの気持ちがしりたいの。
どうにも成らないこの先であっても、せめて、ジニーの心に」
後はアマロの涙の声で潰れた。
「アマロ?」
ううん、とアマロは首を振った。
「後は・・ジニーと・・・」
むせび泣きそうなアマロの肩を抱いたロァはアマロが本当に自分を愛し始めていると思った。
ロァへの愛が重苦しいほど自分の中に存在すると気がついたアマロは同じ思いでいるだろうジニーに詫びずにおけない女になっている。
それは男の独占欲の世界では、存在できない共有意識だろう。
いくら、ケジントンからアマロの心まで奪い去るとしてもケジントンにすまないと思いはしない。思うとすれば一つの心の宝玉を硝子玉だとアマロに教える事への痛みだけである。
不思議な気もちのまま、ロァはアマロの申し出をかなえてやろうと決めていた。
ジニーが甲板に現われる約束の時間にはまだ早い。
所在なく海を見詰めてみても、空の青さと雌雄を決めるか、解け合おうとするか、
ただ、澄み切った青さが目に痛く、今此処に居るアマロの存在が酷く心もとなくなる。
「それでも、いきていなければならないのか?」
天空と大海の狭間で精一杯、命を手繰っているアマロの足掻きさえ両極の悠久の中では微塵でしかない。
いっそ、あの空、いっそ、あの海にとけこんでしまおうか。
ケジントンの心に住む事が出来る自分でなくなった今、ケジントンを想うことだけが故郷をなくさないで置けるたった一つの手段だった。
「それさえ・・」
あの海賊は奪ってゆく。
今なら、今なら、まだ、この気持ちのまま海に住める人魚になりえるかもしれない。
アマロの足がゆらりと動くとデッキの端を目差した。
船べりから見える藍はケジントンへの愛ににている。
水中深く潜り込む事でしか藍に染められない、水の色は何おもをの姿を映す自由
をもっている。
ロァという色に染まる前にこの海の一滴になり、藍に沈んでゆこう。
アマロの足がびくりと動き船べりの手すりから身をこえようとした。
「まあ。やるなら、おやり。あたしはとめはしないよ」
静かに忍び寄ったジニーの声がなければアマロは振り返る事もなく藍色の奈落におちこんでいただろう。
「ジニー?」
ジニーは振り返ったアマロを笑った。
「わざわざ私を呼び出したのは、あんたが死ぬ所を見届けさせるつもりだったのかい?」
否定もせず肯定もせずただ、アマロは機を失った事だけを理解した。
「どうしたのさ?やめるのかい?」
「そうね」
アマロの勝手ないいぶんかもしれない。
だけど、この機会を逃した事がアマロに再び「生きてゆく事を選ばす」大きな神の御はからいに思えた。
「ふううん。まあ。だったら、いっとくよ」
アマロの目の色がしっかりしたものであることをたしかめながら
「いいかい?あんたが死にたいなら私はとめはしないし、むしろ、気分がいいくらいだよ。だけど、いきてくならいっとくよ」
つっけんどんなジニーの言葉の中に、やはりロァを思うジニーを嗅ぎ取りながらアマロは先を促した。
「なに?」
「いいかい?あんたが死んでくれりゃあ、そりゃあ私はざまーみろっていってやるけどね。だけど、あんたが死んだってもう、ロァは私を元に戻りゃしないんだ」
ジニーの言うとおりだろう。
あのロァが一度手下に投げ与えた餌を返せというはずが無い。
「だから。あんたにはらがたつんだ」
ロァの寵愛を今更元にかえせはしない。ロァを憎めない女はロァの心を奪った女をこそ憎むしかない。
「いいかい?あんたが私からロァを奪ったんだ。死ぬなら、どうせ、死ぬならなんで、その前に死んじまわなかったんだよ。あんたが死んじまっても、ロァの心は帰ってきゃしない。なのに今更あんたが死ぬってことは、あんた、どういう事か判ってるのかい?」
ジニーのきつい眼差しの奥が「あの時アマロが生きる事を選ぶ女である事をしっていたんだ」とささやいた。
ジニーを追いやってまで生きてゆこうとしたアマロだからこそジニーも今の惨めな境遇をあきらめきれる。
「だけどね。あんたが今死んだら、私はなんなの?ロァにこけにされるだけなら、まだしもあんたの一時の延命のために・・」
ジニーをふみつけにしただけにすぎなくなる。
アマロがロァの女で居る事こそがジニーの惨めさを緩和させている。
ジニーを惨めにさせてでも精一杯生きようとするアマロだからこそ、ジニーも
いきてゆける。
「あんたが懸命にいきてゆこうとするために私を犠牲にするならいいよ。でも、あんたが死ぬために私をこんな惨めさに叩き込みたかったのかい?」
これこそロァの仕打ちに勝るアマロの所業じゃないか?
