第一話
季節は梅雨も明け日本独特のジメジメ感に嫌になってくる頃、普通の学生ならもうすぐ夏休み。
高校1年になったばかりの恭一達は、受験もまだまだ先だとこの時期はのんびりと出来る。
大体、大学受験の実感が沸かない。
「うああああ、今日もあっちいなぁ……」
「お前らのラブラブ加減が?」
太陽がさんさんと降り注いでくる窓のすぐ隣に自分たちの席が位置しているからで、もちろんそんな訳ではない。
教室で前の席に座っているクラスメイト兼幼馴染の太一に冗談交じりで笑いながら返すと、間髪いれず後頭部に衝撃が走った。
勢いを殺しきれず机に額をぶつけると太一から仕返しとばかりの「ざまぁ」という有難いお言葉をいただく。
こんちくしょう、覚えてろよ。
「気温に決まってるでしょうが、バカいち」
続いて元気でハキハキした少女の声が降ってくる。
後頭部と額の両方を擦りながら顔をあげると、そこにはそれなりの大きさもある分厚い辞書を片手にもったもう一人の幼馴染である美夜が口元をいやに歪ませて立っていた。
ぱっと見ではどちらかというと細身美少女である美夜、とても分厚い辞書を片手で振り回せる剛腕の持ち主には見えないのだが、残念ながらガチで殴り合いの喧嘩すると俺と太一の二人がかりでも返り討ちにされる力の持ち主だ。
世の中末恐ろしいばかりである。
そんな美夜と付き合える太一も世の中の七不思議のうちのひとつだと俺は思っている。
「教室内で辞書振り回すなよ、誰かに当たったらどうするんだ。この俺みたいに」
「そんなヘマこのアタシがするわけないでしょ!!」
否定出来ないのが少し悔しい……
恨みがましく太一の隣の席に腰を下ろした美夜を見ていると、突如校庭のほうから黄色い悲鳴があがった。
するとそれに同調するかのように、クラスの何人かが窓際に寄ってきて余計に暑苦しいことになった。
恭一たちもつられるようにして窓の外の校庭を見ると、校門前に黒塗りの車が止まり中から制服を着た男女が降りてくる。
この学校の生徒会長と副会長にして、全校生徒公認の美男美女カップルだ。
ちなみに会長が男で、副会長が女だ。
家柄・容姿・成績、全て完璧という非の打ちどころがないその二人は、当然校内に多数のファンがおりファンクラブも存在する。
美女のとなりにはイケメン、誰かこの法則をぶっ壊してはくれないだろうか。
ついでに言うと二人は婚約もしているらしい、………死んでしまえ。
一般庶民の平凡な高校生である俺には世界が違う、出来れば関わりたくない部類の人間だ。
さして興味が無い(主に会長に)俺はため息をつくといつの間に移動してきたのか、美夜が太一の両肩に肘をつき頭に顎をのせて二人をうっとりと眺めていた。
「相変わらずの美男美女カップル、素敵だわぁ……」
「美夜…顎痛い」
太一の訴えはあっさりと無視された、それどころか首を絞められている。
頑張れと心の中で声援を送り、目の保養にしておこうと皆に倣って校庭に視線を寄越すと偶々副会長も顔をこちらに向けた。
一瞬視線が合った………ような気がした。
『……た……ど…に……る…?』
「は?」
突然頭の中に聞こえてきた声に思わず声をあげると、顔面蒼白で瀕死の太一がどうした?とこちらを見た。
どうしたは、お前だ。
美夜は相変わらず腰に手を回して副会長をエスコートしている会長の二人を穴があくほど見つめている。
それから太一の顔を覗き込むと、ふぅとやたら長いため息をついた。
「太一もあのくらいしてくれたらいっ」
「ぜっだ…い……に、いや…だ!!」
即答で否定した太一の首をさらに締めあげる美夜みて、今度は俺がため息をついた。
同情するよ、太一君。
俺だって絶対に嫌だ、俺の場合やってあげる相手がいないのでそれ以前の問題だが。
会長と副会長がいなくなると、さっきまでの騒ぎが嘘のように静まり、窓際に集まっていた連中も各々の好き勝手な場所に戻っていった。
美夜もそそくさと自分の席に戻り、学生鞄の中の荷物を机の上に出している。
辞書が4冊出てきた。
「電子辞書を買うという選択は無いのか?」
「まだ使えるのに勿体無いでしょ?それに電子辞書高いし」
「………うん、そうだな」
午後の授業は、お昼を食べ天気も良くてしかも窓際で教室は冷房も入って室温は快適、おまけに現在の授業は社会科でゆっくりとしたしゃべり方が特徴のじいさん先生。
