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クニトリ物語 作者:マサル
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第二十八話 常識、非常識

自分を馬鹿だと放言するのは自由だ。だが、それを理由にして思考を止めるのはよせ。
思考停止は楽だが、それに安住すると脳の発達を阻害する。



第二十八話 常識、非常識


「クーヤ――兄さん」

 ルーシィと呼ばれた少女が戸惑いと嬉しさと驚きを含んだ表情でクーヤを見つめている。

 時間が止まったような静寂。
 その場の誰もが近寄り難い空気に呑まれ、言葉を発する事が出来なかった。

「久しぶり、大きくなったな」
「兄さんこそ、お元気そうで……」
「とりあえずそれ、引っ込めてくれるか?」
「え、あ……は、はい」

 時間が巻き戻ったかのように剣が元の腕の形へと戻っていく。その様子に周囲の者は恐怖を含んだ目で見つめていた。

「で……なに捕まってんだよ。お前なら逃げ出せるだろ」
「えっと、そ、それは――」
「それは私のせいなんですよ」

 アムと呼ばれた猫獣人の女性が足を引きずりながら近づいてくる。古い傷痕だ。とても痛々しく、まるで口の大きい獣に噛まれたかのような痕だった。

「アムさんも久しぶり。その足はどうしたんだ?」
「ちょっと罠にかかりまして……」
「ああ、なるほどな」

 狩猟用の罠だろう。その後の展開も容易に想像がついた。
 罠にかかったアムが人間に捕まり、母親が人質になったルーシィは大人しく捕まった。よくある話だ。

「お久しぶりですね、クーヤさん。お変わり無いようで」
「状況は色々と変わってるがな」

 やれやれとため息をついていると、その袖を控えめに引っ張る者が居た。話に置いてけぼりになったラビが膨れっ面でクーヤを睨んでいる。

「ねぇ、知り合い?」
「手紙に書いただろ、猫獣人の親子と知り合ったって――」

 そこではっとして周りの様子を伺った。自分達を中心に、周りの視線が集中している。話に取り残された者達がただ呆然とクーヤ達を眺めていた。
 思い出話なら後でいくらでも出来る。そしてあまり公にして面白い話でもない。再会への喜びは後に回す事にし、今は優先する事項がある。そちらを先に済ませるべきだ。

「――っと、その前に先に済ませる用事があるな。ラビ、アリスと共に食事の準備を始めてくれ。俺は男性陣を風呂に入れてくる」
「むぅぅ。後で絶対に聞くからね」
「んで、ルーシィ、アムさん。此処は安全だ。逃げる必要は無い」
「ですが……」

 周りの奴隷達が異様なものを見たという目でルーシィに視線を向けている。

 猫獣人が腕を刃物のように変化をするなど聞いた事が無い。いや、腕を刃物に変えるなど明らかに常軌を逸した変化だ。皆が怯えるのは理解出来る。だが、そんな当たり前な反応にクーヤの心中は苛立ちが募る。

「心配するな。迫害なんて事は起きない」

 彼女の人生は迫害の日々だ。
 人間からも、世界からも、同族からも。奇異な力のせいで数少ない仲間からも追い詰められ、軽蔑され、蔑まされてきた人生。
 クーヤが彼女達を手助けし、親子二人だけで過ごせるようにした。

「――俺が、させない」

 異常。非常識。奇異。化物。凝り固まった常識。そんな認識、くそ喰らえだ。
 非常識を常識に変える。それは元からこの村で成そうと思っている事だ。

「だからお前は此処に居ていいんだ」
「……わかりました。兄さんがそう言うなら信じます」
「よし、それじゃラビと一緒に食事を――いや、すまん。今のは無しだ」

 勢いに乗っていかに馬鹿な提案をしようとしたのか。折角手に入れた人材を危うく手放す危険性を持った指示だ。迂闊すぎる発言に激しく自分を責めた。

「アムさん、ラビと一緒に食事の準備を。ルーシィは水汲みでもやってくれ」
「ちょ、それは一体、どう言う事ですか!?」
「いや、だって。お前の料理、殺人的だから……」
「あの頃と比べないで下さい! 少しは上達したんですよ!」
「あの物体は少し腕が上達した所でどうこうなるモノじゃない。というわけで、水汲みよろしく」
「ちょっと兄さん! 話を聞きなさい!!」

