24:獄宮ディストピア、登場
地底からの刺客、たとえば部隊長クラスの者は、みな共通して、珍妙な外見を備えたパワードスーツを身に着けていた。
これは、地底人の弱点である太陽光線を遮るために必要なものなのだという。
「へんな☆きぐるみ」
そして、それらのパワードスーツは、すべて異なるデザインが施されていた。
これらのパワードスーツを装着しているものを、人類は侮蔑と嘲笑の意をこめて「卑劣変態兵」と呼称した。
これまでの例を羅列していけば、まるで猫人間と呼んでも差し支えない外貌の「卑劣変態兵・ニャンデモジーラ」。なぜか新幹線の先頭車両を象った大きなヘルメットをかぶっている「卑劣変態兵バーニング・ヘルトレイン700系」。農業における案山子そのものな「卑劣変態兵・スケアクロウ吾助」。なぜか高層ビル模型のようなヘルメットを頭にかぶっている「卑劣変態兵・ギロッポンヒルーゼフォン」などなど。
彼らがパワードスーツを装着する理由までは理解できる範疇だが、それらに施されている珍妙なデザインだけは、いまだ未解明の謎とされている。
一説によれば、あえて、われわれ地表人類に馴染みのあるものを異形化することで、深層意識下の恐怖イメージを喚起する効果を狙っているのではないかと言われている。
たしかに、醜くデフォルメされた猫や新幹線の着ぐるみは、その標的である年端もいかない幼稚園児たちには有効かもしれない。
「あと、夏といえば花火大会よね。花火だったら、透明人間のあたしでも楽しめるし、うってつけよね。ひゅるるるる、どっかーん、たーまやー。どーん、ぱらぱらぱら、かーぎやー……あれ、また、目から水があふれ出てきたような気がしてきたよ」
「さっきから☆ひとりごとがおおいね」
よく聞いていなかったが、スケ助はいったい何を喋っていたのだろうか。
「ううん。なんでもない。ぱもみん、気にしないで。ぐすん」
スケ助は涙声でそういって、二度三度、鼻をすするような音をたてた。
「ちっとも★きにかけてなんかいないよ」
午後三時をすぎても、いっこうに蝉の鳴き声はやまなかった。
「みーん☆みんみー」
いくらなんでも、鳴きすぎではないだろうか。
朝から晩まで、休まず鳴きっぱなし。
羽化した蝉の平均寿命が数週間というのも、納得がいく。
要するに、自業自得なのだ。
そんな生物に、同情などするべきではない。
「……コン、コン」
誰かが、校長室のドアをノックしていた。
「はーい☆あいてるよー」
この校長室は、わたしが不在時には、厳重なセキュリティのもと機械警備されている。
しかし、わたしが在室中の時に限り、入口のドアに鍵をかけていなかった。
「失礼します」
落ち着いた女性の声だった。
「ぱもみのへやに☆ようこそ」
しばらくのあいだ、スケ助には黙っていてもらわなければならない。
来客の際、たいていスケ助は、校長室の隅でじっとしているようだった。
「はじめまして、校長先生。二年一組の獄宮ディストピアと申します」
校長室へと足を踏み入れたのは、長身の女子生徒だった。
ゆうに、一八〇センチは超えている。
わたしが一三〇センチだから、その差はとても大きい。
「うわー☆せがたかいね」
その女子生徒が名乗った「獄宮」という音の響きには、もちろん覚えがあった。
死んだエモーションの顔は、直に死体をみた際と、生徒調査票に貼ってあった証明写真で確認済みだ。
双子では無かったはずだが、死んだエモ子と、いま目の前にいる獄宮ディストピアは、よく似ていた。
「えもこちゃんの☆おねーさんだね」
わたしは、わたしの遥か上にある獄宮ディストピアの顔を見上げて言った。
「え、えもこちゃん?」
怪訝な顔をして、獄宮ディストピアはわたしを見下ろす。
「えもーしょん☆りゃくしてえもこ」
「あ、ああ、エモ子。そうです。エモーションは、私の妹です……ついさっき、殺されたばかりですが」
殺された。
