イッツ・オンリィ・ユアマインド・5
お話が後先になってしまって
イッツ・オンリー・ユアマインド4を読んでくださった人は
一体ボーマンとセリーヌに何があったのかと
非常に気になっておられる事と思う。
やはり、書いておかねば要らぬ心配をかけ、
かつ好奇心が満足しない事であろうと思う。
ボーマンは足を早めた。
どうにも気になって仕方のないことを
そのままにしておくことは出来ない。
と、なると自然、足はセリーヌのところにむかってしまう。
そう、それは、この間、デイアスとレナの妊娠騒動の時だった。
アマンダに現れたセリーヌと意気投合して
随分遅くまで飲み歩いたのだけれど、
セリーヌを送ってゆく頃には、
ボーマンもセリーヌもいささか酩酊していた。
が、セリーヌが部屋に入る手前でふと、涙ぐんだのである。
孤独な部屋に入り独りぼっちになる。
酔いが心の垣根を取り払い、
その寂しさをさらけ出さずに置けなかったセリーヌの心の深淵に
ボーマンは思わずセリーヌを抱き寄せそうになった。
『いけねえ・・』
ボーマンの優しさに縋らせちゃいけない。
手を伸ばせばそのまま飛び込んできそうなセリーヌの
瞳の中にある寂しさに気が付かないふりをした。
「なんだよ?その気になったかよ?」
軽くいなすつもりで戯れた言葉を懸けたボーマンに、
セリーヌはいつもなら
「まだ、あきらめてませんの?さすが、ボーマンですこと」
と、軽く受け流す。
が、ボーマンの意に反してセリーヌは黙って俯いた。
「え?」
たじろいだのはボーマンのほうだ。
落ちない。そう判ってるから思い切り卑猥に口説きもした。
(なのに。この態度はどう考えても)
一歩踏み込めばセリーヌと言う女性と、肌をあわすことができる。
ボーマンだって、んな事は嫌いじゃない。
(誰?大好きだって書くべきといってるの?)
でも。ボーマンは押し留まった。
(ぇ?俺なんかに抱かれちまったら、
お前。俺から離れられ無くなっちまうぞ?
お前。一生、ラ・マンで終わっちまう。
お前はそんな女じゃいけねえんだ。
最高に日当たりのいい場所で
本当に好きな奴と目いっぱい幸せになれる女なんだ)
ボーマンは胸の中で語りかけると
「な?言ったとおりだろ?酔うと欲しくなっちまう。
んな訳で・・俺はちっと寄り道して帰る・・内緒だぜ」
言いながらボーマンはセリーヌを部屋のほうに押しやった。
「ま、お前のこれに面合わせられねえ様なことはしたくねえし」
矢継ぎ早に言いながらボーマンは子指を立てて見せた。
「そいつを裏切っていいような気持ちならさっさと別れちまえ!」
セリーヌのその気もわかる。
セリーヌの欲情を受け入れたくないわけじゃない。
だけど、遊びでもかまわない。
と、抱かれちまうことを許してしまいたくなる寂しさに、
流されて欲しくはない。
「なあ・・俺がほんとにほしくなったら、いつでも・・いいぜ」
ボーマンはセリーヌの頬に軽くキスを与えると
「ん、でもよ。嬉しかったぜ」
と、いうとそのまま暗闇の中を駆け出していった。
それからボーマンの心の中に煮凝りみたいに
セリーヌの寂しい顔がちらついてきては、
うかびあがってはなれやしない。
「たく、解決法を何で、俺なんかにもとめんだよ?」
思わず呟きながらボーマンはセリーヌの家のドアをノックした。
顔を出したボーマンにセリーヌはじっと立ち尽くしたまま、
ボーマンをみつめていた。
「少し・・ききてえことがあんだけどな?」
ボーマンの言葉にセリーヌは頷くと、
ボーマンのためにドアを大きく開いた。
「あ・・」
ま、いいか。前みたいに酔ってるわけじゃない。
セリーヌだって、そこら辺の機微はわかってるはずである。
「ま、はいるぜ」
自分から了承をえると、ボーマンは部屋の中にはいって行った。
「ききたいことって?なんですの?」
「ああ」
ボーマンは、軽く迷っていたが、
セリーヌだってこの間のことは忘れちゃいやしない事であろう。
「お前の態度をみてるとな・・あいつのことな」
ボーマンは良く知らないセリーヌの恋人の事を
そう、表現すると小指を立てて見せた。
「まあ、なんだよ。はっきりいってな。
諦めちまってるって言うか、
諦めちまおうとしているって言おうか、
そんな風にみえるんだけどよ」
ボーマンに切り出された言葉に
セリーヌはふううと大きな溜息をついた。
「その通りかもしれません事よ」
「え?」
「私じゃ・・・」
「おまえ?なにいってんだよ?」
「私なんか・・・」
ひどく投げやりになっているセリーヌがいる。
「な?何で?どうしておまえじゃ、だめだっていうんだよ?」
ボーマンがその理由を問い直そうとした時、
もう一度セリーヌの瞳の中にこの前の夜と同じ
やるせない光があるのを知らされていた。
『なんだよ?それって、つまり・・・』
「ボーマン・・私」
『おい?お前?それってどういうことかわかってるのかよ』
ボーマンにはセリーヌの中にある物狂おしさが、
セリーヌを苦しめている事だけは読み取る事が出来た。
「ち。しかたねえな」
あたって砕けろじゃないけど、
もう一歩進んでみないと見えてこないものがある。
『だけど、俺も蛇の生殺しじゃねえかよ。ま、相見互いかよ』
ボーマンは少しばかり覚悟を決めるとセリーヌに手を伸ばして、
自分の身体に引き寄せた。
「来いよ」
ボーマンが囁くまでもなくセリーヌはボーマンに身体をあずけてきていた。
軽く項を舐め上げるとそのままキスにもつれこませると、
大人しく身体を預けていたセリーヌがはっきりと興奮を返してきた。
セリーヌの舌がボーマンの舌を絡めとる。
それだけでボーマンにみえてくるものがある。
『おい。えらく手慣れてるじゃねえかよ?おまけにひどく餓えてる?』
そうとなれば、ボーマンは遠慮なくセリーヌの下半身に手を伸ばした。
「ほら」
途端にセリーヌの声が上がってきたのはいいけど
その部分がしこたま潤んじまってる。
「ええ?いい女じゃねえかよ?こんなになってて、何がだめなんだよ?」
「ぁ・・ぁ・・あの人に」
「ん?だろ?アイツがほしくなってきたんだろうが?」
ボーマンの指がセリーヌの鋭い部分を緩やかにさすりあげている。
こんなときほどウソはつけない。
思考能力がどっかに行っちまって本当の事しか喋れなくなっちまう。
「こんな私だなんて、みせられません・・・・わ」
「て?お前?アイツにこんなこと、してもらってねえってのかよ?」
それで、ずうっと会いもせず思ってられる?
