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クニトリ物語 作者:マサル
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幕間3 クーヤの手紙~刀造り編~

久しぶり、そして初めまして。
ああ、何を言っているのか解らないと思うが……こちらも何から話したらいいかまとまっていない。とりあえず俺は無事という事を伝えておきたくて筆を取った。が、手紙というのは中々慣れないな。
あと畏まった文章でびっくりすると思うが、許して欲しい。子供の頃の口調は忘れてしまった。もうかれこれ書き直して三回目だ。目の前で話した方がどれだけ気楽なものか。

悪い、なんだか愚痴になった。何度か書いていれば慣れると思う。これからも手紙を送るつもりだ。それと、そちらからの返信は必要ない。今書いている手紙を出し終えたらまた移動するんでな。父も少し落ち着いてくれると助かるんだが……っとまた話が脱線した。
つまりはこれからもよろしくという事だ。

俺の軌跡を、お前達に送る。

~親愛なる友人へ。クーヤより~




幕間3 クーヤの手紙~刀造り編~




 目が覚めた。見慣れてきた天井が視界に映る。
 右手を動かしてみる……良好。左足を持ち上げてみる……良好。各関節をそれぞれ動かしていき、俺は今日の体調を確認した。まぁ、悪く無い。

 ラビとアリスを説得した時に受けた傷は完治した。これ以上無駄にベッドの上に縛り付けられるのは御免だ。
 上体を起こし掛け布団を捲り上げると、隣から聞きなれた男性の声がかかる。

「クーヤ、もう起きて大丈夫なのか?」
「ああ――っう、うん。もう大丈夫だよ」

 危うく素で返答しそうになって焦る。俺は今、外見は子供なんだ。重症で床に伏せていた自分の子供が、治った途端に人格が豹変していると知った親はどんな気分になるのだろう。

 上手く演技を続けねばなるまい。だが、子供とは一体どんな感情や喋り方をしていたのか……よく思い出せない。
 少年だったクーヤの記憶は残っている。先生の知識も全てでは無いかもしれんが、頭の中に入っている。だが、人格といったものはとてつもなく曖昧だ。

「僕はもう大丈夫だから、お父さんは仕事に行ってきてよ」
「わかった、無理はするなよ?」

 父が宿を出た後、これからの予定を思い浮かべる。何をしようかなど、床に伏せている間に考える時間など腐るほどあった。
 魔力量の把握は確認済み。覚えている知識の把握も確認済み。自分が何処まで出来るかという力量の把握と、自分の知識と現在の常識との差異を確認する事が優先事項だ。それと武器が欲しい。自分に適した、使い慣れた武器が。

 行動に起こそうと床に足を下ろすが少しふらついた。横になっていた期間が長かったので筋力がかなり衰えているらしい。

「身体を鍛えるのがまず先か」

 何度か屈伸してみると、すぐに足が悲鳴をあげた。仕方が無い。今日は部屋の中で筋トレに励む事としよう。

「ただいま……ってなんだ寝てるのか」

 父が帰ってきた。だが俺はベッドに横になったままだ。ピクリとも動かないこちらを見て「子供は寝る時間だもんな」と言っていたが意識は覚醒している……否、眠る事が出来ない。
 体中が痛い。子供の体だからといって無理をしすぎた。体の節々が痛い。いや筋肉が痙攣している。少し身体を動かせば激痛が走る程に。若い証拠だと誤魔化してはみるものの、寝返りも打てないこの状況はどうしたらいいのだろう……とりあえず、腹が減った。



 今日はリハビリがてら街の探索だ。とりあえず歩いて筋力を元に戻す。
 翌日には筋肉痛は治まっていた。治癒魔術は負った傷の修復は見込めるが、疲労などの回復はする事が出来ない。その疲労を綺麗さっぱりと元に戻す子供の回復力は侮れないなと感じる。

 細い路地、広い通り。様々な所を歩き回った。ぶらぶらと歩いているように見えるが、目的無しにという訳では無い。場所を確認しておきたいと考えているのは教会だ。リハビリを兼ねているのだからとりあえず歩く事が今日の目標である事は確かだが。
 ああ、後は雑貨屋があれば寄っていこう。動き回れるまで回復したんだ。あいつらに無事である事を伝えておいた方がいいかもしれない。

