下水道の中から声がしたら、お巡りさんに教えてあげようぜ
俺の話を聞いてくれ。
ちょっとだけで良いから、聞いてくれよ。
な?
頼むよ。
っていうかさ。
どーせ、暇なんだろ。
メンドクせーし、返事をしないなら、とっとと話しちまうぜ。
これは、去年の今頃の話しなんだけどさ。
俺は友人に誘われて、一緒にバイトをする事になった。
下水道の中を調査するっつー奴。
雨でゴミが流されて下水に詰まる事があるから、それを見付けたら取り除くって仕事内容だった。
それほど難しくは、なさそうだろ?
まあ、実際、楽だったわ。
臭いけど。
仕事は基本的に分厚いゴム手袋を付けてゴミを取ったり、トングでつまみ上げるぐらい。しかも社員の方達も同行してくれるんで、そのアシスタントみたいな事をやるだけだった。
俺は下水道に入るのは辛いから少し迷ってたんだけど、それを聞いて簡単そうだと思ったし、日給も高かったからやるって決めたんだよ。
でもさ。
一緒に行った俺と友人はスゲー驚いたんだわ。
社員の人達から少し離れるだけで、メチャクチャ怒られるんだよ。
こっちは下水道に入るのが始めてだったから、臭くて呼吸が出来ずに足を止めてしまう事もあるし、つい物珍しそうに中を見渡してしまう事だってあるだろ。
でも、その度に社員の人達は、怒鳴り散らすんだぜ。
何か危険があるワケでもないのに。
ちょっと、普通じゃなかった。
変だと思った俺と友人は、少し親しくなってきた社員の1人に聞いてみたんだよ。
「なんかピリピリしてますよね、この現場?」
って。
そしたら社員の人も自分達の態度が分かっていたらしく、ソッと俺達に教えてくれたんだ。
去年、アルバイトの人が死んだ、と。
雨なんか降ってなかった筈なのに、下水道の掃除をしていたら鉄砲水に襲われて2人のアルバイトが流されてしまったらしい。
突然の出来事だったので、助ける暇もなく消えてしまった。
死体はまだ浮かんできていない、とか。
そんな事故が遭って、行政から再三の注意を受けたので、それからアルバイトの人から目を離してはいけないという決まりが出来たのだと社員の人が教えてくれたのだ。
現場で死人が出れば、厳しくなるからな。
俺と友人は、それだったらメンドーだけど仕方ない、って思ったんだ。
所がさ。
その日の夕方なんだよね。
そろそろ仕事が終わろうとしていた時に、流されて消えていたはずの死体を見掛けてしまったの。
俺と友人は仕事を始める前に、下水道の中に浮浪者が住み着いている場合があるけど気にしなくて良いと、社員から説明されていた。
なんでも話し掛けると逆上して襲ってくる奴もいるらしいので、関わらない方が無難だと忠告されたんだ。
俺は、その話をアルバイトをやる前に聞いていたんでさ。
下水道の中で人影をチラッと見付けた時、浮浪者を発見したもんだとばかり思ったんだわ。
でも、
「今、誰か居たよな」
と、俺が友人に話し掛けても、怪訝そうな顔をされてしまった。
「は? 何を言ってんだよ。誰も居なかったぞ」
「いやー、今、あっちの方に浮浪者っぽい奴が居ただろ。見なかったのか?」
「知らねーよ。気のせいだろ」
「んー、見たような気がするんだけどなー」
「んな事を言ってサボってないで、ゴミを拾えよ」
「……ああ、分かったよ」
俺は友人の言葉に渋々と頷いていた。
まあ、一瞬しか見掛けなかったし、下水道の中は薄暗いから確かに見間違いだったのかもしれない。
って。
その時の俺はさ。
ちょっと強引に納得してしまったんだよね。
下水道っていう、コンクリートと汚水、そしてゴミしかない場所で見間違いなんて、そんな簡単には有り得ないってのに。
俺は狭くて息苦しい場所で動き続けていたから疲れてたし、早くこんな汚い所から帰りたいって感じていたから余計な事は考えたくなかったんだわな、きっと。
でもさ、直ぐに自分が正しかったって思い知ったわけ。
