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クニトリ物語 作者:マサル
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第三十三話 誰が為に想う

自己犠牲とはなんとも醜い行為である。
だが、子を護る母というものはとてつもなく強い。その強さに惹かれる者も少なく無いだろう。
醜いものにも美しさがある。


第三十三話 誰が為に想う


 身体が冷たい。自分の体温が徐々に奪われ、命さえも失っていく感覚。この感覚に近いモノをクーヤは知っている。
 過去のそれは例え自分の命が危機に晒されようと胸を張る事が出来た。自分の行動を誇る事が出来た。だが、今は違う。頭の中に占めるのは後悔。そして同程度の懺悔。生きた心地はしなかった。

 生命という灯火がユラユラと揺れている。右に揺れ、左に揺れ、いつの間にかふっと消えてしまいそうな儚い灯り。
 もしかしたら自分は死ぬのかもしれない。そんな弱気が彼の心を揺さぶる。

 ラビとアリスの介入により模擬戦は強制的に幕を閉じた。

 彼女達は放った魔術を消し去ると、慌ててクーヤの元へと駆け寄ると、その負傷度合いに口を覆った。彼の大腿から新たな血が止め処なく溢れている。太い血管を傷つけたのだろう。偶然で有ろうが、もし狙っていたのならば鳥獣人の弓術はもはや神業だ。

「残念ながら手遅れです」

 その場に駆けつけたアムがそう宣告した。
 残念そうに、何かを諦めた表情で彼女が首を振る。その言葉にクーヤは動揺しなかった。無茶をした事は理解している。無謀だった事も反省している。それでも尚、無理を押し通しても手に入れたい物があったのだ。

 ただその事を、解って欲しくて……許して欲しくて……もう本当に許して欲しくて……彼は震える唇から言葉を零した。

「いや、傷ならすでに治癒魔術で治ってるから大丈――」
「手遅れです」
「いやだから……」
「お馬鹿さんに付ける薬はありません」
「……はい」

 早く焚き火にでもあたりたい。温かい風呂にでも浸かりたい。ずぶ濡れの服のまま地面に正座させられるのは正直、勘弁願いたかった。

「クーヤは馬鹿なの? 死ぬの?」
「今回のはあまりに軽率だ。本当に馬鹿げた行動だったとしか言えない」
「馬鹿なんですか。アホですね。脳が腐ってるんじゃないですか?」
「……馬鹿ですいませんでした」

 だが、周りがそれを許してくれそうに無い。クーヤを取り巻く者達の目には燃え盛る怒りを宿していた。言葉には棘どころか刃物が仕込まれている。先程足に刺さった矢よりもズキズキと響く。視線が、物理的に痛い。生きた心地はしなかった。


 世界が冷たい。
 動くに動けない、凍りついた世界に彼は居た。膝を折り曲げ、背筋を伸ばし、掌を開いて腿の上へきちんと置いた完璧な反省の姿勢。謝罪を体で表した姿を周りの者へと向けるが、まだ許してくれそうに無い。

「もう勝負はついていたわ。クーヤの負けでね。あれ以上は単なる自殺よ。わかってる!?」
「いやいや、まだこれからだった。まずは手っ取り早くイチローを倒して――」
「だまらっしゃい!」
「はい」

 地面が冷たい。
 日照時間が短くなった近頃、地熱は日が傾くにつれて低くなる一方だ。冷えた土はまるで氷に座っているような錯覚を受ける。下腿の感覚が段々と鈍くなっていくのが知覚できた。

「勇気と無謀を履き違えるな。機動力が奪われた時点で引くべきだ」
「いやいや、こう……がおーって威嚇してだな。ジローとサブローが怯ん――」
「もういい。黙れ」
「がお……」

 身体が冷たい。
 指の一つでさえ満足に動いてくれず、禁断症状のように小刻みに震えるだけだった。秋口に水浴びは勘弁してもらいたいものだ、と一人愚痴るが彼女達の有無を言わさぬ瞳に射すくめられ黙る。

「引き際もわからないんですか? 一体兄さんの頭の中はどうなってるんですか? 今度開けて調べてみていいですか?」
「いやいや、まだ引くべきじゃないと判断したまでだ。建物の影に隠れて治療して――」
「頭空っぽなんですか? 脳が飛び出して徘徊してるかもしれません。見かけたら脳の皺を増やしてあげますよ……物理的に」
「なにそれ怖い」

