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救われし世界のシンフォニア 作者:折坂勇生
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7・あなたがなぜヤクザになったか、よーく分かったわ


「赤沢菜穂香。世界を二度救った、伝説の魔法少女の一人」美桜が傍に来ていた。「闇の世界にとっても、光の世界にとっても、彼女たちの存在は神のように敬られているわ」
「無事だったのか?」
「なんとかね」
 俺と同じように高い所から落ちたはずだが、怪我一つしていなかった。
「伝説の魔法少女の一人ってことは、まだいるのか?」
「二人よ。フランジェルカは二人でひとつなの」
「誰だ?」
「あなたの良く知っている人よ」
 直ぐに浮かんできた。姉と親しい人なんて、彼女しかいない。中学時代からべったべたに一緒にいたけど、そういう訳だったのか。
「きさきさきさまが、フラ、フランジェルルカァァーですねぇぇぇ、よくも、やってくれましたねぇぇぇ、こてんぱぁぁぁんにしてあげますぅぅぅ」
 イッヤーソンがのっそりと起き上がった。光線を発するべく、黒い光を吸収させていく。
 姉が動いた。速すぎて見えない。ザッ!ザッ!と地面を踏む音だけがかすかに聞こえる。
 イッヤーソンの前に来ると、空を飛んだ。両足を真っ直ぐに揃えて、クルクルと回転させていく。
 体を逆さにすると、両手を重ねて、イッヤーソンの顔の前で叫んだ。
「ファイアーレイン……ええーと、なんだっけ忘れたビーム!」
 イッヤーソンが黒い光線を放つが、姉の眩しい光のほうがはるかに大きかった。
「うぎやあああゃゃゃぁぁぁ…………」
 光が消えると、イッヤーソンの姿は跡形もなくなっていた。
 俺があれだけ苦労しても倒せなかった敵を、鼻くそをほじくるようにあっさりと倒した。
「レベルが違いすぎて嫌になるぜ」
 返事はなかった。
 隣にいたはずの、美桜の姿がなかった。
 彼女は、イッヤーソンが消滅した場所にいた。ジャンプして、何かを掴んでいる。黒と白の炎のようなものが見えた。
 なにをやっているんだ。
「ふぅ、ひさしぶりすぎて必殺技の名前すら忘れちゃったじゃない」
「まだよ」
「え? ってあんた……?」
「本体が残ってる」
 美桜は空を見る。夕焼けの上空に、一メートル近くありそうな昆虫が飛んでいた。カマキリムシのような形だが、ゲジゲジのように足が何十本もあり、長い尻尾を生やしている。アニメによくある悪魔を象徴させる尖った尻尾だった。
 あれがイッヤーソンの正体か。
「てぃっ!」
 姉貴は空を飛んで、すたこらと逃げる昆虫を追いかけていった。
「さっきなにをしていた?」
 美桜がこっちにきたので聞いた。
「なんのこと?」
「イッヤーソンがいた場所で、なにか取ったじゃないか」
「さあ」
 答えたくないようだ。彼女は上を見る。視線の先に姉がいた。
 お早いお帰りだ。空からこっちへ降りてくる。人間の超越した力だ。ドレスのような衣装をまとっているのは、それを引き出すためのものなのだろう。
「奴は?」
「逃げ足の速いことで」
 逃がしたようだ。
「厄介なことになるわね」
 コテンパーンは倒したが、イッヤーソンは生き延びた、ということだ。奴がこのまま悪さをしないとは考えられない。倒さない限り安心はできない。
「小麦。あんたそこにいたのね」
「学校サボッたことは謝るわ」
「謝るところが違うでしょ」姉は、俺と美桜を見回す。「散々探したのよ。まさか鏡明と一緒にいたとはね。鏡明も今朝は知らないといっときながら、どういうわけこれは?」
「話せば長くなるから、ひとつだけ言わせてくれ」
「なによ」
「姉貴、年考えろ」
「うっさい!」
 拳骨を食らった。
 頭蓋骨は割れなかったが、頭がズキズキする。子供のころは、このような拳骨を、しょっちゅう食らっていたものだ。痛みと懐かしさで涙がにじむ。