『………………………………………………………………………逃げろぉ』
って、男の小さな声を聞いてさ。
俺と友人は驚いて顔を上げていたよ。
そして無言のまま、しばらくお互いの顔を見つめ合っていたんだわ。
何かさ。
誰かが喋った感じでもないし、そんな近くから聞こえてきた感じでも無かった。もっと遠い所から話し掛けられてるような気がしたんだわ。
やがて俺と友人は、ハッとしてから慌てて辺りを見渡したよ。
何度も何度も、懸命に声がした方向を探ろうとしていた。
って、もね。
本当は分かってたんだわ。
いや、分からないフリをしてたっつーかさ、理解したくなかったっつーかさ。
俺と友人が居るのは、大きな一本道の下水道。
そこから、少し離れた後方に他のアルバイトと社員の人達が立っていた。
その反対側の方向から声は聞こえたんだぜ。
今まで掃除してきた所なのによ。
人なんて居なかったのによ。
そんな事は分かっていたんだけど、必死に辺りを見渡さずにはいられなかったんだわ。
いつの間にか俺はごくりと唾を飲み込んでいた。
「……な、何だろな、今の」
「さぁな」
「ってもさ、お前も確実に聞こえたべ」
「……まぁな」
「浮浪者かな?」
「じゃ、ねーの。知らねーけど」
「……どっからか、追いかけて来たのかな」
「それしかないだろ」
そう言い終わると、また黙ってしまった。
何か薄気味悪かった。
だから俺と友人は無言のまま機材とゴミを纏めて、急いで他の人達が居る所へ向かおうとした。
ってな所でさ。
見たわけよ。
死体を。
いつの間にか、俺と友人の足下に倒れて。
その姿は薄汚くて、ゴミと排泄物に塗れてて、肌は白くてさ。
動いてた。
俺と友人は、ダッシュで逃げたよ。
悲鳴なんか出してる暇なんて無かった。
ただ、全力で他の人達が居る場所まで走りきったんだ。
そしたらさ。
直ぐに、社員の人達から何処へ行ってたんだってスゲー怒られたんだわ。まあ、仕事は終わってないから当たり前なんだけど、その時の俺達はビビってたから気にもならなかった。
「それよりも、し、死体を見付けたんッスよ!」
って言って、急いで事情を説明した。
それから、他の人達をさっきの所まで引っ張っていったんだ。
この時の俺は、もうテンションが上がりまくってて、ギアがローに戻らない感じだったろーな。今、思い返すと恥ずかしいわ。社員の人達も困惑した顔で付いてきてくれてたよ。
でもさ。
皆を連れて戻ると、そこに死体なんか無かったんだわ。
本当、綺麗サッパリ。
普通の下水道の通路になってた。
その光景を見て、俺と友人は呆然とするしかなかったよ。
んで。
しばらくボーッと立ち尽くしていたら、その後、社員の人から殺されるんじゃねーかなぐらいの感じで超怒られたんだわ。少しムカついたけど、最初に離れるなって注意されてたのに離れたから仕方ねーんだけどさ。
そして最後に言われたんだよ。
「お前達が見たのは、どーせ浮浪者のイタズラだよ。何か、怒らせる事でもしたんだろ」
ってな。
まあ、確かに考えてみれば死体が動くわけが無いし、死体みたいに汚い浮浪者って方が居そうだろ。足下に居て気が付かなかったのは俺達が仕事に集中してたからで、助けてって叫びは浮浪者の演出だろうし。
そんで。
『…………………………………………………………………逃げろぉ、逃げろぉ』
って、帰る時に、また聞こえてきたのもイタズラなんだろうな。
道路の真ん中にぽっかりと開いた真っ黒い穴から声が聞こえたのも。
他の人は気が付かない様子で、驚いたのが俺と友人しか居ないっぽかったけど。
全部、イタズラなんだろうよ。
きっと。
だって、有り得ないって。
マジで。
「あははははははははは」
そう、俺と友人はいつの間にか笑って誤魔化そうとしていたよ。
気のせいだって事にして、とっとと忘れたかったのさ。
なんか薄気味悪かったし、俺達の気持ちも分かるだろ?