「ようこそ教会へ。迷える子羊よ」

 街の中を歩き回り足が痛くなってきた頃、まずは教会に訪れる事にした。此処を訪れたのは他でもない。この世界における知識を得るためだ。

「こんにちは。本を見る事はできますか?」

 この世界には図書館といった施設は単体では存在していない。あるとすれば教会や学問所。一般開放されているのは数ある教会の中でも一部だけだろう。クルツさんの所には図書館が無かった……と思う。魔吸石に文字を刻んでもらう為に一度訪れただけだったから確かな事は言えないが。

「ええ、どうぞこちらへ」

 どうやらこの教会は一般開放されているらしい。案内されるままに着いて行くと、教会の一角に書物を集めた部屋があった。本棚に並ぶ本も厳重に保管されている。

 紙は今の文明にとって貴重品だ。だから本屋などという気軽に買える場所は無い。もし取り扱っている場所があるとすれば、魔術書などをそろえる専門店だろう。一般人は本が欲しければ書物を開放している教会へと足を運び、写本するのが基本となっている。

 図書館を歩き回りどんな種類の本が置いてあるか物色。そこそこ種類は多そうだ。適当に1冊手にとって休憩がてら読む事とする。
 今日の目的は達した。教会の場所と、そこに図書館がある事、そして一般開放されているのが解れば収穫として申し分ない。本格的に調べるのはまた後日とする事にしよう。

 一冊の本を読み終えた。休息は十分に取れたので今日はこのまま宿へ帰る事とする。中々興味深い内容だった。まさか剣と盾であそこまで愛の形を表現出来るとは……著者の脳内には一体どんな世界が広がっているのだろうか。興味は尽きない。
 そして帰りがけに羊皮紙を購入したが、思っていた以上に高い。俺のお小遣いでは頻繁に買えないだろう。あまり金の使い道が無いのが救いだ。

 朝から昼にかけて散歩をし、昼から夕方にかけて図書館で読書をする。夜は慣れない手紙に苦戦する日々が続く。そして今日もまた図書館で本を読む事に没頭していた。

「今日も来ました。よろしくお願いします」
「ようこそクーヤ君。熱心ですね」
「本を読むのが楽しくて」

 なんて嘘がスラリと出る。こちらとしては必要性に迫られた故にだ。
 本を読みながら、ふと疑問に感じた事がある。この世界はどの地域へ行っても、国を越えても互いの言葉が自由に伝え合う事が出来る。文字についても同じ事が言えた。
 先生が元居た所は国が違えば言葉が伝わらない世界だ。この世界の環境に慣れると不便としか言えない。

「確か……バベルの塔という神話があったな」

 天へと届かせるために建造したバベルの塔。その高慢さが神の怒りに触れ、元は一つだった人間達の言語がバラバラにされた……とかだったか。

 再び本の字へと目を落とす。見慣れた共通言語の中に懐かしいと感じる文字がある。この感覚は、先生が居た地域に関する文字なんだろうか。
 そうなると、元は一つだった言語から分岐して異なる多様な言語を与えられたのではなく、共通言語内の単語を分割化してそれぞれの人へと与えたのではなかろうか。

 分割化された単語達を繋げる為の新しい単語をそれぞれの文化で造り上げ、会話として成立させていったのかもしれない。新しく作った単語には同じ発音の物もあっただろう。似たような発音、だが意味の異なる単語はそのように出来上がっていったのかもしれない。

「もしくは――」

 先生が元居た世界の文明は過去にあり、何かしらの理由で滅びかけ、それぞれ文化が壊滅し、人口が減り、残った者達が生きるために、会話を明確にする必要性により言語の統一化を図った逆説も考えられる。

「面白い空想かもな」

 結局はIFの話。無駄な妄想だ。そもそもこの説は、先生の世界とこの世界は別々なのではという大前提が抜けている。休憩はこんな所でいいだろう。
 答えの出ない仮説を切り上げ、再び文字へと目を向ける。急激に知識を蓄え過ぎたから頭が痛くなってきたんだ。別の事を考えて少しリフレッシュしなければやっていられない。

 散歩をしながら住人の生活環境を観察し、本を読んで細かい知識を補完していく。そんな事を数日繰り返している内に、世界の常識との溝は埋まったと確信した。文化的にはまだまだ未発達な世界であり、先生の生活水準とは程遠い事に愕然となったが。

