世の中には見るに耐えないと言う言葉がある。そして見るに耐えないものもたくさん存在する。
例えばその一つがこの僕だ。どれくらい見るに耐えないかといえば僕の姿を見て親は泣き出し妹は見なかったことにし弟は最初からいないものとして扱った。
かくいう僕も自身の姿を見ることを良しとせず自らのことを省みないようにしていた。 たとえ親にいい加減働けといわれ、高校卒業以来働いてないことに気づかされてもすぐ忘れるようにし、テレビでニートやひきこもりと言うことば頻繁に使われても心穏やかでいるようと努め、また一方で私と社会が仲良くやってくことができないかと模索し続けることも忘れなかった。
しかし、僕がいくら努力しようとも状況に抗うことは難しく病院からでる心を水平線のごとくなだらかにする薬を飲まなければ若干痛い人になるという奇病にかかってしまうありさまだ。
しかし、それでも今日を生きていた。生きてるだけでえらいからだ。
そんな僕が一人暮らしをしなくてはいけなくなったのはひきこもり生活4年目に突入した春の出来事だった。
今までも僕の両親は市が運営するニートやひきこもり対策をしている相談所に通わされたり、精神内科に引っ張っていかれたりと色々と努力をしていたわけだがそれでも一向に仕事につく気配のない僕を見てせめて生活だけでも1人で出来る様にと考えたすえのことである。
働けない僕がいかにして月々の生活費をやりくりするのかと言う当然の疑問を尋ねたところ金は仕送りしてくれるということで話がついた。
とにかく1人で自炊しながら生きてくれということらしい。家の中ではとうの昔に居場所がなくなっていた僕には選択の余地など微塵もなかった。弟と妹は早くも僕が居なくなった後の部屋をどのように使うかを話し合ってたし、親にいたっては出て行かないようであればニート更生施設にでも本気で放り出しかねない様子であった。
難航するかと思われた部屋探しは案外あっさりと決まった。6畳ほどの広さでトイレ、風呂、キッチン付。場所に関しては駅まで徒歩四十分ていどかかり都内からも離れた場所になるが家賃も安くすむし、部屋からはどうせ出ないので正直言ってしまえばどこでもよかったのだ。
荷物も大した量はなかったので運送屋に頼まず親の車で運び込んだ。
僕は自分の新居となる部屋を見渡した。
何もない空っぽの部屋。僕の心は不安に駆られる。この部屋がまるで自分自身の今までの空っぽな人生をそのまま表しているように思えた。
1人暮らしをさせれば多少はいい方向に向かうと親は本気で信じてるようだったが僕に言わせればまったく今回のことは無意味でしかなかった。例え親の仕送りで1人で暮らせるようになったところで僕がなんとか金を稼ぐ手段を得なければ自立したとはいえないと思うし、それなら家に居て僕のように人間社会の中でうまくやってけない人間でも稼げる方法を考えてたほうがまだましに思える。まあそんな方法がないので今だにひきこもり続け将来に対する不安にや恐怖に苛むはめになっているのだが。
そんなことをうっかり考えたせいで僕は心臓が圧迫されるような気分になった。錠剤を取り出し口に含むと僅かな水と一緒に飲みこむ。飲み込んですぐ効くわけはないのだがなんとなく気分が落ち着いた。
まだ引っ越してきたばかりでやらなきゃいけないことはたくさんある。気を取り直しまずは持ち込んだ荷物の整理から始めることにした。
僕がここで暮らすようになってから一週間たっていた。1人暮らしをするまえは食事のことをどうしようかとあれこれ考えていたのだが結局近くのコンビニでほぼサンドイッチを買ってきて済ませたまにスーパーに行きできあいのものを購入していた。
それ以外はまったく表に出ることもせず部屋でインターネットばかりしていた。