 空気が冷たい。温厚なエリーナやナナ達兎獣人でさえ、言葉には出さないものの怒りに満ちた視線を向けている。圧力が凄い。周囲に味方は誰も居ないようだ。

 いい加減にもう許して欲しい、と訴えずにはいられない。彼女達の説教が始まってどのくらい経つのだろうか。夕日が沈む光景をクーヤは遠い目で眺めていた。

「クーヤ! ちゃんと聞いてるの!?」
「はい、聞いてます」

 周りに映る風景全てが冷たい。世界が冷たい。

「……あれはもう模擬戦からかけ離れてるわ。それこそ死合いの域よ」
「確かにその通りだ……しかしな、どうしてもあの弓術は手に入れたくて」
「自分の命に代えて? まだ頭が冷えてないようだな。もう一度水を被るか?」
「本気さ」

 やりすぎた感じは確かに否めない。
 脳内での勝率は1割未満。いつものクーヤならば真っ先に負けを認める割合だ。それでも尚、欲しいと思った彼等の業。模擬戦という範囲内で言えば、矢を受けた時点でクーヤの負けだ。引かなかったのは、ただのわがままである。

「兄さんは……自分の命が惜しく無いのですか?」
「惜しいさ。だが、それを天秤にかけても手に入れたかった」

 しかしそれは、オワゾの長としてのわがままだ。彼個人の物では無い。

「想像して欲しい。今後……大規模な戦闘にオワゾが巻き込まれた時に弓兵が居ることを」

 前衛は兵士として訓練を日々行っている。亜人の男性が主に、人間も体格の良い男達は兵士の訓練を受けさせた。
 後衛は魔術師として知識を蓄えてもらっている。だが、ラビやアリスのような上級魔術を使えるような魔術師などめったに見つからない。

「今現在――兵士の訓練に弓の項目は入っていない。何故か? それは弓を扱える者がいないからだ。教える事が出来る者が居ないからだ。もし、弓兵を育てる事が出来れば?」

 剣士の素質が無い者、魔術の素質が無い者は労働者として働いているが、まだまだ戦力が低い現状。今後を考えると、新たな戦力として弓兵が欲しい所である。そしてそれを育てる事が出来る人材は、オワゾにとってどうしても確保しておきたい重要な人物だ。クーヤはイチロー達の業を高く評価していた。

「あいつらの技術はとてつもなく高度だ。剣士に必要な体格が無くとも、魔術師に必要な魔力が無くても、弓を扱える者が居るかもしれない。まだ可能性の域だが、弓を扱える者が居るだけで此処の戦力は上がる」
「戦力が上がるのは喜ばしい事だ。だが、クーヤが命を張る理由には乏しい」
「そう考えるのはアリス、お前達に強力な力があるからだ。もっと他の……力が無い者の事も気にかけてやれ」

 彼女達には力が有る。使い方によっては一国を揺るがす程に強力な力だ。揺るがしかねないからこそ、忌み嫌われている力。だが、その使い方を誤らなければ多くの人を救う事が出来る可能性を秘めている。

「誰かを守る力が有るのはとても素晴らしい事だ。だが、力が有るからと言って、全てを守るというのは単なる傲慢だ。人は所詮、目の届く範囲でしか守る事は出来ない」

 秀でているのは良い事だ。他人には出来ない事が可能となる。
 しかしどれほどの力が有ろうとも、どれほど特殊な力を持っていても、人は目に映る対象しか救えない。

「絶対に安全な場所なんてモノは無い。誰かの危機に駆けつける事が出来ない場合もあるだろう。そんな時、他の誰かに守る力が有れば――」
「もういいです……兄さんの言いたい事はわかります」
「そうか」
「私達が良いたいのは、クーヤは無理をしすぎているという事だ」

 何かを得る為にはリスクを負わなければならない。そんな事誰だってわかっている。クーヤはそのリスクの限界ギリギリを渡ろうとした。彼にとっては行けると判断したが、彼女達はそのギリギリが許せないと言う。

 周りを見る。皆の表情が怒りから悲しみへと移行している。いらぬ心配をかけてしまったようだ。

 クーヤだけがオワゾを良くしたいと考えている訳ではない。彼だけが綱渡りをして犠牲になる必要も無い。皆が皆、自分の住む所を良くしたいと考えている。その事実が、嬉しかった。

「心配かけないでよ……このバカ」
「悪い……」

 クーヤが一つ、身震いをする。
 身体は冷え切っていたが、心だけ少し温かかった。

「クーヤ殿……」

 今まで話に入ってこなかったイチロー達三人が、浮かない顔の中に意を決した瞳をクーヤへ向けていた。

「どうした、もっと喜べよ。模擬戦はお前達の勝ちだ。故郷に帰れるぞ」
「いいえ、我々は負けました」

 周りの表情を見れば、誰もがクーヤを心配しているのが解る。オワゾにとって彼は失ってはならない人物だ。その命を懸けてまで自分達を手に入れようとしてくれた事が嬉しくもあり、自分達の業をそこまで評価してくれた事が誇らしかった。

