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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
1.薔薇色の火のScherzo
3/30

佐緒里さん。

 そろそろ日が暮れようとしている。

 引っ越して初めての夕日。私の家族も遠くで同じ夕日を眺めているのだろうか、と思ってみたりしてちょっぴりセンチメントになってしまう。浸ってしまう。しかし、感傷よりも感慨深い事の方が上回る。

 ついに一人暮らしが始まる。共同スペースの多いアパートだけれど。

 先ほど私が話をした伊儀佐緒里さんは、言うなれば隣人だ。なぜならば、隣の部屋に棲んでいる人だからだ。単純な話。聞くところによると、例えば塾の講師などをやりながら普段はふらふらしているらしい。

 例えば、だの、ふらふらだのと、なんだか怪しい響きがあるが、フリーター、と言うわけでもなさそうな、あの掴み所の無い雰囲気は、ある意味で僕に日本の教師像みたいなものを想起させた。妙なイメージもあるものである。しかしそこに〈非常勤〉と接頭語がつく事で、どことなくイレギュラーな物を感じてしまうのは私だけではないはずなのだ。

 その独特の雰囲気、と威圧感に似た何かを彼女の言葉に感じ、結局言いくるめられて、私は彼女に〈ロゼッタちゃん〉と呼ばれる事になってしまった。

 あぁ、恥ずかしいような、何と言えばいいのだろう、年上の女の人にそう呼ばれるのは、なんだかこそばゆい。しかも先生と呼ばれる類の職業に属しているはずの女性から。

 しかし、この事は――警戒を怠るな、という自分への戒めにもつながるのだ。高校入学初日からクラスメイトにまさか女の子と思われては、幸先が良いとは決して言えないのではないか。今までは何も問題なかったとはいえ、最近は髪も伸びて来たし、そろそろ思い切って斬ってしまった方がいいかもしれない……

 ――と、そんな事を考えていると。

 こんこん、と部屋の玄関扉を軽く叩く音がしたので、返事をしてからそっと開けてみる。 

「やほー、ロゼッタちゃん」

 まあ、他に知り合いがいない今、私を呼ぶのは彼女だけである。そこにはニコニコ笑顔の佐緒里さんが立っていた。殺気と違うのは、裏起毛のジャケットを羽織っている事だ。

「私ね、そろそろ外の方に出かけるのだけど、――何か買ってきてほしいものとかあるかしら。せっかく知り合ったんですし、今晩は一緒に何か食べたり飲んだりしましょう。あのね、これって余計なお世話かもしれないけれど、御近所関係を取り持つのも、簡単にいえば私の仕事ってところなの。もっと簡単に言うとお役目ね。もちろんあなたの同意あってのものよ。どうかしら」

 正直な所、少し私は面食らってしまった。実に小気味いい調子で一気に喋った佐緒里さん、黙って聞いている私。そう、彼女の言葉を反芻してみる。ああ、質問されたのだ。まずは、それに答えなければ。

「ご近所関係、ですか。もちろんかまいませんよ、ありがとうございます。けど、つまり、他にも何方か、いらっしゃるんでしょうか」

「いますよー、君より一つ上の先輩とかー」

「せ、先輩……」

「えぇ、先輩よ。確かあなたが通う学校と、同じ名前の所だったと思うわ、咲矢間でしょう。だから新入生のロゼッタちゃんにとっては先輩って事になるんじゃないかしら。仲良くしてあげてくださいね。あと、二人いますから、そのつもりで」

「はい、でもなんか佐緒里さんがいると心強いです」

 仲良くしてあげて、とは普通年上の先輩たちに向けるべき言葉のように思えるのだけど、それはそれとして、私は素直に思った事を口にした。私が通う学校の先生と言う訳ではないけれど、彼女も先生には違いない。だから同様に、私の先輩になるであろう二人がどんな人物であれ、私には何の心配もなかった。この時点では。

 一人でも大丈夫。私はそう決心したが、それはすべてを一人で背負うと言う意味ではない。

 ……それは、自立すると言う事だ。自分の家を離れた生活。それにはご近所付き合いが欠かせない。だからここに住もうと思ったんじゃないか、私は。

 それでいいのである。素敵じゃないか。

「で、何か食べたいものはあるかしら、私としては新入りさんの好みに合わせてセッティングするべきかな、とか思ってて、でもあなたがなんでも食べられますって事なら、彼の好みに合わせてご機嫌とるって方法もあるの。つまりは両方出せればベストってことね。でも、実際には私が作れる範囲でって言う前提があります。なかなか思い通りにはならないものですよ」

 何と言うか、そうだな。

 意外とよくしゃべる人なんだな。まさか、もしかしてだけど、お酒でも入っているのだろうか。先ほど会った時の抑揚のある喋り方と、どうもかけ離れているというか、――いや、もっともな話、まだ知りあって間もない人物について的確に考察できる立場にはない。これも彼女の一面なのだ。そう考えておく事にしよう。

 とは言え、やはり掴み所の無い人物であることに訂正の余地はない気がする。……張り切っているからか、お祭り事とかイベントが好きなのかもしれない。

 だったら。

「ここは無難に、鍋パーティでいいんじゃないですか」

 なんて具合に、私は良い感じに盛り上がれそうな献立を提示するまでだ。春先とはいえまだ冬と言っていい時候だ。いや、鍋に季節は関係ないはず。


 ――この提案は我ながらにホットではないか、と、内心うきうきしているロゼッタなのであった。だって、何か好きな物を言ってくれと言われたのだから。


 ――そして、鍋を前にして若き闘志がぶつかりあう。乞うご期待。まま、そんな事は無いですけれどもね。


 ――椿雪荘の部屋は全部で八つであるが、共同スペースがまだある。一階の風呂場とか、脱衣所とか、その辺りである。洗濯機はドラム式が三つ並んで置いてあるので、どんな時間でも安心である。そして、庭を眺めたロゼッタが見落としたものが……一つ。


 ――――庭の敷地内にある一軒家である。

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