変わったことと言えば隣人と知り合いになったということだ。ひきこもり続けてた僕に知り合いが出来るなど本来ならありえるはずがないことだ。
僕が隣人と知り合ったのは数日前のことだった。僕はいつも昼過ぎに起きて食料の買出しと雑誌立ち読みの為にコンビニに行くのが習慣となっている。その日も僕は普通に社会で働いてる人たちが朝の仕事の忙しい時間を終えひと段落しているだろう時間にやっと起きはじめた。
遅い朝食というべきか、それとも昼食というべきなのかわからないがとにかく近くのコンビニ今日1日分の食料を買いに出かけた。 コンビニはうちから歩いて4、5分と近いところにある。ほぼ毎日いつも決まった時間にいくのですっかり顔を覚えられてる気がする。
僕はいつもと同じくサンドイッチと菓子パンをいくつかそれにペットボトルにはいった飲料水を買いコンビニを出て行く。大きな通りに面した道をしばらく歩き、途中で折れて住宅街に入ったところにあるアパートの2階が今の僕の住処だ。
僕はアパートの脇についた階段を上り自分の部屋である201号室の鍵を開けようとしたときだ、僕の服の袖をクィと引っ張られた。僕はびっくりしてそちらを向くと黒髪の少女がこちらを見上げていた。
見た感じ中学生か多めに見ても高校生ぐらいであろうか。なにか小動物のようなふわふわとした様子でその少女はまんまるな瞳でこちらを見つめ訊ねてきた。
「あの、新しく引っ越してきたお兄さんですか?」
僕はえらく動揺した。ここ最近家族以外の人と話したことは医者を除いてはまったくなく、またその家族とすらも1日1回話すか話さないかといった具合だった。そんな僕が急に話しかけれたのだ。胸に急にドクドクと音が響き渡り、自分でも顔が赤くなってるのがわかった。
「そうだけど・・・」
自分でもわかるほど声が小さくなっていしまう。
「実は鍵をなくしちゃったのですよ。それでベランダの鍵をかけてなかったのを思いだしたのです。迷惑じゃなければお兄さんの家を通らせてもらってもいいですか?」
「いいよ」
自分でもずいぶんとそっけなく言ってしまった気がした。僕は家の鍵を空けると彼女を部屋に招き入れる。
彼女は微笑んで「ありがとうございます」というと玄関で靴を脱いでそれを持ってベランダまで歩いていく。ベランダにでると靴を履き隣のベランダとの仕切りに手を掛け器用にベランダの手すりによじ登るとそのまま隣のベランダに危なげもなく飛び降りた。
しばらく僕が部屋で立ちすくんでるとガチャリという音が玄関のほうから聞こえひょこりとかわいらしく少女が顔出す。
「おかげさまで入れたのです。ありがとうございますです」
少女の元気いっぱいなあいさつにあっとうされつつも僕はなんとか
「ど、どういたしまして」
と、挙動不審で無愛想に返事をしてしまう僕。
「ところでところで、お兄さんお名前はなんというのですか?」
僕の態度になんら不審に思わないのか少女は小動物を思わせるまんまるな目をこちらに向け笑顔で首を軽くかしげてたずねてくる。
「僕の名前は{ルビ えざきりょういち }江崎涼一{/ルビ}」
「わたしは{ルビ うづきみか}卯月美加{/ルビ}っていいます。今後ともよろしくお願いしますです」
その卯月という少女はそういうと愛嬌のある笑顔と共に自宅に戻っていった。
しかし、そのような事があったからといって僕の生活が変わるわけもなくまったく変わりばえのない生活をしていた。また若干飽きつつもあった。数年間同じライフスタイルを貫いてきているのである。そりゃ飽きもするのだが、そんな生活やめればいいと言われても困るのもまた事実。出来るなとっくの昔にしているのだ。僕は僕自身に高らかに宣言した故に私はニートである。
そんな僕の思考を遮るように突然呼び鈴の音がする。はて、どこの誰がどのような理由でこのような社会的失格人間を訪ねに来るのだろうか。僕は当然のごとく急な来訪者のことを思索するがさりとて待たすのも悪いので取り敢えず出てみることにした。