 そそくさとその場を逃げ出しながら、男性の奴隷達を風呂場の中へと誘導させる。ルーシィの訴えは聞き入れてもらえず、母親になだめられながら水汲みに取り掛かるのであった。




 男性陣を風呂へと入れている間に、食事の準備は着々と進められた。
 クーヤ達人間も、兎獣人も、新しくオワゾを訪れた奴隷達も、皆がそれぞれの土鍋を囲って食事の時を待ち構えている。食材に火が通った頃を見計らって、その蓋が開けられる。瞬間、様々な食材が良く煮込まれた香りが辺り一体に広まった。

「お母さん早く早く」
「はいはい、今よそうからちょっと待ちなさい」

 一つの土鍋に10人ほど集まってお椀に食事が盛られていく。どうしたらいいか理解出来ていない奴隷達のために兎獣人達が給仕を行っていた。

 クーヤ達が囲む鍋の前にはいつものメンバーに加え、ルーシィとアムの姿もあった。各自の手前には土鍋で煮込まれた野菜と肉がお椀に盛られ、その隣には窯で焼いたパンが添えられている。

「ああ、久しぶりに料理と呼べる食事だ……涙が出る。さて、喰うか」
「ちょっと待て。その二人とは初見だが、紹介も無しか?」
「……ああ、そうだったな」

 目の前の食事に気をとられ、紹介も何も無いまま座らせていた事に今気づいた。ここ最近草食動物のような生活を強いられ、夢にまで見た人間的な食事に我を忘れていた。

「こちら猫獣人のルーシィ。俺の妹みたいなもんだ。その隣がルーシィの母親のアムさん。薬学に関しては俺よりも詳しいぞ」
「よろしくお願いします」

 掌を猫獣人の親子の紹介を済ませると、ルーシィとアムは頭を下げて答えた。そしてその掌を今度はラビ達の方へと向ける。

「そんであちらがラビ、アリス。二人に関しては話した事あるな。その右側から順にイースさん、ショルさん、ウィムさん冒険者達だ。以上、紹介終わり。さて、食べよう」
「ちょ、ちょっと待って! それだけ? 流石に省略しすぎじゃない?」

 あまりの簡単な内容に皆が唖然としていた。
 聞きたい事は限りがない。クーヤとルーシィ達はどこで知り合ったのか。何故クーヤを兄と呼んでいるのか。その関係は。なにより、ルーシィの変化について詳しく知りたかった。

「とは言っても、これからやる事が山ほどあるだろ。詳しい話は夜にでもする。仕事の合間にでも質問の内容をまとめておいてくれ」

 これからやらなければならない事が沢山ある。
 奴隷達へこのオワゾの説明から始まり、家造りや主な仕事の説明。手の余った者にはオワゾの柵作りを行ってもらいたいとも考えている。兵士もしくは魔術師としての資質があるか調べる事も重要だ。

 あまりの仕事の多さに、ラビとアリスもしぶしぶ頷いた。

「よし、全員に行き渡ったな。それじゃ、食うとするか――」
「クーヤ様……少し宜しいです?」

 これで何度目になるだろうか。食事の開始を邪魔されるのは。
 次第にクーヤにも苛立ちが募り、ついつい不機嫌な顔で給仕を行っていた兎獣人を睨んだ。

「お、お食事中申し訳ありません。連れてきた者達が食事を始めないので……」

 報告を聞き、視界を左右に振る。
 周りを見渡せば奴隷達全員が手をつけようとしていない。不可思議に思い、先程名前を知ったシルバの元へと向かった。

「どうしたシルバ? せっかくの飯が冷めるぞ」
「にんげ……いや、ご主人。本当に食って、いや、頂いてよろしいのですか?」

 長年染み付いた奴隷の性だろうか。
 暖かい食事をもらえるはずが無い。許可無く手を出して鞭を打たれた。そんな折檻を受け、死んだ者の死体を始末させられた者も居るだろう。