ジニーを不幸に追いやったアマロにこそ一番見せたく無い心をさらけ出してアマロが生きてゆくべき別の理由を説くジニーの底に
こんな惨めな境遇といいながらも生きてゆくジニーの底に
生きてゆこうとする意志で生き抜こうとするジニーの強さがみえた。
その強さはアマロさえ、ささえる。
「そう。もう、二度と死のうなんてかんがえないわ」
ジニーはアマロの言葉に「ふん」と、笑った。
「まあ。私にはどっちでもいいことなんだけどね」
そう、問題は自分こそが生き抜くことでしかない。
「そうね」
生きてゆくため重荷になるものは切り捨てるしかない。
ケジントンへの愛から脱皮する為の試練を乗り越えたアマロはもう古い殻が役に立たない古巣でしかなくなっていることにきがついていた。
空蝉の重い殻はさっきアマロの代わりに藍色の海に飛び込んだのだ。
自分の心を覗き込む事を止めて目の前のジニーに真っ直ぐ顔を向けると
待っていたかのようにジニーの方が切り出した。
「で、わざわざ、こんな女に話があるっていってたのはなんなのさ?海に飛び込むのをみていてくれってことなら、さっさとおやり。さっきも言ったとおり私はとめやしないよ。気紛れだったと気がついても飛び込んじまえばもう、完了さあ」
語るに落ちたともいおうか。
アマロはジニーにもある死への憧憬をかぎとった。
「そうやって、気紛れをうまくすりぬけてきたのね?」
アマロのさっきの事は、気紛れにのみこまれかけたに過ぎないと言下にふくませた。
「そうだね」
いつだって海はジニーの目の前でかいなをひろげていた。
「いまだって、いっそ、藻屑になってしまいたいのはわたしのほうさね」
足下にアマロは言い添えた。
「でも、死なない。いきてく」
アマロの意志でもある言葉はジニーの意志でもある。
「そうさ」
「そうね」
どんなに魂が、精神が、身体が、心が、奈落の底に落ちはてようとも、けして、自分からは死なない。生きてゆく。
二人の意志が同じである事をしるとアマロはジニーに言われたように最初の用事に戻った
「だったら、ジニー。一つだけ訊きたいことがあるの。いいかしら?」
「あんたが?私に?」
ジニーは不思議な目をした。
「なんだろ?あんたに教えられる事なんかこれっぽっちもありゃあしないけどね。
聴きたいならいってごらん」
生きてゆこうとする意志の色を見せ合った二人の間に不思議な理解がうまれている。
友情と云うものとは違うが同士へのエールににてもいる。
ロァをめぐり、形だけは優位に立った女と下位に立った女だったが、心の中は同じ地平に立ってお互いをみつめていた。
ジニーと云う女は強いだけでなく、優しいとアマロは思った。
「シュタルトの事は・・しっていてよね?」
「ああ」
少ない言葉で答えたジニーが俯いた。
知っているも何も・・・。
ロァの前の女だったクリスティァをシュタルトの船に乗せるようにジニーは自分からロァに頼んだ。
でも、此処に着て日の浅いアマロがシュタルトの事を知っている。
だが、是もジニーと同じような御願いをロァに申し込んだ末に知ったことだろう。
そして、今度は自分がシュタルトに売渡される番。
でも、それは、自分のした事が返って来るに過ぎない。
「もう一月もしたら、シュタルトの船に接触するよ。その前にロァはもう2、3回女と品物をかき集めるため、めぼしい船をおそうだろう」
その時に、また新しい女がロァの前にたつ。
ロァの興味がその女に移らないとはいえない。
アマロは、はっと息をのんだ。