強い口調で、ディストピアはそう断言してみせた。
感情を取り繕う様子もなく、険しい目つきで、身長の低いわたしのことを見おろしている。
「ころされたかどうかは☆あとのおたのしみ」
微妙に言葉を間違えた。
「お楽しみにって……いったい人の命をなんだと思って……!」
やっぱり怒られた。
「ごめんね☆いいまちがえたの」
いちおう、謝っておこう。
人間、誰にだってミスはある。
「でもね☆まだきまってないよ」
司法解剖の結果は、あくまでも病死である可能性が極めて高いというものだったはずだ。
すでに、本省の担当部署を通じて、ディストピアには伝えられているはずだった。
「いいえ。殺されたんです……妹は、エモーションは殺されたに決まってます!」
顔を紅潮させて、獄宮ディストピアは足を踏み鳴らした。
「……☆」
すると、その瞬間、とんでもなく激しい揺れが、校長室を襲った。
「あれ☆じしんかな?」
わたしは、裸足の両足にわずかに力を込めて、バランスを保とうとする。
どうやら、地震ではないようだ。
揺れは、たった数秒足らずだった。
「…………」
いつの間にか、獄宮ディストピアが、校長室の壁際に飛び退いていた。
「あれれ☆おおきなあな」
さっきまで、獄宮ディストピアが立っていた場所……わたしの執務机の正面には、直径二メートルほどの穴が開いていた。
「…………」
壁際で立ち尽くしているディストピアの表情をみれば、あまり悪びれた様子はなかった。
それよりも、新たにできた大穴を見下ろしている冷たい目つきが、わたしは気になった。
「おーい☆だれかいたのかなー?」
この校長室の床が崩落したということは、下の階の天井が崩れ落ちたということだ。
もしも真下に誰かいたのなら、まず間違いなく不幸なことになっている。
「しんじゃったなら☆へんじをしてね」
そう言ってから、無意味な呼び掛けだったと気づいた。
「ご心配なく……この下の階は、化学実験室です。放課後には使われない場所ですから、誰もいませんよ」
まるで用意していたようなセリフを、ディス子こと獄宮ディストピアが言った。
「みてきたようなこと☆いうんだね?」
「ついさっき足をはこんだ時には、誰もいませんでしたから」
天井が崩れてしまってもいいように、あらかじめ下見をしておいた、ということなのだろう。
ディス子が、わざと、ここ校長室の床を踏み抜いたのは、もはや確信すべき事実のようだった。
「校長先生は、驚かないんですね。やっぱり、私のことなんか、すべてお見通しなんですか?」
「そんなことより☆あやまるのがさきだよ」
わたしは、幼女特有のあどけない笑顔を浮かべて言う。
「いやです」
自分があけた大穴を避けるように、獄宮ディストピアは、校長室の壁に背中をつけて立っている。
「えもこのことは☆ざんねんだったね」
「残念で済んだら、警察はいりません!……それよりも、妹を殺した犯人を知っているのなら、私に教えろ!」
ディストピアがいきなり声を荒げて、今度は、自分が背中を合わせている後ろの壁にむかって、裏拳を打ちこんだ。
「…………」
とても人間の拳による打撃音とは思えない、ドスンッ、という大仰な音が、室内に短く響いた。
ディストピアは、かなり取り乱していた。
「やめてよ☆わたしのへやをこわすの」
たったいま破壊された壁の瓦礫の向こう側には、青空を映しているいくつかの窓が見えた。
「クソ校長! さっさと教えろ! 妹を殺したのは、誰なんだ!」
ふたたび声を荒げて、また近くの壁を素手で破壊する。
わたしは、もうそろそろ怒ってもいい頃合だろうと思った。
「ちょうしにのるなよ★かいぞいうにんげん」
わたしは、片手でスクール水着の肩紐を整えながら、冷ややかな声音を発する。
「ふん……それが本性ですか、ぱもみ校長先生?」
はげしく顔を歪めながら、ディス子は、わたしに向かって含み笑いをしてみせる。
わたしには、それはとても醜くみえた。
