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クニトリ物語 作者:マサル
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第二十六話 森の中の即視感

第二十六話 森の中の既視感


 馬蹄が雑草に覆われた地面を踏みしめる。
 数は四頭。
 うち二頭はとても重々しい足取りだ。太い馬脚が筋肉を滾らせて一歩、一歩、力強く進んでいく。一歩進むたび、荷台の車輪がギシリと音を立てて回る。一つの荷台からは食欲をそそる香りが漂い、檻に囲われたもう一つの荷台からはひどい異臭がした。

「しかし、本当にこの森の中で生活しているのか。騎士達が諦めたというのに」

 騎士達が進行を諦めた場所で生活していられる事が、ガブールには信じられなかった。だが、疑っているわけでは無い。三流とは言え、集めた傭兵達を一瞬で殲滅する力を見せ付けられたのだ。

「前提条件が違う、とあいつは言ってたなぁ」
「どういう事だ?」
「騎士達は海を目指し、あいつは森の中で生活する事を目標にしたって事さ」

 何故、騎士達が手痛い目にあったハーグの森で住む事が可能なのか。その事についてイース達はクーヤに問いかけた事がある。
 それに対するクーヤの回答は、前提条件がそれぞれ違う、と言っていた。

 騎士達が弱いというわけではない。クーヤ達が強すぎるというわけでもない。
 騎士達は海を取り返すために進行した。しかし、行軍による進行速度、多くの魔獣の妨害によりその速度はとても遅いだろう。
 そして、日数がかかれば大勢の食料が必要になる。しかし、この森で取れるのは毒があるものばかり。それを食べ、動けなくなった者や、息絶える者がいただろう。そうして徐々に数を減らしていき、ついに進行を諦めた。

 言うなれば山登りである。
 山の頂上を目的としたか、山の中腹を目的の場所と定めたか。クーヤはハーグの森を先の尖った険しい山だ、と例えた。山頂へと近づけば近づくほど困難になって行き、十分な装備が無ければ斜面をそのまま転げ落ちてしまう。

 オワゾの場所は森の出口に近いわけでもなく、また海側に近いわけでもない。

 条件の違いとは、海を目指すために森を通過点と考えていたという事と、その通過点を目的の場所と定めたかの違いによる。

「と言って、この辺りも安全というわけじゃないっすけどね」
「ですね……ほら、早速きた」
「ガブール、下がってろよ」
「わかっておる。お前達の力は信用してる」

 荷馬車を囲んで歩いていた二頭の馬が停止し、イースは荷台を引いた馬から降りて臨戦態勢をとった。イースとショルが前衛、ウィムが後衛。慣れ親しんだ陣形だ。だが、それぞれの戦法が今では少し異なっていた。
 三人が顔を見合わせる。一度だけ頷いた後、それぞれの役割をこなすために散っていく。

 クーヤに指導を受けた日の事を、今でも鮮明に覚えている。




「はぁ……俺に鍛えて欲しい、と」

 クーヤとミリィセが手合わせをした次の日、イース達はクーヤに手ほどきして欲しいと頼み込んだ。
 昨夜の一戦は凄まじいとしか言い表せない衝撃を感じた。戦いに身を置く彼等にとって、その立ち回りを演じた者に指導を請うのは至極当たり前の事であった。

「言っとくが、俺はそんなに強くないぞ。イースさん達のが強いんじゃないか?」
「それは嫌味か? 皮肉か? ミリィセ隊長に勝ったお前が口にしていい言葉じゃないぞ」
「あれは単なるだまし討ちみたいなもんなんだが……」

 クーヤの言っている事は事実であった。
 ラビとアリスに助けられた事のある彼等だが、決して弱いというわけではない。あの時はショルが毒に犯されていた為、撤退している最中の出来事だった。

 まともに戦えば自分よりも力量の高い者など、腐るほど居るだろうとクーヤは理解している。そう、まともに戦えば。

「あんまり時間は無いんだが……」
「そこを何とか。な、頼む! ちょこっと教えてくれるだけでいいんだ」

 世話になっているイース達の頼みに、無為に断る事が出来なかった。

 彼等の力量は理解している。彼等の腕が立つ事も、そして欠点がある事も。少し指摘すれば彼等の力はさらに伸びるかもしれない。基本はすでに出来上がっているのだから。
 そしてそれは、クーヤの利益へと繋がる可能性を秘めている。