「……我らはオワゾに住む事を決めました」
「いいの? 勝負はあんた達の勝ちなのよ」
「いいえ、我々はクーヤ殿の執念に負けました!」
「自分達をここまで必要とされるのは悪い気はしませんので……」
「そ、それに。故郷に帰れないというわけでも、あ、ありませんし」
「……頻繁に帰る事が出来ないのはわかってるだろ? なんせ――」

 イチロー達の里はオワゾから西側の遠方にある高台。小高い丘を越え、深く広い森を抜け、再び傾斜の高い丘の上。かなり遠い距離にあるがそこへ向かうのに馬は使えない。蹄の音を響かせてはならない。見つかって、逃げ場を失ってはならない。捕まれば命が無い。

「オーク村を越えるんだから」

 オワゾとイチロー達の村を隔てる広大な危険区域。オーク村の向こう側に鳥獣人の里はある。






 薄暗い森の中でクーヤはイース達の帰還に対し、出迎えをしていた。

「ま、待て……」
「恨んでくれて構わない」

 許しを請う男に詰め寄り、鞘から刀を引き抜く。
 男の表情が恐怖に歪む。名前はすでに忘れた。知っていても意味が無い。覚えておいても意味が無い。要らない知識を、彼は必要としていない。

「頼む……やめてくれ」
「悪いな」

 掲げられた刀身が、葉の隙間から零れる木漏れ日に反射する。
 ゆらゆらと揺れている刃がピタリと止まり、葉を包むように優しく力を込める。やる気が無さそうに身体から力が抜けているが、眼光だけは厳しさを増していた。
 その眼が長い瞬きをして男を見据える。

「やめろおおおおおおおお――!」

 絶叫は途中で途切れ、男の声は森の木々にすぐ吸い込まれた。鉄の臭いと血の臭い。ゴロゴロと重々しい肉塊が転がった。

 残心を解き、深い呼吸を一度行う。死臭に満ちた空気が彼の肺を焼いた。

 振り返ればイースとショルが食料を積んだ御者席へと乗り込んでいる。そしてクーヤの隣には体格の良い男が背筋を伸ばして控えていた。40代後半と思われるその男の背は高く、目尻に深い皺が刻まれていた。

「片付けはこちらでやっておく。アッガー、奴隷達の世話と頼んだぞ」
「畏まりました。主様」

 ガブールに捕らえられていた時に奴隷頭をしていた者だ。名をアッガー、種族は人間である。

 アッガーは深い一礼をした後、顔を起こして感慨深げに檻に囚われた奴隷達を見つめた。檻の中には狭い空間にこれでもかと押し込まれた奴隷達の姿がある。

「この者達もこれで救われるでしょう」
「救われる……ねぇ」

 ぽつりと呟いたアッガーの声にクーヤが反応する。
 昔の自分を思い出しているのか。悲しそうな、安心したような、なんとも言えない表情は、観察力に優れるクーヤでさえ彼の心情を掴む事はできなかった。

「別に俺は奴隷を救うためにやってるわけじゃないけどな」
「それは心得ております。ただ、主様の行動はそのように映るのです」

 真剣な眼差しを向けられ、クーヤは苦笑した。
 奴隷達がどう評価しようとも、彼の行動は世間にとって悪だ。そして奴隷達の思いすらも利用しているクーヤには、苦い表情を浮かべるしか出来なかった。

「私達は皆、主様に感謝しております。人間も、亜人もです。例え奴隷という身分であろうと、家畜以下の生活から人の生活を与えてくださいました」
「此処もあまり快適と言える生活では無いと思うがな」

 多少自由に過ごせるくらいにはしているつもりであるが、昔の生活の事を思い出すとクーヤにとってまだ不自由な環境でしかなかった。
 もっと変えたい場所がある。もっと快適にしたい施設がある。だが今はまだ技術的にも物量的にも不可能。ジレンマを抱えながらも、彼は今出来る事をコツコツと進めていくだけだ。

「本当の奴隷の生活はむごいものですよ。カビの生えたパンに一つまみ塩を入れた水のようなスープ。目が気に食わないと腹を蹴られました。嫌な客に会ったと骨を折られた事もあります。売り上げが少なかったと鉄の棒で殴られました。食事と言われて便所に連れて行かれた事もあります」