「下手に畏まるな。聞いてて気持ちが悪い。お前達にはこれから働いてもらう。飯はしっかり食っとけ」
「し、しかし……」
「震えた鼠みたいだぜおっさん。狼ともあろう獣人が情けねぇ」

 すでに食事を始めていたシモンが声を発した。
 暖かい食事に頬を緩めながら、幼さの残る目がシルバを睨んでいる。シモンは不満だった。力の弱い兎獣人である彼にとって、狼獣人は力の象徴。憧れに近い感情を持っていた。
 そんな狼獣人が誇りを忘れて犬に成り下がったのか、と激を飛ばす。

「そんな人間に下手になる必要なんて無いって。その人間すげー性格悪いぞ。いや最悪と言っていいね」
「こら! シモン! クーヤ様になんてこと言うの」

 シモンがナナに殴られているのを横目で見たあと、再びシルバへと視線を戻す。お椀に顔を突っ込んで悲鳴をあげる声は耳から素通りさせた。

「まぁ、あんな態度はぶん殴りたくなるが……別に自分を偽る事も無い。力を取り戻すために飯はちゃんと食え。見返りとして此処で働いてもらう。言いたい事はそんな所だ」

 立場は彼の方が上だが、それがその人物の人柄なら否定するつもりは無い。

「……わかった、クーヤ殿。食事を与えてくれた事、恩にきる」
「感謝なんて必要無い。働いて返せ。俺が望むのはそれだけだ」

 そっけない返事を残してクーヤは元いた場所へと戻っていく。
 そんな態度にシルバは苦笑いを浮かべながらお椀の中身を啜っていく。その様子に他の奴隷達も食事を始める。

 久しぶりの食事は本当に涙が出るほどに旨かった。




 食後はそれぞれの仕事に慌しい時間を過ごした。
 奴隷達へてきぱきと指示を飛ばす。木を切り倒して村の拡大、居住区の設備、家の建築。奴隷達にこの村の説明を行うのは各自にまかせた。

 今日の空は雲が陰り、日の傾き具合はわからなかった。
 空全体が薄暗い。白と灰色の絵の具を何度も塗りつけたかのよう。その色は雲の分厚さを物語っていた。

 雨が降るかもしれない。
 肌寒さを覚える最近の気候。身体の弱った奴隷達に野宿させるのは危険だ。
 とはいえ、冷蔵庫を作ったのと同様に奴隷達を迎える為の長屋も建設済みだ。ただ、想定していた数よりも多いがために現在もう一件建設中である。

 兎獣人はこんなにも高く売れるのかと、今後の奴隷商人との交渉に大いに役立つ情報だ。情報は多いに越した事は無い。情報の虚実、選別を誤らなければそれは大いなる財産となる。

 家造りを急ピッチで進める最中、クーヤは先程のいざこざで目の色を変えた亜人に声をかけるのであった。




 そしてその夜。
 鍋を囲ったメンバーとエリーナ達兎獣人数名はログハウスへと集まり、保留となっていた質問会を開いた。
 案の定外は雨が降り始めている。新設した長屋は大方完成した。支柱を建て、屋根を張り、扉や窓の設置まで至らなかったが壁も取り付け終えた。
 今晩の雨を凌ぐには十分であろう。

「ルーシィは自分の身体限定の錬金術師だ」

 クーヤは皆にそう言ってのけた。

 初めにイースからの質問でルーシィとアムの親子との出会いを聞かれた。それに対するクーヤの返答は――
『ラビとアリスに送った手紙に書いてある。猫獣人の親子と知り合ったって内容で。それを読んでくれ』
 と、簡潔に済まされた。その直後の言葉である。