 そして知識が埋まった事により、これからの方針を決める。議題はこの知識を表に出すべきか、留めるべきか。

 先生の知識は主に二つ。生活していた時代の雑学と、そして深い魔術の知識。
 生活については進んだ文化に対する広く浅い知識、魔術という狭く深い知識。特に、先生が愛用していた魔術道具(武器)は構造から作り方まで詳細に思い出せるが、今の文化からあまりにもかけ離れているモノだ。

「ここに気狂いじみた理論がある……か」

 どれもこれもこの世界には早すぎるモノだ。他者がどれくらい狂えばこの知識を受け入れてくれるのだろうか。
 あまり公にしない方が正解か。これからは世界の生活に合った考え方を心がけよう。だがまぁ、刀くらいだったら許されるかもしれない。鍛冶屋の息子なのだから、新しい技法を見つけたと言えば納得する者もいるだろう。

 とりあえず間に合ってよかった。そろそろ父が次の場所へ移動すると言っている。俺の体力が歩き回れる位に回復したら即移動とは……もう少し一つの場所に落ち着いたらどうかと思う。






 次の街は商いが盛んな港町だ。
 この街でも散歩をしながら人々の生活を観察する日課は続いている。そろそろ日課に鍛錬を取り入れてもよさげだ。

「安いよ、安いよー!」
「どうだい今朝採れたてのヤツだ。新鮮だろ」

 そこらに露店が並ぶ通りを歩いていく。なかなか活気のある市が開かれている。書物で得る知識ばかりが情報では無い。自分の目で確認する事も重要なのだ。流石港町と言ったところか、色々な商品が並んでいて目移りしてしまう。

「ムカつくんだよお前」

 露店の品を物色していると、路地裏から怒りに満ちた幼い声が聞こえてきた。うん? と視線をそちらへ移せば通りの奥に子供が数人。気弱そうな少年を中心に取り囲んでいる。

「そんな……僕は何も……」
「しゃべんなよ、気持ち悪い」

 気弱そうな少年の頬が叩かれた。なんだ虐めか。まぁ、気にする程の事でもない。何処にでもある事だ。それより目的の物を探すのが優先――

「うぐっ」
「おー、綺麗に決まった」

 腹に蹴りでも喰らったのか。虐められっ子は腹を押さえて蹲っている。下がった頭へさらに蹴りが追撃する。やれやれ、最近のガキは手加減を知らないのか。

「おい、何見てんだよ」

 取り巻きの一人がこちらを睨んできた。
 おいおい、勘弁してくれ。面倒くさい。こんなどうでもいいイベントお呼びじゃない。それよりも優先する目的が――

「楽しそうな事してるな」

 ――と思ったが、これはこれでいい機会かもしれない。そのままその場を去ろうと思った俺は路地裏へと一歩脚を踏み入れる。

「んだよ、お前も混ざりたいか?」
「いや止めて置こう。お前達が何に不安を感じているか知りたくも無いが、立場の弱い者を虐めて強者という愉悦を感じなければ生きていけないほど、俺は精神的弱者じゃない」
「なんだこいつ、訳の分からない事ばっか言って。おかしいんじゃね?」
「ああ、すまない。バカには理解出来ないよな。ちょっと待ってくれ、お前ら単細胞に伝わるような言葉を探す」
「てめぇ」
「こんな事を続けても何の価値も無い。将来は賊くらいにしかなれないだろう、と言っておく。馬鹿な奴らだ」

 何か夢や目標が有ればそちらに時間を割くだろう。結局こいつらは暇なだけ、それが不安なだけ、それを忘れる刺激が欲しいだけ。やる事が無いからそうしてるだけ。ほんと、くだらない。ならその暇な時間を俺にくれ。

「そうだな、不安について見当つくのは……つまり暇なんだろ? 暇な時間が怖いわけだ。こんな事でしか時間を潰せないとは惨めだな、哀れすぎる」

 とりあえず暇人共を煽り続ける。
 別に急に正義感に目覚めた訳ではない。普段なら見てみぬふりをする場面だったが、自分の力量把握のために子供同士の喧嘩をしてみようと思う。多対一だが、ラビとアリスの攻撃を避けた経験は伊達じゃない。

