第二十二話 玉鋼作り
第二十二話 玉鋼作り
皆が寝静まった夜更けに、クーヤは沈んでいた意識を覚醒させた。
ボーっとした視線の中、欠伸を一つかみ締める。すっきりとした目覚めではない。眠気が未だに脳内の大部分を占める。霞の如く目の前を覆う睡魔に対して頭を振るい、身体が求める睡眠欲を忘れる事にした。
「あー、ねみぃ」
両隣にはいつも通り二人の寝顔があった。無邪気に眠るラビとアリスに向けて軽く笑みを浮かべ、二人の睡眠を邪魔せぬよう静かに身を起こす。部屋の隅にまとめておいた道具を手に取り、クーヤはログハウスの扉を開け外へと足を進めた。
外へ出ると肌寒い外気が彼を襲う。
身震いをし、息を一つ吐いて高い夜空を見上げる。日を追うごとに気温が下がってくるのを肌で感じた。そろそろ外で作業をするのはきついかもしれない。だが、ログハウスの中で作業するのは彼女達を起こしてしまうだろう。
日中は忙しい作業に追われる毎日だ。休む時は十分に身体を休めて欲しいと彼は思っている。
外気に晒され、夜空の星を眺めていると頭の中に残っていた眠気が掃われていった。再び歩みを進める。
彼が向かう先はつい最近作った窯の前。
川の付近から取ってきた粘土で作ったばかりのものだ。炭作りの作業をラビから他の兎獣人へと託すために、育成が進められている。
持ってきた道具をその場に置き、窯に火を灯した。
前までは月の光だけで作業を行っていたが、流石にここ最近の気温の低さには敵わず、光源と暖房を求めて今は窯の前で行っている。
袋の中から一つの鉱石を取り出した。
その鉱石は魔吸石。ラビの魔力が封じ込まれ、紅く染まった物だ。
魔方陣を地面に描き、紅い魔吸石を地面に置く。反応が無いと、次は詠唱を唱え始めるが、やはり反応が無い。さらに別の方法で試し始めた。
魔吸石が魔素を取り込むのを知ってからこの実験を始めていた。
魔女の家で住んでいた時もやっていた作業である。一時期止めていた作業を最近再び行い始めた。
この日課を始めてからクーヤの睡眠時間はかなり少なくなっている。それでもクーヤは「まぁ、いいか」と考えていた。睡眠時間よりも自分の知識欲を満たす事が先決だ。今は純粋にこの魔吸石の使い方を知りたいだけ。新しい知識を得る、それはクーヤの趣味と言ってもいいものだった。
身体を壊すのは本末転倒というのは分かってはいた。時間を見つけては眠るようにし、倒れないギリギリの睡眠時間でここ数日は過ごしている。たまに日中、立ったまま寝る事もあったが。
魔吸石から魔力を取り出す為の実験を進めていると、村の外からガンガンと硬い物を叩く音が聞こえてくる。
いつも通りの招かれざる客だろう。今日はアリスが結界の担当だったなと思い出し、クーヤは音のする方へと向かい始めた。
オワゾを囲む結界の境目に行くと、薄い水の膜に氷の壁が出来上がっていた。その氷の壁には案の定アリスが張った結界につかまった魔獣の姿があった。アリス用の結界は薄い水の膜を張り、獣が入ろうとするとその水は凍りつき捕らえるという術式となっている。
氷に捕らわれた魔獣は必死に抗おうとするが無駄な事だ。寝る前にアリスが魔力をありったけ注いで作った結界である。その程度で壊れる事は無い。
「うるせぇよ。仲間の安眠妨害だ」
もがく魔獣に対し、何の感情も無くその首を切り落とした。刀を腰に納める頃には、痙攣を繰り返す魔獣がその身体を仰向けにしながら地面に横たえていった。
朝目覚めた時に死体が転がっているのは精神衛生上あまり良くないだろうと、殺した魔獣を森の中へと運んでいく。
死体を放り投げながら、クーヤはその死体を前にある事を考えていた。
「…………そういや、汚染された魔素って本当はどんな物質なんだろうな?」
この前は彼女達に魔素汚染とは毒と説明した。しかし、ただの毒としてでは説明できない事が多すぎる。
新たな知識欲がクーヤの中で湧き出した。事切れた魔獣の近くに寄り、魔獣の内臓をいじくり始める。