この状況で寝るなと言うほうが酷だ。
そんな訳で俺は授業中であるにも関わらず惰眠を貪っていた、食後すぐに寝ると牛になると言い始めたのは一体誰なんだろうか。
しかし俺の惰眠はあっさりと邪魔された。
「恭一、起きろ、当てられてるぞ!!」
「んあ?」
太一に頭をどつかれ渋々顔をあげると、先生が不気味な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
凄く…嫌な感じの笑みだ。
「高崎君、教科書の56ページ最後まで読んでくれるかね?」
「………………」
当然拒否することは出来ないわけで、仕方なく教科書を開くと指示されたページを読み始めた。
読みながら教室内を窺うと俺以外にも寝ている奴が半分くらいいる。
なのに何で俺があたったのか……今時珍しく髪を染めてるわけでも、制服を変に着崩している訳でもなく、まさに格好だけは学生の鏡のこの俺が……。
心の中でぶつくさと文句をたれ、ようやくノルマを終えると、音をたてないように教科書を閉じた。
「運が無かったな」
さっそく太一が余計なひと言を言ってくる。
「うるせぇよ」
再び寝る体制に入ろうとすると背中に悪寒が走った。
先ほどまでは感じなかったが微妙に肌寒い。
「なんかさみぃんだけど、冷房の温度下げ過ぎじゃねぇの?」
「んなわけないだろ、エアコンの温度は全部中央で管理されてるんだぜ?28度以下にはならないはずだ」
「お前寒くないのかよ」
「寒くないけど」
小声で寒いだの寒くないだの、南国に帰れだ北極に帰れだ言い争いをしていると、突然廊下の窓ガラスが一斉に割れた。
寝ていた者全てが起き、一部の女子が悲鳴をあげ、先生もあわてて教室のドアを開けた。
「おいっ、何が起きた!!」
「美夜!!」
「落ち着きなさい、皆さん落ち着きなさい!!」
先生が騒ぐ生徒を落ち着かせようと怒鳴るが、先生も生徒もパニックを起こしまるで効果が無い。
さらに続いて反対側の窓ガラスにもヒビが入り、それを見た俺は美夜を抱きかかえる太一を頭で考えるよりも先に無理やり床になぎ倒していた。
直後にガラスが勢いよく吹き飛び、教室にガラスの雨が降り注ぐ。
ギリギリで避けた恭一たちはほとんどガラスを浴びずにすんだ。
音が鳴り止んだのを確認し頭をあげると、まさに惨劇だった。
ガラスの破片でほとんどの生徒が流血していた。
その有り様に美夜に見せないように太一が美夜の顔を自分の胸に押しつけている。
「何がどうなってるんだよ」
「俺が知るかよ」
苦虫を噛み潰したような顔で呟いた太一に恭一が答える。
現状を理解できない。
頭が追いつかない。
背後で何かの気配を感じた。
体が勝手に動き、太一の制服の襟を掴むと横に跳ぶ。
立っていた場所に目をやると、黒い塊がそこにあった。
また女子生徒が悲鳴をあげた。
赤く光る二つの点がこちらを向く。
「落ち着きなさいと言ってるだろう、何をしている高崎」
「先生、"それ"が見えないのかよ!!」
「見えてないのは君たちだろう。君はこの状況が理解出来ないのかね、この床に散らばっているガラっ」
鮮血が散った。
スローモーションのように倒れる先生。
息を飲む声、悲鳴。
そして浮かびあがる黒い3本の爪のようなもの。
それが先生の体を切り裂いたのだ。
一瞬の静寂、再び恭一たちに向く赤い一対の光。
再び考えるよりも先に体が動いた、転がっていたイスを掴むと黒い塊に向かって投げつける。
それが合図になったかのように、一斉に教室にいた生徒が逃げだした。
「恭一!!」
太一も美夜を連れ逃げようとして、その場から動かない恭一に気付いた。
「何やってる逃げるぞ!!」
「逃げ場なんて無い」
「……何を言ってる!?」
「だから逃げ場なんてないんだ」
イスを投げたとき黒い塊に当たったかと思われたが、何もそこに無いかのようにすり抜け、背後の机に当たった。
自分の目が信じられなかった。
そして本能的に感じた直観。
逃げ場は無い………
はじめまして、こんにちは。
連載小説を始めました。
拙いところもあると思いますが、暇つぶしにでもなったらいいなと思って書いています。
よろしくお願いします
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