僕は何の気もなしに扉を開けると果たしてつい先程僕が思い返してた少女が立っていた。
「やあ、こんにちは」
僕はなるべく自然に聞こえるように努め挨拶をした。
「こんにちはです」
卯月さんはまったく僕のような無愛想人間が羨ましくなるような笑顔で挨拶を返してきた。
「今日これから師匠のところで鍋をやるのですよ。よかったら一緒にどうですか?」
師匠というのは良くわからなかったがどうやら鍋に誘われてるようだ。初対面の人と会うのは得意ではないが誘われて断るのも苦手な僕。まあ卯月さんと今後の関係を考えると断ることもないだろうと思い僕は行くことを了承した。
「ところでその師匠ってひとはどんなひとなのかな」
僕は思ってた疑問をなげかけると。
「師匠はこの下の階に住んでる人ですよ。いろんな人から師匠と呼ばれていて仙人なんです。でも、いい人だから大丈夫ですよ」
このかわいらしい卯月さんがいい人だというのならいい人なのだろう。
僕はそう自身を納得させると卯月さんの後をついてその師匠という人が住んでいる部屋へと向かった。
下の階のちょうど卯月さんの部屋の真下にあたる部屋の前で卯月さんはドアをノックする。表紙には岡本と書かれている。
「師匠はいりますよ」
彼女はそういうとドアを開けた。どうやら鍵はかかっていなかったらしい。
部屋の中には色々なものであふれかえっており、その大半を本がしめ、次に何だかよくわからない植物が植えられた鉢やプランター壁際を占拠していた。部屋の中央にはコタツがちょこんと置かれ、そこにはなにやら毛むくじゃらな生物、とは言いすぎだが、くせがある長い髪が肩口まで伸び、口の周りは立派に育ってしまったあごひげがふさふさと自由にたれさがる人物が肩を丸くして座っていた。卯月さんが言う仙人というのは確かに的を射た表現のような気がする。どこか世の中からふわふわと浮いた雰囲気を他人の目など気にしてやることなどないと言わんばかりに溢れださせていた。
「卯月くんまってたよ。それに江崎くんもさあ上がってくれ」
卯月さんは中に上がると岡本さんの隣に座り僕は向かいの席に座った。コタツの中央ではすでに準備されていた鍋がぐつぐつと煮たっている。
「江崎くんはビールでいいかい。卯月くんはまだ未成年だしウーロン茶とかでいいかな?」
そういうと岡本さん部屋に置かれていた小型の冷蔵庫から缶ビールとウーロン茶をとりだし僕と卯月さんに手渡してくれた。
「この鍋の野菜は私が育ててみたものなんだよ。まあ、暇つぶしにやっているのだが食費も浮いてなかなか便利だ。味のほうもその辺で売られてる物よりはうまいと思うよ。まあ、たべてみてくれ」
僕は岡本さんが作ったという野菜を小皿にとりわけ食べてみた。どうにも味の違いがわからないがそれは僕の舌が貧乏だからだろうか。
卯月さんは、
「師匠、おいしいです」
と、いいながら幸せそうにむしゃむしゃとたいらげていた。その喜びようがますます小動物っぷりに磨きをかけてなんとも愛くるしく思える。
岡本さんはそんな卯月さんの様子をご満悦しながらビールを片手に鍋をつついていた。「ところで自己紹介がまだだったね江崎くん。私は岡本といいこの部屋で仙術の修練をしているものだ。卯月くんの通ってる大学の卒業生でね、いうなれば彼女の先輩にもあたる」 なにやら仙術だのとうさんくさい事を岡本さんは言い始めたがこの人が言うと実際使えそうな気がしてくるから不思議だ。
僕は試しにどのようなことが出来るのですかと聞くと、彼は
「よろしい。ならばひとつご披露させていただこう」
と、言いタバコを取り出し火をつけた。岡本さんはタバコがフィルター近くまで燃えるほど一息に吸い込むと、その煙を肺にためゆっくりと天井に向かって吐き出した。
