息子が婚約破棄をいたしまして~王妃の覚悟~
婚約破棄物でやらかした王子の王妃視点
「ようこそお出で下さいました。王妃様」
「急な申し出を受けていただき感謝いたす側妃・・・なんと香り良い茶よと思うてたところ、皆の出で立ちも眼を見張るほど華やかであるの」
「お褒めいただき光栄です」
紅茶を楽しんでいた王妃に、茶会の主催者である側妃が挨拶に訪れた。王妃は優雅に紅茶の入った器を置くと側妃に向けて笑顔で謝辞を述べ、側妃はそれを受けた。
「・・・その方も聴いておるであろう。」
「・・・第一王子様のことでしたら、聴き及んでおります。」
やはりと側妃は思う。後宮の中でもいまその話題は大きなものになりつつある。男爵令嬢を第一王子が見染め、婚約者である公爵令嬢を蔑にし、あまつさえ衆人監視の中で婚約破棄をしたというものであった。
「・・・懐かしいものだが、そなたとわらわも王の寵愛を受けるために競いあったものよな」
「・・・懐かしいものですね」
「そうよの・・・・あのころも王の寵はそなたにあった。当時はたかが男爵家の娘がと、はらわたが煮えたぎるほどの嫉妬にかられたものだが、今時分に思えば小娘の良い青春であった。そなたにはつらくあたった・・・ゆるせよ」
「もったいなきお言葉です。あの時の私こそ、ただの世間知らずな小娘でした。お恥ずかしいかぎりです」
「王は事の初めこそ、そなたを正妃に迎えようとしたが、わらわは先王の決めた許嫁・・・・その意味を理解して想いを留め、王はわらわを正妃とし、そなたを側妃として召し上げた。わが愚息にもそのような思慮の深さがあればどんなに良かったか・・・」
「そのような事をおっしゃっては・・・」
「構わぬ、あの子は愚か者じゃ、愚かだが・・・・・それでもかわいくてたまらぬのは、愛した人の子なのだからか、それとも母だからなのであろうか、わらわにもわからぬのだ」
王妃は扇で口元を隠し、悲しげに瞳を閉じる。
「王と謁見されるのですか?」
「まさか・・・とても顔を見せられぬわ」
苦笑して言う王妃の瞳には再び力が宿り、側妃はその覚悟を見た。
「っ、わたしからも王にとりなしを・・・」
「それも不要なこと・・・・・・王とは孤独よ、妃には王と共にいてもらわねばな。」
「王妃様・・・」
「これから、騒がしくなるがよろしゅうな・・・長居いした。おさらばえ」
そう言うと王妃は立ち上がり、もはや振り向かずまっすぐに部屋を後にされた。
「・・・おさらばえ」
その背に側妃は一言だけ別れのあいさつを返した。
王妃が退室した後、取り巻き達が側妃の周りを囲む。
「これまで一度も側妃様のお茶会に来たこともなかったのに、それも共を付けずお一人でいらっしゃるなんて・・・どうしたのでしょう?」
「それは第一王子様の件でとりなしを側妃様へ願いにいらっしゃったのではないですか?」
「いいえ、あの方は誇り高き王国の淑女・・・ごあいさつにいらしたのよ」
側妃はそう言うと、もう一度王妃が出て行った扉を見つめた。
王都のはずれを四頭立ての素朴な馬車が走る。中にはこの国の第一王子とその恋人の男爵令嬢、そして王妃の専属騎士が乗り合わせていた。
「おい、この馬車はどこへ行くつもりだ。とっくに王都からはでてしまったぞ」
「殿下・・・・・・王妃さまよりお聴きではないのですか?」
「お聴きもなにも・・・・呼び出されて今回の婚約破棄の件を伝えたら、いきなり怒り散らされてこんなものを叩きつけられ『二度と顔をだすでない、出て行きいなしっ!』と言われ、令嬢と同じくそこの騎士に有無も言わせずこの馬車に押し込められたのだ」
「まぁ・・・そのような事を言われたのですか、お可哀想に・・・」
第一王子の不満を聴いて、その手を包み慰める男爵令嬢。
叩きつけられたという小さな箱の中には金貨と宝石が入れられていた。
「こんなはした金で・・・父上の怒りが収まるまでは諸国で外遊でもしてろってことか?しかし一度、宮中に戻らねば外遊の準備も従者も碌な者がつけられまい、馬車を止めよっ!」
しかし、第一王子の命令を御者が聴いて手綱を緩めようとするのを専属騎士が手を挙げて制した。
「なりません殿下・・・本当に王妃様のお心をそう捉えておいでなのですか?」
「どういうことだ・・・なにか母上が私を思っての事があるというのか?」
不思議そうに聴く第一王子に、深くため息をつきそうになることを堪えながら専属騎士は聴く。
「王国で最も犯してはならないものはなんですか?」
「『決して王を裏切ってはならない』というやつだろう。もちろん知っているが・・・」
「殿下は公爵令嬢と王命によって決められた婚約を破棄してしまいました。これは、れっきとした王命破り、裏切りに当たります」
「そんな馬鹿なっ!・・・非はあちらに、公爵令嬢による男爵令嬢への、いわれなき誹謗中傷、そして暴力にあったのだぞ」
「だとしてもです。どうしてそうなるまでに王子自ら公爵令嬢へ忠告いたしませんでしたか?どうして婚約破棄の件を王妃や王に相談せず独断で致したのですか?」
「それは・・・」
全ては公爵令嬢を嵌めて男爵令嬢をその未来の妃へと挿げ替える為、しかし訴え出るにも王や王妃に訴え出る確かな証拠もなかったと、その顔に書いてある。
専属騎士は今度こそ溜息をもらすと言う。
「後悔しても、もはや事は起きた後です・・・・・仕方ありません」
「わかった。では母上の言に従って、しばし国外で過ごすとしよう」
「・・・・まだ、お解りではないのですか?王妃さまは出て行けと言われたのですよ」
「?」
本当にわからないのかと、もはや憐憫の眼差しで第一王子を専属騎士は見た。
「王命に逆らったものはどんな位にあっても死罪となります。そしてそれを庇い、逃亡を幇助したものもやはり死罪を申しつけられます」
「そんなっ・・・では母上は!」
「先ほど魔法連絡がございました。ご自室にて潔い最後とのこと、明日には城に半旗が掲げられるでしょう。」
「は、母上・・・」
もはや見えない王城に向かい、第一王子は眼を向けた。
「国境に着いたらば馬を一頭差し上げます、その娘と共に他国で生きのびてください。王妃様がお渡しになった宝石やお金は平民であれば一生を十分に生活できるだけの額があります。」
国境にて専属騎士は馬車の馬を一頭外して鞍をつけてそう王子に言った。まだ茫然としている王子と事態を理解し泣き崩れる男爵令嬢を背に二頭立てとなった馬車はゆっくりと進む。
「くれぐれもお命を大事に、王妃さまの遺志をお忘れなきように・・・・さらばです」
王子達と同じように一頭の馬に鞍をつけた専属騎士は、そう言うが最後に王都に向けて騎手を向けた。
自らの主の亡骸に会い、そして自分自身も王命に逆らった咎を受けるため、専属騎士は馬を走らせた。
婚約破棄物だが、ヒロインは二言、悪役令嬢にいたっては出てきてさえいなかったりします。権力者の勝手な行動はそれに見合った責任の取らされ方があるということでした。