第九話
「きゃあああ!!」
何人かが悲鳴を上げ泣きだした。
恭一はその子たちを抱き寄せると、縋りつくように腕を回してきた。
ここで待っているようにと子供たちにつげ、自身は穴の外に這い出ると、村の方角から黒煙が上っているのが見えた。
再び轟く音と共にその数は徐々に増していく。
村が何かに襲われている。
そんなことは馬鹿でも分かる状況だった。
恭一は獣道を突き進み村へ急ぐ。
どう考えても今の自分が戦力になるとは思えない、それでも体が動いた。
心の奥底で何かが叫んでいる、進めと……。
深い藪の中なかなか前に進めない、それでも懸命に進んだ。
村が近づくにつれ酷い臭いが漂ってきた、いろんな臭いが混じっている。
あと少しで村が見えるというところで、何か柔らかいものに足を引っ掛け転びかけた。
何とかバランスを保ち振り返ると、血だらけの男が倒れていた。
どう見ても死んでいる。
体のあちこちの服が裂け、肉が抉れ、臓物が飛び出している。
吐いた。
でも胃の中には何も入っていない。
学校で吐いたように吐くものが無くても吐いた、そのうち胃液に血が混じる。
「なんだってんだよ……」
学校での経験と最初の村での経験とで男が陰に襲われて死んだわけではないことは分かった。
陰は爪を使って襲ってくるが、この男はどうみても銃弾のようなもので襲われている。
勝てる気がしない。
相手がなんであるかと分かる前から判断がつく、そんなものを持っている相手と普通の高校生である恭一が戦ってどう勝てというのだ。
体が勝手に動いた。
頭では無理だと分かっているのに体がいうことをきかない、自然と足は村に向かってしまう。
それに従って湧きあがる高揚感。
『あぁまたこの感覚だ』
死地を目の前にした時感じる。
日常では感じることはない、有り得ないから……。
森を抜け広い原っぱに出た、村は眼と鼻の先だ。
だが
「なんだ…これは……」
村は焼け、人々の悲鳴と瓦礫の破壊音、そして異様に充満する鉄の臭い。
のそりのそりと足を踏み出した。
リューランたちは大丈夫だろうか?
彼らならきっと大丈夫だろう。
ぼぉっと歩いていると、突然目の前を土煙りがあがった。
腕で目を庇う。
「こんなところにまだ残ってたか」
女の声だ。
現れたのはサイドに銃口を持つ2足の機械だった、どう見ても兵器。
銃口がピッタリと恭一に合わせられる。
「んじゃ、大人しく死ね」
銃口が火を噴いた。
だが大人しく殺されてやる気はさらさらない。
風の力で弾丸を避けると、手のひらに火球を生み出し飛ばした。
兵器に直撃するが威力が弱かったらしい、全くダメージを受けた気配がしない。
「めっずらし、こんな辺境に多属性持ちのメイジがいるとはね」
向けられた銃口が再び火を噴いた。
続けざまに降ってくる弾丸の嵐になかなか反撃の隙が出来ない。
『なんとかして銃撃を止めないと反撃が出来ない』
先程からの正体不明の高揚感に恐怖は完全に消されている。
それはそれで今はいいとする。
だが問題なのはいつまでこの弾丸の嵐を避け続けられるかだ。
風の力でスピードを上げているとはいえ、それなりの集中力がいる。
そして集中力がいるということは、即ち疲労するということだ。
つまり疲れて集中力が切れた瞬間己の死が決まる。
なんとかして本体と銃身を切り離したい。
だが肝心の切るための道具が無い。
真っ先に日本刀が思いついたが無茶にもほどがある。
今自分が持っているのは魔術だけだ、その中で切れるものがあるとすれば
『……水だな』
ウォーターカッター。
水圧で作り出されるそれは性能が上がればダイヤモンドまで切断が可能なものだが
『勝負は一回だな』
いかんせんとんでもないスピードで水を噴射させるにはそれなりの集中力と気力が必要になる。
与えられたチャンスは一回だけだろう。
恭一は両手のひらに水をためた。
それをどんどん高濃度に圧縮していく。
自分のなかで限界がきた。
それを維持しつつさらに風の力も早め一瞬銃弾の嵐を抜けた瞬間、水を勢いよく発射するとともに腕を振り上げた。
きれいに円を描いて明後日の方向に飛んでいく銃身。
少しずれたが目的は達成できた。
相手が驚いている隙に残ったもう片方も切断してしまう。
「ちょっ、いきなりなんなの!?」
思わぬ反撃とその方法に面食らったのか、女が素っ頓狂な声を上げた。
「そう簡単に殺されてたまるかよ」
「下等生物の分際で誰に向かって口きいてんの!?」
いつの間にか2本の足の付け根から手と思われるものが生えていた。
どう見ても義手だが動きがやけに生々しい。
それが突然火を噴いた。
慌てて避けると落下地点の下草が燃えている。
本物の火を噴いたらしい。
「魔術が使えるのが自分だけだと思ったら、大間違いなんだよ!!」
興奮したのか次々と火が飛んでくるが、なかなかあたらない。
再び多量の水を生み出すと津波をイメージした。
相手にそれを叩きつけてやる。
「きゃあぁぁぁ!!」
足元を取られバランスを失った2足兵器が転倒する。
「あっちょっと、どうしてくれんのよ!!」
どうやら倒れると自力で起きあがるのが難しいらしい。
間抜けな話だ。
何とか起きあがろうとする兵器の傍に寄って足も切断してやる。
これで立つことも移動することも不可能になった。
「俺の勝ちだな」
勝者の余裕、軽い優越感に浸って言ってやった。