煙は天井の辺りでたまっていたがいつまでたってもそこに煙がとどまり、今度は逆に集まりだし大きなひとつの塊になった。向こうが見えないほどかたまった煙はその密度を保ちながら小さな丸い塊にわかれていきうごうごと動き出したではないか。
僕はその様子を目を丸くして見守った。
煙の塊はしばらく形を幾重にも変えながらだんだんと親指ぐらいの大きさの小さな人の形をつくりだしあろうことか天井近くを走りまわり始めたではないか。
卯月さんは「かわいいですね」となんとも暢気なことをいい、僕はあっけに取られ声も出なかった。
しばらく小人たちは天井近くを走り回り、だんだん薄くなりながら消えていってしまった。
「不思議ですね」
と、僕は声をつい漏らしてしまった。
「ああ、まったくもって不思議だろう。仙術とはまこと不思議でおもしろい。どうだね江崎くん、いまなら弟子を募集しているのだが貴君も仙道を一緒に極めようと思わないかね?」
それは確かに面白そうな誘いではあった。しかし、僕はいつものごとく思考してしまう。つまり将来においてこのようなことを学んで役に立つのか、生活は出来るのだろうかということだ。もしこのような方法で生活の糧を得ようと思うならば道端で芸を見せ暮らすという方法になるだろう。だが、他人と接することを苦手とする僕が大勢の前に立つなど自殺行為に等しい。
僕は弟子入りの件に関しては断らせてもらうことにした。
「僕にはどうも仙術はむいてないですよ」
「江崎くんは他に何かやる事があるのかね?」
「ええ、僕はニートをしているので大変なんですよ」
「それってなにもしてないってことですか?」
卯月さんから指摘されてしまった。しかし、その程度で引き下がれば僕の今までの人生を否定したも同じことである。僕は反論を試みた。
「いや、ニートでいるというのはとてもつらいことだ。常に将来の不安に恐怖し、社会の視線からは悩まされ、常に道端で生きることを余儀なくされる。それでも自分に返るところがないまったくない。実に苦しい生き方だよ」
「苦しいんだったらやめちゃえばいいんじゃないですか?」
卯月さんは何の嫌味もなくただ純粋そう思ったらしい。
「気がついたらこういう生き方以外できなくなってしまった。まったく我ながら阿呆としか言いようがないよ」
僕は缶ビールを一口飲んだ。
「そういう生き方もまた人生だよ」
岡本さんは鍋を食べながらそういった。
その日、僕はめずらしく朝早くから目がさえてしまい普段なら2度寝、3度寝とずれ込むところだが、どうに眠ることが出来ずなんともなしに表に出てみた。
冬はとおに過ぎていたが、春にはまだ少し月日を必要とする時期。朝の空気はまだ寒く肌身にしみたが、寝起きの体にはそれが逆に心地よかった。僕が通路でしばし朝の風景をただただ眺める。こんなにものんびりとした朝の一時なのに考えてることはいつもと変わらず、将来どうしようだとか、夢も希望もあったもんじゃない、働くのは絶対嫌だ、とかそんなことばかしだ。自分でも辟易してはいるが、もはやこの思考の無限ループからはどうにも逃れられそうになかった。
そろそろ体も冷えてきたし部屋に戻るか。最後に大きく腕を伸ばし戻ろうかとしたとき、となりの部屋のドアが開いた。卯月さんだ。
「おはよう卯月さん。朝早いんだね」
「ニートのお兄さん、おはようです。これから大学なんです。お兄さんこそ今日は早いですね」
「僕は健康的なニートだからね。早起きなんだよ」
普段昼過ぎに起きてる癖に嘘もいいとこだった。
「健康的なのはいいことです。それでちゃんと仕事してたらもうばっちしです!」
卯月さんは朝から動きも発言も鋭くテンションの高さがうかがえた。
「僕はいつか見つかるはずの自分を探してるからね。それがみつかれば全てばっちし、夢とか希望にあふれた仕事について楽しくやってくことになってるから大丈夫だよ」