今夜から睡眠時間がさらに短くなるだろう。
「相変わらず眠そうね」
「……まぁな」
ラビと言葉を交わしながら親指と人差し指の間に挟んだ鉱石を眺め、クーヤは唇の端を微かに上げた。
手にした鉱石は蒼い色に染まった魔吸石。角度を変えると別の輝きを魅せるその石は見る者を楽しませていた。いじくっていた魔吸石を掌から頭上へ放り投げると、線状の軌跡を描き再び手の中へと帰ってくる。
「どうした? えらく上機嫌じゃないか」
「こいつの使い方が分かったんだ」
端的に事実だけを伝える言葉。
それ以上の説明は特に無く、彼は手の中の魔吸石を転がしながら今にも鼻歌を歌いそうな表情で鉱石を眺め続けた。
魔女の家で行っていた実験の結果と、ここ数日の研究の成果がやっと出た。これから新しく得た知識をどのように活用していくかがクーヤの頭の中を占める。
そんなクーヤの姿にアリスは諦めのため息を吐き出す。だけれども、その顔は微かに笑顔を含んでいた。
クーヤは必要な説明はきちんとしてくれるのを彼女は知っている。魔素を取り込んだ魔吸石の使い方も、その時になれば教えてくれるだろう。今はただ、新しい玩具を得た子供のようにはしゃぐ彼の姿を眺めるだけで嬉しくなる。ラビも同じように説明を求めようとはしなかった。
「さってと、私は焼き所の方で仕事するわ。まだ火加減が上手く出来ないしね」
クーヤが川沿いで集めた粘土は長方形に整えられ、焼入れされている。レンガとして造られたそれは積み上げられ、窯として機能していた。
各々の家には調理兼、暖房用としての囲炉裏が設置されてはいるが、燃料となる炭や、土鍋などの陶器を作る為に窯が使われている。今はまだ火加減の調整にラビが手伝っているが、炭作り、陶器作りを役割とする人材を育てている最中だ。ラビが感じたものとしては、自分が手伝う必要の無い日はそんなに遠くないだろうと思っている。
「畑を世話する者も大体決まってきているしな。私は数人連れて探索に行こうと思うが……クーヤはどうする?」
クーヤは手の中の魔吸石をもう一度宙へ高く投げた。
くるくると回る鉱石は窓から注がれる光によって幾重にも煌めき、光の乱反射は眺める者の心を躍らせる。
「新しい刀を作りたい」
クーヤが今まで使っていた刀はミリィセに贈った。
ミリィセとの戦闘により、耐久性に心配が出てきた為だ。刃こぼれは研磨して無くし、刃に歪みが無いと言ってもその刀身には剣の一撃を耐えた事による金属の疲労が彼には感じられた。
武器として心もとない物を処分するついでに、気にかけてくれたミリィセに対する感謝の印としてクルセに預けて置いたのだ。
日本刀を作成した時、何本か打った物の中で一番出来の良い真打を使い続け、他の物は影打ちとして荷台の中に積んでいた。耐久性に心配の有る真打よりも、まだ影打ちの方が安心出来るというクーヤの判断であった。
「玉鋼を作るか」
手を伸ばし、落ちてきた鉱石を頭上で掴む。
ナナ達が集めた砂鉄も十分な量が集まってきている。そろそろ鉄作りを始めてもいいと思っていた所だ。持ってきた荷物の中にも玉鋼はまだあるが、それでは心もとないと感じた。
何かを作る。これもクーヤにとって趣味の一つだ。
「そうか。睡眠時間が足りてないようだから、無理はするなよ」
「昨日も遅かったみたいだしね」
クーヤの身体が魔吸石を掴み取った体勢のままその場に佇んだ。
その様子に彼女達はクスリと軽く笑う。その場に微笑みを残し、彼女達はそれぞれの仕事を実施するため外へと向かった。
ログハウスから彼女達の姿が消えると、クーヤはギシリと固まった身体を動かし始め人差し指で頬を2,3度掻いた。
「まったく……俺もシモンの事言えないよな」
彼女達に気づかれないように行動していたはずだ。
心情を読む事に長け、相手に気づかれないように行動するクーヤであっても、女性の感というのは時としてその長所を軽々と上回る。