「……わかった。ちょっとだけ、な」
「そうか、助かる」
「まずは組み手からだな――」


 イースが馬車一行の前にゆっくりと歩み、腰から剣を抜いて構える。
 草葉の影からワイルドウルフという狼型の魔獣が飛び出してきた。イースを翻弄させるように左へ、右へと飛び交い近づいてくる。イースは構えたまま、じっと魔獣の動きを観察した。
 クーヤの言葉を思い出す。

『イースさんの欠点は戦況が不利になると、不用意に飛び掛って力で押し切ろうとする所だ』
『確かにそうなんだが……俺はどうも小手先の技術が苦手でな』
『細かい技術で戦況を乗り切ろうとしなくていい。そうだな、例えるなら大木か――』

 じっと待つ。
 長剣を肩に担ぐように構え、ただ相手が来るのを待つ。ワイルドウルフの数は4匹。それぞれがバラバラに動き回り、獲物の喉を食いちぎろうとやってくる。それぞれの動きを一つ一つ追わず、ただ視界に映る景色を広く見る。

『イースさんは腕力がある。そしてそれ以上の長所は、目が良い所だ』

 クーヤは言った。
 矢や魔術のような遠距離からの攻撃を除いて、多対一の場合の攻撃方法など限られる。力で押し切ろうとすれば必要の無い筋肉まで強張り逆に力が伝わらない、小手先の技術が苦手ならば相手が来るまで待てばいい、と。

 ワイルドウルフ達がそれぞれ左右に身体を揺らし、イースへと向かってくる。飛び掛って先手を打とうと焦る自分の心を押さえ込み、ただじっくりと力を溜める。

 イースから数歩離れた場所から、魔獣達が地を蹴って飛び掛った。
 右斜めから一匹、左斜めから一匹、前方から2匹。前方の一匹は高く跳躍し、その牙はイースの首に狙いを定めた。

「うおりゃ!」

 限界まで引き絞った弓の如く、肩に担いだ長剣が弾かれる。
 横薙ぎに振るわれた剣が、両足と腹部を喰らいつこうとしたワイルドウルフの命を絶つ。
 高く跳躍した分、他の3匹よりも遅れた魔獣が牙を剥いてやってくる。
 剣を振り払ったまま上体を軽くのけ反らし、右足を前に突き出した。蹴りとも言えないその攻撃。だが、全速力で突進してきた魔獣は、大木イースとの衝突に鼻から血を噴出しながら地に落ちた。

「手先は不器用だが、足は出るんだよ」

 すかさず長剣の切っ先を魔獣の身体へ押し込める。短い鳴き声と共にワイルドウルフは事切れた。

 まさに一閃。一振りで3匹の魔獣を仕留めるた。今までのイースなら跳躍した魔獣に気を取られ、他の3匹に傷を負わせられながらもその一匹を仕留めていただろう。
 じっと待ち、相手の様子を伺う戦法はイースにこれ以上ない手応えを感じさせた。

「おっしゃぁ! 次来いや!」



 イースが吼えたその頭上。
 木々の枝にトロルモンキー達は居た。イースが前方に注意を向けている隙を突こうと、身を屈め頭上からの強襲を試みる。

「いよっす、お猿ちゃん達」

 今にも飛び出そうとしていると、その隣で声をかけられた。
 魔獣達が気づかぬ間に木を登り、ショルが隣へとやってきていた。驚いた魔獣達が一斉にその場を離れると、ショルはその中の一匹を追いかける。

 今までは機動力を生かして走り回り、手傷を負わせて弱らせていく戦法であった。間違った戦い方では無い、とクーヤは語った。だが敵が多数いる場合、一つの戦闘に時間をかけ過ぎると不利になるのは目に見えている。

『ショルさんの欠点は攻撃力に乏しい所だな』
『……それは分かってるっす。でもイースさんほど体格に恵まれてないっす』
『だが身軽という持ち味がある。自分の居る空間を平面ではなく、立体的に使った方がその力を伸ばせるだろう』
『立体的って、一体どうやるんすか?』
『そうだな、とりあえず空を飛んでみようか』
『へ?』
『アリス、ショルさんの足元に柱を出してくれ。出来るだけ高くな』
『わかった』
『えっ? ちょ……まっ――』