そんな僕の話を聞いてるのかいないのか、卯月さんは
「それじゃ、またです」
と、いい走り去っていく。
僕もすっかり冷え込んでしまった体を温めるために、部屋に戻ることにした。
取り敢えず買い置きしてあったパンで朝食すませ、テレビをつけ適当にザッピングをする。特に目が留まるような番組も見つからないがそれでもすることがないのでひたすらテレビを見続けた。自分はいったい何をしているのだろうか。自問自答は常にたえない。僕はそれを黙らす様に精神安定剤を取り出し水で飲み込んだ。
何も考えちゃダメだ。考えれば辛くなるだけだ。
しかし、これから考える必要はどうしてもあった。自分でもいつまでもこんな生活してていいとは思いはしない。それでも、考えると気分が悪くなり胃が掴まれたように痛み出す。僕はテレビを見るのもやめパソコンを立ち上げインターネットをする。いつものお決まりの僕の習慣だ。いつも見ているブログや掲示板を一通りまわり動画サイトでおもしろそうなネタがないかみてまわる。それに飽きたら寝て起きたら、またインターネットか、ゲームをするかの繰り返し。
わかりきってる自分の行動。
痛みはないが希望もないただの習慣。
ああ、こんな生活もういやなんだ。誰かまじめに僕を救ってくれ。もしくは死なせてくれ。そうすれば世の中一切のしがらみから開放される。
それでも僕は死ねなかった。自殺なんていたそうだしつらそうだ。
そんなわけで僕は今日も何も考えないように生きていた。もうそれだけしかできなかった。
僕はなんだか全てに疲れ。ただ布団の上でゴロゴロしていると玄関の呼び鈴が鳴った。前回の様に卯月さんだろうかと思ったが、彼女は今大学に行っているはずだ。
僕が玄関を開けるとそこには岡本さんが立っていた。
「仙人、どうしたんですか?」
僕は前回の鍋以来彼のことを仙人と呼んでいた。
「いや、実は友人が人手が欲しいというものでな。きみなら手が空いてると思ってきてみたんだよ。飯ぐらいなら奢ってくれるという話なんだがどうかね?」
「手伝うっていっても僕はこのとおりニートですよ。とても役に立てると思いませんが」「手伝いといってもたいした事じゃない。実は漫画のアシストなんだが初心者でも出来るような簡単なことだけだ。そいつはまだプロじゃないんで、本格的にアシスタントを雇えるような身分じゃないのだが、この際素人でもいいから手がかりたいということで君に話を持ってきた」
漫画家というのは正直興味があった。もし自分が職業につくなら、クリエターと呼ばれるような職業にこそ夢や希望があるように常日頃思えたからだ。
「いいですよ。漫画家のアシスタントなんて面白そうですしね。いつからやるんですか?」
仙人はその答えを聞くと満足そうに笑い
「実はいまからなんだよ」
と、仙人は言った。
「今すぐですか。わかりました準備するんでちょっと待っててください」
僕は部屋に戻ると寝巻きを着替え、外が少し寒かったのでコートも羽織っていくことにした。僕は着替え終わり部屋をでると待っていた仙人と一緒に漫画家さんの家に行くことになった。
そろそろ昼を過ぎ、太陽も天高い位置で地面を照り付けていたが相変わらず外は寒かった。仙人は着物を着ていて通り過ぎる人から奇異の視線を向けられていたが、そんなものはどこ吹く風と自分の道を歩いていく。
「もうすぐ春になるというのにまだまだ肌寒いね」
仙人は両手を袖の中にいれ寒そうに身を縮ませていた。
「春は嫌いですよ。ニートにはつらい季節です。新社会人や、新しく学生なった人たちの笑顔が町中あふれかえる。そんな中まったく変わらない自分を嫌がおうにも意識してしまいますからね。1年の中で一番嫌いですよ」
「大丈夫、君もいつか胸を張って笑えるような日がくるさ」