「暇なら俺も付き合ってやる。こいよ――」



 空が青い。
 俺は地面に仰向けになりながらその雲が流れる景色を目で追っていた。気分は最悪だ。

 2,3人くらい倒せるかと思ったが、結局数発殴り返しただけで後は袋叩きにされた。

「…………いってぇ」

 あのヤロー共、遠慮無しにボコスカと殴りやがって。相手を子供の力だと甘く考えていたが、こちらも子供の体じゃねぇか。てか、なんでラビやアリスにも負けなかったのにあんな奴らに負けるんだよ……と反省してみれば、直ぐに理由は思いついた。
 先生からの助言ではなく、自分で動かすという違い。
 次にどう動けば良いか理解している、だが体がついていかない。感覚の誤差によるものか。日常の動作では差異を感じないが、緩急を繰り返す戦闘ではまた別だ。これは本格的に鍛え直さないとな。

「あの……大丈夫?」
「ああ、気にするな。自分の力の無さを悔いていた」
「あの、その――あ、ありが」
「礼は要らない。こちらは目的が有ってやっただけだしな」

 書物に書かれた知識や人々が生活する様子の観察では得られない経験だ。明日からは鈍りに鈍った感性を取り戻す事を優先しよう。あー、身体が痛い。
 立ち上がって服についた土汚れを叩き払う。まだ何か言いたそうな虐められっ子をその場に残してその場を去った。

 先生が生前使っていた得物は覚えている。刀型の魔術道具、短剣型の魔術道具、そして術式を刻んだ二丁の拳銃。こうやって考えると先生も中々に病気な組み合わせを選んだものだ。
 まぁ、必要だったからその選択を選んだと言えばそれまでだが。

 返り討ちに合った次の日から鍛錬を開始している。
 手に持つのは父から借りた短剣、そして木を削って作った木刀を腰に挿していた。いきなり二刀を振るうなんて事はしない。短剣を振るい、体にナイフ捌きを染み込ませていく。その後は木刀による素振りだ。

 何故木刀かと言うと簡単だ。素材が無い、そして技術が無い。
 他国の情報に事欠かない、そして物量が豊富な港町であるが先生が生前使っていた武器の材料になる玉鋼は見当たらなかった。まぁ、有ったとしてもかなり高価だろう。

 そして刀は元の俺が見て来た景色の中にも無く、父にそれとなく聞いてみるものの否定の言葉が返ってきた。世界の武器に詳しい父が知らない。この世界には刀の製造という技術は無さそうだ。
 一縷の望みをかけて武器屋も回ってみたが、そこにあった武器は鋳型に溶けた金属を流し込む鋳造の物ばかりだった。これならば父が作る武器の方が遥かに出来が良い。

「こんなの見て楽しいか?」
「親の仕事に興味を持つのは子として当たり前だと思うけど?」
「そうか? まぁ……そうかもしれないな」

 その時の父はどことなく嬉しそうな表情だった。
 最近の日課は散歩から鍛冶技術を学ぶ事へ移行し、読書は鍛錬へと切り替えた。
 刀の製造方法は頭の中にあるが、自分にはそれを行うための技術が無い。勿論、他の誰もそんな技術は無いだろう。自分で作るしかない。父から鍛冶仕事の、金属の加工技術を学ぶのだ。

「ふぅ……とりあえず一休みっと」

 昼から始めた素振りを終え、水で喉を潤しながら一息つく。
 鍛え始めて分かった事がある。どうやら俺には才能……というか体つきがよろしくない。父は結構体格の良い方だが、俺は同年代と比べて体格が劣る。どうやら母親似のようだ。見たこと無いけど。

 刀を剣に変える事も片隅に過ぎったが、即却下した。剣は主に叩き切る斬撃。それにはある程度の筋力が必要だ。まぁ、それは後の鍛え方で何とかなるかもしれんが。
 本音を言うと折角得た刀を造る知識、扱う技術を無駄にする事が我慢ならない。ただでさえ知識をさらけ出したい感情を押さえているんだ。それくらいの我侭は許されるだろう。

「んで? なんか用か?」

 草葉の奥から葉がガサリと揺れる音が聞こえる。
 数日前から視線は感じていた。無視していれば勝手に去ると思っていたが、なかなかしつこい。見つかった事で隠れるのに諦めたのか、奥から子供が姿を現した。あれは確か、この前の虐められっ子。

「何してるのかな……って」
「見て解らないか? 鍛錬だよ鍛錬」
「たんれん……それをしてどうするの?」
「どうするって、この前ボコボコにやられただろう。せめて自分の身を守れる位の力が欲しいと思うのは当たり前じゃないか」