 枝から飛び降りたショルが手にした短剣を緩やかに、力強く握る。
 追いかけていたトロルモンキーが別の枝に着地した所に、体重と重力を乗せた一撃が魔獣の背中へと突き刺さった。深々と刺さる刃にトロルモンキーの身体は痙攣し、肉の塊となったモノが枝から落ちていく。

 次の獲物に狙いを定め、着地した枝から飛び出す。一匹を追っていると、上方から魔獣がショルへと飛び掛っかってきた。標的を変更し、枝を利用して方向を変える。

「無理っすよ。だてに空へ飛ばされてないっす」

 重心の把握、力の伝え方、姿勢の制御。腕のみで短剣を扱っていた頃とは違い、クーヤに力を乗せる方法を教わった。
 滑空の最中、クーヤの言葉を思い出す。

『筋力が無いなら、別の力を使えばいい』

 身を屈め、身体を丸くし回転を生み出した。
 成人男性の体重は軽くとも50kgはある。その重量へ回転による遠心力が加われば破壊力は数倍に達する。

 ラビとアリスには何度も空へと飛ばされた。
 今ではもう慣れ親しんだ空間だ。体勢とタイミングを合わせ、手にした短剣を魔獣の胸へと狙いを定める。

 ズドンと突き刺さる重々しい音が空中で響く。

「俺っちに空中戦じゃ勝てないっすよ」

 トロルモンキーを足蹴にし、突き刺さった短剣を引き抜きながらショルはにやっと笑った。



 イースとショルが前衛の役割を全うしている最中、ウィムは苛立ちを募らせていた。

 イースにたかろうとする魔獣達に下級魔術で牽制したり、ショルが地面に着地しようとする時に風を上方へ吹かせ衝撃を緩和させたり、サポートに徹している。

 だがその内情は、魔獣達を風術で切り刻みたくてしかたなかった。

『ウィムさんは風の魔術を得意としているが、それを攻撃魔術主体に使っている所が欠点だな。魔術師というのは本来補佐の役目だ』
『ですが、攻撃魔術が戦いの勝敗を決める事もありますよ』
『その通りだ。だが、中級以上の魔術というのは大味すぎる魔術でもある。タイミングが重要だ。最初は下級魔術で相手を翻弄し、此処はというタイミングで中級魔術を撃った方がいい』

 今まではそれぞれがほぼ個別に敵と対峙していた。互いのサポートも忘れない悪くない連携だったが、彼等の長所がいまいち生かしきれていないようにクーヤは感じたのだ。

 イースとショルが前衛、ウィムが後衛。今でもその陣形は変わりない。だが、その役割は微妙に変化していた。
 突進するだけだったイースが、敵をじっと待ち囮の役目を行う。走り回るだけだったショルが、目的を持って敵を追いたてる。ただ獲物を切り刻んでいたウィムが、全体の様子を把握する。そのウィムが長い詠唱を始めた。

「風よ、風よ。我の言葉に従い、その身を研ぎ澄ませ。疾風の刃となりて、切り刻め!」

 そしてイースに抱えきれない数が集まった時――。

「ウィム! 頼んだぞ!」

 集まってきた魔獣の群れ。その場からイースは飛びのき、ショルも攻撃範囲から飛び去ったのを確認する。

『せっかくの中級だ。敵を集めて使わないと損だろ』

 ウィムの手から研ぎ澄まされた刃のような風が生み出される。
 荒れ狂う暴風のようなその魔術は、群がった魔獣の群れを飲み込んでいく。暴風に巻き込まれた魔獣達は幾千もの刃に切り刻まれるように、その身体に傷を負っていった。腕を切り落とされる者、首を切られる者、集めた魔獣のほとんどが地面に身を沈めている。

