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クニトリ物語 作者:マサル
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第五話 二つの柱

第五話 二つの柱


「もう行っちゃうの……」
「……うん」

 最初に会った日から既に数ヶ月がたった。魔吸石の調査が思いの他時間がかかり、予定を大幅に過ぎていた。
 クーヤ達は幸いにとその大半の時間を共に過ごして来た。しかし、ついに別れの日が来た。

「もう会えないの?」
「大丈夫、また会えるよ」
「…………そうか」

 ずっと一緒だった。
 食事をする時も、遊ぶ時も、学ぶ時も。
 お互いに同じ年頃の子とこれほど遊ぶことは初めてであった。
 これからもこんな時間が続くと思っていた。
 別れなど、考えていなかった。

「…………やだ」

 ぼそり、とラビが呟く。
 零れた言葉は小さく、だが、それを引き金に感情はどんどん膨らんでいった。

「やだ、やだ、やだやだやだ!」
「……ラビ」
「クーヤと別れるなんて嫌だ!もっと一緒に居たい、離れるなんてやだ!」
「こら、ラビ。クーヤを困らせるな」
「アリスはクーヤと一緒に居たくないの?二度と会えないかもしれないのに!どうしてそんなに普通で居られるの?会えないかもしれないのに、どうして、どうしてそんなに平気なの!」

 溢れ出たモノは留まることを知らず。
 ラビは呆然とした表情を沈痛なものに変え、別れを否定した。否定、しなければならなかった。
 ラビの幼い精神は別れを受け入れられなかった。次にいつ会えるかもわからない恐怖に囚われた。離れ離れになることが、ただ怖かった。
 だからこそ、別れる事をしかたがないものと諦めているアリアが許せなかった。
 しかしそれは、アリスも同じだった。

「平気……だと……」

 ぎりっ、と歯が軋む音が聞こえる。

「ふざけるな!平気なわけないだろう!!」

 アリスの怒声が周囲に響く。
 普段冷静なアリスが声を荒げる姿にラビは戸惑った。

「駄々をこねたら一緒に居られるのか!私だってクーヤと一緒に居たい!離れたくない!離れるなんて嫌だ!!私だって……私だ、って……」

 次第に声が萎んでいく。
 アリスも別れる事は嫌だった。受け入れることなど出来なかった。だが、わがままを言った所でクーヤに迷惑がかかる事がわかっていた。無理を言ってクーヤに悲痛な顔をさせ、謝ってくる表情を見ることが許せなかった。
 だからアリスは感情を殺した。
 別れる事への悲しみを無視した、駄々をこねようとする身体を抑制した、何も考えないことで暴れようとする心を押しとどめた。
 結局、ラビによって無意味な事となったけれども。

「わ、たし、だって……」
「アリス……」

 ポロポロと雫が落ちる。
 何度も腕で拭ってみるが、溢れ出た涙は次々と頬を濡らしていく。
 彼女達は声を荒げて泣いた。

「ごめんね、二人とも」

 悲しみに暮れる二人の体をそっと包み込んだ。背中に添えた手を数度あやすようにさすり、今度は強く抱いた。抱きしめられた二人は縋るようにクーヤの服をぎゅ、と握る。

「また……会えるよね……」
「うん、必ず」
「ぜ、ったい……だな」
「うん、絶対」

 腕の中で泣き続ける少女達から見えないようさらに胸へ引き寄せる。クーヤの頬に一筋の涙が零れ落ちた。



「準備は出来たか?」
「もうちょっと待って!あと少しで終わるから」

 宿屋で出発の支度をしていた父親から声がかかるが、クーヤは返事だけ返して目の前の作業に没頭している。
 クーヤの手には文字が刻まれた魔吸石。
 その鉱石を様々な角度から眺め、文字に偽りが無いかを先生と確認している。確認し終わった鉱石を装飾店で買ったネックレスに取り付け、全体の様子を確認した後作業は終わった。