無理をする彼に言及するでもなく、ただ静かにクーヤを見守る彼女達。そんな彼女達に感謝をすればいいのか、女性の感を上回る事が出来なかった自分を責めればいいのか。彼には判断付かなかった。
「ほんと、出来た奴らだよ」
部屋の中で頭を掻きながらため息を吐く。悪戯がばれた子供のような仕草をする彼は将来の不安に苛まれながら、けれどもそれもいいかともう一度だけ嘆息するのだった。
クーヤがログハウスを出てから向かった先は、焼き所と名付けた窯を数個作った場所だ。焼き所はオワゾに張った結界の北西側にあり、村に引いた水路と付かず離れずという場所に設置した。
焼き所には雨よけ用の簡易的な屋根が備え付けられ、屋根の下では兎獣人達が窯の前で炭作りの作業に没頭している。その後ろでは、ラビが兎獣人達の様子を監督していた。その場を訪れたクーヤの姿を見つけた一人が、作業していた手を止めてこちらを振り向いた。
「クーヤ様おはようございま――」
「こら! よそ見しない。また燃えカスにしたいの?」
「はっ、はぃ! すいません」
叱られた者が申し訳無さそうにクーヤの顔色を伺ってくるのに対し、片手を挙げて返答を済ませる。再び作業を始めた兎獣人達の様子を後ろから眺めながらラビに近づいた。
「少し頼みたい事がある」
「なに?」
「此処の作業が終わってからでいいから、炉を作るのを手伝って欲しい」
「鉄作りの炉ね。分かったわ。ちょっと時間かかるかもしれないけど」
「ああ、準備は整えておくからよろしくな」
用件だけ伝え、クーヤは家から持ってきた道具や素材が入った袋を焼き所から少し離れた場所に置く。今日の天気は悪くない。屋根の下で行わなくても、特に支障となる天候にはならないだろう。
製鉄はかなり高温での作業となるため、同じように高熱を扱う窯の近くで作業をしたくないのが彼の本音ではあるが。
袋を置いた場所をたたら炉作成の場所と定め、焼き所の一角に積まれていたレンガを運び始めた。
現在は木炭や陶器を作るための窯場であるが、元よりたたら炉を作るためにあしらえた場所だ。炉を作るための素材は大抵ここにそろっている。持ってきた袋の中には、魔女の家を出る前に集めておいた貝殻粉と、魔術文字を描くための筆記用具だ。
ある程度素材を集めた所で、炉の土台を作るため地面に魔術を使い始める。
「土よ、土よ。我の声に従い形作れ」
クーヤには珍しく詠唱での魔術行使だ。だが実は、それほど珍しい光景でもない。戦闘中に使うには見劣りする詠唱だが、日常使うには使い勝手の良い方法だ。魔術文字を書くという事は、媒介が必要になる。それは黒鉛で物に描いたり、葉巻の火で宙に描いたり、棒切れで地面に描いたり。描くための道具が必要となる。詠唱はそれが不要なのだ。
魔力で文字を描く事も可能ではあるが、余分な魔力を消費し、媒介を用いる場合とでは集中力が段違いにかかる。日頃から使うには彼にとって億劫でしかなかい。
そのような理由から、クーヤは日常で用いる魔術として主に詠唱を鍵としている。勿論、主というだけでまったく使わないという事ではない。
「それじゃ、たたら炉の製作といくか」
築き上げた下段の土台へ、土台の上段となるレンガを敷き詰める。
その上に炉底となるレンガを畳状に敷き、二段目から四段目には炉内となる中央を空洞とした囲いが積み上げられていく。
また、三段目には送風用に陶器で作った筒が差し込まれ、その左右の壁にはノロ出し用の口が開けられた。
五段目以降は今まで横に敷いていたレンガを縦にし、煙突状になるよう積み上げられている。
レンガ積みが一通り終えると、今度は隙間が出来ぬようレンガの間に粘土を塗りつけていく。ノロ出し用の出口も塞ぎ、目につく隙間を全て埋めていった。
隙間を埋める作業の後は、その炉の壁に黒鉛で魔術文字を描いていく。魔術の種類は「耐久強化」。送風用の筒にも魔方陣を書き込み、ふいごの代わりにクーヤは風系統の魔術を行使するものとした。