「しょうがないでしょ、変身なんて高校のとき以来なんだし、格好だって変わってないんだから。十年ぶりかな? 響歌は覚悟したほうがいいと言ってたけどさ、平和になったはずなのに、また魔法少女になる日がくるとはねぇ」
「魔法少女という年齢じゃないわよね。魔法ババア?」
「誰がババアよ。魔法美女といえ」
 姉は体をクルッと回す。衣装がはだけた。髪の毛の色が黒に戻り、上下ジャージ姿になった。
「まっ、こっちのほうが落ち着くわね。力が暴走しそうで怖いし」
 ジャージ姿で俺たちを捜していたようだ。
「さすがは、伝説の魔法少女フランジェルカ。幸か不幸か、あなたの持つ光の力は、衰えてなさそうね」
「あなたなにもの? なぜあたしの正体を知っている?」
 姉は警戒心を見せる。
「その前に、これだけは言っておくわ。私は、魔法少女に敵意を持ってない。世界を滅ぼすつもりもないわ」
「なんのことよ?」
「小麦美桜は仮の名。私は闇の世界の住民であり……」言葉のトーンを落とした。「闇の王ガディスの娘」
「ガディスっ!」
 感情が怒りに変わり、攻撃態勢を取った。
「変身を解除しなければ良かったわ。まさか娘がいたとわね。地上界になにをしにきたわけ?」
「言ったはずよ、私に敵意はない。お父様は、自ら戦争を起こして、フランジェルカに倒された。力でぶつかって、力で倒れたまでのこと。むしろ、お父様を倒したあなたたちにあっぱれよ。復讐する気持ちなんてさらさらないわ」
「あなたになくたって、こっちはあるのよ!」
「私を殺す気?」
「できるなら、そうしたいわね」
「父親が悪の組織のボスだろうと、娘には罪はないだろ。まっ、この姫さんも善人ってわけじゃなさそうだけどな」
 俺は口を挟んだ。
「あなたは知らないからそう言えるのよ。ガディスがなにをしたか知ってる?」
「知らない」
「お父さんとお母さんはね……」その先を言おうとするも、口が開いただけだった。言葉にならない。苦痛に耐える表情を浮かべ、言うべきか、言わぬべきか迷っている。「ガディスに殺されたのよ!」
 吐き出すようにしてやっと言った。
「事故じゃなかったのか?」
 そのように聞いていた。だが、実の親の死だというのに、何故亡くなったのか覚えてなかったし、そのことに疑問を感じてもいなかった。覚えているのは葬式のときぐらいだ。年配の男が、放心している俺の頭に手をやって、何かを言っていたのが印象に残っている。
「違うわ。殺されたのよ」
 俺の反応に、姉はなぜかホッとした様子だった。
「お父様は力こそ全てな人だから、卑怯な手を使わないわ。犯人は別よ」
「似たようなものでしょ。ガディスの部下がやったんだから」
「部下の犯罪は上司の責任なら、そうかもしれないわね。卑劣な手を使うので有名な奴だったわ。お父様も手を焼いていたぐらいだし」
「今回の奴は?」
「ただの小悪党。けれど、小悪党らしい悪知恵は働く厄介さはあるみたい。戦いの時は結界をはるのが暗黙のルールなのに、破れてもほっといて、人間を襲っていたし」
「結界?」と俺は聞いた。
「ホテルに入ったとき、紫色の闇が広がってなかった?」
「ああ」
「あれが結界。仮想世界が出来上がるから、そこで街が破壊されても、地上界に被害を及ぶことはないわ」
「そんな都合のいい魔法があるんだな」
「地上界が破壊されたら、こっちとしても都合が悪いことだもの。でも、お父様がいなくなった影響で、そんなルールを無視する奴が出てきたのには困ったものね」
「結界がなければ、世界がいくつあっても足りなかったわよね」
「特に百日戦争は」
「あんた、それ、知ってんだ?」
 意外といった顔を向ける。
「伝説の戦いじゃない。光と闇の世界の住民で知らない者なんていないわ。うちの世界では、教科書に載ってるほどよ」
「それはそれは、私としたらこっぱずかしいわね」
「身内のことなのに、そこのヤクザは何も知らないようだけど」
 俺のことを見た。釣られて姉も俺のことを見る。
 そしてキョトンとなった。
「ところであんた、なんでぶっ倒れてるわけ?」
 脱力した。ズレたところは昔から変わりない。俺は、妹の友達と暢気にデートをしていたロリコンだとでも思っているのか?