 極自然な事を話したにも関わらず、虐められっ子は表情に影を落とす。虐めを受ける者に、この考え方は些か厳しいか。まぁ、俺の関与する所じゃない。

「…………力なんて、持っても邪魔だよ」
「ふぅん」

 返ってきたのは意外な言葉だ。その物言いは、力を持っているにも関わらず自衛しないと聞こえる。力が有るのに使わない。それから導き出される一番確率が高い回答は――

「お前は、魔女か?」

 ビクリと虐められっ子が震えた。分かり易い反応だ。
 なるほどな。賢い選択だ。あいつ等の暴力を魔女の力で返せばこいつの命が危ういだろう。

「ちがっ、僕……は」
「俺の名はクーヤ。お前の名は?」
「えっ、僕はアルト」

 アルトにはラビとアリスのような巨大な魔力は感じない。超能力型の魔女だろうか。少し興味が沸いてきた。邪険にすることも無い。休憩時間の間、少し話しを聞いてみるとする。

「なぁ、ちょっと力を使ってみてくれないか?」
「…………なんで魔女って決め付けるの?」
「俺に嘘は通じないからだな」

 視線をじっとアルトへ向けると彼も同じように目線を合わせてきた。俺の目から何を感じ取ったのか知らないが、アルトは諦めた表情で視線を落とす。
 アルトの視線を追いかけた先には彼の影。その影は炎が揺らめくように揺れていた。揺れる影が突然立ち上がり、風になびく木綿のようにユラユラと動く。なんだか不安定な動きだ。制御が上手く出来ていないのだろうか。

「へぇ、影を操る力か。面白いな」
「面白いって……気味、悪くないの?」
「別に。俺には魔女の友人が居る。魔女だからと毛嫌いするのも馬鹿げてる。どんな力を持っていようとな。持ってるモノはしょうがないだろう」
「とも、だち……」
「問題は、その力を使うか、隠すかだ。その力を知っている者は?」
「……院長だけ」

 院長……アルトは孤児院で生活しているのだろうか。他の者が知っていないという事は中々出来た人物かもしれない。

「そうか。それは僥倖だ。そのまま隠し続ける事を進める。力を使えばアルトに危険が及ぶだろう」
「うん……でもずっと虐められるのかな」

 魔女だからという理由で虐められているのでは無い。気の弱そうな性格に目を付けられたか。今後が少し心配になる。身体を鍛えておいた方がいいだろう。

「なら一緒に訓練するか?」

 一人で素振りをしているよりも、相手が居た方が効率的かもしれない。それと力の使い方についても少し慣れておいた方がいいだろう。人目に晒さない方が極力良いが、溜まったストレスによって暴走したら目も当てられない。

「えっ、いいの? その……友達になってくれる?」
「ん、こちらこそよろしくアルト」

 俺達は二人で硬い握手をした。俺の友人は魔女ばかりだな、という苦笑が漏れる。まぁ、別に良いだろう。

 その日から奇妙な友人関係は続いた。
 何処かに出かけて一緒に遊ぶでもなく、他人が居ない静かな場所で俺達は訓練を繰り返した。これを友人関係と呼ぶか、訓練相手を呼ぶかは人の感性によるだろう。
 でもまぁ、共有の時間を過ごすのだ。俺は友人としての関係を選ぶ。アルトに格闘の基礎を教え、共に身体を鍛える。休憩時間にはアルトの力について考え、制御の仕方を模索する。
 午前中に父の鍛冶仕事を観察し、午後にはアルトを交えて訓練を繰り返す。そんな日々が続いた。

「へへっ、ざまぁみろだ」
「だね」

 俺の中にあった感覚の誤差が修正され、鍛冶の方もそろそろ槌を持ってみるか、と父に許可を得る事が出来た。
 アルトの影を操る力も不安定に揺れるのではなく、自分の意思で動きを止める事が出来るくらいには制御が可能になった。とりあえずこれで、俺が去ったとしても安心して良いだろう。

「しっかし、いってぇな」
「だね。体動かないよ」

 父がまた移動すると言っている。
 だからこそ俺達は最後にあいつ等へリベンジを試みた。結果は二人共ボロボロだ。どんなに鍛えようとも、やっぱり俺に正面からの多対一は向かないらしい。