ならば、今、ジニーに此処に残る意志があったとして、是をきいてみても、その約束を果たす事も出来なければ、自分もシュタルトの船に移されることになる。
アマロは自分が安泰な位置にいると思いこみ始めていた。
思い込ませるに充分なロァのしつこいほどの愛撫がアマロの意識に『ロァの女』を確立させ、反対に、アマロにとってもロァは「アマロの男」になっていた。
だが、こんな思い込みが通じるなら、ジニーだって下におりることはないだろう。
「私。考えがたりなかったようですわ」
アマロはジニーに尋ねてみても、無駄になるだけかもしれないのだと気がついた。
「私ったら、あなたが此処に居たいと云うものだと思ってましたのよ。だけど、
それも私の思い込みですから、あなた自身がシュタルトのところへいくか、此処に残るか、決めてもらおうとおもってきてみたの。でも、あああ、おかしい」
笑い出したアマロをジニーは一層不思議にみつめていた。
「あんた。あたしがめざわりじゃないのかい?」
自分と同じようにロァの前の女なんか、見たくもないと思わないアマロが不思議にみえる。
「あなた。やっぱり、ロァがすきなのね」
ジニーの中に生まれた嫉妬は、ロァの女にむけられる。
それはくしくもアマロの言うとおりの感情がもたらす仇花であろう。
だから、ジニーと同じように、ロァの女だったものでさえ疎むとジニーはアマロを見ていた。
「そういうことになるね」
素直にロァへの感情を認めるとアマロに問い返した。
「だけど、あんたはどうなんだい?」
前の女に嫉妬さえ沸かせず、ロァの女でいる為にロァに身体を開くしか出来ないアマロなのか?
「あんたは、私に此処に残るか、どうかを決めさせるつもりだろうけど、どの道どこに行ってもやる事はおんなじなんだよ。私がどう転がろうとどうでもいい事はむしろ、あんたがどう転がしたいかで、その価値がかわってくるんだよ」
ジニーの示唆する意味合いがわからずアマロはたずねかえした。
「どういうことかしら」
ジニーは鈍い女だねと顔をゆがませてから、こくりとうなづくと
「つまり、あんたが私をシュタルトの所に追い払いたいほど、ロァをすきになっていて、はじめて、私がそこに行く事が価値になるんだよ」
首を傾げるアマロをジニーはアマロの鈍さに口惜しそうに舌を打つと、サッパリとロァを諦めた潔さがアマロに判る様に話すことをえらばせた。
「いいかい?あたしが愛した男にあんたも夢中になってほしいっていってるんだよ。
どうせ、あたしはもう、ロァにふりむかれることなんかありゃしないんだ。だから、あたしはどうなってもどっちでもいいんだけど::」
ジニーが涙ぐんだままの瞳をアマロにむけた。
「私の場所を奪った女が、ロァを愛しもせず、あの馬鹿はそんな女に本気になってる。そんな女にどっちにしたいか?なんて、きかれる事がどんなに惨めか判るかい?よほど、ロァを独り占めしたがってシュタルトに売っ払われたほうが、せいせいするよ。だって、それなら、少なくとも、あんたはロァに本気だろう?」
「ジニー。違う。そうじゃない。だって、考えてみてよ。私もいつ下にいけといわれるか判らないのよ」
「それが?それがどうしたっていうの?それが怖くて、ロァを愛せない?そうじゃないわよね?もう、既にロァを愛しているから、私みたいにぽいと棄てられるのが怖くて、愛していると言う事を認めたくないだけでしょ?」
「あ、貴女に、貴女になんか、判らないわ。三年もロァの気持ちを繋ぎとめた貴女になんか、わかりゃしない::」
「え?あ、あははは」