んでさ。
そのアルバイトは一年も前に一日だけやった奴だから、その内、本当に思い出す事も少なくなったんだわ。
何かされたワケでもないし、変な経験だったなぐらいの印象になって、ドンドン忘れていった。
今から2日前。
その時、一緒に働いた友人が消えるまでは、さ
おっと。
何か、ゴメンな。
ゴチャゴチャした話しを、長々としちゃってさ。
でも、もうちょっとで終わるから我慢して聞いててくれよ。
一応、言っておくと、さっきまでのが一年前の話し。
んで。
こっからが最近の話しなんだわ。
今から2日前、その消えてしまった友人の彼女が騒ぎ出したんだよ。
「急に連絡が取れなくなったし、アパートにも帰ってないし、実家の人も何処へ行ったのか知らないのよ!」
って。
スゲー剣幕で、友人の彼女は心配してたんだわ。
それを聞いて俺は、鼻で笑い返してやったよ。
何故か頭の片隅にはあの事が少し思い浮かんでいたけど、言ってやったよ。
友人が消えてから、まだ2日目だぞ、って。
普通に考えて、ちょっと連絡が付かない所に遊びに行ってるだけ、っていう可能性の方が強いだろ。もしかしたら、出かけ先で携帯電話を無くしただけのかも知れないし。
どーせ、ひょっこり姿を現すだろうから、心配するなよって言ってやった。
それを聞いた友人の彼女も、渋々だったけど落ち着いてくれたみたいだったわ。
んで。
そうこうしていたらさ。
また去年のように下水道のアルバイトをやらないかって話しがきたんだわ。
まあ、連絡の取れなくなった友人の事は少し気になってたけど、生活費を稼ぐ事も大事だったから俺はアルバイトをやる事にしたんだ。
でさ。
仕事は、スゲー順調だったワケ。
一年前に一回しかやってない仕事とはいえ簡単な内容だったから身体が覚えていたし、親しいアルバイト仲間や社員の奴とか出来てきたから楽しかったし。
何より、下水に流されてしまった筈のアルバイトの変死体が、2つとも見付かってお祓いも済んでいたし。
ちょっと、死体の保存状態が良すぎたらしいけど。
まあ、俺には関係ないし。
浮浪者達は行政の人間が立ち退きさせていたから、臭いって事以外を除けば不安はなかった。
『…………………………………………………………逃げろぉ、逃げろぉ』
って、また叫ばれるまではね。
しかも、今度は俺にしか聞こえなかったみたいで、側にいたアルバイトの奴に尋ねても知らないって言っていた。
もうさ。
俺の全身から血の気が引く音が聞こえたわ。
マジで。
一回や二回ぐらいだったら幻聴もあるだろうけど、去年と同じ場所、同じ声で叫ばれたら誰だって驚くし。
怖かった。
もう俺は我慢できなくなり、そのまま帰ってしまった。仕事を抜け出した事で怒られるとか今はドーでも良くて、兎に角この場所から離れたかったんだわ。
そして、もう二度とあの下水道には近づかないって、俺は決めていた。
心霊スポットを回るような趣味はしてなかったし、行かなければもう平気な筈なんだって思ってたんだよ。
『………………………………………………………………………逃げろぉ』
あの声が、俺の家に付いて来るまでは、ね。
深夜、寝ていた俺の耳に届いたから、最初は聞き間違いかと思った。
でも、起き上がって部屋の中を見渡すが誰も居ない。
あのアルバイトから怖くて1人で帰宅して、1人で部屋の中に閉じ篭もってたんだから他の奴がいる筈なんて無かったんだ。
もう、俺は怖くてさ。
怖くて、怖くて。
布団に潜り込んで、ただ耳を塞いでいた。
そして必死に歯を食いしばって耐えたんだけど、それでもあの声は聞こえてくるんだわ。
何度も、何度も。
しかも、どうやら流し台の排水溝の奥から小さな声がするみたいだった。
洗面台に水を流してもゴボゴボって音に混じって、声が聞こえてきた。
『…………………………………………………………逃げろぉ、逃げろぉ』
って。
どーやっても止まらないんだわ、これが。
その後の俺は、もうボロボロだぜ。
精神的に参っちゃって、たった一日しか経ってないのに髪の毛がごっそり抜けていくんだわ。
髪を全部を纏めると、そうめんみたいな束になってるの。
笑えるだろ。
それに下半身も立たなくなるわ、寝不足と血液の濁りでどんどん皮膚が黄色くなっていくわ。おまけに、寝ゲロで窒息しそうになったりさ、マジで散々だったわ。
一応さ、漫画喫茶や友達の家に避難したんだけど、何処へ行っても声が付いてくるから止めたんだわ。逃げられないなら、ビビって驚いている自分の姿を友達とか他人に見られたくないだろ。
な?
