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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
2.酒気帯兎のdistance
12/30

真昼の女子会。

 知らぬ間に四月になっていた。

 住人である学生たちは昼間は姿を見せない。平日暇な人間にとってはこの時間感覚のズレと言うのは、何とも言えない。通学時間とか学生に戻らなければもう味わう事もないだろうと言う感慨にふけっているところであるが、しかしどうだろう。

「佐緒里ぃ」

「なあに、長谷堂ちゃん」

「佐緒里はぁ、かわいいなぁ。彼氏とかいるのかぁ」

 別に酔っているわけじゃないが、昼間から佐緒里の部屋でチューハイ飲みながら何の気なしに、トーク番組を見てる。ああ、今はこんな俳優がいるのか。なかなかかっこいいんじゃあないの。

『本当はお笑い芸人になりたかったんですよ』

『じゃあいまからなっちゃえば?』

『なっちゃいますか?』

 ドッ、と笑い声。

『いやでも、私なんかで笑いが取れますかね、ここはもう諦めが肝心と言う所じゃないですか、こうして今の私が有るのは、そのためでもあるじゃないですか』

『いつ頃からこっちの世界(俳優)を目指そうと思ったの』 

『聞いちゃいますか、やっぱりですよね、聞きたいですかねお客さん』

 聞きたーい、とお客がそろえて黄色い声でお返事。軍隊の敬礼染みてて愉快だ。そこ、声小さいぞ。なんてな。

『聞かせてもらおうじゃないですか』

『文化祭でね、高校の、あ、やっぱり恥ずかしいの、話すのちょか、恥ずかしいですね』

『今ちょっと噛んだよね』

『いやははは、すいません。でもね、そこ大事なんですよ、今これ生放送だからそうですけど、漫才ってライブじゃないですか、だからその、高校の文化祭で漫才というか、コントというか、ネタをやって失敗したんです。その時、ああ、これだめかもしれないって思って。でも俳優なら大丈夫かと思ったってわけでもないんです。そっちだって舞台とかありますからね。でも、ここは笑いをとるよりも、もっと自分に合ったもの、何て言うか、近い気がしたんですよね』

「佐緒里ぃ」

「なあに、長谷堂ちゃん」

「膝枕してよ」

「酔ってないでしょ、駄目よ」

「ちぇ。それよりこの俳優さ、見るからに二枚目じゃん、三枚目の芸人で売ってくにはルックスが良すぎて面白くないって言う話をしたいんだよね、言葉選んでるけど」

「ああ、それもあるかもしれないけれど、でもハンサムな芸人さんもそれなりにいるじゃない。緊張すると噛む癖が有るのを何とか直したって今言ってるし」

「俳優で成功してんだから良いじゃんね。でも意外とバラエティー向きかもしれないな」

「私は、俳優さんや女優さんがバラエティーに出てるとちょっと複雑かな。なんて言うか、その人たちの意外な素顔とかそういうものには興味ないんだ、役でその人を評価したいんだよね」

「堅実派だね。ストイックに作品の登場人物としての俳優に向き合ってるんだ」

「そういうんでもないけどね。こだわってる訳じゃなくて、クイズ番組とかに出てるのを見るとちょっとがっかりする時が有って。まあそれが魅力になる時もあるけど。ケースバイケースね」

「それはあるかもなあ。役者だけで食ってくの難しいのかなバラエティ出るのって」

「折角の誘いだから出演断る訳にもいかなかったり色々あるんじゃないかな」

『コント番組のレギュラーなんかどうかな、この局でもやってるし』

『マジですか、それはおもしろそうですね、一度ゲストかなんかで呼んでもらって、それから判断してもらうみたいな形でお願いできませんかね、プロデューサーさーーん!』

 再び、会場がドッと沸き立つ。ああ、この人、主演した映画の宣伝ポスターに描き出されている表情と違って、すっごい無邪気な感性の持ち主なんだろう。はしゃいでいても、粗さが無い。なかなか面白い人じゃないか。

「佐緒里、塾の先生やってるんだっけ」

「うん、授業一つ二つ持ってるってだけだけど、自由で良いよ」

「それでちょっと聞きたいんだけど、あたし今から来年に大学入るために勉強しても、何とかなると思う?」

「長谷堂ちゃんが、大学に入る……?」

「や、別に今、そこまで余裕あるとかじゃないけどさ、実際こうして毎日を送ってると、なんか面白みが無いって言うか」

「長谷堂ちゃん、翻訳の仕事してたんだっけ」

「それねえ、たまに向こうで出たちょっとした本のね。つーてもたまにしか出ないし、そこまでそっちで売り出してないし、収入としてはそれなりだよね」

「じゃあ、勉強するなら何になるのかな」

「いや、一応向こうの大学は出てる扱いなんだけど、実際勉強してたのなんて十年くらい前だけだから、この国の受験対策勉強って何をしたらいいのかさっぱりわからないんだよねぇ」

「うちは、予備校だけど、通ってみる?」

「……うーん。佐緒里、予備校生って学生なのかな?」

「ちょっと違うかも……」

「じゃあ専門学校でも行こうかなぁ」

「あはは、長谷堂ちゃんって、なんか人生なめてるよね」

「あたしが舐めたのは辛酸ってね。そう言う話なら、佐緒里ほどじゃないと思うよ」

「私は、受験生の相手をしてるから、将来に希望持ってる学生たちと触れ合う時間がたくさんあるんだもん、自分の事は大した問題じゃないってかんじ」

「触れ合うか、意味深だな、それで若いの何人喰ったんだよ」

「……長谷堂ちゃん」

「――ごめん、佐緒里はそういう女じゃあないよな」

「そうじゃないわ、私が好きなのは女の子だから、喰ったとは言わないわ。摘んだと言うのよ」

「あれ、おかしいな、何か恐い話聞いたような。あたしの聞き間違いかな?」

『でも俳優やりながら大学とかやってる人凄いですよね。今からそう言う事してみようかな』

『いつやるの?』

『今でしょ、てね。考えてみようかなぁ』

『それじゃあCMです~』

「――違うんだよ、あたしにとっての今は、この今じゃないんだな」

「でも、改めて大学っていうのも楽しいかもね。長谷堂ちゃんなら大丈夫だと思う。フランス文学とかドイツ文学とか、やってみたらどうかな。結構いい所行くんじゃないかな」

「え、医学部は無理かな」

「やっぱり舐めてるよね」


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