ジニーは笑い出せずにおけない。
アマロがジニーに負けたと思い込んでいる。
次の船を襲ったらもう消えるだろうロァとの仲は三年も続いたジニーの足元にもおよばないとアマロはおもっているらしい。
結局、ロァに惚れちまってるんじゃないかと苦笑を噛殺しながら、このアマロの敗退気分が、嫉妬でジニーをシュタルトに売りつける事に歯止めをかけたと理解した。
自尊心の高い女は、嫉妬さえみせたくない。
ましてや、敗退の惨めな気分のまま、依怙地にジニーをシュタルトに売ると言う事は敗退気分に拍車をかけるだけだと冷静に自分をみつめている。
だけど、ジニーの笑いはとまらない。
「安心おしよ。ロァはあたしの時なんかと引き比べにならないほどあんたにほんきだよ」
「なんで、そういいきれるの?」
心の底にある嫉妬と拭えなかった惨敗気分を思わず吐き出したアマロの頬は羞恥に幾分色をさしていたけれど、ジニーの確信を持った言葉はやはり心をうきたたせる。
信じたい気持ち半分と信じてはいけないという気持ち半分とでジニーに尋ねるアマロの頬に残った薄桃色は、ロァからの愛を確信したがる乙女の胸の弾みそのものの
のように恐れを抱きながら、乙女の頬を染め見せずにおけないそれにみえた。
「それは、きっと、この先ロァが証明してくれるよ」
口でいくら言ってもロァの事実にまさることはない。
第一船倉のジニーや手下を前に体裁構わず、目もくれず掠め取った荷物の中からロァ自身が女の荷物を捜しまわるなんて、ありえない。それに、
『ふっ』
思っただけでも笑いが出てくるロァの純情な嘘。
ジニーとの仲が三年も続いた事にしたロァの本心が判る。
初心な若造のように『女』にひたむきな男をとりつくろった。
ロァがついた嘘は目先の美貌で女を取り換える男だと思われたくなかったせい。
三年も続いた女をあっさり振り捨てるほどアマロに惚れたといいたかったせい。
そして、今。なのに、お互いが本気である事に確信が持てずいる。
二人の確立の前で、とっくにどうなってもいい、既に眼中にもないジニーの存在を
病むアマロがジニーの目にはひどく可愛くうつる。
三年なんて嘘だよといえば、アマロは一層、ロァの懸念した不安にとりつかれる。
「でも、あんたは大丈夫さ。三年も一緒にいた女を出し抜けるほど・・あんたは綺麗でかわいい・・」
こんどこそ、ジニーの頬に涙がつたいおちていた。
「ジニー・・・」
なにをいえばいい。私のせいで御免。
こんな言葉を言われたらもっと、ジニーはなさけなくなるだろう。
何も言える言葉が見付からずアマロはジニーを見詰めたままたちつくしていた。
「さあて・・」
いきなりジニーは大きな声でいった。
「まあ、いつまでもめそめそしていちゃいけないね。
話をもとに戻そうじゃないの」
「え?ああ。そうね」
アマロがびっくりするくらいさっと気持ちを切り替える事が出来るジニーを、ロァはひょっとすると「俺がいなくても一人で生きてく女」だとみきってしまったのかもしれない。
それに比べ鼻っ柱こそジニーよりよほど強そうなアマロの中にあるか弱さがいじらしい。
ロァもアマロを支えてやりたくなったのかもしれないとジニーは思った。
「それで、元の話ってのは要するに、あんたがロァの女でい続けられる限りは私にシュタルトか、此処かを選択させてやるってことだったよね?」
「そうね。そういうことね」
ロァの女でいれる限りにおいては、ジニーの選択をかなえることはできる。
「ふーん。あんた。その約束は当然ロァも承諾しているんだよね?」