「それって、さっき腕が剣に変わった事についてよね?」
「どういう事だ?」

 先程の光景を見ていないアリスはラビに尋ねる。
 質問に答えようと言葉を探すが、満足のいく説明が思い浮かばない。ラビが考えあぐねているとルーシィが立ち上がった。皆の視線がそこに集まる。

「実際に、見て頂いた方が分かり易いでしょう」

 言葉を放った途端、ルーシィは右腕を掲げた。
 その指が一本ずつ薄く尖り、銀色に光る。短いナイフのように変形した指を動かすと今度はそれぞれがねじり上げるように絡み合い、まるで木の枝が腕から生えたように形や色が変わる。

変化へんげ。その中の分類として変形と俺は呼んでいる」

 ルーシィの腕が様々な形に変わっていく様子に、口を開けながら見ている者達へクーヤによって補足が説明される。

「変形――分かり易く言えば錬金術だ」

 錬金術。
 魔術の高位に位置する術。

 魔素という物は他の元素と結びつき易い。そして魔素を操り、結びついた原子を引っ張って魔術として放出する。魔力で魔術を発動する際、ミクロな範囲ではそのような現象が行われている。

 錬金術も基本的な所としては同じ現象を辿る。
 異なるのは魔素に内包するエネルギーの量を増やし、結合するための動力を得る。そしてある一つの原子と別の原子を魔素で引っ張り、繋ぎ合わせ、別の原子を作り出す。それが錬金術の基本工程である。

「こんな事も出来ますよ」

 アリスの方をじっと見たかと思うと、今度は身体全体に変化が訪れた。
 髪が伸び、体つきが変わり、顔立ちも亜人特有の顔から人の顔へと形を変える。アリスが息を飲んだ。

「――っ!」

 目の前に鏡を置かれたような奇妙な錯覚。
 部屋の中にアリスの形をした人物がもう一人現れる。アリスの目がアリスへと向けられた。

「気持ち悪いでしょう? こんな力」

 アリスの姿をした者がルーシィの声で語る。
 アリスを始めとし、他の者も息を詰まらせていた。言葉が出ない。どちらが本当のアリスだったかと頭が混乱する。

「でも兄さんは……この呪われた力を『凄い』と褒めてくれたんですよ」

 呪われた力。
 その単語を聞いた瞬間、ラビとアリスは今まで釘付けだった視線をクーヤへ向けた。見開いた目で説明を求めようとしたが、言葉が出てくれない。
 そんな二人の心情を察し、彼はそれが事実だと伝えた。

「ああ、ルーシィはお前達と同様――魔女だ」

 奇妙な感覚は先程から感じていた。
 目の前の変化を錬金術と説明されながら、その口から詠唱が紡がれる事も魔術文字を描く仕草も感じられない。

 魔術においてありえない過程の削除。そしてそれは彼女達自身がもっとも良く知っている非常識。

「亜人であり、魔女でもある。そんな存在を俺は便宜上、魔人と呼んでいる」

 クーヤがもういいぞ、と声をかけるとルーシィはアリスの容姿から元の姿へと戻っていった。

 部屋の中が静寂に包まれる。今見た光景にイース達の頭の中が真っ白だ。質問はいくつも生まれるが、沸いて出た言葉は互いに絡みつき、かき消し、霧散していく。
 その中で立ち直りが早かったのは、やはりラビとアリスだった。矢継ぎ早にクーヤへと質問を投げかける。

「錬金術で造られる物質はどんな物でも可能なの?」
「可能だ」
「彼女が傷を負ったとして、それを自分で治せるのか?」
「可能だ。だが力を使う際、魔力を多量に消費する。それが尽きたら無理だ」
「さっき、身体限定って言ったわよね。体外で錬金術は使えないの?」
「無理だった。理由はお前達がよく知っているだろう」
「だが錬金術は錬金術。彼女に色々と物を作ってもらう事は出来るか?」
「確かに可能だ。だが制約がある。あまり大量に、頻繁には出来ない」
「どういう事だ?」
「この力を使う際に注意する点として、ルーシィには教えてある。復習ついでに説明してくれ、質量保存の法則を」
「はい」