んでも。
良い事もあったっつーか、気が付かされたっつーかさ。
そうやって一日中、ずっと話し掛けられてたら、ある事実を発見したんだよ。まあ、不気味だったけど、流石に一日中聞いてたらどんなマヌケでも判断できたワケ。
ああ、これって俺の声だな、ってね。
ほら、携帯で録音した音声って最初は他人の声みたいに聞こえるけど、何回か耳にしてると納得できてしまう、って奴。
アレと似たような感じ。
はは。
それに気が付いた時は、ビビって小便を洩らしそうだったよ。
でも、頭が麻痺してたのかな。
もしくは、ピンチにこそ目覚める才能みたいっつーか。
直ぐに、さ。
色々と分かっちゃったんだよね、俺。
ピーンときた。
たぶん、下水道で聞こえたのは一年後の俺の声なんだ、ってね。
んで。
あの下水道に入った人間はどっか別の所に閉じ込められ、そして殺されてしまうんだよ。だから、一年後の俺は逃げろって伝えようとしていた。
浮浪者みたいな姿まで見せてさ。
そもそも、追いかけてくるのに言ってる事は逃げろって、変な話しじゃねーか。
必死に。
それに、ほら、下水道で消えてしまったアルバイトの変死体が、一年後に発見されただろ。
真新しい姿で、さ。
繋がってるんだよ、この先と。
分かり難いけど、そういう事なんだわ。
はははは。
変だよな。
自分でも、馬鹿げてると思うわ。
まあ、マジなんだけど。
信じられなくても良いよ、別に。
でもさ。
そうなってくると、確実な問題が一つあるだろ。
いつまで経っても逃げろって忠告してくるって事は、俺の命が危険な状態にあるって事だよな。
間違ってる?
いやいや、合ってるよ。
危険じゃない人間に、フツー忠告なんてしない。
俺は間違いなく、今ターゲットにされてるワケ。
んでさ。
俺、考えたんだ。
ほら、友人の一人が消えただろ?
たぶん、あれってもう下水道の中に引きずり込まれて出られなくなってるんだよ。そして、去年の奴と同様、1年後に殺されてしまうんだろうな。
真新しい変死体の姿で発見されてさ。
可哀想だけど。
でも、とりあえず死体が一つは確保されたって事だし、それはドーでも良いんだわ。
問題っつーか、この話しの本題はさ。
下水道の中で流されてしまって消えたアルバイトってよ。
確か、二人だったよな。
ふふ。
あれ、俺の言いたい事が分かっちゃった?
まあ、ゴメンな。
悪かったよ。
でも、世の中には―――
って。
ん。
あれ。
うわ。
やべ。
ちょっとダラダラと喋りすぎたか。
あー、マズった。
くそ。
まあ、しょーがねぇーな。
こうなったら。
お前の死体を担いで、あの下水道の中に投げ込むしかないか。
拝読、ありがとうございました。