「あたりまえでしょ」
約束も取り付けず、ジニーに話すわけにはいかない。
少し、癇に障ったらしくアマロの顔が切りつまり、それが、一層、端正さに輪をかける。
「あんたを見てると一つだけ判ることがあるわね」
「なに?」
はすかいに瞳を動かしてみせるだけだから、まだ、ちょっと怒ってるんだなとジニーは思いながら
「ロァは、あんたをわざとおこらせるでしょ?」
「どういうこと?」
尋ね返したアマロはまだ、どことなくつっけんどんさを残している。
「あんた、怒るといっそうきれいだよ」
ロァがこの女をみそめたときがみえる。
船に押し入り略奪と人の命を自由にした海賊の頭領は好奇のままこの美しい女を見つめただろう。
その瞳を捕らえ返した女は怒りにはりつめ、今より数倍もっと綺麗だったろう。
いまでさえ、こうだから、きっと、そうだろう。
かないはしない。この女にも。
この女に魅せられた男にも。
「シュタルトのところにいくわ」
ロァを想う事すら虚しいことでしかなくなると知った今、此処にいる事は苦しいだけだった。
「ロァの事は、もう、わすれてしまいたい」
何故と唇が動きかけたアマロに今のジニーの気持ちそのままをつたえた。
「それだけじゃない。もっと、見たくないものは此処にはたくさんありすぎる。
それをみないふりしてまで、もうロァを想っていられない・・・」
何もかもを犠牲にして、ロァに縋っていたジニーが縋るべきロァをなくした今、まさに魂は自由をもとめてゆく。
「シュタルトに売られたところでだったら、天使になれるかもしれない」
呟いたジニーはアマロに手をふってみせた。
「あんたがあたしを憎んでなかった事だけはうれしかったよ」
アマロに手を振るとジニーは下に向かう足をふみだした。
「そうさ。平気で地獄にいられるのは悪魔だけさ」
独り言を呟きながら下に降りる扉を開けるとジニーは胸の中で大きくさけんだ。
『ヘイ!同士諸君。悪魔ジニーのお帰りだよ』
ドアが開いた音に気がついてジニーの側によって来る悪魔を目の端で確かめながら
「またせたかい?」
と、ジニーはせせら笑った。
色魔の手が伸びてくるとジニーはとたんに男に蝕まれる生贄になる。
それでも、こんな生贄なぞ、まだまだあわれじゃあない。
くぐもった声が唸るように聞こえ、あの娘はまた、口の中に油臭いぼろ布をつめこまれて、男達の欲望をのみこまされている。
ジニーを弄る色魔の手さえおぞましい色に変えるあの娘のさけび声をぼろ布で塞ぎ、男達は男を飲み込ませる滴りをあの娘に誇示してみせる。
「これで、いやだっていうのかよ?」
粘湿液はあふれかえり、男を先導したがる。
なのに、娘は狂いそうな悲しみを喉の中にへばりつかせ、呻く事しかできずにいる。くぐもったうめき声にだってジニーは耳を塞ぎたくなる。
「そんな、しよんべん臭いあまっちょにかまってないで、こっちにおいで」
ジニーに出来る事はあの娘を嬲る男の数をへらしてやることぐらい。
「よお。ジニーさん。かえってきたかよ」
ジニーが帰ってきた事を知った男の何人かが、若い女を取り巻く輪からぬけでた。
「待ってろよ」
ジニーを貫いていた男は寄ってきた男達に声をかける。
熟れた女がどれ程面白いものかを見せ付けるため、ジニーは男の動きが与える快感に堪えきれぬかのように、自らを蠢かせて男の動きの振幅を大きくする。
取り巻く男たちは大きく抜け出た男の物が一瞬にジニーの中に飲み込まれてゆく反復運動とともにジニーの粘液をからめてゆくのをみまもっている。