「ふざけんな、劣等種のくせに偉そうにすんじゃない」
即座に返ってくる悪態。
その言葉に恭一は胸の中に何かを感じる、それが何かは分からない。
でも怒っているのは分かる。
少なくとも人種の違いによる差別というのは、恭一のいた日常には無かった。
だからこそ感じる理解出来ない憤り。
「………さっきから下等だの劣等だの、そんなにお前らは偉いのかよ」
「当たり前だ!!過去に囚われいつまでも発展できないお前ら蛮族と、高貴な存在から作られ日々発展する我々とでは、比べることも憚られる!!」
呆れて何も言えなかった。
そんなことを理由に抵抗する術を持たないものを一方的に虐殺するほうがよっぽど野蛮だ。
日々進化して発展しているというのなら、暴力という力を使わずに他人を支配するほうがよっぽど賢いやり方だと思う。
そんなことが相手に理解されるとは思えないが。
「でも負けは負けだ」
諦めろと言外に言った。
すると
「甘いんだよ」
2本の手が動き同時に火球が生み出された、
慌てて手の動いた方向を見る。
「あっ!!」
少女がいた。
森の中の穴で待っていろと言ったはずなのに何故出てきたのか。
今すぐに怒鳴りたい。
だが火球が放たれた。
それに少女が気付いた。
だが恐怖したのかそこから動かない。
恭一はとっさに水を生み出した。
だが間に合わない。
まっすぐに少女に向かっていく火球、そして………。
「あぁああぁぁぁぁあぁぁぁあぁああぁぁぁぁ!!!!」
つんざく様な悲鳴が辺りに響き渡った。
恭一は女少女に駆け寄ると抱き落とした。
ぐったりとして動かない、呼吸もしてない。
パニックになった。
火球は直撃しなかったらしいが、地面に当たった爆風で少女は吹っ飛びそのまま地面に叩きつけられた。
どう見ても頭から落ちていた。
その事実が恭一に現実を叩きつける。
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ……。
言葉が頭の中を旋回した。
さっきまで恭一に笑顔を向けていた少女。
楽しそうにベットから転がしてくれとせがむ少女。
さっきまで動いていた存在が、今はもうただのモノと化していた。
学校ではまだそれでも正気でいられるだけの理由があった。
だが今は何もない。
見知らぬ土地でたった一人。
憎い、狂おしいくらい憎い、殺してやる。
恭一は火を消し、その場に少女を横たえると、フラフラと立ち上がった。
「あっはっはっは。悲しい、悲しいの?そんなにその子が死んで悲しい?可哀想、可哀想、あんたがいけないんだ、あんたが甘いから死んだんだ」
「……うるさい」
「でも安心しなよ、すぐその子の元にあんたもいけるよ。さっき救援を呼んだ、すぐに仲間が駆けつける。そうしたらあんたズタズタだよ。全身穴だらけになるんだ、そしたらあんたがいてもいなくても我々は向こう側が見えるようになる。愉快だよ、凄くゆかっ」
「黙れ」
気付いたら兵器の上に立ち見下ろし、酷く低く冷淡な声を発していた。
相手が声を息を飲むのが聞こえた。
「おい急にどうしたんだよ、落ちつけよ、仲間が来るんだぜ?無駄な足掻きは」
言い終わる前に手のひらに生み出した火球を拳ごと叩きつけた。
手が痛む、骨にヒビが入ったかもしれない。
関係無い。
相手が叫ぼうが何をしようが関係無い。
火も水も風も土も皆圧縮して叩きつけてやった。
燃えて冷やされ切断されて変形する。
そのうち切断された部分から赤い液体が流れてきた、悲鳴ももう上がらない。
それでも攻撃を止めなかった。
ついにはグチャグチャに元が何だったのか分からないほどとなった。
ようやく恭一は攻撃を止めたが怒りが治まらない。
気付いたら囲まれていた。
これが呼んだ仲間だろうと頭が考えた。
全ての銃口がこちらを向いている。
だがそんなものは目に入らなかった。
「とんでもなく頭のイカレタ奴がいたな」
誰かがそんなことを言った。
だが言い終わる頃にそいつらの視界に恭一はいなかった。
「敵ながら酷い有り様だな……」
リューランが血と肉の海の中に佇んで呟いた。
戦闘中突然どこかに向かった2足兵器を追ってきた結果がこれだ。
全てバラバラに破壊され、中に乗っていたであろう者も残らず原型を留めていない。
そしてこれをやったであろう人物は今……
「リューラン、この子まだ息がある!!」
「ホントか!!」
駆け寄るとまだ小さな女の子だった。
ナナリアが治癒術を駆けるとしばらくして目を開けた。
「大丈夫か?」
「……皆は…ど…こ……。おと…さんと……おかあさ……」
「大丈夫だよ、大丈夫だからね」
実際この子の父親と母親が誰なのかは分からないし、どのくらいが生き残ったのかも分からない。
でもそれを今この子に言うのは酷だ。
「森にね…まだみんなが……いるの………あたし…見てくるって……おにいちゃんが…しんぱいで……おにいちゃんはど…こ?」
それを聞いたトリナとクレイグが顔を見合わせると森の中に駆けて行った。
再び目を閉じた女の子をナナリアに任せるとリューランは立ちあがった。
「ナナリアは村人の治療にあたってくれ」
「リューランはどうするの?」
「……あの馬鹿を探してくる」
好きなだけ暴れるだけ暴れて突然姿を消したあの馬鹿を……
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