 質量保存の法則――化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない。

 つまり彼女が力を用いて鉄を作り出すと仮定した場合、その鉄の量だけ彼女の体内から同じ質量が失われる。だが、鉄を1kg生成するためにルーシィの体重が1kg減るという単純な話でもない。
 必要な原子を引っ張るという事は、身体を構成する分子――たんぱく質などの高分子――の崩壊を意味する。作った物質を外に出すと言う事は、たんぱく質などの高分子体が崩壊したまま元に戻る事はない。人の身体を構成するのに必要な化合物が減っていくのだ。

 物を作り続ければ彼女の中身はスカスカになる。そうならないために彼女が食料を摂取し、その栄養を取り入れ、身体を元に戻していかなければならない。

 それがどれ程時間を要するのか。
 通常の体重を1kg増やすために、1kgの食料を食べるのはイコールで結ばれない。彼女が体外へ物を作るというのはそれに近い状態だ。

「なるほどな」
「だが、少しばかり物は作ってもらおうとは思っている。もちろんルーシィの身体の負担にならない程度にな」
「体外の物質を彼女に取り込む事は出来ない? 例えば私が物質に魔素を塗りつけるとかして」
「理論上は可能だ。だが想像で引っかかるだろうな」
「むぅぅ」

 想像とは魔素に組み込まれるプログラムだ。
 同じ結果になろうとも、それぞれの道筋が違えば上手く動かない。
 想像の種類は無限大である。その無限の中からお互いの想像を完全に一致させなければプログラムは正常に働かない。

「ルーシィの力については大体理解した」
「私も」
「頭の良い方達ですね」

 頭の回転の速さに目を丸くしていた。
 納得を示している二人を除き、他の者は部屋の隅に集まって茶をすすっている。その手にはクーヤが送ったらしき手紙があった。

「おい、あいつ等何を話してるんだ? というかあれは人の言葉なのか?」
「さぁ? とりあえずルーシィちゃんは可愛いって事で良いんじゃないすか?」
「私もよくわかりません……」
「錬金術は僕の専門外ですし……あ、ここに錬金術師と出会ったという内容が書かれてますよ」
「どれどれ……って! 頭に自称がつく方じゃないっすか! 錬金術に詳しい内容はまったく書かれてないし……いや、書かれてても理解出来ないっすけど」
「お、こっちにはエルフと出会ったみたいな事が書かれているぞ。一度拝んでみたいものだぜ」
「僕はダークエルフと出会いたいですけどねぇ」
「新しいお茶が入りましたよ~」

 手紙と茶を手にしながらわいわいと賑やかな一団が結成されていた。
 質問会は実質五人で行われている。もう少し村が安定したら学校でも開こうかと、クーヤは心に決めた。

「……とりあえず質問は以上か?」
「最後に一つ、何故ルーシィはクーヤの事を兄と呼んでいるんだ?」
「え、あ、そ、それは……」
「ん、ふっふぅ。それは私から説明しましょう」

 アムがうろたえる娘を後ろから抱きとめながら、悪戯を思いついた声で語りかける。今まで聞き手に回って一言も話していなかったが、彼女は本来喋る事が好きだ。それと同様に娘を弄る事もしかり。

「家族が私しか居なかったので、家族愛に飢えていたんですよ。しかも男の人、これはもう兄と呼ぶしかないと思ったんです。ね? そうでしょ? ルーシィ」
「か、母さん!」

 ハッとしてラビ達の方を振り返ると、生暖かい目で見つめられている。違います、違いますと否定を繰り返していたが、赤くなった顔が雄弁に物語っていた。そのままじと目でクーヤの方を振り返れば、無表情でのん気に茶を飲んでいる。
 何も感じていないと思いきや、手に持つ湯飲みが震えていた。笑いを抑えようと必死になっているのが伺える。