全ての作業が終わると、一歩離れてその全容を眺める。
「よし、とりあえずここまでか」
高さは約1メートル。幅や奥行きも1メートル未満と、小柄なたたら炉が完成した。
「たたら」というのは、本来の意味では「ふいご」の事を指すが、日本の製鉄方法を示す言葉でもある。
鞴は金属の加工時などで高温が必要となる場合に、空気を送り出し火力を促進するための器具だ。たたら場で足踏み式の踏鞴を数人がかりで交互に踏み込む姿をどこかで見た事があるだろう。だがあれは、商業目的として大量の鉄を作り出すために使われる場合だ。
少量の鉄を作る時にはこの程度の小さい炉でも十分製鉄できる。
「こっちの作業は終わったわよ~、って! もう出来てるじゃない!?」
組みあがった炉に対し満足そうに一つ頷くと、ラビの驚いた声が後ろから聞こえてくる。
「いや、これはまだ完成していない」
「そうなの? それにしても……ちっちゃいわね」
「鉄を作るには十分だ」
「ふぅ~ん。で、私は何をすればいいの?」
「炉を乾燥させるのと、炉内の温度を上げたい。ラビの魔術でやってくれ」
本来は炉内に木炭を敷き詰め、数時間かけて炉を乾燥させ、内部の温度をあげる。その時間を惜しんだクーヤは、その作業をラビの力に任せる事にした。
炉の壁に描いた魔方陣に魔力を注いでおく事も伝えておく。
「ん、おっけー。それが終わったら――」
「ああ、鉄作りを始める」
二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
昼時を過ぎる頃には、焼き所は大勢の村民が集まる場所となっていた。
ラビが監督を終えた段階で、炭作りは火加減を見る者が一人付けば問題無い状態となっている。
窯の前で待機する者を除き、手の開いた者達がオワゾに居る全ての村人に報せに行ったのだ。大人から子供まで焼き所へ訪れた者全員が製鉄という行事を興味深そうに見つめている。兎獣人達には製鉄という技術は無かった。
亜人という種族により、物流など期待出来るものではない。
元より森の恵みにより生きてきた種族だ。生活に使う道具のほぼ全てが木を加工して作ったものばかりだ。森を徘徊していると、稀に息絶えた冒険者が所有していた剣や調理器具を得る事もあったが、数少ない物だった。
鉄は便利な物だと分かっていたが、鉄を作る為の知識や技術が乏しかった為にそれを作る方法を知らないまま今日に至る。
磁石で集めた砂のような物から鉄が出来上がるなど、彼等にとって信じられないものだった。
「木炭の量が減って来たわよ」
「そうか」
午前中の仕事を終えた野次馬がたたら炉を囲う。その中心には、クーヤとラビが炉の前で製鉄を進めていた。
村人の期待に囲まれているが、クーヤの目にはたたら炉とラビしか見えていない。
滴り落ちる汗を拭う事もせず、ただただ真剣に送風口から魔術で風を送り炉内の火加減の調節を試みる。ラビに炉内を高温に保つために手伝ってもらってはいるが、微妙なさじ加減はクーヤ自らが行っていた。
「ラビ、次の砂鉄と木炭を」
「わかったわ」
煙突状の炉の上か木炭を投入し、貝殻粉を混ぜた砂鉄が炉内に足される。貝殻粉(炭酸カルシウム)を砂鉄の中に混ぜると砂鉄中の不純物を分離させるのを促進させる効果があるためだ。
小分けした砂鉄を入れ、木炭とラビの魔術による高温を保つ作業は続けられる。炉の中で行われる作業は、砂鉄に含まれる酸素を奪う行為だ。
鉄は酸化しやすい金属である。
鉄という金属は酸化した鉄……解り易くいえば錆の状態で世界に出回っている。砂鉄もその酸化鉄の一部だ。この錆びている鉄から酸素を還元――酸素を奪う事で鉄としての純度を上げていく。
炭を作る作業でも同じような事が行われている。炭では生木を空気が入らないように蒸し焼きにし、生木内の酸素や水蒸気を奪い続け炭素の塊となったものが炭となるのだ。
「また木炭の量が減って来たわ」
「よし、木炭と砂鉄を入れてくれ」