それこそ、まじ、じゃねえかよ?
だけど、さっきのキス。
しっかり女になってる者のものでしかない。
『お前。それで、アイツに遠慮して、
無理して初心な振りして、
挙句バランスをくずして自分の中の女としての欲求に
のみこまれちまってるってことかよ?』
「ううん」
セリーヌはやっとボーマンの問いに返事を返したけど、
それは一層ボーマンの推理に確信を持たせただけだった。
そうなると、ボーマンがしてやれる事も決まってくる。
「いいじゃねえかよ?」
ボーマンは指をうごめかしながらセリーヌにささやいた。
「ん・・なに?」
短い返事をやっと返せるくらいにセリーヌがきわまっている。
「だからよ。それでいいじゃねえかよ?」
「だ・・って」
「何を見栄はってんだよ?何をいいかっこしなきゃならねえんだよ?」
「で・・・も」
「過去があるって事がいけねえことかよ?
ええ?お前くらいいい女と恋に落ちた奴が
お前に手を出さずに終わっちまう?
そんなげせねえことはないぜ。それくらいアイツだってわかってるさ」
セリーヌにいろんなことがあっただろう事は
ボーマンにだってすぐわかる。
でも、それもこれも、いい女だって事の証じゃないか?
アイツだって、セリーヌがいい女だから惚れてるんだ。
自分はよくて過去の他の男が手を出したのは赦せない?
だったら、自分も、許すなよ。
セリーヌに「なんか」するなよ。と、いいたくなる。
「ちが・・うの」
「あーん?」
「あの人。何もわかって\\ない」
「はん?」
ボーマンの指の動きにセリーヌがこらえられなくなってきている。
「ボーマン・・・もう・・だめ」
セリーヌがもっと深い物を求めてだしている。
『それって、つまり?』
ボーマンは自分の確信を見定めるためにセリーヌへの刺激を変えて見た。
コアを人差し指と薬指で挟み込むようにして固定させて
とがった部分をぐっとおしださせて、
その先端を中指できつくなであげてやった。
途端にセリーヌの口から
「ねえ。もう。だめ。ボーマン。いれ・・て」
ひどく淫らな懇願があがってくると、
セリーヌの手がボーマンのものにのびてきた。
「んなに?ほしいかよ?」
「ああ・・ねえ・・はやく」
ボーマンを促すように
ボーマンの辛抱を切らせるためのように
セリーヌの手がひどくなめらかに動き出している。
たった、一つの快感が欲しい。
その欲求に逆らう事を忘れたしなやかな牝豹がいる。
「そういうことかよ」
ボーマンは自分の思った通りでしかない事にうなづいたのだが、
セリーヌの懇願はピークにたっしていた。
やにわにセリーヌはボーマンのものに顔を寄せ、
ボーマンへの催促をあらわにしようとしていた。
「セリーヌ。それ以上は、なっちゃ駄目だ」
ボーマンの突き放すようにきつい言葉にセリーヌはボーマンを見上げた。
切なく、潤んだ瞳がボーマンをとらえている。
「おまえ。何で、俺でごまかすんだよ?」
「・・・」
いっそ、手を伸ばしてセリーヌにいれこんじまいたい。
その欲求を抑えながらボーマンは言葉をつないだ。
「いいじゃねえかよ?
ふしだらでみだらで淫猥で、欲しくてしかたねえ。
かまわねえじゃねえかよ。
好きな相手に突っ込まれてえのは当たり前だろ?
俺なんかでごまかすなよ。
見っとも無くて、どうしようもねえ自分をさらけ出すのは、
俺じゃないだろ?」
「・・・・」
「初心な男に、みっともねえ自分を見せるのが、いやなのはわかるぜ。でも、よ。それも、おまえだろ?
自分が汚く見えてしかたねえのもわかるよ。
けど、自分をさらけださずに、
俺にお前の汚い欲望を処理させておいて、
きれいなとこだけで付き合ってゆく?
お前、それ、きれいな人間のやることかよ?」
「・・・」
「俺がアイツなら、ぶつけてもらえねえ事の方が悔しいよ。
きたねえお前ごと、すべて、何もかも、
自分のものに出来ねえ方が悔しいよ」
黙って聴いていたセリーヌの口から言葉がもれた。
「あのひとに・・ぅ、うけとめられるっていうの?」
それこそがセリーヌの本心だろう?
うけとめられたい。
思い切り、彼の物で喘がされる幸せに酔いたい。
でも、できない。
悲しい女心と女の性の狂おしさはボーマンの推測したとおりであった。
「出しもしねえで、何言ってんだよ。
お前はアイツをなくしたくねえよな。
それが怖い。かといって、自分の欲望を知っちまってる女が、
おとなしくできるわけもねえよな」
「ボーマン。言うとおりですわ」
「淫らな自分をさらけだしたくないって、
逢わなきゃ、なお恋しくて、恋しくて
自分の中に淫らに燃え尽きたい女が大きくなっちまって、
なおさら、逢うのが怖い。
判るよ。でも、よ。それも、おまえなんだぜ」
「私・・」
「なあ。諦めてる?諦めかけてるって言ったよな?」
セリーヌは戸惑いながら、頷いた。
「本心じゃねえのは判ってるよ。
でもよ。同じこというなら、
何もかもぶつけちまってからでいいじゃねえかよ?」
「で・・でも」
「本気だったら、アイツが自分自身を変えようってしてくれるさ。
そんなことでお前を捨てちまうような男なら、
お前のほうから捨てちまえ。
いいか?おまえなんだ。
どんな汚くても醜くても全部お前なんだ。
きれいなお前しかいらねえ?
そんな馬鹿に、そんなガキに、お前をわたすくらいなら、
よっぽど、今。俺がお前をだいちまう」
「そ、そんなひとかどうか・・わ。わからないことよ」
ボーマンの言葉に
セリーヌははっとしたようにボーマンから少しはなれた。
「だろ?出してねえだろ?な?
お前を安売りする必要はねえんだぜ。
お前のそんな部分は俺だったら高くかってやるぜ。
そういうもんなんだよ。だから。胸張って目いっぱい乱れてこいや」
「だめだったら・・」
「訳ねえって。男なら誰だって自分の女を
自分の物で思い切りあえがせてみてえもんさ。
お前は十分。男を満足させてくれる女だって・・」
「・・・」
「アーン?なんなら、やっぱし、俺で試してみるか?
で、自信もってあいにいくか?」
「ううん」
「だろうな。お前。俺に抱かれちまおうって思いながら、
あいつの事考えてたろ?」
「え?・・・うん」
「これがあの人だったらなってな。
いいか。俺も思い切りお前を喘がせて喜んでみてえけどよ。
誰かの代わりじゃ、俺のロケットの安売りになるんだ」
「そうだよね。ボーマン」
ぇ?手前らもみんな俺を誰にでも手を出す色きちがいか、
欲望の塊が歩いてるみたいに思ってるんじゃねえか?
