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クニトリ物語 作者:マサル
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第十七話 兎の願いと天邪鬼


第十七話 兎の願いと天邪鬼


「で?どうすんの」
「さて、どうしたものか……」

 耳を掴んだまま一向に起きる気配が無い亜人をどうするかと散々迷い、結局背負って連れ帰る事にした。亜人は敷いた布団に横たえており、まだまだ起きそうにない。

「どうするかも決めずにつれて来たのか?犬や猫じゃないんだぞ」
「とは言うが、ガキ一人あんな所に置いてたらすぐに魔獣の餌になるぞ」
「それはそうだが……」
「面倒くさいの嫌いじゃ無いっけ?」
「なるべく避けたいがな」

 アリスが布団で眠る亜人の様子を伺った。

 亜人とは体の一部に獣の特徴がある人型の総称。
 目の前に居る亜人は頭部が兎っぽく、体は人であった。

 頭上に生えた2本の長い耳、頬に左右それぞれ3本づつ長い髭があり、顔は人のような獣のようなどちらとも言えない混合した顔立ち。亜人を初めて見るアリスにとって、この子年齢はよく分からないが幼いように感じた。
 クーヤが子供だと決め付けたように、掛け布団に隠された体も小さい。おおよそ1メートル前後。その体の至る所に負った傷はクーヤによって治療されている。

 人と亜人は仲が悪い。いや、人が一方的に嫌っているというのが正しいだろう。このように怪我をした亜人を介抱する事自体珍しい事だ。

「まぁ、クーヤらしいと言えば、クーヤらしいな」
「よね」

 自分達がそうであったように。
 出会った頃を思い返し、昔の光景に懐かしみながら微笑んだ。

「聞きたい事も思い浮かんだが……詳しい事情はこいつが起きてからだ。俺達も今日は寝るとしよう」

 クーヤの布団は亜人が使っているので、二つの布団を並べて三人まとまって寝る事にした。少しだけ亜人に感謝する彼女達であった。




 闇も白々と明けてきた早朝、クーヤは奇妙な物音によって目を覚ました。
 ごそごそと囲炉裏の近くで何かがうごめく。横になったまま両隣を確認するが、ラビもアリスも寝入ったままだ。自分の布団を見るとそこに亜人の姿が無い。クーヤは静かに身体を起こして物音の場所へと近づいた。

「……何してんだ?」
「ひっ」

 聴覚の優れた兎型の亜人にも聞き取れないよう静かに移動していた。物音を立てた瞬間、その場から逃げてしまうかもと考えたからだ。

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 声をかけた亜人は恐怖に囚われたのか、足が震えてその場に座り込んだまま謝罪を繰り返し始める。

「いや、別に怒ってはいないが」
「こ、殺さないで」

 その一言で、この子がどのように過ごしてきたかわかったような気がした。
 クーヤとしてはどうするつもりもないのだが、相手にとって人間は恐ろしいものだと感じているのだろう。その恐怖を取り除かなくては話しが進まない。

 今は恐怖に震え、目の焦点が合っていない。緊張に襲われ、パニックになっている。今言葉をかけても相手が混乱するだけだろうと思い、中指と親指を合わせて亜人の目の前に突き出す。

 パチンッ。

 目前で指が鳴らされ亜人がビクンと体を強張らせ、真っ白になっていた視界に段々と色が付き始めた。
 すかさず人差し指を亜人の目と鼻の先にびしりと突きつける。亜人はぎょっとしながら突きつけられた指先を見続けた。

 どのくらいそうしていただろう。一分か数十秒か、それくらい短い時間。たったそれだけの時間で亜人は落ち着きを取り戻した。

 思考の焦点が拡散し、混乱した人に対して有効な方法。驚愕法と呼ばれる催眠誘導の一種をクーヤは行った。
 混乱した人に対して身体を揺すったり、大きな声をあげるだけではその人はますます混乱してしまう。クーヤが使った方法は、まず驚かせて目の前のものに意識を集中させる。ただそれだけ、誰にでも出来るものだ。