何度目かの行為が繰り返される。
炉の上部から手を広げた横幅の分だけ木炭が下がった時点で、貝殻粉を混ぜた砂鉄を入れ、その後すぐに木炭が炉の天辺まで投入された。
木炭が継ぎ足されたのを確認すると、クーヤは炉の中に木炭が常に充填されるように炉の四隅を棒で突き始める。そしてまた、炉の温度の調整へと戻っていった。
10センチほど木炭が下がれば、すかさず砂鉄と木炭が継ぎ足されていく。
砂鉄と木炭の投入が数十回と繰り返される。
やがてナナ達が集めた砂鉄は全て炉内に注がれて無くなった。
「砂鉄は全部投入したわよ」
「よし……火力の調整はこちらでやっておく。ラビは水を汲んでおいてくれ。出来るだけ大きな容器でな」
「了解!」
ピッと敬礼を済まし、言われた通りに大きな陶器製の籠に水を汲む行動へととりかかった。周りで見ていた者達もラビを手伝う為に動き始める。
ラビが行動を始めると、クーヤも新たな作業へを開始した。
ノロ出し用の口を破壊し、鉄の棒で炉内のノロを掻き出す。掻き出し始めると、炉の中からどろりとした赤色に発光した液体が外側へとあふれ出した。
ノロとは砂鉄に含まれた不純物の事を指す。鉱滓、スラグなどなどと呼ばれる炉で溶錬した際に生じる非金属性の不純物だ。この不純物は製鉄の過程で鉄よりも先に溶けて流れ出す。たたら炉での製鉄では、この溶けた「ノロ」を掻き出すのが重要な仕事となるのだ。
十分にノロを掻き出した後、クーヤは送風用の筒に書かれた魔方陣に魔力を注ぐ。それに続き木炭のみを下がった分だけ投入し続けた。
数回繰り返すと木炭の投入を止め、炉内の木炭がその量を半分に減るまで待ち続ける。やがて、木炭が炉の半分まで落ちるのを確認すると、筒に描いた魔方陣を傷つけ、送風を停止した。
「……終わった?」
いつの間にかクーヤの隣では水を汲み終わったラビが佇んでいる。
その姿を確認した後、神妙に頷き最後の作業へと取り掛かった。
「炉を壊すぞ」
午前中に積み上げられた炉が解体されていく。
折角作ったレンガが壊されるのを惜しいと感じている村人もいるが、破壊しない限り鉄を取り出す事が出来ない。ハンマー等で積み上げたレンガが壊されていき、炉底に溜まった鉄が姿を現した。
「これが――」
いまだ赤熱とした塊を目の前にし、周りの野次馬が息を飲む。この赤白の塊の中に鉄はあるのだろうかと、期待を胸にその光源を見つめながら心臓の音を高鳴らせていた。
その反応にクーヤは気づかず、そそくさと二本の棒でその塊を掴みあげた。塊の周囲に積もっていた炭の残骸が、ザラザラと零れ落ちる。すかさず掴んだ塊を汲んだ水の中へと投入した。水の中から水蒸気が立ち上り、熱された鉄の塊は急速に冷やされていく。
立ち上る水蒸気が落ち着いた後、すぐさま冷却された塊を水の中から取り出し、金槌で塊を叩き続ける。
この塊は「ケラ」と呼ばれる鉄の塊だ。
このケラにはまだノロという不純物に覆われているため、ハンマーで叩きながらノロをそぎ落とす。
やがてクーヤは叩くのを止め、その塊を持ち上げた。
「できた……」
このケラ(鉄)をさらに分別し玉鋼を探し出す。
玉鋼は炭素量1~1.5%の鋼で、最も日本刀に適する鉄となる。それ以外の鉄は包丁や農具などの材料として使われる予定だ。
しかし今はそんな事はどうでもよかった。
出来上がった鉄はゴツゴツと無骨でありながら、その輝きは金属を思わせる光沢を放っていた。
鉄を作り出した。
満足な製鉄所でもない。
十分な道具もそろっていない。
それでも鉄は作る事が出来た。
「鉄の……完成だ」
クーヤの一言に、焼き所に集う村人達は歓声で彼を称えた。
「再開したわね!」
「一時はどうなるものかと思ったがな」
「著者から一つ、今回思った事を伝えよう」
「なんだ?」
「あまり時間を置くと、今までの流れを忘れそうで怖いと言っていた」
「……記憶力が鳥頭だから仕方がないわね」
「続けていくしかないな」
「そうだな」