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誰もいない空間

下駄箱で上履きに履き替えて校舎の中へ入る。

校舎の中はひんやりとしてて冷たい。


同級生や後輩がこっちを見ているけどお構いなしだ。

どうしてそんなにもジロジロと見るんだろうって思うくらいだ。



3年のあたしの教室は1階の一番端。

この学校はベランダがある学校。

3年はベランダというより小さな庭だ。


よく女たちや男たちがその庭に出てはしゃべっていたり、キャッチボールしていたりする。

あたしはそんなガキな彼らをボーと眺めているだけ。





ただ、眺めているだけ。





みんな、あたしには興味はない。

あたしがこんな格好していたって、別に気にしない。

授業中、勝手に教室を出て行ったとしても気にはしない。



受験生だから、余計なことに巻き込まれたくはないっていうのもあるらしい。




だからあたしはいつもひとりだ。

誰も声なんかかけては来ない。

かけて来られても困るけど。






「中学最後の夏休みかぁ…」




ポツリと言ったあたし。

そんな声を聞く者もいない。

もうすぐ、中学最後の夏休みがある。

あたしはまた家にいられない時間≪とき≫が始まる。




窓から空を見上げると、嫌味なくらいの爽やかな青い色をしていた。




「ほんと、嫌味だわ。その色」



あたしはどうしようもないくらいの疎外感に襲われる。

でも、それも仕方ないって思ってる。

それもいつものことだから、気にしない。




ただ、そう思ってしまっただけ。




いつものことを、ただ思ってしまっただけ。



授業中も休み時間もひとりだから、家にいてもひとり。

それはもう随分前からのことで。

あたしはそれを当たり前のことだと思ってる。

でも周りから見たら可哀想なヤツって見えてるんだろうな。



可哀相な目で見られてるあたし。

でも可哀相かどうかなんて、その人自信の物差しで決めるもの。




だからあたしは全然可哀相じゃない。




いやね、強がってるんじゃなくてほんとにそうなの。

だからそんな目で見ないでよ。





机に突っ伏してても分かるその視線にあたしはウンザリしていた。

クラスメートたちがそれぞれの仲のいいコと話していても、時折こっちを見ている。

それに気付かない程、あたしはバカじゃない。



まだあたしはいい方だと思うよ。

教室の隅にいるあのバカップルよりはマシ。

クラスメートたちがいる中で、ラブラブ中。

抱き合いキスをして、男が女の胸に触ってる。



教室でよくやるよ。

ほんと呆れてしまう。



あの女よりはバカじゃない。

簡単にいろんな男に乗っかっちゃうヤツよりは全然マシじゃないの。

確かあの女はついこの前まで他のクラスの男と付き合ってなかったっけ。




「やっだ~」

甘い声が教室に響く。

その声の方を見ないようにしているクラスメートたち。

だからあたしに視線を向けてるんだ。

そっちを見ないようにしているんだ。





いい迷惑。





あたしはその声を聞きたくなくて立ち上がった。

それを見ているクラスメート。

教室を出ると、あの女の甘い声が廊下まで響いていた。


廊下を歩いて、あたしは屋上へと上がる。

屋上には誰もいなくて、あたしだけの空間となった。

ここはいつも不良の先輩たちが屯っていた場所。

その先輩のリーダー格の人から、屋上の鍵を貰っていた。



あたしは不良ではないんだけど、妙に好かれていたらしい。

だからいつもここに来ていた。

先輩たちが卒業してから、この屋上はあたしだけの空間。

先輩たちのいないこの空間は少し寂しく感じていた。






そんなあたしだけの空間に来訪者が現れたのは、夏休みに入る少し前だった。


2コ下の男の子。

その子の名前はヨシキと言った。





彼は学校でも結構、名前の知れた不良だった。

その姉もかなりの不良だから、弟が不良になるのは分かる気がする。

しかも彼にはい双子の弟がいた。

弟もまた不良だった。







ガシャン…。



屋上の扉が開いた。

そっちの方に目線を向けると、彼が立っていた。

金色の頭をした彼。

その目はまだ幼さを残していた。




「あれ。先約?」

そう言った彼はあたしをじっと見ていた。

あたしは彼から視線を外すと、グラウンドから死角になる場所で煙草を吸っていた。



「ねぇ」

彼はあたしに近付きあたしの目線に合わせるようにしてしゃがみ込み、あたしの手から煙草を取った。

そしてそれを口にした。


「名前は?」

彼はそう言った。

あたしは彼の煙草を吸う姿を見ながら言った。



「ジュンコ」



って。





「ジュンコ先輩」

彼はその日から、妙にあたしに懐いてきた。

ニコニコとした顔であたしにくっ付いて来る。

人に好かれることなんかないあたしだから、ちょっと戸惑ってしまったけどなんか居心地が良かった。

ニコニコとしている彼だけど、時折寂しそうな顔をしている。

だから思ったんだ。




あたしと同じ。




でも、実際はあたしとは同じじゃなかったんだ。





「ジュンコさんはさ、なんでいつもここにいるの?それにここの鍵もなんで持ってるの?」

彼はあたしの隣で煙草を吸っていた。

あたしが煙草をあげた。

あたしと同じ匂い。



あの日。

彼は初めて煙草を吸ったのだと言う。

でも今はもうだいぶ慣れたのか、普通に吸ってる。





「まったく。1年が煙草を吸うなんて」

「教えてくれたのはジュンコさんでしょ」

そう言って、吸っていた煙草をあたしに咥えさせた。

あたしはそれを手に煙草の煙を吐いた。


「ここの鍵はね、卒業した先輩から貰ったの。先輩もそのまた先輩から貰ったみたい」

あたしは彼と話すことが楽しかった。

いつもひとりで、誰とも話すこともしなかった。

だから彼と話すことは、自分を解放出来る唯一の時間だった。





誰もいなかった空間は少し、賑やかになった。







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