それ、のなまえ
それに出会ったのは、今日がはじめて。
それは大きくて僕を圧倒していた。
けれどそれは力を入れるのが苦手らしい。
ゆるゆる、ふるふる揺れながら崩れ落ちて行くだけだった。
しかーーーしっ!!
そこは颯爽と手を差し伸べる!
たしっ……と、手を伸ばしそれは全身ぷゆんっと揺れて収まった。
近づいて初めて気が付く甘いにおい。
気を引き締めなくてはいけない一瞬なのに、それを弛緩させる甘美なるにおい。
次の瞬間、それは僕の手の中から揺れながら堕ちた。
まるで誘うように体をひらいて……
鼻先にかかる甘いにおいが、僕の思考を奪い狂わせてイク。
そうか、わかったぞ! これはきっと罠だ!
僕を陥れるための罠! その証拠にそれはずっと甘いにおいで僕をっ……
僕を……あまい……いい、におい。
ふらふらと僕はそれのにおいを確かめるように、そして引き寄せられていく。
頭のどこかで“これは罠だ、罠だから気をつけて!”と叫んでいるんだけど、甘いにおいはとっても強くて。
おずおずとだけど、味わってみたくなった。舌先だけでちょんっとそれを舐めてみた。
〜〜〜〜っ!!
こ、これはっ!!
誘惑に負けた僕は思わず目をぎゅっと閉じて、口の中に残る甘いにおいを堪能する。
ぎゅっと、ぎゅっと強く目を閉じて他の何も視界に入らないように!
そうしたら今度は強く目を閉じすぎたせいで、頭がくらりと来てその場にへたり込んでしまった。
それとほぼ同時に空から笑い声が聞こえた。
尻餅をついたところを見られて、笑う声。
だけど、甘いにおいは口の中とそれからずっと僕の欲望を刺激し続けて、笑われた事なんかちっとも気にならなかった。
僕はもう一度目をひらいて、それをみた。
変わらずそれは床に体を広げてふるふると揺れていた。僕が欲望に負けて舐めてしまったことに怒ってはないようだ。
それ、は僕ノ?
僕ノモノ? ボクノモノダ!
それは僕のだ! 誰にも渡してやるもんか!
僕が決めたとき空から黒い影。僕のモノを奪いに来た!
渡してなんかやるもんか!!
急いでそれを両手で拾いあげると、黒い影が止まった。
ふふんっ、僕のモノって云うことを認めたみたいだな。
で、いつまでたってもそれ、というのは可哀想だ。とっても甘いにおいに何かいい名前をつけてあげるべきだ。
もう一度それにぺろりと舌を伸ばした。変わらず甘いにおいとふるっと揺れた。
気が付いたときには僕はそれを抱えてはおらず、両手に残っていた残滓を必死に舐めていた。
「やっぱり、どのハムにとってもプリンは未知の味、なおかつ美味い認識か」
感慨深い笑い声と共に僕はそれの名前を知った。
本日のハムの出来事でした。(脚色あり)
美味いものや初めてのものを食べると、目を細めるのは動物の本能でしょうか!
まあ、ご老体ハムにはあげ過ぎ注意ですが。