百年以上も生きた老婆の死に際よりも、はるかに醜い顔つきだった。
「ばけものが★にんげんきどり?」
ありったけの侮蔑をこめて、わたしはディストピアを嘲笑ってみせる。
人間気取りはやめろ、このバケモノが。
「……いまの言葉、訂正しろぉぉおお!」
バケモノはそう怒鳴って、わたしのことを険しい目つきで睨みつけてきた。
唇の端が耳たぶのあたりまで裂けているかと錯覚するほどに、ディス子は、大きな口を開けて怒鳴った。
「ばけものが★なにをえらそうに」
バケモノ、改造人間、獄宮ディストピア。
死亡した獄宮エモーションと同様に、その実姉であるディストピアもまた、同じ改造人間だった。
「殺す!」
その忌まわしい言葉を発したのと、同時だった。
「…………」
わたしには見えなかった。
ディストピアの超人的な跳躍は、幼女の動体視力で追うには、あまりにも速すぎたからだ。
地底人に対抗するため、生化学的および機械的に改造を施された人間……改造人間。
通常の一万倍の運動能力を備え、第一種テラトン級指定殺戮兵器に指定されているバケモノ。
「殺す! 殺す! 殺す!」
目には見えなかったが、激しい憎しみのみが込められた単調な声が、耳元で聞こえた。
「あれ☆れれれ?」
次の瞬間、わたしは宙に浮かんでいた。
べつに、背中に羽がはえたわけではない
「なぶり殺しだ!」
執務机を眼下に見おろし、わたしは校長室の天井へと叩きつけられた。
ところで、この地球には引力というものがある。
「悶え苦しめ!」
高さ四メートルほどの地点から落下するわたしの腕を掴みあげて、ディストピアは喚く。
二人とも、宙をさまよっている
「…………」
わたしは何も言わず、ディストピアにされるがままになっていた。
そして、息つく暇も与えられずに、今度は、校長室内の壁に向かって投げつけられる。
「死体になっても、許さない!」
いま投げ飛ばされているわたしは、その行き先である壁をじっと見つめていた。
大きな額縁に写真がおさめられていて、初代校長が気難しそうな顔をしていた。
「…………」
圧倒的かつ非人道的な腕力をまえにして、わたしはどうすることもできなかった。
「…………」
だが、わたしの身体は何ともない。
ちゃんと手足は、胴体につながっている。
それぞれの骨格も、折れたりはしていない。
痛くも痒くもない。
たとえるなら、四十分の試合のあいだ、飛んだり跳ねたりして酷使されているバスケットボールの気分とでも言おうか。
「あははは! もう、死んじゃった?」
投げ飛ばされ壁に叩きつけられたあと、床に横たわり、まばたきもせず目を見開いたまま黙り込んでいたのだから、誰だってわたしが絶命したと思うだろう。
「やりたいことは☆たったこれだけ?」
床に横臥したまま、わたしは、幼女の鋭い目つきで、獄宮ディストピアを睨みつける。
「しぶとい幼女ね!」
わたしに有無を言わさず、ディストピアは、英和辞書くらいのコンクリートの破片を、こちらへ向けて投げつけてきた。
スピードガンで計測すれば、時速二百キロ以上はでていることが判明するだろう。
つまり改造人間とは、そのようなことを可能にする連中なのだ。
「…………っ★」
ガゴッ、という鈍い音が、わたしの頭蓋の中で響く。
衝撃のあまり、起き上がりかけていたわたしは、その場で激しく卒倒した。
「やった! 死んだ!」
ボーリングでストライクプレイを決めた時のような歓喜の声だった。
「しんでないよ★うぬぼれないでね」
わたしは、平気な顔で、ふたたび起きあがってみせる。
スクール水着の生地が、ところどころ破れたり汚れたりしていた。
「あ」
獄宮ディストピアは、目をむいたまま、短い驚きの声を発する。
普通の人間の一万倍の運動能力をもつ改造人間が、わたしのことを驚愕の態度でもって見つめていたのだ。
「信じ……られない」
絞るような声でそう言ってから、ディス子は絶句した。 |