「おはよう、俺の名はクーヤ。お前の名は?」

 気持ちが落ち着いたのを見計らって、亜人に話しかける。聞きたい事は色々あるが、とりあえずは自己紹介から始めた。

「えっ、あう。わた、わたしは……」

 そして口を噤んだ。
 まだ少し混乱しているかと感じ、目の前に突きつけた手を亜人の頭に乗せて撫で始めた。白い毛並みが中々に心地よい。

「誰も急かしはしない。ゆっくりでいい。お前の名はなんて言う?」
「わ、たしは……ナナと、言います」
「そうか……ナナはいくつになる?」
「きゅ、九歳になりま、した」
「ナナの家族や仲間はいるのか?」
「は、い。結構居ます。何人かは……ご、ごめんなさい。わからない、です」
「そうか。まだ子供なのに受け答えがしっかりしてるな、偉いぞ」
「え、う……はい」

 頭を撫でるがびくりびくりと警戒した様子が伺える。
 とりあえず少しではあるが情報は手に入れた。子供の、特に亜人の性別はわかりにくかったが、ナナというからには女の子だろう。結構という曖昧な表現だが、同じ種族も居る事がわかった。それが十数人か何十人かはわからないが。

 ある程度受け答えが出来るなと思い、彼女にとって一番答え難い質問を投げかけた。

「それで、ナナは何をしていたんだ?」

 ビクッと身体を強張らせ、一度だけ顔を上げクーヤの顔色を伺った。そしてすぐさま頭を下げ、謝罪の限りを尽くし始める。

「ごめんなさい!ごめんなさい!あの、お腹が空いて、だから……その、ごめんなさい!」
「なんだ、腹が減ってるのか。ラビ、アリス起きてるだろ。ちょっと早いが朝食にしよう」
「はい、はーい」

 先程から全力で謝るナナの声にラビとアリスも目を覚ましていた。亜人一人に三人が囲むとなるとまた不要な混乱を招く、そう考え寝たふりをしていたのだろう。布団の中から元気の良い声が聞こえ、掛け布団を捲り上げてからテキパキと朝食の支度を始める。

「えっ、あの……」
「ジャガイモを使った料理にするつもりだが、リクエストあるか?」
「ジャガイモとチーズのおやき」
「チーズ、チーズっと……ぎゃー、固くなってる!クーヤ、柔らかくする方法知らない?」
「ウィスキーあったろ?固くなってる表面に塗っとけ」
「あーい」
「さて、ナナ」
「は、はい!」
「朝食もすぐ出来上がると思うが、その前に身体を流してきたらいい。こんな事言うのもなんだが、ちょっと臭うぞ」
「あ、う……ごめんなさい」

 顔を真っ赤にしたようだが、その顔は汚れていてよく分からない。ただ、俯いた事で恥ずかしいという事は伝わってきた。

「女の子にそんな事言うなんてサイテー」
「デリカシーの無い男は嫌われるぞ」
「悪かったな……」

 クーヤとしては自分達が不快だからという理由が無いと、恐縮して入ろうとしないだろうとの考えだったが、ラビとアリスには大変不評だった。

「ラビ昨日の湯はまだ残ってるよな?もう一度暖めて、ついでに風呂の使い方も教えてやれ」
「はいよー。さ、ナナだっけ?とりあえずこっち来て」
「あ……は、はい」
「ほんじゃ、俺は料理手伝うかね」

 腰を上げたクーヤは柔らかくなったチーズを刻む作業へと取り掛かった。



 ナナが湯浴みという初めての体験をおっかなびっくり済ませた頃には、クーヤ達は囲炉裏の前でおやきを焼いていた。炭の上に五徳によって支えられた鉄板が敷かれており、その上でジャガイモとチーズの焼ける香ばしい臭いが部屋に漂った。

