悪趣味なティータイム
卵をようく泡立てて、砂糖と牛乳、溶かしバターを加えて混ぜる。粉を入れつつ、おっと、バニラオイルも忘れずに。
今日のおやつはホットケーキ。
滑らかなクリーム色の生地をお玉ですくって、フライパンに落とす。ぽってりと、まあるく広がった生地は甘い香りをさせながらゆっくりふくれていく。
「あ、いい匂い。ホットケーキ?」
匂いを嗅ぎつけたらしい。妹が横から覗き込む。
「ねーちゃん、ホットケーキ焼くの好きね」
「まあね。カンタンだし、お腹にたまるし。おやつにはもってこいでしょ」
喋りつつも、生地からは目を離せない。まだ生焼け状態だ。ひっくり返すには、早い。
「ねぇ、ホットケーキ脳って、知ってる?」
唐突に、妹が言った。ホットケーキ脳? 知らない、そんなの。
語感からして嫌な想像しか出来ない。脳みそみたいな形に焼いたホットケーキなのか、それとも、とある病気みたく脳がホットケーキみたいにスカスカになる事なのかしら。いずれにせよキモチワルイ……。そして妹よ、あんたは何故に今そういう事を言う? 私がホットケーキを焼いている、すぐ傍で!
「もう! そんなえげつない話、知らんよ」
生地から目をはなさず、素っ気なく答える。
「もうじき焼けるよ。食べるんだったら、牛乳なりコーヒーなり、好きなん出して」
生地が膨れてプツ、プツッと穴ができる。そろそろ、頃合い。
ぽん、とひっくり返すとキツネ色に焼けてて甘い香りで、美味しそう。
「ねーちゃん、ハチミツどこー?」
「この前使ったから無いわ。シロップあるから我慢してよ?」
「え~……」
妹は、ぶちぶちと何か呟きながら戸棚をあさっている。どうやら、どうしてもあきらめきれないらしい。
ハチミツもシロップも、そんなに変わらないと思うんだけどな。
「無いなぁ……」
もう一枚、焼けた。妹はまだ、探しているらしい。少々呆れつつも、微笑ましく思いながら次を焼く。
粉と卵と、バターとお砂糖。そしてたっぷりの牛乳が入ったホットケーキは妹の大好物。大好物だから、いちばん好きな食べ方で食べたいのだろう。一心不乱に探している。買っといてやれば、よかったかなあ。
四枚目が、焼けた。
ボウルに残った生地をかき集める。二枚焼くには、ちょっと半端。最後は、大きいのを一枚焼こう。
プツ、プツ……。甘い香りと共に、ちいさな穴があいてくる。自然、笑みがこぼれる。私はこの瞬間が、けっこう好きだ。
「あー……、もうあきらめた。シロップでいいや。あたし、お茶にするわ。ねーちゃんは?」
「コーヒーがいいな。お願いできる?」
熱いお茶とコーヒーで、三時のおやつ。もちろん、使ったボウルやフライパンは、きっちり洗って、拭きあげて。
「ねぇ、さっき言ってた『ホットケーキ脳』って?」
怖いもの見たさ(聞きたさ?)か、やっぱり気になる。
「ああ、あれ? 何かで読んだんだけどね、ホットケーキを焼くと、殺人鬼になりやすいっていう説があるの。ホットケーキ焼くときの脳波って、殺人鬼が楽しみながら人殺してる脳波とよく似てるんだって」
……なんじゃそりゃ。
口の中のホットケーキを苦いコーヒーで押し流し、私は笑った。もしかしたら引きつっていたかもしれない。
「何で、ホットケーキなワケ?」
「さあ、知らん。でも、実験で子供に焼かせてみたら、そんな脳波が出たって」
やれやれ。突飛な事を考える人もいるものだ。対象物が何であれ、目の前のものに熱中すれば似たような脳波は出るのではないだろうか。さっきハチミツを探していたときの妹の脳波を調べれば、案外同じような結果が出るかもしれない。引きつった苦笑を浮かべたまま、少し冷めたコーヒーを一息に飲み干した。
「それが正しいとか、間違ってるとか言えんけど……、その実験結果出した人、あんまりホットケーキ好きじゃないのかな。甘いもの作るときって、悪い考えなんて普通おきないし、考える暇もないと思うわ。それに……」
それに、そんなことでわかるものか。
「それに?」
妹は、無邪気な顔で話の続きを待っている。
私は、笑みを返して、乾いた言葉を呟いた。
「フォークロア、じゃ……ない?」
「都市伝説ってこと?」
ゆっくり頷き、いささか強引に話を変える。
「ね、サイコパステスト、って知ってる?」
「うん。お葬式がどうとか、そういうのでしょ?」
「それ以外にも、色々あるんだけどね」
妹が言っているのは恐らく、サイコパステストのなかで一番有名なものだろう。
ある女の人が、自分の旦那の葬式で、好みの男性を見つけた。その翌日に、その女の人は自分の子供を殺してしまった。……なぜ? という質問。
サイコパスならば、もう一度葬式を出せばまた、その男性に会えるから。と答えるとされている。
ふふ。バカバカしい。
そんなものでなくたって、ちょっと想像力のたくましい人なら考えつく答えだろう。八百屋お七ではないか。
「快楽殺人鬼なら、そんな答えは出さないわ。きっと。ただ単に、『お葬式が好き』と答えると思う。……あら、どうしたの。食べないの?」
いつのまにか、フォークを置いた妹の手は蒼ざめて、プツプツ鳥肌が立っている。まるでひっくり返す直前のホットケーキみたい。
「ねーちゃん……」
自然、笑みがこぼれる。どうやら突飛な説も、少しは当たるらしい。
私は、ホットケーキを焼くのが好きだから。
『お葬式が好き』と答えた毒殺犯は実在します……。