仙人は根拠があるのかないのかよくわからない調子でそういった。
とはいえ仙人の言うことである。おそらく根拠はないのだろう。だが、そんな日が本当に訪れて欲しいのものだと僕は心の底から思った。
10分位2人であるいたところで、仙人が建てられて間もない新築のアパートを指差し「ここだよ。ここ。」
と、言い中に入っていった。
僕も仙人のあとをついていき1階の一番奥の部屋の前まで歩いていく。仙人が呼び鈴を鳴らししばらくすると、中からどてらを着てひげをのびるままにまかした顔の男が出てきた。
「いやあ、師匠すいません。彼がアシスタントしてくれる方ですか?」
と、僕のほうに視線を一瞥しながら聞いてきた。
「ああ、彼はニートなんで時間ばかりはもてあましてるのでな。アシスタントにはうってつけの人材だよ」
確かに僕は日ごろからニートを名乗っているが、初めての相手に紹介するのにニートだというのはどうなんだろうと仙人に若干の不満を覚えつつも
「始めまして、江崎といいます」
と僕は挨拶をした。
「僕は木下というんだ。漫画家といってもまだプロじゃなくてね。君と同じでニートみたいなもんさ。今日はよろしく頼むよ」
そういうと彼は僕と仙人に部屋に入るよう促がした。
部屋の中はさすがに漫画家の部屋といった風貌で、中央に大きなテーブルがありそこに、書きかけの原稿やら画材やらが散らかっていて、本棚には資料と思われる専門書がいくつも並んでいた。
「それじゃあ、始めようか」
木下さんは僕と仙人に指示を飛ばす。といってもぼくはど素人なのでどこどこの枠をペンでなぞってくれだとか、この枠の中を全部黒く塗ってくれとかそういった簡単な作業だけをやり続けた。
夕方になる頃には僕らに出来る仕事は終わったらしく
「おかげで助かったよ。あとは僕1人でも大丈夫だから夕飯にしよう」
そういうと木下さんは台所に立ち夕飯を作り始めた。
木下さんが作ってくれたのはカレーだった。
1人暮らししてからというものの、コンビニで売られてるものでほとんどご飯を済ましてる僕にはとてもおいしく感じられた。
僕は久しぶりに家庭料理を堪能しひといきつくと木下さんに疑問に思ってたことを聞いた。
「こんなこと聞くのは失礼かもしれませんが、なんで漫画家をめざせるんですか?僕もこういった物を作るような仕事をやりたいとは思ってるんですが、でも実際なれるのは一握りの人だけじゃないですか。なのにどうしてあなたは諦めずつづけられるんですか?」
それは、本当に疑問に思うことだった。将来の安定とか求めずただ自分のやりたいことの為だけに生きる。
僕がやりたい生き方で、僕が出来ない生き方だ。
「なんていうのか、僕もなれるかどうかはわからないさ。それでも、僕はこの仕事で世の中の人に認められたいのさ。自分の存在の証明とでもいうのかな。これ以外の生き方もするきもないしね」
木下さんは平然と言った。
僕にもわかる。
他人から認められたいという気持ち。僕も何者かになって他人から認められたい。木下さんはそれを漫画家という形で選んだんだ。
だとしたら僕はどういう形で自分を選ぶべきなのか、今の僕にはまったくわからなかった。
夜も遅くなり僕と仙人は木下さんのウチをあとにした。
帰り道仙人は僕に対していった
「君もホントは木下くんみたいになりたいのだろう。自分を表現しそれが認められるような仕事に着きたいと思っているんじゃないのかね?」
そのとおりだった。ぼくはああいいう生き方を選び貫くことが出来る木下さんがうらやましかった。
「僕は自分に自身がないんですよ。僕が木下さんのような生き方を選んだらきっとすぐ挫折してしまいます」
僕はそういって肩を落としてかえっていった。
アパートの前で仙人と別れるとき彼がこえかけてきた。
「君に必要なのは覚悟だけだ。どんなときでもあきらめなければ道は開けるさ。がんばりなさい」