残念だが、俺には俺のポリシーって物がある。
どいつでも、いいってわけじゃねえし、
その状況によりセックスを使い分ける。
やりたいだけの欲情でも、相手は選ぶ。それに・・・。
「ボーマン?」
誰にぶつぶつ言ってるのか知らないけど、
セリーヌはボーマンの側をたちあがって、
乱れた服を直し始めていた。
「は?ああ」
「どうかしまして?」
「いや・・なんでもねえ」
「あの」
「お?」
「あたってくだけてみますわ」
「お?」
セリーヌの顔がひどくはれやかである。
「そうかよ?」
くそ。アイツがねたましくなっちまってきてる。
嫉妬ほどやっかいなものはない。
男の嫉妬は、ロケットに直結してる。
ボーマンは長年の経験でそれがよくわかっているのである。
セリーヌの決心が固まった以上、長居は無用である。
これ以上いたら、今度は俺が自制心をなくしちまう。
ボーマンはそっとロケットをさすり上げ
『ぇ?ご馳走を前にお前もよく辛抱してくれたじゃねえかよ』
と、労わる(?)と、
「ん。じゃあ。帰るぜ」
と、セリーヌに手をふった。
ドアを開けるボーマンの後ろからセリーヌの声が聞こえた。
「ありがとう。ボーマン」
なにいってんだよ。はじめから諦めてるのは俺のほうさ。
の、割にや、ちっとばかしいい思いさせてもらったさ。
セリーヌの部分を触った指をぺロッと、なめあげると、ボーマンは
「やせ我慢しただけさ」
と、笑って見せた。
「後はアイツにたっぷりかわいがってもらえよ」
ボーマンは外にとびだした。
『ボーマン。にくいほど、いなせにくどくんじゃないわよ』
最後にボーマンが見せた所作まで、
小気味いいほどセリーヌをいい女だっていいのけてみせている。
『アリガトウ・・・ボーマン』
自信をとりなおして、価値観を取り直して
セリーヌはクリスに真正面からぶつけて、
そして、本当の自分ごと全て受け止められたいって
痛切に思い始めていた。
『逢いに行こう』
無性に逢いたい。今はそれだけ。
クリスへの思いを改めて燃え立たせられると
セリーヌはボーマンが自制してくれたことにも、
そして、心の底を切り開いて治療薬を施す
ボーマン流の手術だった軽い接触にも、感謝するだけだった。
次の日のボーマンである。
頼まれた製剤がうまく出来ず、出来あがったのは夕方近かった。
「どうしてこう遅くなるわけ?」
ぷんぷんに怒ってるレオンを前にして
ボーマンは珍しく居合わせてるレナとデイアスに肩を竦めて見せた。
どうせ怒ってる顔もまたいいんだってクロードの奴は思ってるんだろう。
「しかたねえだろ?」
「おかしいよ。単純構造のアミラーゼを
混ぜてくれって言っただけじゃない。
そんなに難しい反応がでるわけない」
「なんだと」
ボーマンがいささか切れた。
「あ」
「机上の計算式が成りたたねえから
何でもかんでも実験とデータ―取りが必要になるんだろうが?
何年学者やってんだよ?」
負けじとレオンが言い返してゆく。
「ちがうよ。計算式を証明するための実験だ。
手順が違ったり、異種の物質が混ざりこんだり、
ボーマンにミスがあったんだ。
でなけりゃ失敗はしない。僕の数式はあってる」
「だったら・・てめえがやれよ」
「て、てめえ?」
「ああ。てめえなんか、てめえで十分だ」
大人気なく、ボーマンが食い下がっている。
仕事上の意見の食い違いならまだしも、これ以上ほうっておくと
どんな罵詈雑言が飛び出してくるか判らない。
二人の決裂が根深い物になってしまう。
そのとき
「レオン」
って、一言クロードが呼びかけた。
「あ・・ん」
途端にレオンがしゅんとしてしまった。
「約束したろ?」
何を約束したのか知らないけどレオンはボーマンを見つめると
「ごめん。僕がいいすぎた」
と、素直にあやまったのである。
「ぁ?いや。俺もわるかったよ」
そう下手に出られりゃボーマンも面目がない。
顕微鏡の前に戻って行ったレオンを横目で見ながら
ボーマンは、クロードに
「ぇ?何だよ?えらく飼い慣らしちまったじゃねえかよ?」
と、尋ねた。
「飼い慣らすなんて」
「言葉のあやだよ。でも、実際そうじゃねえかよ?」
「あは」
「はあ?」
こいつの言う事にゃえらく素直に従いやがる。
クロードを見た目線をレオンに移し変えると
むこうを向いたままクロードに語りかけた。
「ぇ?その約束ってのは何かしらねえけど、
ベッドの中での約束ってのは、すげえ威力だな?」
「え?」
振り向いたボーマンがどきりとしたクロードの顔を見逃すわけがない。
「だろ?」
「な?何で判るの?」
「へ?まじそうなのかよ?」
「あ!」
ボーマンにまたもや、かまをかけられたクロードである。
「あの」
喧嘩が治まって、クロードと話し始めたボーマンの側に
レナが寄ってきた。
「おう?レナかよ。何だよ?
また一段といろっぽくなってるじゃねえか?」
アシュトンから聞かされたレナが☆☆しちゃうんだよ。って、
言葉が思いおこさせられる。
何でも、受け止めちまいたいって程デイアスにほだされてる、
いい女がここにもいる。
「んん」
ボーマンがレナに
レナとデイアスの秘密の部分の深度が深まってるんだな?