 焼きあがったおやきが当たり前のようにナナに手渡されると、信じられないといった表情でクーヤの方へ顔を向けた。遠慮するな、とクーヤが声をかけた後、ナナは三角形に切り取られた端っこに口をつけ始める。

「美味しい……」

 そしてボロボロと涙を零し始めた。

「お母さんにも、食べさせてあげたい……」

 泣きじゃくるナナに声はかけず、クーヤは黙々と食事を続けた。ラビとアリスも特に声はかけないまま、初めてクーヤにサンドイッチを貰った時はこんな感じだったなと少し昔を懐かしんだ。

 涙でおやきを濡らしながら、嗚咽に震える口を懸命に開けて本当に久々の食事を喜んでいた。




 食事を終えた後、自分に危害を加える様子が無いと理解したのか、森の中で倒れていた経緯を説明してくれた。

 ナナの種族は森の出口付近に細々と暮らしていたが、人の手によりその日常が壊された。単なる戯れとして狩りの対象として扱われた場合や、奴隷商人の商品として連れ去られたりし、徐々に数を減らしていったらしい。
 特に抵抗を試みた成人以上の男性の数が激減したようだ。残った者達は森の奥へと逃げるように移動したのだと言う。

 自分達の種族はナナが倒れていた場所から森の奥へ進んだ先にある洞窟で、身を寄せ合って住んでいるという事。

 人間の脅威からは脱したが、次は魔獣の餌としての日常が訪れたという事。

 母親達は子供を守ろうと必死に魔獣に抗うが、一人、また一人と傷つき倒れていった事。

 傷ついた仲間のために一人薬草を探して森に行き、魔獣に追われた事。

 逃げ惑い、魔獣を振り切って安堵していたらいつの間にか此処に居た事。


 ナナは自分の記憶にある事柄を素直に話した。ラビとアリスはナナに悲しそうな顔を向け、クーヤはただ無表情でその話を聞いていた。

 全てを話し終えた後、ラビとアリスはクーヤに顔を向けるが、彼の口からは特にこれと言った感想はない。

「クーヤなんとかならない?」
「ならねぇな。事情はよくわかったが、動く理由には満たない。俺達は他人に同情出来るほどの余裕もない」
「だが……クーヤは私達を――」

 助けてくれた。
 アリスはその言葉を口に出さず飲み込んだ。ナナ達の状況は痛いほど理解出来る。なにせクーヤが現れなければ、自分達がそうなっていたから。
 だが、自分達の状況も理解している。特にクーヤに関しては、あの時と今では状況が違いすぎる。それでもなお、ナナ達を助けたいと思っていた。

「お願いします。薬草を分けて下さい。お、お礼は……今は出来ないですが、必ず、必ずしますから!」
「お礼って、住処に帰れば何かあるのか?」
「えっ……あ、う。…………無い、です」
「そうか」
「――あ、あの!わ、私が奴隷に……奴隷になりますから。どうか、薬草を……お願いします!」

 ナナの必死の懇願。仲間を助けるために自らが犠牲になる事も厭わないというその思い。悲壮と言える覚悟が伝わってくる。

「……ガキが身を売る時代……か」

 そう呟いたクーヤが次に言った台詞は、了解でもなく、拒否でもなく、まったく別の話題だった。

「なぁ、ナナ。さっきの食事旨かったか?」
「え?あ、う……えっ、は、はい。とても美味しかった、です」
「俺としては塩味が足りなくて味気なかったな。普段何食べてるんだ?」
「え、あ、えっと。木の実や果物とか食べて、ます」

 あまり森の中を出回れない為、獲ってこれる量は少ないけれど、と付け足した。その言葉を聞いてクーヤはふむ、と頷いた後この前保留にした木の実や果実をナナの目の前に差し出した。