「俺は魔法少女じゃないんでね」
「は?」
 まだ分からない様子だ。
「私を守ってくれたのよ。命がけで」
 美桜はフォローを入れてから、これまでの経緯を簡単に説明する。
「ふーん、こいつがねぇ」
 感心げに頷きながら、俺が使っていた日本刀を、片手で軽々と持った。
「ていっ!」
 一直線に振り下ろす。使ったことがあるのか、様になっていた。
「あれ?」
 刀を見て、不思議そうにする。
「どうした?」
「いや、なんかこれ、懐かしい感じがしてさ」
「ヤクザの組長の家にあったものだぞ。それに、日本刀なんか、どれも似たようなものだろ」
「だったら、勘違いかな?」首をかしげながら、日本刀を元の場所に置いた。「あんた、一応、男やってんだ。鏡明なんて、お姉ちゃんに刃向かってばかりの悪ガキって印象しかなかったんだけど」
「それは今も変わりないんじゃない」
「んー、確かに、そっかも」
 納得げに小さく頷いていた。こっちとしてはバツが悪い。
「鏡明って、けっこーシスコン入ってるよね」
「シスコンなのは澄佳にだ」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう」
「へっ、それ以外になにがあるというんだ」
 笑いあいながら、目線で信号を送った。
「それで」「それで」
 同時に発しながら、美桜に殺気を向ける。
「澄佳はどこ?」「澄佳はどこだ?」
「さすが姉弟。息があったわね」
 動じた様子はなかった。
 脅しが通用しない相手だ。中学生とは思えぬ毅然さは、ヤクザにスカウトしたいぐらいだ。
「澄佳は無事なの?」
「約束だ。居場所を教えろ」
「分かってるわよ。目的の物も手に入ったし、彼女のところへ案内するわ」
 プロペラの回る音がした。強い風が吹き下ろしてくる。俺は目を細めた。
「その前に……」
 美桜は顔をあげる。髪の毛が舞っていた。スカートもはためいていたが、前に言っていた通りスパッツをはいていた。青少年たちへのサービス心のない少女で残念だ。
「お客さんの相手をしなきゃいけないわね」
 真上。ビルよりも高い位置でヘリコプターがホバリングしていた。迷彩塗装をされたUH―1。テールブームのところに日の丸マークが付いている。
「やっと、政府さんのお出ましってわけか」
 遅かったぜ。できるなら、イッヤーソンと戦闘中に登場して加勢してほしかった。
「政府も敵って展開じゃないでしょうね」
「可能性は、なくはないな」
「あの女がいても、そう思えるわけ?」
「あの女?」
 ヘリコプターのスキッドに人が立っていた。
黒のジャケットにパンツスーツをぴったり着こなした女性。長い髪は一つに束ねて、ポニーテールにしている。
 飛び下りた。ロープもパラシュートもなし。二十メートル以上もの高さから、こちらへ垂直に降りてくる。
 美桜といい姉といい彼女といい、今日は超人女のパレードデーか。
 彼女は地面に足を付けると、唖然としている姉に向かって走った。
「ひ……響歌?」
 飛び込むように抱きしめると同時に、姉の唇に吸い付いた。
「ん~っ! ん~っ!」
 姉は、俺と美桜の目線を気にして、彼女を引き剥がそうとする。相手の女性はお構いなしに、姉の全精力を吸い込むような強烈なキスをお見舞いしていた。
 顔が離れると、スパンと、吸盤がはがれたような音がした。
「菜穂香、大丈夫だった! あなた、変身したんでしょ! 力が暴走したり、どっかおかしいところないっ? 菜穂香は向こう見ずで突っ走るんだから、あまり私を心配させないでよ! もう、バカなんだからっ! 菜穂香のそういうところだいっ嫌いっ!」
「響歌っ! 弟、弟が見てるからっ!」
「弟? え、鏡明くん?」
 彼女はこちらを向いた。それで、俺と美桜がいるのに気付いた。
「あら、ごめんなさい。私ったら、はしたないことをしてしまったわ」
 恥ずかしさを隠すように微笑みを浮かべる。端麗な顔立ちは、少女時代から変わっていない。スマートな体つき。大人の色香が漂っている。美しさでいえば、二十代後半に入った今のほうが上かもしれない。
「おひさしぶりです」
 軽くお辞儀をした。彼女はさらなる微笑みで返事をかえした。
 青井響歌あおい ひびか
 活発で暴力的の姉とは正反対の、お淑やかで優しい女性。出来の悪い姉に代わって、よく勉強を教わっていたものだ。
 俺の憧れの女性であり、もう一人の姉といっても良かった。
 姉の親友……と思っていたんだが、真実はそれ以上の関係だった。
 美桜が俺の肩に手をそえた。
「あなたがなぜヤクザになったか、よーく分かったわ」
「そんなんじゃねぇよ」
 三日寝込んで、二週間食事ができず、立ち直るのに三ヶ月かかったぐらいだ。
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