と、言いたいのが判るレナにもなっている。
軽く咳払いをすると、ボーマンのご挨拶は無視して
「あの。ボーマンはセリーヌをみかけなかった?」
と、尋ねた。
「セリーヌ?どうしたんだよ?」
「いないのよ。何にも、言ってきてないし、
しばらくあってなかったから、いつからいないのかもわかんないの」
「あーん?ナンカ用事かよ? 」
「ううん。そうじゃないんだけど・・きになって」
「で、わざわざ御大まで引っ張り出して
セリーヌ探しでここにきたって訳か?」
レナはボーマンの言う御大のほうを振り向くと
ボーマンをもう一度見て声を潜めた。
「あの、ボーマンがこの間、セリーヌと飲み歩いていたってきいたの。その後から、部屋に閉じこもりっぱなしだったみたいだし、
ボーマン。何かきいていて?」
「はあ・・」
「ナンカしってるんだ?」
「セリーヌは、多分これにあいにいったんだろうな」
と、ボーマンは小指をレナの目の前に突き出した。
「あ?そうなの?」
「ああ。多分。そういう事言ってたから」
「なーんだ。クリスのとこにいったんだあ」
「ぇ?ぁ。クリスっていうのかよ?」
「あら?きいてたんじゃなかったの?」
「人の男の名前なんかきいても、しかたねえだろ?」
そりゃそうかもしんないけど、
「ああ。でも。うまくあえる時間もてるのかなあ?」
「何だよ?どこにいるかわかんねえよな、男なのかよ?」
「ううん。めちゃくちゃ忙しい人。自分の時間も自由にままならない」
「はあ?そんなお忙しい人が
どうやってセリーヌと知り合えるんだよ?」
「その時はね。でも、今は皇位を継承したから・・・」
「皇位いーーー?」
「そうよ。王子さまだったのよ。」
「じょ、冗談だろ?」
いつの間にかレナの側に立ち尽してるデイアスを見つめると、
デイアスはしっかりと首を振っている。
「まじかよ?」
デイアスが黙って大きくうなづいている。
『ひえーー。なるほどな。
そんじょそこらの初心な坊ちゃんを
相手にしてるわけじゃなかったからこそ・・・セリーヌの奴』
ボーマンには信じられないような話ではある。
「びっくりした?」
大きな目をくるくるさせてレナがボーマンを覗き込んでいる。
「さすが、セリーヌだな」
「うん」
「ま。お前は、んな事どっちでもいいことだよな?」
「ん?」
「お前にゃデイアスが王子様に見えるって事さ」
「あは。そうね」
平気でのろけを聞かせてくれたレナにボーマンはその通りだと思った。
『そうさ。本物の王子だろうが、そこら辺の朴念仁だろうが、
女の子にとって自分が好きな奴こそが自分の王子様だよな』
ボーマンは黙って話を聞いていたクロードをちろりんと見た。
「お前にやレオンは何に見えるんだ?」
「え?」
猫そのものですなんて答えられるわけもなく、
クロードはうまい答えも見つけられず黙った。
「王子様のわけはねえよな?」
「は・・はは」
「つっても、お姫様のわけもねえよな?」
「あ、あ。うん」
「なんだよ?」
「あは、あの。僕がナイト(騎士)ってことで・・・」
「ナイトがやっちまう?そんなナイトがあるかよ」
「・・・」
「言ってやろうか?」
「いいです」
ボーマンに言われるくらいなら自分で言う。
「レオンは、猫で・・僕はシテでしかない」
クロードは一気に早口でまくし立てると真っ赤になって座り込んで、
ひざに顔を覆った。
「おし。合格」
んなことぐらいでたじろいでいちゃ、レオンに失礼だろ?
堂々としてろ。本気だろ?マジだろ?
誰にも何にも臆する事なんか必要ねえさ。
ボーマンの手が優しくクロードの背中を叩くと
「んじゃな」
と、立ち上がった。
研究所から帰ってきたボーマンはもう一度調剤室に入り込んだ。
レオンの言うように不純物が混ざりこんでいるのかもしれない。
「ありえねえ」
が、念には念をいれる。
天秤皿から量りまで煮沸器の中に突っ込んで
おまけに音波振動で洗浄をかけてしまって、
リトマス紙で反応を見る。イオン検出も忘れやしない。
磁気をおびていることだってありえる。
だけど、どれもこれも正常な値を示していた。
「薬剤自体かよ?」
ボーマンは棚の中の瓶を一つずつ取り出し始めた。
念のために全部をチェックする気でいる。
むろん一つずつ反応を確かめてゆくのは、大変な作業である。
試薬も一つずつ違うし、
一回一回結果を見るたび使った器具の洗浄が必要になる。
「え?」
問題のアミラーゼの反応がひどく遅い。
「どういうこったよ?」
ボーマンはアミラーゼの生反応に問題があることに気が付いた。
ボーマンはもう一度瓶をとるとアミラーゼが作られた日付を見た。
ラベルにはボーマンが瓶を開封した日付が入れられている。
「あ?」
封印された日付はひどく古いのである。
ボーマンが開封したのはごく最近の事であるが、
精製され瓶に詰められてから随分経っていた。
『俺がこんな初歩的ミスをやっちまうのかよ?』
一つのミスに気が付いたボーマンは
他にも同じミスがないかどうかを調べ始めていた。
そんなこんなで帰ってきたら
いきなり調剤室に閉じこもってしまったボーマンであったことが
この場合、功をそうしたといってよいだろう。
店中に作られている調剤室の明かりが、
店の中をほの明るく照らしていて窓の外まで光を漏らしていた。
その明かりのおかげで、一人の青年が
ボーマンの元にこれたのである。
「ん?」
店先で何度も呼ばわる声がする。
『ニーネのやつ。きこえねえのかよ?』
キッチンに入ったニーネは
ボーマンの為の夕食をこしらえるのに余念がない。
きがつくわけもないのである。
一応、鍵は閉めてある。
青年はチャイムを押したのだ。だが、誰も出てこない。
それでも、漏れてくる明かりがあるのだから誰かいる。
窓から店を覗き込んでみれば、
ガラス張りの向こう調剤室の中におっさん。
もとい、自分より年上見える店の主人らしき人がいる。
それで、青年はさっきから大声でボーマンを呼び始めていたのである。
薬剤の点検に夢中になっていて、おまけにガラス張りの中である。
ボーマンが気がついたのは随分、後だったのであるが、
「しかたねえな」
ぼやきながらボーマンは調剤室を出た。
鍵を開けるなり青年が飛び込んできた。
「あ、すみません。遅くに失礼だと思ったんですが
どうしても尋ねたいところがあって」
『あーん?って、ことは道案内かよ?』
どっかの具合の悪い奴のために薬を求めに来たんじゃねえのか
と、思うと、
いささか、ボーマンは仏頂面になった。
「で、どこにいきたいんだ?」
「ぁ、それが住所はこの近辺だって事は間違いないんです」
「んなこときいてねえだろうが?」
「あ。あの。セリーヌ・ と言う名前なんですけど」
「え?」
「あ」
青年の顔がぱっと輝いたように見えた。
「ご存知なんですね?」
旅をしていたセリーヌであったから、
きっと故郷の薬屋で、薬草を買い入れてから旅に出たに決まっている。
光の漏れている店が薬屋であると判ると、
青年はきっとセリーヌの居場所も判ると必死で叫んでいたのである。
「ああ」
「あ。どこに。あ、すみません。あ。あの。この薬品と、えと、これと」
尋ね事だけでは失礼であると気が付いた青年は
慌てて薬品を注文し始めた。
「かまわねえよ」
このおっとりした気性と、世間ずれしてない性格が
もろに出ているのは、レナの言うところの
王子様であるセリーヌの♡なんだなと、ボーマンは気が付いたのである。
そして。自分が必死になって聴きたいことがあるってのに、
妙に心配りを見せる青年にボーマンは
セリーヌの言った事を思いだしてもいた。
『こんなに、優しすぎると無理やりでも
セリーヌに挑んでゆけねえじゃねえか?