「この中の物ならどれが食える?」

 ナナは一体何の話をしているのかよくわからない、と混乱するがクーヤに質問された事を律儀に答えていく。

「えっと、これと……これ、後はこれを食べてます。他のは食べられません」

 数種類ある木の実や果実の中から、三つの物を指し示した。前回食した二つは食べられない物として除外されている。クーヤはそうかと呟いた後、おもむろにそれらを口に含んだ。ラビとアリスが驚愕の表情をクーヤに向ける。

「ちょ、ちょっと。クーヤ!」
「ふむ……これとこれは結構いけるな。あとこのミカンみたいな物は変わった味がする。俺はあんまり好みじゃないな」
「おい……大丈夫なのか?」
「さてね。即効性は無いようだが、遅効性の毒はあるかもしれない。まぁそれも後々わかるさ」

 試食を終え、クーヤはナナに顔を向き直しながらさらに会話を続けた。言葉を口にしながら、どうすれば自分達に利益が出るのかを考える。
 出来ればナナのような子供ではなく、大人から情報を仕入れたい。

「確かに俺達としては人手が欲しいが、子供がやれる事は限りがある。子供の奴隷を俺達は必要としていない」
「あ、う。頑張ります、から」
「奴隷としては必要無いが、俺達も食料に困っていてな。お前の知識は頼りになるかもしれない」
「じゃ、じゃあ!」
「だが薬草も何でも治る万能の薬じゃない。精々傷の回復を助ける程度だ。身を売るのは釣り合わないと思うぞ」
「そ、それでも……助かる仲間が居る……なら」
「そして最後に、ナナが此処に戻ってくる保障は無い」

 うっ、とナナは言葉を詰まらせた。

 ナナの性格からして約束を反故にする様子は無さそうだが、他の仲間が反対する事は確実だろう。
 そして何より、此処から魔獣が徘徊する森の中を往復しなくてはならない。ナナが生きて戻ってくる保障など、誰にも証明することなど出来はしない。

「保障が無い、だから着いていく事にする」
「えっ?」

 クーヤが言葉を発した途端、ラビは目の前に掲げた拳を握り締め、アリスは腕を組みながらしきりに頷いていた。二人とも笑顔である。

「ラビ、アリス、今日の探索は中止だ。亜人の住処へ向かう。出かける準備をしろ」
「いよっし!了解!」
「戻ってくるのに2,3日かかるかもしれない。供えとして結界を二重に張っておこう。ラビは外側を、アリスは内側だ。結界の張り方は忘れてないな?」
「うん、大丈夫だ。結界の魔術文字はちゃんと覚えているぞ」

 本来は一日様子を見て安全に食べられる物か判断したい所だが。ナナの方は状況が切迫している為、後払いという事で手を打つ事とした。

「えっ?あ、あの……いいんですか?」
「いいも何も、こちらの都合だ」
「で、でも……」
「……というか、ナナは此処からの帰り方わからねぇだろ」
「――あ!」

 その指摘にナナは声をあげた。
 此処からどの方角へ行くかも分からない。方角を聞いても森の中を何処に目指して進めばいいかも分からない。気を失っていたから無理もないが。

「というわけで、お前の住処へ向かう。道中魔物に襲われる危険性もあるから薬草以外の治療道具も持っていくとするか」

 そう言い残してクーヤは準備を始めた。
 治療用の道具と薬草をまとめて袋に詰め、色違いの布を細長く切り分けていく。
 ラビとアリスは既に部屋を出て結界を張る作業へと向かっていた。

「あの……ありがとう、ございま、す」

 嗚咽で途切れる声を必死に絞り出し、クーヤに礼を述べる。涙を堪える懸命なその姿に対してクーヤは、「礼を言う必要は無い、これは契約だ」とそっけない態度で返した。




「ニヤニヤ」
「ニヤニヤ」
「……なんだ?気持ち悪い」
「素直じゃないな。助けたいならそう言えばいいのに」
「同情で行動はしねぇよ。一文の得にもならん」
「うんうん、クーヤらしいわね」
「そういう所、可愛いと思うな」
「うるせぇよ」

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