一層激しく、粘液があわ立つほどジニーの中への振幅がひっきりなしに繰返されるとジニーはますますその動きに腰をゆすり上げ、男は切なく声をあげ、女を孕ませないようにとジニーの腹の上に射精を終える間も成しに待っていた男がジニーをだきとってゆく。
「へっ。さすが。親方にしこまれただけあって」
あっけなく、ジニーに上り詰めさせられた男のいいわけなぞ誰もきいてはいない。
ぐるりと船倉の隅を見渡して萎えた物をその気にさせる女がいないか、たしかめてみたが、そっちこっちで饗宴に浸る男女の中にめぼしい女はみつからず、
「ち・・」
ジニーみてえな女をだいちまうと相手がいなくなっちまうと舌打しながら、男はもう一度ジニーを取り巻く輪の中にはいった。
ジニーの醜態は、周りの男の沿い立つ物が堪えきれず自己放出をはじめないために、ぐうと自分を押さえ込まさせるほど、男の気をあげさせている。
そのためか、ジニーを見詰めた男達は、
ジニーの中を男の物が出入りする音がきこえるほど、
いや、むしろ、それさえ聞き逃すまいとするかのように酷く静かだった。
それが、余計にジニーの耳にはあの娘のうめき声を届かせた。
声をあげることでしか抗う事の出来ない女は叫び続ける事で身体を貫く男の時をやりすごそうとしていた。
なのに、男達は彼女の唯一の抵抗と逃げ道を奪い去る。
油臭いぼろ布を彼女の口に詰め込み声をあげる事すら許さず、
順繰りに男たちは船倉の隅まで逃げ込んだ女の足を高くかかげると
女の中をめざしていった。
逃げ惑う事も不可能な船倉の中での抵抗が無駄におわると知りつつ、
あらがわずにおけない女がいっそう男たちをあおるだけになる。
それに気がつかず、捕らえられてもまだ、
最後の最後まで彼女は身をよじって男からのがれようとする。
やがて、逃れ切れなくなった彼女が、
いやおうなしに局部に飲み込まされた物を吐き出すかのように
絶叫に近い悲鳴を上げ始める。
「うるせえなあ」
男は無造作に女の口にぼろ布を詰め込む作業をこなし、
ゆっくりと女をいたぶりはじめる。
「え?口だけが、ひーひーいってるだけじゃねえかよ」
あっさり男を飲み込み始める陰部を広げ
小さな核を指でもみこみ始めると
一層、女の中から透明な液体があふれだしてくる。
「そのうち、本当にひーひーいうようになっちまうさ」
女の口の中の呻き声が男の言う悲鳴に変わってしまう事をジニーはいのってしまう。
繰り替えされる彼女の抵抗を見るたびに、『大人しくだかれるんだよ』とジニーは、いってしまいたくなる。
何度その言葉を口にしようかとおもったことだろう。
だが、抵抗すらなくした彼女がいっそうあわれでもある。
男に嬲られる事に毛ほどの痛みを感じない女になるまで黙ってみているしかない。
なくしてほしくない純な気持ちをせめてもの抵抗で精一杯主張する彼女である方が幸せである場合もある。
例えどんなに泣き叫んでも、泣き叫ぶ事が出来る痛みがある内は幸せだともいえる。
ジニーの後ろに廻った男はジニーを押しつぶすかのようにのりかかって、ジニーに身じろぎ一つさせず親方の女だったジニーの部分をあじわいつくす。
滴る物を指で掬い取ると「親方がこいしいだろう」と、わらいたてる。
手も触れられなかった女を好きなように扱えると成ればその行為がいっそう嗜虐的になるのは、男の部分で親方とせりあいたいせいかもしれない。
「いい風さあ。今頃、親方も、さぞかし、しっぽりだぜ」