セリーヌが求めてる事を口に出す事さえ、
恥ずかしくなるくらい、初心じゃねえかよ』
ボーマンはセリーヌにいささか無茶を言った事を後悔した。
瞬時に人柄を見分けちまうのも、ボーマンゆえであるが
「あんたがクリスっていうやつかよ?」
ボーマンは青年に確かめた。
「あ。え?あ。あの」
一層青年の顔が喜びに満ちている。
この人はセリーヌを知っている。
そして、セリーヌから自分の事まできかされている。
と、なれば、もう間違いなくセリーヌの居場所も知っているに違いない。
セリーヌに逢える。
浮き立つほどに上気している青年の顔を見ながら、
ボーマンはこいつ本気だなって思っていたけど、
その青年に悲しい事実を告げなければならない。
「あのな。セリーヌの奴。あんたに会いたくて
今朝でていっちまったんだよ」
「ぇ?ぁ。いないってことです・・か」
逢いたくて、逢いたくて二人の思いは
こんなにも、波長があっているのに、なんてことだろう。
お互い目指したところに恋しい人は不在ということになる。
「あんた。何で、もっと早くあいにきてやんなかったんだよ」
あんときのセリーヌの寂しい顔がボーマンの胸の中に浮かんでくる。
「すみません」
「俺に謝ることじゃねえよ。」
「すみません。政権の引継ぎとか、外交問題とか
うまく対処できなくて、やっと」
「げ?」
やっぱ、本当なのかよ?
どこかまだ半信半疑だったボーマンは、目をぱちくりさせていた。
『おいおい。セリーヌ。本当に本当なのかよ。
ええ?こんな相手に、やりてえの、してえのなんて、
いえるわけも、ねえか・・よ』
道理で見っとも無い自分を見せる事に
ひどくためらってしまっていたわけである。
『へっ。俺のお姫様が本物のお姫様でなくて良かったぜ』
そんなことにでもなってたらボーマンは、
日々悶々として暮らす羽目になっちまっていた。
「おーい。ちっとでてこないか」
ボーマンは奥にいるその「俺のお姫様」を呼んだ。
ボーマンの声にニーネが出てきて、
青年に気が付くと穴が空くほど見つめだしていた。
「おい?」
「あ。ごめんなさい。あんまり似てるから・・・つい」
「似てるって?」
「あ。あのね。何だっけ、何とか王国の若き後継者。えーと」
「その御本人様だよ」
「え?」
「おまけに驚いちゃいけないぜ。セリーヌのこれだって・・」
ボーマンは小指をたててみせる。
「ボーマン。し、失礼よ。でも。王子様・・・」
どうも、女って奴はシンデレラストーリーには弱いようである。
二人して動物園の珍しい動物を見物されるように見つめられると、
さすがの王子様も内心はむっとしていたようであるが
礼節、マナーという物を幼い頃から叩き込まれてきた人間である。
その上小さな頃から衆目にさらされてきている人間でもある。
「あの、よろしいですか?」
わが女房にも、好奇心の目をおすそ分けできた事に
ご満悦になっただろう薬屋の主人に
これ以上尋ねることはなくなってしまっていた。
が、若き国主はセリーヌの住んでいる場所だけは
しっかり聞いておこうと考えていたのである。
青年の質問にボーマンは
「あんた。それをきいて、で、それからどうすんだよ?」
と、尋ね返した。
「僕には三日しか猶予がないんです。セリーヌをおいかけてみます」
「だろ?だから、こいつをよんだんじゃねえかよ」
ボーマンはニーネを指差す。
「はい?」
「つまり、今、またあんたがセリーヌを追いかけたら
また、どこですれ違うかわかりゃしねえ。
けど、セリーヌを待っていたくたってあんたにゃ時間が限られている」
「確かにそうですけど・・・」
「だから・・おい」
って、ボーマンはニーネを振り返る。
「セリーヌに会いに来たってのに、
セリーヌの奴はこいつ、ぁ、いや。この方に
会いに旅立っちまってんだよ。
で、俺が探しに行ってくる間、下手に探しあうより
ここで待ってねえかって。ま、お前に相談な訳だよ」
「よくってよ」
返事をするニーネより不安に思っているのは青年のほうである。
「ぁ。でも、もうどのみち時間がないし、待っているのは無理です。
帰り道の途中ででも、あえるかもしれないし」
「いい方法があんだよ」
ボーマンは判ってるニーネに目配せした。
「うふ。バーニィ―でしょ?」
「あたり」
「あの?なんですか?それ」
不思議な乗り物であり生物である。
大きな図体のくせに人見知りが激しい。
が、どうしたわけかクロードになついちまって、
クロード近辺の人間だけは、乗せてくれるのであるが・・。
「残念な事に夜間飛行は出来ねえんだよ。
だから、今すぐにってわけにゃいかねえけど」
「と、とにかくそのバーニィ―なら、セリーヌを探してくれて
すぐここに連れ帰ってくれるということですね?」
「ま、そういうことだな」
「判りました」
青年は薬屋の主の頭の上がらない相手であると見て取ったニーネを
振り返るとぺこりと頭を下げると、
「よろしくおねがいします」
と、ボーマンにも礼儀正しい。
「あ、いえ。粗末な所で恥ずかしいくらいですけど・・どうぞ」
「へ?粗末で悪かったな」
ボーマンがニーネに耳打ちしている。
「もう。馬鹿ね。どんな住まいだって王宮にかなうわけないじゃない」
「んなことねえよ。お前さえいてくれりゃあ、天国だぜ」
「もう。意味が違うでしょ」
「だよな」
そう。こいつの住まいには、片割れに宛がう事で得られる天国はない。
セリーヌのいねえ王宮は地獄みてえな物かもしれない。
結局こいつもその切なさに身をきらせているんじゃねえのか?