 淡々とアッガーは語った。

 奴隷の生活がどのようなものかを。彼等が過ごしてきた日々がどんなもだったかをクーヤは他の奴隷達から聞いた事がある。

 ある奴隷は、奴隷商人が香水を振りまいた女を隣にはべらせている最中、吐き気を催す檻の中に閉じ込められたと語る。水浴びすらままならない生活を強いられ、気温の高い夜は自分の臭いと隣の者の臭気に耐えながら浅い眠りについた。

 またある奴隷は、食事だと言われて商人が食い残した残飯を地面にぶちまけられる事もあったと言う。
 手を使うなと命令され、まるで犬のように地面に舌を伸ばした。地面に捨てられた物を貪っている姿に、商人は笑っていた。だが、顔は上げない。歯を軋ませて砂利と久々に口にした肉をすりつぶした。悔しさで涙が滲む。それでも顔は上げない。上げられない。

 商人に反抗の意思を見せた者の末路を何度も見てきたから、とその者は語った。
 顔を上げれば確実に鞭で叩かれる。皮膚が腫れ、肉がはがれ、血が流れ、そして腐る。傷口には蛆が沸き、腐肉には蝿が集う。そんな反抗した者の末路。

 怒りと恐怖で身体が震えたという。彼にとって奴隷の主となるものは殺意と恐怖の対象でしかなかった。

 そんな奴隷達の悲痛な叫びを、クーヤは静かに聞き入れ続けた。

「ほんと、奴隷商人はわからねぇな。どうして壊すような事をするんだか」
「……人としての尊厳を削り、反抗の意思を無くすためかと思われます」
「冷静に語るなよ。相手の商人をむごたらしく殺したくなる」
「商人の名はガブールですが」
「どんな奴だったか忘れたが、かなりむごい死に方をしたのは覚えてる」
「見れなかったのが残念でなりません」

 アッガーがもう一度奴隷が押し込まれた荷台を眺めた。

 中には人としての尊厳を忘れた――奪われた者達。
 ただ恐怖と痛みだけが増える日々に、商人に対して憎しみが薄れ、抱いていた怒りが失せ、人としての感情が失われた者。
 生きているのか、死んでいるのか判別できなくなった瞳を持つ奴隷。

 人として生きる事を放棄したモノが集う檻。

「主様には本当に感謝しております」
「感謝は要らない。行動で返せ」
「そう、ですね……でしたらご命令を」
「は?」
「私達は常々考えています。主様に恩をお返しするにはどうしたらいいのかと。学の有る者が乏しいですが、無い頭を絞って皆で考えました。その答えは、主様の命にはこの身を賭して完遂しよう、と」
「……そうか」

 まるで怪しい宗教団体の教主になった気分だ、とクーヤは思った。

 別に神になろうなど思ってはいない。
 尊敬されるのは別に嫌じゃない。だが、崇められるのは違うと感じている。

 彼はただ、住み易い場所を作りたいだけ。故郷を造ってみたいだけなのだ。

「ならば主としての言葉を皆に伝えろ」

 しかしクーヤは彼等の行動に嬉しさを覚えていた。
 ただの奴隷には思考するという行動は起こせない。もし考える力があるのならば、それは奴隷の身分から脱出する事を真っ先に考え付くだろう。彼等は今までは自分の存在を否定してきた、だが今は人としての自分を受け入れてきている。その変化に、クーヤは唇の端をわずかに上げた。

「人として生きろ。人として考えろ。そして生きるために働け。俺が求めるものは、ただそれだけだ」

 命令とは言えないその言葉。彼等が集まって出した答えを否定するつもりもない。しかし肯定する気もなかった。
 だから彼は主人としての命令を下す。自分にとって当たり前の事を。
 それは奴隷にとって今まで過ごしてきた境遇と異なる事。今まで主人からかけられてきたどの言葉とも違う命令。その言葉をアッガーは深く腰を折り受け取った。
 主人から受けた命を、彼は奴隷達に伝えるべく心に刻み付ける。

「主様のお言葉、しかと承りました」
「新しい奴隷達はお前に任せる。おっと、これはオワゾの長としての頼みだ」
「はい」
「俺は少し焼き所で仕事をしている。その間、奴隷達に仕事を教えておけよ」
「了解しました」
「それと、お前にはやってもらいたい仕事がある。しっかり計算の勉強をしておくように」
「うっ……か、畏まりました」

 その場を後にし、焼き所へと向かって行った。

 焼き所へ到着すると、そこには窯の前で炭を作っている者もいれば、木を細工して生活用具を作っている者もいる。ラビの姿はそこにはなかった。いや、今現在この村の中でラビ、アリス、ルーシィ、そしてイチロー達の姿は無い。