「……できた。うん、もう大丈夫だよお父さん」
「そうか……ん?それは?」
「町で買ったネックレスと、お父さんに頼んで魔術使える人に書いてもらった魔吸石」

 クーヤは魔術が使えない。
 知識は先生のおかげで豊富であるが、魔力が絶対的に足りなかった。
 詠唱する事も魔術文字を書く事も、多少の魔力を消費する。魔術を使う事に比べて消費する魔力は本当に微々たるものであるため、あまり世間にはしられていない。
 誤解が無い様に言うのならば、クーヤの魔力でも魔術文字に魔力を込める程度には持っている。しかし、魔力を操る事ができないため、言葉に意味がある魔術文字も単なる落書きにしかならない。つまり 魔術の――魔力の使い方を知らないがために、魔術文字を刻む方法がクーヤには出来なかった。

 そこで先生からの提案があった。
 魔力が使えないならば、魔術を使える人間に魔術文字を刻んでもらってみては?と。
 それからというもの、クーヤは先生に魔術文字を教わった。
 先生が教えてくれた文字を懸命に覚え、ある程度書けるようになるまでかなりの時間を要した。
 言葉で文字を教える事は果てしないほど難しい。簡単な文字ならば、言葉で字を教えることもすぐに出来るかもしれない。しかし、繊細なそして複雑な魔術文字を言葉だけで伝えるというのはさらに困難であった。
 魔術文字としてある程度の形になるまでになったのはつい最近の事だ。

「ああ、あの変な文字を刻んだものか。なんて書いてあるんだ?」
「安全祈願ってところかな」
「ふ~ん、それだけか?俺にはよくわからなかったが、あいつは驚いていたぞ」
「知らない文字だったからでしょ」
「……ま、いいか。それでその首輪、友達にあげるのか?」
「うん、そうだよ。昨日お別れ言っちゃったけど、なんとか出発前に出来上がったしね」

 別れをしたばかりだが、ある程度魔術文字を理解し、魔術を使える者に刻んでもらった鉱石が手に入った。別れの贈り物として彼女達に渡す事を決めていた。

「すまんなクーヤ。親しい友達が出来たんだろ?毎日遅くなるまで出かけていたもんな」
「うん……でも死んだお母さんとの約束なんでしょ。世界一の武器を作るって」
「ああ、まだまだ遠そうだがな。今の所、満足のいく材料がそろっていない」
「ねぇ、お父さん」
「ん?なんだ?」
「子供二人、一緒に行けないかな……」

 無理だと思いながらクーヤは父親に聞いて見る。クーヤの願いを悲痛な顔をしながら父親は言葉を返した。

「すまん、それは出来ない。問題は色々があるが、何よりも世界を回りながら生活するには二人で精一杯だ」

 あえて他国の子供を他の国へ連れ出す問題や、その子供の親への心配は口に出さなかった。
 父親は息子が賢い事を理解している。
 中途半端な理由ではその問題を解決してしまうだろうと考えていた。だからこそ、経済的な理由を出しクーヤを説得した。

「そっか、そうだよね……ごめんね、変な事言って。さ、出発しよう」
「好きなんだな。その子達の事が」
「うん……」

 親子が宿屋を後にする。
 今回の鉱石が魔力に関するとても珍しいモノであったため、調査する時間がかなりかかった。
 これほど長い間一つの町に滞在する事が珍しい彼等は、過ぎ去る町並を感慨深く見つめながら町の出口へと馬車を歩かせる。

 やがて門が見えてきた。
 そこで馬車が歩みを止めた。

「……えっ?」
「なんだ……あれ?」

 門の先に二本の柱を見た瞬間、クーヤは馬車から飛び出し、門へと駆け出した。

「あ、おいクーヤ!」

 町の外には火と氷の柱が高くそびえていた。



「ラビ!アリス!」

 駆けつけた門の外には轟々と燃える炎の塊と、天へと向かう氷の塊があった。
 周囲には何事かと集まる町民が離れて様子を伺っていた。それぞれの塊に人影が見えると、魔女か、と侮蔑の言葉をつぶやいていた。