こいつもみっともねえ自分をさらけ出しにくい立場にいる。
自分を律し品行方正でなければならないと思い込んで育っちまってる。
「逢いたい」
ポツリと言葉を口から漏らしている青年をボーマンは見つめた。
「ぇ?恋しいかよ?恋しいよな」
遇えると思った希望がしぼんで、
そして、またそれが膨らみ直されてゆくと
ますます恋しさが切実な物になってくる。
『どこの王子様だろうがお姫様だろうが、
なさりてえ事なさりてえって訳だよな。
人間だもな。男だものな。
思い切りそこん所ぶつけ合って受け止めあって一つになりてえよな』
ボーマンは青年クリスの底にあるものを、そう受け止めた。
『だったら、まあ。セリーヌ。
まかしとけって、お前が心配するような結果にさせやしねえよ』
何を考えてるかしらないけどボーマンは
こういう方面の事になると本当理解があるっていうか。
たよりになるっていうか。
「おし。部屋を用意する間。ちいと、のもうぜ」
とっくにニーネは部屋を整えにいっている。
キッチンにはニーネがこもりきりで作った
つまみにもなる夕食のおかずが用意できていた。
ボーマンの一言で二人は随分飲んじまって、
すっかりいい気分になってしまっていた。
「おい。場所をかえようぜ。世間様の風にあたらしてやる」
なんて、ボーマンはクリスに言ったけど、
本当はニーネの前じゃ喋りにくい事があったせいである。
「あ。はい」
クリスは殊勝気に頷くと立ち上がったボーマンの後を付いて行った。
「おまえ。けっこう。つよいんだな?」
「ぁ?お酒ですか?」
「ああ」
「ええ。公の席で飲む事もあるし、
要人との付き合いの席で飲まないわけにも行かないし、
かといって、酒に取り乱して大事な政策に関わる事で
失敗してもいけないし・・・練習しました」
「ふっ。自分をさらけ出す事もできねえ酒かよ。
いつも、どっかで用心しなきゃなんねえのか」
「だから、僕にとって、セリーヌは・・本当に自分だけの」
「お前が誰にも何にも制約されず好きになれた相手だってことか」
「ええ。でも、自由にあう事もできない」
「なら、なんでセリーヌが、お前のとこに?」
何故セリーヌはクリスのところにとどまらなかったのだろう。
「あ。柄じゃないって、僕も寂しいけど判ります。
彼女には自由に生きてほしいし、
何もかもに縛られつくされる生活は
確かに彼女の輝きをうばうだけです」
「そうかよ」
「ええ」
「それで・・いいのか?」
「いつか、来てくれると信じてます」
それで、セリーヌを自由に飛翔させてやれる?
「お前。外見に似合わず太っ腹な男だな」
「いえ。愛しているだけです」
男としての技量じゃないとクリスは言う。
そんな自分にしてしまったのがセリーヌゆえでしかないと暗に言う。
「かあー。たまんねえな。ところで・・・あっと」
ボーマンは目指す店の前で足を止めた。
「ここだ・・静かな店だよ」
奥の席に座り、飲み物を注文すると
クリスの方が待ちくたびれたように堰を切った。
「あの、さっき、「ところで」っていっていたのは?」
「ああ。そのことか?」
「はい」
「うーん。愚問かもしんねえけどよ。お前ら。その?なんだ?」
「あの?」
「たのむよ。そんなマジな顔すんなよ。
ただ、なんだ、おまえら、つまり・・」
「?」
「あー。つまりだな。ちゃんと、いきつくとこまでいってんだよな?」
「ぁ。愚問です」
クリスはひどく赤くなって答えた。
『かあー。んな事で赤くなっちまう?おい?』
「でも・・あの一日だけで・・・」
「は?」
たった一日だけ?
そりゃあ、その一日で何回数をこなしたかは
各人違うこったろうけど、たった一日。
「で、あいもせずそれきりかよ?」
「はい」
ボーマンは青年をじっとみた。
旅の途中のセリーヌに多分一目ぼれ。
どうやって口説き落としたのか判らないけど、
いや、むしろ、セリーヌの方が熱をあげちまったのかもしれない。
どうにも純粋で無垢で側にいると
コッチまで優しい気分にさせられちまう。
こいつの魅力にセリーヌも我を忘れちまったのだろうけど、
さしものセリーヌもこいつとの初めてのドッキングで
女を見せ付けるわけにもいかず礼節をわきまえて
事に対処したってわけだろう。
「お前。何だ?女ははじめて・・」
ボーマンの質問に答えを待つまでもない。
クリスはますます頬を染めて俯いてしまった。
「そうかよ」
初めての奴がそんなにうまくいくわけもない。
セリーヌは心だけ満たして、身体の芯に熱い火をいこらされたまま、
クリスの元から旅にで、そして、故郷に帰ってきた。
たった一度の男がセリーヌの心にあふれ、
あれから一切セリーヌは他の男なんか寄せ付けもしなかった。
そして、この青年も同じ。
セリーヌから与えられた心と快感を忘れる事が出来ずに
苦しさを開放するかのようにセリーヌにあいにきている。
『ぇ?欲しくてたまんねえ男がせっかくきてくれたって言うのに、
おまえ・・・・どじすぎるぜ』
セリーヌにあえずにボーマンなんかと酒を飲んでるこの男のことが
無性に可哀想になってきているボーマンである。
『だけど・・・』
問題がある。
あのセリーヌをこいつがマジ宥めてやれるのか?
セリーヌのほうも見っとも無いほど欲情に煽られている自分を
包み隠さず露呈しようと決心している。
こいつのこったからそんなセリーヌでも、受け止めちまうだろう。
けど、受け止めちまうのと、
セリーヌの中の欲情を沈めてやれる事とは違う。
身体の芯に残る消火仕切れない焔は
セリーヌが辛抱するしかねえことだろうけど、
あるいは、それは、こいつが男として自信をなくすだけ?
傷つけてしまうだけ?
それを不安に思っているボーマンなのである。
むろん、ボーマンは女に精通している。
だから、ちっとばかしテクニックの一つを伝授してやろうと
外にのみにきたのだけど。
「あのよ、女をだくと・・き・・に」
ボーマンの言葉に早くもクリスはうろたえはじめていたが、
自分の中の欲情を恥じるのか
セリーヌを汚されるように感じるのか、
青年の瞳がふときつくなった。
『怖い目をしやがるぜ。
やっぱり、若くても一国を統治する人間だぜ。妙な威圧感がある』
「ボーマンさん。あの?」
ボーマンが途中で言葉を控えたのが
自分がうろたえたせいだと気が付くとクリスはボーマンにわびた。
「ぁ。すみません。あの、なんでしょうか。
その、あ。あの・・・いいかけてたことの」
女を抱くときといったボーマンの一言さえ
クリスが鸚鵡返しに口に出す事をためらっているのが判ると
「いや・・・なんでもねえ」
ボーマンは口を濁した。
話せない。あまりにも、純粋すぎる。
せめて自分の欲情を素直に認めてしまえていれば、
彼もむしろ自分から身をのりだしてでも、きけたかもしれない。
『あたって砕けてみるしかねえか』
ボーマンは今更ながらセリーヌの戸惑いを理解が出来た。
『こんなに無垢な奴にぶつけるにぶつけられねえよな?
自分が汚くみえてしかたねえよな?
でもよ。どうしょうもなく女であることを
感じさせられたいお前をなんとかしてやりたかったぜ。
でも、俺じゃ、だめなんだ』
ボーマンはクリスをじっと見た。
『こいつがいいんだろ?
こいつのせいであんなに狂おしくなっちまったんじゃねえかよ』
ボーマンはその男へのいくばくかの不安を飲み込む。
「そろそろ。帰ろうぜ。
朝1でセリーヌをさがしにいかなきゃなんねえ」
「はい」
ボーマンの言葉に青年は素直に頷いた。
ほんの少し押しが弱い。
けど、セリーヌが選んだ相手じゃねえか。
大丈夫さ。そうさ。男だって成長する。
その分かわいいほどの無垢さと純粋さを
いくらか、なくしちまうだろうけど。
それはセリーヌ。
こいつがお前の物になったってことだろう?