 イチロー達がオワゾに住む事を決めてくれた後、すぐに鳥獣人の里へと向かおうとするクーヤにアリスが静止をかけた。


『待て、それは私達が行く』
『……は?』
『そうですね。それが良いと思います』
『いやいや、待て待て』
『クーヤは謹慎。ちゃんと反省しなさい』
『そういうのは村の頭である俺が――』
『あーもー、ぐだぐだと煩いわね。クーヤにはやる事沢山あるんでしょ?』


 別に彼女達を信用していないわけではない。交渉はその村の頭同士が行うのが筋だと思っていただけだ。だが結局、彼女達の一言でクーヤは折れた。

『私達では……頼りにならないか?』

 思い返してもあれは反則だと思う。
 いつも強気な彼女達が、顔を軽く俯かせ、上目遣いで自分の様子を伺ってきたのだ。
 単なる演技だったなら鼻で笑って一蹴する所だが、その仕草を自然に行っているから手に負えない。めんどくさげに頭をかき、ため息をこぼしながらクーヤは彼女達に鳥獣人の、そして狐獣人への交渉を任せた。

「まったく、女の涙以上に卑怯だ」

 勿論、彼女達ならば期待に応えてくれるという核心が根底にある。彼女達が動いてくれれば、イース達を待つ間の時間が省け、新しく訪れる奴隷達に情報を直接聞く時間を多く取れるだろう。イース達への武器製作にも時間が取れ、汚染魔素の研究も進められる。

 しおらしく、儚げなその姿に篭絡しただけが理由では無い。彼女達に任せた方が合理的だ。そう、自分に言い聞かせた。

「上手くいってるみたいだな」

 窯の前では炭の作り方を兎獣人が人間へと教えていた。その傍らでは人間が猫獣人に木のかごの作り方を実践している。
 彼等の間にはわがたまりのような物は見受けられなかった。似たような境遇を過ごしてきた者達の間に、仲間意識が芽生えているのかもしれない。

「それとも、俺の考えが浸透してるんだったら嬉しいがね」

 クーヤの来訪に気づくと、その者達は手を止め立ち上がろうとする。整列しようとまでしたのを、彼は手で差し止め軽く挨拶を交わし鍛冶場へ向かった。その日は日が暮れるまでひたすら鉄を打ち続け、イース達へ渡す武器はもう完成間近だ。


 物静かな夜をログハウスで過ごす。
 久しぶりに一人で生活する空間は、そこそこ快適ではあった。簡単な食事を済まし、一日の汗を風呂で流した。
 風呂上りに少し晩酌をしようと思い立つ。けれども密閉された部屋の中で一人飲んでも味気ない。酒が満ちた器と、陶器のお猪口を手に夜の村へと繰り出した。

 辺り一面、闇の底。付近に火の灯火は無く、ただ闇だけが世界を掌握している空間。草や木の葉を微かに音をたて、冷えた空気が揺れ動く。周囲から聞こえる虫のざわめきが耳に心地よい。近くにあった大き目の石に腰掛け、空を高く見上げた。

 闇の中、ただ控えめに灯る月。自己主張しない、朧げな明かりを頼りに彼は器を傾けた。
 お猪口に酒を注ぎ、唇に添えて天を仰ぐ。舌の上で液体を遊ばせ、喉に流し込むと、奥からふわりと香りが立ち上った。一つ、息を吐く。もう一度お猪口へ酒を注ぎ再び喉を鳴らすと、いつしか彼は目を閉じた。

 騒がしいのは嫌いではない。だが、一人の時間というのも大切だと思っている。その日は汚染魔素の研究は進めず、ゆったりと流れる秋の夜空を楽しんだ。


 朝の目覚めは決して清々しいものとは言えなかった。
 夜明けを過ぎてから間もない、太陽もろくに昇りきっていない薄暗闇。皆が活動を開始するにはまだまだ早すぎる時間帯だ。

 ログハウスの外から激しい怒号が聞こえる。オワゾの住人がざわめく声が聞こえる。睡魔がからみつく頭を振り、目を擦った。昨日、穏やかな時間を過ごし心身共に安らいだというのに、この目覚めはあんまりだ。

 また何か問題が起きたのか。そう辟易としながら、気だるい体を騒ぎの現場へ動かしていった。

「結局この話は何が言いたかったのでしょう?」
「クーヤさんが村の人々に愛されている、という事でしょう。著者さんの知り合いには『つなぎ回だね』と言われたみたいです」
「皆に心配させて、迷惑かけて、まるでわがままな子供ですね」
「もう勘弁してくれ」
「薬は多めに出しておきますね」
「アムさんその量はしゃれにならん……」

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