「だが、半分は泣かせてやった」
「ふふっ、最後は皆逃げていったしね」

 苛めっ子のリーダー格を泣かせ、全員が逃げていった後に俺達は力尽きた。互いに地面へ仰向けになりながら空を見上げる。熱を帯びた皮膚を撫でる風が気持ち良い。

「木刀使わず、素手で勝ってやった」
「僕も影を使わないで、拳だけであいつらとやりあえたよ」
「そだな。お互い強くなったもんだ」

 互いに笑いあった。最後にアルトへ伝えておきたい事がある。

「今後、もしかしたら自分の力に頼る場面が有るかもしれない。ただ、その時にこれだけは注意しておいてくれ」
「なに?」
「誰かを傷つける時は、自分も傷つけられる事を覚悟しておいて欲しい。今回のようにな」
「……うん」
「俺はこれで行くよ」

 痛みに呻く身体を動かしながら、俺は片手をアルトへと向けた。
 訓練終了後に俺達は手を振って帰途につくのではなく、いつの間にか掌を打ち合わせるのが通例になっていた。

「それじゃな、アルト」
「じゃあね、クーヤ」

 互いの掌を打ち合わせる。これが俺達の別れの合図だ。そして今回は、とても長い期間になるだろう。






 それからというもの、俺は父に付き添って長い事旅を続けた。

 父から鍛冶の技術を学ぶ事は継続している。槌を持ち、鉄を打ち。隣にいる父の技術を盗んでいく。付き添って知った事だが、父は鍛冶師として有名らしい。世界を回る鍛冶師としてではなく、純粋に腕が認められている。

 父の製法は鋳型に金属を流し込んで一枚の金属板を作り、そこから再び熱した金属を槌で叩き上げていく。魂を込めた一品だ。
 鋳型製法が世間には好まれているが、世界に鍛造という技術が無い訳ではない。鎧などの丸みを帯びさせるには、鉄を叩いて曲線を作りあげるのだ。確かに鋳造式は大量生産に向いている。だが、それでは本当に良い物を造れない事を父も知っているらしい。

 借りていたナイフを返し、短剣は父の製法で造る事にする。ナイフよりも少々肉厚で長さのある刀身。自分用の短剣を打ち出す事に成功した。そろそろ刀作りへと移りたいな。相変わらず木刀の日々が続いているんだ。

 刀の製作は鋳造型の剣などと比べてとにかく過程が多い。
 砂鉄から玉鋼を作ったその後も、水減し、小割り、積み重ね、積み沸かし、鍛練、下鍛え、上鍛え、そして造り込み。この造り込みの段階で、柔らかい心鉄しんがねを硬い皮鉄かわがねと組み合わせる工程だ。
 その後、素述べ、火造り、土置き、焼入れ、そして刃物として仕立て上げるには10段階くらいの研ぎが必要になる。かなり端折ったが、大まかな段階はこの辺りだろう。

 とりあえず造り込みの段階まで行けば、残りは槌で叩きながら微調整の繰り返し。素述べからの工程は鍛冶場で行っても支障は無いだろう。数種類に及ぶ研磨も特に問題ないはずだ。

「とにかく、玉鋼作りからか」

 鍛冶場にある高炉では鉄鉱石から銑鉄せんてつが作り出されている。だが銑鉄は炭素含有量4.5%と玉鋼の炭素量1%に比べてかなり多い。硬くはあるが、衝撃が加わると割れやすい特性だ。刀にはやはり玉鋼が一番向いている。

 純度の高い鋼を手に入れるため砂鉄集めから始めなければならない。この前、父が購入したロードストーンを拝借しよう。
 砂鉄を溶かすには……金属を溶かす高炉は鍛冶場に有るが使おうとは考えてない。かなり大掛かりなモノで個人的な使用は出来ないだろうという問題があり、刀造りの最初の段階を白日に晒してしまう危惧がある。小さいものでも踏鞴を自分で作った方が周りにばれ難い。

 そう考えると一から全て作りあげなければならない。かなりメンドクサイ。
 だがまぁ、時間はあるんだ。隠すべきは刀の製作全工程だし、途中の段階が多少人目に触れても解らないだろう。皮鉄と心鉄が出来た後の打ち伸ばしや研磨などは鍛冶場で行っても問題無い……と思っている。ゆっくり仕上げていこう。