ボーマンは頷くと店を後にした。
夜道を二人とぼとぼ歩いていると
「あの。僕。楽しかったです。
なんだか、何も気兼ねせず、本と気持ちがらくになって」
「ああ」
「あの。また、いつか。一緒にのみにいきたいです」
「お前の酔ったとこもみてみてえし、悪くないね」
「え?あ、酔ってますよ」
ボーマンの言葉に青年は異論を唱えた。
「わけがわかんなくなるほどかよ?」
「あ。それは・・・」
そこまで、自分を崩し切れはしない。
「まだまだ自分を崩しちゃいけねえなんて恐れてるようじゃ
本当に欲しい物は手に入んないぜ」
ボーマンは随分遠まわしにクリスに言う。
「え?」
ボーマンの言う事が具体的に何を指摘するのか
クリスは考えているようであった。
「まあ。いい。そん時になればわかるさ」
「はあ?」
よく判らない人だけど、
なんだか、ひどく親身で温かい人だとクリスは思った。
そして、この人のおかげできっと明日はセリーヌに逢える。
心が浮き立つと、クリスが躍るような足取りで歩み始めていた。
朝になるとボーマンは早くも着替えをすませ、
食卓に現れたクリスに
「まってろよ」
と、声をかけ、背中をぽんと叩くと外に飛び出していった。
目指すはレオンの研究所。
レオンに用事があるんじゃない。
また、いつものようにレオンに
へばりついているだろうクロードに用事がある。
「何だって地球人のクロードになつきやがるんだよ」
レオンのことじゃない。
なぞの生物。
ぼよよーんとしたバーニィーに悪態をつきながら
ボーマンは研究所の扉を開いた。
やってきたボーマンに気が付いたのはレオンのほうだった。
「ナンカ注文してたっけ?」
「お前に用はねえよ」
「なん?」
昨日の今日だっていうのに、
ボーマンのつっけんどんな言い方がレオンの勘にさわっている。
なのに、ボーマンはちっとも、頓着なく
「クロード。借りるぜ」
いったとたん、レオンは
「やだ」
と、一言で断ってきた。
「な?なんだよ?」
かわいくねえじゃねえかよ。
「ボーマンはろくなとこに連れてゆかないから、やだ」
昨日の口げんかのことを根に持ってやがる。
おまけにもう済んだステラの事の気がすまないのだろう。
ここぞとばかりに嫌味をこめて文句をいってきている。
「そうじゃねえよ」
ボーマンは頭をかきながらぶつくさ思ってる。
『え?なんだって、レオンの持ち物みたいに
レオンに許可をとんなきゃなんねえんだよ』
その問題のクロードを目の端でさがしてみると、
やっぱりいつもの椅子に座ってレオンをうっとりと眺めている。
『これだもんな。俺がレオンに聞きたくなるのも無理ねえか』
忠実な飼い犬が昼休みに与えられるご馳走を期待して
きっちりお座りして待っている。
よお、情けなくねえのかよ?
「なぁ。レオン」
ボーマンはクロードの事をあごでしゃくってみせた。
「良く、飼いならしてあるじゃねえかよ。
え?ステラの所に行こうったって付いて来やしねえよ」
ぇ?アイツはお前じゃねえと納まりがつかねえから、
朝っぱらからおあ付けをくらいながら、
お前をじっとまってんじゃねえかよ。
「か、飼いならすなんて・・ば、ばかにしてる」
その意味合いを感じ取ってレオンは言葉を選んで反撃した。
だって、うっかり変な事をいったら
どうやって飼いならしたんだ?なんて
ろくなからかいを受けやしないんだ。
「何いってんだよ?」
「はい?」
ボーマンはきょとんとしている。
人を小ばかにしたようなことを言っといて
なんで、そんな不思議そうな顔するんだろ?
「あの?」
レオンの方が考え込んでしまってると、
「そんなこと相身互いじゃねえかよ。きにするな」
ボーマンがやけになぐさめるようにいう。
「相身って?」
ボーマンを馬鹿にするようなことを言ったかしらん?と
思いながらレオンは尋ね返した。
「昼休みになっちまえば、飼いならされるのはお前だろ?
な?相身互いじゃねえかよ。
気にする事はねえさ。
なぁ。それより、すぐ、済む用事なんだよ。
な。昼休みまでには返すからかまわねえだろ?」
「え。あ・・・ばか」
話の支点がずれてるのに、反論も出来ず、
レオンがしどろもどろになってしまっている。
だって、昼休みにクロードがいなきゃレオンはもっとつまんない。
二人で食事して、ぅふ。それから。
レオンのいつもの楽しみを邪魔しやしないさ
って、ボーマンに言われてると判ると、
レオンもさすがに答えに詰まった。
「ん。じゃ。いいな」
ボーマンはレオンにたたみ掛けるとクロードの側に走って行った。
「おはよ。ボーマン。レオンとなに、はなしてたの?」
「アー。借用許可をとってたんだよ」
「?何、借りるの?」
「ちっと、犬っころを一匹。2時間ほど借りようと思ってな」
「犬?そんなものいやしないよ。」
生体実験のために使われる事があることはあるけど、
ここしばらく犬なんか搬入されてない。
「いるんだよ。おあずけ喰らって
椅子に座ってるのを借りようと思ってな。ご主人に相談したんだ」
「ぇ?僕?」
「おう。分かりが早いじゃねえか」
そんなことでほめられたってちっとも面白くない。それよか、
「ひどい言い方」
「なにいってんだよ。うそじゃねえだろうが?」
ボーマンの手がクロードの下半身にのびてきた。
「あ。わかった。ボーマンのいうとおりだよ」
おあ付けを喰らってる犬っころの下半身がどうなってるか?
当のクロードが切ないほどよく判ってる。
「で?何?その犬に用事って?」
いささか皮肉を込めてクロードはボーマンに尋ねた。
「ち。怒るなよ」
「いいよ。で、その犬っころじゃなきゃ駄目な用事なんでしょ?」
「はは。まあ、そういうこった。ん」
「で、なに?」
「人を探して欲しいんだ」
「はあー?」
皆目見当がつかない依頼じゃないか。誰を?どうやって?
「僕の鼻でにおいをかげって?」
いい加減、機嫌を直してくれてもいいのに
クロードも、ちっと怒ってるんだ。
だけど、ボーマンはそんなことに屈っしやしない。
「アア。お前の特殊な能力を駆使してほしいんだ」
『僕の特殊能力?』
クロードが何の事か思い当たらないで考え込んでいると
「クロード。バーニィーを動かせよ。セリーヌを探しに行きてえんだ」
と、ボーマンが言った。
「ぇ?セリーヌを」
「ああ。クリスがきてるんだよ」
「ぇ?ああ?。あ、ああー。セリーヌの馬鹿」
せっかくクリスが来たというのに
セリーヌは知らずにクリスの所にいってしまってたんだ。
「クリス。来るって連絡いれなかったんだ?」
「いきなりあってセリーヌを喜ばせてやりたかったんじゃねえのか?