「ラビ!アリス!聞こえたら返事して!」
「……クーヤ」

 火柱の方から声が聞こえる。氷柱の方からの返事は聞こえない。とりあえずクーヤはラビの方へと向かった。

「ラビ待ってて、今なんとかするから」
「来ないで!」

 思わぬラビの拒絶に、クーヤは足を止めた。

「……来ないで」

 消え入るようなか細い声。あまりに弱々しい声の拒絶に、クーヤは胸が締め付けられた。頭の中には何故、という疑問が埋め尽くす。

「私は……クーヤを傷つけたくない……」

 そこでふと、今の状況を考えてみた。先生からの質問が相次ぐ。

 何故彼女達かここにいるのか。
 ――多分、最後の別れを言いに来たのだろう。

 何故彼女達の力が暴走したのだろうか。
 ――彼女達の力は感情に連結している所がある。感情が爆発しなければ暴走が起きる所を見た事がない。

 何故感情が爆発したのだろうか。
 ――彼女達がここにいて、辺りに居る人々の表情を見ればわかる。彼女達は見つかり、そして傷つけられたのだろう。

 何故周囲に被害がないのだろうか。
 ――周囲を見渡せば、人はおろか建物に被害が出た様子はなかった。暴走しているにも関わらず、その力を多少なりともコントロールしている所に彼女達の成長がうかがえた。

 ではこれからお前がすべき事は――。

 結論が出たところで、焦っていた心がゆっくりと落ち着いていった。
 ため息を一つついて、クーヤは一歩一歩ラビの方へと足を進めた。

「こ、来ないで」
「馬鹿だなぁ」

 近寄るほどに感じられる熱量。じりじりと肌が焼ける感覚がした。
 右手を前に伸ばし、躊躇することなく炎の中へと手を入れる。右手が焼かれる嫌な感触に思わず顔をしかめた。

「ぐっ」
「だ、だめ!」

 熱さと痛み。
 右手から伝わる激痛を押さえ込み、クーヤはラビの頭の位置を探った。
 ようやく見つけた頭の上に手のひらを置いて、ゆっくりと撫でた。

「ク、クーヤ……?」

 ラビの戸惑った様子が伺える。クーヤは頭を撫で続けた。

「本当に馬鹿だなぁ、二人とも。嫌な言葉をかけられたんだろ?それなのに周囲を気遣って……それで自分を傷つけるなんて」
「は、早く……そこから離れて!」
「いいから!!」

 クーヤの力が篭った声にビクリと体を揺らす。

「よく……力を抑えたね」
「だ、って……クーヤとの約、束……」
「そっか、約束守ってくれたんだ」

 頭に乗せた手はもう痛みしか感じない。それでも頭を撫でる事は止めなかった。

「頑張ったね」

 微笑むと、撫でていた手を止め、炎の中へと身を沈めていった。ラビの驚いた顔が間近に迫る。その体を両腕できつく抱きとめた。
 彼女は目の前の出来事が理解できず、呆然としたままクーヤにされるがまま抱きしめられていた。