そう言うと仙人はじぶんの部屋に帰っていった。
どんなときでも諦めない覚悟。自分はそれをもてるのだろうか。しかし今までの自分のおこないを考えるとそれはとても無理に思えた。
数日後、卯月さんが部屋に料理を作りに来てくれていた。
僕がコンビニで買ったものばかりでご飯を済ましてるのを知って
「じゃあ、私が今度つくってあげます」
と、いって実際に作りに来てくれたのだ。
僕らはご飯を食べながらとりとめのない話をした。
しばらくすると卯月さんは本棚を眺め一冊の本を取り出した。
それは、初心者が描く初めての漫画という本で、先日手伝いにいったあとちょっと興味があって買ってみたものだった。
「漫画家になりたいんですか?」
「いや慣れたらいいな、とちょっとおもっただけだよ。実際なれるとはおもってないけどね」
「いいじゃないですかやってみればですよ。なにもしてないよりはずっといいです」
卯月さんはそう言うが、なんのとりえもない僕のようなニートが思いつきでやってなれるようなもんじゃないだろう。
「いや僕が漫画家になるっていうのはとっても難しいとおもうよ」
「でも不可能ってわけじゃないです。そういってやりたいことから逃げてるだけですよ。なれなかったらしょうがないです。けど、やらないうちからあきらめちゃだめです」
それは痛烈に僕の心に突き刺さった。いつだって僕は何もかもから逃げてきたのだ。
社会から逃げて。
人間関係から逃げ。
しまいには家族からも逃げてきてしまった。
しかし、木下さんや、仙人はまったくこんな僕なんかと違っていた。
報われるかもどうかもわからないのに、ただ自分の生き方を貫きとおしてる。僕もそいう生き方ができるならしたい。
「でもどうしても怖いんだ。どんなに頑張っても漫画家になれなかったとき、自分には何が残るのか」
しかし、今のままでもなにものこらないのは判りきっていた。
「覚悟を決めれば、きっとやれないことなんかないです」
彼女はいった。
僕はその言葉に背中を押されるように覚悟決めた。
「君がそう信じてくれるな僕は漫画家になるよ」
僕はその日のうちに仙人に会いに行き覚悟を決めたことを伝え、木下さんの弟子にしてくれないかと頼んでみた。
「君がやる気になってくれてうれしいよ。木下くんも同胞ができるならさぞ喜ぶだろう。すぐ連絡してみよう」
仙人が電話してみると木下さんは僕に漫画の師匠になってくれることを約束してくれた。
僕は仙人と、気持ちよく弟子入りを快諾してくれ木下さんに深く感謝した。
次の日から僕は木下さんのうちで漫画の練習をした。
木下さんが言うにはとにかく下手でもいいから描き続けることが大切だと教えてくれた。それにプロになるためには新人賞を取らなきゃいけないということで、雑誌に応募を目指して描くことになった。
正直自分で描いてるうちに、こんな絵が下手で話がつまらないものしか描けないのに、漫画家を目指そう打なんて身分不相応なのではないかと思い、なんども挫折しそうになった。
しかしそのたびに木下さんは初めのうちはそんなものだからと慰めてくれ。仙人や卯月さんも応援してくれ、何とか僕は4ヶ月近くたち1作品描く事が出来た。
あとはこれをおくり結果を待つだけだった。
僕は結果がのってる号の雑誌を手に取りどきどきしながら開いた。
だが、残念なことにそこには僕の名前は書かれてなかった。
それは、漫画家になることの厳しさを僕に突きつけていた。
しかし、それとは別に僕は1つの作品を作り上げること
たが、出来たということに対して充実感をかんじていた。それに卯月さんや、木下さん、仙人が僕のことを応援してくれているのだ。僕はもう自分のことニートだなんて言わないだろう。
そう漫画家江崎涼一になる為にこれからは頑張っていくのだから。 |