それとも、連絡を入れた時には
セリーヌがもうでたあとだったのかもしれねえ。
んなことはどうでもいい!」
「うわー。せつないだろうなあ」
「だからすぐ連れ戻してやりてえんだろうが」
「判った。で、どこにいけばいい?」
「馬鹿。だからバーニィ―に探して貰いてえんだろうが」
「え?」
「なんだよ?」
「で、できるのかな?バーニィ―にそんなこと?」
「ぇ?ならよ、セリーヌのにおいついた物もってこようか?」
「犬じゃあるまいし」
「できねえのか?行く先を指定できるんだろ?
「セリーヌの所」って言ってみりゃ行けるんじゃねえのかよ?」
「・・できるのかな?」
「だいたい、町に行くんでも
あいつはお前の思念を読み取っていくんじゃねえのか?
あの大きな図体の奴が
こんなちっぽけな地図を広げてるのなんか見たことねえぞ」
「だとしても、それは僕が地図で町の場所が判ってるからで
セリーヌがどこにいるか判んなきゃ」
『やってみなきゃわかんねえだろ?
セリーヌって場所に波動をあわせて
とんでゆくかもしんねえじゃねえかよ」
「うん。やってみる」
名残惜しげにレオンを見つめるとクロードは立ち上がった。
レオンの目が早く帰ってきてねって言ってやがる。
まるで、悪人みたいな気分を味わいながら
ボーマンはレオンからクロードを毟り取っていった。
しばらくもしないうちにクロードは
ボーマンの言う事が正解である事を知らされた。
「クリスが逢いに来てるんだ」
って、呟くとクロードはセリーヌの事を一生懸命考え、
バーニィーにセリーヌのところにいけって命令したんだ。
バーニィーはちっとも惑うことなく
いきなり跳ね上がり二人を降ろしたところは小さな町のはずれだった。
「この町にいるんだな」
ボーマンは時計を見た。
ちっと昼には早すぎる時間だが、
旅をしてる人間のセオリーどおり、食べれる所でまず食事をするだろう。
クロードはふと感じた疑問をボーマンに尋ねた。
「ねえ。ボーマン。何で、セリーヌは
バーニィーを使おうとしなかったんだろ?」
「恋しいからさ」
「え?おかしいよ」
「一歩一歩自分の足でクリスの元に歩んでいきたかったんだろうよ」
「そうなの?」
「ああ。きっとな」
「?ふーん」
切ないほどのときめきを静めながら、少しづつ近づいていかなきゃ。
いきなり逢ったら、途端に大きな鼓動に飲み込まれて
死んじゃうんじゃないかってほど恋しい。
判らないでもない。
町に入ってすぐ目に付いた食堂にボーマンとクロードは飛び込んだ。
「ここじゃなけりゃ、二手に分かれて探すぞ」
と、いうボーマンの袖をクロードが引っ張った。
「!」
クロードが指さしてる窓際の席に目指すその人はいた。
「セリーヌ!」
自分を呼ぶ声にセリーヌはゆっくりと振りむいた。
「あら?」
こんなとこまで追っかけてきてくれるの?
なんて考えを打ち消してくれたのは後ろにいるクロードの存在だった。
「なに?どうなさって?」
「クリスが来てるんだよ」
「ぅ・・ウソ」
「何で嘘をつきにお前を迎えに来なきゃなんねえんだよ」
「あ」
セリーヌがあわてて立ち上がると、
同時にぽろぽろと涙が零れ落ちるのが見えた。
「早く・・つれてかえって」
セリーヌの声が咽ぶ泣くように聞こえた。
『恋しいんだ。ボーマンのいうとおりだ。あんなに恋しいんだ』
クロードがじっとセリーヌの意外な姿をみつめていると、
ボーマンがセリーヌの手を引いて横を駈け出していきながら
「クロード。先。行ってるぞ。後を頼むぞ」
と、まくし立てていった。
「なにいってるんだよ。後の事って?
僕が行かなきゃバーニィーは動かないじゃん」
クロードがそれじゃ、いくかって店の外に出ようとした時だった。
「ちょっと!先のお客様のお連れの方ですよね?
お勘定をいただきたいのですがね」
「え?あ。はい」
慌ててクロードはポケットを弄った。
財布は入ってる。
レオンと昼食をとりに行く予定のお金だったけど、
持ってきていた事にほっと胸を撫で下ろした。
「たく?あとのことってこれ?
僕が財布持ってきてなかったらどうするきだったんだよ」
「なにか?」
食い逃げする気じゃなかったんでしょうねって、
店員の目つきにクロードはいたたまれない気分を感じながら
外に飛び出すとバーニィーの所に思い切り駆け出していった。
ドアの前でセリーヌは立ち止まっている。
「ばか。はやく。はいれよ」
ボーマンに押されて、セリーヌは扉のノブに手をかけた。
ボーマンは目の端でそれを確かめるとそっと側を離れた。
ボーマンの背中でカチャリと音が聞こえ、椅子がガタッって音をたてた。
セリーヌの嗚咽が漏れ、それを抱き寄せたクリスのせいだろう。
その声が胸の中にうずもれボーマンの耳には届かなくなった。
―後の事は知らねえぜ。俺はそんな無粋な人間じゃねえしー
階段を下りてキッチンに入るとニーネがコーヒーを入れてくれていた。
「ボーマン。お手柄ね」
って、ニーネも喜んでくれてる。
「ああ。いいな」
恋する二人がやっとあえたんだ。
「うん」
「なあ?」
「なに?」
「あいつらにコーヒーなんかもっていっちゃだめだぜ」
「ばかね。わかってるわよ」
「なら・・・いいけどよ。なあ?」
「今度は何?」
「あいつら当分おりてこないし・・」
「はい?」
「なあ、ちっとばかし俺もたまんねえ気分なんだけどな」
「それってどっかぐぁいがわるいってこと?」
ちょっと意地悪くニーネがとぼけて見せた。
だけどボーマンったら
「恋しくて、恋しくてさあ」
ニーネの手を掴むとボーマンのロケットの上に導いた。
ズボンの上からでも判るほど張り詰めている。
「すんごく、具合が悪い。なぁ。治してくれよ」
どうやらボーマンにとってはニーネはお姫様というより看護婦さん。
もしくは女医さんというべきである。
だけど、女医さんの優しい治療が始まるのまで、
覗き見てる事もないよね?
だって今回の立役者は、
もうしっかりベッドの中でお互いの愛を交換し合ってる事だろうから。
だから、付録のカップルのお医者さんごっこの事なんか・・・、
・・・・ひょっとして、見てみたい?
(おしまい)
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