「つらかったでしょ」

 頭の中を混乱が埋め尽くした彼女は現状を忘れ、その言葉の意味だけを反芻した。そして一つ頷く。

「…………うん」
「苦しかったでしょ」
「……うん」
「怖かったでしょ」
「――うん」

「もう、大丈夫だよ」

 瞬間、荒々しく燃えていた炎が霧散した。

「う、うわあああああああああああああああ」

 炎が消え去った中心には、クーヤにしがみつく様に泣き崩れるラビの姿があった。



「ひぅ、っぐ。――う、うっ。ふぇ……うっ」
「さてと――」

 大分落ち着いてきたラビを体から離し、左手でラビの頭をくしゃと撫でた。いまだ涙が伝う顔を見ると心が痛んだが、今はそうも言っていられない。

「ごめんね、アリスを助けないと」
「うっく、ふぇ、ぐ……う、ん」

 隣にそびえる氷柱に体を向けた。
 途端、カクン、とラビの膝が落ちる。

「……あ、れ?」

 体中がガクガクと痙攣を起こした。立ち続けることが出来ず、そのまま地面にへたり込む。何度も立とうと試みるが、力が入らず、一歩も動けなくなってしまった。
 一目見てこの症状の原因に気づいたクーヤは、ああ、と頷いた。いまだ懸命に立ち上がろうとするラビに言葉をかける。

「魔力切れだね。そこで待ってて」
「まっ――クーヤ!!」


 ずるずると身体を引きずる。
 身体が悲鳴を上げている。特に右腕の損傷が激しいが、身体の心配よりもアリスの方が気にかかっていた。
 全身の痛みに耐え、クーヤはアリスの前に立つ。

「アリス!」
「……」
「アリス聞こえるか!」

 分厚い氷に囲まれたアリスからの返答はない。
 まさかと思い、必死に氷の壁を叩きながら声をかけ続けた。

「アリス!返事をして!」
「…………クー、ヤか?」
「アリス、よかった。今助けるからね!」
「…………」

 一先ず胸を撫で下ろしたが、再びアリスからの返事が無くなる。
 早くなんとかしないと、と逸る気持ちを抑えて考えるが何一つ解決策は浮かばなかった。
 クーヤとアリスの間を氷の壁が拒む。
 アリスに触れる事もできず、厚い氷は叩いてもヒビさえ入らなかった。氷から漏れる冷気は骨身に染み込むように体温を奪っていく。クーヤの口から白い息が吐き出される。

「…………もういい」
「――!アリス頑張って!なんとか、なんとかするから」
「……私はもう疲れた」
「えっ――」
「……ほっといてくれ……」

 どうしようもない。

 直接触れる事もできない。言葉をかけても届いていない。どうする事もできない。傷ついている友人に何もする事が出来ない自分に、唇をきつく噛んだ。

 先生から一つ声がかかった。
 その案にクーヤは頷いた後、氷の壁に寄りかかりその場に座り込んだ。
 こんな氷、溶かしてしまえばいい。

 ただ時間だけが刻々と過ぎていった。

 冷気が身体を蝕む。
 ガチガチを歯が勝手にぶつかり合う。先生の案は極単純。彼女の隣にただいるだけ。傍にいて、一緒に時間を過ごすだけ。


「……なにをしている」
「ん?どうしようもないしね」

 アリスからの反応があった。
 あせるなよ、と先生からの忠告が聞こえた。ただ平静に、ただ平凡に、明るくもなく、かといって暗くもない感情で淡々と話しかける。

「ただこうやって、ここに居るだけ」

 もしかしたら体温で溶けるかもよ?とおどけて話しかけようとして止めた。ただ平静に、ただ平凡に。

「……そうか」
「うん」
「……」
「……」
「…………なぁ」
「ん、なに?」
「魔女は……どこに行っても迫害されてるんだろうな」
「どうだろうね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「そうか……」

 抑揚のない返事が返ってくる。
 そしてまた沈黙が続いた。
 辺りに漂う冷気がじくじくと骨に染み込んでくる。
 上手く合わない歯同士で言葉を噛んでしまわぬよう、ゆっくりと話し続けた。