親方に棄てられた女でしかないジニーはせいぜい、俺たちにこびをうることで、恋しさにもだえ狂う部分をなぐさめてもらえるんだと暗にいう。
そんな侮辱でジニーの女を痛め付けなくても、だれかれ、お構いなく抱かれる悔し紛れに『心配しなくてもあんた上手よ』なんて、男のプライドをぺしゃんこにしたりしない。
「そんなことは・・どうでもいいよ。ねえ・・うごいて」
男の競り合いが満足出来る言葉が、的を得ればそれでいい。
情けなく見栄を張った男はジニーにゆすぶられるとたちまち次の男にその場所をゆずるしかなくなった。
男を小手先でなぶっているのは自分のほうかもしれないと思うジニーの耳はまたも、あの娘の潰れた声を聞きとがめてしまう。
いっそ、快感におぼれてしまえ。
あきらめてしまえ。
そう祈るしかないジニーは『早く女になっちまえ』と彼女に肉棒の味をしみつかせる男となんらかわりがない自分だと思った。
彼女を嬲る悪魔と、彼女が男に嬲られる事を喜びとして契約を交わす事を祈る自分も悪魔だとおもった。
せめて、シュタルトに売り払われた先なら、こんな悪魔を心の中にすまわせずにすむかもしれないともおもった。
突然。殺戮への準備を知らせるドラがなる。
女をいたぶっていた男たちがあわただしくうごきはじめる。
「襲撃だよ。船をみつけたんだ」
捨て置かれたあの娘の側ににじり寄るとジニーはその悲惨さに目をふせたくなる。
口の中の抵抗をふさいだだけであきたらず、娘の手は縛り上げられ、括られた部分は娘の抵抗の様を物語る擦り傷から血がにじみだしている。
「あんた。こんなめにあっても・・」
娘の口からぼろ布をひっぱりだしてやると、ジニーは括られた手を自由にしてやる事に必死になっている。ジニーに手を預けた娘の喉からひっと悲鳴が上がるとそれが長く伸び、甲高い嗚咽が絶叫に近い号泣にかわった。
「なくがいいさ」
ジニーは黙って側にいるだけしかできない。
床に突っ伏し、泣き伏す娘の指に指輪の痕を見つけた時ジニーは胸が潰れそうになった。
「あんた。約束した人がいたんだね」
右手の薬指の指輪は婚約を表し結婚すると、左手の薬指に・・。
貴族の流行なぞ真似したがる娘が増えてきているのを知った頃にこんな海賊船暮らしになってしまったけど、娘達の恋心に真似もなければ貴族もありはしない。
恋への心をどんなに素敵にあらわされるか。
浮き立つ思いが小さな流行をうみだしていた。
「そ・・う・・か」
愛する人と引き裂かれただけなら、まだしも、男の欲望にかいならされたくはない。
自分を変えてしまいたくないのは恋人への愛が死んでしまうと考えるせいだろう。
そんなもので愛は死にはしないけど。
そんな自分が愛を抱かえている事がつらくなってしまうんだ。
どんどん、つらくなって、あきらめちまうんだ。
それをしたくなけりゃ。
そう、さっきのアマロみたいに死にたくなっちまうんだ。
「あ?」
この娘・・。死ぬ気でいる。
娘を陵辱するだけの悪魔だと思っていた者は娘の首に鎌をかける死神でもある。
「あ、あんた、死んじゃいけないよ」
思わずたたみかけたジニーに娘はふと顔をあげた。
「此処じゃあ、どうやれば・・しねますか?」
それは死のうにも死ねませんといっているようにも、死ぬための何かいい方法はないかと言っているようにもきこえた。
「あ・・」
本当はこれっぽっちも死なぞ考えていなかった彼女に死を意識させてしまったのではないかとジニーは自分の迂闊さがくやまれた。
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