「こういう時なんて罵るんだっけ……ああ、そうそう、このシスコン」
「良かったじゃないか、可愛い妹が出来て。このシスコン」
「ちなみに母親のアムさんは薬剤師をやっていた。薬草に関する知識は俺よりも豊富だ。色々話を聞いてみるのも面白いぞ」
「ふっ、スルースキルが上がったじゃないか」
「そう褒めるな」



 そしてルーシィ達へ現状を伝える。

 此処に逃げてきた理由。オワゾを作った理由。海を目指す理由。これからどうするつもりなのか。何故奴隷達を集めたのか。事細かに説明していく。
 全て話し終えた後には、ルーシィは呆れた表情をクーヤへと向けていた。

「…………兄さんは損な性格をしています」

 ルーシィからの感想はそれだけだった。

「んあ? どういう事だ?」
「立場の弱いものであればあるほど手を差し伸べているという事です。弱い者を庇って、自分の立場を悪くしているようにしか感じられません」
「あほ、人をそんな聖人みたいに言うな。そんな大層な理由じゃない」

 別に弱い者を救おうという崇高な考えが有る訳ではない。
 ルーシィの時はその力に興味があったついで。ラビとアリスの時は自分と同じだと思ったから。エリーナ達兎獣人、そして今回連れてきた奴隷達は必要だと感じたから。主な理由はそんなところだ。

「それに損だとも思っていない。今まで押さえ込んでいた自分の考えを広める事が出来る。そして、人間と魔女と亜人、それぞれが手を取り合って生きていける場所を作れた、そんな新しい景色が見れた――後悔なんて無い」
「……まったく。相変わらずですね、兄さんは」

 昔からそうだった。
 同族からも恐れられたこの力を、彼はいともたやすく受け入れた。面白いと言っていた。クーヤの行動や極端だ。面白い物にはとことん興味を示し、有り触れた物には微塵も興味を示さない。

 変わらぬクーヤの態度に彼女は安堵した。

「兄さんには力(知識)があります。その力は単純な暴力ではなく、けれどもそれ以上に恐ろしい力です。そしてそれは自分のためだけの力ではなく、他人に分け与える事の出来る力――」

 能力はたとえどれ程大きいものであろうと個人が所有する力。
 誰かを救う事はできる。誰かの利益になる事もある。しかし、誰かに譲るような事は出来ない。
 分け与えるなど神や精霊といった規格外の存在でしか不可能な事だ。

「兄さんはその知識で何を成そうとしているのですか?」
「決まってる――」

 クーヤには我慢なら無い事がある。

 それが当たり前だから、それが常識だから。そんな言葉に流されて従って、それが本当に正しいかとも考えない人々、正しくないと解っていても治そうともしない人々。

 常識というのは人が安心したいがために作った檻だ。
 その中が安全である事は否定できない。その中に逃げ込みたくなる気持ちも理解出来る。だが、囚われ続ければ人の思考はそこで停止する。思考停止に安住してしまう。

 あまりにかけ離れた知識は狂人の言葉でしかない。

 あまりにかけ離れた技術は魔法の類いでしかない。

 それらが人々に受け入れられる事はない。

 クーヤが行いたいのは、その離れた距離を近づけたいだけ。
 だからこそこのオワゾで、自分の知識を広めて行きたいと思っている。

「常識という名の檻をぶっ飛ばす」

 クーヤの常識は世間にとっての非常識。
 それが分かっていてなお、非常識が常識となったそんな場所を――故郷を造りたいと願っている。

 彼の言葉にルーシィは満足した表情で頷いた。




「むぅ、妹キャラとは恐ろしい属性の持ち主ね」
「心配せずともこちらが勝手に兄と慕っているだけです。恋愛感情的なモノはありません。それに……私は、亜人ですし……」
「い、いや別に亜人だから人間を好きになっちゃいけないとかじゃなくて……そもそもそういうのは各自自由というか……なんと言うか」
「あら? でしたら奪っちゃっても文句無いですね?」
「!! クーヤ、この子性格悪い!」
「俺の妹らしいだろ?」

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