 積もり積もった苛立ち。それを吐き出す開放感。
 えも言われぬ快感に、ウィムはゾクゾクと身を震わせた。

「はっはっはぁ! ざまぁ見ろくそどもが!」
「相変わらずウィムは戦闘だと人格変わるっすね」
「まったくだな」

 魔獣達を一通り殲滅した後、一行は再びオワゾへと向かう。

「いやしかし、見事な腕前だな」
「まぁな。くー……コレクターの指導によるがな」

 つい本名を呟きそうになってハッとする。
 森の中に自分達以外の人影など見当たらないが、ここでガブールがクーヤの本名を知り逃げ出そうとするのは遠慮してもらいたい。

 隣を見ればウィムが魔術を使ってクーヤ達に帰ってきた事を伝えていた。

「そうかそうか。そんなお前達を束ねるコレクター殿は、さぞかし強いのだろうな」
「あいつの強さは一言じゃ語れないな」

 クーヤと手合わせして分かった事がある。実際それほど突出して強くはないという事が。
 外見から剣士の体格では無い事はわかっていたが、対峙してみると強者に備わる覇気のようなものが何も伝わって来なかった。ミリィセに勝ったのは事実だったのかと、自分の記憶を疑いたくなる程だ。

 自分でも勝てそうな相手に遅れを取った事は無い。それなりに経験を積んできた自負がイースにはある。何度かイースが勝てそうな場面もあった。慢心していたとか、クーヤが手を抜いているといった様子は感じられない。

 だが結局――。

「あいつは言っていた――」

 一度も勝てなかった。
 それはショルやウィムも同じだ。

「もし俺が強いと感じるのなら、それだけ俺が弱い人間だという事だ。とな」
「よくわからんな」
「俺もだ」

 クーヤの強さはよくわからなかった。

 他愛無い会話をしながら目的地へと向かう。
 川沿いの開かれた場所をひたすら進み、やがて川の横に広く切り開かれた道を見つける。その道を曲がりオワゾへと続く道を進んだ途中に、彼女達は居た。

 視線の先に兎獣人達が集まっている。そしてその付近には紅い服の女性と蒼い服の女性の姿が伺える。その姿にガブールは見覚えがあった。

「な、まさか――お、お前達は……」
「いよう、久しぶり」

 どこかやる気の無い眠そうな目をした青年がガブールの隣に姿を現す。音も無く。気配も無く。そこに居るのが当たり前のような仕草に、ガブールは何が起きたのかと頭の中は疑問符で埋め尽くされた。

「約束しちまったんだよな。仇を目の前にしたら思い出せと」

 青年が何を言っているのかガブールには解らなかった。
 ただ、その目をみて恐怖する。虫でも見るような割り切ったその瞳。目の前の命を切り捨てたその瞳。何の感情も無いその瞳。

「あんたには別の用があるんだ。ご同行願おうか」

 森の中で一陣の風が吹く。
 ざわざわと葉が擦れる音が鳴り止むと、そこは静寂に包まれた。一旦立ち止まった馬が再び歩き出す。

 アリスが人の居なくなった御者席へと乗り込んで馬車を走らせる。
 兎獣人達の姿は無く、4頭の馬はオワゾへと向かって行った。

 森の中から悲鳴が聞こえるような気がした。




 エリーナ達が足を引きずるような重い足取りで新しく出来た自分の家へと帰っていく。
 意気消沈した雰囲気が漂う。それはエリーナと共にオワゾへと続く道の途中で奴隷商人を待っていた者も同じだ。住み慣れてきた長屋の扉を開けて鉛のように重い身体を中に滑り込ませる。

「あ、お母さんお帰り」
「ナナ……」

 自分の娘の姿を見つけ、エリーナは力強く抱きしめた。

「お母さん……どうしたの?」
「ナナ、ナナ……」
「泣いてるの?」
「……クーヤ様って、嘘吐きね」

 そうかも、と頷きながらナナがはにかんだ。母の背中を摩りながら、でも――と言葉を紡ぐ。

「――優しいよ」
「そうね」

 嗚咽が何時までも続く。
 再び娘を抱きしめる事が出来た事に感謝して、自分の中の恨みが晴れたと思う事が出来た事に感謝して、クーヤの優しさに感謝して。
 自分の娘を抱きながら、何時までも嗚咽は続いていた。

「俺達の活躍がついに出たぞ!」
「まぁ、ただの魔獣退治ですけどね」
「俺っち達がちゃんとハーグを抜けられる事を説明したかったらしいっす」
「しかし……戦闘で攻撃魔術を抑えようとするのには苛立ちが募ります」
「昔は全員押せ押せの戦法だったなぁ」
「戦闘は血がたぎるっす。ウィムは変わりすぎっすけどね」
「ですが最近、焦らされる事にゾクゾクしている自分がいます」
「ウィム……お前はもう、手遅れだ」
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