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群青の燭影  作者: 狐塚仰麗(引退)
2.酒気帯兎のdistance
10/30

舞ちゃん。

 数時間後、だろうか――

 あ、朝だ。朝だよ、鳥が外の庭で鳴いてるもんな。

 どうやら寝てしまったようだ。ぐっすり寝たらしい、思ったより眠れたらしい、あっさりと。佐緒里の部屋まで行って、戻って来た後、そのまま布団にもぐったら眠ってしまった。夜中にふっと眼が覚めて、トイレに行きたくなるあれだ。

 ……年寄りかよ。

 バイトが無いはずの、今日見た今日の日付である事を間違いなく確認。デジタル時計の表示は二十三日の朝九時ちょっと前。もう少し寝てても平気そうだが、それをやると起きて行動するための気力を睡眠に費やすことになり結局何もせずに一日終わる。それは避けなければならない。


 さて、102号室が舞阪柳刀、飛んで104号室があたし、二階は佐緒里が204、そんでツグは201、202号室の奴には会った事が無い。空いてるとしたら203号室か隣の103号室ってことになる。でも人の気配が隣には無い。だから新しく入ってきたのは上だって事になる。

 ――挨拶に行くか。


 ジャージで行くのも何だかまずいような気がしたので、長谷堂は着替えることにした。タートルネックのセーターにカーゴパンツ、裾は床に付くので折り曲げる。夜中は裸足でうろついてしまったが、正直冷たかったのでルームシューズ(あったかいスリッパ)を履いて部屋を後にする。

「お」

 廊下の窓を開けてぼんやりと立っているのは舞阪だった。長谷堂は返事が返ってこない気がしながら、挨拶をした。

「――舞ちゃん、おはよう」

「ん」

 軽く頭を下げて、会釈のつもりか、そのままあくびをしながら窓の外を眺め続ける。酸素でも足りないのだろうか。

「…………」

 長谷堂は何も言わずに、舞阪の隣まで歩み寄った。舞阪は眉一つ動かさない。

「……舞ちゃん」

「…………何か用があるのか」

「…………」

 長谷堂はおちょくってるつもりであった。これまで一度もたりとも、彼女は舞阪の事を〈舞ちゃん〉などと呼んだ事は無かったからである。それでも、周りに他に誰もいないからか自分がそう呼ばれている事を理解して、舞阪は返事をしている。別段気に留める様子もない。

「用が無いなら、俺はもう部屋に戻る。……ゲームがしたいなら、入ってくれても構わないが」

「お……」

 暇な休日である。ゲームして良いと言うならお邪魔しない理由が無い。だが、少し返事を思いとどまる長谷堂なのであった。


 実に、実に――甘い誘惑だった。しかし朝っぱらからいい年の若い女が男子高校生の部屋にお邪魔してゲームなどと。ゲームなどと。

 ――男子の部屋に二人きりで、違う、そう言う事を考えるんじゃあない。いよいよ大丈夫か、欲求不満か、あたしは。だが、こいつに気が有るとかではない。ぶっちゃけツグのやつがこいつの事を好きなんじゃないか、ってのは何となくわかっている。少なくとも気にはしているはずだ。あたしだって勿論、舞阪に好意は抱いているが、それはゲームをやらせてくれるからである。

 ツグの場合も、最初は喧嘩とかしてばかりだったのだが――一方的に舞阪に言いくるめられて逆ギレという情けないものだったが――今では数少ない友達として関係を保っている。しかしそこは男と女だ。もしかしたら、本人はその事を自覚していないと言うヒッジョーにめんどくさいタイプのアレで、そもそもまだ異性として意識する段階にすら至っていないのかもしれない。とにかく本人がその気にならなきゃこのままずっと現状維持ってパターンだ。あたしにもそれくらいの事は解るんだ。

 何しろ、見てのとおり舞阪はこんなやつである。

 ツグから攻めなければこいつは絶対に動かない。微動だにしない。つまり、ここで何を考えているかと言えばだ。

 佐緒里とあたしはおせっかい焼きのお姉さんなわけなのである。

 あたしらが舞阪といくら仲良くしてたって、その程度の事ではツグが嫉妬を催したりすることは確実に無い。しかしなにか胸に刺さるような思いを抱くはずである。そしたら、ツグはそれをあたしか佐緒里に相談するはずだ。

 ここまで段取りとしてはまずまずだ。この流れで二人が青春出来るようにとの手筈で、あたしと佐緒里は密約を交わしている。大人はこう言う事も楽しめるのだ。ずるい話である。

「……いや、ゲームはやりたいけど、少し聞きたい事が有ってさぁ」

「めんどくさい話なら、中で聞くが」

「舞ちゃんたら、そんなにあたしを部屋に連れ込みたいのか」

「…………そうだな」いかにもやる気のない、言わされた感じが凄い。可哀想な物でも見るような眼で返事をされた。それは流石にあたしだって、腹が立つというものである。

「お姉さんだぞ、少しは何かその、無いのか、女に対して。つか、舞ちゃんって言われてる事に疑問を抱けよ!」

「いや、……俺、舞阪だし、そうなんじゃないか。たいした問題じゃない。それとお前――そのセーター似合ってるよ。かわいいんじゃないかな」

「何を言い出すんだお前は真顔で、馬鹿なのか! 嬉しくないぞ!」

「まあ、馬鹿だからな(……留年したし)」

「いや、そんな気にすることは無いと思うぞ、いや、自分自身客観的に見て男にかわいいとか言われると何か無条件で馬鹿にされているような気がして、お前はそんなつもりないんだろうけど仕方ないんだ、許してくれ」

「そうか。でも似合ってると思うよ」

 そんな事をしれっと言いながらも、全く舞阪の表情は変わらない。

 ……んだよ、これ。

 手ごわいぞ、こいつ。セーター女子が好きなのかもしれない。似合うってこれ、タートルネックがって事かな。そうか、良い事を聞いたかもしれない。実はノーブラだと言ったらこいつ、どう反応するだろうか。いやいや。

「それより、しっかりしろよ、舞阪。新入りが入ったそうじゃない、後輩が」

「あー、そうだな(……同級生になったけどな)」

「挨拶してこようと思ってたところだったんだ、じゃ後でな」


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