 父の目を盗んでの素材造りは中々に骨が折れる。
 砂鉄集め、踏鞴の製造、玉鋼の製鉄。酸素還元剤の炭は大量に使うため、石炭コークスでは金がかかり過ぎる。木炭を作るための専用の炉を借りたりもした。木炭を使った方が鉄の質が高く出来るのも理由の一つだ。
 時間がかかるがどうせ幼い身では一人で鍛冶作業をする事を禁止されている。許可が下りるまで、上質の玉鋼を造る事に専念しよう。



「――でき、た」

 着ていた服のサイズが合わなくなり、背が父の目線に届いた頃。俺は出来上がったばかりの作品を高く掲げた。

 一人で作業する許可が下りた後も順調には事が進まなかった。刀製作に取り掛かってから出来上がるまで数年を要する事となる。
 知識は有るが、実現するための技術が無い。鍛冶技術は父から学んだが、刀を一から造るには誰に頼る事も出来ない。火の温度を間違えた事もある。形が上手く整わなかった事もある。何度も、何本も、何十回も失敗を味わい、試行錯誤を繰り返した。

「……剣を造った方が遥かに楽だな」

 途中で何度剣に持ち替えようと考えた事だろう。それでも現時点ではこれが唯一自分の知識を存分に発揮できる作業なのだ。へこたれず、最後まで造り続けた自分を褒めてやりたい。

 今しがた研磨し終えた刀を掲げてみる。
 曇りの無い美しい刀身が外から注がれる光に反射して輝く。腹の奥から歓喜が震えだす。誰も居ない早朝の鍛冶場で俺は、自分でも珍しいと思える歓声を上げていた。

 父との旅もまだ続いている。
 勿論、鍛錬の方は怠り無い。たまに出くわす山賊などは格好の練習台だ。遠慮なく俺の実戦相手(刀の錆び)となってくれている。とは言え、得物の扱いに慣れた今でも大勢を相手にするのは苦手だ。

「あ~~、父さん生きてるか?」
「……おー、今回は多かったなぁ」

 喋り方は元に戻した。身体の方も成長しているんだ。話し方が大人っぽくなっても違和感は覚えないだろう。

「しかし、クーヤの造った刀というのは凄い切れ味だな。どうやって造ったんだ?」
「父さんも見てただろう。同じ製法だよ。熱した金属を叩いて鍛え上げる」

 初めて父に刀を見せた時の驚いた表情は今でも覚えている。このような答弁も何十回行った事だろう。

「それに、いつの間に魔術を覚えたんだ?」

 もちろん詠唱での魔術だ。ラビとアリス以降、魔術文字に関する知識を口に出した事は無い。

「上手く使えるようになったのは最近だけれど、覚えたのは子供の頃にだよ。暇な時間がかなりあったしな」

 なんて嘘を吐く。そう言うと父はバツが悪そうに頭を掻いた。子供を一人にしていた時間が長かった事を悔いてるのかもしれない。

 それにしても、俺の魔力量にはほとほと呆れる。
 下級魔術では一撃で致命傷を与え難く、相手を牽制するので精一杯だ。だが俺の魔力保有量では、中級を撃ったら一発で空になりそうだ。
 だからこそ先生は遠距離武器としての銃を手に取った。そう考えると俺も銃を手にした方が良さげだが……この技術は世界に早すぎるという事実に迷っている。

 刀は途中の製作段階を見せていないので片刃の細い剣で通っているが、銃は――弁解が効かないだろう。しかし、自分に足りないものを補うためにどうするべきか、と考えれば答えは決まっている。

 …………使っている所を見つからなければ問題無いかもしれない。
 折角得た知識だ。公にする事は避けるべきだが、自分に用いるくらいは許されるだろう。傍目にはL型の金属だ。何に用いるか想像もつきはしない。そしてそれを使う時、相手は死んでいる。死人に口無しだ。

 短剣も刀も造るのに成功した。次に吹き込ませるべき知識の矛先は銃という高度な遠距離武器だ。よし、今度は銃造りを始めよう。



「はい。まさかの幕間分割がきたわね」
「無理やり一話に詰め込もうとしたが、長すぎたために苦渋の決断らしい」
「思いっきり端折ったが、本当は刀の造り方を一から順を追って説明しようとしたからな」
「物作りの描写は多いけれど……そんな事したらどれだけ増えるの」
「無駄な文章量は減らした方が良い。そんな事、誰も望んではいない」
「まぁ、その無駄な文章が次も続くんだがな」
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