「……なぁ」
「ん?」
「死ねば楽になれるのだろうか」
「さぁ。始まるかもしれないし、終わるかもしれない。死んだ後なんてわからないよ」
「……そうか」

 ほんの少し、冷気が緩やかになった。

「……終わるのは嫌、だな」
「そうだねぇ。まだまだ遊びたいよね」
「ああ……」

 アリスが声を出すたびに、骨に突き刺さるような冷たさが穏やかになっていった。

「また川で遊びたいな」
「そうだね。森の中で遊んだりもしたいね」

 やがて氷柱から漏れ出す冷気がなくなった。

「ああ、森の中でも遊びたいな」
「森で見つけた木の実は美味しかったね。アリスは何が好きなの?」
「私は――」

 背中に感じていた硬い感触が消える。
 クーヤはゆっくりと振り返り、目の前のアリスを見つめた。

「私は、クーヤの作ったサンドイッチが一番好きだ」
「そっか」

 ギシギシと強張る左手を動かし、手のひらをアリスの頭に乗せながら微笑んだ。

「それじゃ今度作らないとね」
「楽しみに……し、て……る」

 言葉を途中にアリスがゆっくりと前に倒れる。倒れてくる体を抱きとめ、お休みアリス、と囁いた。


 気を失ったアリスをラビの元まで連れてきた。脱力したアリスの体を支え、無事を確認するとラビはクーヤへと顔を向ける。

「クーヤ……ありが――」
「クーヤ!!」

 怒鳴り声がラビの言葉を遮る。怒鳴り声のした方を振り返った。

「……お父さん」
「なにを……なにをやっているんだお前は!」

 息子の状態に驚愕した。
 皮膚全体が焼けただれて、赤々とした真皮の肉が覗く。むくみがひどく、所々赤と茶色のまだら模様となった皮膚となっていた。
 手のひらには大きな水泡が出来上がり、今にも破裂しそうに膨らんでいた。

「は、早く治療を!」

 息子のあんまりの惨状に、クーヤを抱きかかえこの場を去ろうとする。

「あ……クーヤ――」
「近寄るな!魔女が!!」

 ラビが手を差し出すと、父親は目の前の相手を殺すような視線で睨み、怒鳴りつけた。

「クーヤをこんなに傷つけて、なんの恨みがある!」
「待って――」
「ご、ごめんなさい」
「お前らのようなモノがいるから――」
「待って!お父さん!」

 クーヤの悲痛な叫びが辺りに響く。

「お前もお前だ!何故こんなのと一緒にいた!」
「一緒に遊んでくれた友達をそんな風に言わないで」
「あれほど危険だと言っただろ!」
「どこに危険があるの?建物だって人だって傷ついてないよ」
「お前がそんなになってる……じゃないか」
「これは僕が進んで負った傷だよ。それに町の人が彼女達を傷つけなければこんな事にならなかった……」
「しかし――!」
「お願いだよ、お父さん」

 ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返し、クーヤは父親に懇願した。

「これ以上、僕の友達を傷つけない……で」

 そこでクーヤの意識は途切れた。

「クーヤ!!」

 ラビが叫んだ。
 父親の手前近寄る事は出来ず、アリスを抱えたままクーヤに声をかけた。
 そんな事しか出来ない自分を恨み、血が出るほどに唇を噛み締める。

「……息子の願いだ、先程怒鳴ったのは、謝ろう」
「……いえ」
「これからすぐに治療に向かわせてもらう、いいか?」
「クーヤを……よろしくお願いします」

 深々とお辞儀をし、後の事を父親に託した。



「お願いだクルツ!クーヤを早く治してくれ!」

 場所はこの町にある教会。クーヤはそこに運ばれた。
 鉱石を調べる為に父親が知り合った魔術師。牧師を生業とするクルツは施せる限りの治療を試みた。
 耳、鼻、頬、特に右腕の損傷が酷い。症状が重い部分から優先して治癒魔術をかけ、傷の再生を行った。傷が緩慢な動作で治っていく様子を、父親が傍で見守っている。しかし、あまりに傷を負いすぎていた。
 尽きた魔力に変わり、普通の治療も行う。傷口に軟膏を塗り、包帯を巻いていく。出来ることは全てやった。

「……残念ながら――ここで出来る治療はこれで精一杯です……あとはこの子の生命力に頼るしか……」
「そんな……」

 いまや全身に包帯を巻かれた状態で寝かされていた。
 時折漏れるうめき声。
 痛みに耐えるような苦悶の表情。ぴくっと跳ねるように痙攣する身体。ぜいぜいと浅い呼吸を繰り返すクーヤ。
 今彼は、死と戦っていた。

(痛い……熱い……寒い…………痛い、いたい、イタイ)
(満身創痍だな)
(せ……ん、せい)
(だが、よく頑張った)
(僕は彼女達を助けられたのかな……)
(ああ……)

 ふっ、と満足気に微笑んだ。

(そっか。よかった)
(だが、お前は傷だらけだぞ)
(ねぇ……先生……)
(……なんだ?)
(僕はこれから――死んじゃうのかな)
(…………)

 先生が沈黙する。その無言だけで自分の状態を理解する。

(そうだよ……ね。無茶し過ぎたし、ね)
(……生きたい……か?)
(できる……の?)
(あまり進められたものではないが――)
(良いよ、教えて)
(……俺の魔力を与える。その魔力で生命力を補う)
(――へぇ。先生にも魔力あったんだ)
(ラビやアリスに比べてちっぽけなモノだがな)
(うん。生きられるなら、そうしたい)
(……だが、問題もある)
(もん、だい?)
(……俺とクーヤが合わさる。その時人格がどちらになるかわからない)
(…………)
(クーヤがクーヤで無くなるかもしれない。それでも望むか?)
(……いいよ)
(後悔……しないか?)

 悩むこと無く、クーヤは告げた。

(ここで死んだら、ラビやアリスを傷つけちゃう。そんなことは僕自身が許さない!)
(……お前の意思はしかと受け取った――)

 ゆっくりと闇が迫る。だがそれを怖いと思わなかった。
 闇が全身を囲い、徐々に侵食していくのを感じる。闇がクーヤをゆっくりと喰らって行く。目の前に広がるのは夜の空。空っぽのソラ。そこに光は無い。
 クーヤの現実が壊れる。



「クーヤ!目を覚ましたか!」
「……父さん」
「よかった……本当によかった」
「奇跡だ……」

 目を開けたクーヤは目の前に居る父親とクルツが居た。
 安堵の表情をした父親、驚いた顔のクルツをそれぞれ見た後、周囲を見渡し現状を把握する。

(――教会。――布団の上。――巻かれた包帯)

 次に自分の状態を確認すると、あることに気づいた。
 身体の中に魔力の存在を感じた。ああ、と納得した後、その魔力を血管のように全身に張り巡らせる。
 息を吸い、息を吐く。心臓から頚部へ、その先の頭部へ。
 また息を吸い、そして息を吐く。心臓から両腕へ、肩を通り、肘を通り、そして指先へ。
 吸い、吐く。魔力が臓器を満たし、その下の下肢へ。
 指先にピリピリとした痛みを感じた。魔力が全身に巡るのを感じとったクーヤはむくりと体を起こす。
 全身に刺すような激痛に顔をしかめた。

「クーヤ無茶をするな!」
「ク、クルツさん……お願いがあります……」
「なんですか?」

 痛む身体を無理に押さえ込み、クーヤは自分の荷物を指差した。

「あの荷物の中にあるネックレスを……彼女達に渡して下さい」
「……あの魔女達にですか?」
「――はい」
「……しかと、承りました」
「あり、がとう……ございます」

 微笑みを浮かべ、再びクーヤは気を失った。

「……ここでの治療はこれが限界です。治療に適した国へ向かうことが良いかと」

 こうして親子達はエトワールを後にした。
 クーヤが先生に侵食されたのか、それとも先生の知識だけをクーヤが取り込んだのか……真実はクーヤ自身にしかわからない。

「なんだか泣いてばかりだったな」
「泣き回だな」
「これでやっと最初の所が終わったわけね」
「一つの章が終わったな」
「ってことは次から新しい章が始まるわけか」
「残念ながら……次は間幕のようなものが入る」
「私主人公!YHA!」
「ラビ視点か……私は?」
「ないな」
「呪ってやる」

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